心無い人
私には心がない。
そう、よく言われている。

周りの人が皆口を揃えてそういう。
皆が言うのであれば、私に心はないのだろう。
心がなくて困ることはない。
……はずなのだが、この感覚が分からない。

体の中心から何かが湧き上がってくるかのようなこの感覚。
なにかを、どうにかしなければならない。早急に。早く。
でなければ何か悪いことがおこるのではないか
このままではいけないのではないか。
そういう思いはあるのに、何をすればいいのか見当もつかない。

妻にこの気持ちについて聞いてみたがそんなものは感じたことがないのだという。
会社の同僚にも聞いてみたが皆一様に首をかしげるばかり。
しまいには心がないからそういうわけのわからないものを感じるんだとまで言われてしまった。


そうか。
心が無いからこんな気持ちを感じるのか。
心があるみんなはこんなことは考えないのか。
私はこの気持ちが、この思考がどうにも苦手だ。
ならば、心を見つけてこんなことを考えないようにすればいい。
そう思い私は心を探す旅に出た。


旅の果て、私はついに心を見つけた。
コンテナの中に大量の心が仕舞ってあったのだ。
私は喜び勇んで心に飛びつこうとしたがそばにいた人に止められた。

私はその方に心を貰いに来たと伝えたが、その人は私の胸を指さし
「もうすでにあるじゃないか」と応えた。
私が反論すると今度は自分の胸にあいてる穴をさしたあともう一度私の胸を指す。
私にはあいてない穴を誇らしげに指さした彼に怒り私は怒気を荒げて抗議する。
彼は落ち着いた口調で、私がただ周りと一緒の存在になりたいだけだ。悪いことは言わないから今すぐここを去りなさい。と伝えた。

彼はきっとここにあるたくさんの心を独り占めにするつもりなのだろう。
私は彼を無視してコンテナの中に入って手当り次第に心を手に取る。
でも、心の入れ方なんかわからない。
またあの感覚が私を襲う。
私に心が無いから訪れるあの感覚。
私はそれを振り払うように一心不乱に心をこねくり回す。
胸に押し込んでも、砕いても、食べてみても。
……何をしたって、心は私の中に入ってこなかった。

万策尽きた私が心の前で座り込んでいると、彼が先程と変わらぬ口調でそんなに心が欲しいのかと聞いてきた。
心のあるあなたにはわからないでしょうね、と私が皮肉交じりに言うと、心の入れ方を教えてあげると返してくれた。
私がぱっと顔を上げると目の前にいた彼は私の肩をつかんで
入れたら最後もう戻ることはできないと忠告をする。
後悔なんかするわけないと返すと彼は私に心をくれた。


私には心がある。
みんなと同じように心がある。
もう、あんな嫌な気持ちを感じることはない。
心がないと誰も私を馬鹿にしない。
心とはこんなにも完璧なものだったのか。
私はみなと同じように完璧な存在になれたのだ。


ある休日、娘にどうして涙が出るのかと聞かれた。
心に風が通り抜けるのを感じながら、私は娘に答える。


それはね、心が無いからだよ
いかすみ
2020年02月25日(火) 01時07分06秒 公開
■この作品の著作権はいかすみさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
人の言う心って、周りに共感できるかで決まると思うんです
※プレビューで見た時に段落が上手く入ってなかったので空白の行で開けてます。読みづらく申し訳ございません

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No.1  通りすがり  評価:30点  ■2020-05-16 17:41  ID:UQcHp6qyFKU
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拝読しました。
逆説的で少しばかり皮肉が混じった内容なのかな、という印象を受けました。
面白いと思いました。
コンテナの番人みたいな人にもっと個性を与えてみると、もっと面白くなるかな、なんて偉そうに思ったりもしました。
稚拙な感想で失礼しました。
総レス数 1  合計 30

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