月とじゅもんと郁美と僕とー福山恋ものがたり(完結編)ー
 昔ながらの門構えの家並、少しレトロチックな店が立ち並ぶ商店街、僕が生まれ育った故郷の街並みと良く似ている。初めて見る福山の街並みに僕は心地よさを覚えている。
 僕の名前は稲垣 保、二十五才、生命保険会社に勤務する入社三年目のサラリーマンである。
二年間の東京本社勤務のあと、四月一日付の人事異動で、広島県東部を統括する福山支店への転勤を命じられた。
 大学を卒業するまで親元で過ごした僕は、東京のあわただしさに今一つなじめない自分を感じていた。
 住みやすい所ならいいな、僕の期待にたがわず福山の街はとても良い雰囲気だった。初めて東京に来た時のような違和感を感じなかった。
――気難しい上司とか、よそもの扱いをしてあからさまに無視するような同僚とか、煩わしい人間が職場にいなければいいが……。それさえなければ快適な暮らしだできそうな気がした。
「エルデイム皿海(さらがい)」細い路地を抜けると僕がこれから暮らす西深津町のアパートが見えてきた。
萌黄色の塗装を吹き付けたモルタルの外壁が落ち着いた雰囲気の瀟洒な三階建てである。僕の部屋は二〇五号室、角部屋で日当たりがよさそうだ。この部屋で僕は単身生活を始める。
 引越しの荷物が山積みとなった部屋は、午後になってようやく一息つけるだけのスペースを確保できるまでに片づけることができた。
アパートのまわりにおもしろそうなところがあるのかな? 早速、愛用の自転車に乗って、散策に出た。
 すぐ近くに大きな本屋とホームセンターがあった。
――こりゃ、いい暇つぶしができそうだ。平日は仕事があるけれど休日はどう過ごしたらいいのか、ちょっと気になっていたけれどなんとかなりそうだ。
 買い物に便利なスーパーは自転車で一〇分くらい走ったところにある蔵王という町にあった。食料品だけでなく衣類、雑貨など生活必需品がなんでも揃う大きなスーパーだった。休日は自炊と決めていた僕にはありがたかった。
 その日はスーパーで買った食材でカレーライスに挑戦した。学生時代は親元、就職してからはまかない付きの独身寮に入っていたので料理などほとんど作ったことがなかった。自炊するのは初めてだった。
 慣れない手つきで野菜を切った。ルーのパッケージの裏面に書いてあるレシピを見ながらの悪戦苦闘だった。そしてなんとかカレーライスらしいものを作り上げた。
「食べられるのか?」恐る恐る自分の作ったカレーライスらしきものを口にした。
「うまいとはいえないけど、最初にしては上出来か?」少し水っぽいカレーを食べながら僕は苦笑いをした。
 はて、さて……、どういうふうにして暮らそうか? 快適な一人暮らしのために僕はルールを考えた。
 一.休日は自炊をする。
 一.食事を食べ終わるとすぐに食器、鍋・フライパンは洗う。
 一.入浴後、その日のうちに浴槽を洗う。
 一.土曜日は、午前中に部屋、風呂、トイレの掃除そして洗濯を終了させる。
 この四つは守ろうと決めた。
 元来、ルーズな性格なのでズルズルと生活を始めると後片付けをしないままになって部屋がちらかり放題になるのが目に見えていた。暮らしのスペースが不潔だと生活に潤いがなくなる。そのことで心もすさんでくると思っていた。一人暮らしをするのなら部屋はいつも清潔にしておくこうと決意していた。
 こうして僕の福山での一人暮らしが始まった。
 生命保険会社は全国規模で営業活動を展開している。そのため、僕たち大学を卒業して本社採用された総合職は全国単位での転勤が義務づけられている。入社の条件といってもいい。
 地方の支店に配属となった総合職は、短大、大学を卒業して現地採用され転勤のない一般職の人たちを指導する立場にある。僕も福山支店でひとつのチ−ムの事務の責任者という辞令を受けていた。まだ入社三年目の若造に一般職の事務指導などという大役がつとまるのだろうか?不安な気持ちはぬぐえなかった。
 その心配は杞憂に終わった。チームのみんなが無条件で僕を引き立ててくれた。
 僕の指示ミスのために営業職員さんに迷惑をかけたことがあった。
「気にしない、気にしない、稲垣さん、次から間違えたらいかんよ」仕事に精通しているベテランの女子社員はそう言って屈託のない笑顔で僕の尻拭いをしてくれた。
「ありがとうございました、これから注意します」素直に自然に頭を下げることができた。一言文句も言いたいはずなのに……、彼女の気遣いがうれしかった。
 指導する立場の僕がいつも指導されていた。早く仕事を覚えなきゃ、余計な力がはいらないところでそう思えた。ありがたかった。
「そうじゃけえ」「そうじゃ、そうじゃ」「そうじゃろ」福山の言葉には独特の言い回しがある。
 福山とか尾道がある広島県東部と岡山県西部のことを備後地方というそうだ。そして備後地方で使われる言葉を備後弁と呼んでいる。
 人懐こい顔で備後弁を話す福山支店の人たちは誰もかれもがとても素朴で人情味に溢れた気のおけない温かい人たちばかりだった。
 顧客からの直接の問い合わせ、営業職員さんからの問い合わせ、あわただしくギスギスした空気が流れている、みんな自分のことで精一杯、僕の支店のイメージはこうだった。しかし福山支店はまったく違った。なんともいえないほのぼのとした空気が流れている。そして笑顔がある。困った時は助け合う。「支店のみんなは仲間」強い一体感がある。

「そうじゃろ」いつの間にか僕も自然と備後弁が口からでるようになっていた。そしていつのまにか仕事もひととおり把握できていた、事務指導のまねごとぐらいはできるようになっていた。
 こうして福山支店の仲間との充実した楽しい日々が始まった。

          ***************

 赴任して二年を過ぎた頃、僕の係に一人の女性が派遣会社から配属となった。
 門田(もんでん) 郁美、瞳がキラキラと輝いている笑顔がさわやかな女の子だ。
 彼女は派遣社員なので、処理済みの書類をファイリングしたりワープロで文書を作成したり、お客様から依頼のあったパンフレット等の郵送手配を行うサポート業務が中心である。
「おはようございます」「お先に失礼します」彼女は、いつも笑顔で元気が良くて大きな声で挨拶をする。
 支店は地域の生命保険会社の顔である。そのために来客も多くまた問い合わせの電話もひっきりなしにかかってくる。
『三コール以内に電話に出る』会社のマナー研修ではこのように指導するが事務処理もしながらなのでやりかけた仕事を中座することとなるのでしりごみする人も中にいる。
「お電話ありがとうございます、福山支店でございます」率先して彼女は受話器を取り、取り次いでくれる。
誰もが嫌がる仕事――地下の倉庫での書類の取り出し、大量の廃棄書類のシュレッダーでの裁断、「わかりました」彼女は笑顔で引き受けてくれる。
 そんなふうだから彼女はすぐに職場になじんだ。仕事に一生懸命で礼儀正しくて、それでいて控えめでおとなしくて、彼女はみんなから好感を持たれていた。
 特に中高年の社員からはかわいがられた。素直な彼女は自分の娘のように思えて一息つけたからかもしれない。
 彼女はまさに“癒し系”だった。
――良い娘だなぁ……元来、田舎者の僕も彼女をみるとほっとしていた。

