クロアチアと無関係な話 |
芳蔵はベビーベッドから灰皿を取り上げ美代子の隣のピアノの上に置いた。夕暮れの光がカーテンの隙間から入り、美代子の吐きだす煙に当たっている。芳蔵は固くなったお餅を醤油をつけずにかじった。豆腐屋の吹くラッパの音色が部屋の中にまで響いている。透明なアクリルボックスの中で毒蜘蛛はせわしなく動く。美代子はタバコの火を消してズボンから赤いスカートに穿きかえた。 「あなたは別に何も話す必要はないんだからね」 美代子は脱いだズボンをベビーベッドに放った。 「そういうこと言われるとボクは無性に話したくなる」 そう言いながら芳蔵はベビーベッドからズボンを取り上げ、畳んでクローゼットにしまった。 「あなたのそういう性格、知ってたら一緒になんて住まなかったのに」 「美代子と暮らすようになって、こういう性格になったんだよ、って言ったら怒る?」 赤いスカートに緑色の糸くずがくっついていた。芳蔵はそれを取ろうかどうか悩んだ。あきらめてテレビをつけると女の子三人がフランクフルトを食べながら飛び跳ねてる画が映った。くるくる円を描きながら嬉しそうであった。美代子は洗面所でつけ睫毛をひっつけている。芳蔵は鏡の中で美代子と目が合い、そのまま台所へ行き冷蔵庫を開けた。キムチとオリーブと魚肉ソーセージがあった。キムチ、オリーブ、魚肉ソーセージ……。芳蔵は迷ってからオリーブを取り出し、一つ口に入れ洗面所にいる美代子の背後にしゃがんだ。 「オリーブ、ひとつ食べる?」 「バカ蜘蛛が昨日おいしそうに食べてたから、あげてみて」 「蜘蛛はオリーブなんか食べないよ」 「あなたの思想はどうでもいいのよ、あたしも蜘蛛も」 芳蔵はスカートについた緑色の糸くずを掴み取り、剥き出しの美代子のふくらはぎにキスをした。が、すぐにかかとで顔を退けられてしまった。芳蔵は溜め息をついてから立ち上がりテレビを消してから毒蜘蛛にオリーブを与えてみた。蜘蛛はオリーブを避けるように端っこに移動した。 「ねぇ」芳蔵は一つ自分の口にオリーブを入れる。 「黙っててよ、昨日まで黙り込んでたくせに、調子に乗るな」 「そのスカート、店に返してきなよ」 洗面所で唸る声が聞こえた。それから急に美代子が飛び出してきてアクリルボックスを手で払い飛ばし、毒蜘蛛をひっつかんで芳蔵に投げつけた。蜘蛛は防衛姿勢をとる芳蔵の頭に直撃してからベビーベッドの下で裏返しになった。 「盗んできたって言いたいのか!」 美代子は芳蔵の頭を踏みつけた。 「違うよ、そんなこと言ってない」 「おまえだって泥棒だろが? その服もオリーブも全部盗んできたんだろうが!」 「ひどいな、ボクはちゃんとトラックを運転して稼いでるんだ」 「へぼトラック!」 「へぼとか関係ないよ、新鮮な野菜を運んで、ちゃんと稼いでるんだから」 「わたしと同じだよ! おまえも、人から信用を奪って生きてるんだ」 「ひどいよ、そんなひどい言いがかりはないよ」 「この世は泥棒で出来上がってるんだよ、おまえなんぞのへぼトラッカーが偉そうな口たたくなよ」 美代子は芳蔵のお気に入りのTシャツを無理やり引き裂いて、ベランダから外へ放り投げた。その光景を見ながら芳蔵は何か底知れぬ憎悪のようなものが湧き上がるのを感じて、背後から美代子に掴みかかった。 「子供をどこに連れてったんだよ! 糞おんな! てめぇ、俺の子供をどこに隠したんだよ、おい!」 美代子は目を細めて笑いはじめる。そして芳蔵の股間を撫でた。 「なにがおかしいんだよ、てめぇ!」 「おまえ今頃になってそんなこと言い出して、面白いな」 美代子は震えだした細い手でチャックを下ろした。 「ねぇ、芳蔵くん。クロアチアへ旅行に行ったときのこと憶えてる?」 芳蔵は憤慨して言った。 「それとは無関係の話だ!」 |
クレナイ博士
2011年10月24日(月) 18時31分00秒 公開 ■この作品の著作権はクレナイ博士さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.1 陣家 評価:20点 ■2011-10-29 17:19 ID:igz/YU1sZ4c | |||||
拝読しました。 不条理で非現実的なシチュエーションをでたらめと感じさせるか、メタファーと感じさせるかというところが勝負だと思いますが、ちょっと中途半端な感じがしました。 三人称視点で登場人物がバカxバカなのであれば筆者の冷徹な目が必要だと思います。いっそ蜘蛛を主人公にして語らせてもおもしろかったんじゃないかと。 つまらない感想で失礼しました。 |
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総レス数 1 合計 20点 |
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