『彪〜Age13〜 お姫様との大冒険2』 『犬傀儡』編
 プロローグ 『雲天宮』と彪
 ……近づいてくる。『城』めがけて。いや、誰かを?それとも、なにかを?めがけて。
 強烈な『悪意』と『邪念』。
 でも、『それ』は、その『邪念』をあらわにはしないで、静かに近づいてくる。
 ……彼らは、まだそれを知らない。今後、運命の、大きな渦に巻き込まれようとすることを。
 ……今は、つかの間の平和。
 彼らは、まだそれを知らない。

 ……『天地界(てんちかい)』、『玉雲国(ぎょくうんこく)』の、玉雲城内。『斎姫(いつきひめ)』の住む、男子禁制の宮殿、『雲天宮(うんてんきゅう)』内で、新米『斎姫補佐官』の『巫覡(ふげき)』、白点(はくてん) 彪(ひゅう)は、宮殿じゅうに、怪音を響かせているところだった。
 その音に、自身が驚き、彼は、
「す、すみません!」
 と、あわてて謝り、ぶつぶつとつぶやいた。
「……また、やってしまった。……どうして、こう、うまくいかないんだろう?」
 彼の隣に坐していた、彼の『上司』であり、あこがれの『斎姫』……通称『お姫様』である、甦(そ) 暎蓮(えいれん)が、笑いながら、彼を見る。
「……彪様。落ち着かれて」
 彼女に言われ、彪は必死にうなずいた。……彼らの前に坐していた、宮廷音楽家の女性も、彪のあわてぶりに笑いを隠せないように、言う。
「白点様。お力の入れ過ぎですわ。もう少し、息をお弱く」
「は、はい……。……そう、しているつもりなんだけれどなあ」
 宮廷音楽家の女性は、言った。
「では、もう一度。まずは、お妃様から、どうぞ」
「はい」
 暎蓮が、その、形の良い唇にもう一度笛を当て、息を送り込む。……美しい音色が、部屋じゅうに響き渡った。
「はい、では、ここから白点様もご一緒に」
「は、はい!」
 彪は、自分も笛に息を送り込んだ。……今度は、音はよかった……が、音階が、間違っていた。
「あ、あれ?」
 彪は、あわてて、笛を口から離し、思わず手元を見た。……今度は、うまくいったと思ったのに!
 彼と一緒にいる二人の女性たちが、もう耐えられないというように、声を合わせ、華やかに笑う。
 彪は、恥ずかしさで真っ赤になった。
 暎蓮が、彪に近づき、彼の、笛を持つ手に、自分の手を添えた。そのまま、彼の指に自分の指を合わせる。
「彪様。……この曲の出だしは、この指使いから、ですのよ」
「……は、はい」
「次は、こう。三番目からは、合っていましたわ、大丈夫です」
 暎蓮が熱心に指導してくれているのはわかるのだが、彪は、思いがけず、このあこがれの暎蓮と接近することになり、距離が近く、手を取られ、そのうえに、その彼女から香ってくる芳香にすっかりやられ、頭がくらくらしており、顔を赤くしたままで、指導がろくに頭に入らなかった。
 宮廷音楽家の女性は、言った。
「では、最後にお二人で通して、それで今日はおしまい、ということにいたしましょうか」
「はい」
「は、はい!」
 最後の合奏では、彪はなんとか、少し音を外した程度で、だんだん『曲』に近くなってきていた。
 合奏が終わると、女性は、一礼して、
「では、また明日の午前中、最後のお稽古にまいりますので、お二人とも、よくお励みになってくださいませ」
 と、言った。
「先生、ありがとうございました。明日も、よろしくお願いいたします」
 暎蓮が、彼女に一礼する。彪も、あわてて礼をし、
「ありがとうございました!」
 と言った。
 彼女が下がっていくと、彪は、大きなため息をつき、姿勢を崩し、笛を床に置いて、まとっている単衣の袖で、額の汗をぬぐった。
「彪様、すごいお汗」
 暎蓮が、楽しそうに言った。
