愛の淵 |
10分程で彼は古びたバスを降りた。ベンチも何もないバス停から横断歩道を渡り少し細い道を20m程歩き、彼女の待つ家に行く。少し緊張しながら、はたまた少し臆病になりながらも彼はその道を進んでいくのであった。 住宅街の1つの洋風の家の呼び鈴を押した。家の中から少し足音がし、がちゃり、とドアが開いた。 ドアが開いて出てきたのは菜緒という名の彼と同じ歳の女の子で彼の恋人である。彼女は真白な顔にある目尻の垂れたガラス玉のような大きな目をこちらに向けて、ピンクの色の薄い唇の端を上げ可愛く彼に微笑んで見せた。 「入っていいよ」 彼は菜緒にそう言われるがまま、少し申し訳なさそうに腰を曲げ、彼女の家に入っていった。 1ヶ月ぶり彼女の家に訪れた彼は、初めて彼女の家に入った時のように緊張していた。 「ひさしぶりにこの家に来たね」 彼は自らの緊張を言葉で隠すように言った。 「そうだね。1ヶ月間の旅はどうだった?」 彼女は子供のような無邪気な笑みを見せながら彼に問いかけた。 彼は1ヶ月前、ふと思い付きで旅に出ていたのだ。当初は日本一周する気の彼であったが次第に人肌が恋しくなりそそくさと帰ってきたのである。 「つかれた。」 それしか言えなかった。きっと旅立った当初は楽しかったはずだが1ヶ月も立てば飽きて、楽しみなど奥底へ沈んでしまっていた。そして少し彼には不安があったのだ。 「なんか1ヶ月で変わった事はあった?」 「別にないよ」 菜緒は当然のように答えた。その時彼は菜緒の大きな瞳の奥の永遠の暗闇を見て恐怖を覚えた。 「ちょっとお茶入れてくるね」 菜緒はそういうと腰かけた椅子を立ち、すぐ近くの台所に向かった。 肩まで伸びる黒くつやのある長い髪の毛が、コップを取ろうと背伸びする度にふんわり揺れている。揺れた髪の毛の間から白く透明な首筋がちらちらと覗いていた。生物の欠点を綺麗に拭き取ったような美しさ。 彼はそんな彼女に目を奪われてしまった。彼女に対する重たい愛を感じた。だがそれと同時に彼は恐怖し、不安を抱いた。彼はその感情の原因を知っている。 そしてどうしようもできないものをどうにかしようと、あるいはどうしようもないことを完全に理解しようと、彼女の家に訪れたのである。 再び椅子に腰かけた彼女と、彼はお茶を飲み始めた。彼女は淡いピンクの控えめな唇をゆっくりとコップに重ねあわせてゆっくりとお茶を飲んでいる。 彼は自分に連続して現れる彼女に対する愛しさにうろたえるしかなかった。 少しして彼は沈黙の空気に耐えるのが辛くなってきた。なにか話をせねばならない。そういった脅迫観念に襲われるが、今日訪れた目的に関係のある話をする勇気も持ち合わせていなく。 「ひまだね」 当たり触りのない言葉しか言えなかった。自分の臆病さに憤りを覚えている彼。 彼女は彼のそんな心情を知ってか、知らずか 「久しぶりに一緒にいれるんだからそれだけでいいと思うよ」 彼は申し訳なさそうに目を伏せた。自分の勝手な意思を自分で否定する気持ちと彼女への強い愛しさが複雑に入り交じりそうするしかなかったのだ。彼は彼女を愛しく思うほど彼女に対する疑いは強まっていった。 しかし彼はご覧の通り臆病者である。 彼女の潔白を彼女に証明させる程の勇気もなく、愛と疑心の全く方向の違う心情の間で逃げ場もなく苦しみもだえていた。 だが彼は開き直った。愛故であるとそう自分を肯定した。 「お茶をもう一杯もらえない?」 「お湯沸かすからちょっとまってね」 菜緒はそう言いながらさっきのようにまた席を立ち台所に向かった。 彼は自分の心臓から脈、すべての鼓動がひたすら早くなるのを感じた。 恐怖、不安、希望、そんな複数の感情が彼に一挙に押し寄せて来た。 止まらない感情の中、彼は菜緒の目を盗みながら震えるてで机においてある菜緒の携帯を手に取った。 彼は菜緒に対して過ぎるほどの疑心暗鬼で少しの怪しい言動でも浮気というものを疑ってしまうのだ。 これで私は全てから解放される。 そう思いながら彼は菜緒の携帯を恐る恐る開いた。 彼女は浮気をしていた。 小さな携帯電話から数々の浮気の証拠が出てきた。 「何で浮気したの」 「会えなくて寂しかったから」 「相手とはどこで知り合ったん」 「コミュニティーサイトで知り合って。仲良くなってそれで。ごめんなさい。」 「俺どうしたらいい。」 「ごめんなさい。許して。もうしないから。信じて。」 彼に対する菜緒の愛は偽りだったのか。優しさは偽りだったのか。 彼はどうしようもなくなってしまった。 怒りとも悲しみともとれぬ不安定が感情が広がっていくだけであった。彼は彼女を恨むべきか、疑いを抱いた自分自身を恨むべきか、はたまた事実を知らなければ幸せであったのか。 菜緒はひたすら泣いていた。 しかし彼には救いが1つだけ残っていた。 誰にでも自分のような境遇に陥る可能性がある、と。 それだけが彼には救いであった。 |
目覚まし時計
2012年05月02日(水) 02時14分14秒 公開 ■この作品の著作権は目覚まし時計さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.1 Phys 評価:30点 ■2012-05-06 20:00 ID:eKNLcJv0NWo | |||||
拝読しました。 はじめまして。読ませて頂きました。 >ピンクの色の薄い唇の端を上げ可愛く彼に微笑んで見せた >揺れた髪の毛の間から白く透明な首筋がちらちらと覗いていた >淡いピンクの控えめな唇をゆっくりとコップに重ねあわせて 菜緒さんの外見に対する描写が丁寧で、かつストレートに表現されていて好き でした。比喩表現や上手な言い回しが私自身苦手なので、はっきりと評価する ことはできないのですが、文章の適度な素直さがとても読みやすさに寄与して いると思いました。 気になった点は、最後の >しかし彼には救いが1つだけ残っていた。 >誰にでも自分のような境遇に陥る可能性がある、と。 >それだけが彼には救いであった。 というところで、果たしてこれは本当に救いであるのか、という疑問でした。 もっと独占欲を目いっぱい出していいんだよ主人公さん! と草食系男子の 特徴を前面に発散している主人公さんを応援したくなりました。 それと、携帯からの投稿ということで文章の字下げ等は大変だと思いますが、 なるべく規約に沿った文章にするとより完成度が高くなるでしょうし、その 方が高く評価されると感じました。 稚拙な感想失礼いたしました。 また、読ませてください。 |
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