幽霊の恩返し

 1日目

 夏、部屋でぼんやりしていると、突然白い服の女があらわれた。

「あんた誰だ?」
「幽霊です」
「幽霊に会ったのは初めてだ」
「私も幽霊になったのは初めてです」
「何度もなるやつがいるか」
「えー」

 学生アパートの一室、せっかくの夏休みを無駄遣いしていた私は、おかしな幽霊に出会った。

「驚かないんですね」
「脳内で何十回も出会ってるからな」

 シュミレーションは完璧である。

「妄想じゃないですか」
「そうだな」
「はい」
「うん」
「………あのぅ」
「うん?」
「何かないんですか?」

 何かって?

「名前は何だ〜とか、何でここに〜とか」
「人と話すの苦手」
「ああ、そうなんですか」
「うん、ごめん」

 コミュ障ごめん。

「いやいや! 謝らなくていいんですよ? ただもうちょっとリアクションがほしいな〜と」
「何て名前?」
「いきなりですね、レイコです」
「幽霊だけに?」
「違います」

「なんでウチにきたの?」
「成仏する前にあちこち行ってみようかと思って、たまたま立ち寄ってみたら、わたしのことが見える人がいるようなんで」
「たまたまか」
「はい、たまたまです」

 たまたまなら仕方がない。

「うん、それじゃ」
「え?」
「え?」

「それだけですか?」
「それだけですが?」
「もうちょっとこう… ああ、いいです、こっちから話します。」
「それがいいな」

 主に私が楽だ。

「あなたの名前は何ですか?」
「太郎丸」
「変わった名前ですねー、男の人だったんですか? 女性だと思ってたんですが」
「想像に任せる」
「えー」

「太郎さんは何してる人なんですか?」
「大学生、今は夏休み」
「夏休みですかー、いいですねー、わたしも夏休みほしいです」
「いや、あんたは永遠にお休みだろ」
「痛いところを突きますね… ところでご家族は?」

 幽霊も痛い事ってあるのか?

「今は一人暮らしだから、両親ともちゃんといるよ」
「親孝行はちゃんとしなきゃですよー?」
「分かってる分かってる、あんたの家族は?」
「姉がいます」
「ふーん」
「恩返しはちゃんとしなきゃですよー?」
「分かった」

 姉が“いる”ってことは最近の幽霊か。

「とりあえずこんなところですかねー」
「何で死んだの?」
「はい?」
「なんか軽いし、恨みとかがあるわけじゃないのかな。と」
「ただの事故ですよ、うっかり階段で転んでそのまま」
「ドジめ」
「笑わないで下さいよ、こっちは死んじゃったんですから」

「で、成仏できずにうろついてた、と」
「いや、できますよ? ちょっと最後の旅行をしてただけです」
「はーん、そりゃ結構なことで」
「はい! 今日も高野山へお参りに行ってきたんです」
「幽霊のお寺参り………ちなみにどうだった?」
「やー、結構混んでましたねー、幽霊で」
「まじでか」
「でも本殿は結構すいてましたねー、綺麗なところでしたよ?成仏しかけましたけど」
「成仏すればよかったのに」

 30分後

「太郎さんもう寝るんですかー?」
「夜は早めにって決めてるんだよ」
「あー、じゃあ私も失礼しますねー」
「ほいほい」


二日目

「太郎さん! おはようございます!!」
「おやすみー」
「ちょ、朝ですよ? すずめも鳴きやんじゃいましたよ? て言うかもうお昼ですよー!? 何のために早めに寝たんですかー!?」

 ただの習慣ですが?

「って、なんでレイコさんいるの」
「お話しできる人は珍しいので、しばらくここに居座ろうかと思いまして」
「お金持ってます?」
「お金とるんですか!?」
「家賃だってタダじゃないからな」

「大丈夫ですよ、幽霊ですから、ごはんも食べないし、着替えも寝床もいりませんから」
「エコですねえ、うらやましい」
「なりたくてなったわけじゃないですけど。 さっきからなんでちょいちょい敬語なんですか」
「レイコさんのがうつっちゃった」
「………そ、そうですか」
「それはそれとして」
「はい」

「お金持ってます?」
「ありません! ごめんなさい!」

 で。

「とりあえず朝食にする」
「お茶漬ーけーたべよう永谷えーん」
「あ、お茶漬けのもとが一つしかない」
「あらら、ほかには何かないんですか?」
「出汁とる煮干しとか昆布しかない」
「かちかちですね」
「まあ私の分だけだし、いいか」

 ライスを召喚。

 炊飯器があらわれた。

「わたしのごはんはー?」
「飯食わないって自分でいってたじゃないか」 
「そりゃそうですけど…」
「無理なものはしょうがないって、よし、できたっと、いただきまーす」
「あ!そうだ!!」
「あ?」
「太郎さん太郎さん、ちょっとそのお茶漬けここに置いてください」
「? 勝手に食べるなよ? 仕送り前でお米は貴重なんだぞ?」
「大丈夫です、お米一粒とりませんから」
「ふーん? じゃあ、ほい」 
「ふふふ」 

 お茶漬けをじっと見つめる幽霊。

「………なにしてるんだ?」
「………はい! もういいですよ? どうぞ、食べてください」
「? いただきます」
「はい! 大変おいしゅうございました」
「?」 

 まあいいか、いただきます。

「………」 
「………味がない」
「不思議ですねえ」
「オイ」
「あはは、栄養は一切取ってませんよ?」

 この野郎、なんかしやがったな

「味だけいただきました」
「器用なことするな」

 無味無臭のお茶漬けは、べしゃべしゃしてるだけで大層まずかった。

 食後

「ご馳走様でした」
「お粗末にしました」
「粗末な幽霊め」
「ひどい!」

 無味無臭のお茶漬けなんて図工ののりみたいなもん食わせよってからに

「で、レイコさん?いつまでうちにいる訳?」
「言葉の端に棘を感じます… そうですね… 一人でウロウロするのも飽きたし、とりあえず成仏するまでですかね?」
「それ、生きてたら『一生お世話になります』って言ってるのと同じじゃ…」
「大丈夫ですって、夏休みが終わるころには向こうに行きますから」