 おとなしい門田さんだけれど僕にはよく話しかかけてくれた。
たまに彼女と冗談も交わした。
「俺、笑うと右の頬にえくぼがでるんだぜ」
「本当ですか?」
 彼女が訝しい顔をする。
「ほら!」
 そういって僕がえくぼを見せると「うわ−っ、本当だ。でもえくぼっていうよりくぼみですね、気持ち悪い」そう言っておどける。
「どうせ」
 僕は、すねたふりをする。
「エヘヘ……」彼女が笑っている。
 
「門田さんは他の男性社員にはじあまり話しかけないのに、何故か稲垣さんにだけはよく話しかけるのよね」
 チームのリーダー格の女子社員が僕に話しかけた。
「そうですかね?」
「そうですよ、かわいい門田さんと冗談を交わせてよかったですね」
「僕がチームマネージャーだからじゃないですか? 役徳、役徳」
「かわいい娘はいいわね」
「そんなことないですよ、ベテランはベテランの味がありますよ。ドンと構えていて肝っ玉かあさんみたいですぐに頼りたくなります」
 僕が茶目っけたっぷりに話すと、気分を害したような顔をして「あたし稲垣さんより年上だけれど、まだ嫁入り前だしおかあさんって言われたくないなあ」そう言って僕を睨んだ。
「行かず後家、いえ失礼……、嫁に行く予定があるのですか?」
「ひどい稲垣さん、もう助けてあげない」
「冗談ですよ」
「もう」
 なごやかなで充実した日々が続いていた。
 僕もやっと新人さんに頼られるようになれたみたいだ。稲垣さんにだけはよく話しかけるか……、門田さんの態度を思うと嬉しかった。

 この時、僕はまったく気がついていなかった。
シャイでおとなしい性格の彼女が、職場で積極的に話しかけ冗談を交わす唯一の男性は僕だったということを、そしてときおり彼女が熱い目をして僕を見ていたということを……。

「門田さん、彼氏でもいるんですかね?」
 少し酔いがまわったのか、今年、営業担当として福山支店に赴任してきた後輩が居酒屋でぼやき始めた。
「いくらデートに誘ってもうんと言ってくれないんですよ」
「そうなんだ」
 後輩の話を聞きながら、まあ彼女なら彼氏がいても不思議いや当然だよな、そう思った。
「彼氏がいるのが当たり前ですよね」
 後輩も僕と同じ考えのようだ。
「まあ、当たり前だな」
「ちくしょう」
 めげるな、めげるな、僕は後輩の肩をたたいた。


 九月になると福山支店では自由参加の一泊旅行会がある。僕も毎年参加させていただいている。自由参加といっても毎年恒例の支店の行事のような位置付けとなっているのでたくさんの人たちが楽しみにしている旅行である。
 毎年、賑やかで楽しい宴会となる。そして今年も、気のおけない仲間と楽しい時間を過ごしている。あちこちから笑い声が聞こえる。みんな話に夢中になっている。
「稲垣さん……」
 頬をほんのりと赤く染めた門田さんが僕にビールをつぎに来てくれた。
「やあ、門田さんありがとう」
 僕も空のグラスを門田さんに渡してビールをついだ。二人で乾杯をした。
「面倒なことを頼んでもいつも笑顔で引き受けてくれてありがとう、感謝しています」
 日頃のサポートにお礼を言うと「とんでもないです」彼女はしきりに恐縮している。

「稲垣さんはどちらのご出身ですか?」
「石川県の小松市、飛行場のあるところだよ」
「へえー、なんか福山より田舎って感じですね。以外です、都会の人だと思っていました。」
「確かに……、人口は福山の四分の一くらいだ、古い港町だから街の雰囲気とかはけっこう似ている気がする」
「そうなんですか」
「大学を卒業するまで親元にいたんだ。就職で東京、そして転勤で福山」
「食事とかどうしているんですか?」
「平日は外食だけど休日は自炊しているよ」
「できるんですか? それにお部屋ちらかってそう」
「そうなんだよね、困っているんだ。よかったら食事の世話と掃除に来てくれる?」
「……」
 彼女が黙っているので、いつもの調子で彼女の顔を覗き込むような素振りをして言った。
「やっぱりだめ?」
「あたりまえです。こんなわたしでも一応、嫁入り前ですから」
「ごもっとも」
「じゃあ、嫁にもらってくれますか?」
「まじで」
「冗談に決まっているじゃないですか、それに稲垣さんだって本当は来てくれる彼女がいるんじゃないですか?」
「いたらいいねえ」
「いないんですか?ヘタレだなあ」
「ひどいなあ」
いつものように彼女が笑っている。

 ひとしきり話した後、さりげなく彼女が言った。
「稲垣さんは学生の時、バンドを組んでいて学園祭のスターだったって聞いたんですけれど本当ですか?」
「そんな噂があるの? そりゃ嘘だよ」
 確かに学生時代、軽音楽音楽サークルに入っていてバンドを組んで大学祭で演奏はした事はあるけれどもスターではないよ、その他大勢だよ、とんでもない大嘘だ。笑顔で彼女に話した。
「でも演奏はバッチリできるんですよね?」
「まあ、ギターならね……」
「よかった」
 彼女がほっとした顔をしている。何故だろう? それから、少し遠慮がちに言った。
「あの……、お願いがあるんですけれど」
「何でしょうか?」
「実はあたし、詩を書いているんですけれどよかったらあたしの詩に曲をつけてくれませんか?」
「何!」
 思いもよらない申し出だった。確かに学生時代は曲作りに熱中していたし数多くの曲を書いた。しかしそれから相当年数が経っているし、もともと他人の詩に曲をつけるというのは他人のプライバシーを覗くみたいで嫌だからやっていなかった。だから頼まれでもすべて断っていた。相手が女性だし特にそう思った。正直引き受けるのは憚られた。
「だめですか?」
 僕がなかなか返事をしないので不安そうな顔で彼女が聞いた。
「僕が曲をつけてもかまわないの?」
 本当は断りたかったがあからさまには言えないので、念を押すように聞いた。遠まわしの断りのつもりだった。
「全然平気です。是非お願いします。自分の書いた文章がどんな歌になるのか、前からすごく興味があったんです。でも頼めるような知り合いがいなくて、それで……稲垣さんがバンドをやっていたって聞いたから、お願いしたいなあって思っていたんです。お願いできますか?」
 彼女が目を輝かせている、両手を合わせて僕に頼み込んでいる。
 むげに断ることは出来ないか、かわいそうだな……、まあ、平気だと言っているしこれからのスムーズな業務運営のためにもいいかな? そう思った。
「わかった、曲をつけさせてもらうよ」
 彼女のお願いを引き受けることにした。
「うれしい、ありがとうございます」
 彼女は大喜びである。
 やれやれ……まあ、仕方がないか、今回だけはよしとしよう、正直なところ困惑していたが、自分に言い聞かせた。

