昼さがる
 昼さがる
 目を覚ますとなんとなく、寝すぎてしまったのだとまず思う。ケータイで時刻やメールを確認してから、またしばらくの間まどろむ。こういう日の首から上はなにもかもが重いのだけれど、劣等感がにゅにゅん、と顔に貼りついたので、しかたなくそれと一緒に起き上がる。その勢いのままに頭をがくんと前に投げ出し、首や背骨をじりじりさせながら、今日の自分を品定めする。寂しさも、苛立ちもなくて穏やかなはずなのに、なにかが不安でおそろしく、その根っこを突き詰めれば突き詰めるほど、なにかにすがりついていたくなる。甘えた気持ちは見透かされて、背後からそっと、手がやさしそうに伸びてくる。まぁ振り払うことも出来るけれど、てか起きていきなりっつーのも節操無しやし風情がないとは思うけど、どうせ暇なので身を任す。PCのスリープを解き、こいつも起こしてやる。からっぽのくせに、うなり声はやたらでかい。奥の方のフォルダを開く。薄暗いけれど、電気は点けないでおく。

 昼さがる
 額には汗がにじみ、心臓がどくん、どくん、と血を巡らせている。左手と太ももを少し汚してしまったけれど、瞬間としては悪くはなかった。鼓動がひとつ脈打つたびに、預けてあったいろんなものを身体の中に戻していく。けれどすべてが元に戻ったりはせず、いやらしく腫れあがったという意識ばかりが白々しくも欠けていく。久しぶりに息を吐き、唾を呑みこみ、右手でクーラーのボタンを押して、台所にいく。洗わずに溜まっている食器類をわきにどけて、蛇口をひねる。ひんやりに撃ち抜かれる心地よさっていうのはいつも最初だけで、ぬるぬるしたのさえとれてしまえば、こんなことを繰り返すのがいやになるのはいつものことで。でも押しやってどうにかなるもんでもないということは知ってるし、そんなして浸っているのもせつないので、とりあえず皿洗いにとりかかる。あくまでこなしていく。罪でも滅ぼすかのようにスポンジで洗剤をくしゅくしゅしても、濡らしてすぐだと泡立ちはよくない。しかしむきになるのもせつないので、執拗なまでにからっぽになることにする。どうでもいいことを意識しだすと大概うまくいかない、ということも知ってる。くしゅくしゅ。

 ようしゃなくれんぞくする
 乗ってくると楽しかったりして、わりかしいい気分で食器をすすぎながら、きゅっきゅと指で確かめながら、洗剤から生まれた泡を見つめていた。シンクの底面に広がった泡は揃いも揃って吸い込まれたいらしく、中心に近付くと嬉しそうにぐるぐる回り始める。呑みこまれる寸前にはそれがさらに速くなり、がぽっ、という間の抜けた声をあげた後には、ふふっ、なんでやねん、と笑い合う。蛇口の傍には泡にまみれっぱなしのスポンジが横たわっていて、自分ひとりではどうにかなれずにもじもじしている様が、なんだか妙に愛らしかった。わるい、気づかんかったわ、と勝手に申し訳なく思い、とりあえず底に放り投げて、水を落としてやる。泡が消えてしまうのは名残惜しかったけれど、これはこれでさっぱりした。片付いたシンクになおも水を落とし続けて観察していると、すべりかたが切実に迫ってくるのは透明であるからこそであり、泡はたださらわれていただけなのではないか、なんて思う。そして裸で、指先はとっくにふやけて、太ももに付いたものはかぴかぴに乾いている。それから狭いユニットバスに入り、シャワーの温度を調節する。熱くして目を覚ましたいとは思うけれど、ぬるくしたほうが断然心地いいから、迷う。このささやかなせめぎ合いのさなかを、小さな紙ふうせんがふらふら浮遊していて、ぬるま湯を浴びせかけるとやわらかな紙がはらりと溶けてなくなり、いっぱいに詰まっていた砂がどさりと落ちた。それを見て、どんどんシャワーを熱くしていく。刺激された神経があらゆる感覚を引っ張りまわして、焦げていく身体から出たがっている。砂はいつまでも粉っぽいままで足元に残り、砂浜みたいな熱を放っている。見下ろす、きっと熱かったであろうあの背中。思い出されるものは思い出でもなんでもなくて、顔を上げる。目を見開いて、襲いかかってくる無数の粒を眺めている。