「よほど、ご緊張なさっていたのですね」
「そりゃそうだよ。こんな上等な笛、使ったことないし、『儀式』に参加するのなんか初めてだもの」
「でも、私が聴いていた限りでは、案外、筋は悪くないようですよ。……この曲は、難しいんです。最初にこれに当たってしまったのが、不運だったというべきかもしれません」
「明後日までに、ものにできるかなあ?心配になってきたよ」
「彪様なら、大丈夫です。……不思議なものですね。彪様は、扇賢(せんけん)様の弟君のようなお方だからでしょうか、数々の素養が、あの方に似ていらっしゃると感じることがあるのです」
「ええ?扇(せん)様と俺が?……そうかなあ?」
「ええ」
 暎蓮は、座の上で、自分も姿勢を崩しつつ、言った。
「扇賢様は、音楽の素養と舞の素養がおありですが、彪様も、同じではないでしょうか?……街でのお仕事で、やはり舞楽をなさっているのでしょう?」
「たまに、だけどね。貧乏人の家でも、時々、形式ばったことをしたがる風習を持つところもあるんだ。だけど、いつも使っている笛は、これとは比べ物にならないくらいおんぼろで、指使いも違うし、舞も、とても扇様みたいに優雅にはできないよ。……あの人、普段はがさつだけれど、こと、武術と芸術に関してだけは、妙に才能があるんだよね」
 暎蓮が、くすくすと笑った。
「……ほら。そういうおっしゃり方も。似ていらっしゃいます」
「喜んでいいのか、迷うね」
 暎蓮は、更に楽しげに笑うと、
「ちょうど、午後の休憩の時間です。居間に戻って、お茶にしましょう」
 と言い、立ち上がった。彪を促す。彪も、笑顔になって、彼女の後につづいた。

 ……彪が、『斎姫補佐官』に任命されてから、ほぼひと月が経っていた。彼は、毎日、ここ、暎蓮の夫であり、この国の王である桐(とう)扇賢以外の男子禁制である『雲天宮』に、特別に立ち入りを許され、『巫覡』としての職務に励んでいた。
 彪が恋する相手である、自分より歳が十一も離れた『お姫様』、暎蓮は、彪を気に入っており、いつも一緒にいたがる。……しかし、彼のことを全く『男』として見ていないのも、確かだった。彪はそれでもよかった。『巫覡』である彼には、『恋』は許されないし、彪は、扇賢一筋に愛を注ぐ暎蓮が、一番好きだからだ。

 ここ、『天地界』には、年中行事に、全世界自体を浄化するもののひとつである、『鬼祓(おにばら)い』というものがある。……ちょうど、人間界で言うところの『節分』、『儺(おにやらい)』のようなものだろうか。
 その行事が催される日は、街はカーニバル状態になり、民間の『巫覡』たちは、『鬼祓い』の儀式に、猛烈に忙しくなる。そして、それは、城でも同じで、占天省(せんてんしょう)(『巫覡』や『占術師』を集めた省)が一丸となり、城内を一斉浄化するという儀式があるのだ。
 その時に、彪と暎蓮は、この城内の中心の宮殿である、『陽天宮(ようてんきゅう)』にて、まず彪が笛を吹き、暎蓮が、『斎姫』の宝、儀式用の長剣を持って、『剣舞』を披露し、その後は、二人の合奏で、王である扇賢自らが舞う、という、城内の『浄化作用』のある催しがあるのだった。
 そして、二人は、明後日に迫ったその時のために、今は宮廷音楽家の先生について、笛の練習を毎日させられている。
 暎蓮は、子供のころから慣れ親しんだ笛と行事だから、難なくこなしているが、庶民の出で、つい最近まで街の『巫覡』だった彪にとっては、宮廷行事は格式ばりすぎており、なかなか難関が多いのだった。

 廊下を歩きながら、暎蓮が言う。
「でも、最初にこの曲を習った時から、ずいぶんご上達なさったではないですか」
 彪は、うんざりした顔を作り、言った。
