白線を削る
 私は正午過ぎに世田谷のある図書館を出て、ひとつ角を曲がったあたりの人気の無い路地で男の子が一時停止の白線を彫刻刀で削っているのを見つけた。男の子はゆっくりながらも一心不乱の様子で白線を削っている。私はその場に立ち尽くしてタバコのパッケージを開け、一本抜き取り火をつけた。猫が男の子のすぐ背後の塀の上で正面の家の庭を見つめていた。どこか近くもない遠くもないところで廃品回収者の「ラジオ、バイク、CDラジカセ……」の音声が鳴っている。私は男の子の横顔にどこか見覚えがあるな、と思った。車が一台、男の子の向こうのほうから曲がってこちらにやってきた。それに気づいた男の子は立ち上がって、背中を猫の塀にピタッとくっつけて、車が通り過ぎるまでじっとしていた。彼は一度も、車の進行方向にいる私の方を見なかった。その視線は、唯一、一時停止の白線に向けられていた。猫はぴくりともしなかった。男の子は再び白線を削り始める。ときおり、髪を短く刈り上げられた頭を彫刻刀を持った方の手の薬指と小指で痒そうに掻いた。それを見ていたら私の頭も何故かしら痒くなり、我慢できずに同じく掻いた。それから、私は考えてみた。これから私はどう生きていこうか、ということ。不思議にも私の頭の中の欲求は、あの男の子と同じように一時停止の白線を、日本中の一時停止の白線すべてを、削ってしまいたい、という思いのみが存在していた。というより、もともと私の欲求の根本自体が、それだったのかもしれない、とさえ思った。
クロアチア博士
2011年11月27日(日) 22時23分59秒 公開
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No.6  クロアチア博士  評価:0点  ■2011-12-09 23:59  ID:mWPJnUMHTjo
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ウィルさんのコメントを見て、新しいの書いてみようと思い書いて投稿しました。
何かとても参考になるコメントでした。感謝します。
No.5  ウィル  評価:20点  ■2011-12-09 01:10  ID:yqFASJqAhJQ
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時には立ち止まって見てみたいと思うこともあるけれども、一時停止なんて従わず、人生を突っ切ってみたい。退屈な人生に飽きたのならば尚更。
だから彼は一時停止の白線を削り続ける。

なんて勝手な邪推をしてしまいました。
でも、何故か? と考えて読んでる時点で、私たちは一時停止をしているのかもしれない。
何も考えず、理由もわからずに一時停止を削っている彼は、本当の意味で一時停止をしていないのだろう。

ってよくわからない感想でしたが、奥が深い作品でした。
No.4  クロアチア博士  評価:0点  ■2011-12-06 20:39  ID:mWPJnUMHTjo
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目からウロコです。

でも、人生の愚痴を綺麗に描ければ立派な文学だと思いますよ。
No.3  蜂蜜  評価:20点  ■2011-12-03 21:01  ID:fqYrSTvKH2g
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文末、

>それから、私は考えてみた。

から先はいらないと思いました。

文学は人生の愚痴ではないです。


No.2  クロアチア博士  評価:0点  ■2011-12-02 21:43  ID:mWPJnUMHTjo
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なぜ、主人公が白線を削ってしまいたいと思ったのか、よくわかりませんでした。

ということは、この作品をよく理解しているということですね。
読んでくれて大変うれしい
次も書いてみようと思います。
No.1  kenken  評価:20点  ■2011-12-02 17:33  ID:7pQ.YrDEaW.
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はじめまして。

途中まではすらすら読めたのですが、
>それに気づいた男の子は立ち上がって、背中を猫の塀にピタッとくっつけて、車が通り過ぎるまでじっとしていた。
ここらへんからイメージが浮かばなくなりました。

なぜ、主人公が白線を削ってしまいたいと思ったのか、よくわかりませんでした。
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