************

「じゃあ、これお願いします」門田さんはA四の封筒を僕に渡した。中には彼女の書いた詩が入っている。
「はい、たしかにお預かりします」僕は封筒を丁寧にカバンの中にしまった。
 部屋に戻った僕はおもむろに封筒から彼女の詩が綴られている便箋を取り出した。
『今日のあたしはとても幸せ』どれどれ、僕は門田さんの文章に目を通した。文章から受ける印象から曲のイメージを考える。それが僕の曲作りのやり方だった。
 彼女の文章……、そこには密かに想いを寄せる男性へのひたむきでいとおしい女性の想いが綴ってあった。

『今日のあたしはとても幸せ』

 いつもいつでも想っている  あなただけを想っている
 いつもいつでも見つめている  あなただけを見つめている。
 今日もあなたの声が聞こえる あたしの心は躍っている
 今日はあなたの笑顔が見れた 今日のあたしはとても幸せ
 心密かに秘めた想い あなたに届く日が来るかしら?
 夢で逢えたらそれでいいの  こんなあたしに気づいてほしい
 今日もあなたの声が聞こえる あたしの心は躍っている
今日はあなたの笑顔が見れた 今日のあたしはとても幸せ
 キーボードを叩くあなたのまなざし
 携帯のたったひとつのフォトグラフ 
 今日もあなたの声が聞こえる 今日はあなたの笑顔が見れた
 あたしの心は躍っている 今日のあたしはとても幸せ
 いつもいつでも想っている
 いつもいつでも見つめている
 あなただけを想っている
 あなただけを見つめている。
 いつかあたしを見つけてほしい こんなあたしを見つけてほしい
 今日もあなたの声が聞こえる 今日はあなたの笑顔が見れた
 あたしの心は躍っている 今日のあたしはとても幸せ

 門田さんは誰を想ってこれを書いたのだろうか?
 今日もあなたの声が聞こえる、今日はあなたの笑顔が見れた、キーボードを叩く……? もしかして支店の男性(ひと)、まさかね、僕に頼むのだから支店の男性じゃないだろう。
 声が聞こえただけでうれしくなるのか? 女の子っていうのは恋をすると誰でもそんなふうに思うのかなぁ、すごく新鮮な印象を受けた。
 それにしても、門田さんにこれだけ想われて本当に幸せな奴だなあ……、羨ましいなあ。
 何故だろうか? 彼女が想いを寄せる男性に嫉妬している僕がいた。
 読めば読むほど、詩に込められている彼女の切ない想いが伝わってくるような気がした。彼女の気持ちを大切にして、彼女の気持ちにできるだけ近いイメージの曲を作りたい。
 彼女の気持ちに近づくため何度も何度もちりばめられた言葉を繰り返した。
 言葉に託された思いを丹念に考えた。思う通りのメロデイが出来上がるまで何度も何度もコード進行を考えた。
 何年ぶりかで時間を忘れて曲作りに熱中している僕がいた。
 
 二週間後、僕と門田さんは会社近くのレストランで向き合っていた。
 帰り際、僕が声をかけた。
「今日、時間ある?」
 彼女はきょとんとした顔をしている。
「曲が出来たんだ、デモテープを持ってきたから聞いてもらおうと思って」
 僕は持参してきたラジカセを彼女に見せた。
「本当ですか! うれしい」
 彼女は目を輝かせて答えた。
 彼女は、僕のデモテープを熱心に何度も繰り返し聞いていた。そして今、彼女は少し、涙目になっているようにも見えた。
「どう……かな?」
「すごくよかったです。感激しました、あたしの言葉じゃないみたいです。ありがとうございます」
 彼女はうれしそうなとてもさわやかでかわいらしい笑顔を見せた。
 僕は、彼女の笑顔にこれまでと違った印象を受けた。きれいだ……、その笑顔にときめいた、あたたかくて大切にしたい笑顔だった
 彼女を守りたい、そう思った。
――なんだ、この感情? 俺はいつのまにか……
『気がついた時はもう落ちている』そういう曲を書いたことはあるが、想像であって現実にあることとは思わなかった。
 目の前の門田さんがまぶしかった。
 僕は胸の鼓動の高まりを感じていた。
「つかぬこと聞くけどいいかな?」
「何でしょうか?」
「この詩は誰かのために書いたの?」
「……まあ、そうです」
 彼女は恥ずかしそうな顔をして答えた。
「そうなんだ……」
 やっぱり彼氏がいるんだ、僕はがっかりしていた。自分の中に芽生えていた思いに気づいたばかりなのにどうして……、なんともいえないはがゆく残念な気持ちになった。
「誰のために書いたの」なんて聞かなきゃよかった、聞いたことを後悔していた。
 少しの間、会話が途絶えた。
 それでも気を取り直して彼女に話しかけた。
「曲を書いていて思ったことなんだけれど、門田さんにこんなに想われている奴は、何て幸せな奴だろうって、そいつに少し嫉妬してしまったよ」
――嫉妬ではなくて落胆だろう? 僕は自分に語りかけていた。
 すると彼女はしれっとした顔でサラッと言った。
「これ、稲垣さんのことです」
 そう言うと顔を真っ赤にして門田さんはレストランを飛び出していった。
「えっ!」一瞬、何が起こったかわからなかった。それから立ち上がりあわてて僕は彼女のあとを追いかけた。
――門田さん、ちょっと待ってくれ。大きな声を出したかった。

**************

 レストランを出ると足早に歩いている門田さんのうしろ姿が遠くに見えた。大急ぎで僕は、門田さんに駆け寄った。息を切らして声をかけた。
「門田さん」
 彼女の背中がビクッと動いた。それから何かおそろしいものを振り返って見るみたいにゆっくりと少し俯きかげんで僕の方を向いた。
 彼女は何ともきまりの悪そうな顔をしている。
「わたしの言ったことは気にしないでください、冗談ですから、忘れてください」
 彼女は、真赤な顔をして口早で言った。
 そんな彼女の様子がとてもかわいく見えて口元をほころばせた。
「ひどい、稲垣さん、なんで笑うんですか?」
 彼女は気を悪くしたのか、頬をふくらませ抗議をした。
 目を細めて僕は彼女に言った。
「どうして冗談なのにそんなにムキになるの?」
「それは……、えーっと、もう、そんなことどうでもいいじゃないですか」
 彼女はしどろもどろになって口をとがらせている。
「冗談じゃないほうがいいんだけれどなあ……、いや冗談だと困るんだけれど」
 今、僕はすごく優しい目をして彼女を見ていると思う。
 門田さんはまるで職員室で担任の先生にお説教されている小学生のように身を固くして緊張した表情をしている。
「えっ? 今、なんて……」門田さんが怪訝な顔をして僕に聞いた。
 平静を装って僕はさりげなく言った。
「悪いけど、これから僕も冗談を話すから聞いてくれないか?いや聞いてほしいんだ」
 そう言って僕は熱い目で彼女を見た。
「えっ?」
 彼女は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。それから僕のまなざしに気がついたのか恥ずかしそうな顔をして下を向いた。そして小さな声で「はい」って返事をした。
 僕たちは見つめあった。
 彼女はとてもうれしそうな顔をしている。僕も同じだろう。
「じゃあ、行こうか、しきり直しだよ」僕が彼女に声をかけた。
「うん」
 彼女が明るい元気な声で答えた。笑顔が輝いている。
 
