再愛


 例年の平均気温を大きく上回った汗の滴るほどの初夏。
鋭く刺す様な太陽の光りと、セミの声とはうらはらに参列者のすすり泣く音が
館内の所々から聞こえる。
冷たいコンクリートで覆われた高い天井を見上げながら、私の体が火の中に
入るとき、今更ながら冷静に現状を把握した。

私は、死んだのだ。

 79歳、決して早死にではないと思う。
それほど派手な生き方も、だいそれて社会の為になる事もして来なかった。
それでも生きてきたのだ、会社の為、友人の為、家族の為、何よりも「妻」
の為に……真っ直ぐに生きてきたのだ。

 位牌の前では、絶えることなく線香の煙が細く、長くゆらゆらと昇っている。
数十分で白く細くモロイ形になった私は、世話になった人々の多くの手によって
摘まれ、小さな箱へと少しずつ移された後、係りの人の手によって残りの物が
マニュアル通りにグサグサと、棒で砕きながら納められていく。

 妻は17年前に病によって死んだ。
仕事も定年を向かえ、これからという時の出来事に闘病生活2年、希望を持って
支えてきたが『祈り』という処方箋は、彼女の体を救う事は出来なかった。
 同じ進学塾で、伝えられない密かな恋心を抱いていた私に、強い木漏れ日の落ちる
池の淵の白いベンチで、始めて声を掛けられてから気付いたお互いの気持ち……
あれから39年、一度も手を繋ぐ事も出来ず、一歩後ろを黙って付いてくる寡黙な彼女。
私が始めて彼女の手をとったのは、病院のベットの上だった。
あの頃の、心の痛みは今も鮮明に覚えている。
それからだろうか、一気に老いを感じるようになってきたのは、大きな支えを無くした
『人』は静かに倒れ、流されるようにさまよい、時間という波に今日打ち上げられた
感じすらする。

 私は幸せだったのだ。
小さな額縁の中で、少し微笑んでいる自分の顔からも、その頃の幸せさが伝わってくる。
位牌には、有り難い事ではあるが「良く解からない漢字」が並べられている。
ありがたい事ではあるようだが、私は私だ。
 太く、長い2本の線香と、次々と掌を合わせる人達の焼香の煙がゆっくりと経ち込める。

なんだか、眠くなってきた……

もう、届く事のない、声にならないアリガトウの言葉……
目の前が、霞のようにぼやけて来たのは、頬を伝わる涙のせいにしておこう……



〜  「すみません……」
    私が、目を開けたのは、柔らかい女性の声と強い木漏れ日が差し込んだ時だった。
   女性の話に必死で頭を下げる私。
   数分後、池の淵の白いベンチから歩き出す私は、そっと優しく寄り添い手をとる。 
   白く柔らかい初めて繋ぐ「再愛」の彼女の手を……  〜
  
  柔らかい風が、ロウソクの火をゆらした。
  
終り
夢民
2012年08月17日(金) 03時16分43秒 公開
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No.2  夢民  評価:--点  ■2012-08-18 22:47  ID:MCy9QKaVKDs
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渦巻太郎さん,感想ありがとうございます。ご指摘の通りです。自分でもあまり説明臭くなるのもいやで「読み取れるだろう」と読み手まかせだと感じています。勉強不足かなと痛感しています。これからも宜しくお願いします。
No.1  渦巻太郎  評価:20点  ■2012-08-18 12:53  ID:kUMHXv2F8us
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 シナリオ自体は悪くないと思います。回想の中で今度はちゃんと手をつなげるという構成も素敵ですね。ただ幾分読者の想像力に頼りすぎかなと思いました。それもそれで悪くはないのですが、あまりそちらに進んでしまうと小説というよりも詩になってしまいますね。今のままの情緒を失わないようにして、かつ引き込ませる文章力をつけるといいのではないでしょうか。
 お役に立てたかは分かりませんが、感想まで。
総レス数 2  合計 20

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