コールドスリープ |
波の音を聞いていた。 打ち寄せては返すその繰り返しが、耳の奥で反響している。水面に広がる波紋のように曖昧だった意識は、緩やかに輪郭を帯びていき、やがて一つの像を結んだ。 「おはよう」 低い、男性の声。焦点のぼやけた視界の中に誰かがいた。私は狭い空間に体を横たえているらしく、身動きが取れなかった。 上半身を起こすと、椅子に腰かけていた彼がこちらを見て目を細めた。 四方に視線を巡らせる。真っ白な天井、白い壁。窓はなく、シーリングライトのようなものが天井に備えられていた。床の上をいくつもの黒いケーブルが走っている。 「……ここは?」 私は戸惑いながら、周囲の様子を伺う。彼が椅子の手すりに手をついて立ち上がった。音のない室内に、ぎしりと軋んだ椅子の音が響いた。 「避難所、シェルター。そんなところだよ」 後ろを振り返ると、丸みを帯びた、卵のような形状の箱が並んでいた。ちょうど大人が一人収まる程度の大きさである。唯一、蓋の開いている箱は、私がさっきまで横たわっていた狭い空間だった。 「あなたは誰ですか?」 私は前に足を踏み出した。長らく動かしていなかった歯車のように、きしきしと関節が痛んだ。ざらつくタイルの感触から、私は自分が素足であることに気が付いた。 私の問いかけに、彼は眉をひそめた。 「……覚えていない?」 「そもそも、どうして自分がここにいるのかも、分かりません」 彼の腰かけていた椅子の奥に、大きなディスプレイと機械が置かれている。足元を走るケーブルは、すべてその巨大な機械の元に収束していた。 「君はずっと眠っていたんだよ。そのコールドスリーパーの中で」 「私は――眠っていたんですか?」 「ああ。二百年と少しになる」 「二百年……」 目を閉じて、頭蓋に響いていた波音を思い出す。さざなみのようなその感覚を、今でもはっきりと想像することができた。長い長い、夢を見ていたような気がした。 私の心を読んだように、彼が説明を加えた。 「まるで、夢を見ているような気分だっただろう? 身体と違って、脳は定期的に使っていないと壊死してしまうんだ。全身を低温に保ちながら、脳幹に弱い刺激を与え続ければ、寿命は飛躍的に向上する。……僕と君が確立した技術だ」 混乱した頭を整理しているうちに、彼は私に手を差し出した。 「とりあえず、外に出よう。話はそれからだ」 正面に伸びた廊下を彼が歩いていく。私は躊躇する余裕もなく、その後を追いかけた。 廊下の両脇を囲む壁は光沢があり、表面に私たちの姿が映り込んでいる。ふと目にした自分の容姿に、私は軽い驚きを受けた。それは毎朝見慣れた高校生の私ではなく、実際の年齢とは不釣り合いに大人びた女性の顔だった。 廊下の奥には自動で開く扉があり、中はエレベーターになっていた。乗り込んだそれが上昇を始めたことから、今いた場所が地下にあったことを知った。 外に出ると、目の覚めるような空が目に飛び込んできた。薄雲の間から乾いた日差しが差し込んでくる。眩しさに目を細め、私は小さく息を吸い込んだ。 一本の草も生えていない、広大な荒れ地が広がっている。砂塵が強風に巻き上げられ、視界を覆った。辺りを見渡してみても人の気配はなかった。 彼の後について道なき道を歩いた。やがて沈黙を破り、私は彼に話しかけた。 「さっきの――あなたと私が確立した技術、というのは、あの卵みたいな箱のことですか」 「そう。僕はエンジニアで、君は国の研究施設に勤務する医学博士だった。……本当に、覚えていないのかい?」 記憶を手繰り寄せるが、浮かんでくるのは、黒板に書かれた文字や休憩時間にお喋りをする同級生たちの顔だった。月曜には数学の宿題が出ている。 「君はとても優秀な研究者だった。僕はしがないサラリーマンだったけれど、君と仕事をできると聞いた時には、興奮したよ」 まぁ、そんなことはいい。そう言って彼は言葉を切った。荒れ果てた風景が続いていた道端には、少しずつ背の低い植物が目につくようになった。微かに潮風の匂いもする。 「あれはなんですか?」 「僕の住んでいる家さ。僕が目覚めたのは君よりも何年か早かった。その間に僕は生活の場所を移したんだ。何しろ、あの真っ白な部屋に一人でいるのは寂しかったからね」 それは小さなログハウスだった。屋根の上でプロペラのような物が回っている。近くに海があるらしく、林立するヤシの木や、滑空する海鳥の姿がその奥に見えた。 木の板で作られた階段を上り、扉を開く。中央に小さな椅子や机が置かれていた。奥がバルコニーのようになっており、海が見渡せる。椅子に座るよう、彼は私に促した。 入って右手前に台所があった。備え付けの棚には調味料などが並んでいる。彼は桶から水を汲むと、ポットのようなものにそれを流し入れた。 「……電気が通っているんですか?」 驚いて尋ねると、彼はシェルターにあった部品を集めて発電機を作ったのだと話した。 そんな簡単にできるものなのだろうか。先程は私のことを『優秀な研究者』だと言っていたが、彼の方こそ、相当に優秀な技師だったのだろう。 ダイニングテーブルを前に、二人で向かい合って座る。彼はコーヒーを淹れていたが、私の趣味を知っているらしく、わざわざ紅茶を作ってくれた。保存のきく食料や生活用品などは、シェルターの倉庫に行けば豊富にあるらしい。 「二人だけなら、数百年は保つ」 彼の言葉を聞いて、私は先程からずっと考えていた疑問を口にした。 「私たち以外に、誰がいるんですか?」 落ち着いた様子で、彼はカップに口を付けた。それをテーブルに戻し、ゆっくりと首を横に振る。 「シェルターで眠っていたのは僕と君の二人だけだよ。他の場所のことは、分からない」 悪い冗談だ、と思った。まだ夢を見ているような心地の私に、彼は続けた。 「君は覚えていないかもしれないけど――僕たちがあの中に入った時はもう、地上は人の住めるような環境じゃなかったんだ」 二百年前、この国で秘密裏に研究されていた新型ウィルスが、誤って外部に流出した。汚染はたちまち全世界に広がり、多くの人々が命を落とした。 そのとき次善の策として提案されたのが、シェルターに籠もり、冷凍保存で寿命を延長するというものだった。 「人は、身の危険を感じると同じ場所にいることを嫌う生き物らしい。汚染された環境がいつか浄化されると信じて、地下に留まろうという人間は少なかった」 「それなら、どうして私たちは……」 「良くも悪くも、僕たちは仕事に生きる人間だったからね。開発途中のシェルターを投げ出して、逃げることをしなかったんだ」 ミルクを落とした紅茶を、スプーンで撹拌する。陶器と金属の擦れ合う音がした。 「あなたに家族はいなかったんですか? 普通は家族だけでも、守ろうとするでしょう」 おもむろに彼が首をひねった。視線を追った先に、木製の写真立てが置かれていた。 工具の散らかった研究室のような場所で、男性と女性が並んで写っている。男性の方は今よりも若い彼の顔だった。女性は彼に肩を寄せ、蝶々の形をしたバレッタで髪を留めている。二人とも、幸せそうな微笑みを浮かべていた。 「……これは」 「家族なら、守ろうとしたよ」 写真の中の女性は、鏡の中にいた私と同じ顔をしていた。 「それなら、あなたは私の――」 「夫、ということになるね。僕たちは職業人としてお互いを尊敬していたけれど、苦楽を共にするうちに、惹かれ合っていったんだ」 この人が、私の夫。そして、私たちは人類が滅びた二百年後の世界にいる。 記憶にない事実の羅列は、突然映画の予告篇を見せられたような、唐突さがあった。 「ごめんなさい……。本当に覚えていないんです」 「きっと、脳のコールドスリープがまだ解けていないんだろう。すぐに思い出すよ」 カップを洗っていた彼は振り返り、私を安心させるように笑った。その笑顔は、写真の中の男性の表情と、よく似ていた。 *** そうして、記憶を失くした私と彼との生活が始まった。 ログハウスはいくつかの部屋に分かれており、かなりしっかりした作りだった。簡易な住まいを製造するキットがあるのだと、彼は説明した。 庭は放置されているのか、野放図に雑草が生えていた。食料はシェルターの倉庫に十分備蓄されているから、作物を育てる必要はないらしい。 「せっかく二人になったことだし、何か育ててみようか。確か、倉庫に植物の種もあったはずだ」 二人でシェルターのある場所まで戻り、種と肥料を持ってきた。やってくる時はかなり離れているように感じられたが、走れば五分とかからない距離だった。 スコップを手に、二人で土を耕し、うねを作った。そこに種を撒き、水をかける。水は電気駆動のポンプで井戸から引き上げているらしい。庭の隅には、ハマダイコン、という花の種を植えておいた。(海辺に咲く可愛らしい花だ) 頭上の太陽は嬉々として地上を照らしている。首筋を拭うと、べったりと汗がついた。二人だと仕事が早いものだね、と彼は歌うように言った。 作業が一段落したので、私たちはバルコニーのひさしの下で休憩を取った。彼が冷たい水をコップに入れて持ってきてくれた。 