煙のように |
「さよならだけが人生だ、か」 その人は何かを噛み締めるようにそう言った。僕はならば次に巡る春とは何なのかと問いかけた。その人は軽く笑い、何時ものように煙草の底をテーブルに当てた。 「花の嵐の例えもあるぞ、だな。君、そもそも人生とはどんなものだと思う?」 僕は辞書にある言葉を並べた。その人はやや退屈そうに笑い、煙草を咥えた。 「私はね、人生とは一枚の岩ではないと思っている」 火を灯した。 「否、もし人生が一枚の岩であったらどんなに楽だろうと、そう思っている」 僕は違うのかと訊いた。その人は首を横に振った。 「人生とは、沢山の掌編小説の寄せ集めだよ。そしてそれは自分一人で書く事ができない。否、できない訳ではないか。自然と、誰かの手が加わっている。君と私が今こうして話している間、私と君はそれぞれに違う小説を、しかし二人で書いている」 つまり、僕は自分の小説を書きながらその人の小説をも書いている、という事だろう。 「しかし、だね、君、私が死んでしまったら、私はもう君の小説に手を加える事ができない。それは君にとって、私と過ごす人生の終わりだ。多少大袈裟だがね。数多の手が絡み、数多の別れがそれぞれに終止符を与える。死とは裏表紙だな。誕生は表紙だ。しかし内容は酷いものだよ。筆者は増えたり減ったりしているし、ある時突然一つの話が終わってしまっていたりする。しかし、人生とはそういうものだ。事実は小説よりも奇、というのは、ある意味当然といえる言葉なのだな」 煙草の煙が開け放していた窓から滑り込んだ風に揺れた。 「だから、ね、君、花が散り、風と季節が巡り新しい春が来ても、それはまた次の、違う人生なのだよ」 僕は俯き、考えた。しかし、何も浮かばなかった。 「そしてこれは、だから今の人生を楽しもう。という意味の言葉だ。深く考える事はない」 それに、とその人は煙草を灰皿に当てた。 「どうせ明日も同じように過ごすのだろう。ならば一日ぐらい身勝手に続くと思い込んでも良いではないか」 「そして明日も同じ事を言うのでしょう?」 「そうだね」 僕は漸く笑ってグラスの中身を飲み干した。 |
笹森 賢二
2012年06月15日(金) 21時47分18秒 公開 ■この作品の著作権は笹森 賢二さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 笹森 賢二 評価:--点 ■2012-06-22 20:09 ID:TQuxQJnwtBs | |||||
>葉津京一様。 感想ありがとうございます。 しゃっきりとした掌編を目指しました。 どうやら上手くいったようで安堵しております。 人の歩みはもつれあう足跡。 今も、きっとそうですよ。 |
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No.1 葉津京一 評価:40点 ■2012-06-20 18:02 ID:v.jWdWOedXo | |||||
短い文章の中にある、人生においての深い文章が とても印象的でした。 特に >「君と私が今こうして話している間、私と君は それぞれに違う小説を、しかし二人で書いている」 にはハッとさせられました。 人生とは蛇行、つまり小説のようなもの――。 そんな人生を歩んでみたいです。 |
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総レス数 2 合計 40点 |
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