「こう毎日、練習させられちゃあね……」
「御自分でも、練習を重ねていらっしゃるではないですか」
 知っていたのか、と、彪は、暎蓮の顔を見た。暎蓮が微笑む。
「彪様は、努力なさってくださるお方ですから」
 その彼女の言葉に、彪は、赤くなって、答えた。
「そ、そんなことないよ。……お姫様と扇様に恥をかかせたくないだけで」
「そこが、彪様のよいところなのです」
 暎蓮はそう言って、居間に入った。彪もつづく。
「さあ。休憩時間くらいは、お仕事のことは忘れて。……彪様、今日はなんのお話をなさってくださいますか?」
 暎蓮が、彪のために茶器を用意しながら、彼に向かって、顔を輝かせる。
「そうだなあ……」
 彪は、困ったように笑った。
 暎蓮は、自分とは縁がなかった世界の話を彪から聞くのが楽しいようだった。毎日、彪にこうして、『お話』を『おねだり』してくる。
 彪は、困惑しながらも、それでも暎蓮が自分に興味を持ってくれていることがうれしかった。
 そこに、暎蓮の乳母(めのと)の山緑(さんろく)が現れた。
「姫様、扇賢様がいらっしゃいました」
「あら。じゃあ、ご一緒にお茶を、と」
「かしこまりました」
 暎蓮と彪は、あわてて座を降り、扇賢のための上座を作って、彼を待った。
 少しすると、扇賢が、居間の入り口に現れた。暎蓮と彪が、平伏して彼を迎える。
「暎蓮、彪、入るぞ」
「はい」
 扇賢は、公務を終えた直後なのだろう、着替えてきたらしく、いつもの里人じみた略装だった。
「『鬼祓い』の儀式の準備は、進んでいるか?」
 彼は、入ってきて、上座に座してから、言った。
「はい。彪様が、とても頑張っておられるので、私もやる気が出ます」
 暎蓮が答えた。
「そうか。……彪。お前も、慣れなくて、大変だろうが、しっかり頼むぞ。この城内のことは、すべてお前たちに任せてあるんだからな」
「は、はい」
 彪は、平伏したまま、あわてて返事をした。
「それはそうと、暎蓮。……『王可玉光(おうかぎょくこう)』の楽譜なんだけどな」
 『王可玉光』とは、明後日の『鬼祓い』の日に、扇賢が舞う予定の楽曲であった。
「あら。まだ、届いておりませんでしたか?」
 平伏していた暎蓮が、顔を上げて、言う。
「ああ。今朝の朝参で、占天省に直接掛け合っておいたんだけどな」
「それなら、俺が『宇天宮(うてんきゅう)(占天省の入っている宮殿)』に取りに行って、あとで、扇様の部屋に届けようか?」
 彪も顔を上げ、口をはさんだ。
「いいのか?お前も忙しいだろう」
「そのくらいの時間はあるよ。……じゃ、あとで」
 彪は、そう言うと、立ち上がった。
「ちょうどいいから、今、行ってくるよ」
「なにも、今行くことはないだろう、休憩中だろう」
 扇賢が言う。
「彪様、今、行ってしまわれるのですか」
 暎蓮も、彼を引き留めるように言ったが、彪は、にやっと笑って、言った。
「夫婦の対話を邪魔するのも、どうもね。……それじゃ」
「あら、そんな」
 暎蓮と扇賢が、顔を赤らめる。
「妙な遠慮は、よせよ」
 扇賢が言ったが、彼は、笑って軽く手を振り、足早に居間を出て行った。
 ……『雲天宮』の外に出ると、息をつく。……あの二人は、まだ、一応新婚さんだし。……邪魔しちゃ、悪いよな。
「早いところ、占天省に行って来よう」
 彼はつぶやくと、城内を歩きだした。

 占天省で、『王可玉光』の楽譜を、無事受け取ると、彪は、占天省の同僚と、他愛もない雑談をして、時間を稼いで出てきた。
 城内のあちこちにある日時計を見る。
 ……そろそろ、戻ってもいいかな。休憩時間も、終わるころだ。
「扇様、まだいるかな」
