世界に挑む平成建国政権
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 第1章 全部を掲載させて頂きました。
                         2012.08.15
                               窪田 博
 題 名    世界に挑む平成建国政権
                      ペンネーム 大国主 みこと

 第0章 はじめに
      暫定憲法統治機構
 第1章 クーデター勃発   12P
      自衛隊の一部隊が防災訓練に乗じて議事堂を占拠し衆参議員を拘束する。
 第2章 政権樹立      37P
      暫定憲法の発効を議決させ、若手自衛官が世界の驚愕する政策を遂行する。
 第3章 外交の始動     73P
      防衛大臣が米国を訪問、各大臣が活発な外交を展開する。
 第4章 平成憲法起草    94P  
      政権は起草手順の発表後に平成憲法起草の延期を発表する。


     第1章 クーデター勃発

 多数の報道ヘリが都内上空を乱舞する。日本ウェブ報道社(NWH)の記者・轟太一は、
ヘリ機内から連続して打上る花火を目撃する。轟は開花する花火にカメラを向け、
「只今13時、報道ヘリの退去を知らせる花火です」
 次に日比谷公園に避難する群衆にカメラを向ける。
「今年のスーパーレスキュー2013は、予め要所要所に配布した災害状況書を本日未明
突然、都知事が開封を指令して開始されました」
 日比谷通りを北進する数十台の車列を眺め、カメラを向ける。
「何と云っても最大の特徴は、災害で寸断された道路を自衛隊ヘリが自衛隊並びに公的救
援部隊を誘導する試みです。さながら自衛隊の活動は首都防衛の観を呈しています。では
これでNWHの実況中継を終ります」
 報道ヘリの群れが次々と都内上空を飛び去る。

 日比谷通りを疾走する車列、先頭の軽装甲車上から身を乗り出す香山伸吾が皇居を仰ぎ
敬礼する。車載無線機が感度良好な通信を傍受する。
「こちら第一飛行隊1310時、離陸開始」
 香山は手に持つ携帯無線機を口元に近づけ、
「こちら本隊、作戦を開始せよ」
「交通遮断、周辺監視異常なし」携帯無線機が直ちに応答した。
 香山は後続車列を振り返り、無線機に向い、
「日比谷公園、内幸町交差点を右折中」
「1330、羊は檻に入った」無線機の応答に香山が首を上下に振る。
 車列が霞ヶ関官庁街を進む。香山は右に経産省と左に農水省のビルを確認する。香山が
桜田通りを横断し始める。桜田通り左右の交通を遮断している警官が敬礼し、
「第3中隊、周辺監視異常なし」警官服を装着する隊員達が手を振る。
 香山は隊員を眺めながら敬礼を返し、通過して行く。車列が速度を速める。香山が国会
議事堂正門と南門の分岐点に到着する。警官が交通遮断のゲートを開く、軽装甲車は南門
へ向い進路をとる。
 国会議事堂南門に乗り入れる香山、衛視が香山に敬礼し、
「第5中隊、敷地内と内部廊下の確保完了」
 香山は衛視の服装する隊員に敬礼を返し、腕時計1340を見る。

 都庁の防災センターに陣取る都知事と防災要員、新聞記者達が大スクリーンに映る医師
団のトリアージ訓練と、ヘリ飛行隊の負傷者搬送訓練を眺めている。
「予告なし、これが実践に即した災害訓練ちゅうもんだよ」
 都知事は思いのほか順調な訓練状況に満足の笑みを浮べる。
「都知事、年度末の訓練は国や方々から非難され・・・」新聞記者の一人が意見を述べる。
「バカもん、年度末には災害が起らんのかね」予想される都知事の反応であった。

 国会議事堂の裏手、衛視達が道路と敷地の境界、金網フェンスを素早くシートで被う。
第2中隊が参議員通用口に殺到し、香山本隊が衆議員通用口から院内に突入する。
 議事堂内・突入した隊員達が静かに、素早く行動する。

 衆議院議場内では議長が採決結果を発表している。
「起立多数、よって本件予算案は可決されました」
 与党議員達が拍手し、ひな壇の浜室首相と大臣達がお辞儀する。そこへ香山隊が乱入し、
迷彩服の香山が演壇に駆け上がる。議員達が一斉に、
「何だ、何だ!? 君らは」騒然となる議場。
「衛視、衛視、衛視はおらんのか?」立上り叫ぶ議員。
 香山は浮き足立つ議員を見渡し、
「黙れ!! 黙れ!!」香山の声が罵倒の声に掻き消えた。
 香山は天井に向け自動小銃を撃つ。女性議員達が悲鳴を上げ、男性議員達が身を伏せる。
一段上に陣取り座る衆議院議長が香山に木づちを投げつけ、
「止め給え!!」香山が議長を振り仰いで睨み、大声で、
「今のは空砲」正面に向き直り、更に大声で、
「次からは実包を使う」香山はこれ見よがしに銃の弾倉を取替える。
 香山は弾倉を取替えた銃を議場に向けて構え、
「ひな壇の閣僚の方々は第一委員室にお集り頂きたい」
 議員達が席の名札を演壇に投げつけながら、
「君らは内乱罪だ!!」と口々に叫ぶ。
 議場内を取巻いて立つ数十人の隊員が議員達に爆竹を投げる。

 師団司令部室内、司令官と幕僚達が壁掛の大型表示器を眺める。表示器に表示する地図
には全訓練部隊の位置と移動経路、到着予定時刻を示している。
「部隊の誘導、人命救助訓練を終了し、交通路確保訓練を実施せよ」
 司令官の命令に応え、作戦部長が腕時計1430を確認し、無線機のマイクを握り、
「第一施設大隊、こちら司令・・・」
 机上に置いた拡声器から、
「赤井司令官、新田である」テント内の一同が直立不動の姿勢をとる。
「新田幕僚長、赤井であります」
「自衛隊車両が議事堂内に入ったと目撃情報がある。その事実はあるか?」
「いえ、直ちに確認し報告致します」

 衆議院第一委員室、総理大臣と閣僚大臣達が発言者席で横一列に座る。十数人の隊員が
その後に並んで立つ。香山が委員長席に座る。隊員の一人が表紙に"暫定憲法"と記す印
刷物を大臣達に配って歩く。
「我々は衆参議員と共にある。さて、お手元に配った暫定憲法制定を議決して頂きたい」
「この内閣はそんな議決をするくらいなら私の権限で直ちに解散する」
 浜室総理は左右に座る閣僚を振向き同意を促す。香山は平然と閣僚達を見渡し、
「現憲法は改革者すなわち占領軍の草案に沿い明治憲法の改正手続きを形式的に整え制定
した革命憲法である。我々の暫定憲法も同様に形式的な体裁を整える。我々は総理の解散
権などいとも簡単に封じる事ができる」
 溝口防衛大臣が大笑いし、配った印刷物を香山に投げつけ、
「国民投票はどうするのだ、君らのたわ言が成功すると思うのか?」香山は溝口を睨み、
「我々は既に国民の賛否を問うている。国民は我々の改革を必ず支持する」
 香山は自信に満ちて断言する。
「君らは狂っている、この民主日本国でクーデターが成功するとでも?」
「成功する。国民の目には皆さんが狂っている。我々は民主主義の破壊者ではない。真の
民主主義建設者である。暫定憲法はその事を明記している」
「君らど素人の書き物は読む気もしない」数人の閣僚が印刷物を塵の様に破り捨てる。
「無益な議論に慣れた職業政治家の皆さんと議論はしない。我々には実行あるのみだ」
「私の閣僚だけは残る。議員達は解放しなさい」浜室総理が解放を要求する。
「国民の支持が得られた時に解放する。それまでは割当てる部屋で寝泊りして頂く」
「支持が得られない時は?」
「私ほか首謀者は自決する」香山は事も無げに云う。

 連隊指揮所のテント内、連隊長と副官、通信隊員達が机上に置いた大型表示器を眺める。
表示器に表示する地図には各中隊の位置と移動経路、到着予定時刻を示している。
 中西次郎3佐と銃を構える従兵6名がテント内に乱入する。
「銃を渡せ!!」中西の命令に従兵達が連隊長ほか指揮所隊員の銃を取上げる。
連隊長は横に並んで立つ中西を振向き、
「何の真似だ、君の第4中隊は今・・・」
「ハイテク機器は位置の偽装に最適だ」
「何!! この表示位置はGPS搭載車だけの動きか?」連隊長は渋面で中西を見る。
「そのようだ」中西はニタッと笑って応える。
「連隊長、赤井である。各中隊は作戦通りに行動しているか?」
 突然、机上の無線機が通信を傍受する。中西は連隊長に銃を着きつけ、
「連隊長、作戦通り続行中と答えてくれ。我々はここで血を見たくない」
 中西は机上に置く無線機のマイクを取り連隊長に手渡す。

 高機動車内、迷彩服を着た隊員が無線で報告する。
「こちら偵察隊、議事堂の正門と南門に各10名程の衛視。北門及び衆参通用口は閉鎖中。
衆議院と衆議院分館の間に白い布状の遮蔽物あり。各箇所の写真を電送する」
 高機動車は議事堂北門が見える位置を通過し遠ざかる。

 陸上幕僚監部・陸上幕僚長室、三ツ星の南原が新田陸幕長の執務机の前に立つ。新田が
立上り、手に掴む写真を南原に手渡し、
「これはNWH記者の空撮だ。この日比谷通りの車列は司令部の計画外である」
 南原は数枚の写真を次々と眺めて、
「予算案の採決がずれ込み、衆参議員が一斉に集い防災訓練が重なる。偶然だろうか?」
「その気なら今日は千載一遇の機会だ。その司令部が派遣した偵察隊の写真だが・・・」
「これですね、衆議院と分館の間の遮蔽物とは。裏手からは別館で遮られるし、ここを遮
蔽すると車を停めるには最適でしょう。私が確認に行きます」
 新田は大きく頷き、
「司令部任せにはできない重大事態だ。確認が先決である。南原君頼む」
 南原は腕時計を見る。時刻は1528である。

