うちの紋二郎 |
我が家の次男、紋二郎は、3才、トイ・プードルのオスである。飼い主のひいき目だが、非常にかわいいワンちゃんである。彼と酒を買いに近くの酒屋に行くと、酒屋のおばさんが「わぁ、かわいい、ぬいぐるみみたい。抱かせて、抱かせて」といつもせがまれる。 しかたなく紋二郎を渡すと、紋二郎は、おとなしくして、ブルブルと震えている。紋二郎は人見知りをする。知らない人に飛びついて顔をペロペロなめるような節操のない犬とは違うのだ。飼い主としては誇らしいところである。 我が家では、紋二郎は三代目のペットである。 現在、体長が50CM、体重3.0Kg,体毛の色はアプリコットカラー。そのつぶらな瞳で見つめられると、本当、「モンよ」と言って抱きしめたくなる。日頃の仕事の疲れも吹き飛んでしまう。我が家にとっては、なくてはならない大切なアイドル犬である。 最初の名前は… 紋二郎は、我が家に初めて来た時、生まれてから一度もドリーミングしたことがなく体が毛に覆われているような状態だった。そのため、顔も体も大きく見えて、見た目がサルによく似ていた。 どんな名前にしようか? 長男は、イチローとか大輔とか男らしい名前がいいと言っていたが、なかなかいい名前が思い浮かばない。すると長女が、サルそっくりだし、モン吉でいいんじゃないと言った。他にいい名前が浮かばなかったので、なんとなくモン吉に決まってしまった。 しかし、誰もモン吉と呼ばない。みんなモンちゃんと呼んでいる。本名は、医者とドリーミング以外はまず使用しない。 モン吉もチロ同様、トイレの作法を簡単にマスターしたが、トイレはリビングと洗面所に2ケ所作ってある。 モン吉は、いつも元気に家の中を走り回っている。モン吉が我が家の一員になった時は、チーちゃんがまだ生きていて、モン吉が自分の周りをうるさく走るので、怒って追いかけまわしたりかみついたりしていた。 しかし、ヤンチャざかりのモン吉は、先輩がやめろというにも関わらず、毎日ありあまるエネルギーを発散するかのように元気に家中を走り回っていた。 当時は、仕事を終えて家に帰ってくると2匹の犬がお出迎えだった。ドアのところにくるとワンワンワンと声が聞こえそれだけでも、ほっとひと息つけた記憶がある。 ハリガネ犬 ある日、家に帰ると異様に体の細い全身灰色のへんな生き物が僕を出迎えに出てきた。 ワンワンワンとまるでモン吉のような声で吠えるのだが、「この人、ひょっとしてモンちゃん?」と奥さんに聞くと、「今日、ドリーミングに行ってきたの。最初は、体毛を全部剃って、新しい毛が生えそろってきたらセットするんだって」 「細いね、モンくんは。こりゃ、新種の犬だね。色と言い細さと言いこりゃ、ハリガネ犬だよ」僕はその変わりように思わず目を細めた。 家族のみんなが家に帰ってくるたび、モン吉を見てびっくりしていた。 何か、アメリカのコントにでてきそうなモダンな感じだった。 また、見たいなぁ、ハリガネ犬。でもモン吉がちょっとかわいそうかな。 紋二郎に改名 ある日の夕食時、突然長女が「モン吉はやっぱりすこしかわいそうかな」と言った。 奥さんも同意見のようだった。「そうね、獣医さんにもユニークなお名前ですねって言われた。おさるに全然似てないのになんでモン吉なんですか? と聞かれた。」と言った。 モン吉は、すっかり毛も生えそろいトイ・プードルらしい容貌になっていた。つぶらな瞳は本当にかわいらしくモン吉というイメージではなかった。 もっとかわいい名前にしたいと長女が言った。 長男は、あい変らず男らしい名前がいいと言った。佑太とか健太とかどうかなと提案した。僕は、紋二郎にしようと言った。 「なんで紋二郎なん?」みんなが聞いた。 「俺さ、高校生のとき、木枯らし紋次郎の大ファンだったんだよね。“あっしには、関わり合いのないことで、ごめんなすって”紋次郎役の中村敦夫の世を捨てた男の雰囲気がすごくよくって。“あずかり知らぬことで……”そう言いながら、いつももめごとに巻き込まれる紋次郎。困っている弱い人を放っておくことのできない人柄、人間としての温かさ……、紋次郎は格好いいやつだ、惚れていたね。当時の友達もみんな木枯らし紋次郎を見ていて、みんな、男はあああるべきだとか、いや少し、ひねくれすぎだとか、夜を徹して木枯らし紋次郎の生き方について、話し合ったことがあったなぁ。主題歌がまたいいのよね。小室等作曲、上条恒彦が歌う『誰かが風の中で』確かこんな詩だった。 “どこかで誰かがきっと待っていてくれる。雪は焼け、道は乾き、陽はいつまでも沈まない。 心はいつか死んだ。微笑みにはあったことはない。昨日なんか知らない。今日は旅をひとり。 けれどもどこかでおまえは待っていてくれる。きっとお前は風の中で待っている” 生きることは、辛くて淋しいことだけど、生きていたらいつか希望に巡り合うという歌詞で当時の俺たちの気持ちにすごくマッチしたのよね。みんな、紋次郎のトレードマークである長い楊枝を口にくわえて通学していた……。いやあ、なつかしいなぁ」 うっとりした顔をして高校時代を思い出だしている僕を見て、「馬鹿みたい」長女がチャチャをいれる。長男は俺らとは感覚が違うよというしらけた表情をしている。奥さんはあきれて何も言う気がないようだ。知らん顔している。 「で、なんで紋二郎なん?」もう一度、長女が聞いた。 「モン吉のモンとチロちゃんの弟分だったから紋二郎としました」 「ふーん、まあ、いっか」命名委員長の長女のOKがでたので、新しい名前は紋二郎に決まった。 でも、みんなは相変わらずモンちゃんと呼び、僕だけが紋二郎と呼んでいる。