よるのこしかた |
よるのこしかた。 真っ暗のなかで、これは今は厳密には何色なんやろうか、というような白い天井を見つめる。背中を少し浮かし、腰の痛みと頭の痒みとまぶたの重さをなだめている。そうして目が冴えてくるとそっと半身を起こす。となりで眠っているひとはじっと動かず、半開きの口からたまに深く息を放つ。それを見ていると、寝そべっている身体は趣がいつもとは違って見えることに気づいた。やわらかいところはみんな奥の方にいって、表面はなんや硬さを保っているように見える。それでいて全体的に若返っているような気がして、ちぐはぐな印象を受けた。そのかちかちで、生まれおちたばかりの殻のような胴体をひと足でふっとまたぎ越え、床に降りる。冷蔵庫から牛乳を取り出し、ベッドの近くの椅子に座ってパックから直飲みする。この牛乳パックが真っ赤なパッケージで、遮光性に優れているかららしいけど牛と赤ってなんか因縁めいてんなあ、でもあっちは闘牛か、とか考えながらごくごく。ひやっ、とした冷たさが胃に入ってきて、ぎいぃ、と椅子にもたれたらば、あとはもう何がなんやら。 よるのこしかた。 身を起こすと椅子のリクライニングが派手な音を立てて軋んだ。一瞬だけぼうっとしてて、すぐに我にかえってとなりを見ると、さっきと同じ恰好で眠ったままだった。部屋にはさっきより明るくなった感がある、4時を少し回ったくらいか。表面が濡れた牛乳パックを冷蔵庫にしまい込み、音を立てないようにふたたび椅子に座る。そうしてじっとしていると不意に自分の手に目がいった。それは薄闇のなかで、はじめて見るようなシリアスな陰影をまとっている。少しの間それをひらひらといろんな角度から確かめていたが、掌をじっと眺め、どこぞの獣がやるように5本の指全部を少し折り曲げると、5つの爪が揃ってこちらを向いて、なんかほんまに、生きてるみたいやったし、沈黙は守りつつも何か含むところがあるように思えて仕方がないこれらの視線。この気がかりな対面のせいで、自分というものが果たして厳密にひとつにまとまっているのかが急に不安になってきて、なんかミトコンドリアでそんな話があったよな、とか思い出して、そんならまぁご機嫌のひとつでもとっておこうかと、生まれてこのかた22年の間にいっかいもしたことのない類の挨拶をせっせと考えている。 もうじゅうぶんねむった。 ベッドには自分ひとりっきりで、広い。すぐそばで誰かが椅子に座っているのが見えた。背中を丸めて、膝の上に組んだ足をせわしなくゆすっている。考え込むように目を閉じて、しかし口では軽妙なカンジでぼそぼそとつぶやいていてなんだか忙しそうだった。外はだいぶ明るくなっていて、部屋にある家具とかもいつもどおりにあるのが見える。はぁ、朝ですか。そのことに安心して、やたらと小気味よい、勿体ぶったエンジンのようなつぶやきの中でもうひとねむりしようと目を瞑る。けれどもなかなか眠れずにいて困っていると、何の前触れもなく、まぶたの裏側でぶわっと涙が溢れてきてそれどころではなくなった。突然の変調に面食らい、ついでに鼻もひくひくしだしてきて、思わずぐじゃぐじゃになった顔を枕に押し付ける。すると今度はじんわりとほんとうに悲しくなってきた。どこかで傷口のようなものが知らぬ間に裂けていて、そのぐじゅぐじゅで敏感なところに冷気がのしかかっている。なので痛みというよりかは、やはり悲しみであった。悲しみ、防衛本能のかすかなちらつき。慰める側からすればいらっとするようなかたくなな部分を完全には隠しきれていない。それでも涙はとめどなく分泌され続け、仰向けになって目を開けた途端、ここぞとばかりにびゅんびゅんとこめかみのあたりを伝っていった。さっきからずっと聞こえている変てこな能書きみたいな声のうねりが、水の底から見ているようなふやけた天井のうつろい加減とずずずいっと合わさってなんか大きなエクレアみたいになる。そしてそれにはしっかりとチョコなのか夜なのかがコーティングされていてとてもとても素敵なカンジがした。 あほみたいにぬけぬけと、やってのける。 8時またぎのニュースを見ながら、シリアルに牛乳を注いでいく。この牛乳パックが真っ赤なパッケージで、遮光性に優れているかららしいけど牛と赤ってなんか因縁めいてんなあ、でもあっちは闘牛か、とか考えながら、まだ硬いシリアルをスプーンでがしがしといじくりまわす朝。 |
みずの
2011年08月03日(水) 00時21分08秒 公開 ■この作品の著作権はみずのさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.8 みずの 評価:--点 ■2011-08-10 19:45 ID:JntREJ4DlHE | |||||
