母の愛は時速160kmのオーバスローからのストレート |
5月の第二日曜日は、母の日です。我が家では、この日は、私は父と一緒に亡き母の墓参りに、妻は一人住まいの義母の家でおしゃべりをして一日を過ごすことにしています。 私が子どものころの話です。 当時、父が勤めていた会社は、甲子園球場の阪神タイガースの公式戦のバックネット裏の特別指定席を何席か年間予約をしていました。 たぶん、取引先の接待用に使っていたと思うのですが、父は、余ったチケットをたびたび会社からもらってきました。 私と父は、そのチケットで阪神タイガースの試合をよく観戦に行っていました。 何回かタイガースの試合を観戦しているうちに不思議なことに私は気がつきました。 当時エースだった江夏が当番する試合には、私たちが座っている席の少し離れた席に、場違いな、おばさんがいつも試合を見に来ているのです。 おばさんは、いつも大声で「江夏カンバレー!」と江夏を応援しています。 当時の江夏は、全盛期でした。相手チームの打者は、江夏の投じる快速球に手も足もでません。 打者が凡退する度に、おばちゃんは大喜びです。 「誰やろ、あのおばちゃん、江夏の大ファンかな。すごい応援やな」私が父に言うと、父は笑って、「敦、あのおばちゃんは有名な人なんやで」私に言いました。 「おとうちゃん、誰なん?」いくら聞いても「そのうち教えたる」そういって父はなかなかおばちゃんの正体を教えてくれませんでした。 ある年の5月の第二日曜日のことです。テレビでプロ野球選手がお母さんにカー-ネーションを手渡すという趣旨の番組が放送されていました。 江夏が、吹田の実家を訪れておかあさんにカーネーションを渡す場面になりました。 江夏は、恥ずかしそうに小さな声で「おかん、応援いつもありがとう」そう言ってカーネーションの花束をおかあさんに渡していました。 びっくりしました。花束をもらって満面の笑みを浮かべていたのは、甲子園球場でいつも江夏を応援していたあのおばちゃんだったからです。 「江夏のおかあちゃんやったんや」私は、テレビに釘付けになっていました。 そういえばおばちゃんの応援は、江夏の投球のように自慢のストレート一本勝負で、打取ることを信じて疑わない強気の応援だったと思い――血はあらそえないねえ――と意味不明な理由づけをして納得したことを憶えています。 今になって考えると「豊、ガンバレー」と応援していたら、母親が観に来ていることを江夏が気づいて本来のピッチングが出来ないことになるかもしれないという気づかいがおばちゃんにあったからだ、容易に理解できますけれど。 父のように、おばちゃんの正体に気がついていても、自分のことを詮索してほしくないから「江夏、ガンバレー」で通していたおばちゃんの気持ちが判っていた阪神ファンがたくさんいた、そう思います。 私が子どものころは、人の心にそれだけ潤いがあったいい時代だったと思えるのです。 母の愛は、投手のピッチングスタイルに例えると、オーバースローからの時速160kmのストレートの真っ向勝負に似ている。 亡くなった母もそうでした。あまり社交的な人ではなかったのですが、子どものこととなると見境いがないというか、恥も外聞もすてて一生懸命になる人でした。 内勤社員で生命保険会社に入ったからいいと言うのに、盆休みとか正月休みに家に帰ると「敦、知り合いの人の息子に赤ちゃんができてね、あんたから保険に入るって言っているから」頼みもしないのに、私のために保険契約加入の約束を必ず取り付けているような人でした。 「おかん、今年も来たで。おとんもまだまだ元気や。心配ないで。たまにしか来れんで、ごめんな。うちの家族もみんな変わりなく元気で頑張ってんで、安心してや。いつもありがとう。ゆっくり休んでな」 今年も5月の第2日曜日が来ました。いつものように母の墓前で、感謝の言葉を伝えている私がいます。(おしまい) |
あや あつし
2011年01月23日(日) 16時57分01秒 公開 ■この作品の著作権はあや あつし さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.3 D坂ノボル 評価:30点 ■2011-02-24 00:41 ID:IW0UZXaRng2 | |||||
拝読しました。 頻出する関西弁のローカリティーが内容の温かさとマッチしていい雰囲気を出せていると思います。 タイトルもインパクトがあってよかったし、全体の文章も丁寧で安定感がありました。 目新しい内容、というわけではないですが、それが却ってこの温かみを最大限に活かせていると思いました。 |
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No.2 無花果 評価:30点 ■2011-02-21 18:31 ID:qDaj5EVH48E | |||||
拝読しました。 ……ごめんなさい、正直感想を書くのはあまり得意ではないんですけど。 こういうの好きです。 お母さん大切にしたいなって思いました。 |
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No.1 新地 評価:20点 ■2011-01-28 20:19 ID:sIenXQiJOZg | |||||
拝読しました。 力みのない、自然な流れが最後まで持続されていていいなあ、と感じました。 それだけに、最初の私が子どものころの話です、に行くところで何の説明もないというのは、勿体ないかな、と。読むとここで躓いてしまい、それ以降躓くところがどこにもないので、尚更そう思います。 それと、タイトルイコール結論という構成の作品は、タイトルがキャッチーでなければその良さがでないのではないかな、と思います。 |
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総レス数 3 合計 80点 |
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