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ザーザーザーザー雨の音。 ズルッ 纏わり付くような嫌な音がした。続いてドサッというような何かが倒れる音。10代半ばぐらいの少年は血糊のベッタリついた包丁を緩慢な動作でテーブルに置いた。天井を仰ぎ、ホッとしたような、それでいて悲しそうな何とも言えない表情をした。 そして少年は反り血で濡れた服のまま外に出た。 夜中の12時をまわろうかという時間と降り続く雨のせいで道には誰もいない。少年はゆっくり大雨の中を傘もささずに歩きだした。住宅街のある細道から大通りに出ると、一台のタクシーとすれ違った。夜中でしかも雨の中を一人でフラフラ歩く子供を見れば誰だっていぶかしむ。ヘッドライトで少し照らすと、もとは白かったであろうシャツは赤に染まっている。 「ヒッ…」 タクシーの運転手の息を呑む音。次の瞬間、少年は走り出した。 タクシーから逃げた後あの運転手は警察に通報したらしい。遠くでパトカーの音がする。こんな状況でも自分は何故か冷静だった。目的地までは後、数キロある。 「パトカーと鬼ごっこだな…」 ボソッと呟いて少し走るスピードを緩めた。 さっき思った通り、程なくしてパトカーとの鬼ごっこが始まった。 「そこの少年止まりなさい。そこの少年止まりなさい。」 さっきから同じ言葉がとんでくる。テレビとかでよく聞くこの言葉、無駄だとは思っていたけど、自分が追われる側で聞いてると無駄なことこの上ない。(誰が待つか!) もう目的地が見えてきた。T川にかかる橋だ。あと10メートルぐらいで橋につくというところで橋の反対側からもパトカーのサイレンが聞こえてきた。橋に差し掛かると、赤いランプも見えてきた。橋の真ん中程で囲まれる。パトカーから警官がおりてきた。警戒と困惑が入り混じった表情で取り囲む。 「ごめんなさい」 聞こえたかどうかはわからない。小さな声でそう呟くと、躊躇うことなく橋から身を投げた。 耳元の風切り音。どんどん近づいて来る茶色く濁った唸る水。そして… 砂利の川岸を水がかすめて通って行く。太陽のない見渡す限りフワフワと霧の漂う場所。そんな中で向こう岸の見えない程の大河だけがどこからか来る光を受けて光っている。 ここは三途の川。今日も死者がフラフラと歩いて来る。 そろそろか… そう思って席を見回す。満席だ。だが客は皆一様に虚な目をして、色々な方向を見るともなしに見ているのかなんなのか…。 フウッと一つ息を吐くと、桟橋から突き出た杭に引っ掛かってるヨレヨレの紐に手を掛けた。 ジャリッ 川岸の砂利を踏む音がした。顔を上げると30代半ば程の男(疲れた顔をしてるのでホントはもっと若いかもしれない…)が立っていた。 「向こうの桟橋で『あんたはあっちだ』と言われたんだが…」 男は、全てがどうでもいい、というような口調でそう言った。だが席は満席。そんなわけで、 『今は満席だからこの船が戻って来るまで待っていてくれ』 というようなことを伝えた。いつだったか、喋り好きな奴に聞いたが(聞かされたが)俺の声は耳じゃないところで聞いてる感じがするのだそうだ。唇も全く動いてないという。(他にも全身黒衣だとか、普通の人の白目の部分が黒くて、黒目の部分が白いだとか、『あんたは死神だ!』とか決め付けられたりなんだりと色々…) まぁそれはさておき、そう伝えると男は不思議そうな顔をして、俺を…正確には俺の足元を指さした。見ると確かに一つ席が空いている。 『あ…』 灯台下暗し というところだ。 もう一度男の方を見て、頷くと男はフラフラとよって来た。危なっかしい足どりで船に乗り、ストンッと腰を下ろした。 「はぁぁぁ〜」 大きな大きなため息一つ。 男が座ったことを確認すると紐をはずした。舵を操り、川の下流に船頭を向け、川の真ん中に船を進ませる。この船は川を対岸まで渡り、天国とか呼ばれる場所に行くわけではなく、生前に罪をおかした者や自殺者などを地獄みたいなところに引っ立てて行く船だ。 「まだ生きていた方がよかったのかな?」 男がポツリと呟いた。「だってまだ色々やり残した事があるのに。再就職先も決まってないし…ああ決まらないから死んだんだっけか………」 別に誰に言ってるわけじゃない愚痴が延々と続く。 男の口ぶりからすると、どうやら就職難から自殺をしたようだ。 延々と変わらない周りの景色と、延々と終わらない男の愚痴。 どのぐらい進んだだろうか。辺りがジワジワと暗くなってきた。しばらく行くと完全な闇に包まれる。その暗闇の中を少し進むと急に明るくなった。