天使

　言い知れぬ不安が、私を襲っていた。何かがあったからの不安というより、何事もないことからくる不安であるように思った。私は無職者の未婚であった。
　私はオナニーをすることにした。射精する瞬間だけは、不安から逃れることが出来るのだった。苦痛より、快楽のほうが大きい、と言っていたのは誰だったろうか。偉大な哲学者であったかも知れないし、近隣に住むペドフィリアだったかも知れない。
　とにかく私がオナニーをするべく、ベッドの上でパンツを降ろした時だった。窓ガラスをコツコツと叩く音がした。私はペニスを握っている手を離し、起き上がってみると、そこには翼の生えた女がいた。ここは三階だが、翼をはためかせて中空にいた。私は窓を開けると、女は図々しくも窓の淵に腰をかけた。
　女は不細工だった。吹き出物だらけの赤ら顔に、ドラム缶のような体型だった。こういう女とは結婚したくないものだと思っていたら、翼の生えた女性は、「あなたの子を孕みました」と言った。
　私はしかし、童貞の筈だった。私は三十路を目前にして、童貞だった。私には、異性と付き合うと堕落するという確固たる信念があった。しかし、実際は童貞であることの方が、遥かに堕落すると最近になって理解した。何事も重要なのはバランスなのかもしれない。
「しかし、私は童貞の筈だ」
　私は窓の淵に腰掛けて笑っている女にそう言った。
「あなたはオナニーばかりしていました。オナニーばかりしていて、射精した精液をなぜか《いいちこ》の瓶に溜めておいて、それが一杯になると、ゴミ袋にすてました」
「確かに」
「それを哀れに思った神様は、あなたが捨てたゴミ袋のあるゴミ収集所に、雨の降るなか出かけて、傘をさしながら精液を採集し、危険日であった私の膣に流し込みました。流し込んだ精液の総量は、３Lほどでした」
「しかし、天使は両性具有のはずだ。妊娠出来ない」
「これを見ても両性具有であると言いはりますか？」
　そう言って天使は寛衣をからげて、孕んで大きくなった腹と、女陰を見せた。
「結婚しましょう」
　天使はそう続けた。
「君とは結婚できない、なぜなら君は不細工で、ドラム缶みたいな体型をしているから」
「不細工なのは、あなたもでしょう？　神様はあなたに相応しい相手として、私を選びました」
　私は妙に納得して、結婚するならモデルみたいな美人がいいという幻想を、頭部のなかで打ち砕いた。
「わかった。じゃあ、結婚しよう」
「そうしましょう」
　そうして私たちは同居することになり、やがて子供が産まれた。子供は頭部におおきな瘤があり、頭が二つあるような印象を持たせる奇形だったが、私たちは彼を大切に育てることにした。
　私は一家を支えるために、労働をし、子供をあやし、妻と性交し、毎日が充実していた。しかし、時おり私は、以前の何もなかった頃へのノスタルジーに駆られることがあった。
「最近、退屈そうね。それも忙しい事自体への退屈」
　と、妻が言った。
「私は幼稚かね」
「ゲリみたいに幼稚だわ。いつか固い意志を持ったウンコにならなきゃ」
「頑張るよ」
「支えるわ」
　初め合った時は、酷い不細工に見えた妻、天使のようでは全くなかった妻が、今では本物の天使のように見えた。

昼野

2011年04月02日(土) 18時13分16秒公開
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No.21 charMy 評価：30点 ■2011-05-12 19:14 ID:6xJU88sv/mw	PASS 編集削除
この主人公病気ですね(笑)。拝読させていただきました。迷走されてますか？それとも、ここに着地されたんですかね？いや、面白かったですよ。はい。
No.20 昼野評価：--点 ■2011-04-28 23:04 ID:MQ824/6NYgc	PASS 編集削除
＞羽田さんお読みいただき、感想もつけて頂いてありがとうございます。ふだんは、もっと刺々しくてこれよりエキセントリックな感じですね。なんかそういうのにも飽きたのでこういったものを書いてみた感じです。でもまだ独特さが残っているようで、微妙な心境です。ありがとうございました。