 衆議院第一委員室、人は異常事態に遭遇して性格を顕著に示す。拘束して約1時間半を
ぼんやりと無為に過す者、大胆に居眠りする者、神経質にオロオロする者、溝口防衛大臣
の様に対処方法を熱心に模索するであろう思索に耽る者、何人かは仕方なく憲法を読む者
であった。香山は閣僚から「いつまで拘束するのだ?」と尋ねられても「無駄口は止めろ」
と応え、ただジッと座り続けた。閣僚の会話は取囲む従兵の銃剣をもって禁じた。
 香山は頻繁にやって来る隊員が耳元で囁く報告に頷く。一等陸曹がやって来た。
「携帯電話等通信機の回収を終了。電波妨害装置を停止。以上」香山の耳元で囁く。
「ご苦労」香山は作戦の進捗に満足らしく笑顔で応えて頷く。
 外部との連絡遮断は制圧後の第一行動であった。トラブルもなく達成できた様である。
一等陸曹が退出すると、浜室総理が沈黙を破り、
「この憲法草案の第5章行政府では、国務総理が国民の直接選挙で選ばれ、任期4年、3
選禁止は解るが、第4章国会では国会議員の条文がない。どう云う事だ?」
 総理の質問に香山は待ち望んだ如く、
「立法権を司る国会議員は存在しない。国会には約100名の抽選された国民官が存在する。
国民官はその多数決で提案する法案、行政府が提案する重要法案を審議し、抽選された約
一千万人有権者の賛成過半数を得て法案が成立する。立法権は国民の直接所有とする」
「一体全体100名の国民官をどの様に選ぶのか?」文科大臣が問う。
「政党活動は禁止しない。約千七百の市区町村の長が得た総得票数を分母とし、各政党の
公認下で当選した長の合計得票数を分子とした100分率パーセントが、国民官の政党割当
数となる。各政党は国民官割当数の2から3倍の推薦候補を定め、これを抽選で決定する」
 総務大臣がギョロ目を剥き、選挙管理の担当大臣として突っ込む。
「無所属で当選した長の合計得票数が勘定に入らんじゃないか?」
「無所属の国民官割当数は、公務員試験に合格した国家公務員と地方公務員の応募者から
抽選する。国民官に門戸を開き、真に政策が審議できる人材を育成する」
 香山は立板に水、すらすらと答える。なおも総務大臣が問う。
「一千万人有権者と云ゃあ、全国有権者約1億の10%だがどう選ぶのだ?」
「そりゃ簡単、住基ネット活用し、約1億を分母として市区町村毎の10代から70代以
下の年代別男女別有権者数を分子とする比率に一千万を掛算して全国平等に無作為で抽選
する。電子投票制度も確立する。有権者の頻繁な投票は投票所へ出向くことなくできる」
 溝口防衛大臣が顔を紅潮させて怒鳴る。
「バカな質問してコヤツ等を増長させるな。閣僚なら事態の収拾に知恵を絞れ」
「溝口君の怒りはもっともだが、退屈凌ぎに若者の意見も聞いてやろうじゃないか」
 昼行灯と陰口を叩かれる農林水大臣の意外な発言に閣僚が爆笑する。
「行政府が提出する毎年の予算案が抽選有権者の過半数に達しない時は、総理の罷免選挙
を毎年するのかね?」浜室総理は驚きの表情で尋ねる。
「そうです。予算案を丁寧に説明又は修正して賛成を得る事が基本ですが、原案通り強行
したい時は罷免選挙で信任を得る仕組みです」
「そんなバ・・・、国民に負担をかける法律は一切成立しない。財政が破綻するぞ」
 財務大臣が恐らくバカなと云いかけた言葉を飲み込み反論した。
「データを示し懇切丁寧に説明するなら国民は必ず納得する。我々は国民を信じるし、丁
寧且つ真剣に審議する国民官と行政府を育成する」
「書正論はいい加減にし給え。11章の補則をチラッと見たが、君らは8年間に亘り一切
の選挙も実施せず、好き勝手な法律を創り、独裁を欲しいままにするのだな」
 溝口防衛大臣が怒りの口を尖らせた。
「当然でしょう、革命ですから」香山は事も無げにケロッと云ってのけ、
「但し国民官は抽選する。地方自治は憲法と法律に則り選挙を伴う民主的な行政を行う」
「バカ野郎!! 国会議員や地方議員を廃止してどこが民主的だ!! 国務総理が地方総督を
任命し、知事は地方総督が任命するだと?! こんな事で地方行政が成り立つか」
 最初に暫定憲法を投げつけたが、11章補則や地方自治の要点まで一読した様だ。何人
目かに就任したカミソリ防衛大臣である。香山はカミソリの片鱗に接する思いであった。
「地方総督はいわゆる道州制の長であり、知事を介して広域の国策を遂行する。都道府県
は完全な国の出先機関とする代り、各省庁のぶら下り組織は原則廃止する。全ての民生は
市区町村に権限と財源を移譲する。毎年の市区町村予算案は住民有権者の過半数の賛成を
得て成立する。この点も国と同様である」
 溝口は終戦後に営々と築いた日本国を根底から破壊する恐怖に身震いした。
「溝口大臣、この革命が定着する数年は国内外の雑音を全て排除します。ただ同胞相争う
流血だけは避けたいと願っています。ご協力願えませんか?」
「寝言をほざくなッ、武器を捨てここから出て行け!!」溝口は一言の下に拒否した。
 香山は時間が味方すると考え笑みを浮べた。

 国会議事堂・南門、陸将旗を翻す高機動車が停まる。車を降りる南原陸将が南門へ向う。
衛視が直立不動の姿勢で南原陸将に敬礼する。南原は笑顔で敬礼を返し、
「やはり君達か。取次ぎ給え」
 キビキビした動作と規律は陸自精鋭部隊と一目瞭然である。衛視は予めの命令らしく、
「どうぞ、ご案内します」南原は反乱部隊が待ち受けていたと知り緊張する。
 議事堂・中央広間、四隅に伊藤博文、板垣退助大隈重信の銅像と空の台座がある。香山
と南原は広間の真ん中で赤絨毯上に立ち談合する。隊員達が離れて取囲み二人を見詰める。
「穏便な決着のため溝口大臣と会いたい」香山は設置した爆薬や導火線を指差し、
「閣下、無理な突入は瓦礫になります」
「関係者しか知らない今なら収拾し易い。防衛大臣とジックリ二人で話し合ってくれ」
 南原はなおも説得を試みる。香山は深々とお辞儀した後、南原を見詰め、
「寝袋と弁当2000個、食材と医薬品の差し入れ、外科医10名と看護師の派遣をお願いしま
す。代りに女性全員と傍聴人、職員の大多数を解放します」
「香山3佐!! あくまでも君は・・・」
「幕僚副長、南原陸将のお帰り」
 隊員達が南原を取囲み誘導する。

 議事堂・正面玄関、石段の最上段に立つ香山が正面広場に集まる報道陣を見渡す。石段
両端に隊員が立つ・カメラが一斉に香山を狙う。香山は拡声器のマイクを握り、
「閣僚と衆参両議員は我々の管理下にある」
 報道陣から"ウォー"と叫ぶ鯨波が沸上る。香山は両手を上下する。静粛になると、
「我々は暫定憲法の下に約8年間の革命政府を樹立する。jpnドットcaのウェブサイ
トに公開した暫定憲法と政策は国民との契約である。我々は国民の支持を求めている」
 男が石段を駆け登る。隊員が男を取押え押し返す。
「国会記者クラブの者だ、チョッと待ってくれ。報道陣の諸君、内乱罪に相当する集団の
PR報道をする積りか? 中継は中止だ、帰ろう」男が大声で叫ぶ。
 電話する者、スマホでサイトを閲覧する者、ざわめきが前列から後列に拡がる。
「我々は報道の自由を尊重する。帰りたい報道者は直ちに南門から退場願いたい」
 香山はマイクに向い大声を張上げる。報道陣の人々がゾロゾロと動き出す。隊員2名が
報道陣を南門へ誘導する。男は大声を張上げる。
「帰れ!! 帰れ!!」男の扇動にも関らず報道陣の3割程が退出し百数十人が残った。
 報道人の性が世紀の大ニュースを無視できないのだ。香山は広場の落着きを見計らい、
「我々は真に国民主権の統治機構改革が目的である。我々の政策はウエブサイトで語り尽
している。我々は流血を望まない。国民の支持なくば武器を捨てる」
 香山は一呼吸の間を置いて続ける。
「騙され続けた国民の皆さん、どうかもう一度、我々との契約を信じ賛否表示を願いたい。
方法は葉書50円をご負担頂き、サイトに例示する通り賛成と記入し、葉書の上部に昇る
丸い太陽を描き、又は反対と記入し、葉書の下部に半円の沈む太陽を描き、名乗り出ると
信じる賛否集計所宛に、あなたの住所氏名を偽らず記して一人一枚をご郵送願いたい」
 香山は落着いた声で国民に語りかけた。男が手を上げる。香山が指名する。
「NWHの轟です。暫定憲法9条についてお尋ねします。追加した3項"国は国の独立と
国際平和並びに国民の生命財産を守るため、あらゆる手段を保持する。その手段は法律で
これを定める"とありますが、右傾化を最も懸念します」
「国民の生命財産を守る、これは国の義務である。憲法に国の義務を明記したに過ぎない。
我々は9条1項2項を誓って遵守する。我々が目指す統治機構は国会と地方の議員を廃止
し、国民が直接に立法権を行使できる。従って8年経過後は国民が憲法をも制定できる」
 香山は次の挙手する男を指差す。
「大日ウエブの長谷川です。決起のPR報道は控えます。ただ皆さんの管理下にある議員
や職員はどの様な状況ですか? 今後はどうなりますか?」
「議員は各院内、職員は数箇所に拘束している。食料や寝袋が確保でき次第、女性全員と
職員の過半数を解放する。その後は国民の判定が下るまで拘束を継続する」