「ありがとう」 乾いた布で額の汗を拭きながら、彼は土の盛られた庭を眺めていた。その横顔を、私はじっと見つめた。見られていることに気付いたのか、彼は首を傾げた。 「そういえば――家事の分担はどうしようか。掃除と洗濯、後は料理だね。大体のものは揃っているから、困ることはないと思うけれど」 「結婚している間はどうだったんですか?」 「便利な時代だったから、大抵は掃除や洗濯を家庭用ロボットにやらせるものなんだけど、君はきちんと仕事と家事を両立していたよ」 彼は昔を懐かしむように話した。はっきりとした記憶は、高校三年の秋ごろで途絶えている。将来は陰ながら人を救う仕事に就きたくて、漠然と生命工学の学科を受験しようと考えていた。それが急に夫婦だなんて、信じられない。 「とりあえず、今日の夕飯は私が作ります。明日はお願いします」 調理棚の上にカレーのルーがあった。今日のところはあれでいいだろう。 「でも僕が料理係になると、大変なことになるよ。いや、なったというべきか」 「独身の時に料理をしなかったんですか?」 「言ったじゃないか。ロボットにやらせるのが普通だったって」 私が目覚めてくるまでは、おそらく缶詰や冷凍食品などを食べていたのだろう。手先は器用そうに見えるけれど、興味のないことはやらないタイプだ。 「掃除は得意だから、なるべく僕がやるようにするよ」 これから顔も知らない男性と二人きりで生活する――。思わず、頭を抱えたくなった。 私の中では、彼と、大人になった私自身の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。考えても始まらないので、私はとにかく彼との暮らしに馴染めるよう努力した。 勝手の分からない家の中を、探検するような気分で掃除する。彼のことだから、掃除もいい加減にしていたのだろうと思っていたら、サッシの溝や、家具の隙間など、細かい所まで綺麗にされていた。どうやら得意だと言っていたのは本当らしい。 掃き箒を片手に忙しく立ち回る私を、彼がぼうっと見つめていた。 「見ているだけなら、手伝ってくれませんか?」 少しだけ嫌味を込めてそう言うと、彼は悪びれもせずに答えた。 「今日の係は君じゃないか」 思わず、かちん、と来た。 「だったら、邪魔なのでそこをどいて下さい」 すごんだ私の声に驚いたのか、彼が飛び退いた拍子に棚が倒れた。たちまち中に入っていた衣服が散乱する。せっかく綺麗に畳まれていた白のシャツは、床の上に広がった。 私は大げさにため息をつく。じっと冷たい視線を送ると、彼はしぶしぶといった様子で広がったシャツを畳み始めた。 「ああもう。畳み方も知らないんですか?」 裏返しだし、襟元が折れている。あまりに雑な手つきだったので、私は見ていられず、代わりに畳んだ。正直、この人のことを自分が好きだったかどうか、自信がなかった。 もしかしたら案外、冷え切った夫婦だったのかもしれない。 毎日の料理は、なんとかこなすことができた。 記憶を失くしても味付けの勘みたいなものは変わらないようで、彼は何度もおかわりをした。食事を作っておいしいと言ってもらうことは、なかなか悪くないと思った。 「味はどうですか?」 「そんなこと訊かれると、新婚みたいだ」 「でも、結婚してから二百年以上経ってますよ」 彼が口に含んでいたものを吹き出す。私は冷静に布巾を手渡した。 「ごめんごめん。上手いこと言うと思ってさ」 汚い食べ方をする男の人は嫌いだった。けれど、彼にはどこか憎めないところがある。そういうところが彼の魅力だったのだろうか、などと想像を巡らせながら、食事を続ける彼の顔を眺めた。 「何か僕の顔に付いてる?」 「いえ」 「それとも、何か思い出した?」 「まだ何も」 私の答えに彼は表情を曇らせた。そして、私はそこにある失望の色を見逃さなかった。 果たして、彼が知っている私と今の私の間に、差異はあるのだろうか。そのことがふと気になって、尋ねてみた。 「性格はもっとキツかったかもしれない。今は敬語を使ってくれるからなのか、控えめな感じがするよ」 これだけだらしない夫なら、私だって怒りたくもなるだろう。 控えめな感じ、がお好みのようだったので、少しだけサービスをしてみた。 「あなた、おいしい?」 上目遣いに彼を見る。 「控えめとはちょっと違うけど、そういうのもいいね」 彼が口に物を入れたままもごもごと話す。また零れるから! と注意して、彼から目を逸らした。鏡を見なくても、自分の顔が赤くなるのが分かった。 夜には彼と同じ寝室で眠った。ただし、ベッドは別だ。 いくら夫婦だと口で言われても、なにしろ愛していた記憶はないわけで、彼の隣で眠ることには抵抗があった。 「それはそうだよな」 今の君にとっては、赤の他人みたいなものだし。そう呟いた彼の表情は、部屋が暗くてよく見えなかった。……私だって、記憶が戻るのなら早く戻って欲しい。 「何か思い出すかもしれないから、昔の話を聞かせてくれませんか」 真っ暗だと眠れないという彼は、いつも小さな豆電球を付けて眠る。初めて聞いた時は子供のようなその言い分が少しおかしかった。私は暗闇に浮かぶ黄色の点を見つめながら、彼の答えを待った。 「例えば?」 「私たちの馴れ初めはもう聞いたから、あなたのことを教えて下さい。子供の頃の話とか、どうしてエンジニアになろうと思ったのか、とか」 彼が寝返りを打つ音がする。横を見ると、彼も天井を見上げているのが分かった。 「昔から、実験をしたり、何かを作るのは好きだったんだ。興味があることはぜんぶ試さないと気が済まない性分なんだよね。虹を作るために庭のホースを改造して怒られたり、レンズで光を集めてぼや騒ぎを起こしたこともあったな……。今でも自分が作ったものは捨てられなくて、全部とってあるんだ」 暮らしているうちに見えてきた子供っぽい彼の性格は、どうやらその奔放な少年時代に端を発するらしい。 「夏休みの自由研究とか、得意そう」 「うん。工作コンクールにはよく応募したよ。ストローで作ったプロペラと、モーターを組み合わせて風力発電機を作ったりね。賞をもらったこともあるんだ。ここの発電機っていうのも、まぁ、それの延長みたいなものさ」 「その工作少年が、エンジニアになる夢を叶えたんですね」 夢ってほどでもないけど、と彼は照れ臭そうに話した。 「高校生になってから、本格的に機械制御に興味を持つようになった。ちょうどその頃は医療や介護の分野で機械化が進んでいたし、機械工学はかなり人気があったんだ。大学に入ってからは研究ばかりの日々だったよ。君と同じでね」 研究者として彼に尊敬されていた私――。欠落した時間の中に存在する自分は、どこか見知らぬ他人のようにも感じられる。 「あなたから見て、私はどんな女性でしたか?」 「芯が強くて、いつでも気配りを忘れない、素敵な女性だったよ」 「ふうん」 そのまま会話は途切れた。他に話題もなかったので、私はそっと目を閉じた。 瞼の裏に豆電球の丸い影が映り込んでいる。しばらくして、隣から彼の寝息が聞こえてきた。私は体をひねり、彼とは反対側の壁に向き直った。 「素敵な女性、だって」 ……バカな私。自分自身に嫉妬をするなんて、どうかしている。 *** 私たちの生活に、娯楽と呼べるものはほとんどない。 ある日、シェルターの倉庫で壊れた音楽再生機を見つけた。彼に持っていくと、数日をかけて修理をしてくれた。埃を被ったスピーカーから、澄んだピアノの音が流れ始める。 「よし、ちゃんと動いた」 「すごいね。本当になんでも直せるんだ」 いつの間にか、私は彼に対して敬語を使わなくなっていた。今は本当の夫婦のように、自然な態度で彼と接することができる。いや実際、本当の夫婦なのだけれど。 「設計図さえあれば、君にもできるよ。こういうのは経験と慣れだから」 「そっか。私も理系の学科を出てるんだよね。自覚はないけど」 何か思い出すきっかけになればと思い、倉庫のロッカーにしまってあった医学書を手に取った。分厚い冊子には多くのページに付箋が貼られていて、細かい書き込みがいくつもされていた。 「前に話してくれたウィルスっていうのは、予防することはできなかったの? それこそ、私みたいな研究者が薬を作れば……」 彼は肩を落として、首を横に振った。 「努力はされていたよ。だけど、あのウィルスの怖ろしさは、予測性が全くないところにあるんだ。世代交代の速度が速すぎて、手の打ちようがなかったらしい」 人はその英知と行動力で、自然のもたらすどんな困難も乗り越えてきた。その私たちが、自分たちの作り出した力で身を滅ぼすなんて、なんという皮肉だろう。 背後に並ぶ卵形の箱は、まるで納棺を待つ棺のようにも見える。ガラス窓を覗き込んでみたが、もちろん中身は空だった。 「でも、汚染によって滅んだのは結局人間だけだったんだね。鳥も虫も、海や山だって、きちんと昔と変わらずにあるわ」 彼が頷く。ふとそこで何か思い出したらしく、彼は目を輝かせて私を見た。 「そうだ。海に行ってみよう。あんなに近くにあるのに、一度も行ったことがなかった」 ログハウスの脇を通り過ぎようとした時、私ははっとして立ち止まった。