だが、眩しいけど綺麗で暖かな陽光ではなく、ベットリしていて燃えるような、それでいて刺すような冷たさのある赤い光りだった。いつ何度見てもこの光りには慣れない。いつも背筋にゾワリとくる。 桟橋に船をつけると皆おぼつかない足どりで下りていく。あの男の愚痴はいつのまにか止んでいた。 一番最後、男が船から下りる時、 「お前は、いいな…」 何がいいのかわからないけど、「自分はいいんだな」と思ってしまった。そんな言い方だった。 桟橋から離れ、さらに船を下流に進めて行く。前方に一際濃い霧が見えてきた。あれを抜けると不思議なことに、上流の人を乗せたスタート地点に戻るのである。フワッといつも通り霧の中に入る。途端に、キィィンンというような鋭く高い耳鳴りがした。思わず屈み込む。耳鳴りは始まった時と同じように突然止んだ。止むと同時に霧を抜けた。桟橋が見えてきた。 桟橋に船を横付けするとお客は勝手に乗って行く。その間にさっきの耳鳴りの事を考える。 あれが何かの予兆なのか?だとしたらなんの予兆なのか?全体を突き詰めて遡る。すると今までも何度か考えたことがあるような疑問についた 〈俺はなんでここでこんなことをしているんだ?〉 ここにいるということは一度死んだということだ。じゃぁいつ死んだ?何故死んだ?どうして地獄や天国あるいはその他の場所に行けない? ずっと考えながら船を出す。気がつくと視界が真暗になり、赤っぽい嫌な霧が出る場所に来ていた。桟橋に船を付ける。お客は勝手に下りていく。全員下りた事確認するかしないかのうちに、出航。今度はまわりをみている。あの霧が見えてきた。突入、とどうじにやはりあの耳鳴りがした。だが耳鳴りと同時に頭のなかに変な場面場面だけの映像が流れた。赤と赤の視界。車のヘッドライト。大きな橋。眼前に迫る茶色く濁った水。それらの映像がフラッシュバックのように流れた。だがすぐに止む。霧を抜けたからだ。 今の映像は自分がここに来て船の渡し守をする前の、つまり生前の映像だ!。根拠はないが、そう思った。また近づいて来る桟橋。 待っているとお客は乗って行く。ちょうど船の半分ぐらいまでお客が乗り込んだところだった。いきなりまたあの耳鳴りがした今回は一層強い。耳鳴りがはじまった直後、違和感のある気配を感じて、うずくまりそうになるのを必死でおさえ、その気配の方に目を向けると、黒装束の少年が立っていた。目は白目の部分が黒くて黒目の部分が白い。つまり自分と同じらしい。 そしてそいつは言った。 『ほら行け。繰り返すんだよ。俺達、いや、俺は。ずっと繰り返すんだ。それがやってしまった俺の定めだ。』 意味不明の事を言い、ドンッ、と俺の肩を強く押した。グラリと状態がかしぐ。船の縁に足が当たる。そのまま後ろへ倒れる。背中にくるのは冷たい水だと思ってたが、ズブリ、となにかドロリとしたものに沈む感覚があった。少なくとも水ではない。そしてそれの中に、沈んでいく。沈んでいく。沈んでいく。 どれぐらい沈んだかわからない。その間ずっと映像が頭の中に流れ続けていた。自分がした事。さっきの奴が言った言葉の意味。自分が地獄にも天国にも行かない事。終わるかどうかもわからない、償い。 そして全てわかった後の一瞬ほどの空白つまり[無]の時間。それをさかいに今わかった事も今までやっていた船の渡し守の事も全ての事を忘れていく。手ですくった水が零れていくように。ドンドン、ドンドン記憶だけが沈んでいくのか、浮かんでいくのか。とにかく自分から離れていく。記憶と一緒に意識も飛んでいく。 そして全てがブラックアウト。 〈どうしよう?〉幼い時からずっと考えていた。 父親の渋谷晴彦が知人の借金の保証人になり、その知人がトンズラしたのは渋谷翼が0歳と11ヶ月の時だった。そして背負わされた借金は総額1億7000万円。さらに晴彦は翼が9歳の時に自殺。残されたのは母、渋谷麗子と翼だけ。 毎日仕事で遅い母。翼が一人の時に借金の取り立てが来るのは日常茶飯事だった。 〈母さんを殺してあげなくちゃ〉12歳ぐらいの時からそう思うようになっていた。 現在翼は14歳。年齢をごまかしてバイトをやっている。そんなある日、学校に連絡が入った。[母が倒れた。すぐ病院に来るように]とのことだった。原因は過労。たいしたことは無く、直ぐに仕事復帰したが、翼にはその事件は以前から思っていたことを実行にうつす理由としては、十二分だった。 そして、9月8日水曜日。その日は麗子は早く帰って来る日だ。 夜11時。カチャ カチャン 二つの鍵を回す音がした。翼は台所からもってきた包丁を握りしめた。真っ暗な部屋の中に麗子が入ってきた。そして翼は畳を裸足で蹴った。もう後戻りはできない ザーザーザーザー雨の音。 ズルッ 纏わり付くような嫌な音がした。続いてドサッというような何かが倒れる音。10代半ばぐらいの少年は血糊のベッタリついた包丁を緩慢な動作でテーブルに置いた。天井を仰ぎ、ホッとしたような、それでいて悲しそうな何とも言えない表情をした。 そして少年は反り血で濡れた服のまま外に出た Repeat Repeat Repeat |