 防衛省統合幕僚幹部・会議室、制服組幹部達と背広組幹部達が大きなテーブルを囲んで
座り、壁の表示器に映る議事堂の会見録画を見入る。防衛省・官房長が不快感を露に、
「情報本部長、奴らのウェブサイトを遮断できんのかね?」
「官房長、残念ながら我が国は中国と違い、国外のウェブサイトを遮断する方策はない」
「それならアクセスを集中させてサイトを動作不能にできるだろ?」
「官房長の意図はDOS攻撃でしょうが、正体不明の団体が多数のミラーサイトを国外に
開設し、時すでに遅しです。彼らもDOS攻撃を想定した対策でしょう」
「早々と革命政府の樹立を宣言し政策まで発表する。誠に不快極まる」
 国家防衛の最高幹部が集い何等の方策も打ち出し得ないと、国内外に無能を曝け出す。
それだけは避けたいと誰もが思っていたが、法の遵守も疎かにできない問題であった。
 新田陸幕長が苦渋に満ちた表情で、
「即応部隊に災害救助出動を命じる」
 幹部達が"エェッ"と驚愕の声を発し互いに顔を見合せる。南原が新田を見詰め、
「テロ対応作戦の実施ですか? それは首相の出動命令が・・・」
「訓練の延長だ。超法規の出動ではない」
 苦虫を噛み潰す統合幕僚長が香山3佐の略歴を無言で眺める。
『香山伸吾・3等陸佐36歳、ハーバード大学・経済学専攻中退、防衛大学第48期卒、
日米防衛訓練指揮所・連絡調整官を経験、イラク派遣、家族・妻と息子2名、趣味・読書
とラテン系音楽、性格・沈着冷静とある。
 壁掛時計1710、幹部達が慌しく立去る。立去りかける南原を統幕長が呼止める。
「南原副長、警視庁からの接触はあったか?」
「関与者の人員など情報を求めていますが、調査中と返事し開示していません」
「そうか。ところでハーバードの在学期間は何年か?」
「1年8ヶ月です」南原は即答した。
「防大には秘めた目的のため入学したのではないか?」
「調査では大それた事態を起す男でないとの評価でした。脳ある鷹は爪を隠したかも」
「そうか、さもあらん。ただ日本の法律は最高国家権力の機能停止に対処する術がない。
核攻撃でも災害でも有り得る事だが、いずれは超法規の行動も視野に入っているか?」
「陸幕としては、そんな事態にならないよう最善を尽くします」
 統幕長は頷く。南原は敬礼して踵を返す。南原は1年や2年の付け焼刃の計画でないと
感じているし、統幕長も同じ考えだと判った。

 日本報道社(NWH)・役員室、経営幹部達が長方形机の周囲に座り、壁に投射するプ
ロジェクタの映像を見る。報道局長が映像の出所を説明する。
「この映像は議事等占拠部隊が公開するウェブサイトの動画を映しています」
 国会議事堂を背景に背広姿の香山が語る。
『我々は制定した暫定憲法を直ちに施行し、統治機構と諸制度を変革する。行政府の長、
国務総理と法案の可決権を国民の直接投票に委ねる。国会議員は廃止し国民官を抽選する。
国民官は行政府が提出する法案又は行政府了解の下に提出する法案の審議を行うが、当面
は諸制度の変革に伴う苦情の受付を行い公開する。市区町村の自治体の長は住民が選び、
地方議員は廃止する。都道府県の組織は地方総督、知事の下に国策を遂行する』
 香山が語るにつれ、背景が首相官邸や官庁ビルへと緩やかに変った。背景が切換る。爛
漫と咲く桜花を映す。香山は間を置いて続ける。
『国の予算は民生予算と戦略予算に大別する。民生予算は教育、年金医療等の社会保障、
消費者保護、防災消防等などに充当し、市区町村に権限と予算を移譲する。戦略予算は外
交、防衛と治安、広域行政、戦略政策に充当し、最低3年の計画を開示する』
 背景が春夏秋冬の美しい風景へ緩やかに変った。背景が切換る。7つに色分けした地方
名を記す日本地図が映る。四国4県は白色、四国地方単独、関西又は中国地方に編入。そ
の選択は県民に委ねる、と文字表示していた。
『さて、道路河川交通を担う広域行政と、食料とエネルギーの自給を目指す戦略政策は、
地方総督と都道府県知事がその立案に参画し、決定した国策を実行する』
 背景が切換る。額に汗して働く町工場の人々が次々と映り始める。
『我々は内需拡大による所得倍増の戦略政策を行う。児童学生、健康等の支障者を除き、
75歳未満の老若男女に就労の場を設け就労を促す。倍増と自給の戦略政策、震災復興は
行政府が直轄し、国民の英知を結集して総督、知事、自治体の長と共に実行する』
 背景が切換る。田を耕す人々、漁をする人々が次々と映り始める。
『問題は財源である。国民は所得に応じて納税の義務を負い、日本国籍を有する者は国外
に居住するもその義務を一切逃れ得ない。教育、医療、研究の法人団体を除く全ての法人
団体は収益に応じて納税の義務を負う。宗教団体、公益法人と云えども例外はない。年金
等など直接に国民から預るお金以外の特別会計は廃止する。消費税は5%を限度とする。
国民には魅力ある国債の購入を促し、綿密な管理を前提に日銀券の増刷も辞さない』
 背景が切換る。小、中、高、大学の授業風景が次々と映り始める。
『次は人材である。総督、知事及び政務に係る人材を公募し、政務官として登用する。政
策立案とその実行に蛮勇を揮う国民の応募を望む。我々は個人の才能を認めるが、専門家
と称する集団の才能は経験に照らして認め難い。よって政策決定過程や公金使用の分野に
アンタッチャブルなオンブズマンを受入れる。また外交と防衛の機密情報、個人情報を除
き、全ての行政情報を公開する』
 背景が切換る。香山は堂々と語り続く。
『司法については・・・』
 会長が手を左右に振り、
「もうよい、止めろ。施政演説の積りか。これを報道すると暴徒に加担するも同じだ」
 会長の一声で映像が消える。ニュースデスクがノックもせず飛込んで来て、
「失礼します。ツイッターがパンク、炎上中です。外電は日本情報で溢れています」
「会長、お言葉を返すようですが、デスクの云う通り我が社が報道しなくても、世界には
劇的に広まります。報道を業とする社の責任が果せません」報道担当役員が直訴する。
「社の責任はワシだ。お前でない。他社がどうあれ暴徒に加担する報道はならん」
 ワンマン会長に逆らう術はなかった。

 衆議院議場・傍聴席、香山が議場の議員達を見下し携帯電話する。
「残念だが最早穏便な収拾はできない」南原が陸自の意思を伝える。
「即応隊が来るより依頼品が先でしょう」
「本隊が届ける。間違いない」
「狙撃や敷地内への侵入は議員を射殺する」
「判っておる!! 本隊は災害の訓練出動だゾ」南原は自重を促す。香山は電話を切る。

 香山家・居間、香山の妻・雅代が夜の臨時ニュースに見入る。テレビに香山の顔が大写
しされ、テロップが流れる。
"本日午後、陸上自衛隊約400名が国会議事堂に侵入、現在占拠中"
「おばちゃんの家に直ぐ行くわよ」雅代が大粒の涙を流し、息子達を抱締める。
 雅代はテレビを消した。息子達にテレビを見させたくなかった。
「父ちゃんも行くの? ボク幼稚園休むの?」
 生命の危険は常日頃から覚悟して生活していた雅代だが、この様な事態は全く予想して
いなかった。雅代は息子達の安全を守る事しか念頭に思い浮ばなかった。

 日本中央報道(NCH)、テレビスタディオ、上原ニュースキャスターが中央に座る。
左右向き合って軍事評論家、大学教授と政治部記者、政治評論家が座り、上原の頭上、正
面の大画面を食い入る様に眺める。大画面には議事堂が映り、次に多数の人々が映る。
『アッ今、女性議員ほか多数が南門に向っています。解放される様です』
 中継記者の声が流れる。ビルの屋上に据え付けたらしいカメラが人々を大写しにする。
画面に映る人々は落着き敷地内南門から道路へと歩み出る。画面が切換り、解放された人
のインタビューになる。インタビュアーが中年の男性にマイクを向ける。
『どういう状況でしたか?』
『私は衆議院の傍聴席へ入る途中の廊下で突然、衛視に拘束されました。衛視は占拠隊員
の変装と直ぐ気付きました。何しろ外部との通信を真っ先に遮断されましたから』
『今も議事堂内と連絡は一切とれまんよね』
『議場に携帯を持込めませんが、私は幸い携帯を預ける前でしたから連絡を試みました。
電波妨害らしく駄目でした。私含め全員の携帯は直ぐ没収されました』
 インタビューは続くが、上原は参集者に発言を促す。
「さて解放は実現しましたが、今後の展開について皆さんのご意見をお伺いします」
 参集者は画面から目を離し向き合う。
「そうですね。男性衆参議員数600名強、国会職員の解放数は未だ判りませんが残りは約
500名とすれば大雑把に千名超が人質です。高度に訓練された約400名が占拠部隊とあっ
ては実力行使は不可能でしょう。長期化しますよ」軍事評論家がまず発言する。
「マァ3ヶ月や6ヶ月、国政が停滞する例は見慣れておりますから」
 教授が皮肉を飛ばすが若い政治部記者には通じないらしい。
「アジア諸国に強い衝撃を与えていますし、長引けば日本の信用が地に落ちますよ」
「ウェブサイトには御託を並べるが法律を好き勝手に決める独裁そのもの。抽選した一千
万有権者は投票の棄権に対し、50歳未満は3日間の防衛訓練入隊、50歳以上は3日間
のボランティア活動のペナルティを課す。これは戦時中の勤労奉仕や老若男女の就労は、
国民総動員を思い起し、衣の下に鎧がチラつく」政治評論家が政治的な危険性を指摘した。
「そうです。65歳以上の年金世代の就労拒否者に対する年金20%カットや、75歳未満の
10%カットは就労の半ば強制ですよね」政治記者が政治評論家に同調した。
「そうじゃない。例えば月額5万円カットされた年金者が就労すると3倍の15万円の賃
金を得る。そこから健康保険料と労災保険料を差引かれても確実に10数万円が手取りと
なり、実質増収になる。受入れ企業は最低時給と3倍賃金を満たせば5万円支給され、実
質10万円で雇用できる。年金者の雇用比率を義務化する。間違いなく国民所得が増える」
「皆さん、政策についての発言や論評はお控え下さい」
 上原は注意を促す。若い政治記者は上原の注意を無視し、教授の細かな説明に納得せず、
「若者の雇用はどうなる? 益々中高年層や若年者の失業が増えるじゃないですか」
「家電や車が普及した社会になお売らんかなと頻繁にモデルチェンジして資源を浪費する。
食料とエネルギーは極端に不足しているが、生産に取組まず安直に輸入するから国民は不
足を肌身に感じない。不足する物の生産にこそ人、物、金の資源を投入すべきです」
 教授が自らの意見を述べる。議論は司会者・上原の主旨から段々と離れる。
「一次産業に従事せよと? 今の若者は3K仕事しませんよ。そこがお判りでない」
 終戦直後世代の教授と昭和後期生まれの記者では議論が噛み合わない。
「維新後80年の戦後改革、それから約70年の今、周期的な日本の地震だと論評する外
電もある。私は彼らが契約する2期8年の強権を認め、やらせては・・・」
 教授が占拠部隊を支持するや否や、政治評論家は教授を睨み、
「発言は不穏当だ。取消しなさい」教授は無視して発言を続ける。
「彼らのウエブサイトに明記する国会議員と地方議員の廃止や国民官制度、一千万国民の
立法権付与は強権なくしては成し得ない改革である」
「確かに過去の軍事政権のイメージとは趣が異なる」軍事評論家が発言する。
「軍事政権!? 内乱罪に相当する輩ですぞ!!」上原は目を吊上げた。
 番組はコマーシャルに変る。1カメの横に立つ報道局長が番組中止の合図を送る。
「申し訳ないが上層部命令で番組を中断します。司会不適切の致すところです」
 上原が頭を下げて中止を告げた。政治評論家は渋い顔して教授を睨む。