 向こう、とは、あの世のことか

「まあ、そのくらいならいいか」

 どうせ予定もないし。

「やった! ありがとうございます! 少しの間ですが、よろしくお願いしますね? 太郎丸さん」
「こっちこそ、よろしくレイコさん」

 今年の夏は、少しは賑やかになりそうだ。

 こうして、私と幽霊の奇妙な夏休みが幕を開けた。

 二日目のつづき

 さて、不意に幽霊と同棲することになってしまった訳だが。

「レイコさんって何ができるんだ?」
「円周率は30桁まで言えます」
「それって凄いのか? いや、幽霊としての特技の話」
「私のことはどうでもいいって言うんですか!?」
「めんどくせえ女」
「ひどい!!」

 そういうのは追々でいいだろう、ひと月あるんだから。

「憑りつかれたりしたら嫌だからな」
「私のこと嫌いなんですか!?」
「めんどくせえ女」
「ひどい!!」

 もういいよこの下り。

「一緒に暮らすんだから注意事項とかそういうのが知りたいんだよ」
「それならそうと言ってくださいよ」
「コミュ障ごめん」
「やーいやーいコミュ障やーい」

「……………」

 あれ? 涙が出てきて
「ああ! ごめんなさい! つい本音が!」
 本音かい。

「太郎さん意外とメンタル弱いですね」
「慣れてないからな……… で、注意事項は?」
「え? ああ、さっきの話ですか? そうですねえ……… 冷房は28度までで」
「幽霊としての話は!?」

 そういうのはいいんだよ無視するから。
「無視しないでください!」
 幽霊との付き合い方教えろってんだよ。

「太郎さんが心配するようなことはないですよ、わたしそんなに力強くないですし、強いて言えば、外でわたしと話してると一人でぶつぶついってる変な人に見えるから気を付けてってくらいです」
「ああ、やっぱ普通の人には見えないのか」
「太郎さんも普通の人ですよね?」
「私はウルトラマジョリティーヒューマンだ」
「超大多数の人間ってなんですか」
「……………」

 いや、幽霊が見える時点でマイノリティーだったか?

「グダグダですね」
「話を盛り上げようと頑張ってるんです」
「言ったら台無しだと思います………」

 無駄口はほどほどにしてさっさと進めよう。

「ともかく、無害な普通の幽霊として扱えばいいのか?」
「はい、すけすけですり抜けてちょっと念力が使える普通の幽霊です、太郎さんには触れるみたいですけど」
「念力?」
「物を揺らしたりするくらいですけど」
「なるほど、分かった」
「それだけ言うのに無駄に遠回りしましたね」
「5行で済んだね」


 その後


「おでかけしましょう!」
「なんで?」
「親睦を深めるために!」
「今日めっちゃ暑いんだけど」
「わたしは暑くないです」
「私が暑いんだけど!?」

 本日の気温 39℃

「どっか涼しいところに遊びに行きましょうよ」
「うーん」
「この夏は一度きりですよー?」
「あー」

 確かに、こんな幽霊と過ごす夏なんて二度とないか。
 幽霊の最後の思い出作りに付き合うのもわるくないかな?

「太郎さんー?」
「あー、じゃあ、どっか行こうか」
「わーい、どこ行きますか? 太郎さん」
「レイコさんはどっか行きたいとこ無いのか? その、最後の夏なんだし」

 私は特にない、一人では滅多に出かけないし。

「………そうですねー、じゃあ、二人で何かできるとこがいいです」
「例えば?」
「映画とか?」

 一人でよくね?

「それ二人いるか?」
「デートみたいなのがしたいんですよ」
「デート?」

 性別不詳の相手と?

「恋愛とか縁がなかったんで」
「へー、意外、結構きれいなのにな」
「照れます」

 私もちょっと恥ずかしい。

「デートねえ……… 私もしたことないけど」
「おねーさんがリードしてあげます」
「あんたも初めてなんだろが」

 そんなわけで映画館。

「家族以外の人と来たの初めてです」
「レイコさん友達いないの?」
「バイトが忙しくて」
「そっか」

 チケット購入

「大人1枚で」

「太郎さん、腕組んでいいですか?」
「すぐ席に座るけど?」
「いま思いついたからいいんです」
「まあ、いいけど」

 誰にも見えないし。

「えへへ」ギュッ

 嬉しそうで大いに結構。

「で、席に着いたんだけど」
「私の席はー?」
「ごめん、忘れてた、一人分のチケットでいいやとしか考えてなかった」
「むー」
「どうせ誰も見えないし触れないんだから好きなところに座れば?」
「うーん、じゃあこうします」ギュ

 私の後ろから抱きつくように腕を回すレイコさん。

 感触はあるのに温度を感じないって変な気分だ。

「なんか映画っぽくない気がする」
「触れ合いが今回の目的だからいいんですよ」
「そんなもんか」

 あ、上映時間だ。

「はじまりますね」

 腕越しにレイコさんのワクワクした気持ちが伝わってくる

 今回私たちが鑑賞することにしたのは、昭和の田舎を舞台に、少年たちがひと夏の出会いと別れを通じて一歩成長するという、わりと王道な青春コメディ。

 私はまあ、こんなものか、というぐらいの気持ちで見ていたけど、時折レイコさんの笑い声が聞こえてきたり、別れのシーンで、私の体に回された腕の力が強くなったりと、うしろの相方は見入っているようだった。

