文学者と小説家は違うと思っています。小説家は技術を磨けばなれるけれど、文学者は違う。私は才能がないので、そのことについて考えないようにしていますが、あの男のせいで、思い出してしまいました。
 教えるほど知っているわけではないのですが、後輩に、小説の技術的なことをアドバイスしたときです。
「小説を書くのに、そんなに技術は大事なんですかね」そう私に言った後輩は、私を馬鹿にしているような気がしたんです。とくに最後の「ね」は、本当にイライラさせられました。
 このとき、後輩の言わんとしていることが、わかりかねました。「ね」というのは、疑問を投げかけているようにも取れるし、考えを念押ししているようにも取れますよね。質問としてなら、技術は大事なんですかね、はてな。あるいは、俺はそう思っていない、先輩の言っていることは間違っている、としての、かね。こいつは私を試しているのだろうか。それとも、深い考えなどない、ただのクセとしての発言なのだろうか。考えさせらてしまったんです。
 私のいっていること、わかりますよね。私、大丈夫ですよね。
 そのとき私は何も答えず、優しく笑いました。私はサークルで、そういうキャラというか、立ち居地にいるから、あんたにも優しくしてやっているけれど、あんた、ほんとに面倒な男だな、と思いながら。けれど、たかがこんなことで取り乱しただなんて、そんなみっともないこと、できないじゃないですか。だって、ね、のひと言ですよ。
 私のいっていること、わかりますよね。私、大丈夫ですよね。
 彼は文学者と小説家を混同しているような気がしました。小説家を低く見ているような、そんな気がしました。俺は文学を書いているが、お前は小説を書いているんだ。そういっているような気がしました。ただ、それを彼に言っても伝わらないとも思いました。
 自分の本音を言うよりも、サークルの空気がおかしくなることを避けたんですけれど、あんな奴でも、傷つけたくないから、言わなかったんですけれど、でも、自分が自分でなくなるような、自分を騙しているような、そんな気がしてきたんです。サークル内の自分の立ち居地を乱されるのが嫌なだけで、自分のキャラを崩されるのが嫌なだけで、なにも言わなかった、なにも言えなかった、だなんて、認めるわけにはいかないじゃないですか。ものすごく卑しい人間みたいじゃないですか。俺は文学者だけれど、あんたは小説家だ。格下だ。俺はまだ踏みとどまっているが、あんたは自分から降りたのだ、自分から小説家になったのだ、なんて言われてるみたいで、くやしいじゃないですか。
 私のいっていること、わかりますよね。私、大丈夫ですよね。
 あいつは、ね、とひと言添えることで、私に呪いをかけたのではないか。そう思うんです。気がつけば、頭の中でこんなことを、ぐるぐるぐるぐる考えているんです。あれからずっと。そして、あいつは自分が私に呪いをかけたということに、気がついていないんです。自覚がないんです。だから、このことを言っても馬鹿にするんですよきっと。嘲笑(わら)っているんですよ。ちょっと皮肉を言ったくらいで、なに言ってんだ、こいつ。みたいな。
 私のいっていること、わかりますよね。私、大丈夫ですよね。
蒼井水素
2012年06月30日(土) 19時56分53秒 公開
■この作品の著作権は蒼井水素さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読んでいただいて、ありがとうございます。これから読もうかな、と思いクリックした方も、ありがとうございます。

学生の頃所属していたサークルは揉め事が多いところでした。
せっかくここまで書いたんだから、と思い投稿しましたが、冒頭からぬるいというか、甘いですね。文学や小説について、いいたいわけではないのですが、他の何かが浮かばなかったので、こうなってしまいました。

呪いについては、内田樹さんの本に影響されています。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  蒼井水素  評価:0点  ■2012-07-09 21:54  ID:Sfd4I.yvznQ
PASS 編集 削除
葉津京一様

