平日ヒーロー |
正義のヒーローは現実には存在しない。 おれがこの事実に気付いたのは、もうだいぶ前のことだ。 デパートの屋上で開かれたヒーローショーを見に行って、人だかりの多さで一緒に来た母さんとはぐれ、控室に迷い込んだあげく、ついさっきまで悪役と戦っていたヒーローの中から似ても似つかない別人が出てきたところを目撃してしまったときだったようにも思うし、もっと別の理由からだったような気もする。 経過はどうあれ、おれはいつの間にか日曜のヒーロー番組を見るのをやめ、正義という単語を使わなくなり、世界の平和を乱すのは奇抜な怪人ではないことを知った。 ニュースを見ては、物騒な世の中だなぁとこぼす、普通の高校生になった。 ○ 「あっ、片桐君!ちょうどいいところに!」 学校からの帰り道にクラスメイトの音無に声をかけられた。 帰り道が似通っているせいか、音無に会うことは多い。おれは嫌な予感がして、思わず眉を寄せる。 音無に会うときは、たいていロクなことが起こらない。 音無は正義感とエネルギーの塊が人の形をして歩いているような女だ。 タバコをポイ捨てするやつがいれば、ガラの悪い相手だろうと臆せずに注意する。拾った1円玉を150円のバス代を払って交番に届けに行く。 そして、今日は帰宅途中に出会った、迷子の子供の親を探し出すところだという。 子どもを探している人を見かけなかったかと尋ねられただけなのに、音無の勢いと熱意に押される形で、いつの間にか本格的に親捜しを手伝うことになっていた。 音無に会うと、本当にロクなことがない。 ようやく探し出した親の手をしっかりと握った女の子がばいばいと手をふる。音無は嬉しそうに手をふって、 「よかったね、見つかって」と言う。視線は、まだ親子の後ろ姿を追っている。 そんな音無を見ると、ふいに 「むいてるんじゃないか」というつぶやきが漏れる。 音無は、え?と言ってこっちに振り向く。 「いや、音無って、正義のヒーローって感じだなって」 正義のヒーローが具体的に何を指すのか、おれにはよくわからない。現実には、世界を我がものにしようとする怪人は出てこないし、毎週人類が滅亡の危機に瀕するわけでもない。 ただ、見ず知らずの人間のために自分の損得に無頓着になれる姿が、テレビの向こう側の彼らと重なった。 おれはもう高校生だし、毎週日曜日に悪に立ち向かうヒーローへの憧れを持ち続けているわけではない。この世の正義に則って戦うよりは、悪者であっても要領よく生きていこうとする怪人の方が共感できる。 正義のヒーローなんて、骨折り損、くたびれもうけ。全然、いいとこなしってことだ。テレビの中の世界では惜しみない称賛と名誉が用意されているが、 現実には疲労感が残るだけで、誰もほめてくれやしない。 だから、こんなにも他人のために必死になれる音無は理解できない。おれは、正義のヒーローなんてなりたいとも思わない。だから、 「私は、片桐君は充分、正義のヒーローだと思うよ」という音無の言葉には、単純に驚いた。 「最近、帰り道でたまに会うようになって、わかってきたんだ」 「な・・・どこが、だよ」おれは意味がわからなくて動揺する。 「私がタバコのポイ捨てを注意して、おじさんが逆上したとき、追い払ってくれた」 「警察を呼ぶフリをしたら勝手におっさんが勘違いしてくれただけだろ」 「拾った1円を届けるために一緒にバスに乗って付いて来てくれた」 「暗くなってから一人で出歩いたら補導の対象になると思ったからで」 「それから」 音無は、今はもう見えなくなった親子の姿をたどるように遠くを見つめて言った。 「迷子のあの子の親を探すのに協力してくれた。泣きっぱなしのあの子を元気づけて、笑わせてくれた。巻き込んじゃっただけだから先に帰るように言ったのに、結局最後まで一緒にいてくれた」 音無はおれに向き直る。とても柔らかい笑顔だった。 「あの子にとって、片桐君は正義のヒーローになってると思うよ」 「おれは、ただ、子供が泣くのが苦手なだけで・・・」言葉に詰まった。 だって、あの子、泣いてたし。親と離れ離れになれば、泣きたくもなる。おれが、そうだったから。すごく、こわいことだとわかるから。そばにいてくれる誰かがどれだけ必要か知っているから。 立派な動機も、確固とした正義感も持ち合わせていたわけじゃない。 わかるから。知っているから。だから、放っておけなかった。 「ほんとうに、それだけだから」おれは自分の声がすごく頼りなく響くのがわかった。 「音無が言うほど、たいそうなものじゃないから」 おれは音無みたいに、強い人間に立ち向かっていけるだけの勇気はないし、拾った1円を返そうとするほど無欲なわけじゃない。大げさな言葉には見合わない、ちっぽけな人間なんだ。 だから、正義感とエネルギーの塊のような音無が、めんどくさくて、理解できなくて、呆れていながら、少しだけ、羨ましく思っている。 「そういうものなんじゃないかな、正義の味方って」音無の声は、なんだか とても穏やかだった。 「毎週怪人を倒さなくても、喧嘩はからっきしでも、100%他人のために生きなくても」 おれの手をとって、言う。 「ほんの少し、人のためを想って行動できれば」 触れた手のひらは、ちゃんと36度の体温が感じられた。 