zooeyさま 感想ありがとうございます。素晴らしいなんて言っていただけるとなんか逆に申し訳ないです。 文章や雰囲気をほめていただくことが多いのですが、なんか中身がない気がしてきたので、次の次があればもう少し丁寧に書いてみるつもりです。 ありがとうございました。 |
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No.7 zooey 評価:50点 ■2011-08-10 00:44 ID:qEFXZgFwvsc | |||||
こんばんは、読ませていただきました。 とても素敵な作品でした。 皆さん書かれていることですが、文章が素敵で、読んでいて心地よかったです。 一人で過ごす、夜の涼やかで静かな情景が、情景描写がなくとも浮かび上がって素晴らしいなぁと思いました。 うつらうつらとした雰囲気もありますね。 とても面白く読ませていただきました。ありがとうございました。 |
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No.6 みずの 評価:--点 ■2011-08-09 07:34 ID:JntREJ4DlHE | |||||
藤村さま 感想ありがとうございます。僕は基本的に朝はシリアルで済ませているのです。まぁどーでもいい情報ですが。 フィーリング重視で書いた作品なので、藤村さんに言い回しや感触を褒めていただくと非常に嬉しく、ほっとします。書いてよかったです。 ありがとうございました。 |
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No.5 藤村 評価:40点 ■2011-08-08 23:04 ID:a.wIe4au8.Y | |||||
拝読しました。 かなり好みでした。 シリアルを普段食べないせいか、そこはいまいちわからなかったのですが、ぜんたいにいいまわしや感触などが好みでした。どこがいちばん好きか、というとやはりぼくも二連目が好きです。とても好みです。 |
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No.4 みずの 評価:--点 ■2011-08-08 17:54 ID:JntREJ4DlHE | |||||
山田さま 感想ありがとうございます。いろいろと褒めていただいて恐縮です。 自分の手の描写はそもそもこの作品を書くきっかけになった部分なので、そう言ってもらえると非常に報われた思いです。 ありがとうございました。 |
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No.3 山田さん 評価:40点 ■2011-08-06 00:27 ID:K9/lh/KhZNQ | |||||
拝読しました。 いいですね。 下で片桐さんが書いておられるけど、文章が魅力的です。 関西弁(?)もいい効果を生んでいるように思います。 個人的には第二章の自分の手を見てからの描写がたまらなく好きです。 でも、こういう文章やこういう作品って、真似しようとしても出来ないんですよね……。 「センス」って言葉一言で片づけちゃうと、ちょっと乱暴な気もしますけど、こういう文章、こういう作品を書くことが出来るセンスの持ち主なんだろうな、と少しうらやましく思ったりもします。 良かったと思います。 |
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No.2 みずの 評価:--点 ■2011-08-05 00:55 ID:JntREJ4DlHE | |||||
片桐秀和さま 感想ありがとうございます。魅力とか言って下さって光栄です。 締めはベタでしたが、自分なりに気を遣ったのでよかったです。 ありがとうございました。 |
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No.1 片桐秀和 評価:30点 ■2011-08-03 21:38 ID:n6zPrmhGsPg | |||||
読ませてもらいました。 こういう文章はあまり書かないとのことでしたが、この作品を読んで、普段はどんな作品を書かれるのかなと興味が沸きました。文章に不思議な魅力の宿った作品だったと思います。 内容はまさにタイトルどおりのものでしたね。後半で涙を流すあたりが妙に共感できて良かったです。〆は、こういう文章にまとまりを持たせるための常套手段のひとつというようにも感じましたが、少しユーモラスな感じがあって好きでした。 簡単ですが、僕からはこんなところです。 |
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総レス数 8 合計 160点 |
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