 橘運送ビル・事務室、出入口のガラス戸に橘運送株式会社の裏文字がある。数十人の隊
員がパソコンを操作する。背広姿の中西が無線電話する。拡声器から香山の声が流れる。
『諸君ご苦労、メディア作戦は成功だ。我々の運命は盟友の諸君達に託す。健闘を祈る』
「我々は盟友と共に。制圧隊の健闘を祈る」壁の時計が0時を過ぎる。
 第4中隊長・中西が無線を切る
「諸君手を休め聞いてくれ。計画通り明日から各班に別れて世論工作を開始する。硬い堤
防を手作業で崩し民意の洪水を起す。唯一の道具は今手にする携帯パソコンとネットだ。
諸君の安全は各自が守れ。最悪の時は狙撃隊が援護する。さあそれでは前祝の乾杯だ」
 隊員達が缶ビールの栓を開け、「乾杯!!」の声と共に互いの缶を触れ合う。

 都庁、記者達が早朝の廊下を都知事に群がり取材する。
「来年度予算の採決時期になぜ訓練したのですか?」
 目を腫らして歩く都知事が突出されたマイクに、
「地震は国会の都合で来るのか!!」
「知事は敢えて会期中を説得したと聞きますが、責任を感じておられますか?」
「取材はここでなかろう」都知事は歩みを止めずに進む。
「告訴しても真相を究明しますよ」記者の一人が大声で喚く。
 都知事は記者を振り切りエレベータに乗る。

 衆議院議場内、議員が議席につき、大臣達がひな壇に並ぶ。香山が演壇に立ち、
「毎日10時と16時には議場へ集れ。脱出した者があれば脱出者両隣の者を射殺する」
 議員達は疲れた顔で黙って聞き入る。
「議事堂内は食堂を含め自由な移動を許す」香山は議員達を見渡し傲慢に命令する。
 銃を構える隊員達が議員達の在籍を確認して回る。

 衆議院議長応接室、香山が豪華な応接椅子に座る。隊員に伴われ溝口防衛大臣がやって
来る。香山は起立し丁寧に溝口を迎え椅子を勧める。溝口は椅子に座りながら、
「寝袋は学生時代の登山を思い出したが、まさか議員控室で寝ると思わなかったよ」
 香山はテーブルの葉巻を溝口に勧め、
「即応隊が出動し、議事堂周りの道路に布陣しています。突入すれば応戦します」
 溝口は葉巻を受取る。香山は葉巻に火を近づける。溝口は差出す火を葉巻につける。
「君はワシに即応部隊の退却を命じよと?」溝口は上手そうに紫煙を噴出す。
「いえ、即応隊は災害訓練出動だそうです」
「何!? 成る程、考えおったな新田は」溝口は腹を抱えて笑う。
「いずれ戦い、共に死ぬ前、暫定憲法の発布を総理にご説得下さい」
「総理はあれで頑固だから私では力不足だ」
「そうですか。残念です」香山は溝口を鄭重に送り出す。

 議事堂を囲む4周の道路はテント村ができ、即応部隊が昼夜を問わず厳重な警戒体制を
敷いている。この5日間は膠着状態である。国民も政治の停滞と理解しているのか、停滞
慣れして特に騒がない。日本のマスコミは膠着のためか、故意か多くの情報を伝えない。
占拠部隊の政策は一切伝えない。これは明らかに故意である。
 だがネット上の国民の議論は活発である。復興も遅々として進まず時期をわきまえぬと
罵る者あり、そりゃ奴らじゃない、お前の目はどこについているのだと擁護する者あり。
賛否の葉書は出すかの問いかけに、勿論出す、でもどこへ郵送すればいいのだと困惑する
呟きが多数を占める。
 外電は先進国に生じた大事件に国民が騒ぎ立てない日本国の魔訶不思議を伝える。米軍
は横須賀と佐世保へ空母を緊急入港させた。海自は日本海にイージス艦配置を強化し、空
自は早期警戒管制機による警戒を強化した。防衛省筋は取り立て内外から無能、無策の論
調が起らず安堵していると云った按配である。

 警察庁長官室、出勤した長官が執務机の前に立つ秘書官から今日のスケジュールを聞く。
机上電話のベルが鳴る。長官は電話のハンドレス釦を押す。通話が拡声されて聞える。
「この10日間、警察が必死で探している中西である。長官は在中か?」
「私が長官の山城だ」長官は秘書に目配せする。秘書は逆探知の目配せと察し退室する。
「私を捜索する分には異存ない。だが我々の支持の賛否を受取り、集計せんとする団体や
グループに陰湿な圧力を加える。これは警察が選挙干渉するに等しい・・・」
「チョッと待て、そんな事実はない。それに君らの民意は法律の根拠がない」
「長官はツイッターを見ていないのか? その事実が飛び交っているし、我々も直接事実
を把握している。今後はその事実に遭遇すると上長に対し排除作戦を強行する」
「排除作戦とは何か?」長官はイラつきが募るが我慢し堪える。
「ことば通りの排除である。状況次第では最高幹部にも及ぶ」
 長官は嘗ての長官狙撃事件が頭を掠める。公然と脅迫するところが不気味である。
「真っ向、君らは国家権力に挑戦して勝てると思うのか?」
「そう云う議論はしない。一切は国民の判断である。警察は政治的中立を貫け」
 電話が切れる。山城は脅迫に屈する屈辱を感じるが、事実関係の調査は必要と決意した。

 大屋市長私邸、中西と大屋市長が深夜の応接室に対座する。応接机に置かれたコーヒー
を飲む市長が中西にも勧める。中西も一口飲み用件を切り出す。
「ご承知の様に国民の賛否郵送を受取り、集計を望む団体が悉く陰湿な妨害を受け、警察
までもがそれに加担している。市長は民意を非常に大切にされ、公務員は民意に中立たれ、
と主張し行動する姿に感服する。その市長に助けて欲しいとお願いはしない。ただ市域で
活動を望む団体に少し目を閉じて頂きたい」中西は切々と訴える。
「おっしゃる主旨はよ〜く判る。私も頑強に抵抗する既得権者達と日々戦争しているから。
ただ私も国民、気に入らない点を一言云いたいが」
「どうぞ、望むところです」
「まず州たる地方総督、知事と市町村長との間に行政的断層を感じる。県域で実行したい
民生について市町村の合意形成は誰に権限があるのか? 民生だよ民生」
「あそれね。総督は藩主、知事は家老、市町村長は家老に所属する侍大将と思って頂くと
理解し易い。但し家老は県の利益代表でなく藩主の補佐役です。藩は自給自足の国策を遂
行するが、藩主、家老は民生の市町村合意形成に一定の権限を持つ。私らは自衛隊育ち、
命令系統は一本で筋を通す。縦割り行政は公開した通り所管の一本化を実行する」
 中西は市長の顔色を伺いながら、
「それで総督、知事の公募は不満ですか?」
「わけの判らん無能な知事を金と利権で選ぶよりまし。ただ公募の方法次第だね」
「決定の最終段階は市町村長も参加できる公開討論になる。納得できる水準の能力者を決
める。但し総理の選定は国民、総督の選定は総理、知事の選定は総督とし一本筋にする」
 市長は中西の説明を整理しているらく、腕組みし次の問いに移る。
「次に市区町村に権限と財源の移譲を唱えているが、財源はどうなります?」
「固定資産税と住民人頭割、諸種手数料は市区町村の固有財源。市区町村域の法人関連税、
個人関連税は国税庁が一括徴収し、一定比率を市区町村の自由裁量権つきで配分する。地
方域のたばこ税と酒税の全額を市区町村の格差是正に確保し、配分は総督と知事の権限に
委ねる。総務省は地方域の格差是正に数兆円規模の財源を確保し地方域に配分する。他は
使途の自由度までは未定ですが地方交付金です」市長はがっかりした様子で、
「たばこ税2兆と酒税1兆5千億では都道府県が使うと市町村配分は夢の夢」
「いやいや、たばこ税と酒税は丸ごと市区町村へ配分するひもなし財源です。都道府県は
戦略予算で国策を遂行し、県税の類は一切なくし徴税を集約し徴税コストを低減します」
「藩主、家老は侍大将に人事権行使できないが予算配分権で従わせる、ですな、マ今まで
随分と国に騙され、ぼったくられましたゎ」市長は笑い何となく納得した様子を示す。
「どうです。願いは聞いて貰えますか?」中西は確認する。市長は考え込み、
「う〜ん、マァ貴方達は明智光秀みたいなもんだからねぇ」
「これはしたり、云うに事欠き明智光秀とは。我々は戦後日本の方向を決めた吉田茂だよ」
 市長と中西は大笑いする。市長は中西より幾分年長だが同世代の気安さでうちとけた。
「で、賛否受付、集計を望む団体の心当りは?」
「ああ大有り、マスコミが最適ですが日和見でして。電波と通信の国務府直轄は電子政府
の推進が目的と説明しても、マスコミはベタな勘繰り言論統制が頭をよぎるらしい。市長
にだけ打明けるが、公共の電波使用を正すため、国民への公開情報番組を義務化したい」
「私の番組出演もクダランのですかねぇ」市長は皮肉っぽく尋ねる。
「いやいや、あれは市長の考えを発表する情報公開と受止めます。立派な事です。横道に
逸れましたが、市長を応援する勝手連の旗上げ予定をご存知ですか?」
「いや、そんなのは一向に」市長は首を傾げる。
「そうですか、未だ旗揚げ前ですから。極く普通のおっちゃん、おばちゃんの団体です。
実はこの団体をお借りして、国を変えるゾ勝手連、と名前を換えて貰いました」
「ほぉーそれで?」市長は身を乗り出し、耳を傾ける。
「恐らく大量の葉書が郵送される。その賛否を数える広い場所が欲しい。廃校を長くても
3ヶ月間だけ不法占拠したい。市長は表向き強制退去を口にしながら引伸ばして欲しい」
 中西は市長の耳元に口を近づけ、希望の廃校を囁く。
「エェッ、あそこは民間の任意団体が利用しているよ」市長は驚き首を横に振る。
「市長の暗黙の了解が得られると勝手連が話をつけます。が万一、その団体が市長へ直訴
したときは、そのビッグマウスで上手く捌いて下さい」
「ビッグマウスねぇ」市長と中西は又も大笑いする。市長は極めて厳しい顔し、
「ウチの所属代議士の安全は確保してくれますか?」
「我々は戦友の言葉通り流血を望まない。早期収拾には国民の速やかな判断がいる」
「判りました。市長の権限と法律の許す範囲で」
 市長と中西は晴れやかに握手して別れる。

