僕が見つめる彼女は |
僕は見た、彼女のその目を。 男を見る女の目、そのなかの瞳孔が大きいということはつまり、自分に興味を持っているということだから、瞳孔が大きい女に男は惹かれるという説がある。物知りの友人が話してた。説なので、絶対という訳ではないらしいけど。好ましいもの、それを見ると人間は瞳孔が大きくなる。その話を聞いてから気になってしまったんだ。僕の彼女の僕を見る彼女の瞳は、大きくなるか、小さくなるか。 「よく見たいんだ君の目を。もっとよく、君の瞳を見せてくれ」こう彼女に言ったとき、やたらと照れていたけれど、多分彼女は誤解している。ロマンチックな理由からではなくて、実験としてなのだけれど、面倒だから誤解は解かずにおいておく。 じっと彼女の目を見つめる。 つけまつげとか、メイクとか、そういうもので瞳孔の大きさがわかりにくいな。よく見えるように顔を近づけ、黒目を じっと彼女の目を見つめる。 じっと彼女の目を見つめる。 照れているのか、逃げだそうというそぶりが彼女に見える。両手で彼女の じっと彼女の目を見つめる。 まぶたが閉じた。なぜ閉じる。見えないだろう瞳孔が。眉毛の下のやわらかい皮を親指で押し上げる。黒目が見えた。なんかすごい顔になった。鏡に映すと割れそうな顔だった。あまりにすごい顔なので、記念で写メに撮ろうとしたら、スマートフォンが大量に無差別に迷惑メールを送信しそうな顔だった。それでもじっと見つめていると、彼女の黒目が、だんだん大きくなってきた、ような気がする。 じっと彼女の目を見つめる。 そういえば、普段の彼女の黒目の大きさ、どの位だったっけ? まあいいや。そのうちきっと思い出す。もっとよく彼女の目を見るために、彼女に顔に僕の顔を近づける。当然僕の唇と、タコのような彼女の唇、近づいて、もうすぐ触れそうな、そんな距離。 じっと彼女の目を見つめねば。 確かに彼女の瞳孔は大きい。けれどこんな顔の女に男が惹かれるわけがない。僕が挟んで、さらに開いているとはいえ、まったくもってこれは非道いな。芝居のセリフにあるように、人間は顔ではないが、顔は人間であって欲しい。 じっと彼女の顔を見つめる。くっ。 彼女がうぅうぅ言いだした。言葉にならない言葉で。僕が両手でほっぺを挟んでいるために、彼女はうまく言葉にできない。でも、僕にはわかる。こう言いたいんだ彼女は。「今アタシの顔見て笑った!」 どうして僕が君の瞳孔を見たいだなんて思ったと思う? 他の誰かのそれではなくて、君の、君だけの瞳孔を。そう最初はただの好奇心。黒目が大きくなるトコ見たいなあ、特に理由は無いけれど。そんな感じだったんだ。でもこうして、くっ、君の瞳を、くふっ、じっと見つめて気がついた。本当に奇麗な、はっ、瞳だね。この瞳を持つ君と出会えて本当に、良ほっかふった。そう言って、僕は彼女を抱きしめた。ぷるぷると震えながら。とりあえず、ぎゅっとやさしく抱きしめれば、この場をうまくやり過ごせる、なんとなくごまかせる。そう信じたい願いたい。それにほら困るんだ。笑いをかみ殺している僕の顔を見られると。でも無理だ。いくら彼女がアホの子でも。だってほら、彼女の体がぶるぶると震えている。僕は諦めて、彼女から体を離すことにした。 じっと彼女の目を見つめる。 彼女と話したことの無い、これから話すことも無いこの僕が、こうして彼女と二人きりで見つめ合っている。彼女は何も言えないし、動くことも出来やしない。彼女が何も話さなくとも、言いたいことはすべてわかる。動かなくとも仕草が見える。何でも僕は知っている。僕の中にいる彼女のことなら。 じっと彼女の目を見つめる。 彼女に近づくことが出来なかったから、目の前にいる彼女が出来た。彼女のことなら知らないことなんて無い。僕が作ったのだから。 じっと彼女の目を見つめる。 僕の中に彼女はいるけれど、彼女の中に僕は。 じっと彼女の目を見つめる。 僕は見た。彼女のその目を。その作り物の目を。瞳孔が大きくなるはずの無い人形の目を。 |
蒼井水素
2012年05月12日(土) 00時57分49秒 公開 ■この作品の著作権は蒼井水素さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.9 ああああ 評価:50点 ■2012-06-27 19:52 ID:BMGoqth7nbI | |||||
適度にまとまっていて,最後にあっと言わせる作品でした。 ストレスなく読むことができ,とても面白かったです。 もう少し,長めのものも読んでみたいです。 次回作に期待しています。 |
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No.8 蒼井水素 評価:0点 ■2012-05-28 21:11 ID:ZE8nCbMKwjU | |||||
