サタン!あとは頼んだ! |
「天使? ああ、元気だよ」 昼間で寝た日曜日の、何事もない、ありふれた日曜日のこと。 「相変わらずいたずらっ子さ」 どこの町にもあるような小さな喫茶店。チェーン店ではなく薄ら禿げのおじさんが店主で、だいたいいつもスポーツ新聞を読んでいる、そんな店。 太陽の光が窓を通して不規則な影を映す店内に、客は男と女の二人。二人でご来店ではなくて、お一人様が、二人。ばらばらに座っているし面識はなさそうだ。 無言の空間。言葉は、客の男が携帯電話で話しているのみ。 「そろそろ帰るよ。天使がさみしがるからね」 この男の言う天使とは、犬だ。この男の、飼い犬の名前が、天使なのだ。 「じゃあ切るよ」 男が、携帯をポケットにしまって、帰宅に腰を上げるのと、女が急に立ち上がり、大声を出したのは、ほぼ同時だった。 「天使ってなんですか!」 いきなりの声に驚き、さらに、女の必死な形相にも驚いた。短い沈黙。店主が、スポーツ新聞を広げる乾いた音の後、男が口を開いた。 「え」 「さっき電話で話してましたよね! 天使って!」 「はあ。……はあ?」 「詳しく教えてください!」 女が大股で近づく、鼻息を荒げて。 この女、何をそんなに興奮しているのかと言うと、宗教やスピリチュアルやオカルトや神話に興味津々の女子大生。神や守護霊や心霊や天界などのフレーズを耳にすると、いてもたってもいられないのだ。 「さっきから、天使、天使、天使って、どうゆうことですか!」 「ああ。一緒に暮らしてるよ。天使と」 「えええ! 暮らしてる! 一緒に!」 「そんなに驚きます?」 「驚きます!」 「そうかな」 「どんなですか? 天使って」 「どんな? かわいいよ、うん、かわいくて、いたずらっ子」 「いたずらするんですか! 天使って!」 「そりゃするよ。俺の気を引きたいじゃないかな」 「あなた、天使と、どこで出会ったんですか」 「拾った」 「拾った!」 「公園で」 「公園で!」 「きみ、なんでも驚くね」 「すごい。天使と。運命の。出会い」 「うん、まあ」 「キレイな翼でしょうね、きっと」 「翼?」 「頭の上にわっかがあって」 「ん? んんん?」 「やっぱり金髪ですか?」 「ああ、あー、うん、なるほど」 「はい?」 「勘違いしてるよね、きみ」 「なんですか?」 「天使って、天使じゃないよ」 「どうゆう意味ですか」 「犬だよ。犬」 笑った。この女との、すれ違いを理解した安心感が、男をくすぐるように笑わせた。きっと女のほうも理解してくれるはずだ。 「い、いぬ?」 「犬」 「いぬ?いぬ?」 右に左に目玉がぎょろぎょろ、両手で頭を抱えて、髪をくしゃくしゃにして大混乱。次の瞬間、何かに気付いたような神妙な表情と声。 「天使を犬あつかいするなんて、あ、あ、あ、あなたは」 「え」 「か、か、か、か、神さま」 「ちがうちがう」 「そうですよね、神さまからすれば、天使なんて、犬どうぜん、ですよね」 「ちがうって」 「……サインください。サインください!お願いします!」 「だから! 俺は神じゃなくて人間! 天使は犬!ペット!」 「人間界の姿、ですよね。私、口、堅いです!あたなの正体は誰にも言いません!」 「はいはい。神ですよ」 諦めた。というか、帰りたかった。 「やっぱり! お会いできて光栄です!」 握手のつもりなのか。肩が外れるくらい腕をシェイク。彼女のテンションを静めることなど、きっと本物の神さまにもできやしまい。 「結婚してください!」 「あ、そーだ、あの人、サタンだよ」 男は完全に冷めた表情で店主を指差した。不意打ちに店主がこちらを二度見する。 「ほら、あのおじさん、悪魔だよ、悪魔のボス」 「えええ!まじっすか!」 「まじまじ」 「サターーーン!」 店主に駆け寄り、勢いあまって、飛びつく。抱きつく。すかさず出入口に走る男。去りぎわに一言。 「サタン!あとは頼んだ!」 end |
KeJ
2012年01月26日(木) 18時13分44秒 公開 ■この作品の著作権はKeJさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.6 れいず 評価:10点 ■2012-04-14 21:43 ID:PuCIfl1nkj2 | |||||
面白いですね。 しかし、最後の方、まるでチャットをみているように 「」しか続いていないところが残念です。 |
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No.5 陣家 評価:20点 ■2012-02-20 00:00 ID:1fwNzkM.QkM | |||||
拝読しました。 一気に上がったテンションのままで最後まで突っ切る潔さが良かったです。 もう少しスマートにするなら犬の名前をミカエルとかにすれば良いんでしょうけど、ばかばかしさは落ちるかもしれないですね。 「拾った」 「拾った!?」 「公園で」 「公園で!?」 「きみ、なんでも驚くね」 ここが一番の笑いどころでした。ただ定石的にはギャグは三回繰り返すといいらしいので、もう一声というところでしょうか。 センスはとても良い物をお持ちだと思いますので自分が面白いと思う物をより面白く書き続けてみてください。 失礼しました。 |
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No.4 KeJ 評価:--点 ■2012-01-31 18:08 ID:CpJMNfSb8pM | |||||
レスありがとうございます。オチもっとひねります。 | |||||
No.3 雪踏 評価:20点 ■2012-01-29 16:50 ID:79GucnjyPpk | |||||
なんだか小説を読むというよりコントを見ているようでした。 最後にもうひとひねり、オチのようなものがあれば面白かったと思います。 あるいはほとんどセリフなのを利用してなにかしら仕掛けを作れれば。 |
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No.2 KeJ 評価:--点 ■2012-01-28 23:55 ID:CpJMNfSb8pM | |||||
指摘ありがとうございます。また何か思いついたら投稿します。 |
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No.1 ゆうすけ 評価:20点 ■2012-01-27 19:11 ID:1SHiiT1PETY | |||||
拝読いたしましたので感想を書かせていただきます。 凝り固まった女性を押しつけるテンポが面白いですね。 セリフ主導ですとテンポはいいのですが、絶対的に描写が足りないですね。どんな女性なのか? どんな表情か? どんな口調でのセリフなのか? まったく分かりません。メインキャラである痛い女性の容姿と声は明確に描写した方が面白くなると思いますよ。 無銭飲食で出て行く主人公に対して店主が一言なにか言えば、もう一ひねりできて面白味が増しそうです。 |
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総レス数 6 合計 70点 |
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