No.19 羽田評価：40点 ■2011-04-28 02:35 ID:pRHcQ9uo1pY	PASS 編集削除
拝読させていただきました。昼野さんの作品を読み尽くしている者ではないので、他の皆さんが仰る「昼野さんらしさ」が本来どのようなものかは存じ上げません。でも、とても独特だなあ、と思いました。私にはない表現方法なので、大変刺激になりました。ありがとうございました。次回作も楽しみにしております。
No.18 昼野評価：--点 ■2011-04-23 14:33 ID:MQ824/6NYgc	PASS 編集削除
＞チャマオさん感想ありがとうございます。自分らしさを百パーセント封印、というのは考えてます。後に残るのは何だろうと。ありがとうございました。
No.17 チャマオ評価：40点 ■2011-04-21 09:29 ID:74GZmH6Yc1w	PASS 編集削除
そうですね。生々しさが無いような気はします。でも、他の方がおっしゃられている昼野さんっぽい感じを百パーセント封印しても、なんか面白いものがやっぱ書けるんではないでしょうか。
No.16 昼野評価：--点 ■2011-04-16 12:38 ID:MQ824/6NYgc	PASS 編集削除
＞蜂蜜さん感想をありがとうございます。気分がほんわかしてるんで、ほんわかしたものを書いてみた感じです。悪くない、というお言葉は意外でした。評判が宜しくないので…。ありがとうございました。
No.15 蜂蜜評価：40点 ■2011-04-15 12:26 ID:emodMEn5j1U	PASS 編集削除
あれ？なんかいつもの昼野さんと違う……。でも、悪くないと思いました。ほんわかしていて、いいですね。
No.14 昼野評価：--点 ■2011-04-08 22:29 ID:MQ824/6NYgc	PASS 編集削除
＞G３さんいえ、ぜんぜん気にしてないので、平気ですよ。
No.13 Ｇ３評価：0点 ■2011-04-08 00:03 ID:wfVGn00IRSE	PASS 編集削除
昼野様なんか、読み返したら酷い事書いてますね、私。気を悪くなさったでしょうね。すみません。最近猫の轢死体を三日続けて見たもので、つい引き合いに出してしまいました。ちなみに私は否定しようと言う気は無いのですよ。どちらかと言えばグロい描写が上手いよね、という気持ちです。なので困ると。昼野さんは支持者も多いですし、敢えて方向転換をあうる必要は無いかもしれません。ただ私は読んで見たいと思います。本当にごめんなさい。
No.12 昼野評価：--点 ■2011-04-07 22:16 ID:MQ824/6NYgc	PASS 編集削除
＞G３さん感想をありがとうございます。他のは確かに読み手に不快感を与えるものになってますね。なんかそういうの好きなんで…。今後どういう作品書くかはまだわかりませんが、また読んでいただいたら幸いです。ありがとうございました。
No.11 Ｇ３評価：30点 ■2011-04-05 22:55 ID:wfVGn00IRSE	PASS 編集削除
読ませて頂きました。基本的には昼野さんの作品って苦手なものが多いのですが、これは楽に読めました。しかも、イイ話しになってる。反面、ちとおとなしいかなとも思いました。私は猫の轢死体を見ると吐きそうになってしまうのですが、他の作品を読むとそれ似たような感じを覚えていました。生々しかったのかも知れません。できればそういうパワーを残したまま読みやすい作品にしてくれると更に良いのかなぁと思いました。あまり役にも立たない感想でスミマセン。
No.10 昼野評価：--点 ■2011-04-04 22:18 ID:MQ824/6NYgc	PASS 編集削除