   上映後

「おもしろかったですねー!」
「うん、結構安心して見れた」

 たまには王道もいいな。

「主人公のお姉さんが結婚して遠くに行っちゃうところなんて、わたし泣きそうになっちゃいました」
「ありきたりな展開だけど見せ方がうまかった」

 泣きそうなほどじゃなかったけど。

 そういえばレイコさんもお姉さんが居るんだっけか。
 主人公に共感するところがあったんだろうな。

    帰宅

「今日は楽しかったです」
「それはよかった」
「明日はどこ行きます?」
「もう明日の話?」
「時間は有効に使わないと」
「うーん、そういや冷蔵庫カラなんだっけ」
「じゃあお買い物ですね」
「晩飯ついでに買って来ればよかったな」

 明日の朝はカップ麺か………。

 3日目
 ショッピングモール

「太郎丸さん!この桃おいしそうですよ!」
「ちょっと高いな、しばらく分食料買うつもりだから余計なのはあんまり買わないぞ」
「大丈夫ですって、桃の一つぐらい」
「その【一つぐらい】が財布に穴をあけるのだ」
「いいじゃないですか、それだけしっかりしてたら買いすぎたりしませんよ」
「人の金だと思って」
「子犬のような瞳で見つめます」
「心を鬼にして拒絶する」
「お願いします、桃太郎丸さん!!」
「誰が桃太郎丸だ!!」

 それが言いたかっただけか!!

「『それが言いたかっただけか!!』」←レイコ
「あん?」
「猿まねです」
「………あ、そう」
「キジがなかなか思いつかないんですよねー」
「もういいって」
「そうだ、お団子買ってください」
「もういいって! 桃太郎は!!」

 団子なくても既についてきているしな!!

「あー、なつかしいですねー、こういうの」
「買い物が?」
「わたしがまだ小っちゃいころ、お姉ちゃんが買い物してるのをこんな風に邪魔してあそんでました」
「お姉さんはさぞ苦労しただろうな」

 大人になってまでこれだからな、レイコさんが子供のころはもっとやんちゃだったに違いない。

「本当、懐かしいですねー………」
「……………」

 なんか、急に冷めてきたな、不快ってわけじゃないけど。
 うっかり忘れてたけど、この人幽霊なんだよな。
 ってことは、死んでるんだよな。
 お姉さん、か。
 
   帰宅後

「帰ってきました! I’m come back to my home!!」

 何で英語。

「home じゃなくて room だけどな」
「細かいこと気にしてたら負けですよ!」
「誰に」
「自分自身に!!」
「そうか?」

 だんだんハジケてきたなこの人。

「で!明日はどうします!?」
「もう明日の話!?」

「時間は無駄遣いしちゃいけないんですよ!!」
「昨日も似たようなこと言ってたな」
「時間の大切さは365日変わりませんよ!」
「マグロかあんたは、止まったら死ぬのか」

 あ、
 しまった。

「………やだなー太郎さん、もう死んでますって」

 そうだった。

「その、ごめん」
「いいんですよ、受け入れてますから」

 何を?

 ………………………………………

 この日は結局、そのまま気まずくなって、さっさと寝てしまうことにした

 4日目 

「おはようございます、太郎丸さん」
「おはよー………」

 4日目の朝がやってきた。

「さあ! 夏休みはまだまだ終わりませんよ! 今日はどうします!?」
「レイコさん、いつもげんきだねえ」

 わしゃもうひと月分ハッスルしたきぶんだよ。

 レイコさんは本当にいつも元気で。

 ……………

 いつも?

 まだ4日目だぞ、レイコさんがうちに来てから。

「どうしたんですか?太郎さん、ぼんやりして」
「んあ? いや、ちょっと寝ぼけてて」

「あはは、何かおかしな夢でも見たんですか?」
「最近ずっと夢の中みたいだけどな」
 レイコさんがいるからな。

「おたがいさまですね、ささ、朝ご飯朝ご飯」
「はいはい」
「楽しみですねー」

 キッチンに向かう私、そういえば朝からきちんと飯の支度するのは、レイコさんが来てからは初めてだっけか。

 とりあえず、みそ汁と卵焼きとふりかけごはんでいいか。

「できたぞ」
「おお、ちゃんと定食になってますね、ちょっとさみしいですけど」
「朝だったらこんなもんだろ?」
「わたしは朝しっかり食べる派なんで」
「手間かけるんだねえ」
「半分はインスタントですけど」
「これも味噌汁はインスタントだけど」

 さあ食べよう、今日からちょっと机が狭くなるな。

「あれ?食器が二人分ありますね?」
「味のない飯はもう勘弁だからな」
「わたしのぶんもつくってくれたんですね? ありがとうございます!!」
「できれば本当に食べてくれると助かるんだけど」
「あー、それはちょっと無理です、味だけいただきます」
「贅沢な幽霊め」

 その特技ちょっとほしいぞ、盗み食いし放題だ。

 20分後

「ご馳走様でした!」
「お粗末様でした」
「やっぱり手作りのごはんはいいですねー」
「米炊いたのと卵焼きだけだけどな、私が作ったのは」
「そんなことありませんよ、全部太郎丸さんが作った物です」
「いや、インスタント使ってるし」
「そういう問題じゃないんですよー」
「ふーん?」

「太郎丸さんが私のために用意してくれたものですよ、全部」

 照れくさいな。

「レイコさん、その台詞中二っぽい」
「なんでですかー!?」

 ハートフルを目指したマンガの台詞みたいなんだもん

「でも太郎さん、ほんとにおいしかったですよ?」
「ありがとう」
「昔お姉ちゃんに作ってもらったのを思い出します」
「……………」

 またお姉ちゃんか。

 なんかすぐにお姉さんの話題が出てくるな。

「レイコさんのお姉さんって料理うまいの?」
「うーん、わたしどんなものでもおいしく食べられるからよくわからないんですけど」
「うん」
「私のお弁当友達に大人気でしたから、けっこう上手だったんじゃないですかね」
「お弁当お姉さんが作ってたの?」