 つーか、これからっしょ
 ずぶ濡れの火照った身体で、薄暗い部屋にいる。PCのディスプレイがうなりながらかがやきながらこっちを照らしていて、なんでこんなのあんねん、なんてしらばっくれようとしてもむだで、もうずっと、かえしてくれない。熱くてやわらかい。からっぽのくせに、こっちを見つめている。ものすごく薄暗い。昼、けれどれっきとした、昼。けれどれっきとした昼。
みずの
2011年09月01日(木) 01時07分11秒 公開
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■作者からのメッセージ
またなんとなく書いてみました。
ご意見、ご感想、文句などございましたら忌憚なくお申し付けください。
よろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
No.6  みずの  評価:0点  ■2011-09-06 01:23  ID:tUYcy0OjL5E
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山田さま

感想ありがとうございます。
山田さんのおっしゃるとおり、漢字については自分なりに考えて振っています。
その基準は作品にとってまちまちですが、手書きでは書けない漢字や個人的に好きではない漢字は外したり、文章に違和感みたいなのを残したい時とかはわざわざ平仮名にしたりしています。
その効果がどれくらい出ているのかはずっと疑問だったのですが、山田さんに誉めていただいたのでよかったです。

以上です。ありがとうございました。


片桐秀和さま

感想ありがとうございます。
個人的にはそういう捉え方をしていただけると非常に嬉しいです。
明確に何かの結論に至るようなつくりにはしていないので、読者のかたを生かさず殺さず、あるいは殺してしまうという僕の性格の悪さが滲み出ていますが、片桐さんのような一部の方にはそこそこ楽しんでいただいているようなので、まぁよしとします。

以上です。ありがとうございました。
No.5  片桐秀和  評価:40点  ■2011-09-05 18:44  ID:n6zPrmhGsPg
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読ませてもらいました。
うーん、なんじゃこの文章はーと思う一方、噛むほどに味が出てくる感じで、でも結局ナンなんだろうこの話はと首を捻りつつ、そう考え込んでいる自分はやっぱりこの作品がすきなんだろうな、と思いました。
どことなーく言葉をもう少しだけ選んで欲しいという箇所もあったのですが、ただ直すというよりは、僕好みではないというだけの話で、これはこれで大変面白い作品でした。
良いすね。どんどん書いていって欲しいです。
No.4  山田さん  評価:40点  ■2011-09-04 13:58  ID:3RErvQF9ZU.
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 拝読しました。

 文章に関してはすでに前作、前々作でレスしているので「僕にはマネできない文章だ」ということだけにとどめておきますね。
 今回、あっと気が付いたのは、漢字の使い方もうまいなぁということでした。
 どの単語を漢字にするか、どの単語は漢字を開くか、そういった点に関してもきちんと考えて書かれているんだろうなぁ、と思いました。

 機会があれば次作もぜひ読ませてください。
No.3  みずの  評価:--点  ■2011-09-02 20:30  ID:tUYcy0OjL5E
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藤村さま

感想ありがとうございます。
>こういうものを書こうとするとなにか考えを用意しすぎて足がとまりがちになったりもしそうですが、
>むしろ逆に、書かれた勢いのようなものが残っているふうなのも雰囲気としてよかったとおもいます。
この点はすごく納得してしまいました。愛ってのは躊躇わないことだそうですが、まぁそんなかんじです。

意味不明ですが以上です。ありがとうございました。


N章さま

感想ありがとうございます。
んー、僕もド素人なんでなんとも言えないのですが、もったいないお言葉ありがとうございます。
とりあえず、脱いじゃったその帽子をかぶりなおして、お互い頑張りましょう。

意味不明ですが以上です。ありがとうございました。
No.2  N章  評価:50点  ■2011-09-02 00:53  ID:Daoc7uJdLIU
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拝読させていただきました。

僕のようなど素人に、「こんな風に書いてみたい……」という憧れさえ抱かせないほどの素晴しい才能だと思います。これは、学んで身に付くものではありません。脱帽です。感服しました。
No.1  藤村  評価:40点  ■2011-09-01 02:34  ID:a.wIe4au8.Y
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拝読しました。
わからない、しかしこれは知ろうとおもってもよいのだろうか、と読みながらまごつきかねないようなあれやこれやをたしかに拒みながら、それでいて閉じきるように語ろうとするのではない、という感じがいいとおもいました。ちょっと個人的な感じ方すぎるとおもうのですが、ほんとうにすばらしい気がします。
こういうものを書こうとするとなにか考えを用意しすぎて足がとまりがちになったりもしそうですが、むしろ逆に、書かれた勢いのようなものが残っているふうなのも雰囲気としてよかったとおもいます。
総レス数 6  合計 170

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