皆さん感想をありがとうございます。＞藤村さんシャーマンキングは知らなかったので、調べてみたいと思います。ふしぎな気分ですか、自分でも読み返すと本気で書いた部分がギャグに見えたり、ふしぎな感じです。次のも早めに書きたいと思います。ありがとうございました。＞zooeyさん構成は、ふだんは考えないで、勢いでダーっと書いちゃうんですが、その勢いがイマイチ今はないので、構成にたよった感じです。それを良いと言っていただけて嬉しいです。美しくない表現は好きなので治しようがない感じです…すみません。ラストの部分は、書いた時は本音で書いたつもりなんですが、読み返すと笑ってしまいます。ありがとうございました。＞ねじさんそうですね、もっと徹底的に醜く書くべきだったと今になって思います。書いてる時は、本音で書いたつもりですが、自分で読み返すと、確かにギャグにしか見えない感じです。ありがとうございました。＞ゆうすけさんさいきんは穏やかですね。かつてないほど穏やかで、自分でも戸惑ってますw ＞鋭利な刃物のような精神状態の方が切れ味鋭いものが書けるのかなそうなのかも知れません。ここはちょっと考えてみます。ありがとうございました。＞瓢画さん落ちはちょっと安易でしたね。下手な計算して書いたので、もうちょっとカオスなエネルギーでもわいてくるといいなと思います。虚構とリアルを混在させる作風はもっと突き詰めていきたいなーと思います。ありがとうございました。
No.9 瓢画評価：30点 ■2011-04-04 20:38 ID:ODTPuRw6eas	PASS 編集削除
拝読しました。面白かったです。落ちはやや安易に思いましたが、しかしユーモア感のある文章と相まって、ほのぼのとしたラストで、これはこれで良かったです。雰囲気とは違い、内容は切れてます。無職不細工ヒキコモリの主人公。ブスの天使。奇形児・・・しかし、家庭を持ち多忙になった主人公にはリアル世界の真実を感じ、唸らされます。虚構とリアルを混在させ、答えに導かせる力量には感服しました。
No.8 ゆうすけ評価：30点 ■2011-04-04 08:43 ID:1SHiiT1PETY	PASS 編集削除
拝読させていただきました。あれ？　毒が抜けた？　というのが正直な感想です。昼野さんの過去作と比べて大人しく感じてしまいました。とはいえ今作が決してつまらないわけではないです。表現の面白さなど、光るものがたくさんあると思います。穏やかな精神状態なのかな、とも思います。芸術家として、鋭利な刃物のような精神状態の方が切れ味鋭いものが書けるのかな。私も近頃毒性を失っていると自覚してましてね。昼野さんは芸術家だと勝手に思っております。心の内側から噴き出るエネルギーで作品を書く人なのだろうと。これからどんな作品を読ませてくれるのか、勝手に期待して待っています。
No.7 ねじ評価：30点 ■2011-04-03 22:08 ID:ZeBLG8V72F2	PASS 編集削除
読みました。醜さの中にある救済が書きたいのであれば、もっと醜いものは醜く書いたほうがいいんじゃないかなあ、と思います。なんだかここまでさらっと流してしまうと裏があるように思えるというか、「本当はそんなこと思ってないんでしょ」と言いたくなってしまいます。しかしながらそういう余白みたいなものも、魅力といえないではないような、変な感じもあるのですが。今後も昼野さんがどうなるのか、見守っていきたいと思います。では。
No.6 zooey 評価：30点 ■2011-04-03 15:12 ID:qEFXZgFwvsc	PASS 編集削除
こんにちは。読ませていただきました。全体の構成と節々にちりばめられたユーモアのセンスが抜群でした。最初の「何事もないことからくる不安」というものに共感でき、それが結婚によって変わるのだけどラストでは「忙しい事自体への退屈」になっている(と私は読みました)。この構成が素晴らしいと思いました。人間って、こういうものなのかなって思いました。冒頭からユーモアのセンスも良く、＞偉大な哲学者であったかも知れないし、近隣に住むペドフィリアだったかも知れない。というのが、私にはしくっとはまりました。ただー、ただー、あんまり美しくない表現があちこちにー。単純に好みの問題なんですが、すごく苦手です。あと、ホントに一番最後の＞初め合った時は、酷い不細工に見えた妻、天使のようでは全くなかった妻が、今では本物の天使のように見えた。の部分だけ、どう捉えたらいいかわからなかったのですが(これが感想書きにくいと思った理由です) それは私が読めていないだけのような気もします。点数迷ったんですが、厳しめでいきます。でも、全体の構成を考えることが苦手なので、とても勉強になりました。ありがとうございました<(_ _)>