『今日のあたしはとても幸せ』
 何度も何度も口ずさんだ彼女のじゅもんを僕は思い起こした。
――気がついた時はもう落ちている……か。
 どうやら僕は彼女の魔法にかかってしまったみたいだ。
 彼女の笑顔がちらついていとしい想いに満たされる。
 なんて話そうか? そう思って夜空をながめた。

 中秋の名月、美しい満月がかかっている。
 これから始まる未来(あした)を思うと胸が熱い。
 今、僕と郁美の恋が始まった。
*********

「今、そっちも月がかかっている?」
「ええ、まあるいきれいなお月様よ、東京はどうなの?」
「同じ、見事な満月だよ」
 携帯から聞こえる郁美の声、目を閉じていると郁美がすぐ隣にいるような気がする。東京と福山、僕たちは今、五〇〇Kmの距離を隔ててお月見をしている。
「会いたい……」
 僕は携帯に話しかける。
「あたしも……」
 郁美が淋しそうなしんみりした声で話す。
「会いたい、会いたくてたまらない」
 切なくて恋しくて僕は声を震わせる。
「じゃあ、いますぐ飛んできてよ」
 苛立ったような少し低めの郁美の声が聞こえる。
「無茶言うなよ」
 僕は口を尖らせる。
「でしょう? じゃあ、ワガママ言わないの、わかった」
 子どもを諭すように郁美が話す。
 年下なのに郁美はしっかりしている。郁美は、やさしい笑顔をしてお説教する。そんな郁美を目に浮かべて、僕は苦笑いをしている。
「来週、帰ってくるんでしょう?」
 郁美の声が弾んでいる。
「うん」
「待ってる、保の好きなものを作って待ってるから……、早くあたしのところに帰ってきてね」
 うれしそうな郁美の声が聞こえる。
「うん」
「顔がみたい、飛んではいけないけどいつも一緒にいたい」
 すこしすねたような子どものような口調で僕は郁美に話す。
「……あたしも」
 郁美が小さな声で言う。
「ねえ、あたしをさらいに来てくれる?」
 郁美が笑って聞いた。
「そうしようかな」おどけた声で僕は言った。
「いつでも待ってるから……」真剣な声で郁美が言った。
「そうだね」
「……じゃあ、切るね、おやすみなさい」
「おやすみ……」
 ツーツーツー、携帯が切れた音がさびしく響く。
「はぁ――っ」
 待ちうけ画面が消えた携帯を見て僕はため息をついた。

 東京と福山、こうして毎日のように繰り返される僕と郁美のランデブー……。
 こんなにも郁美の事が恋しく、いとおしくなるなんて思いもよらなかった。 僕が育んできたものはどうしようもなく大きくなってしまったのかもしれない。
 早く福山に行きたい、郁美に会いたい、郁美が恋しい、たまらなく会いたい……。


――来週、会える……
 あたしはうれしくて、カレンダーにハートマークを書きこんだ。
 保がいなくなって5ケ月……、ひとりでいる時は、どうしてこんなに時間が経つのが遅いの? 保と過ごす時間はすぐに経ってしまうのに
 こうして一人で部屋にいるといつも自然と涙が出てくる。
保のいない休日はどうしたらいいかわからなくて途方にくれてしまう。
 保の前では明るく元気に振舞っているけれど、本当はすごく淋しがり屋で甘えん坊なんだよ。保くん、君はわかっているのかな? あたしの事……。

 保は、あたしが派遣された生命保険会社の上司だった。
 あたしは保を見てびっくりした。保は、大学の時にずっと憧れていたサークルの先輩にそっくりだった。
 中高大と女子校のあたしはこの年令になっても男の人との付き合いがとても苦手で……、これまでだって好きになっても何もできずに失恋ばかりだった。
でも保は上司だったから普通に話す機会があったし、いつもにこにこして優しかったから平気で冗談もいえた。
 普通に話せる男の人は保が初めてだった。
 保は、笑った時に片方にえくぼがでる。
「このえくぼ、チャーミングだろ?」
 保に聞かれたら「気持ち悪いです」っていつもふざけていたけど、本当は、保のえくぼ、かわいくて大好きだった。
 気がついたらあたし、いつも保のことを考えていた。
 仕事をしている時の保の真剣な表情がとてもステキだった。
 あたしは誰にも気づかれない様にこっそりと保を見ていた。
 携帯に撮った保の写真があたしの宝物だった。
「おはよう」「おはようございます」毎朝、保と交わす挨拶があたしはとても楽しみで、冗談を言って笑う時の右の頬がくぼんだ保の笑顔を見るたびうれしくてとても幸せな気分になれた。
 保は、学生時代にバンドを組んでいて、大学祭のスター? という噂があった。
「本当?」って聞いたら、保が笑って大嘘だよって言った。でもバンド本当に組んでいてギターは上手いって言った。
 すごく恥ずかしかったけれど、あたしの詩に曲をつけてほしいって保に頼んだ。
 来年あたり保には転勤があるってチームのみんなが言っていたから、大好きな保の作ってくれた曲を一生の宝物にしようと思った。
 だからあたしは勇気をだした。頑張ったんだ。
 あたしは、保のことを思って綴った詩を渡した。
 保は困ったような顔をしていたけれど、引き受けてくれた。
 そして作った曲のテープを聴かせてくれた。
 その時、あたしはうれしくて、そして切なくて我慢したんだけれどすこし泣いてしまった。
 保は言った。「門田さん、これって彼氏のために書いたの? こんなに慕われて幸せな奴だなぁ」
 それを聞いた時、何か心がカラッポになったっていうか……
「これ、稲垣さんの事です」
 保に伝えたかったけれど言えないと思っていた気持ちが自然とすらっと口からでた。
 どうしてだろう? でも、その後、まともに保の顔が見れないくらい恥ずかしくなってしまったけれど。
「えっ?」保は、少しうろたえていたように見えた。
 あたし、すごく恥ずかしくていたたまれなくて保の前から逃げてしまった。 そしたら保が追いかけてきた。
「好きだ」
 思いもよらない保の告白だった。
 こうしてあたしたちは付き合い始めた。
 そして、あたしたちはまるでこうなるのが決められていたように急速に親密になっていった。

 週末、あたしたちはいつも一緒だった。
「ふだん、ろくなものを食べていないんでしょう?」
 あたしは保のために食事を作った。部屋の掃除もふたりで手分けしてした。
「そういえば保、あたしに食事の世話と掃除に来てくれって頼んだよね」
 保も憶えていて「あったね」って言った。
 そのとおりになっちゃったね、そう言って二人で笑った。幸せだったなあ。
 食べ物の好き嫌いがあるはずなのに、保はなんでもおいしい、おいしいって食べてくれた。うれしかった。
 狭い街だから、二人で出歩いていたらすぐに人目についてしまう。だから……、あたしたちは保の部屋で一日を過ごした。
 今日、飲み会で友達のところに泊ってくるから……親に嘘をついて保の部屋に泊ったこともあった。
 そんな時、あたしたちは夜明けの街を散歩した。午前四時、まだ誰もが寝静まっている人気のない街を、星を見ながら月を見ながら、これ以上ないというくらいピッタリと寄り添って歩いた。
 保があたしの耳元で囁いた……。
「あったかい、いつまでもこうしていたい」
「……うん」鼻にかかった震える声であたしは甘えた。
 こんなに幸せでいいの? 幸せすぎてあたしは怖くなった。

