I wanna be with you. |
視界が真っ黒になり、背中に回された馴染んだ体温と鼻腔をくすぐるあなたの香りに、あぁ抱きしめられたのだと気がついた。 「いますよ、ちゃんと」 まだ、あなたの傍にいますよ。 胸に押し付けるように頭を抱えられ、あなたの表情がみえない。かわりにどくんどくんと鼓動を刻む心臓が私の中に溶けていった。 大丈夫、まだここにいる。あなたがとめてしまったと感じているであろうことも、縛り付けていると思い込んでいることも知っている。それでもまだ、私はあなたに抱かれている。 両腕ではたりないあなたの広い背中に触れようと腕をあげて、勘付かれないようにゆっくりと下ろした。ジャケットから僅かに覗くシャツの裾をやんわりと握りしめる。 伝えるべき言葉が胸をつついてあふれそうだ。苦しくて吐き出してしまいたいのに、あなたの体温が邪魔をする。ここに引き止めておいてはいけないのだと、何よりも雄弁に語るのはあなたで、結局のところ、私はあなたが縛らない限りとなりにいてはいけないのだ。 しらないでしょう、私がどれだけあなたに焦がれているかなんて。どれだけあなたの腕に抱かれていたいかなんて。 閉じ込めるように、回された腕に力が増した。髪にあなたの頬が触れて、そのまま肩口に顔を埋められる。あなたの少し固い黒髪が私の柔らかな茶色へ混ざり、まだらができる。 「ごめん」 なんて残酷なのだろう。どちらも私なのに、あなたを苦しめているのは私だ。私だと呼ぶ私と、僕だと叫ぶ二人の私。同じであって、まったく違うもう一人の私と私。 「謝らないでください。謝るのは私のほうです」 私は生まれてくるべきではなかったのだ。いつまでもあなたともう一人の私が共に生きていくべきだった。私のような、あとから出来た人格が割り込んでいいものではなかった、それだけのこと。 「あなたともう一人の間に割り込んで、あなたがもう一人の私を嫌えばいいと思った。そうして私だけになって、あなたを独り占めしたがった私が全ての原因です」 「ちがう、俺はそんなこと思っていない」 しぼりだすように告げるあなたが恋しい。恋しくて恋しくて、愛おしいのと同時に、この愛情を全身で受け止める資格があるもう一人の私が羨ましくてたまらない。 だって、当たり前のように私がどんなにあなたを愛したとしても足りないのだ。愛情を与えることはできても、愛情を与えられることはない。私に課せられた仕事はあなたから愛情を受け取ることじゃない。私は、感情と現実の板ばさみにあって動けないあなたが、今度こそ間違いなく大切な人を抱きしめるためだけに存在している。 だから私は、あなたに嫌われなくてはいけない。この身を引き裂いて、傷口をえぐり、あふれる鮮血に飲み込まれなければいけない。ひとかけらでも、あなたが私に持つ好意を残してはいけない。 「あなたは本当にどうしようもない人です。愛する人を置き去りにして自分だけ逃げて、挙句に私といういらないものを創り出させてしまった。そのくせ、今度は私ともう一人の私――ほんとうの私との間で揺れ動いている。どちらにも愛を囁き、貪り、そうして私たちをあなたの中に閉じ込めている」 いたい。骨が鳴り、血液が指先まで行き届かない。冷静な頭では、私を弄び下品に嗤う男達の声が響いている。アスファルトに投げ捨てるように倒され、馬乗りになってきた男の顔がちかづく。 「もともとあなたが男に興味がなかったことも知っています。昨日の夜、ほんとうの私が教えてくれました。あなたと出かけた場所、そこでした会話の内容、どれだけ幸せだったか喋ったあとに表情を失くして泣くんです。壊れた人形のように涙を流すのに呼吸も乱れない。零れるしずくを拭うこともできずにただ震えながら泣くんです」 あの男たちとは違うとわかっていながらあなたに恐怖を覚えたことに。 一瞬でも襲われると思ってしまった自分の弱さに泣くんです。 「――私じゃないでしょう?」 あなたがえらぶのは。 あなたが愛していかなければならないのは。 あなたの呼吸が浅くなる。ひゅっと息を飲む音がした。きしむほど抱きすくめていた力が抜けていく。私は黙って一歩下がり、あなたを見上げた。 「あなたが選ぶべきは、あなたよりもずっと前に膝を抱えてしまったほんとうの私です」 まっすぐ瞳をみれば、ゆらゆらと揺れている。今までとは違う想いの波に、私の仕事は終わったのだと実感した。これで間違いなく、あなたはほんとうの私を迎えに行くだろう。 視界が滲みかけて、すぐに押さえ込んだ。かわりに鼻の奥がつんとする。嫌な映像ばかりが脳内で再生され続け、脚が震えているのがわかった。それでも私はあなたに微笑む。 もう二度と逢うことのできぬであろう愛しい人が、ゆっくりと私を忘れていけるように。 失礼します、と頭を下げてそのまま踵を返した。今日の夜にでも私は消えるだろう。ほんとうの私がやっとあなたの前にあわられる。喜ばしいことのはずなのに、あふれる涙がとまらなかった。身体の内側が熱くて、行き場を失った恋情が私をさらっていく。 最期の瞬間に浮かぶのはあなたの笑顔だろう。ぼんやりとそんな確信を得ながら、私は自分が消え行くカウントダウンをはじめた。 |