ナツ
2011年01月11日(火) 14時39分47秒 公開 ■この作品の著作権はナツさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.7 ω ̄) 評価:50点 ■2011-03-04 18:22 ID:qwuq6su/k/I | |||||
途中・・の舟?がどうやら色んな桟橋に寄っては、客を乗せて居るのが描写が分かり辛かった。それと、主人公が船頭なのも後になってやっと分かった。少年がだうして人を殺めたかも後になって分かった。全体的に、主人公が罪によりさういう舟の船頭をさせられている箇所の雰囲気やその情景が見事に暗くて幽玄だった。迫力も有ったし、渡し守の部分とか素晴らしかったです。川に警察に追われて飛び込む迄も、ドキドキしますた。 |
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No.6 HONET 評価:20点 ■2011-01-12 10:29 ID:WxZVLZ.IGNs | |||||
読みましたので感想を。 全体として、描きたいことはこういうことなのだろうな、という雰囲気は伝わってきました。しかし、それが物語として、シーンとしては読み取れなかった、というのが正直なところです。 文章作法については、ネットで検索すればいくらでも出てきます。作法は、ようは慣れだと私は思っていますので、書き続けるうちに少しずつ修正していけばよろしいかと思います。作法そのもので面白みがあるなしに直結するわけではないでしょうから。むしろ問題は表現的な部分かと。 表現の基本は5W1H、という言葉を聞いたことがあるかと思います。Who,What,When,Where,Why,How。これをしっかり説明している文章が小説として良い文章か、と言われるとそれとはまた別だと思いますが、少なくともこの程度の状況が場面ごとに分かるようになっていなければ、読み手にとっては負荷がかかると考えます。 どうしても、物語の筋を追っていきたくなる気持ちは分かりますが、そこをぐっとこらえ、どうすれば物語をより活かすことができるかを考えながら書いてみると、また物語は変化・進化・深化していくことと思います。 永遠にRepeatする物語。ちょっと不気味でちょっと哀れなこの物語を、さらに発展させられることをお祈りいたします。 |
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No.5 田尻 晋 評価:20点 ■2011-01-12 09:42 ID:CUDIGjRHC3k | |||||
初めまして 読ませていただきました。 つい引き込まれましたが、お母さんを殺すと言う心理がもう少し論理的に掘り下げされていればと思いました。でも、珍しい作品です。 |
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No.4 新地 評価:20点 ■2011-01-12 02:44 ID:py5g4zrHdBA | |||||
何がいいのかわからないけど、「自分はいいんだな」と思ってしまった。そんな言い方だった。 正直、私はエンタメ色の濃いものが苦手で、最初のほうは飛ばし読みしていました。 ただ上の文で、あ、ここからは今までと違うと感じました。 良かったです。 この文のあるあたりの書き方でまた読ませていただきたいと思います。 |
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No.3 zooey 評価:20点 ■2011-01-11 20:07 ID:qEFXZgFwvsc | |||||