 今、あたしは保がいないお休みの日は、部屋にこもり保のことばかり考えている。
 あたしのラジカセからは保のオリジナルがいつも流れている。
 保、あたし、保との時間を思うと涙が止まらない。会いたくてたまらない。
 こうして離れてみて、保がどんなにあたしの中で大きな存在だったのか、今さらながら骨身にしみています。
 保、一人でいることがつらいよ。保のオリジナルを聞けば聞くほど想いが募るよ。切なすぎる……。
 会いたいよ、保に会いたい。早くわたしのところへ帰ってきて、そしてもう何処にもいかないでほしい、あたしの傍にずっといてほしい、お願い……。


**********


 中秋の名月……、二年前のこの季節に始まった僕たちの恋を僕たちは大切にお互いの中で育んできた。
 二月末のことだった。上司から別室に呼ばれ東京本社への人事異動の内示があったことを知らされた。
「誰にも内緒だよ」
 その日のうちに僕は郁美に転勤の内示を受けたことを話した。
「どうして……」
 転勤の話しを聞いた途端、郁美は目に涙を一杯溜めている。
「生命保険会社転勤がつきものなんだ、仕方のないことだよ」
 僕は自分の落胆を隠して、落ち着いた声で郁美に話した。
「わかっていたけど、いつかこの日が来ることは覚悟していたけど、それでも……」
 郁美が声を詰まらせている。
「ごめん」
「保が謝ることはない、だけど……離れたくない、ずっと一緒にいたい……、 ごめん、わがままだよね、出来ない相談だよね……、ごめん、わかってる」
 郁美は涙をぬぐいながら自分に言い聞かせるように、ひと言ひと言をかみしめるようにして話している。
 それから笑顔を見せて明るい声で言った。
「あと一ケ月か……、いっぱいいっぱい思い出をつくろうね、いつもいつも一緒にいようね」
「うん、そうだね、そうしよう」
 そう言って僕は郁美を抱き寄せた。
「保、行かないで、一人にしないで……」
 郁美は僕の胸でしゃくり始めた。
「何処にも行かないよ、何処にいたっていつも郁美と一緒だよ」
 僕は優しい声で囁いた。そして郁美を強く抱きしめた。
「うん……、うん……」
 郁美は声を詰まらせて何度も何度も頷いた。

 三月の第一金曜日、僕の人事異動が発令になった。東京本社経営企画部商品企画課、僕の異動先である。
「栄転ですね」支店のみんなが喜んでくれた。
 3月の中旬からは頻繁に有志の送別会のお誘いがあった。もちろんすべて出席させていただいた。あわただしい日々が続く。福山での僕に残された時間は 気がつけば僅かになっていた。
 郁美に何か残していきたい。僕にできることは何だろう?
 僕たちの恋は、郁美からの「お願い」を引き受けたことから始まった。
『今日もあたしはとても幸せ』郁美の綴った魔法のじゅもんに導かれて僕たちは恋に落ちた。
「そうか!」
 離れていても僕が郁美を忘れないように、郁美が僕を忘れないように、僕たちの恋がいつまでも続くように僕も魔法のじゅもんを唱えよう。
 郁美のための曲を書こう。そう僕は決めた。
 福山に来て郁美と巡り合うことができた。
 おだやかな悠久の時を刻むようなこの街で、こんなにも輝く日々を過ごすことができた。それもこれも全て郁美のお陰だ。郁美と育むことができたからだ。心から感謝している。そしてこれからもずっと一緒だ。ずっと僕の側にいてほしい。
 自分の想いを届けたい。僕は曲作りに熱中した。

 福山を出発する前日、僕は郁美にデモテープを贈った。
「これは……?」郁美が怪訝な顔をして僕に聞いた。
「郁美の心の中に僕の居場所がいつまでもあるための魔法のじゅもんだよ」
 僕は少しおどけた声で言った。
 郁美がきょとんとした顔をしている。
 僕は郁美を抱きよせた。そして小さな声で囁いた。
「今日は聞いたらだめだよ。明日、僕が福山を旅立ってから聞いてほしいんだ」
「わかった」
 郁美が僕の胸の中で頷いた。それから身体をよせてきて郁美が言った。
「保、あたし待っているから、早く帰ってきてね」
 月に一度は必ず郁美に会いに福山に来るから、僕は約束していた。
「うん」
 そう言って僕は郁美を抱きしめた。
 僕たちはいつまでも抱き合っていた。

 福山駅のホームには支店の大勢の人たちが見送りに来てくれた。
 郁美は、うしろの方で黙って下を向いている。
 東京行きの「のぞみ」が入ってくる。
「門田さん、郁美ちゃん、何しよるん」
 チームのみんなが郁美を僕の前に押し出した。
「えっ?」僕と郁美は顔を見合わせた。
「稲垣さん、差し上げますから東京に連れて行って下さい」
 チームのリーダー格の女子社員が笑顔で僕に話しかけた。
「噂の二人、ついに熱愛発覚!」
 誰かが大きな声をだした。
「誤解ですよ」
 うれしそうな顔をして郁美が否定している。
「顔が本当と言っている」「違いますったら」チームのみんなとの押し問答が続く。
 福山駅のプラットホームは和やかな雰囲気に包まれた
「のぞみ」が福山駅についた。 
「稲垣 保くんのこれからのご活躍とお幸せを祈念して万歳を三唱します。バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」
 支店長がエールをきってくれた。
 僕は郁美をチラッと見た。郁美は少し目が赤いけれどきらめくような笑顔をしていた。
「お世話になりました」
 こうして僕は慣れ親しんだ福山の街から旅立っていった。


 何が入っているのかしら?
 保がくれたテープをラジカセに入れた。アコーステイックギターが流れてきた。そして保の歌声が聞こえた。

『郁ちゃん』

 ありがとう 郁ちゃん いつもいつもありがとう
やさしい郁ちゃん かわいい郁ちゃん きれいな郁ちゃん ステキな郁ちゃん
 いつもいつも笑顔の郁ちゃん 泣き虫の郁ちゃん
 お酒を飲むとすぐまっ真赤になる郁ちゃん
 何故かしっかりものの郁ちゃん
 全部 全部 ステキだよ
 大好きな郁ちゃん ただ一人の郁ちゃん 陽だまりの郁ちゃん
 いつも一緒 郁ちゃん

 ありがとう 郁ちゃん いつもいつもありがとう
 君がいたからここまで来れた
 そしてこれからもよろしく 郁ちゃん
 やさしい郁ちゃん かわいい郁ちゃん 陽だまりの郁ちゃん
 宝物の郁ちゃん
 大好きな郁ちゃん ただ一人の郁ちゃん 陽だまりの郁ちゃん
 いつも一緒 郁ちゃん
 いつも一緒 郁ちゃん