 姉妹ってより親子みたいだな。

「はい、親が忙しかったんで、私の世話はいつもお姉ちゃんが焼いてくれてましたねー」
「お姉さん年離れてんの?」
「5つ年上です、小っちゃいころは結構いじめられてました」
「話からは仲よさそうな姉妹だと思ってたけど」
「そりゃあ仲いいですよ、でも小っちゃいころは一緒に遊んでたら体力とか全然かなわないんで、よく泣かされてました」
「5歳差は大きいな」
「それでもいつもかまってくれてましたし、最後は私の味方してくれてました、私が中学のころ………」

 レイコさん、お姉さんの話題だとやたら饒舌になるな、いつまででも話してそうだ。

 お姉さんの話で一日つぶすのもなんだな。

「ところでレイコさん、今日はどうする?」
「お姉ちゃん痴漢にライダーキックかまして……… え? 今日? えーと………」

 お姉さんの話はまた今度、覚悟決めてから聞くことにするよ。

「三日続けて金かかるのはちょっと勘弁してほしいけど、時間は大切なんだろ?」
「はい! それじゃあ、えー、今日は部屋でのんびりしましょう」
「あれ? 出かけなくていいの?」
「家でもできることはありますよー、ひたすらお話しするとか」

 まさかお姉さんの話をガッツリする気か?

「よく考えたら太郎さんの話はあんまり聞いてないなと思って」
「私の話?」
「はい、私の話ばっかりしてる気がして、太郎さんのことももっと聞きたいです」
「別に面白くないぞ?」
「そうやって逃げるのはナシです」

 私の話ね………。

「何でもいいですよ? 初恋とか武勇伝とか、家族の話とか」
「よし、じゃあ私が去年200時間耐久ドラクエにチャレンジした話を」
「あ、そういえば大学では何を勉強してるんですか?」
「聞けよ」

 私が生まれて初めて必死になった出来事だぞ。

「人のゲームの話聞いたってつまんないですよ」
「あんた私がどれだけ死ぬ思いでやったと思ってんだ」
「分かりましたよ… じゃあ最終的にどうなったんですか?そのチャレンジ」
「5日目に気絶したんだけど………」
「はいオッケーです、次行きましょう」
「いじわる幽霊め」

 どれだけ興味ないんだ。
 耐久ゲームの何が面白いって、そんだけ必死こいてやっても何も生み出さない事なんだぞ。
 そりゃ興味ないわな。

「いいからいいから、太郎さんの大学生活ですよ」
「えー、ほんとに何もおもしろくないぞ」
「大丈夫ですって、太郎さんがどれだけ非リア充だとしてもがんばって掘り下げますから」
「非リアじゃねーし! 友達ちゃんといるし!」
「じゃ、友達とどんな遊びするんですか?」
「えー、麻雀やったり飲みに言ったり………」
「おぉ、大学生っぽい」
「そうか?」

 まあ、そういうのは時々なんだけど。

「部活の友達ですか?」
「や、学科の友達」
「何学科ですか?」
「歴史研究」
「ほえー、歴史、研究者になるんですか?」
「や、そういうのはまだ決めてない」
「なんでそこに行ったんですか?」
「オカルトに興味があって、地域の伝承とか勉強できるかな、と思って」
「おばけの研究とかあるんですか?」
「いや、今のところは」
「へー、オカルト好きなんですか?」
「まあ、そこそこ」

 地獄先生ぬ〜べ〜が私の原点だ。

「はー、そういえば話変わりますけど」
「ん?」
「オカルトで思い出したんですけど」
「うん」
「わたしって幽霊じゃないですか」
「うん」
「オカルトに興味があったのなら、わたしに会った感想とかあります?」
「感想ねえ、そういえば特にないな」
「ええー」
「なんか普通の人みたいな感想しかない」

 時々幽霊って忘れそうになる。

「そうですか………」

 そんな残念そうな顔されても。

「太郎さんって、前からそういうの見えたんですか?」
「そういうのって?」
「幽霊とか」

 そんなホイホイ出会ってたまるかってところだ。

「レイコさんと会った時に言ったと思うけど、はじめてだよ」
「そうですか」
「うん」
「ご家族は? 不思議体験したことないですか?」
「うちは霊感一族じゃないよ、あ、そうだ」

 変なのと出会ったことはないけど。

「!?なにかあるんですか?」
「実はうちの家族」
「はい」
「みんなすぐ足の小指をぶつけるんだ」

 タンスの角とかにがすっと。

「尋常じゃなくどうでもいいですね」
「いやいや、笑えないぞ」
「笑ってませんよ」
「二年に一度は小指を折る人が出るんだ」
「不注意にもほどがあります」
「おかげで今じゃ、家の角という角にスポンジを張り付けてるくらいで」
「あれってそういう意味があったんですね」

 もちろんこの部屋にも同様の処置がしてある。

「それというのも昔、祖父さんが面白半分に友達に呪いをかけたのを返されたのが原因って聞いてる」
「地味すぎます、無駄にオカルトにからんでるし」
「ちなみにその友達は水虫に悩まされたらしい」
「呪い関係ないと思いますよ、たぶん」

「我が家のオカルトがらみの話はそのくらいだな」
「からんでるようでからんでないと思いますよ?」

「ちなみにレイコって名前の親戚も思い当たらないな」
「……………」

 黙り込まれてしまった。

「レイコさんとはたぶんほんとに縁はないと思いますよ」

 あれ

 なんでこんなこと言ってるんだ?