月子
2012年05月06日(日) 22時08分13秒 公開 ■この作品の著作権は月子さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.6 都築佐織 評価:30点 ■2012-05-19 22:29 ID:NKqqyul5B/g | |||||
初めまして、読ませていただきました。 一読した時は、ほわほわして全体像がつかみにくいかなと思ったのですが、あらためて読み直すとただ切ないだけでない、凛とした決意のようなものが全体を一貫して走っているような印象を受けました。 表現が繊細で綺麗で、それが物語の輪郭をぼかしつつもしっかりと、「私」の消失にむけて流れていく、手助けをしていてよかったと思います。 あと、本当に細かいことを書かせていただきますと、最後の最後で出てくる「カウントダウン」という単語がおしいなと思いました。 一切カタカナ語が出てこなかった、というのもそう感じてしまった要因なのかとも思ったのですが、そこだけを何か別の単語に置き換えてみると、すとんとはまってくるかと思いました。 色々と書かせていただきましたが、不快に思われましたらご容赦ください。 楽しい時間をありがとうございました。 |
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No.5 月子 評価:0点 ■2012-05-19 21:37 ID:iY7yzWMcD6. | |||||
>>Physさん そのまんまの要求を友人からされていたので、 Physさんの感想をみたときにびっくりしてしまいました。 狙いどうりの言葉をもらえるとは思っていなかったので嬉しいです。 作者からのコメントでは「ちょいとした暇つぶしにでも」なんて書いちゃってますが、 皆さんからのコメントでは全然暇つぶしになってないですね汗。 大変申し訳ないです。 わかりにくいのは百も承知ですので、目を瞑っていただけたら・・・・・・ と思うんですがそんなわけにもいかないですよね。 私の筆力のなさだと痛感しています。 あげていただいた4つはどれも合っています。 「あなた」と「私(僕)」の関係をぼんやり書きすぎたのは、 もう一人の人格である「私」にスポットを当てたかったからです。 簡単な恋愛話で終わらせたくなくて、どうしようもない、それこそ一生叶わない、 そんな恋にとらわれてしまった女性を書きたかったというか・・・・・・。 身体は男性なんで、ありふれた恋愛ものとはまた違うような気もしますが笑。 補完すべき情報はたしかに多いです。 私は長い文章があまり得意ではないので、削れるところは削ってしまおう、ここは一文でまとめよう。 というようなのをやってしまいがちなので、ごもっともなご指摘だと思います。 怒るだなんてとんでもないです! 意識が散漫してしまう。なるほどそういうことか、とでもいうんでしょうか。 わかりづらい→どこがわかりにくいんだろう。 作者である私の頭の中では完璧に(書いたから当たり前ですが)情景が浮かんでいるので なるほどなるほど、と思いました。 (納得というような意味合いです。不快にしてしまったらすみません。) 私のやり取りは毎回似たようなものになってしまいがちで、 きゅんきゅんだなんてとんでもないです。 つねに「こんな会話してるカップルいたらいいな」とか「今すれ違った二人はどういう関係なのかな」 と想像したりしながら生きてるので、だいぶ痛いとは思うのですが笑。 きゅんとする恋愛ものが好きな人種ですので、きゅんとしてもらえて嬉しいです。 (もしも自分の身にそんなことが起こったら全力で逃げますが。恥ずかしくて笑) ややこしいながらここまで内容を的確に汲み取っていただきありがとうございました。 また、読んでやってください。 どうもありがとうございました。 |
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No.4 Phys 評価:30点 ■2012-05-19 17:52 ID:QV0ue66.VUk | |||||