以前、庭先に植えておいた花が咲いていた。花弁の縁に、白い羽を閉じた蝶がとまっている。 蝶が逃げないように忍び足で近付き、私は花の上にそっと屈んだ。 「ハマダイコンの花――。これって、プロペラみたいじゃない? 発電機の」 「え、それ大根の花なの? ってことは、食べられるんだ」 「大根とは違うよ。……もう、食べることばっかり」 私は呆れながら立ち上がる。彼は後ろ手にぽりぽりと頭を掻いて笑った。 歩みを進めると砂浜が見えてきた。道の脇で風化した岩陰に、トタン板のようなものが埋もれている。二百年前は、この辺りも海産物を売る露店で賑わっていたのかもしれない。そんなことを想像した。 砂浜には、いくつか漂着物が流れ着いていた。見覚えのある瓶の形状に目を凝らすと、有名な飲料メーカーの容器だと分かった。 文明の終焉に、私たちは立っている。 「……海って、こんなに綺麗だったのね」 白く燃える太陽は眩い光を放ち、海面を輝かせている。世界の果てまで続くような空と海の境界。そこに影絵のように浮かんでいるのは、トンビだろうか。 「人はきっと、間違っていたんだ」 呟くように言って、彼はポケットから小さなビニールシートを取り出した。シェルターから持ってきたらしい。用意がいいなぁ、と私は少し感心した。 腰を降ろして波の音に耳を傾ける。柔らかく湿った空気が、二人を優しく包んでいた。 履いていた靴を脱ぎ、私は素足をさらした。星屑のような砂粒は、さらさらと指の間を零れていった。 「この世界は広くて大きい。けれど僕たちは、とても小さい。それが分かっただけでも、僕たちは幸せだよ」 「そっか」 海風が私たちの元に潮の香りを運んでくる。私は片手で髪を押さえて、もう片方の手を彼の方に伸ばした。彼は驚いたようにこちらを向いた。 「どうしたの?」 繋ぎたい、って思っただけ――。私が視線を前に向けたままそう返すと、彼は黙って、私の手を握った。厚くて大きな手だった。この手で、たくさんの機械を作ってきたんだ。 どこかで海鳥が鳴いていた。鳴き声は潮騒の音と交じり合い、遠くまで響いてくる。 私は目を閉じて、彼の肩にそっと身を預けた。 ぽつ、と頬に冷たいものが触れる。 「……雨?」 西の空から流れてくる雲は、ごろごろと唸り声を上げている。立ち上がってスカートに付いた砂を払っているうちに、頭上から叩きつけるような雨が降ってきた。 「こりゃすごい」 視界は白く煙り、砂浜は徐々に暗い灰色に変わっていく。 慌ててビニールシートを片付けていた私に、「他に誰も来ないからそのままでいいよ」と言って、彼は私の手を引いた。 道端に咲く草花は、緑色の葉に雨を受けて音を立てていた。 彼が水たまりにわざと踏み込むので、私は声を上げて非難した。 「もう、濡れるじゃない!」 「これだけびしょ濡れなら、いくら濡れたって同じだよ」 「そういう問題じゃないってば」 彼は嬉しそうに笑った。まるで、子供の頃に戻ったようだった。 ログハウスに辿り着くと、棚からタオルを引き出して、二人で体を拭いた。 「このままじゃ、風邪を引いちゃうな……」 用意のいい彼も、暖房器具は用意していなかった。シェルターまで行けば何かあるかもしれないけれど、外はこの雨だ。バルコニーのひさしから、ぽたぽたと雨粒が滴っていた。 「……あっち、向いてて」 「あ、ごめん」 着ていたブラウスを脱ぎ、乾いた服に着替える。衣服が温かく感じられ、自分の身体がすっかり冷え切っていることを知った。 このままでは、二人とも本当に風邪を引いてしまう。 「もういいよ。あなたも着替えて」 彼が替えの服を探している間に、お湯を温めた。棚からコーヒーと紅茶葉の入った瓶を取り出し、カップを用意する。彼は甘党なので、角砂糖は三個。 「気が利くね」 テーブルの上に彼が手を伸ばした。隣に立ち、私は彼の袖を引く。こちらに向き直った彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。言葉もなく、私たちはカップを空にした。 温かい毛布の中で、私はぎこちなく彼の名を呼んだ。 初めて触れた彼の唇は、私の嫌いなコーヒーと、甘い砂糖の味がした。 *** 降り続いた雨は上がり、空にきれいな虹が架かった。 目が覚めると、バルコニーに立って水平線を見つめた。空は晴れ渡り、微かな風からは雨上がりの匂いがした。洗濯をしようかな、という気分になって、私は濡れた衣服が放り込まれたバスケットを持って外に出た。 彼が靴を履いて、どこかに出かけようとしていた。 「どこに行くの?」 「ちょっとシェルターに行ってくる。朝からなんだか頭が痛いんだ。雨に打たれたせいで風邪でも引いたかな……。よく効く頭痛薬があったと思うから」 「そう。気を付けてね」 彼は右手を上げて、了解、という仕草をした。背を向けた彼に、私は声をかける。 「あ、そうだ。替えのベッドシーツって、どこにあるんだっけ?」 「確か、寝室の押入れに入ってるよ。二段目」 「分かった。行ってらっしゃい」 寝室に入り、なんとなく目を逸らしながら、乱れたシーツと枕のカバーを引き剥がす。押入れの前に立ち、二段目を開いた。折り目のついたシーツが丁寧に積まれていた。 私はその中から一枚を取り出すと、ベッドに敷き直した。 そこでふと、彼のベッドの枕元に置かれた何かに気が付いた。革製の小さな箱だ。気になって中を覗くと、ひときわ目を引くものが入っていた。 「きれい……」 入っていたのはシルバーの指輪だった。淡い青緑の宝石をあしらったリングの内側には、私と彼のイニシャルが掘られていた。試しに薬指に嵌めてみるが――大きすぎてぶかぶかだった。 婚約指輪なのだろうか。どこかに私の分もあるのかもしれない。後で彼が帰ってきたら訊いてみようと思った。 けれど、その日はいつまで経っても、彼は帰ってこなかった。 少し前から音楽を聴くことに熱中していた彼は、一日中シェルターにいて帰ってこないことも多かった。だから、明るいうちは特に心配もしなかった。 遅すぎる。 陽が落ち、夜空に星が散るようになると、私もさすがに不安になってきた。作りかけの料理を放り出して、砂地の道を走った。 表示を見ると、エレベーターは地下で停止していた。彼は中にいるようだ。 不安に駆り立てられながら、シェルターに降りていく。床を走る黒いケーブルの間に、見慣れた背中が見えた。目の前で、彼がうつ伏せになって倒れていた。 息を詰めて、私は彼の元へ駆け寄った。肩を揺すって彼に呼びかける。 私の声に、彼は何の反応も見せなかった。 「返事を……」 彼の額に手を当てる――すごい熱だ。朝からずっと、ここで倒れていたのだろうか。 私は彼の体を引き摺るようにログハウスまで運び、急いで氷水の準備を始めた。 替えたばかりのシーツの上で、彼が苦しげに顔を歪めている。ここまで運んでくる間も、しきりにうなされていた。 ベッドの傍に座り、彼の手を取る。燃えるような熱を帯びた彼の体は、小刻みに震えていた。呼吸は弱々しく、見ているだけで辛い気持ちになった。彼がこのまま死んでしまうような気がして、怖かった。 溶けた氷を替えに行っている間に、彼が目を覚ましていた。 「君が、運んでくれたのか」 私は頷く。彼は申し訳なさそうに、眉を下げた。 「すまない……。薬を飲んだんだけど、頭痛がひどくて動けなくなってしまって」 「ううん。私が気付かなかったから……」 彼が体を起こそうとするので、私は慌てて制止した。まだ動けるような状態ではない。 布団の間から長い腕が伸びてきて、私の髪を優しく撫でた。 「初めから、こうなることは分かっていたんだ」 落ち着き払った様子で彼は言った。何かを覚悟したような、低い響きだった。 「こうなること……?」 ひどく嫌な予感が頭の隅をよぎる。まさか――。 「コールドスリープに入る前から、感染しているのは知っていた。僕は、発病したんだ」 彼は、自分が感染していることをこれまで私に隠していた。 二百年前、彼はどんな思いでシェルターに入ったのだろう。ウィルスのない世界に辿り着いたとしても、死は彼と共にある。それなら新しい治療法の出現を信じて、二百年前の世界に留まろうとは思わなかったのか。 いや、そうじゃない。彼は最後まで、私と生きることを選んだのだ。二人で作り上げた箱舟に自らの命を乗せて、この未来にやってきた。 発病の恐怖を抱えながら、彼は一人きりで私の目覚めを待ってくれていた。それなのに、目覚めた妻は記憶を失くしていた。そのとき、彼はどんなに失望しただろう。 彼のために何もできず、ただ終わりを待つことしかできない私は、無力だった。 私は医学博士じゃないのか。彼を助けることができるんじゃないのか。けれど、付箋の貼られた医学書をいくらめくっても、書いてあることは一つも理解できなかった。 行き場のない想いが、激しく胸を焼いた。 その一方で、目に見えない病への恐怖が心のうちを支配した。彼と一緒に暮らしていた私も、きっと感染している。彼を看取った後で、私も彼のように発病し、最後を迎えるのだろうか。 