はじめまして。
感想ありがとうございます。

> 全体的にばしっと引き締まっていない感が、逆に苛立ちをうまく表現できていると思います。

いえ、そう思っていただけたのは、うまく表現したのではなく、たまたまです。この話を短編の長さにしたら、うっとおしい話になったでしょう。

不思議なのですが、この話は感想の幅が広いといいますか、人によって受け止め方がかなり違うようです。読み手の受け止め方が違っても、まったく問題ないのですが、ここまで違う感想が聞けたのが初めてだったので、少し驚いています。あるんですね、こういうことって。
No.3  葉津京一  評価:40点  ■2012-07-07 02:28  ID:YvEo1e3l22E
PASS 編集 削除
はじめまして。
文章拝読させていただきました。

この物語の主人公が持っている「憤り」というものが、
>私のいっていること、わかりますよね。私、大丈夫ですよね。
の一文にすべて集約されているようです。

私も文学者・小説家双方の格の違いなんて分からないものですが、後輩さんの人を下に見たような態度をみるにたいした格のない人間に思います。
お互いを認め合ったうえで負けん気を見せ、切磋琢磨することがお互いに成長をする最良の道だと思うのですが如何でしょうか?

ちょっと感情移入しすぎてしまいました。
申し訳ありません。

全体的にばしっと引き締まっていない感が、逆に苛立ちをうまく表現できていると思います。
No.2  蒼井水素  評価:0点  ■2012-07-02 01:47  ID:fiVmom36n2E
PASS 編集 削除
Physさん、いつもありがとうございます。

歌詞が屈折している、ある曲を聴いていたた時に、ぽかっと浮かんだ話です。私も屈折しているので、こんな話が浮かぶのでしょう。テヘ(ゝω・) いま桐野夏生さんの本を読んでいるのですが、その影響も大きいような気がします。影響されやすいもので…… 

文化系サークルで、コピー誌を作ってました。フリーペーパーとか同人誌とかZINとか、似て非なるものがいろいろありますが、広く浅くやろうとして、ぐだぐだ感が紙面からにじみ出ていた会誌でした。サークルでは揉め事もありましたが、楽しい事もいっぱいありました。けれど、あんな些細なことで、よく揉めてたなあ、と今では懐かしい思い出です。そのサークルの出来事を書いたわけではありませんが、あの頃だったらありそうな話を、うんと大げさにして書きました。

文学ウンヌンについては、昔、芥川賞を取った作家が(名前失念)、純文学から大衆文学へ移った時に、そんな事を、本人が言ったんだったか、まわりが言ったのだったか、忘れてしまいましたが、それの受け売りです。いまはどうかわかりませんが、当時はかなりの葛藤があったそうです。

> というか、私の感想は怖かった、の
> 一言に集約されてしまうというか……。

読んで憂鬱になった、といわれるかなあ、と思っていましたけれど、怖がらせようとは考えていませんでした。いわれて見れば、にじり寄ってくるのが、そう見えますね。気がつきませんでした。こういう時、私の感性、人とずれているのかな、と不安になります。

> 実のない感想で申し訳ありません。

そんなことはないですよ。Physさんは、文章から想像するに、自分を大きく見せようとしない素直な方だと思っているので、とても嬉しいのです。
No.1  Phys  評価:40点  ■2012-07-01 17:18  ID:70DOORYLZH.
PASS 編集 削除
拝読しました。

怖い掌編でした。特に、
>私のいっていること、わかりますよね。私、大丈夫ですよね。
がすごくこわかったです。

私は文学について体系立って勉強したことがないので何も知らないのですが、
自然科学の世界では、実験は手段であり、理論は手段の集積から成っている
ものです。同じことが小説と文学にも言えるのかなあ、なんて考えました。

つまり、小説は手段であり、文学は手段の集積から成っているものなのでは
ないかなあ、という認識です。こんなこと言うと、文学を専門として学ばれて
きたみなさんに笑われてしまいそうですね……。汗

揉め事が多いサークルだったのですか。せっかく若い人たちで集まっているん
だから、楽しくやればいいのに、残念ですね。私は運動系のサークルに入って
いたのですが、人数がそんなに多くなかったのでまとまりがよく、みんな仲が
良かったです。(脱線しました……)

小説の内容としては、主人公さんが詰め寄ってくる圧力というか、じりじりと
した緊迫感が伝わってきて、良かったです。というか、私の感想は怖かった、の
一言に集約されてしまうというか……。

実のない感想で申し訳ありません。
また、読ませてください。
総レス数 4  合計 80

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除