「保……」涙が止まらない。
 もうバカなんだから。どうするのよ、こんなに泣かせて……
 別れたばかりなのにもう行っちゃったのに、待ちきれなくなるじゃないの……
 保のオリジナル、うれしくて、淋しくて、恋しくて……、どうしようもない。
 保のいない世界なんて考えられない。もう保なしではいられない。あたしはその想いを強くした。
 保と育んだ恋はあたしの中で大きく育っている。
 この時からかもしれない、あたしが保との未来を画き始めたのは……。
「いつかきっと……」
 そう思ってあたしは部屋のベランダから東の空を眺めた。
 きれいな満月だった。
「保、待ってるから、あたしいつも待ってるから……」
 あたしは東の空にむかって話しかけた。


***********


 福山を出てから五ケ月が過ぎた。
 声が聞きたい、よほどの用事がない限り僕たちは毎日、携帯で連絡をとりあった。そして郁美とのひと時を過ごすため月に一度は、福山を訪れている。
 福山駅での別れの時、支店のみんなが僕と郁美のことに気がついていたことを知らされた。とんだパフォーマンスだった。
 今、僕たちは明るい太陽の下、あたりまえの恋人として堂々と手を繋ぎ福山の街を歩いている。
 楽しい時間はどうしてこんなに早く過ぎてしまうのだろう。
 バスから降りてきた僕を出迎え得る時の郁美のはじけるような笑顔、別れ際のいまにも泣き出しそうな淋しそうな郁美の顔が僕をとらえて離さない。
 離さない、離したくない、もう離れられない。一緒にいたい、一緒に生きていきたい。
 日に日に郁美をいとおしく思う気持ちが大きくなっていく。
 今日の電話で改めて僕はその思いを強くした。

 まるで潮が満ちるように、決められていることのように僕は郁美との未来の青写真を画くようになってきている。

 社宅のある西多摩のニュータウンの坂道を僕はゆっくりと歩いている。
 空にがかかった見事な満月を見ながら「プロポーズ……」僕はポツンと呟いた。
 

**********

「稲垣さん、今日の奥さんからのメッセージ、何でしょうね?」
「さあ?」
「早く、開けて見せてくださいよ」
「そうですよ、早く見せてください」
「はい、はい」苦笑いである。
 僕が所属している金融企画課では、課長を筆頭に最近、ほとんどのメンバーがひと塊りになってオフィスで昼食を摂っている。
 みんな、仕事中とは違いリラックスした表情でとりとめもない話に花を咲かせている。僕たちがコミュニケーションタイムと呼んでいるこの昼食会は僕が昼食をお弁当にしたことが事の発端だった。


「あっ、そうそう……、ねえ、明日からお弁当にするね」
 思い出したように郁美が言った。
「藪から棒に何だよ」
「だって、仕事が忙しくて落ち着いてお昼も食べれないって言うから……、お弁当だったらオフィスで食べれるでしょう」
 経営企画部の商品企画課に四年間在籍した後、僕は、新設の金融企画課に異動となった。
 三ケ月前の常務会で会社は2年後に米国会計基準を採用することを決めた。
 現在の会計基準で評価している保険関係、不動産関係、財務関係の諸項目についての新基準での諸項目の構築が必要となる。そのために新設されたのが金融企画課である。
 金融企画課の仕事は多忙をきわめた。米国会計基準は当社にとっては初めての概念である。ゼロからのスタート、すべてが手探りだ。
 膨大な資料を前に課員全員が悪戦苦闘している。
 僕の担当はソルベンシーマージン基準の見直しである。ソルベンシーマージンとは保険金の支払い余力のことを言い、生命保険会社の経営状態の健全性の目安となる極めて重要な経営指標である。
 僕は、自分の担当業務の重大さに相当のストレスを感じていた。
忙しすぎて落ち着いて食事ができないというのは正確な表現ではなかった。
 遅々としてはかどらない仕事が気になって落ち着いて食事ができないというのが正確な表現だ。気もそぞろで食べ物を口に入れすぎて食器にもどしてしまう失態を侵すこともめずらしくなかった。
 オフィスで食事ができればすぐに仕事に取りかかれる、僕にとって、妻の提案はありがたかった。
「ありがとう、悪いけど頼むよ」
 僕は妻の提案を受け入れることにした。
「がってんしょうちのすけ」
 腕を曲げて力こぶをつくる素振りをして郁美がおどけた。

 次の日の昼休み、僕はオフィスでランチボックスを開いた。
『ガンバ!』
――おや、なんだ? ランチボックスにつめられた白ごはんに焼海苔でメッセージが書いてある。
 僕は目を白黒させた。
――何だ、これは……、幼稚園の子どもじゃああるまいし、何を考えているんだ、あいつは。
 思わず苦笑していた。

「ねえ、お弁当にガンバって書いてあったけれど……」
 その夜、妻に聞いた。
「いいでしょう、愛妻からのメッセージ」
「幼稚園児みたいで誰かに見られたら恥ずかしいよ」
 やんわりと「やめてくれ」と僕は言ったつもりである。
「誰も見ないって、心配ないって」
 郁美が明るく笑いとばしている。
「そうかなあ……」
「大丈夫、大丈夫」
「まいったなあ」
――他の男性社員はみんな外食だし、女性社員は他の課の人たちと車座になって、会議室で昼休み中ずっとしゃべっているし、誰にも見られることはないか、まあいいか。
 そう思って、それ以上は言わなかった。

『ファイト』『ゲンキ』『ツヨキ』『ヘイキ』
 ランチボックスを開いて目に入るメッセージは毎日毎日違っていた。
『スキ!』と書かれていた時は、「バカ」小さい声を出して、大急ぎでランチボックスを閉じてあたりを見回した。

――よく、続くなあ、妻からのメッセージか……、なるほどね、ありがたいなあ。
 お昼、ゆっくりと食べられるからお弁当にするねって言っていたけれど、それだけじゃあない、そう思う。
 郁美がお弁当を作る言った頃、僕は早朝覚醒に苦しんでいた。
 早朝覚醒というのは、過重なストレスが原因で毎朝のように目が早く醒める症状のことを言う。早期覚醒からうつ状態に陥る人も多い。僕のメンタルは芳しくなかった。
「ふう、四時か、またか……」
「眠れないの」
 郁美が心配して声をかけた。
「悪い、起こしてしまったね」
「大丈夫?」
 郁美が心配そうな顔をしている。
「平気だよ、僕のことはいいから眠りな、昼間あくびがでて困るよ」
「最近、この時間になるといつも目が醒めるみたいね」
「前から起こしてた?」
「目が醒めるわよ」
「ごめん」
「眠れないんだったら何か話ししようか?」
「いいの?」
「もちろん。ねえ、つきあっている時、この時間に散歩するの、あたしたち好きだったね」
「そういや、そうだ」
 僕たちは顔を見合わせて笑った。
 四六時中、仕事のことしか頭になかった僕だけど、久しぶりにホッとできた時間だった。
 郁美の心遣いがありがたかった。