ひじりあや様 はじめまして。感想ありがとうございます。 > 「じっと彼女を見つめる」の部分の一行空けも最初はいかがなものかとは思ったのですが、 一行空けは、読みやすいようにと、ビジネスメールなどを書くときのクセからきているのですが、空けすぎかな? と私も思いました。ネットでの読みやすさを取り空けましたが、紙に印刷するものだったら空けなかったでしょう。けれど、こちら(Total Creators)の読み手の方々を見ていると、ここだといらないかも、と最近思うようになりましたが。 > ただ、残念なのがオチの書き方が直接的すぎるかな、とは思います。直接「人形」とは書かずに、読者に人形だと伝えられた方が綺麗だったかなと思います。個人的な趣味かもしれませんが。 トン、とひと言で終わり、さらに不気味さを出したくて人形としたのですが、それまで人の描写が無かったのに、直接「人形」は、バランスが取れていないかもしれませんね。なるほど、参考になりました。 |
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No.7 ひじりあや 評価:30点 ■2012-05-26 00:33 ID:ma1wuI1TGe2 | |||||
はじめて感想を書かせていただきます。 全体としてはよかったとは思います。ひとつの場面を丁寧に描写をしようという意識が伝わってきましたし、「じっと彼女を見つめる」の部分の一行空けも最初はいかがなものかとは思ったのですが、繰り返すことでここの一行空けも効果的になっているかとは思います。 ただ、残念なのがオチの書き方が直接的すぎるかな、とは思います。直接「人形」とは書かずに、読者に人形だと伝えられた方が綺麗だったかなと思います。個人的な趣味かもしれませんが。 |
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No.6 蒼井水素 評価:0点 ■2012-05-23 23:45 ID:zsV/pZwPCIA | |||||
Phys様 感想ありがとうございます。 短い文ですが、読みやすさは本当に気を使いました。ただ(この文が本当に読みやすいかは別として)、すべての文章をすっと読めるようにするのは、いいことなのだろうか、と思うようになりました。 長い文章をすべて読みやすくしよう、そのためにはどうしたらいいのだろう、と考えていたのですが、それだけだと、後に何も残らないような気がしています。 > 一種の叙述トリックでしょうか。個人的にはけっこう好きな手法なのですが、 > 最後の運び方次第で大バッシングを受けかねない、諸刃の剣なのかもしれま > せん。ちなみに、私は蒼井水素さんみたいに上手く書くことができないので、 > 何度も『ひどい結末だ』とのご指摘を受けています。泣 いえ、私はうまくないですけれど、そんなことがあったのですか。 私も、別のところですが、こういう手法の話を書いたときに、ひどい結末だと言われました。 こういう話は、楽しいものから暗い結末になると、特に言われるようが多い気がしますね。暗さの加減はしますが(してるつもりですが)、ついやってしまいます。 理由は、ひどい結末といわれるよりも、この話は先が読めた、と読んだ方にいわれるほうが怖いからなのですが、ひょっとしたら、たんに私が屈折しているだけなのかも。 長編は、ぼちぼちやっていこうと思っています。はじめて書くので、どうしていいのか、いつ完成になるのか、わからないことだらけですが…… ありがとうございました。 |
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No.5 Phys 評価:30点 ■2012-05-19 17:36 ID:QV0ue66.VUk | |||||
拝読しました。 面白かったです。息抜きに読むにはちょうどいい分量で、かつ読みやすく工夫 されていました。自然な文章の中にも書き手さんの計画性みたいなものが感じ られて良かったです。 好きな一文は、 >タコみたいな口になったが、僕は気にしない です。できたてのカップルみたいななんとも日常的な感じが印象的です。全体 としてほのぼのしていますよね。そこから結末への落差には少しびっくりしま した。 一種の叙述トリックでしょうか。個人的にはけっこう好きな手法なのですが、 最後の運び方次第で大バッシングを受けかねない、諸刃の剣なのかもしれま せん。ちなみに、私は蒼井水素さんみたいに上手く書くことができないので、 何度も『ひどい結末だ』とのご指摘を受けています。泣 長編作品、投稿されるのかどうかわかりませんが、楽しみにしていますので、 ぜひTCに置いてくださいね。次の作品も期待しています。 また、読ませてください。 |