「片桐君は、それができるじゃない」 音無はおれの手を握る。 「それに、テレビのヒーローは日曜日にしか活躍しないけど、片桐君はこうして平日でも活動してるし」 おれは、思わず吹き出した。 「な、何!私、変なこと言った?」あわてる音無に、おれは笑いが止まらなかった。 そうだな。難しく考えることはないのかもしれない。 かっこよくて、非の打ちどころのない正しいヒーロー像は日曜日にだけあればいい。 おれは、情けなくて、欠陥だらけの平日のヒーローでいい。 背伸びしなくても、万能じゃなくても。36度の、人肌の温度のかよったヒーローの方がいい。 さんざん目の前で笑われて膨れ面になった音無に謝りながら、考える。 おれには、おまえと同じ36度の体温がかよっているだろうか。握ったおれの手は、冷たく感じなかっただろうか。 もし、そうでなかったのなら。 おれは、さっきまでの笑いとは違う意味での笑顔が自分に広がるのを感じながら、思った。 それは、すごく誇らしいことだな、と。 |
やしろ
2011年02月06日(日) 12時09分33秒 公開 ■この作品の著作権はやしろさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.4 永本 評価:30点 ■2011-02-27 14:28 ID:HLn.vwP7l/s | |||||
初めまして。 軽快でどこが懐かしい児童文学を読んでいるような気分になりました。タイトルのセンスといい軽快な文体といい作者様のなみなみならぬセンスを感じますし、作品のテーマもありきたりなのだけれど非常にシンプルで、さらに主人公を背伸びしているちょっと斜に構えた高校生を使うことで最大限に生かされておりそこもまた作品の魅力になっています。 これを書いたやしろさんは高校生なのでしょうか。少し中二病チックな若者独特の心理描写が上手く表現出来ている、「上手さ」を感じる作品でした。 特に最後の「36度の、人肌のかよったヒーローの方がいい」という書き方はちょっと嫉妬するくらいに良いなと思ってしまいました。 次は長編を読んでみたいです。では。 |
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No.3 zooey 評価:30点 ■2011-02-07 02:32 ID:LJu/I3Q.nMc | |||||
はじめまして、読ませていただきました。 タイトルのセンスがいいですね。 たとえ普通の人であってもヒーローになりえるというのが 伝わるタイトルだと思います。 扱っているテーマも多くの人の共感を得るようなものだったと思います。 欠点が多く、平凡であることにある意味引け目を感じている主人公が それで良いのだと悟るところは 読み手を元気づけると思いました。 ラストの「36度の体温」という表現が独特で素敵でした。 ただ、「共感を得る」というのは 意地悪な言い方をすれば「みんな知ってる」ということにもなると思います。 だから、表現の仕方を工夫したり、 描写にもっと凝ったり、 そうやって、作品の個性を出して、 物語に引き込む必要があるんだと思います。 ラスト、主人公が「平日のヒーローでいい」と語るところの描写は、 とても良いと思うので、 同じような雰囲気を全編に広げられれば さらに良い作品になると思いました。 ……と、偉そうに書いてしまいましたが、 私自身、まだ本格的に書き始めて間がない超未熟者なので、 的外れであれば無視してください。 では 失礼します。 |
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No.2 あや あつし 評価:20点 ■2011-02-06 14:37 ID:n/TBWkEwj6A | |||||
日々、人との関わりの中で平穏に生きていけることがいることは幸せなことです。このお話はそういう人がヒーローと言っているのでしょうか?それならばもう少し他の言い方があるのかもしれません。たとえば「36度の日常」とかとか……、自分に忠実、厳しい生き方を貫いている人がヒーローだと私は思います。少し違和感を感じました。 | |||||
No.1 ころんぶす 評価:40点 ■2011-02-06 14:32 ID:82qMUHdTk1w | |||||
はじめまして。 拝読しました。 第一印象というか、読後の気持ちは……かわいい!でした。 片桐クンも音無サンも素晴らしくいい人ですね。読んでいて気持ちがほっこりしました。会話のテンポが良かったからか、すんなりと読めたのも好材料でした。 ただ、もう少し彼らの周りの情景の描写があった方がよかった気がします。主人公の心の動きや会話ばかりで、場所などをイメージする材料が少なくなるのは勿体ないです。 でも楽しく読めました。もっと長くても嬉しかったです。 ころんぶす |
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総レス数 4 合計 120点 |
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