初めまして、読ませていただきました。 情景の描写が、お上手だと思いました。 私は、情景描写の能力がミジンコくらいしかないので、参考になりました。 ただ、いくつか気になった点もあるので、指摘させていただきます。 まずは、ほかの方も書いてらっしゃいますが、 誰の視点か定まらず、少し読みにくかったです。 単純に、主語がわからない部分もありました。 最後まで読めば、すべて主人公の少年の視点だとわかるのですが、 途中の段階だと、わからないです。 おそらく、それはある意味狙っていて、 ラストで同じ人物であることを明かして、読者に印象を与えるというのを目指されたんだと思いますが(違っていたらごめんなさい)、 そういう手法でも、もっと読みやすくはできると思います。 たとえば、名前が出せないなら少年の服装で「白いシャツの少年は」とか、そういう主語を与えて、 場面が変わって三途の川の場面になったらまた服装を変えて、別の少年かもしれないと思わせておいて、 ラストで同じ少年であると明かす、みたいにすると、 読みやすくなると思うし、ラストも利いてくると思います。 あとは、主人公の人物像が浮かびにくかったです。 >「パトカーと鬼ごっこだな…」 >さっきから同じ言葉がとんでくる。テレビとかでよく聞くこの言葉、無駄だとは思っていたけど、自分が追われる側で聞いてると無駄なことこの上ない。(誰が待つか!) などの表現からは、小生意気な感じを受けますが、 >「ごめんなさい」 という場面で、一気に感じが変わってしまったように思います。 あと、霧の中で記憶を取り戻す流れが、少し強引に思いました。 いろいろ勝手なことを書いてしまって、すみません。 私もこのサイトは初めてなので、いろいろわからないことが多いですが、 お互いに頑張りましょう!! |
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No.2 片桐秀和 評価:10点 ■2011-01-11 19:09 ID:n6zPrmhGsPg | |||||
読ませてもらいました。 繰り返される物語。やるせない出来事が延々リピートされるというなんとも辛い話でしたが、こういう仕掛けのある話は好みです。好きな言い回しや、情景もありました。 初投稿とあるように、書き始めて間もない方と想像します。これでいいのかな?と迷ったり、悩んだりしながら書かれているように感じました(僕もそうなのですけれどw)。 実際問題、読んでいて混乱する部分が少なからずありました。視点の問題(これは誰から見て書かれているのかという問題)、文章作法の問題(三点リーダ『……』の使い方や、文法の問題)、文章配置の問題(どういった順番で文を並べ状況などを使えるか)、描写の按配の問題(説明で済ますか、場面風景を具体的に伝えるというバランスの問題)など、気になった点はいろいろあります。いきなりそう言われても難しいと思うので、市販小説やいわゆるハウツー本を読んだりされると、段々分かってくると思います。僕なりの説明をするよりは、多分分かりやすいと思うのでw。そんなこと言ってる人がいたな、くらいに思ってもらえれば幸い。 上記の問題から、純粋に話の内容を楽しめるという風には僕はなりませんでした。しかし「表現したい」という熱は感じた。この難しい話を書ききり、そしてご自身として言葉を必死に探して書かれたことはこれから書いていく上で良い経験になると思います。感想らしい感想にならず恐縮ですが、これからのご発展をお祈りします。 |
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No.1 みーたん 評価:20点 ■2011-01-11 19:09 ID:j6mwoV7KTlw | |||||
作者様の意図でしたら申し訳ないのですが、当サイト利用規約である『4.文章作法ルール』が守れていません。 利用規約、文章作法ともにトップページの左テーブルにございますのでそれに則って、この作品の修正をオススメします。 さて感想。 出始めから引き込まれ、一気に読みきってしまいました。 翼が送り込まれた所の世界観もどろっとしてていいんじゃないでしょうか。 気になったところとしては、翼が母を殺すに至った理由の根元が不明瞭なことです。 過労するまで追い詰められた母を解放してあげたいという歪んだ愛情なのか、はたまた借金取りから逃れたいという願望からなのか……。 そこが不明瞭なので、<母さんを殺してあげなくちゃ>の一文が引っ掛かりました。これは手前で考えろということですか?w 拙い感想ですがお許し下さい。 |
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総レス数 7 合計 160点 |
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