まあ、良しとしよう……。 ダッコ丸 ダッコ丸、紋二郎のあだ名である。とにかくダッコされるのが大好きなのである。毎朝、キッチンに行くと紋二郎が飛びついてくる。 朝の挨拶兼ダッコの催促である。少しダッコしてやって、僕は洗面所に顔を洗いに行く。 台所では奥さんと長女が何やら忙しそうにしている。そんなことお構いなしに、紋二郎は、ワンワンと吠え二人にダッコをねだる。 奥さんの所に行き無視され、長女には「もう病気」といわれ相手にされず、最後に僕のところにやってくる。仕方がないからダッコをする。 犬は、一緒に住む家族に序列をつけるというから、この結果から考えると、悲しいかな僕の順位は3番目ということになるのかな。日頃、奥さんと長女が紋二郎の食事とか排便の世話をしている。勤め人の僕には無理なことで、残念だが仕方がないと諦めた。 最近は、特にダッコ好き度がヒートアップしている。 僕は、休みの日は、大抵は家で本でも読んでのんびりしている。 奥さんと長女が留守すると大変である。一日中、僕の側から離れようとしない。探し物があって2Fの書斎にでも入ると、階段のところで「ワンワン」と僕を呼ぶ。最近は手口が狡猾になって、泣きそうな情けない声を出す。「クウウ…クウウン…」この声をやられるともう降参してしまう。 「わかったよ、わかりました」ぶつぶつ言いながら降りてくると階段の踊り場のところでまるで小躍りするように立ち上がって右に行ったり、左に行ったりしている。僕はこれを「喜びの踊り」と名付けている。 トイ・プードルは甘えん坊である。飼い主にものすごく甘えるワンちゃんだ。まあ、そのかわいさに免じて許してやろう。どこまでも憎めない奴である。 気がつけば紋二郎 犬という生き物は、飼い主のことをいつも観察しているらしい。 僕が、職場でつまらないことがあってしょげている時、奥さんと長女にいつもべったりの紋二郎が、どういう訳か僕の側から離れようとしない。 チビリチビリ酒で憂さをはらしている僕の側には気がつけばいつも紋二郎がいる。チーちゃんは晩酌に付き合ってくれたが、紋二郎は、アルコールが嫌いである。でも、寝るまで僕の側を離れようとしない。つぶらな穢れのない瞳で、僕を見つめている。 “色々あると思うけど、負けないで頑張ってください。応援しています”きっと、紋二郎は僕にそう言っている。 “ありがとう、紋二郎。僕が、すこし落ち込んでいる時、君はいつも側にいてくれる。感謝しているよ”紋二郎を見つめてテレパシーを送った。 すると、紋二郎がすこし首をかしげたように見えた。 ワンと一声吠える紋二郎。“改まってそんな事を言われると、えへへ……”紋二郎、すこし照れているのかな、僕にはそう見えた。 紋二郎は、今、3才。病魔で倒れるようなことがなければあと10年以上はお付き合いできる。 彼の生きている証しは、僕たち飼い主のことだけを考え、飼い主のために生きることなのだろう。そして、僕たち飼い主にいつも潤いを与えてくれる。 “ありがとう、紋二郎。これからもよろしく”僕は、また紋二郎にテレパシーを送った。 その時、奥さんが外出から帰ってきた。車が駐車した。 「ワンワンワン、クーン、クーン」大騒ぎで彼は玄関の方に走って行き、奥さんが玄関を開けるまでそこいらを走り回っている。 「うれしい、うれしい。帰ってきた」紋二郎が体中に喜びをみなぎらせている。 本当、お前はいつも僕たち飼い主の事しか思っていないんだなぁ。 紋二郎のきれいな瞳の理由がわかったような気がした。 彼は、自分の思うとおりに生きているからだ。自分に正直に生きているからだ。本当に嫌な事を我慢してやり続ける事なんか不自然だ。それを美徳と思っているのは、人間だけだ。 僕たちが、いい人生を送るための秘訣は、案外簡単なキーワードで表されるのかもしれない。 ペットはたくさんのことを僕たちに教えてくれる。つきつめていえばそれは世の中、そんなに複雑ではないということだ。身の回りに起こった事を受け入れればいいだけだ。 この世には目に見えない法則というのがあってその法則にしたがってすべての生物が命を育んでいるだけかもしれない。人間の力なんて何も及ばないところに真理があるのかもしれない。と、難しいことを考えていたら、あれ、紋二郎がいない。あいつ、相手をしないとすねるから……。 案の定だ、洗面所にいくと紋二郎のおしっこで床がビチャビチャだ。 “悪かったよ、紋二郎”僕がテレパシーを送ったら紋二郎がうれしそうにシッポをふった。 「モンよ」僕は、彼を抱きあげた。 (おしまい) |
あや あつし
2011年02月12日(土) 11時48分44秒 公開 ■この作品の著作権はあや あつし さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.1 ねじ 評価:20点 ■2011-02-20 16:14 ID:eFlDFqeitOQ | |||||
読みました。 私も犬好きなので、紋二郎に対する愛しさが文章から伝わってくるようで、とても微笑ましくて好ましい一遍でした。 ただ、少し構成がエッセイのように見えてしまうので、主人公が頭で考えていることだけではなく、具体的なエピソードで紋二郎の主人への愛が伝わったほうがいいのかな、と思いました。 |
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総レス数 1 合計 20点 |
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