なくす
穏やかだと感じた足元に、無数の植物達が見える。
捕らえて離すことを知らない彼らと共に、私を洗い流す高波が目の前を覆う。
解放と同時にやってきた新しい景色。砂浜は以前よりも白く、足取りは軽快。
それでも膝に張り付いたままの葉は、私の過去を語り続ける。


繰り返された末に残るのは、私の器とお喋りな葉の群れ。連れ出してくれる波をひたすら待ちながら、耳を塞いで俯く。
遠くの粒子が高鳴り始め、近くの粒子の声が止む。それをキャッチしたら、嬉々とした表情で波打ち際まで走り出す。海岸線は干潮のときよりも更に更に遠くにある。みんな、連れて行かれたんだ。でも知ってる。とても大きなものとしてここに帰ってくるんだ。私という忘れ物を思い出して迎えに来てくれるように。或いは、なかなかその場を離れられずにいる私を力ずくで連れ去ろうとするように。

白い壁。長く長い白い壁。水平線の疾走は、私に恐怖と歓喜を与える。身体中の葉が騒ぎ出すけれど、粒子達の叫び声がそれを掻き消す。
もう自分の声も聴こえない。迫り来るモンスターの前で、私は私と戦う。逃げ出せない事実を受け止めて、激しく抵抗する精神を捩じ伏せる。あと少し、もう少し。圧倒的な衝撃が鼓膜を突き破る。肺を飛び出す二酸化炭素と、流れ込む海水。葉と共に皮膚が剥がされる。その上をなぞる何億もの水粒子。痛点が機能を停止すると、私に残された五感が舌の上を踊る。塩辛さの信号を掴んで、味覚の麻痺を見届ける。海と人の体液がイコールならば、眼から流れるこの雨粒も、まるで何もなかったかのような顔で私を置いていくのだろう。

機能の続くこの眼だけは、私の現在地を知らせてくれる。海面と思しき揺らめきに、月光が映る。その光を飲み込むように、次第に全てが紫へと変化していく。一層のほの暗さに身体が戦慄く。どうして光は量を増すと、影をより濃くしてしまうのだろう。


夜明け。


私にはもう、粒子の声は届かない。砂の囁きも、水のざわめきも。空間に満ちている彼らが私の耳を通過しても、それを捕らえることはもう出来ない。無音の恐怖。
眼を閉じてしまいたいのに、それをしたら世界は私を忘れてしまうような気がして、恐ろしくて瞬きすらも出来ない。叫んでも、口から泡が吹き出すだけ。それは高波にさらわれる際に感じた、声を掻き消される感覚とはまた違う。掻き消す騒がしさすらもそこには無い、私だけの世界の出来事として無音が続いていくどうしようもない閉塞感。虚しさと焦りは、逆に私を動かなくさせる。

少し明るさを増した海の中で、揺れる紫を眺めながら耳を澄ます。過去を叫んだ葉の声も、もう聴こえてこない。安堵してもいいのかな?もう縛られることはないって。
交換に払った代償は、私から光の歌声も聴けなくさせた。ずっと流れていたのにね。


音。
聴き取る耳を私に。
H.T.Facteaur
2012年06月29日(金) 00時30分11秒 公開
■この作品の著作権はH.T.Facteaurさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
散文詩に分類されるのでしょうか。
詩のほうに掲載するほうが適切でしたら、すみません。
後悔と再生のイメージ。

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No.2  H.T.Facteaur  評価:0点  ■2012-07-01 00:44  ID:RZ8t45rcOS6
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山本様

コメントありがとうございます!
実はこの文章が直しを入れていないほうで、推敲したものが別にあるのですが 今回は最初に書いたものをそのまま掲載しました。
夢で見た風景をそのまま書いたものなので(個人的には一番やってはいけないことだと思っているんですけどね、夢を書くって苦笑)、装飾過多になってしまったかなと自分でも思っていて…。
やはりそう見えてしまいますよね。。貴重なご意見、本当にありがとうございました!

精進致します。
No.1  山本鈴音  評価:10点  ■2012-06-30 13:24  ID:xTynl89qwNE
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拝読いたしました。
初めにお断りすると、全く鑑識眼のない私の感想ですので当てにはなりません(汗)

現代的文章として読むと、イメージが断片的すぎてとっつき難い……というのが率直な感想でした。
しかし『安堵しても……』以下はメッセージが一気に届いてきます。
そこだけ抜き取ると評価が高いだろうと思えます。

抽象的な表現は、合間に具体性があってこそ心に届きやすいかもしれません。
おそらく文章にする前の思考の方がずっと素晴らしいオリジナリティがあったのでは?

考えすぎた結果、作品の良さが出にくくなってしまった感じがするのですが。
的外れな意見だったらすみません……
(平均的読者より理解力が足らないので、半分は聞き流してくださると有り難いです)

大変理屈っぽく評価すると、以上のようなかんじになりました。
元のイメージのまま書いたメモがあれば、そのまま載せるのも有りかと?
ひねらずに書きなぐった文章の方が良作な場合もあるので……。
↑偉そうに評価してすみません(汗)
総レス数 2  合計 10

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