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No.4 蒼井水素 評価:0点 ■2012-05-16 00:44 ID:NTDe2xLaFf6 | |||||
ぢみへん様 感想ありがとうございます。 > 短いのでこれで何か特別な感想が出てくるというほどではありませんでした。 確かに短いですね。といいますか、足りないですね。読み返してみると。 > 創作の実験なのかな? とか。 実験と言われれば、そうなってしまったかもしれません。 この話以外に、長編を書いておりまして、改行無しの長文を飽きさせずに読ませる技術を、何とかして手に入れたいと思っているのです。 ある書き方をすると読みやすくなる(かも?)と思い、試しにルールを決めて、それから外れないように書いたものなのですが…… まだ工夫が必要なようです。 ◆◇◆ 楠山歳幸様 始めまして。感想ありがとうございます。 >「今アタシの顔見て笑った!」というところも、思わずにやにやしました。 私は自分の書いた物を何度も読み返していくと、「最初は面白いと思ったものでも、だんだん何が面白いのかよくわからない」状態になっていくのですが、そういってもらえて嬉しいです。 > ただ、最後が、あれかな、と感じました。すみません。彼女がわけわからず混乱しているのを想像していたものでして、はい。 最後が、あれかな、という気持ちは、なんとなくですがわかります。 最後は、はじめは「僕は彼女に殴られて終わり」でした。ただ、それだとあまりにもヒネリが無いなと思い、この最後になりました。 やっぱり、始めの方がよかったかな? と思ったり、いや、この話はこれでいいんだ、と思ったり、今でもブレまくりです。ダメですね。 ◆◇◆ 都築佐織様 始めまして。感想ありがとうございます。 > 作者様の思惑通り最後には「えっ」となりました。 最初から計算して、というよりも、結果的にそうなった、という感じですが、そう言っていただけてほっとしました。 > 「目」に執着する主人公をもっと狂気的に表現していっても、面白い作品になったのではないかと思いました。 なるほど…… むずかしそうですが、面白そうですね。 ありがとうございました! |
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No.3 都築佐織 評価:20点 ■2012-05-14 16:35 ID:NKqqyul5B/g | |||||
初めまして、読ませていただきました。 「目」に焦点を当て物語を引っ張っていく、テーマそのものが面白かったと思います。作者様の思惑通り最後には「えっ」となりました。 「目」に執着する主人公をもっと狂気的に表現していっても、面白い作品になったのではないかと思いました。 |
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No.2 楠山歳幸 評価:30点 ■2012-05-13 21:02 ID:3.rK8dssdKA | |||||
初めまして。読ませていただきました。 全体としては面白かったです。落ち着いた雰囲気があって、主人公の瞳へのこだわり、「じっと彼女の目を見つめる」の繰り返しから気持ちが伝わる感じでした。「今アタシの顔見て笑った!」というところも、思わずにやにやしました。 ただ、最後が、あれかな、と感じました。すみません。彼女がわけわからず混乱しているのを想像していたものでして、はい。書きなれた印象と効果的な文章だったので彼女がどう出るか、を期待してしまいました。 読み方間違っていたらすみません。失礼しました。 |
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No.1 ぢみへん 評価:20点 ■2012-05-13 20:30 ID:lwDsoEvkisA | |||||
何かの1シーン、独白の一コマという感じの作品ですよね。個人的にはこういうのは嫌いじゃないですが、短いのでこれで何か特別な感想が出てくるというほどではありませんでした。さらっと読めて、あぁそういう話なんだぁ……っていう。創作の実験なのかな? とか。 確かに強引な展開とも言えますけど、この場合全ては語り部の独想なのだから、特に不自然とは思いませんでした。 |
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総レス数 9 合計 180点 |
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