 議事堂・御休所前、香山が御休所に屯する隊員3名を窓越しに見つける。香山は走って
御休所の扉を開き、
「おい、天皇陛下の部屋に入るな!!」隊員達は敬礼もせず横柄な態度をとる。
「成功するのか!? 少しぐらい・・・」一等陸士が反抗的に応える。
「お前達、根を上げるにはまだ早いぞ」
「上官づらすな!!」二等陸士が香山を睨んで反抗する。
「何!!」香山は二等陸士にサッと近づき胸倉を掴む。二等陸士が振り解き殴りかかる。
 香山と二等陸士が殴り合いする。一等陸士と別の二等陸士が2人を引き離し、夫々が香
山と二等陸士を羽交い絞めにする。銃撃の音が聞える。緊張する隊員達。
「行くぞ!!」香山と隊員達が駈出す。

 議事堂・正門前敷地内、議員が正門へ向って駆ける。正門入口の柱から隊員が威嚇射撃
する。議員が走る足下の横を銃弾痕が地面を削る。
「進むと射殺する、戻れ!!」衛視の服装する隊員が怒鳴る。
 敷地外の正門ゲートの壁際から狙撃体勢をとる即応隊員。
「狙撃するな。撃つな、撃つな」即応隊員の後方から拡声器の声が飛ぶ。即応隊員が無念
そうに狙撃体勢を解く。議員が両手を上げて引返す。

 衆議院議長室、香山と中隊長3名が集り、小テーブルを囲んで座る。香山が頭を下げ、
「申し訳ない、私の隊が真っ先に規律を乱した」
「不安と疲れだ。穏便な処置を」第5中隊長が取り成して云う。
「隊員3名、脱出議員と両隣の議員は一昼夜の監禁と食事抜きにする」
「豚太りの脱出議員にはよいダイエットかも」
 香山は反対意見がないのを待ち、
「次に明るいニュースがある。やっと大阪と名古屋に賛否を集計する団体が現れた。中西
隊の活動が端緒についた。近く賛否数を発表するとの事だ」
 香山の言葉に中隊長達が頷く。
「まだ半月だ、先は長い」第2中隊長が楽観を戒める。

 中央郵便局前、男2人が大きな袋を夫々担いで郵便局より出てくる。歩道を歩き始める。
後から白いバンが男達に近づく。バンが停まり降りた4人の男が、担いで歩く男達の袋を
奪う。袋を奪った男達はバンに乗込み逃走する。その間1分である。約20m後方を歩く
NWHの轟記者は映画の一シーンを見る如く目撃する。奪われた男の一人が携帯する。
「・・・袋が強奪・・・」男は頷き再び喋る「中身・・・・場所は・・・」
 轟は切れ切れの声を聞く。110番通報らしい。轟は男達に駆け寄り、
「怪我はありませんか?」
「幸い怪我は。朝からどえりゃ事になった」通勤帯も過ぎた9時も少し回った所である。
「お金のようには見えませんでしたが」
「金より大事な賛否の葉書ですゎ。局留めを引取ったとこでした」轟は理解した。
「それにしても遅いですね、パトカー。110番したんでしょう、サイレンくらい聞えても」
 広い道ではないが県警本部と大して離れてない目と鼻の先である。
「ええまぁ。ちょこっとかかるが直ぐ行って」轟が理解不能と首を傾げる。
「私らにも理解できませんよ。時にあなた、バンのナンバー見ましたか?」
 視力1.5の轟は記者の本能で抜かりなく後部プレートを追ったが、
「ナンバープレートが隠されていました」
 およそ30分も過ぎた頃にパトカーがやって来た。野次馬が集る。轟は離れて携帯する。
「国民の賛否を問う例の葉書が大きな袋ごと強奪された。その現場に偶然遭遇しました。
今から記事を送ります」轟の電話に対し"何の目的で出張したのか、市長と知事の談話を
とってサッサと帰れ"と命令された。編集部の返事は取付く島がなかった。

 乗用車の中、警察庁長官・山城は出迎えの車に乗り出勤途上である。後部席に座り朝刊
を取出した。愛知県警本部長の猟銃狙撃の見出しを眺める。記事は受けた報告と若干食い
違うが幸い車の前輪に命中しバンクだけで事なきを得た。警察の威信をかけているが犯人
の目星はまだない。県警は暴力団取締りの反発を第一に疑っているが、山城には他に思い
当たる筋があった。マスコミはどこも報道しなかったが、2日前の賛否葉書の強奪事件に
対するパトカー派遣と、その後の捜査に問題を感じた。あの電話した中西に疑念が湧いた。
敢えて狙撃を逸らせた警告と考えるなら筋が通る。彼の云う排除する気なら彼らの狙撃銃
を使うだろう。山城は改めて車の防弾に信頼を寄せた。と同時に警察管区本部長と北海道
警察への長官通達だけでは不徹底だと悟った。今日にも県警本部長会議の招集を決意した。

 国会議事堂・地下通路、即応隊が金属の盾に身を隠し哨戒陣地に近づく。
「近づくな!! 撃つぞ!!」哨戒兵が積上げた砂袋に身を伏せて叫ぶ。
 即応隊が盾に隠れ腹這いしながら前進し、激しく銃撃する。哨戒隊が応戦する。
「衆院別館の地下通路で戦闘中」哨戒隊指揮官が通信機に向って叫ぶ。
 即応隊が更に近づき哨戒隊陣地に手榴弾を投げる。哨戒隊が後退して逃げる。大きな爆
裂音が響く。哨戒隊指揮官が導火線に点火する。
「点火!! 逃げろ!! 逃げろ即応隊!!」哨戒隊指揮官が叫ぶ。
 両側壁の導火線が激しい火花を散らせて走る。
「退却!! 退却!!」即応隊指揮官が叫ぶ。
 轟音と共に猛烈な土煙が舞上がる。通路が崩れ落ち無残な廃墟となる。

 衆議院議場・傍聴席、香山が議員のいない議場を眼下に眺め怒気を露に電話する。
「侵入するなと伝えていた。結果は判っている筈だ。議員を射殺する」
「早まるな!! 待て、真相を糾す」南原の必死な声がする。
「今回は即応隊にも逃げる余裕を与えた。次からは容赦しない」
「2度と侵入させない」
「我々の戦闘力を試したのか?」
「違う!! ・・・統率の乱れだ」
「統率の乱れだと!? それでも精鋭部隊か」香山は顔を歪め、怒鳴り携帯電話を切る。

 防衛省統合幕僚監部・応接室、統合幕僚長と新田、内閣官房副長官が集う。
「入院中だったがオチオチ寝てもおれん。もう4週間の膠着、どうお考えか?」
 やつれた顔の官房副長官が統幕長と陸幕長・新田を交互に眺めて問う。
「治安出動に変えるしか手はあるまい」統幕長が一呼吸置いて応える。
「それで?」官房副長官が突っ込む。統幕長は新田の腕を掴み、
「賛否が割れる国論は後世に委ね今は超法規の治安出動に変えたい。どうです新田さん」
「先日の地下戦では即応隊に逃げる余裕さえ与えた。香山の統率力と戦意は侮り難い」
 新田は苦渋に満ちた顔で腕組する。副長官は新田の決断を促す。
「私に権限はないが意見を言わせて貰う。今は賛成が幾分優勢だが、賛成は登る丸い太陽、
反対は沈む半円の太陽、このデザインの魔術にかかり国民は登る太陽を投函する。国民の
圧倒的賛成の下では動きがとれない。膠着が更に長期化し世界のもの笑いになる」
「副長官は今を措いて決断の時期はないとお考えですね」新田が問うと副長官が頷く。

 衆議院議長室、香山と中隊長3名が集り、小テーブルを囲んで座る。
「統幕が突入を許可した。中西隊長からの報告だ」香山が穏やかな表情で話す。
「後世への啓蒙、覚悟の結果だ」第2中隊長が息を整え話す。
「当初作戦通り決戦しよう。想定外の攻撃は有り得ない」第5中隊長が決意を示す。
 第3中隊長が両手でパンとテーブルを叩き、
「私の隊が真っ先に戦う。それを人質達に見せて最後の説得を頼む」
「説得は了解した。明日正門前で中西隊が見せ場を作る。隊員達にも見せたい」
 香山が立上る。中隊長達も立上り、4名は手を伸ばし重ね合せる。

 国会議事堂・中央塔最上階展望室、浜室総理と溝口防衛大臣、香山が正門前を展望する。
正門前道路を横一列にテントが並ぶ。桜田門から正門へ押寄せるデモ隊を警視庁機動隊が
立ち塞ぐ。デモ隊の拡声器が我鳴り立てる。
「自衛隊は張子の虎か、サッサと片付けろ!!」
 デモ隊の後から押寄せる群衆も拡声器で応酬する。
「国民契約を実行させろ!!」群集がデモ隊の背後から襲いかかる。
 デモ隊、群集、機動隊が三つ巴の乱闘になる。即応隊がテントから飛出し乱闘を眺める。
乱闘を眺める総理、溝口、香山。香山が2人を等分に見詰め、
「ご覧の通りです。自衛隊の無能を世界や国民に曝すのはもう限界でしょう」
「即応隊が実力行使? 誰が命令するのだ」溝口が香山を振返り詰問する。
「皆さんにはもう当事者能力がない」香山は辛らつな言葉を吐く。
「私はまだ国民に付託された総理だ!!」総理は乱闘を見詰めたまま応じる。
「暫定憲法制定と国権の移譲を決議して頂く。期限は明朝の戦闘開始迄です」
 香山は総理を見据えた。総理は振向き香山を睨み毅然と、
「暴徒の要求には屈しない」
「まだ総理にしがみ付くお積りか!?」香山は怒鳴り返す。
 香山は悄然とする総理を冷笑して眺める。