怖かった。自分が死ぬことではない。最後の瞬間に彼が傍にいてくれないことが、私は何よりも怖かった。 目に見えて、彼の食事の量は減った。穀物を口にすると戻してしまうので、できる限り繊維を細かく砕いて、スープ状にした。 「流動食みたいだね。まぁ、病人だから文句は言えないけど」 「栄養をつけるためだよ。そのくらい、我慢して」 「なんだよ、病人相手に厳しくない? 最初の頃は新婚みたいで良かったなぁ。あなた、おいしい? って」 心配させたくないのか、私と二人でいるときには、彼はいつも明るく振る舞った。軽い冗談を言っては、私から笑顔を誘い出そうとした。 退屈そうな彼の慰めになると思い、シェルターから音楽再生機を運んできた。彼のよく聴いていたCDを入れ、再生ボタンを押した。 スピーカーから印象的なピアノのイントロが流れ始める。旋律は空気の中に溶け込み、周囲に広がっていく。彼は目を閉じてそれに聴き入った。 私は傍らで洗濯物を畳みながら、そんな彼の横顔を見つめた。 「この曲、本当に好きなんだね」 潮騒のような音階の渦が室内を満たしている。それはどこか懐かしい響きだった。目を開いた彼が、私の顔をまじまじと見つめた。 「この曲が好きだったのは、君なんだ。付き合いたての頃に、君が好きだっていうから、慌てて僕も聞くようになって――」 ……やめて。言葉の先を、私は遮った。 今も彼の中で息づく『私』の影に、私は怯えていた。訳の分からない嫉妬と息苦しさが、心の内側を満たしていく。 「私は知らない。もう、昔の私の話はしないで」 「ごめん。無神経だった」 まただ。また、こんな言い方になってしまった……。 黙ったまま彼のシャツをアイロンがけしていると、窓の外を眺めていた彼が呟いた。 「ここからだと海が見えないね」 「それなら、部屋を移動しましょうか」 「いや、ここでいいよ。それに、このシャツからは海の香りがするから」 いつもありがとう――そう言って、彼が私に柔らかな眼差しを向ける。 どうして? 私は何もできないのに。どうしようもなく女々しい女なのに。どうして、あなたはそんな顔をするの……。 「こんなに苦労するくらいなら、もう少しシェルターで寝ていれば良かったわ」 精一杯の嫌味で答えながら、替えのタオルを取りに部屋を出た。 扉の隙間から見えた彼の視線が、棚の上に移るのが分かった。研究室のような場所で、肩を寄せ合う彼と私。二人の写真は寝室に移してあった。 「もう少しだけ苦労をかけるよ」 私は何も聞いていないフリをして、そのまま後ろ手に扉を閉めた。 *** 記憶はいつまでも戻らなかった。頭を強く叩きつけて、そこにある自分を取り出せればずっと良かった。付箋の貼られた医学書も、写真の中の微笑みも、スピーカーから流れる音楽も、それが自分と関係するものとは思えなかった。 夜には彼の傍らで手を握って眠った。体調のいい日は、昔の話を聞かせてくれることもあった。相変わらず、黄色の豆電球は点けたままだった。 「そこで教授が、『一週間くらいの徹夜じゃ死にゃあせん』とか無茶なこと言うんだよ」 嵌め殺しの窓から月明かりが漏れている。天を仰ぐ彼の顔が、暗闇に白く浮かんでいた。 豆電球に羽虫が衝突しては離れ、同じ場所をくるくると回っていた。 「すごい。厳しい先生だったんだ」 「親身な先生でもあったよ。学生に付き合って、夜遅くまで実験を手伝ってくれるような人だった。それはいいんだけど、夕飯作って待ってる奥さんに電話一つしないんだ。連絡しなくていいんですか、って訊いても、いつものことだから構わん、とか言って聞く耳を持たなくて。そんな人が『主婦の負担を軽くする』家庭用ロボットの研究してたなんて、説得力ないよね」 それはきっと、奥さんがかなり我慢していたんだろうな、と私は同情した。 「最近は熟年離婚なんてのもよく聞きますよ、って言ったら少し焦ってたけど」 「それなら私にも、離婚する権利あるかしら」 「残念。もう役所がないから、離婚届を受理してくれる場所もないのさ」 私たちは死ぬまで、夫婦のまま。それなら精一杯、彼とこの時を生きよう。記憶が戻らなかったとしても、私は最後まで彼の妻でいることができる。 「あのさ、もし……僕が死んだら――」 「そんな話、聞きたくない」 せっかく久しぶりに話を聞くことができたのに。それきり、私たちは無言になった。 沈黙を振り払うようにして、私はなるべく柔らかい口調で続けた。 「あなたはまだ大丈夫。もしかしたら、ただの風邪かもしれないよ」 私は自分に言い聞かせる。大丈夫。未来は、まだ私たちの前にきっとある。 「そうだね。でももし万が一、僕に何かあった時には、シェルターにある僕のロッカーを見て欲しい」 「遺書が入ってる、とかじゃないよね」 「違う違う。きっと、いつか君にとって必要になるものだよ」 私にとって必要になるもの――。 「……今は必要ないの?」 しばらく待ったが、答えはなかった。やがて、彼の寝息が一定のリズムを刻み始める。 私は胸に両手を当てて、まどろみの中に落ちて行った。 バルコニーで洗濯物を干していると、ふと庭に見慣れないものがあることに気が付いた。 私が目覚めたばかりの頃、彼と一緒に耕した畑。三列に並んだうねには、かわいらしい植物の芽が出ていた。私は手早く仕事を終わらせて、庭に降りた。 小さな芽は力強く根を張り、空に向かって双葉を広げている。 「ちゃんと育ってるんだ」 太陽と雨の恵みを受けて、彼らも生きようとしている――。 彼にそのことを伝えたくて、寝室の扉を開けた。 私の入ってきた音を聞いて、彼がこちらに振り向いた。すっかり頬がこけ、目は窪み、彼に写真の中の面影はなかった。日を経るごとにやつれていく彼の姿から、私は残された時間が少ないことを知った。 「庭の畑に芽が出ていたわ。どれもまだ小さくて、可愛いの」 「……そう」 問いかけに、反応が返ってこないことも多くなった。持続的に話すと疲れるので、話はなるべく一言で済ませるようにしていた。 「うん、それだけ……」 ぼんやりと虚空を見つめる彼を見ていられず、私は扉を閉めた。虚ろな彼の視線の先にいるのは私だろうか。それとも、思い出の中の『私』だろうか。そのことを考えるだけで、胸が潰れそうになった。 もう少し……。もう少しだけ、あの人のそばにいさせてください――。そうして、請い願うように日々を繋ぐことしか私にはできないのだ。 台所に戻って彼のためのスープを作ることにした。なるべく栄養のある野菜を、細かくなるように包丁で切ってから、鍋でじっくりと煮立てる。 ミキサーがあれば便利だけれど、倉庫にそういった機器はなかった。彼が元気だったら簡単に作ってしまうんだろうな――。そう思うと涙がこみ上げてきて、視界は白く霞んだ。 「いっ……」 指先に鋭い痛みが走る。手が滑り、左手の中指を包丁で切ってしまった。 粘り気のある液体がまな板の上に点々と広がった。思わず指先を口に咥えると、何とも言えない苦味が口内に広がった。 その瞬間――私の中で、弾けるように記憶の扉が開いた。 温かいスープを飲み干すと、彼は頬をほんのり赤くして笑顔になった。まだ食欲があることに、私は安心する。 「ちょっと手を切っちゃったから、救急セットを取りに行ってくるね」 「分かった。気を付けて」 「うん。じゃあ」 それだけ彼に言い残してから、ログハウスを後にした。 空はどんよりと曇っていて、陽は沈みかけていた。足元は暗く、何度も石に躓きそうになりながら前へと進んだ。強風に巻き上げられた砂埃が目に入り、私は立ち止まった。 引き返した方がいいのかもしれない。 私はきっと、これから見てはいけないものを見るだろう。 エレベーターに乗り、地下に向かった。わずかな浮遊感を伴いながら、エレベーターは私の体を下に運んでいく。 一列に並ぶコールドスリーパー。私の目覚めた場所。床を走る黒のケーブルがそれらを繋ぎ、束ねられた一本が巨大な機械に集約されている。 それはまるで、いくつもの生命を吸い上げて生きる、一本の大樹のように見えた。 ――シェルターで眠っていたのは僕と君の二人だけだよ。 覚悟を決めて私は一歩を踏み出した。どうして今まで、疑問に思わなかったのだろう。蓋の閉じている装置を、私は一つずつ点検していく。 ――唯一、蓋の開いている箱は、私がさっきまで横たわっていた狭い空間だった。 ありえない。蓋の開いた装置は、『二つ』なければおかしいのだ。 中身はほとんどが空だった。ただ一つを除いては。 窓の向こうで、誰かが目を閉じて眠っていた。この人のことを、私は知っている……。蘇りつつある記憶がそう告げていた。そして、私は窓の奥にある一筋の光に目を留めた。 それまで心のどこかに引っかかっていたものが、ようやく一つの線として繋がった。 *** 夜が明けるまで、私は荒れ地の中心に立っていた。 濃紺色の空が徐々に淡いオレンジのグラデーションに侵されていく。もうすぐ夜明けが近づいていた。しかし、どんなに美しい情景を見ても、私の心が震えることはなかった。 彼が待っている――。それだけを支えに、私はログハウスへ戻った。 