拝読しました。 おもしろい試みですね。こんな掌編を送ってくれる友達がいたらいいなあ、と 思いました。もうどんどん書いて! なるべく切ない系で! みたいな要求を しちゃいそうです。 確かに、筋全体はわかりにくいかもしれないなあ、と思いました。でも末尾で 月子さん本人が仰っているように短いので、何回か読み返しているうちに段々 分かったような気になりました。 1.登場人物は、肉体的には男性と女性の二人。しかし、女性の中には二つの 人格がある。 2.二つの人格は『私』と『僕』という一人称で話す。(性別も異なる??) 3.『私』の方が後からできた人格で、それは『僕』が過去に性的な暴力を 受けたショックとそれを受け止めきれなかった男性の弱さから生じた。 4.男性は『私』と『僕』の間で揺れている。『私』はもうすぐ消える。 設定は上記のような感じで捉えました。こういうだんだんわかっていく構成は 個人的にかなり好きなのですが、補完すべき情報が多すぎて素敵な文章の 輪郭がぼけてしまっているようにも思いました。 つまり、月子さんの文章に酔う以前に『分からないこと』を理解しようとして 読み手の意識が散漫になってしまうというか。ちなみに自分のへたっぴさに ついては棚上げしているので、あまり怒らないでください。汗 でも、本当に表現がうつくしくて羨ましいです。特に、 >腕をあげて、勘付かれないようにゆっくりと下ろした。ジャケットから僅かに覗くシャツの裾をやんわりと握りしめる >身体の内側が熱くて、行き場を失った恋情が私をさらっていく こういった細部の描写が本当にお上手で、主人公さんの気持ちを象徴している なあと思いました。月子さんの描く男の人と女の人のやり取りは、読んでいて きゅんきゅんしちゃいます。(いい年して何を言ってるんでしょうか。笑) また、読ませてください。 |
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No.3 月子 評価:0点 ■2012-05-14 23:26 ID:iY7yzWMcD6. | |||||
>>楠山歳幸さん ややこしいですよね、すみません。 メッセージにも書いてる通り友人宛に送ったものなので、二人に分かれてしままった経緯などを書き足そうかとも思ったのですが 私的に原文を守りたかったのでこのようなものになってしまいました。 小説としてまとまっている、の一言だけで充分です私にはもったいない・・・・・・! どうもありがとうございました。 >>ぢみへんさん 読むのに疲れた、もっともな一言だと思います。 書き分けとして「私」と「あなた」で進んでいくので、面倒くさいですよね。 さらにそこに「もう一人の私(僕)」がでてくるので、細かい表現を入れなかった分ややこしいと思います。 ぢみへんさんが仰るように解釈は縛りたくないと考えていたのでこんな感じのものができました。 前々作の何倍もの時間をかけましたが、やっぱり時間じゃないんだなぁと感想をもらうたびに思います。 ご期待にそえるようがんばりますね。 どうもありがとうございました。 |
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No.2 ぢみへん 評価:20点 ■2012-05-13 23:10 ID:lwDsoEvkisA | |||||
うーん、これはちょっと僕にも難しすぎました。1人称による感情の吐露が圧倒多数を占める文章は大変暗示に満ちていて、意図的かどうかはわかりませんが恐らく何通りかに解釈できるように書かれており、誌的であることは間違いないのですが、正直に言うと、単純に読むのに疲れました。 これが月子さん的に一番個性が出ていると仰られていますし、何か気迫も感じられるのですが、同じような雰囲気、静謐な狂気みたいなものと状況説明がマッチしていた前々作の方が作品としては良かったかなぁという気がしました。 次も期待してます。 |
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No.1 楠山歳幸 評価:30点 ■2012-05-13 21:26 ID:3.rK8dssdKA | |||||
読ませていただきました。 はい。ごめんなさい。僕は読解力が乏しいので、少しややこしかったです……。少し駆け足ぎみだったかな、と思いました。感情の揺れ動き、彼の態度とドラマを感じるのですが、それだけでなく主人公になにがあったか(穏やかな言い方で?)、二人に分かれた経緯など少し間に入れて欲しかったと思いました。前作、前々作のような作者様の個性は感じるので少し残念な気もします。でも、前は詩のような感じもあったのですが、今回は小説としてまとまっていると思いました。 失礼しました。 |
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総レス数 6 合計 110点 |
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