「……………」
「あ、ごめん今のなしで」
「あ、はい………」
「うん………」

 しくった 私の馬鹿。

「なんか変な空気になっちゃいましたね」
「ごめん」
「太郎丸さん」
「ん?」

「やっぱり、わたしが居たら邪魔ですか?」

 そんなつもりはない。

「何でそう思うんだ?」
「何か、わたし、幽霊ですし、いきなり押しかけてきて、この部屋せまいのに」
「……………」
「この間も、成仏すればよかったのに、とか」

 そんなの言ったっけ、うかつだったな

「わたしとは縁がない、とか」
「そういう意味で言ったんじゃない」
「じゃあ、どういう意味ですか?」
「いや、単に言葉通りの意味で、私とレイコさんが出会ったのには特別な理由はないって」
「そうですか」
「レイコさんといると楽しいし」
「そうですか」

 だめだ、話をそらそう。

 何か、レイコさんが乗ってくる話題を。

 そうだ、お姉さんの話なら。

「………レイコさん?」
「はい?」
「レイコさんの家族って、お姉さんだけ?」

 おい

「はい」
「親はどうしたんだ?」

 馬鹿、なんでその話題を選んだ。

「私が中学の時に亡くなりました」

 ああ、やっちまった。

「太郎さん、親孝行はきちんとしなきゃだめですよ?」
「うん………」
「一生後悔しますからね?」
「恩返しもちゃんとしなきゃだめですよ?」
「する暇なんてないかもしれないんですから」
「うん………」

 空気が重い………。

「太郎さん、ごめんなさい、なんか疲れちゃいました、今日はちょっと失礼しますね」
「うん」

 そのあとは結局、レイコさんは出てこなかった。
 私はすごすごと寝床に引っ込んで、今日はもう寝てしまうことにした。

 レイコさんは幽霊だけれど、成仏はしようと思えばできると言っていた、だからあまり未練はないのかと勝手に思っていたけど、そんな訳がないよな、若いんだから。

  その夜

 妙な寝苦しさを感じて目が覚めた、いつの間にか、レイコさんが私の枕元に立って見下ろしている。

「レイコさん?」

 どうしたんだ? こんな時間に、幽霊がトイレに起きることもないだろう。
 さっきから変なにおいもする レイコさんは黙ったままで、私は微動だに出来ない。
 だんだん怖くなってきた。

 「太郎さん」

 話しかけられた、変なにおいが少しだけ強くなる。

「なに?」
「なんで私は死んじゃったんでしょうか」
「ころんで頭ぶつけたからだっけ?」

 誰かに殺されたわけじゃない、ただの事故だ。
 また、事故と言っても、理不尽で防ぎようのないものではなく、本人の不注意によるものだ。

「やっと内定とれたんですよ」
「何の話?」
「お姉ちゃん、すっごく喜んでくれたんですよ」
「うん」
「本決まりになったころ、お姉ちゃん、彼氏に指輪もらってきたんですよ」
「指輪?」
「プラチナのリングに、彼氏さんからお姉ちゃんにって書いてあって」
「……………」
「わたしが自立できそうになったから、やっと受け取れたんですよ」
「そうなの?」
「お姉ちゃん、わたしのために、ずっと我慢してたんですよ」
「うん」
 
 想像もつかないな。うちは結構、裕福な方だし。兄妹もいないから。

「太郎丸さん」
「なに?」
「その体、わたしにくれませんか?」

 そうきたか。

「なんで?」
「体が有ったら、お仕事に行けるんですよ」
「うん」
「お給料がもらえるんですよ」
「うん」
「恩返しができるんですよ」
「……………」
「恩返しがまだなんですよ」

 何て言ったらいいかわからないよ。

「恩返しがしたいのか?」
「はい」
「体がないとできない?」
「はい」
「そのままじゃ無理なのか?」
「見えもしないし触れもしないのにどうやってするんですか」

 それはそうだけど。

「私の体はあげないよ」
「なんでですか」
「あげ方分からないし」
「大丈夫ですよ、何とかなります」
「体をあげたら私はどうなるの?」
「分かりません」
「おとなしく成仏しろよ」

 あんたはもう死んでるんだから。

「ちょっとでいいんです!!」

 レイコの声が頭に響く、匂いはますますつよく、きついものになる。

「お姉ちゃんはいつも!!」
「わたしのために頑張ってくれてたのに!!」
「何も返してない!!」

「これじゃあわたしは!」
「ただのお姉ちゃんの寄生虫じゃないですか!!」

「ぜんぶうまくいくはずだったのに!!」
「みんな幸せになるはずだったのに!!」

「お姉ちゃんが幸せになる第一歩を踏み出したところで!」
「なんでそんなときにわたしは死んじゃったんですか!!」

「せめて、お姉ちゃんが幸せになってから死ねばよかったのに!!」
「それか、だれにも気づかれないようなところでいなくなればよかったのに!!」

「こんな時に死ぬんだったら!」
「いっそ生まれてこなかったらよかったのに!!」
「お姉ちゃん!!」
「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」

 レイコの声が頭に響く。
 そりゃあ無念だったんだろう それがどのくらいかは想像もつかないけど
 でも。

「うるっさいわ!!」

 思わず怒鳴ってしまった。
 幽霊は恨めしげな顔で見つめてくる。
 知るか。

「分かったよ!レイコさんのお姉さんに会いに行ってやるよ! それで気のすむまでお礼させてやるよ!!」

 勢いに任せてとんでもないことを言ってしまった気がするが知らん。

「………本当ですか!!」

 食いついてきたし。

「本当だよ、だからもう静かにしてくれ」
「………はい!」

 そして静かになる部屋、おかしな匂いもいつの間にか消えていた。

 案外ちょろいなこの人、さっきまであんなに騒いでいたのに。

 まあいいか、ともかくこれで静かになった。


 ……………………………………

  5日目、

 早朝からレイコさんにたたき起こされた私は、財布と携帯だけ持って、彼女の姉の下を目指した。

 私と幽霊の夏が、終わりに差し掛かっているのを感じた。

 5日目、午前

 レイコさんの家は、思ったより近くにあった。
 私のアパートから電車で一駅分ほど移動したところにある、少々くたびれた様子の二階建て。
 建物の前の庭に軽自動車が一台止まっている。
 ここでレイコさんは、お姉さんと二人で暮らしていたらしい。