「おかえり……。ずっと、シェルターにいたのかい?」 「ごめんなさい。少し考え事をしていて」 彼は顔だけこちらに向けて話をした。蒼白な顔に、深く刻まれた皺が悲しかった。もう体を起こすのも辛いのだろうか。 一晩中、彼に言わないでおくかどうかを考えていた。けれど、彼がいなくなってしまう前に、私は真実を知る必要があった。 「ところで、洗濯物をアイロンがけしたいんだけど、どこにしまってあるか分かる?」 彼は狐につままれたような顔をして、首を傾げた。 「アイロン? 使ったことがないから知らないな。でも、この前は君がそこで洗濯物を」 「分からないのね」 「悪いけれど、さっきから頭が痛いんだ……。後にしてくれないか」 一つずつ、私はこれまでの暮らしを振り返る。 「そもそも、最初からどこかおかしいと思ってたの」 ――僕が目覚めたのは君よりも何年か早かった。その間に僕は生活の場所を移したんだ。何しろ、あの真っ白な部屋に一人でいるのは寂しかったからね。 ――サッシの溝や、家具の隙間など、細かい所まで綺麗にされていた。 あれだけズボラな彼が『何年か』暮らしていたにも関わらず、初めて掃除をした時は、部屋の隅々まで埃一つなかった。 ――せっかく綺麗に畳まれていた白のシャツは、床の上に広がった。 ――ああもう。畳み方も知らないんですか? ――押入れの前に立ち、二段目を開いた。折り目のついたシーツが丁寧に積まれていた。 しまってあるシャツやシーツが、折り目正しくアイロンがけされていたこともおかしい。衣服の正しい畳み方も知らず、アイロンを使ったこともない彼に、どうしてそんなことができたのだろう。 「このログハウスには、あなた一人でいたんじゃない。もう一人――代わりに家事をしてくれる誰かが住んでいた」 「何を……。僕と君以外に、誰がいるっていうんだい?」 彼が眩しそうに目を細めた。嵌め殺しの窓から、朝日が差し込んでくる。 「昨日、私は包丁で指を切ったでしょう。それで、思い出したの」 私は、彼に左手の中指を掲げて見せる。乾燥した液体は固化して、樹脂のように傷口を覆っていた。 瞬間的に彼の表情が変わった。逃げるようにして、彼は私から目を逸らした。 「私は――」 必死に絞り出した声が、からからに乾いた喉元を震わせる。 コールドスリーパーの中で視界に捉えた光。その光源は、淡い青緑の宝石をあしらった指輪だった。装置の中で眠る女性の薬指には、それが嵌まっていた。……私ではなく。 「私は――あなたの奥さんの代わり。あなたに作られた、家庭用ロボット。……違う?」 冷ややかな沈黙が部屋中を満たしていた。空気がぴりぴりとして、震えるような緊張をはらんでいる。 彼が耐えきれず視線を逸らした先に、私たちの写った写真が置かれていた。 ファインダーに向かって微笑む二人。背景は工具の散らかった研究室のような場所だ。それはきっと、私の作られた施設なのだろう。 やがて、重苦しい表情のまま、彼が口を開いた。 「頼みがある。海の見える場所まで、僕を連れて行ってくれないか」 彼の身体を支えてバルコニーに辿り着くと、彼は深々と椅子に体を沈めた。庭に咲いたハマダイコンの花が、朝露に陽光を受けて輝いていた。 そよぐ風に乗って空を羊雲が流れている。海の色は、深い青だった。その二つを隔てる水平線が、終わりのない一本道のようにどこまでも続く。 「海はこんなに綺麗だったかな」 「それは、前に私が言いましたね」 ――人はきっと、間違っていたんだ。 すまない、と彼は小さく呟いた。 「コールドスリープにかけられたのは、僕と妻の二人。この時代に目覚めてすぐ、倉庫の中に眠っていた君を、僕が修理して動かしたんだ」 蘇った記憶は教えてくれた。彼の代わりに家事をし、身の回りの世話をする。そして、彼の死を看取ること。……それが私の、存在理由。 「僕は妻よりも早く、この世界で目を覚ました。外に出て新鮮な空気を吸い込んだとき、生きていることを実感したよ。すぐに妻を目覚めさせようと思った。けれど……僕は手を止めてしまった」 彼と同じように、彼の妻も同じ病を患っていた。コールドスリープを解くことは、彼が彼自身の手で、妻を死の世界に連れてくることと同義だった。 そして、彼は妻を生きたまま、永遠に眠らせておくことにした。 「僕は勇気がなかったんだ。そのくせ、孤独に死んでいくことを怖れた。……君にとって残酷なことだとは知っていた。僕は妻の記憶をコピーして、そのまま君のAIに転送した。都合の悪い部分は削除してね」 子供の頃の記憶しかなければ、鏡で見た顔が記憶の中のそれと変わっていても、気付かないだろうと考えた。彼はそう説明した。 打ち寄せては返す波音の繰り返し。夢を見ているようなあの感覚は、彼女の記憶が私の中に流れ込んでくるものだったのだ。 「私は記憶を失くしたのではなく、新しい記憶を与えられていたのですね」 少し疲れたのか、彼はしばらく言葉を止めた。不安になって肩を揺すると、大丈夫、と彼は答えた。 「その指の傷のことだけど……。僕のロッカーに君の設計図が入っている。これから君の身に何かあった時には、自分で直すんだ」 ――きっと、いつか君にとって必要になるものだよ。 「分かりました」 ――すごいね。本当になんでも直せるんだ。 ――設計図さえあれば、君にもできるよ。こういうのは経験と慣れだから。 彼が言うのだ。私にも、きっとできる。 「そして最後に、僕のわがままを聞いてくれないか。身勝手なことは分かっている……。いつか妻が目覚めた時に、君が僕の代わりに、妻の最期を看取ってあげて欲しい」 それはひどく勝手な言い分だった。それでも私は、彼の願いを聞き入れるだろう。なぜなら私は、創造主である彼の奴隷だから。 羽を伸ばした海鳥が、蒼い空を自由に飛び回っている。遠くに見える砂浜には、いつか二人で海に行った時のビニールシートが、今も置かれたままになっていた。 瞬間的に、胸の奥でそれまで抑え込んでいた感情が爆ぜた。心を覆う殻は取り払われ、声にならない悲しみが溢れ出した。 私は、彼を恨んだ。私のことを生み出した彼が憎かった。頼んでもいないものを与えた彼を呪った。嗚咽交じりに、私は彼の肩を叩いた。 「あなたは私に、ひどく残酷なことをしました」 「……分かっている」 どうして私に、感情を与えたんですか? そんなものがなければ、こんなに胸が苦しくなることはなかった。あなたを失う恐怖に心が震えることはなかった……。 ふいに目頭が熱くなり、頬の上を温かいものが滑り落ちた。 身体は機械でも、きちんと涙を流すことはできた。 「設計図を見れば、自分で記憶を消去する方法も分かるだろう。メモリーをリセットするだけで、全てを忘れることができる」 ……いいえ。椅子の後ろに立ち、私は彼の体を強く抱きしめた。 「私は、あなたが好きです。記憶の中だけでも、あなたに生きていて欲しい。その感情を持っていることさえ、あなたは許してくれないのですか?」 「僕は君に、何もしてあげられなかった」 ――今でも自分が作ったものは捨てられなくて、全部とってあるんだ。 「あなたが大事にしてくれていたのは、分かっています」 だから……。最後に一度だけ、私のことを、愛していると言ってくれますか――。 「僕は……」 私は屈みこんで、彼の口元に耳を近付ける。聞き取れないほどの小ささで、彼が何かを呟いた。私が訊き返した時、彼の肺はもう空気を呼び込むことを止めていた。 東の空を昇っていく太陽が、彼の頬を照らしている。世界は白く眩い光に満ちていた。 私は片手を彼の前にかざすと、開いたままの彼の瞼を、そっと下ろした。 *** 「おやすみ。また、二百年後の世界に」 装置のセットアップを終えて、彼はちょっと気取ったように言った。 それから私は、長い長い夢を見ていた。 「おはようございます」 聞き慣れない女性の声――。焦点のぼやけた視界の中に、誰かが立っていた。私は狭い空間に体を横たえているらしく、身動きが取れなかった。 私が上半身を起こすと、彼女は心なしか顔を俯けた。 四方に視線を巡らせる。真っ白な天井、白い壁。窓はなく、シーリングライトのようなものが天井に備えられていた。床の上をいくつもの黒いケーブルが走っている。 「……ここは?」 私は戸惑いながら、周囲の様子を伺う。 彼女は俯けた顔を上げ、無表情のまま私に告げた。 「シェルターです。あなたたちを守るための」 後ろを振り返ると、丸みを帯びた、卵のような形状の箱が並んでいた。ちょうど大人が一人収まる程度の大きさである。蓋の開いている箱は二つあった。一つは私がさっきまで横たわっていた狭い空間だった。 首を回し、凝り固まった肩をほぐす。磨き抜かれたタイルの感触から、私は自分が素足であることに気が付いた。 「ちょっと事情が掴めないんだけど」 私の問いかけに、彼女はようやく表情らしい表情をして見せた。 「あなたはずっと眠っていたのです。そのコールドスリーパーの中で」 「眠って?」 「二百年と少しになります」 「そんなこと……」 おぼろげに、記憶が蘇ってくる。夫と開発したこのコールドスリーパーで、私は未来にやってきたのだ。 