No.5 藤村評価：20点 ■2011-04-03 03:16 ID:zL9OHB.uklU	PASS 編集削除
感想を書きたいな、とおもいました。シャーマンキング（漫画）に出てくるふんばりが丘という地名のことを思い出しました。ふんばりが丘、ふんばりスピリッツ。最初、なんだかかなしくなったのですが、一読してああ、そっか、とおもったあと（ああ、そっかってなんだろう……）、読みかえしてまたちがうふうに、なにかふしぎな気持ちになりました。次の小説、次の小説が読みたいです。とても。
No.4 昼野評価：--点 ■2011-04-02 23:26 ID:MQ824/6NYgc	PASS 編集削除
皆さん、感想をありがとうございます。＞らいとさんシリキレトンボですか。最後の方がちょっとボリューム不足だったかもしれませんね。言いたい事が解らないのは、こちらの手落ちでした。もうちょっと解るように書きたいと思います。ありがとうございました。＞弥田さん綺麗にまとまってて、狂気が薄まったというのはその通りですね。今の精神状態では以前のような感じのは書けない感じです。なので、また別の作風を模索中といった感じです。ありがとうございました。＞おさんにゅるにゅるびちびち、な文章はなぜか書けなくなりました。分相応が幸せ、というのは、そのまんま今の本音ですw　ただ、こういう話にやたら性的言語を使ったのが裏といえば裏かもですw ＞分相応が幸せなんだ、なんて、話しだったら、どうにもなんないよ？このお言葉については、ちょっと考えてみたいと思います。ありがとうございました。
No.3 お評価：30点 ■2011-04-02 22:12 ID:E6J2.hBM/gE	PASS 編集削除
うーん。これが昼野さん？　と首を捻る。にゅるにゅるびちびちしてないよ？大丈夫？　熱ない？　とか。童貞を腐らせようが、オナニーでちんこすり切れさそうが、デブだろうが不細工だろうが、なんだかんだで、分相応が幸せなんだ、なんて、話しだったら、どうにもなんないよ？　裏があるの裏が？わからん。降参。参りました。
No.2 弥田評価：30点 ■2011-04-02 22:06 ID:ic3DEXrcaRw	PASS 編集削除
拝読させていただきました。「放尿」の方にも、今までとちょっと違う～、みたいなこと書かせてもらった気がするのですが、この作品も、あれとはまた別のベクトルで今までと違うな、という気がしました。オチがわかりやすくなっているというか、綺麗におちてるというか、そんな感じでいいなあ、と思いました。ただ、そのぶん狂気が薄まったなあ、という感じもしました。まとまってしまっているというか、もうちょっと分量増やして前振りを長くしたほうが、とかなんとか思ったりしてしまいました。全体的に軽い感じというか、笑いながら読めたのはよかったです。なんか僕の好みで注文ばっかりしちゃいました。ごめんなさい。次も楽しみにしてます。次も楽しみにしてます。では。
No.1 らいと評価：50点 ■2011-04-02 19:31 ID:iLigrRL.6KM	PASS 編集削除
拝読させていただきました。率直に申しますと、何かシリキレトンボのような印象を受けました。卑猥な言葉がたくさんでてくるのですが、それが人間を指し示すようでもない。何か言いた気なのはすごく感じるのですが、それが何か解らない。全体的にぼやけた感じがしました。ただ、文章はすごく読みやすく、うまいなと思いました。
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