黒い夜の帳

ハンクスの家には次男がいた。
次男――コーディ・ハンクスは本の好きな少年で、時間があれば読書をして過ごすような男の子だった。

当時、学校の蔵書室に足を運んでいたのは町の中でもコーディだけで、そのこともあってコーディは蔵書室の鍵を預かるようになった。コーディは自由に蔵書室に入れるから、例えば、日曜日の礼拝が終わると蔵書室にこもって読書をして過ごしていた。

私は、そのコーディのことが好きで、誘惑した。
女の子の間で語り継がれている予約制の森の小屋にコーディを誘い出し、一線を越えた。そうしてからコーディは本ばかりではなく私のことも気にしてくれるようになった。彼は気の弱い性格だったから、私を束縛するようなこともなかったし、小屋でするようなことを強要されることもなかった。節度をまもる幼い恋人のように周囲から見えただろう。

だから、コーディの両親に森の小屋に二人で入るところを見とがめられたのは運が悪かった。
あとで聞いた話では、コーディの両親が小屋のある一帯の森林を安く購入して、自分のものになった森を細かく調べている最中だったらしい。森の小屋は町では公然の秘密で、今後どうするかはコーディの両親を悩ませてもいただろう。その小屋を自分の息子が使っているのだと知ったのだから複雑な心境だったと思う。

私とコーディのお互いの両親が出したのは、間違いを犯してはならない、という当たり前の結論で、コーディと私とは二人で会うことを禁止された。誰かの目があるところでは親密なことはできない。会話もよそよそしくなる。つらかったし、悲しみは頭を麻痺させた。
それでも時間が経てば冷静になる。先に秘密を思いついたのはコーディだった。コーディは蔵書室の鍵を持っている――誰にも知られず誰にも気づかれない部屋を持っているのと同じだった。蔵書室で会えばいい、それが秘密だった。

コーディとは深夜、蔵書室で会うようになった。
夜の空気に古い本の甘い匂いと自分たちの体臭とが混ざるのは、悪いことをしているようだった。コーディは、そのせいで私よりもずっと感覚を鋭敏にしたし、欲望にも忠実になったようだった。森の小屋よりも蔵書室だとコーディは積極的で、優しさよりも強引さが目立った。それはそれで、悪くなかったけれど。

秘密を始めて、半月が過ぎた。
その夜は満月で、家から学校までの道もはっきりと陰影が分かるぐらいに明るかった。蔵書室にたどりつく。扉の鍵が開いていて、今日はコーディのほうが先に到着しているようだった。中に入る。薄暗いが、蔵書室の隅や本棚の陰以外には夜目が効いた。それぐらい窓から差しこむ月明かりが頼もしかった。ただ、いつもの窓辺の椅子のところにコーディの姿はなく、他を見回しても彼の姿は見えなかった。
いたずらで隠れているのだろうか。小声で、コーディ、と呼んでみても反応はない。月明かりの届かない奥の暗がりにいるのだろうか。何も見えない暗闇に目を向けると、深夜の蔵書室ににじんだ恐ろしい気配を急に意識させられた。どこかに幽霊がいるような、その幽霊が私のことを見ているような気になってしまう。
もう一度、コーディ、とささやいた。小さな声が、今度は不思議と蔵書室に響いて、返事のように衣擦れの音がした。その方に――蔵書室の奥に目を向けると、そこには背から揚羽蝶の紫色の羽を生やした小さな女――少女ではなく、大人の女小さくした姿で、黒い髪と黒い目でぞっとするほどの美人が立っていた。彼女は私と目が合うなり、にっこりとほほ笑んで、黒い煙になって消えた。

「コーディ! どこ!」

大声で叫んでいた。
秘密がばれるとかばれないとか、そのときの私には小さなことだった。それよりも消えた黒い女のことが怖くて仕方がなかった。人間ではない。天使のようにも見えなかった。悪いものにしか思えない。コーディに助け出してほしかった。何回も叫んでもコーディは姿を現さない。そのうちに当直の先生が私の声に気づいて、蔵書室にやってきた。私は、その見知った顔を見ると、気が抜けて泣き出してしまった。

私は、すぐに駆けつけてきた両親にひどく叱られ、しばらくの間は家の自分の部屋に閉じこめられた。
だから、色々なことを知るのは他のひとよりも数日、遅かった。コーディは、あの夜を境に誰も姿を見られていない。警察が私に事情を聴きにきて、それで私は初めて知った。私は何もかも包み隠さず話した。私がしていた悪いことよりもコーディが見つかることの方が大事だった。

コーディは見つからない。行方不明。事件に巻き込まれたのだろう、と警察は私に言った。
この小さな田舎の町で、行方不明は大きな事件だ。誰もが顔見知りだし、それは不良もマフィアだって同じ。町の住人を害するのは外の人間か、それとも痴情のもつれぐらいだ。ただ、そうはならなかった。誰もが噂して、根も葉もないようなことまで話題に上ったのが、急に静かになった。コーディのことをみんなが忘れた。ハンクスの家の人間さえ例外ではない。

今日はもう私だけがコーディのことを覚えている。それ以外の誰もが知らない。その私も学生時代がおわり、家の手伝いをするようになると、コーディのことを考える時間も少なくなった。親戚の紹介で、山向こうの町の青年と会うことになった。それがきっかけで、昔のことを久しぶりに思いだしたぐらいだ。
コーディを誘惑した森の小屋はもう取り壊されてない。森そのものが切り開かれ、ゴルフ場になっている。学校は、一年前に改築があって、蔵書室はなくなった。あのときコーディと過ごした場所はどこにも残っていない。私の記憶だけにしか残っていないのだと気づいた。
このままだとコーディの名前さえ思いだせなくなる。そんなふうに思うと、慌てて手元のメモにコーディ・ハンクスと彼の名前を書いた。
視線を感じた。顔をあげる。黒い髪、黒い目のぞっとするほど整った小さな顔が窓に映っていた。ふりかえる。誰もいない。もう一度、窓に目を向けると、そこには自分の顔が薄っすらと映っているだけだった。
何だったのだろう、と思いながら手元のメモに視線を落とした。コーディ・ハンクス――知らない名前が書かれていた。
tori
2020年10月18日(日) 20時49分33秒 公開
■この作品の著作権はtoriさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
前回は9年前だった
もうそんなに経っているのかあ・・・

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No.2  tori  評価:0点  ■2020-11-05 00:16  ID:nFMmR.2E6Us
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> 昼野さん
ありがとうございます。
ご指摘のとおり、安定しつつ何かこう物足りない・・・ですよね。強く掴めとるようなモノが私も欲しいです。
No.1  昼野陽平  評価:30点  ■2020-11-03 23:47  ID:Wp4JZ2MZ3Z.
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読ませていただきました。
ちょっとエロくてちょっと怖いという感じでなかなか面白かったです。
でもオーソドックスな幻想小説の枠にハマっているのでそこを抜け出して欲しいかなと個人的には思います。
ありがとうございました。
総レス数 2  合計 30

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