「彼は。夫はまだ目覚めていないの?」 「……はい。その中で眠っています」 彼女の示した装置の窓を覗き込むと、目を閉じて眠る夫の寝顔があった。相変わらず、朝には弱いようだ。 「私が身の回りのお世話をします。そうプログラムされているので」 おおかた、夫の作った家庭用ロボットなのだろう。自動で起動するようにセットされていたのかもしれない。 シェルターからほど近い場所にログハウスが建っていた。どうやら、起動したのは私が目覚めるより少し早かったらしい。簡易キットを使って作ったのだと、彼女は話した。 室内には、生活に必要な最低限の家具が揃っていた。 奥がバルコニーのようになっており、海が見渡せる。夫は遠くから海を眺めるのが好きだった。それも、彼女のAIに知識としてプログラムされているのだろうか。 「そちらの椅子にかけていて下さい。今、暖かい飲み物をお出しします」 「ありがとう」 彼女は桶から水を汲むと、ポットのようなものにそれを流し入れた。どうやら、電気も通っているらしい。 ポットから白い湯気が立ち昇る。彼女はこちらに横顔を向けたまま、じっとその様子に見入っていた。伏せられた睫毛の奥の瞳は、濡れて光っている。 一瞬、私は彼女が『作り物』であることを忘れそうになる。 「コーヒーでいいですか」 「ええ。そうするわ。あなたは?」 「私も同じものを」 ふわり、と前髪が揺れる。開け放ったバルコニーから海風が吹き込んできた。 髪を押さえて振り向いた彼女は、ぞっとするくらいに、美しかった。 おしまい |
Phys
2011年10月29日(土) 20時31分33秒 公開 ■この作品の著作権はPhysさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.12 青空 評価:50点 ■2013-12-21 02:32 ID:wiRqsZaBBm2 | |||||
流れついて読んでみれば、潮騒に彩られた憧憬が眼前に広がっている。 何百年過ぎた時間は、海の音、ハマダイコンの白い花に消される。恋人たちの甘い囁きは、海の音に掻き消されながら、次の憧れを待ち受けている。 作者が落とした、一滴の波紋。波紋の中に自分が沈み込み、不思議なパラレルワールドに足を取られてしまいました。これを、越えて自分を取り戻すには相当な時間がかかりそうです。 それと、エンジニアの男の人に純粋に惚れてしまいました(笑) |
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No.11 陣家 評価:40点 ■2012-02-16 00:52 ID:1fwNzkM.QkM | |||||
わあ、更新されてる! 紙面が大胆な刷新を受けている! とチラ見でラストが変わってそうだったので最初から再読しました。 ラストがすごく分かり易くなっていましたね。 旦那さんはクライオニクスになったのですね。 でもだいじょうぶ、奥さんは一流の医学博士です。旦那さんの遺体からワクチンを創り出して自分に打つはずです。 そしてクローンだろうが全身サイボーグだろうが、何が何でも旦那さんを蘇らせるはずです。 なぜなら彼女にもきっとH/Eサーキットが搭載されているに違いありませんから。 ごめんなさい。 元作のラストについて苦言を呈してしまった一人として、この更新はとても嬉しい反面、ちょっと申し訳ない気もしました。 元作のラストがとても良かったと感想を付けられていた方もいらしたのに……。 でも自分はつくづく思うのですが、文章で作者の思いを伝えるのは本当に難しいことだと……。 (自分の文章の話です) おそらく、どんなに頑張っても半分も伝わらないのだろうと思います。 だから自分は少なくとも、物語の真ストーリーは作者がしっかりと構築しておくの礼儀なのだろうな、と。 その上で、読み手がいろいろな想像をふくらませる余地を感じさせられれば最高なんでしょうね。 あ、それと、自分のマジキチ作にいただいた感想の中で返信するのを忘れていたことがありましたね。 りばーすえんじにありんぐ、この作品を読み返すまで完全に忘れていました。たぶんもうすり込みのように記憶に刻まれていたのでしょう。 今回この作品を読み返して、あ、これだ、これだった、と記憶の扉が開きました! いやはや、アホですね。 そしてもちろん僕の文章中からインスピレーションを与えられたのならこんなにステキなことはありません。 なんか、わくわくしてきました。 今度は僕が楽しみに待つことにします。 Physさんの作り上げる物語を。 どうしてもハッピーエンドが書けない、ひねた自分に見せてもらえる日を。 これが、ザ・ハッピーエンドですよ、と。 |
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No.10 Phys 評価:0点 ■2011-11-23 11:37 ID:lb9M4neDWJI | |||||
HALさんへ 稚作をたびたび読んでいただきまして、たいへん恐縮です。このところ、書き たいことが次々と出てきて、しかも筆がするすると進んだため、調子に乗って 連続投稿を続けてしまいました。今はもう研修の勉強で散々です。(泣き言を 言ってどうするものでもないですが……) >「これはきっと何かある!」 >ぜんぜん仕掛けに気づいていなかったところからのどんでん返し 私自身、こういう作品がけっこう好きなのですが、読み手に情報を隠すことに 汲々とするのは本意ではないなぁ、と本作では考えていました。 基本的には、伏線を敷いて、矛盾なく回収できるように頭をひねっています。 でも今の私の実力では、展開の粗さの方が目立ってしまっているので、いかに 読んでくださる方に自然な形で謎解きを提示できるか、というのが私にとって 当面の課題です。その意味で、これからもHALさまの作品から盗みたいことが 山ほどあります。覚悟してくださいませ(?) >彼が感染したままコールドスリープしたことで、ウイルスを未来の世界に持ち込んでしまったことになる >本当に、彼の行動はエゴに満ちているのかも エゴに満ちた彼の心情に焦点を当てるか、それに翻弄された主人公の気持ちに 焦点を当てるかで、人によって書き方が違うテーマだと思います。私には人の エゴイズムを描き出すことができませんでした。 なんというか、昔から、あまりに残酷な描写だったり悪意に満ちた話は得意で なかったりします。現実に人間のそういった面を見るのは平常心でいられるの ですが、こと小説になると距離感が近すぎて、なんとも辛くなってしまいます。 >ラストは、ごめんなさい、わたしも状況がすんなり頭に入ってきませんでした。 >なんというか、読み方が偏ってしまっているかもしれません…… そんな、作者の至らない点で読み手の方に気を遣わせてしまうなんて。申し訳 ないのはこちらの方です。ラストの落ちにはいつも頭を悩ませて作劇している のですが、なかなかぴたりと着地を決められないです。本当に難しいですね。 でも、多様な価値観を持った方に読んでもらえるからこそ面白いです。 ありがとうございました。 |
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No.9 HAL 評価:40点 ■2011-11-19 14:09 ID:8leRkXyLGkY | |||||
※ ネタバレを含む感想になります。 遅ればせながら拝読しました。 なにか拙作から着想があったとのことで、光栄です。……といいつつ、自分は正確な科学知識についてはサッパリなので、それを思うとちょっとあわあわしますが(汗)、でも嬉しいです。そしてAIもの大好きなので、二重に嬉しいです。 なかなか記憶が戻らないというのを読みながら、「これはきっと何かある!」と期待しながら中盤までを読みすすめていました。そうしたところ、終盤で明かされる真相。来た来たー! となりました。手を切って、舐めた血の味が苦いというところなど、種明かしの描写として、すごく上手いなあと思いました。 ぜんぜん仕掛けに気づいていなかったところからのどんでん返しというのも、それはそれで別の面白さがあるけれど、期待を裏切らない展開っていうのは、やっぱり面白いですね。仕掛け、伏線を伏線として期待させて、それにしっかり応える種明かし。見習いたいです。 伏線といえば、彼が感染を隠していたあたりも、「わかっていたんならなんで……せっかく生き延びた奥さんにまで、ウイルスを感染させてしまうじゃないか。でも自分は残って、奥さんをたったひとりで未来の世界に放り出すのも、それはそれで残酷だよね」などと考えながら読んでいました。真相を読んで、なるほどそういうことかあ、と。 でも、これ、もしも他の人類が、どこかで生き延びていたとしたら、彼が感染したままコールドスリープしたことで、ウイルスを未来の世界に持ち込んでしまったことになるんだなあ……。 そう考えると、本当に、彼の行動はエゴに満ちているのかも。 