「帰ってきちゃいました」
「そろそろお盆だからな」

 ちょっとあそびに来るぐらい許されるだろう。

「こんなに薄暗いところでしたっけ?」
「そりゃ暗くもなるんじゃないか?」

 間違いなくここがレイコさんの家だよ。
 表札にまだ名前がある。
 まだ名前がある。

「お姉ちゃん、いるかな………」
「取り合えず、入ってみようか」
「はい」

 インターフォンに指を当てる。
 乾いた電子音が響き渡るが、反応はない。

「留守か? お姉さん、仕事は?」
「今日はお休みのはずです、そうじゃなかったら尋ねる意味がないです」

 もう一度呼び鈴を鳴らす。
 やはり反応はない。

「何かの用事があったのか?」
「お姉ちゃんが出かけるときはいつも車なんですが」

 庭一杯に軽自動車が鎮座している ほかの車があるわけではないだろう。
 もう一度押してみるか。
 再び呼び鈴を鳴らす。
 少しして、どすどすと床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
 そして玄関が勢いよく開かれる。

「何の用ですか」

 現れたのは、レイコさんを一回り大きくしたような女性だった。
 しかし、まとっている雰囲気は大きく違うように見える。
 レイコさんはいつも穏やかな雰囲気でいるのに対し、目の前のこの人は荒々しい。
 厳しい目つきで私を見つめてくる。 

「私は、レイコさんの友達なんですが」

 最も、家族を亡くしてそう簡単に穏やかではいられないだろうが。

「レイコの?」
「はい」
「あの子は死んだよ」
「先日知りました」
「………ふーん」

 彼女が私を邪魔くさそうに思っていることがありありとわかる。
 同時に、わたしに興味を持ったようで、じろじろと見つめてくる。

「それで、何しに来たの?」
「以前、レイコさんにお願いされたことがあって」

 生前にではないけれど。

「お願い?」
「とりあえず、仏壇を拝ませてもらってもいいですか?」
「ああ、いいよ」

 お姉さんは、そういうとさっさと中に入って行ってしまった。
 私は、彼女の後を追って家に入って行った。

 それにしても。

「散らかってるな」
「お姉ちゃん、いつもきれいにしてたのに………」

 仏壇のある居間は、あまり手入れされていないようだった。
 葬式の後のものだろうか、座布団が蹴散らされたように広がっている。
 廊下に出された大きなパソコン台がなぜか中途半端に居間に入ってきており、畳の床と廊下の板間の段差で傾いている、肝心のパソコンは見当たらない。
 居間の真ん中でそれだけ普通の状態で置かれているちゃぶ台がなんだか物寂しい。

 部屋の奥では、私の後ろで幽霊なんぞをしている女性が澄ました顔で、仏壇の中の黒い枠に収まっている。

 分かってはいたことだが、心がざわつくのを感じた。
 思えば、生前の彼女の姿をみるのは、これが初めてだ。
 私は、線香に火をつける。
 そして仏壇の前に正座し、かねを鳴らして手を合わせる。

 はじめまして、生前のレイコさん

 幽霊になったあなたは、未練が捨てきれないようですよ。

 いつのまにか、幽霊のレイコさんも隣に座って、私のからだにきつくしがみついていた。

「離してレイコさん、動けないから」

 腕が離れる。
 お姉さんは、私が拝むところをじっと見つめていた。
 それじゃあ、本題に入ろうか。

「レイコさんのお姉さん」
「なに?」
「レイコさんに頼まれてきました」
「へえ、何を?」
「お姉さんに恩返しがしたいんだそうです」
「ふーん」
「ずっと恩返しがしたかったんだって、言ってました」
「ふーん」
「でも本人がもういないので、そのことだけ伝えに来ました」
「はあ?」
「仕事が決まって、お姉さんがプロポーズされて、これからなんだって言ってました」
「……………」

 お姉さんは黙り込んでしまった。幽霊は何か言いたそうにしているけれど、きょろきょろするだけでいる。

「お客さんの名前って何?」
「太郎丸です」
「太郎丸さんって、レイコのなんなの?」
「五日ほど一緒に遊んだ相手です」
「……………」

 お姉さんは、なんだかイライラしたような顔つきになってきた。

 私自身、まだたった五日の付き合いだという事に驚いている。

 勢いでここまで来てしまったが、私は彼女のことを何も知らない。

 そんな相手にこんなことを言われても腹立たしいだけだろう。

 空気がみるみる悪くなっていく。

「そんなわけで、レイコさんにはお姉さんの話ばっかり聞かされてたんですが」
「ふーん」
「どうおもいます?」
「何が」
「逆に、お姉さんから見た、レイコさんの話を聞かせてもらいたいんですが」

 少し雰囲気が柔らかくなった。

「………手のかかる子だったよ」
「ああ、分かります、何度もからかわれました」
「かまってちゃんでいつもあたしのうしろに付いてきてたよ」
「仲良しだったんですよね」
「あたしとあいつしかいなかったもん、あたしが居なくなったらひとりになっちゃうからさ」
「はい」
「お姉ちゃんはどこにもいかないでねって、昔はしょっちゅう言ってきたよ」
「両親が亡くなったのは、レイコさんが中学のころでしたよね」
「中学の終わりにね、あたしが短大出て働く間際、8年前になるかな」
「思春期真っ只中ですか」
「そ、大変だったよ? ただでさえ不安定な時期なのに、ますますねじくれちゃって」
「想像もできませんね」
「夜中に歩き回ったりおねしょが戻ってきたり、ちゃんと親孝行しとけばよかったって言われたのがいちばんきつかったかな いろんな意味で」
「何て言うか、親孝行とか恩返しとか」
「そのころから急に気にしはじめてさ、そういうの だから、言ってやったのよ おまえが幸せになるのが一番の親孝行だ、今からできるのはそれしかないって」