 正門前・夜のテント内、即応隊司令官と中隊長達が集う。司令官が中隊長達に命令する。
「明朝0500を期して突入する。彼らも精鋭中の精鋭だ。奇襲は通用せん。正攻法で戦う」
 南原陸将は立会って見守り、言葉を追加する。
「同志撃ちは忍びないが、事ここに至っては諸君の無事を祈る。最後の説得を試みる」
 南原は涙を浮べ、テントを立去る。南原は腕時計を見る、2215である。

 衆議院議長応接室、2230時、大きい豪華な応接机がある。佐原元幹事長と香山が隣り
合う柔らかいゆったりした椅子に座る。香山が机上の日本酒をコップに注ぎ、
「愈々明朝は決戦です。お別れの盃です」
「若い議員達を解放してくれんか?」
 香山はコップを捧げ、一気に飲み干し、
「それはできません」
 佐原元幹事長も酒を一気に飲み干す。香山の顔を凝視し、
「別れの盃だけでワシを呼んだのではあるまい」
 分隊長が慌しく駆け込む。
「南原陸将が今すぐお話したいと・・・」
「今しばらくお待ち下さい」香山は佐原元幹事長に一礼して立去る。

 中央塔上階の大広間、香山は装甲車上に立ち照明灯が照らす南原を見る。
「ご用件をどうぞ」香山は拡声器のマイクを握り話す。
「これが最後だ。奥さんの話を聞く様に」南原の声を聞き取る。
 双方の拡声器の声が星空に響き渡る。南原と入替り雅代が車上に立つ。車の後方、横一
列のテントが照明を一斉に灯す。
「貴方ごめんなさい。強制されたの」
「折角の機会だ、怖がらずに話しなさい」香山は雅代を凝視する。
「死なないで貴方。道連れを出さないで」雅代は必死の形相し声が震える。
「それはできない。最後の一兵まで戦う。国民は我々を理解し我々に続く者が必ず現れる。
隊員達のご家族やお前達に苦難の人生を歩ませるが許してくれ」
「その事なら心配しないで。隊員のご家族や息子達に、昔その父が日本の歴史を、世界の
歴史を変えるために戦った。誇りと自信と持って生きるよう伝えて歩きます」
 雅代の声は震えず凛としていたが、喋り終ると車上に泣き崩れた。香山はマイクを離し、
「生き抜いてくれよ雅代」と呟き、
 アラモ砦・皆殺しの歌を拡声器から流す。香山は思い出に耽る。

 アパート・香山家・居間、1992年―バブル崩壊― 14歳の香山。学業のカバンを
置き、襖を開ける香山が母と妹が並ぶ寝姿を見る。
「ただいま。夕刊配達終ったよ」
 起きない母と妹、香山は傍に駆寄る。母と妹の顔を撫で号泣する。枕元に遺書。
「もう直ぐ中学卒業だね。伸吾は独りで生きなさい。貧乏な母を許しておくれ。病弱な美
紀は連れて行きます」溢れる涙で字が霞むが、母の声が読み聞かす。
 香山は畳を叩き叩き、
「母さんに働き口がなくても、僕が自衛隊に入り学業と収入を得ると云ったのに・・・」
 香山は唇を噛み締め、母と妹を抱締める。

 10日後の香山家・玄関、日曜の昼前、ノックの音を聞く香山が半間の出入口扉を開く。
母と別れ、小学3年生から会っていな父、花村伸也が半畳の玄関にズカズカと入る。
「今頃何で来た」懐かしさは微塵もなく、母を捨てた腹立たしさが込上げた。
「女とは別れた。お前達に済まなく思っていた」
「帰れ、帰れ帰れ」香山は父の身体を押し突出そうとする。父はその手を受止め、
「伸吾よく聞け、母さんは意地っ張りな女、いや芯の強い女と云うべきかな、父さんの援
助を拒み続けた。人生は意地で生きるものでない。柔軟に生き抜くそれが大切だ」
「何が云いたい。母さんを非難しに来たのか? だったらサッサと帰れ」
「そうじゃない。母さんは母さんの生き方をしてしまった。美紀が可愛そうだ」
 香山は"美紀が可愛そうだ"と云う父の言葉に押す手を緩めた。
「どうだ伸吾、父さんと一緒に住まないか。好きな学校へも行ける」
 香山は"伸吾は独りで生きなさい"母の遺言を守り独り生きる覚悟だったが、寂しさは
耐え難いものがあった。

 6年後、チャールズ川の畔、中西次郎と香山が木陰のベンチに並んで座る。
「無二の友、君にだけ打明ける。俺は今年の防衛大学入試を受ける」中西が唐突に云う。
「日本の防大か、なんで? 苦心して入学したエリートの道を捨てるのか」
 香山は同じ時期に入学し、親しく交わる友の言葉は寝耳に水、信じられなかった。
「世界の進む方向は間違っている。だが俺はもうそんな事を考えるのが面倒臭い」
「逃げ出すって事か」
「まぁ早く云っても遅く云っても、そう云う事だ」
 香山はサラリと受け流され戸惑った。ただ防大と云う言葉が記憶に突き刺さった。沈黙
を保ち、川面を見詰める。練習するレガッターが通り過ぎる。香山は意外な決意を口走る。
「そうか、君の論理は一朝一夕には聞けまい。俺も付き合うよ」中西は驚き伸吾を見詰め、
「伸吾まで俺の真似する必要ない」
「いや俺の決心はもう変らない。次郎の論理をトコトン議論したい」
 こうして防大の期間も議論が続いた。配属されてからは広く仲間も増えシンパも増えた。
5、6年前からは議論では埒があかない。行動が必要との考えが大勢を占めた。
 香山は過去の出来事が次々と浮んだ。香山は現実に返った。
「同志を全員死なせてよいのか」
香山の心が突然、張り裂けるばかりに痛んだ。長年思想信条を共に議論し鍛えぬいた同志
を一挙に失う。再起の種を残さねばならない。

 衆議院議場、衆参議員達が議場に溢れる隊員達が議場内を取囲む。香山が演壇に立つ。
「今23時15分である。議会が開けるこの状態で今晩寝起きして頂く。暫定憲法制定と国権
の移譲を決議する残り時間は約6時間。戦闘が始まれば遅からず皆さんと共に死ぬ」
 香山は隊員が差出すマイクに向って話し、周辺に張り巡らせた導火線を指差す。
「私に話させてくれ」ひな壇の総理が香山に手を挙げて云う。
「総理どうぞ」香山の言葉で総理が演壇に降りる。
「私の内閣は暴徒の要求に屈するより死を選ぶ事に決めた」
「勝手に決めるな!!」議員達が一斉に叫ぶ。
「お前らだけが死ね!!」議場はヤジと怒号が渦巻く。
「五月蝿い!! 黙れ!!」香山は自動小銃を速記席に打ち込む。
「節を曲げずに死すは万世のため。皆さんに申し訳ないが政治家の代りは多数いる。この
不名誉な事態の教訓を後輩に託す」総理は深々と頭を下げる。
「云いたい事はそれだけか!!」再び議員達の罵声が飛ぶ。
 前列左翼で揉み合う議員Aと議員B。
「議員立法で要求を受入れようじゃないか」議員Aが後を振り返り叫ぶ。
「バカ野郎!! 凛とした日本男児の心意気を後世に伝える」議員Bが叫ぶ。
「バカ野郎とは何だ」議員Aが議員Bに掴みかかる。
 香山は再び速記席に銃を連射する。

 衆議院議長応接室、1150時、香山は佐原元幹事長の隣に座り見張りの分隊長に、
「ここは2人でよい。持場へ戻れ」分隊長は敬礼して立去る。
「君達は赤穂47士にはなれないぞ。彼らは事を成し遂げた。君は破壊するだけだ」
 佐原元幹事長は香山を見詰めて諭した。
「もし西南の役で有能の士が死ななければ、維新後の日本は変っていたと思いますか?」
 佐原元幹事長は香山の突然な問いに間を置き、腕組みし、
「歴史にもしはないが、日本の歴史は変っていたかも知れん」
「明日は皆さんを盾に最後の一兵まで戦う積りです」
「若い議員や隊員も解放する気にはならんかね?」
「半数の隊員は何も知らずに従いました。今はもう一心同体で戦意旺盛です。衆参議場に
各議員全員を拘束しています。先程の議員の混乱を考え、戦闘中は隊員を張付けます」
 更に香山は佐原元幹事長の膝を掴んで揺すり、
「指揮官全滅後は議場へ兵が逃込み、議場に仕掛けた爆薬を点火します。その兵を鎮め犠
牲を抑える役をお願いしたい」
「大役だな、最後のご奉公だ。必ずやり遂げる、安心しろ」佐原元幹事長は大言を吐く。
「最後のご奉公なら他にも方法がある。暫定憲法制定と国権の移譲を説得して欲しい」
「何!? ワシにやれだと!!」
「そう、貴方に力が残っておればです。成功は中央広間4人目の銅像を約束します」
「ワシがやらねば君らは銃剣でやる気か?」
「日本の改革は維新も戦後も武力でした」
 佐原元幹事長は"ん〜"と唸り考え込む。
「一つ聞くが、8年で退陣を約束できるか?」
「勿論。我々のマニフェスト、いや国民契約ですから」
「さぁそれよ。ワシはもう2度と信じたくないんじゃが・・・」
「暫定を取除く憲法草案起草の首席を勤めて頂く。銅像には大儀が必要でしょう。何より
多数の人命がかかっています」佐原元幹事長はニャッと笑い、
「君の様な男を思う存分使って見たかったよ」
 佐原と香山は立上り、握手する。香山はコップに酒を注ぎ佐原と乾杯する。

 議事堂・中央大広間、香山と中隊長3名が赤い絨毯の真ん中に立つ。
「一つだけ作戦を変更する」
 中隊長達はこの期に及びと、怪訝な顔して互いの顔を見合す。香山は言葉を続ける。
「各中隊長は有能な隊員を選び、地下に拘束する職員達等の監視をさせよ。彼らには交戦
させるな、降伏を厳命せよ。我々が全滅後も必ず生きて日本の再生に尽くせと説得せよ」
「何も知らず我々に従った隊員が戦いを拒否するなら監視隊員に加えてもよいか?」
 第5中隊長の発言に各隊長が意見を云う。
「それは中隊長の統率力が問われるなぁ。そんな隊員が続出したら収拾できないぞ」
「確かに、そんな隊員はいないと確信できる隊長はいないよなぁ」
 香山は決戦を控え、隊長達のリラックスした発言に戦いは勝つと確信した。
「よし、戦意喪失の隊員が何人いたか一切問わない。各隊長の判断に委ねる」
 香山は決断を下し散会した。