 お弁当のメッセージを見ながら気づいた。
――そうか、いつも一緒だから、ひとりじゃなから安心してって言ってくれているんだ。
 暗がりの部屋の中の心配そうな郁美の顔が目に浮かんだ、郁美、心配かけてごめん、大丈夫、元気だから。
――そうだ、いいことを思いついた。
『忙しくても元気だよ』『強気で交渉します』『ミスしたけど平気、平気』
 僕は、お弁当を食べ終わると、妻のメッセージに対する返事をメモに書いてランチボックスに入れる事を思いついた。
 僕のメッセージを見て郁美はどう思うかな?
 その日から僕のお返しのメッセージが始まった。
――郁美、どう思うかなぁ、郁美の返事は何だろう?
メモを書いてランチボックスに入れる時、次の日ランチボックスを開ける時、年甲斐もなくワクワクした。
――まるで、中学生の交換日記みたいだ。照れくさいけどうれしかった。
 いつも、傍に郁美を感じた。
 僕はひとりじゃないんだ、郁美がいる。 そう思うと元気が出た。仕事に対する力みが消えていった。よけいなことを考えないで仕事に集中できるようになった。
こうして僕はストレスから解放されていった。

「『エガオ』って、稲垣さん、これ何ですか?」
僕のデスク周りを通り過ぎる時に目に入ったのだろうか? 僕がランチボックスを開いた時に、うちの課の女子社員が声をかけてきた。
「まずい!」ドキッとした。
「これって、奥さんのメッセージですか? 超カワイイ」
 女子社員がうれしそうな顔をして質問をする。
「まあ……」
 あいまいに僕は答えた。
「毎日、お弁当にメッセージが書いてあるのですか?」
「まあね」
 蓮っ葉な小さな声で僕は答えた。
「ステキ……」
 彼女はうっとりした眼をしている。
「誰にも言わないでね、恥ずかしいから」
「わかっていますよ、でも稲垣さん、幸せですね。奥さまにこんなに想われて」
 女子社員は僕にウインクして見せた。

 次の日の昼休み、ランチボックスを取り出した時のことだった。
「今日はどんなメッセージが書いているんでしょうね?」
 昨日の女子社員の声が聞こえた。
 振り返ると金融企画課に所属する二人の女子社員が立っていた。
「すいません、話しちゃいました、彼女も是非、稲垣さんのお弁当のメッセージが見たいと言うので……」
 昨日の女子社員が申し訳なさそうな顔をして僕に言った。
――やれやれ、弱ったなあ、むげに断れば角が立つだろうし……
「これ以上、誰にも言わないでね」
 困惑した顔で、僕は二人にお願いをした。
 彼女たちは頷いた。
 僕はランチボックスのふたを開いた。
『イッショ』
「すてきなメッセージですね」
 彼女たちが目を細めている。
「そうですか」
 わざと抑揚のない声で僕は答えた。
「離れていてもいつも一緒っていう意味ですよね? やさしいなあ」
「良い奥さんですね」
「ほんとうに」
「うらやましいです」
 彼女たちは思い思いの感想を口にした。
「……」
 恥ずかしかった、笑うしかなかった。
 それから彼女たちは何やら小声で話をしている。
 彼女たちが遠慮がちに僕に提案をした。
「よかったらこれから三人でお昼食べませんか? 同じ課ですし、お互いにもっと親しくなったらスムーズに仕事も進むんじゃないかと思うのですが」
 ありがたい提案だった。ひとりで食べても何処となく味気ないし、気心も通じ合って仕事上の連携も間違いなくアップする。
「いいんですか?」
「はい」
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」
 こうして僕たち金融企画課の三人の昼休みのコミュニケーションタイムが始まった。

              ************

 黙っていてほしいと頼んだのに僕のお弁当のメッセージの話は、どうやら課員全員に知れ渡っているようだ。
 3人でお昼にお弁当を開けだしてから1週間もしないうちに「奥さんからのメッセージ見せて」誰かれとも週間なく昼休みになると声をかけられた。
 そうこうしているうちに外食に行く課員が一人減り二人減り、金融企画課の みんながオフィスで昼食をすませるようになった。
 こうして昼休みは、瞬く間に金融企画課のコミュニケーションタイムとなっていった。
 みんな思い思いのマグカップを自宅から持ってきて湯沸かし室でお茶をいれる。食後のデザートまで持参した。
 プライベートのささやかなアクシデント、家族のこと、彼氏、彼女のこと、僕たちは気軽に笑顔で語り合った。
 仕事と仕事の合間のリラックスタイム、気持ちにメリハリがついて仕事に対する集中力が数段アップしたように思える。
 新しい業務を立ち上げるという共通の大目標もある。コミュニケーションタイムを通じて課員相互の結束は強固なものとなっていった。
いつの間にか金融企画課は活気のある笑顔の絶えない働きやすい職場になっていた。
 昼休み、今日も僕たちはオフィスでみんなが冗談を言いながら笑顔で昼食を食べている。課長がにこにこして僕たちを見ている。
みんなの視線を感じて僕はランチボックスを開けた。
『ウレシイ』
「よかったね、もう大丈夫だね」そう言って声を詰まらせていた郁美を思った。
 きっと、郁美は僕のメンタルをすごく心配していたんだ。口にしたら僕に余計なストレスを与える、そう思って辛抱していたんだ。
 郁美はいつも僕のことを想っていてくれている。
 だから『ウレシイ』なんだ。
 心がとてもあたたかくなった。
 ありがとう……。昨日も言ったけど、心の中であらためて郁美にお礼を言った。
 郁美のやさしい微笑みが目に浮かんだ。


 昨夜、郁美にお昼のコミュニケーションタイムのことを話した。課員相互の結束も強固なものとなり仕事も順調だと話した。
「楽しそうね」郁美はうれしそうな顔をした。
「君のお弁当のメッセージがきっかけなんだよ」
 僕はコミュニケーションタイムが始まることになった理由を話した。
「そうなの、よかった……。もう大丈夫だね」
 郁美はすこし声を詰まらせている。
「あのメッセージは、僕の仕事がうまくいくための君のじゅもんだったんじゃないの?」
「えっ、じゅもん?」
 郁美が不思議そうな顔をした。
 あの時の鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした郁美とよく似た顔だった。
「僕が郁美を好きになった時もそうだった、君はいつも魔法のじゅもんで僕を導いてくれる、感謝してる、ありがとう」
「ふーん、じゅもんかぁ……」
 郁美が懐かしそうな顔をした。
「そう、じゅもん」
「アブダカダブダ……」
 郁美が両手を組んでじゅもんを唱えた。そして笑った。
 それから、恋が始まったあの時のように僕と郁美は笑顔で見つめあった。
「ママ……」
「あら、ひなたが起きちゃった、行って来るね」
 郁美が娘が眠っている寝室に走っていく。