 でも

「レイコさん、死んじゃったんですよね、それに、お姉さんにも恩返しとか」
「あんなこと言ったの、間違いだったかなって思うこともあるよ、あんたの話聞いたらなおさらさ 幽霊とか信じるたちじゃないけど、もし幽霊になってたら、世話になるだけなって恩返しできなかったって、まだそこらへんうろうろしてるんじゃないかって思って」
「ああ、ありそうですね」

 これには苦笑
 レイコさんも複雑そうな顔で笑っている。

「それでなんだけどさ、太郎丸さん?」
「はい」
「レイコは何か言ってなかった? 今が幸せだとか、そういうの」

 その場で尋ねてみる。

 レイコさん、生前のあんたはしあわせだったのか?

「お姉ちゃんはすっごくよくしてくれました、あれで幸せじゃなかったなんていったらバチが当たります」

 そのままお姉さんに伝える。

「そっか」

 やわらかい顔になるお姉さん。

「太郎丸さん、ありがとね、どんな状況でレイコがそんなこと言ったのかわからないけどさ、なんか楽になった気がするよ」

 そのお姉さんの様子を見て、レイコさんが叫ぶように喋りだした。

「お姉ちゃん! いままでありがとう! お姉ちゃん大好きだよ!? 勝手に死んじゃってごめんなさい!!お父さんとお母さんが死んじゃってから八年間、お姉ちゃんがその分もしてくれたから!お父さんとお母さんの八年分もあわせてお姉ちゃんのことが大好きだよ!? さびしいこともあったけど、ずっと幸せだったよ!」

 一息に言い切った言葉を、死んじゃって、の所を省いてお姉さんに伝える。

「そっか」

 線香の煙が揺れる。

 お姉さんはおもむろに立ち上がると、仏壇に向かって座り、手を合わせる。

「レイコ、あんた幸せだったんだ、お父さんと、お母さんと、私の分と、ちゃんと恩返ししてくれてたんだなお姉ちゃんもあんたのこと大好きだったよ、いままでありがとう」

 線香の煙が揺れる。

「お姉ちゃん、あっ」

 レイコさんが驚いたような声をあげる、振り向けば、そこにはもう、彼女はいなかった。

 私は静かに立ち上がり、帰りの支度をする。

「私の用はこれだけです、それじゃあ、そろそろ帰ります」
「もう帰っちゃうの?レイコの話、もうちょっと聞きたかったのに」
「いや、そういわれても、たかが五日程度の付き合いですし」

 これで確定になってしまったし。

「たかが、なんて付き合いで、レイコがそんな話をするわけない あいつ結構人見知りなんだから」

 そうは見えなかったけどな。

「まあ、デートするのは初めてって言ってましたけど」
「デートしたの!? あいつと!? え? どんなのどんなの!?」
「映画見て買い物しただけですよ」
「はー、あいつがねえ、って、太郎丸さんって男? 女の人だと思ってた」
「想像に任せます、レイコさんにもそう言いました」

 名前を聞いても男と疑いすら持たなかったことにむしろ驚いたよ。

「なーんだ、あいつ結構青春してたんだ、あいつのしてることっていっつもわかりにくいから」
「そうなんですか?」
「そういえば、あいつが死んだのもあたしがプロポーズされてすぐだったっけ、あたしが一人にならないで済むタイミングを選んでくれたのかな?」
「運命ってのがあるなら、そうかもしれないですね」

 本人はすごく後悔してたけど、お姉さんがそういうなら、それでいいだろう。

「そうだ、太郎丸さん電話番号教えてくれない?」
「いいですけど、なんでです?」
「なんとなく、レイコの話とかもっと聞きたいし、レイコのこと教えてくれたんだから今度はあたしのその後を教えてあげようかとおもって、レイコの最後の友達とは仲良くしたいし」

 最後なんて言ったっけ? 何か姉妹は通じ合うものがあるのかもしれない。

「じゃあ、これが私の電話番号です、そういえばお姉さんの名前は………」
「セイコ よ」
「じゃあ、セイコさん、せっかくなんでそのうち連絡します」
「オッケー、太郎丸さんのことは“プチ”って登録しておくわ」
「なぜに?」
「なんとなく、それじゃあ、彼と籍入れたら自慢の写メ送るわ」
「はい、それじゃあ」

 こうして私の幽霊体験は終わった、レイコさんは結局何に満足して行ったのかはわからない。
 私がここで仮説を立てても想像の域を出ることはない、私は結局、五日間しかあの幽霊と過ごすことはできなかったのだから。
 でも、あのいたずら好きでシスコンの幽霊と過ごした五日間は、ある意味とても有意義だったと思う。
 私が他人と関わりを持つきっかけになったから。

 あれから三か月ほど立った日のことだ。
 セイコさんから一枚の写メが送られてきた。
 こぎれいな部屋で、そろいの指輪を付けた男女。
 レイコさんの実家の居間で、おなかを大きくしたセイコさんと、ニコニコしている男性の写真だ。
 もう子供ができたらしい、交際五年を経てやっとのゴールインと言っていたから、いろいろ爆発したのだろう。

 生まれた子供には太郎丸と名付けるつもりだそうだ。

 遠くに行ってしまった大切な人とも結び付けてくれる素敵な名前だと言っていた。
 やんわりと反対しておいたけど………自分はそんな大した人間じゃないし、DQNネームみたいな気がする。

 私の名前だけどな!!