 衆議院第一委員室、0030時、佐原が子分の議員達を集めて演説する。その数70名
程である。
「愈々突入だ。我々を盾に戦う積りだ。何としても先ず生きねばならん」
「そうだ、そうだ」議員達も極度の緊張感を漂わせる。
「私はこの際、忍び難きを忍び、暴徒の要求に応じてはどうかと思う」
「総理は頑固一徹、説得は難しい」
 佐原は子分達の緊張が幾分ほぐれた頃合と見て、
「議員立法の形式しか方法はあるまい。私に一任して貰えるか?」
「勿論先生に従うためにここへ来た。そうだろうみんな」
「一任する。異議なし」議員達が口々に叫ぶ。
 佐原は子分達をジロッと見渡し、
「時間がない。他の議員の説得に当って欲しい」議員達は"おぅ"と叫び立去る。
 数こそ減り力が衰えたと云え、佐原は鉄の軍団を堅持していた。

 楠木邸の門前、3名の男が門前に集う。男がインターフォンの釦を何度か押し、
「警視庁刑事の曽根です。緊急の用件で楠木社長にお会いしたいのですが」
「どうぞお入り下さい」少し間を置きインターフォンから女声が聞える。
 門が開き、5名は玄関に向う。曽根が玄関ドアを開き、男達が玄関内に入る。妻らしい
女性が出迎える。50代のでっぷり太った男、楠木やって来る。
「夜分遅くに失礼します。実は貴方の誘拐と日本ツリータワーの送信所が爆破される恐れ
があり、警護にやって参りました」曽根は来訪目的を説明する。
「夜分ご苦労さんです。有難う御座います」楠木は落着いて応える。
「明朝8時の交代が来るまで、寝室前で私がガードします。他の者は外で・・・」
「いや、今日は若夫婦と子供も留守ですから家内と2名を家の中で警護して・・・」
「お邪魔でなければそのように」
「お上がり下さい、どうぞ此方へ」男達は楠木と妻女に従い廊下を歩く。
「奥さんはどうかお休み下さい。2名が寝室前で警護します」
 応接室、楠木が応接椅子に座り、曽根がソファーに座る。
「日本ツリータワーにも警備班が出向いています。念のため社長からもタワーの保安主任
に電話して頂けませんか?」
「判りました」楠木は立上り、部屋隅の電話台に置いた電話をとり電話する。
「保安主任か? 楠木だ。そちらに警視庁の警護班が行く。その指示に従え」
「社長、電話を代って下さい」曽根は電話を受取る。
「私は社長を警護している曽根です。警護班は何事もなければ午前中に引揚げます。明日
は通常通り営業して下さい。大袈裟になると営業に差支えるので警護班の存在を貴方の胸
に収め、他に誰にも漏らさないよう厳重注意して下さい」
 保安主任は口止めに納得した。曽根は安堵して電話を切る。携帯を取出し電話する。
「こちらは曽根です。楠木社長の警備配置につきました。以上報告します」
 壁の柱時計は0時20分である。

 ホテルの一室、中西隊長が小さな無線通話音を聞く。
「こちらは日本ツリータワー警備班、0050警備配置完了」
「了解」中西は携帯電話する。
「大日テレビ、飯塚会長の御宅ですか?」
 寝室のベッドに腰かけ、卓台の電話機をとる飯塚が不機嫌に、
「誰かね? 夜中に電話とは非常識じゃないか」
「貴社にだけ特種を提供する。明朝5時から議事堂内部の実況中継を特別に許す」
「何!? 君は暴徒の一味だな。ウチは抜駆けせん」飯塚は眠気が吹っ飛び緊張する。
「暴徒のPRはしない、大手マスコミの密約だな。だが話を断り、警察に知らせたら日本
ツリータワーの送信所が吹っ飛ぶ。それでよいのか?」中西はドスを利かせ脅す。
 飯塚は立上り、ベッドの横を行き戻りして考え込む。送信所は各社テレビ放送局が本格
運用して間もない重要施設である。吹っ飛べば全ての東京都と近県のテレビが旧タワーに
送信を切換えるまで映らなくなる。奴らなら旧タワーも吹っ飛ばすかも知れない。何より
再設備の資金負担について国、タワー会社、各テレビ局の責任争いになる。飯塚は脅しに
屈し難いが、経営上から言分を飲む決心を固めた。だがその決心には元聞屋の会長に世紀
の特種意識もあった。
「中継は引受ける。爆破はしないと確約するか?」
「送った生映像を細工したり、勝手に放送を中断すると確約はできん」
「その条件は心得た」
「心得たでは駄目だ、そちらも確約しろ。今は午前1時過ぎだ。2時に本社玄関前に中継
用の無線受像機とその設置条件を記載した説明書を置く。読めば技術者なら判る」
「確約する」飯塚は5、6分の電話が何時間にも感じた。

 議事堂正門前道路、0200時、報道陣が一斉に退去を命じられる。腕章を巻いた報道
陣は自衛隊警備隊が静かに近づき、まるで拘束するかの如く連れ去る。
「報道の自由を束縛するのか?」報道クルーの一人が警備隊員に抗議する。
「上層部の命令ですから、退去頂けない時は警備車内に留まって頂く事も許されています」
「それは不法監禁じゃないか?」
「まぁまぁそんなに興奮なさらずに、暫く退去して頂くか、警備車内に保護するかです」
「と云う事は・・・」
「ご想像にお任せします。さぁご同道下さい」
 言葉は丁寧だが、報道陣は有無を言わせず退去を強制された。

 衆議院第一委員室、0210時、佐原は腹心の幹部と票読みをする。佐原の子分達が頻
繁に出入りし、列挙した衆参議員名の先頭に記入した◎、○、△、Xが増える。
「二重丸、丸と合せてまだ過半数、電話攻勢できんのが悔まれる」腹心はイラつく。
「ないものねだっても仕方あるまい」佐原は子分達の成果をひたすら待った。
 子分が慌てて駆込んで来て、
「総理一派が反対活動をしている。どうも総理は解散を目論んでいる」
「そうか。暴徒の親玉がどう対処するか、奴さんの政治的力量が判る」佐原は動じない。
「座して死を待つのかと説得しても反応が鈍い。この度ツラツラ判ったよ。自分で判断も
できん男が国会に集っていたんだ」子分は嘆かわしそうにため息を吐く。
「バカもん、ため息する暇があったら説得に走れ!!」佐原は子分に喝を入れる。

 衆議院議場、0235時、銃剣を指す隊員が物々しく議場を取囲んでいるが、議員の出
入は隊員の同伴つきで激しかった。香山が議場にやって来て、ひな壇に駈け上がる。浜室
総理に一礼し、小声で話し始める。
「総理、即応隊の総攻撃は2時間半後です。お考えは変りませんか?」
「暴徒に屈する積りはない」浜室は目を閉じ腕組みして昂然と云い切る。
「私の隊員は死を覚悟し、新生日本のため皆さんを道連れにします。少なくとも1000
人の死傷者が出るでしょう。それでも意思は固いですか?」
「くどい、変らん」
「そうですか、致しかたありません。その残虐な場をお見せする前に、決戦場で隊員の盾
となって突入隊の狙撃で死んで頂きます。日本国総理に対する私の敬意とお考え下さい。
では別の部屋にご同道願います」
「幾ら脅しても無駄だ」浜室はなおも強気を崩さない。
「私は甘くないですよ。今をもって説得を諦めます。実行するためのご同道です」
 香山を浜室の腕を引張り、腕組みする形でひな壇を立去る。議席内を激しく移動する議
員に注意が集り、議員達もひな壇の閣僚も誰一人として総理の退場を注視しなかった。

 衆議院第一委員室、0430時、佐原元幹事長が配下の議員達数名と話し込んでいる。
香山がやって来て佐原に近づき、
「佐原さん、状況はどうですか?」香山が尋ねた。
「総理を議場から退去させた君の処置は総理の解散権を封じたが、防衛大臣を不信任案で
クビにし、新防衛大臣に突入命令を撤回させる。この手が使いたくても任命権者の総理が
不在・・・」
「待って下さい。そんな国会テクニックをお願いしたのでありません。時間切れですよ」
「解っておる。話を聞け」佐原はいらつき、不機嫌である。
「君達の暫定憲法を合法化し、君達に政権移譲する手段は衆参3分の2の賛成が必要だ。
そうでないと合法性に関し日本国の将来に禍根を残す。過半数は超えたが3分の2に達し
ないのだ」香山は面倒臭いなぁ、合法性などクソ喰らえと思い期待しないしが、
「ご尽力はよく判りました。ですがもう時間です、今から作戦体制に入ります。皆さんは
衆参夫々の議場に戻って下さい。議場からの出入は禁止します。まだ30分あります。議
場内で説得工作を続けて下さい。衆参院間は何時でも連絡できる状態を保証します」
 香山は室内の周囲に待機する隊員に命令する。
「先生方を夫々の議場にお連れせよ」

 議事堂正面の正門、0500時、即応部隊が突入を開始した。香山達は正門の扉が引倒
され、破壊して来ると予想したが、クレーン車が正門越しに鉄板の衝立を敷地内に並べる。
突入隊は衝立の後から正門を乗越えているらしい。突入隊は衝立の陰に隠れ姿が見えない。
衆議院1階窓際に配置した隊員はなす術がなかった。
「発砲中止、待機せよ」第3中隊長は隊員に命令した。
 衝立に設けた窓が開き、催涙弾を撃ち始めた。衆議院1階窓ガラスの上部を割り、催涙
弾の室内に着弾する。これは想定通りある。
 隊員達はマスクを装着して突入を待ち構える。拘束していた戦場のカメラマン・伊吹が
テレビ中継の携帯カメラを担ぎ、催涙弾の着弾を映し突入を実況中継する。
「ここは衆議院1階、撃ち込まれた催涙弾が猛烈な白煙を吹き上げています。ご覧の様に
その数は半端ではありません。あの鉄の衝立に設けた窓から撃ち込んでいます」
 伊吹はカメラだけをチョッと窓から覗かせる。ガスマスク姿の隊員は映さない。

 東京都内のある家庭、熟年の主婦が朝餉の支度する。主婦が台所用の小型テレビを大日
テレビのチャンネルに合す。議事堂内の実況中継が映る。
「あなた大変よ、あなた、あなたー大変」
「何を朝っぱらから素頓狂な・・・」寝室であろうか亭主の諫める声がする。
「早く居間のテレビつけて、大日を映してぇー、議事堂が大変なのよ」主婦が叫ぶ。
「何ぃー!!」主婦が台所を抜け出し走る。
 主婦と亭主は居間のテレビに噛り付く。
「こらぁ浅間山荘事件の比じゃないぞ」どうやら亭主はふるーい事件を知っている様だ。

