生き抜くこと
パチン、と小さな音と共に部屋の電気が消えた。部屋は真っ暗な闇に閉ざされ、俺ははっと我に帰り、作りかけの彫刻から顔を上げる。
おい、と俺は怒鳴った。
「まだ残ってるぞ!」
すぐに、すみません、と声が返ってきて、再び部屋は光を取り戻した。
俺はふっと小さく息をつき、彫刻の前に座りなおす。気付くと、俺の周りで同じように作業をしていたはずの何人かは、既にいなくなっていた。いくつも並んでいたはずの彫刻用の素材も、今は片付けられてない。
「なんだよ……、俺、一人か」
何気なく呟いたはずの言葉が、思いがけず、広いコンクリートで作られたこの部屋を静かに打った。あ、やば……。俺は胸の内呟く。腹の底がギュッと握られるように熱くなって、そして、込み上げてくる何かが胸を圧迫して呼吸を妨げた。
俺は慌てて自身の彫刻を見つめなおす。縦長に置かれたその太い木の素材は、座ると俺の頭の高さほどある。それがただの木の塊であったころから数時間が経ち、今やそこには、老いた猿がじっと姿を現していた。無論、まだその姿は猿とは程遠い。まだ荒くその周りを落としたくらいで、俺以外の人間が見ても、これを猿だと分かるヤツはいないだろう。だが、そいつは俺にとっては、紛れもなく猿だった。自分はここにいるぞ、さぁ掘り起こしてみろと、挑戦するような笑みで俺へとじっと視線を送っている。
俺は鑿と鎚を手に取り、ゆっくりと木材に刃を当てた。俺は、きっとこの猿を、この手で、この分厚い木質の中から、寸分も損なうことなく削りださねばならない。だから、それに何の意味があるのかなどとは考えない。独りの自分に気づくこともしない。気付けば呑まれてしまう。そうなったら、もう立てない。
俺は再び、ゆっくりと鎚を振り下ろした。
彫れ、彫るのだ。それしか、道はない。
真杼 穂
2011年04月18日(月) 23時14分23秒 公開
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No.1  弥生灯火  評価:20点  ■2013-10-25 00:24  ID:dPOM8su8lqs
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拝読したので感想を残します。
なにか暗喩でも含まれていたのでしょうか。
しっかりと読み込めたわけではありませんけど、なにか心に引っかかるような読後感を持ちました。
総レス数 1  合計 20

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