zooey様のコメントにあるような、人間のエゴこそが、人間味としての味わい深さにもなるというご意見にはとても納得で。一方で、そういう部分を思い切り前面に押し出すと、また少し、作品の雰囲気が変わってしまうような気もします。これは、かなり好みの問題になってしまうのかなと……。綺麗なお話と、泥臭いお話と、どちらがより魅力に感じるかというのは、読み手次第なのかなと。個人的にはどっちも好きなのですが…… ラストは、ごめんなさい、わたしも状況がすんなり頭に入ってきませんでした。最初は回想、冒頭の反復かなと思ったのですが、二つ蓋が開いているということで、あ、違う、これは未来の話なんだなと。 それから、ラストシーンで目覚めたのが奥さんで、男性は旦那さんに扮した(改造した?)主人公、なのかな……と思ったのですが、波音が響いている描写で、「あれ、ということは、このラストの女性もまたアンドロイドで、記憶を流し込まれているのかな……?」と思って、あれれ、と、戸惑ってしまいました。 願望、というのは思いつかなかったな。皆様の感想を拝読していて、ああ、そういう捉え方があったのかと、恥ずかしながらようやく気づいた次第です。なんというか、読み方が偏ってしまっているかもしれません……ごめんなさい(汗) 何かと好き勝手なことを申してしまいましたが、楽しませていただきました。 いい作品を読ませていただいてありがとうございました。拙い感想、どうかご容赦くださいますよう。 |
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No.8 Phys 評価:0点 ■2011-11-10 22:39 ID:DQ3h2DJ2yiQ | |||||
貴音さんへ たびたび読んで頂きましてありがとうございます。貴音さんの詩を元に内容を 膨らませていった作品なので、気に入って頂けたならとてもうれしいです。 (私は発想力が貧困なので、背景部分は陣家さんやHALさんの素晴らしい作品 からこっそり頂いていますが……) >最期の言葉に従うのは、愛情なのか、いわゆるプログラムなのでしょうか。 愛情です。(断言。笑) そうであって欲しいです。私の頭の中には『ハッピーエンド回路』と呼ばれる 装置が搭載されているので、本当はこういう悲しいお話にしたくはなかったの ですが、今回は小奇麗にまとめ過ぎない方がいいと判断して、こういう結末に してしまいました。 ただ、私自身があまりに主人公に思い入れすると、いわゆる『レンシンショウ 現象』が起こり、甘ったるくて読むに堪えない小説になってしまうのも事実です。 これからは、その辺のバランス感覚を会得して、例えるならzooeyさんのような 巧みな書き分けができるような書き手さんになっていけたら……。なんて、 叶いもしない淡い期待を持っていたりします。 個人的には、最後の場面は『願望』であろうと、『現実』であろうと、彼女は 彼と過ごした時間に対してきちんと別れを告げることができたのだろうと想像 しています。どっちのつもりで書いたかは、ひみつです。実はけっこう深読み してくれる方が多かったので、作者としては『どうしよう……』という状態です。 ありがとうございました。たまに詩板なども見に行きたいと思いますので、 貴音さんの作品も楽しみにしています。 藤村さんへ あわわ。お読みいただきまして、恐縮です。汗 >レンシンショウやスケッチブックのときよりもすんなり読んでいけました。 まさか読んでいただいていたとは……。正直、かなり恥ずかしいです。そうか、 投稿サイトに出すってことは、恥ずかしいものを人に見せることなんだな、と 再確認しました。これからはもっと慎重にしなければ、です。 >恋しなきゃどうしようもないんですよね。 どうしようもない、ですね。二人だけの世界です。SFっぽい映画を見て素敵 だなぁと思うのは、誰にも邪魔されずに二人でいられることです。どっちにも 浮気心が芽生えることはないですし。笑 >シーツを変える場面が好きでした。 ありがとうございます。シーツ、なんとなく目を逸らしながら片づけました。 やっぱり、恥じらいは大事ですよね。(?) >個人的にはもっと甘くても好きになった気もします 作者だけ盛り上がるケースが多々あるので、自制心を強く持って書かなければ、 と気を遣いました。正直、まだ発想や文章構成が稚拙なので、さぐりさぐりと いう感じです。未だにどのくらいがベストなのかよくわからない、というのも 事実です……。 いずれにしても、読んでいただけて光栄です。藤村さんの新作さっそく感想を 書かせて頂きましたので、よろしくお願いします。(実は休憩時間に会社で 読みました) では、失礼します。 |
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No.7 藤村 評価:40点 ■2011-11-08 03:23 ID:a.wIe4au8.Y | |||||
拝読しました。 レンシンショウやスケッチブックのときよりもすんなり読んでいけました。 恋しなきゃどうしようもないんですよね。ううん。シーツを変える場面が好きでした。 戦略もそうですが、むりに名前がついていないのも読みやすいとおもった理由かな、とおもいました。個人的にはもっと甘くても好きになった気もします。点数は悩むのですが、こんな感じで。 おもしろみのないどうなんだろうという感想ですが。楽しかったです。 |
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No.6 貴音 評価:40点 ■2011-11-07 18:48 ID:6C1hXkRQcXM | |||||
読ませて頂きました。 私の拙い作品の一部から物語を考えて くださってありがとうございます。 ところどころ細かく工夫されていて楽しく読ませて頂きました。 (哀しいお話でも温かい気持ちで読ませるところがすごいと思います) 主人公のロボットさんがかわいそうですね。 それでも最期の言葉に従うのは、愛情なのか、 いわゆるプログラムなのでしょうか。 (私的には愛情が良いのですが) 最後は余韻があって好きです。 本当の奥さんが目覚めたのだと思ったのですが、 それだと迎える方もそっくりさんになってしまうなあと思い、 だったらご主人の作った設計図には自分と同じになるように 書かれていたのかな、と思ったときに本当に気の毒になりました。 (妻の最期を看取ってくれというのは自分の姿になってということかなと 解釈してしまいました) ロボットさん本当にこの人で良いの?的な・・・・・・。 ロボットとして作り手に好かれたいのか、女性として その人を好きなのか、境界を固定していないところが とても複雑な心情を表わしていていいなあと思いました。 |
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No.5 Phys 評価:--点 ■2011-11-01 21:34 ID:IkWWqGHDZ4A | |||||
楠山さんへ このところ続けて作品を読んでいただきまして、ありがとうございます。私と しては、こんな危ない妄想寸前の小説に感想を書いてもらっていいのか激しく 謎ですので、遠慮なさらず強気にコメントしてくださいませ。 海岸で彼の手を握るあの場面は、私の中でミッドポイント(物語の転換点)に 相当する地点として、書き始める前から頭の中にあったものでした。描写など ちょっと気を使う部分だったので、摘記して頂けてうれしいです。 悪い旦那、のことですけど、そうなんですよね。めっちゃ悪いやつなんです! でも彼女にとっては唯一の人なんです。その気持ちに感情移入してもらえるか どうかが勝負だと思っていたので、最後の場面は慎重に言葉を選んで、何度か 書き直しました。(それであの程度の完成度ですけど……) 身に余る得点は、楠山さんからの叱咤激励として受け取らせて頂きます。 このたびはありがとうございました。 zooeyさんへ 温かいお言葉、本当にありがとうございます。 >「すごくうまい」から「すごく好き」と思えるようになりました お話を書いている者として一番うれしい言葉です。でもなんかちょっと照れて しまいます。 人の心をありのままに描こうとしているzooeyさんの姿勢に、私は少なからず 感化されています。今までは自分が読みたい話をただ書いているだけでしたが、 もっと人の胸を打つ物語が書きたい! とこの頃は強く思うようになりました。 SFっぽいもの、はなんとか書くことができたみたいなので、次はzooeyさんや らいとさんが書くようなサスペンスを書いてみたいな、なんて漠然と考えて います。人間味を出せるように頑張ります。zooeyさんの新作も、楽しみに していますね。では、失礼いたします。 |