 防衛省統合幕僚監部・応接室、幕僚長と自衛隊幹部が集う部屋へノックもせずに、3等
陸尉が息を切らせて駆け込む。
「失礼します。テレビ大日チャンネルをご覧下さい」
 自衛隊自前の映像に変えて、テレビチャンネル大日に切換る。並み居る幕僚長と自衛隊
幹部が驚いたのは主婦と亭主の比ではなかった。戦後60年来の残酷な同志討ちを国民か
ら隠蔽するため、報道管制を敷いたが、占拠隊に見事裏をかかれた。
「大日の会長を呼び出せ!!」新田陸幕長が叫ぶ。
「ここまで越させるには・・・」幹部も頓珍漢で応える。
「バカ 電話だ電話」

 議事堂正門・敷地内、金属の盾に身を隠し突入隊が衆議院1階に向いほふく前進する。
伊吹がその様子をカメラに捉える。
「突入隊の前進が始まりました。突入隊100名は超えるでしょうか、3列横隊で金属の
盾がこちへ向って来ます。ご覧になれるでしょうか? あっカメラに向って発砲してきま
した。衆議院1階、こちらからも激しく一斉に発砲しました。突入隊は金属の盾に身を隠
しています。こちらは頭をすっぽり白い布で被う議員でしょうか、人質を盾にしています」
 カメラは黒い布で頭を被う隊員が人質の後から射撃する様子をカメラに捉える。
「あっ突入隊が人質に気付いたのでしょうか、発砲を中止しました。突入隊が金属の盾と
共に身を伏せました。あぁ〜、再び窓の低い位置へ催涙弾を撃ち込み始めました。ここは
もうこれ以上、息苦しく涙が出て中継できません。他へ移動します」

 ガスマスクをつけた突入隊が窓を壊し、衆議院1階に雪崩込んでくる。雪崩込む突入隊
と占拠隊間で散発的な発砲が起る。双方の何人かが倒れる。第3中隊長が命令する。
「点火せよ、点火〜」中隊長が銃弾に倒れる。
 窓枠の上部に設けた導火線が激しい火花を散らし、猛烈な勢いで其処ここの爆薬へ進む。
「退却、退却、退却〜」突入隊の指揮官が退却を命令する。

 クレーンに吊るし、防弾ガラスで囲う箱の中、一等陸佐と一等陸尉が突入隊を眺める。
突然、突入先発隊指揮官の退却命令が箱のスピーカに届く。衆議院1階へ突入した隊員が
我先に窓から飛び出す様を目撃する。
 早朝の議事堂周辺に百雷が落ちた如き轟音が響き渡る。衆議院1階窓から猛烈な勢いで
黒煙が噴出す。見る間に議事堂左、衆議院建屋を見えなくする。
「衆議院内部は粉微塵に吹き飛んだかも・・・」一等陸尉が無念そうに口走る。

 衆議院議場、0615時、発砲音を聞く議員達の目が血走り騒ぐ。猛烈な轟音が議場を揺ら
す。隊員達が議場に駆け込んでくる。議場指揮官の三等陸尉がハンドマイクを提げ喋る。
「先生方騒ぐな、落着け。見苦しいぞ。突入隊はまもなくここにやって来る。我々は先生
方と共に自爆せよと命令されている。今から爆薬の起爆装置を作動させる」
「待てっ、指揮官待てっ」議員が叫ぶ。
「何だ、何だ」別の議員も叫ぶ。
「待ってくれ、議長、採決しよう」何人かの議員が異口同音に叫ぶ。
「そうだ、採決、採決だ〜」議員が雪崩をうって叫ぶ。
 議場は議員の叫ぶと怒号も混じり混乱の極みである。議長が木槌を何度も何度も激しく
叩く。まるで半鐘を突く様に。議場が静まる。
「只今から佐原君から緊急提案のあった暫定憲法の即発布と政権移譲の審議を行う。賛成
討論を佐原君から実施する」議長が発言する。
「そんな事はよい。採決に進めろ、採決だ」
「そうだ、そうだ」
「よろしい。本件に反対の方は起立願います」議長は採決を宣言する。
 議席の数人がパラパラと立上り反対を意思表示する。
「賛成3分の2を超える多数で本議案は可決しました」
 議場は拍手喝采が鳴り止まない。佐原元幹事長はひな壇に駆け上り、議長席へ近づくと、
「溝口防衛大臣、議長の所へ来てくれ」佐原が大声を出す。溝口がやって来る。
「お〜い、指揮官、ワシら3人を参議院議場へ案内してくれ」佐原は三等陸尉を呼ぶ。

 衆議院1階内部、内部は作戦通りさしたる損傷はなかった。大音響と黒煙だけであった。
香山がやって来る。第3中隊員達が一斉に敬礼する。一等陸曹が香山に駆け寄り、
「当隊死者2名、うち一名は篠原第3中隊長であります。負傷者5名であります」
「突入隊は?」香山が尋ねた。
「負傷者は判りませんが、死者は同じく2名、あそこに4名を並べています」
「そうか、ご苦労、新品の寝袋を用意し死者を収容せよ」
 香山は寝かせた死者に近づく。屈んで合唱し一人一人の顔を撫でる。
「おい、誰か水筒とガーゼはないか?」香山は死者を見詰めたまま尋ねる。
「先程、医者が置いていった箱に残っています。水筒は私が持っています」
「よし持って来い」香山は隊員から水筒とガーゼを受取った。
 香山は夫々のガーゼに水筒の水を含ませ、4名の唇を夫々に拭った。香山は十数年前の
母と妹が死亡した際の行為を思い出しながら、何度も何度も丁寧に拭った。
 3等陸尉が息を切らせて駈けて来た。香山の傍に立ち敬礼し、
「第2中隊、川瀬です。中隊長が中央塔4階に至急お越し下さいとの事であります」
 香山は川瀬を振り向き、ゆっくりと立上って頷いた。

 議事堂、中央塔4階、0748時、香山がやって来た。溝口防衛大臣と日野第2中隊長
が待っていた。日野は香山を認めるや敬礼し、
「参議院も3分の2を超える圧倒的多数で緊急動議を可決しました。大臣に突入中止を下
令するようご同道願いました」
「そうですか安堵しました。私もこれ以上の犠牲者は耐えられません」
強い香山の姿は見る影もがなく、シンミリした口調で話した。
「犠牲者の数は?」
「今のところ確認は4名です。それより早く中止命令を」
 溝口は用意されたマイクを握り、
「私は防衛大臣の溝口である。即応隊司令官並びに隊員諸君、突入を中止し隊への復帰を
命じる。この突入命令に関与した者は追って沙汰するまで謹慎せよ」
「大臣、そこまでは・・・」
「暫定憲法の発効は4月25日0時だ。総理の不信任案も可決した。解散か総辞職の決定
だが、それまでは防衛大臣である」
「では私達を含め解任も可能ですね」香山が溝口の意思を確かめた。
「国の防衛に混乱を起すそこまではやらんよ。君らの暫定憲法は中身の評価はせんが、経
過処置はよくできておる。あとは君らに任す」
「あとは幕引きと国民への説明は誰が・・・」
「そこが問題だ。浜室総理は頑なに拒んでおる。佐原先生が説得しておるが多分無理だ。
私の考えでは衆議院議長になると思う。ただ君らにも問題がある。聞くところによると、
君らは国民の支持を郵送させているそうじゃないか。過半数の賛成は得られるのかね?」
「過半数は確実ですが、やはり圧倒的支持が必要です。欲張ることもできませんが」
「暫定とは云えこの憲法に疑問は残るし、この度の議決にも疑問は残る。まぁ歴史に評価を
委ねるより仕方あるまい」
「昭和憲法も押しつけられた。憲法制定の理屈は学者に任せりゃ良い。私達は今や存在する
暫定憲法によって明日からの現実に立向います」香山は成立過程に無関心を装った。
 香山は直立不動の姿勢で溝口大臣に敬礼した。

                          第1章 終り

        全章は上記サイトへどうぞ。
大国主 みこと
http://www.eonet.ne.jp/~cosmplan
2012年08月24日(金) 11時47分54秒 公開
■この作品の著作権は大国主 みことさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
全章は長編です。
詰込み過ぎて万人受けはしません。これからの日本を考える方は、ぜひ忍耐強くお読み頂ければ幸いです。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  大国主 みこと  評価:50点  ■2012-08-31 11:23  ID:E95jPEdr.WE
PASS 編集 削除
陣家  様
ご一読、ご感想大変有難うございます。

*世界的に孤立した日本は経済制裁を受ける前に円は暴落し、ハイパーインフレ

日本の近未来を真剣に考える方はこのような心配をなさいます。
つたたない文章故に多少忍耐が必要ですが、ぜひ是非全章をご一読頂ければ
なぜ”世界に挑む”の枕詞をつけているか、その意味がご理解頂けるのではないかと拝察します。ご多忙なら第2章だけでもご一読下さい。

多くの方に御読み頂けるよう、よろしければWebサイトのPRもお願いいたします。Googleで”大国主みこと”で検索して頂くことも可能です。

どうか来たるべき選挙には後悔のない一票をご投票頂ければ幸いです。
No.1  陣家  評価:30点  ■2012-08-31 07:58  ID:98YScwpXzig
PASS 編集 削除
拝読しました。

これは壮大な国家シミュレーション小説ですね。
これほどの物を書き上げるのには膨大な日々の情報収集と政治経済学の研究をなさったことなのでしょうね。
リンク先の全編を読み通したわけでもなく、自分は政治にも経済にも浅学甚だしいので、細かい部分に意見を呈することはできませんが、まず軍事クーデターの成功という前提ありきのようなのでそこがどうなのかなあと思いました。
民意を得る前にアメリカ軍と衝突することになるのではないかと思うのですが……。
もしも国民を人質に取って強行させたとしても、世界的に孤立した日本は経済制裁を受ける前に円は暴落し、ハイパーインフレに突入して国民は貧窮にあえぐことになりそうな気がします。
これを回避するには常識的には共産主義的な強権発動で乗り切るしかないのでしょうね。

とはいえ世界的に見れば成功した独裁国家は少なくはないわけで、世界一成功した独裁国家と言われる毛沢東政権、つまり現在の中国と日本ならどちらに生まれた方が幸福だと思いますかといった、マクロ的な幸福論を問われているのかもしれません。

いずれにしても、このようにいろいろと考えさせてくれる機会を与えてくれる作品は大いに意味があると思いました。
失礼しました。
総レス数 2  合計 80

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