************

 九月のある日、課長から飲みに誘われた。
 最近は課員全員、仕事にも慣れて午後七時には帰宅できるようになっていた。深夜残業どころか休日出勤も当たり前だった年始と比べると雲泥の差である。
 課長は言った。「課の雰囲気がすごくよくなっている。みんな生き生きとして喜々として仕事に取り組んでいる」
「そうですね」
「もう大丈夫だ、完全に軌道に乗った」
 課長はうれしそうな顔をした。
「ええ」
 僕もうれしかった。
 課長は、やわらかい笑顔を見せて僕に言った。
「君の奥さんは金融企画課立ち上げの陰のMVPだ」
「なんで、家内が出でくるんですか?」
「課がまとまったのは昼休みのコミュニケーションタイムの賜物ってことは君もわかるだろう」
「そうですね、コミュニケーションタイムはいい気分転換になりますし、お互いの気心が通じあってすごく業務運営上の風通しがよくなりました、何よりも課の仕事を軌道にのせるという大目標に対する意思統一にもつながりましたね」
 課長の言葉に頷いた。
「コミュニケーションタイムは君と女子社員2人が一緒にお弁当を食べ始めたことがきっかけじゃないか、彼女たちから一緒にお昼どうですかって誘われたんだろう」
「ええ、まあ……」
「彼女たち、毎日、違うメッセージに元気をもらったって言っていたよ」
 課長は何を言いたいのだろう、訳が分からない。
「何の事ですか?」
 僕は怪訝な顔をして課長に聞いた。
「君のお弁当のメッセージだよ」
「その話ですか、お恥ずかしい限りです」
 課長にまでお弁当の話をされるとは……、気はずかして下を向いた。
「『ガンバ!』『イッショ』君を一所懸命応援する奥さんの声が聞こえたって言ってたよ。安心してください、わたしたちが稲垣さんをサポートしますから、心の中で君の奥さんにそう返事したそうだ。だからお昼、一緒どうですかって声をかけたそうだ」
――そうだったんだ、それで誘ってくれたんだ。何故、声をかけてくれたのか、実は疑問だったんだ。彼女たちの顔を浮かべた。
「君にはメッセージのことは誰にも言わないほしいと頼まれたけれど、課のメンバーに話そうと決めていたそうだ」
「どうしてですか?」
 課長は話を続けた。
「自分たちにもいつも自分たちのことを心配してくれる、応援してくれる家族・恋人・友達のような大切な人がいる。君のお弁当を見てそのことが実感できたそうだ。新しい課の立ち上げで仕事は忙しくてつらいけれど落ち込んじゃいけない、その人たちのためにも自分たちは元気で頑張らないといけない、そう思ったそうだ。そしてこの気持ちを課のみんなにも伝えたい、みんなで一緒に頑張りたい、そう思ったそうだ」
――そんなふうに思っていたんだ。だから話したのか。
 僕は、お弁当のメッセージの件で同僚から声をかけられる度、あれほどお願いしたのにと思って気を悪くしていた自分を思った。そういえば、彼女たちをきつい目でみたこともあったなあ……、知らなかったこととはいえ、そんな自分に気がとがめた。
「彼女たちはどうしてみんなに話したんですか?」
「実はね、君が社用で外出している時、彼女たちから課員全員にメールで招集がかかったんだ、それで彼女たちから聞かされたんだよ。君のお弁当のメッセージ見てください、そして大切な人のために仕事がんばりましょう、団結しましょうってね」
「本当ですか、嘘みたいですね」
 支店と違って東京本社の女子社員は、ふだんおっとりして仕事をしているし周りに気を配るようなことはまずしない、団結しましょうなんて言う自体がありえない事だと思った。
「わたしそう思うよ、あの時の彼女たちは目が輝いていて別人のようだった。そうだな……、まるで魔法にかかっているようだった、わたしたちも妙に納得してしまってね」
「魔法ですか」
「ああそうだ、魔法だ」
「信じられないなあ」
「ああ、信じられない」
 僕と課長は顔を見合わせて笑った。
「それで、奥さんからのメッセージ見せてですか」
 僕は笑顔で課長に聞いた。
「ああそうだ」
 課長も笑顔だった。
「君のお弁当のメッセージは、毎日違っていた。君の奥さんの思いが溢れていた。そして彼女たちの言う通りメッセージを見ると、家族の顔が目に浮かんだ、一人じゃないんだ、頑張ろう、そう思えたよ。わたしだけじゃないよ。みんなそう言っている」
 課長がしみじみとした声で言った。
「それで陰のMVPですか」 僕はうれしくなった。
「そうだ」
「ありがとうございます」
 笑顔で僕はお礼を言った。誇らしい気持ちだった、うれしかった。
「いい奥さんだな、大切にしろよ」
 課長が笑顔で僕に言った。
「はい、ありがとうございます」
 課長がポンッと僕の肩をたたいた。

「ところで、恋愛小説の名手がエッセイで書いているんだけれど、恋というのはぶりのような出世魚のように成長すると名前が変わるらしいよ」
 課長が突然、脈絡のないことを口にした。
――何の話……。僕はきょとんとした顔をした。
「恋はね『恋』→『恋愛』→『情愛』→『親愛』→『愛着』というふうに長い年月連れ添った男女の間で名前を変えていくそうだよ。そのエッセンスはお互いを許し合う気持ちだそうだ、お互いの絆が強くなっていくんだなあ」
 そう言って、課長は遠い目をした。
「なるほど……」
 僕は、感心して課長の話に聞き入っていた。

 今、僕は自宅近くのも駅の改札を抜けたところである。
 課長の話を思い出していた。恋は出世魚の様に名前を変えて成長するか……。
「今日のわたしはとても幸せ」郁美のじゅもんから始まった僕たちの恋は成長しているのだろうか?
 結婚して五年、知り合って七年……。
 恋愛中とか新婚当時の恋しい、一緒にいたいという熱い気持ちが冷めたわけではないけれど、この頃は、感謝と信頼という落ち着いた穏やかな空気が僕たちの間に流れ始めている。
 これから長い年月を重ねると、側にいるだけでゆるぎない暖かいオーラを醸し出している老夫婦のように僕たちもなれるのだろうか?
『今日のわたしはとても幸せ』『お弁当のメッセージ』郁美のじゅもんはいつだって僕をドキドキさせる。
 そして、郁美のじゅもんは必ず僕たちを行くべきところへ導いてくれる。
 これまでもそうだったしきっとこれからもそうだろう。
 僕たちの恋はきっと成長している。
「いつか、僕たちも……」
 はるか未来に想いを寄せて僕は夜空を見上げた。
 中秋の名月、空には美しい満月が輝いている。
 僕はずっと郁美の魔法にかかっている。そう思うととてもうれしくて幸せな気持ちにな
った。郁美の顔が見たい、そう思った。
「早く、家へ帰ろう」
 僕は早足に自宅へと続く坂道を歩いている。

                              (おわり)
あや あつし 
2011年02月06日(日) 10時54分26秒 公開
■この作品の著作権はあや あつし さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
以前投稿しました作品を書き足したものです。恋は出世魚のように名前を変えて成長する、そのエッセンスはお互いを許しあう心。これが言いたかったことです。会社の同僚、恋人、夫婦と順調に恋のステップを歩んできた若いカップルを描いた物語です。よかったら感想を聞かせてください。

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