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No.4 zooey 評価:40点 ■2011-11-01 15:07 ID:1SHiiT1PETY | |||||
こんにちは、読ませていただきました。 すごく良かったです。 まず、相変わらず構成がお上手なのと、さりげなく出てくるワードがやはり伏線としてラストで生きてくる、 それがホントにうまいなあと思いました。 物語の運び方も、過不足なくて、過も不足も出やすい私なんかには大変参考になります。 なんといっても、ラストが良いんですよね。 ***から後ろのとこ。 陣家さんのご意見とは真逆になってしまいますが、 そこがあるから、「すごくうまい」から「すごく好き」と思えるようになりました。 「こうだったらよかった」という願望と私は受け止めました。 最初とほとんど同じなのに「蓋の開いている箱は二つあった」のところで、きゃー切ないっと思いました。 使い方がうまいし、切なさMAXで本当に良かったです。 ただ、欲を言えば、彼のエゴをもう少し出してくれたら、さらに切なく、そして彼が人間臭くなったかなと思います。 妻を眠ったままにさせていたのも、さみしくてロボットに感情を与えたのも、結局はエゴだと私は思うんですよね。 そこがこのお話で好きな部分でもあるんですが、 もう少し強く出したほうが、彼の残酷さ、でもそれゆえの人間味が、さらに味わい深くなったかな、なんて思いました。 でも、本当にうまいですね。とても良かったです。 |
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No.3 楠山歳幸 評価:50点 ■2011-10-30 23:07 ID:3.rK8dssdKA | |||||
読ませていただきました。 僕なんかが感想書いていいのか激しく謎ですので、聞き流してやってください。 二百年後の海辺の荒涼とした風景がしっかりしていて、落ち着いた作品の雰囲気の中の主人公の気持ちの動き(展開というべきでしょうか)が良かったです。冒頭のきっちりした性格(伏線ですね?)と夫のがさつな性格の対比も良かったです。 >厚くて大きな手だった。 ここの所がすごく良かったです。さりげない言葉に全てを表しているような、こういう描写、大好きです。 しかし、この旦那、悪い奴ですね。確かに人工知能なら知識だけ与えればいいですよね(それを言ったら元も子もないのですが)。妻に先立たれた夫は本当に落ち込むって聞いたことがありますが……。 最後の謎の所も余韻があって良かったです。 何分素人なので、きちんとした感想が書けなくて申し訳ありません。 拙い感想、失礼しました。 |
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No.2 Phys 評価:--点 ■2011-10-30 10:19 ID:IkWWqGHDZ4A | |||||
陣家さんへ このところ、稚作に続けて感想を頂きまして、本当にありがとうございます。 陣家さんの感想を読んでいたら、『これはなんて素晴らしい作品なんだろう』 と危うく自作に自惚れるところでした。(?) 普段から冷静で知的な感想を残す方が、こうやって急に優しくなさると相手を 勘違いさせますので、自重をよろしくお願いします。笑 >二人の心が自然に近づいてやがて結ばれるという描写の流れ SFがお好きな方に失礼のないよう、バイオハザード含め、もともと専門的な ところには踏み込まないと決めていました。その分、なるべく二人の関係性の 変化に焦点を当てました。仕掛けはいかにもありがち……、なものでしたが、 一度こういうお話を書いてみたかったので、作者としては満足です。 (自分勝手な書き手です……) そして最後の場面、についは、先週あたりに書き終えたときにはなかった部分 でした。私は一週間くらいで粗く書いてから、じっくり校正して体裁を整える タイプなのですが、これはその際に追加した事項でした。 私の書き方は表現や粗筋が直接的過ぎると思っているので、たまには『これは どういう意味だろう?』と相手に解釈を求める最後を書いてみたいな、という 考えでした。でも、難しかったです。試行錯誤しながら、もっと勉強していき たいです。(というか、なぜハッピーエンド回路の存在を陣家さんが……) 陣家さんのコメントは、(私の作品にお寄せ頂いたものに限らず)たいへん 参考になるので、今後の創作の一助として受け取らせて頂きます。 このたびはありがとうございました。 P.S. 全然上記の話と関係ないのですが、以下私信です。 お母さんからテープを借りて、松任谷由美さんの「流線型'80」という自分が 生まれた頃のアルバムを聴きました。(お母さん、実は若いころライブに行く ほど大ファンだったそうです!) 古さを感じさせない音楽性と、確かな歌詞の力に感動しました。 私は『かんらん車』という失恋の曲が好きになりました。松任谷さんの歌詞の 世界に、ちょっとはまりそうです。きっかけを作って下さったことに感謝して います。では、失礼します。 |
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No.1 陣家 評価:40点 ■2011-11-02 02:13 ID:1fwNzkM.QkM | |||||
調子に乗って私信への返信です 僕はそのアルバムだと12階の恋人が一番好きです。 もし、良かったら、荒井由美時代のアルバム(デビュー作から三枚)も聞いてみてください。きっと気に入ってもらえると思いますよ。 あ、それと、らたさんは、ドM属性の自分としてはかなり気になるクリエイターとなっています。 でわ 拝読しました。 ネタばれ含む感想ですので、本文をお読みでない方はご注意ください。 こんばんわ なぜか呼ばれた気がしましたもので、早速感想書き込ませていただきます。 っていうか、勘弁してくださいよ。 もう、どきどきしながら読み始めるはめになりましたですよ。 ええと、まず設定についてですけど、コールドスリープなんてSFでは定番の題材ですから、そんな気遣いする必要無いと思いますよ。 逆に僕の過去作ではコールドスリーパー用宇宙ステーションを舞台にしましたけど、この作品で描かれているシェルターに避難した人々の話は、僕のお話では描いていなかった部分を補完してもらっているような感じがして、とても嬉しく思いました。 背景設定は同じという訳ではないんですけどね。 それから、”何ひとつ説明しない戦法”は正解でしたね。 退屈で、いかにもな解説が一切入っていないにもかかわらず、自然な情景描写と会話から状況をちゃんと伝えることに成功していると思いました。 このへん、作者様の描写能力の高さと丁寧さがあればこそですね。だれしもがイメージしやすい大道具、小道具を破綻無く用意されているところに作者様の懐の深さと、真摯な研究熱心さを再認識させられました。 登場人物に固有の名前を出さず、彼、私としているところは、なかなか機知にとんでいるなと思いました。 登場人物が二人しかいなくて、三人目以降が登場しないのであれば、彼、私、二人、でこと足りる訳なんですよね。 そして、今この世界に二人きりしかいないということの暗喩にもなっているのだろうなあ、と。 コールドスリープから目覚めた彼女が200年経過した世界だと言うことを理解していながら、人類や地球の現在の有様なんかよりも、目の前の不審な男の方で頭がいっぱいになっているところは、逆に女性の感覚としてのリアルなのかもしれないと思いました。 いや、これはオチにつながる伏線だったのかな? > ……バカな私。自分自身に嫉妬をするなんて、どうかしている。 この辺とか、うまいなあ、と。 二人の心が自然に近づいてやがて結ばれるという描写の流れも綺麗でした、ぞわぞわしちゃうくらいに。 彼が倒れてからのサスペンス的な急展開もすごく引きつけられました。 きたきたーって感じしましたね。 記憶のコピーってところを読んでそこまできたかあ、って思いました。 実は僕が今書いてるもののテーマにかなり近いものがあって、人格=記憶? みたいな…… これは、だいぶ頑張らないと、ますます出しにくくなっちゃったかも、とか。 で、ラスト えーっと、これっていわゆる夢オチ? 最初まさか、と思って三回くらい最後の***の前後を読み返してしまいました。 うーむ…… ハッピーエンド回路、発動でしょうか。 ちょっともったいないかな。 伏線の回収とか、すごく緻密だっただけに…… 結局バイオハザードの話とか、どこまでが事実なのかも振り出しに戻っちゃうわけで…… 奥さんロボットが自分で自分を改造して旦那さんロボットになってました。 ってわけじゃないんですよね。 それもどうかとは思いますけど。 いや、でもおもしろかったです。 僕も負けないように頑張りたいと思いました。 ありがとうございました。 |
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