 セイコさんの結婚生活は今のところ順調らしい、会うたびのろけた話をきかされるから、私は旦那さんのパンツの柄まで把握するまでになってしまった。
 ちなみに、レイコさんの一件があってから、私とセイコさんはちょくちょく合うようになっていた、なんでも、性別を気にしなくていいから楽だそうだ。
 レイコさんがこの世にいたことを、気軽に共有できる人がいるのはうれしい、とも言っていた。

 そういった話をしているときは、時々レイコさんの声が聞こえる気がすることがある「恩返しは、きちんとしなきゃだめですよー」と。

 うん、そうだな。

 たまには、実家に顔でも出してみようかな。                   
                       終わり
ざわちゅー
2013年08月10日(土) 22時31分36秒 公開
■この作品の著作権はざわちゅーさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めまして、今回はじめて作品を投稿させていただきました。ざわちゅーと申します
 
 自分で書いた話を人に見せるのは初めてなので、内容がちゃんと伝わるか心配です
 なので、文章構成についての意見を聞かせていただければと思います
 できれば、話の感想も聞かせていただきたいです
 どうか、よろしくお願いします

この作品の感想をお寄せください。
No.10  ざわちゅー  評価:--点  ■2013-10-26 05:01  ID:akYfucQkqCc
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白星奏夜さん、コメントありがとうございます。

レイコさんは書いててとても楽しいキャラだったのでいろいろ動かしてみたら、彼女が割と勝手に動いて面白かったです。

鈴木理彩さん、コメントありがとうございます。

桃太郎丸の下りは、思いついた瞬間書かずにはおれなかったので、気に入っていただいて幸いです。

 レイコさんが消える瞬間についてですが、この世に未練がなくなった時のそのひとの人の気持ちなんて本人以外には分からない事だと思った事と、未練がないならすっぱり消える方が自然な気がしてこうしました。あと、正直に言うならば、この話にはあまりファンタジー的な要素を入れたくなく、そうすると消える瞬間のいい描写が思いつかなかったという事もあります。
No.9  鈴木理彩  評価:40点  ■2013-10-07 13:46  ID:L6TukelU0BA
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拝読致しました。
面白かったです。
特に前半のコメディ部分が最高でした。
特に、
「子犬のような瞳で見つめます」
「心を鬼にして拒絶する」
のところがかなりツボでした。
強いて言うなら、れいこさんが消える瞬間の描写がもうちょっと欲しかったです。
No.8  白星奏夜  評価:30点  ■2013-09-12 16:41  ID:dbLoPNFyZTM
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こんにちは、白星と申します。

会話のかけあいがとても楽しかったです。会話にしろ、動きにしろ、ころころと動くヒロインが好きなので、レイコが可愛く見えました。

最後、主人公の心が少し動くのが良かったなあ、と感じました。拙い感想ですみません。ではでは〜。
No.7  ざわちゅー  評価:0点  ■2013-08-14 21:25  ID:nYERjmmtc2k
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 前沢遥斗さん、コメントありがとうございます
 レイコさんがの消え方についてですが、本当は彼女の心情を何か一言であらわしておきたかったのですが、死んだ人の気持ちなんてわかんねーよ、ということで最後の気持ちはあの世まで持っていってもらうことにしました
 エピローグのオチについてはもう苦しまぎれに近いのですが、うまくまとまっていたでしょうか


タキレンさん、コメントありがとうございます
 夏らしく、幽霊ものでひとつ書こうと思ってやってみたのですが、一人暮らしのキャラって使いやすいですねww
 
どうもありがとうございました
No.6  タキレン  評価:40点  ■2013-08-13 17:49  ID:CRdCA9criTg
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実は私も幽霊と一人暮らしの人を題材にした作品を書いた事があったので興味を持って読ませてもらいました。

最初のノリと後半のシリアス。
ちゃんと両立出来ていて面白かったです。
No.5  前沢遥斗  評価:40点  ■2013-08-13 16:17  ID:KRks/.JPHNk
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拝読しました。

幽霊との面白いやり取りやラストの、消える前のレイコの感謝の言葉に感動しました。
どうやってオチをつけるのだろうかと、最後まで気になってさくさく読めました。

楽しいお話をありがとうございました。
No.4  ざわちゅー  評価:--点  ■2013-08-11 17:24  ID:akYfucQkqCc
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なるほど、たしかに前半と後半で読み方がかわってしまっているような気もします、前半を気に入っていただけたのならちょっと残念に見えるかもしれませんね

悲しいのに楽しい、というのは、ちょっと難しそうですけど、いつかそういう話も書いてみたいです

参考になりました、ありがとうございます
No.3  坂倉圭一  評価:0点  ■2013-08-11 15:50  ID:md7rtEPfapg
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そうですね、前半の「つっこみ」が面白かったので、たとえば「コミュ障ごめん」などです。
こういうつっこみがコロコロ入ってきて、それが僕の場合は退屈をしのいでくれていました。
が、最後の方になるにつれて、こうなるしかないよな、といった具合で読み進めていました。まあ、僕の予想範囲に収まってしまっていたということです。

人それぞれの好みがあると思いますので、もっと軽い方がよい、とは言い切れませんが、前半のテンポが好きだったので、No.1のように感想いたしました。
シリアスというよりは、この物語の性格上、「悲しいのに、何だか楽しい!」みたいな感じがいいのではないでしょうか。
No.2  ・ス・ス・ス楞・ス・ス[  評価:--点  ■2013-08-11 14:02  ID:akYfucQkqCc
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坂倉圭一さん、コメントありがとうございます

幽霊のキャラは自分でも割と気に入っているのでそういってもらえてうれしいです

後半はお姉さんの話をむしろもう少し掘り下げてシリアスにしたかったのですが、もっと軽いほうがよかったのでしょうか?
No.1  坂倉圭一  評価:30点  ■2013-08-11 13:16  ID:md7rtEPfapg
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読ませていただきました。

前半の軽いテンポが好きです。
後半はお話の締めくくり上、少し暗くなるのは仕方ないですよね。

いずれにしましても可愛い幽霊でした。
ありがとうございました。
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