 片手に楽譜を持ち、『雲天宮』まで戻ると、扇賢はもう、いったん『太天宮(たいてんきゅう)(王の常の住まい)』に戻ってから、『麗水宮(れいすいきゅう)(王が公務を行う宮殿)』に行くと言って、出て行った後だということだった。
 山緑からそれを聞き、居間に戻ると、そこでは、まだ暎蓮が、座って彼を待っていた。彼女の前の茶器には、茶が入れられた様子はなく、菓子も、そのまま残っている。彪の席も同様だった。扇賢の席の前の茶器と皿だけが空で、彼が飲み食いした跡がある。
 暎蓮は、彪の気配を感じたらしく、すぐに振り返り、彼の顔を見ると、少しばかり、拗ねた様子で、言った。
「彪様。どうして、お話の途中で行ってしまわれたのですか。……しかも、こんな時間までお戻りにならないで」
「え?」
 暎蓮のその『拗ね』に対して、彪が困惑すると、彼女は、ふくれっ面のまま、言った。
「私たちの間に、ご遠慮など無用ですのに。私たちは、もはや、『一家族』のようなものでしょう」
 暎蓮の発言と、その拗ねる理由に、彪は少しばかり驚いて、あわてて、言った。
「だ、だけど。……お二人は、一応新婚さんだし、二人でいたい時も、あるんじゃないの」
「私は、彪様と扇賢様と、三人で、お茶を楽しみたかったのです」
 暎蓮は、きっぱりと言い切ると、言い訳は許さない、といった顔で、彪を見た。
「……『上司』として命令します。今後は、私たち夫婦に、ご遠慮などせず、家族同様の付き合いをすること」
「お姫様……」
 彪が、喜んでいいのか、困ったらいいのか、わからない顔をする。
 その彼に、暎蓮は容赦なく尋ねた。
「わかりましたか?」
「……はい」
 彪は、逆らえずに、仕方なく返事をした。
 暎蓮は、それを聞くと、機嫌を直したように、にこっと笑い、
「さあ、あらためて、お茶を一服したら、今日の最後のお仕事です。『鬼祓い』の式次第の、おさらいですよ」
 と、言った。
 暎蓮の迫力に、彪はたじたじだった。
 ……扇様が、お姫様に勝てない理由が、なんとなくわかった……。
 彼は、心の中で、そう思いつつ、体を縮めて、自分の座についた。
 
 第一章 ナイトの性(さが)
 その日の仕事が大体終わる、という時刻に、彪は、暎蓮に、『雲天宮』の裏手に案内された。大きな檻が、たくさんある。
「こんなところに、檻が、たくさんあるけれど、なにに使っているの?」
 彪は、不思議になって、尋ねた。
 暎蓮は、答えた。
「これは、今日、運び込まれたのですよ。……城内を『浄化』するのには、私たち『巫覡』の『舞』や『浄化の術』などのほかに、犬の鳴き声を響かせるのも効果があるのです。そこで、これから、この檻……犬舎に、城外から連れてきた犬を入れてもらうというわけです。……街の儀式では、犬は使わないのですか?」
「ああ。ある意味では、使うよ。でも、本物を使うより、『巫覡』が犬に扮して吼えたり、『張り子』で犬をたくさん作って、お守り代わりに売ったりするんだ」
「『犬に扮する』とは?」
「犬の毛皮を纏ったりね。耳や尻尾もついている毛皮を。そして、街じゅう回って、あちこちで吼えるんだよ。……この話は、残酷だから、よそう」
「す、すみません」
 暎蓮は、彪が彼女に気を遣ったことがわかったようだった。
「でも、お姫様は、確か、犬より猫のほうが好きじゃなかったっけ」
 暎蓮は、『雲天宮』内で、『茶名(ちゃな)』という名の茶色い縞の子猫を飼っていた。
「ええ。犬も嫌いではないのですが、猫のほうが性に合っているようで。それに、茶名って、……扇賢様に似ているんです」
「ああ。茶名ちゃんは、虎縞模様だしね」
 扇賢は、『天帝の御使(みつか)い』、『五彩の虎』という性(さが)を持っている。彪も、その『神気(しんき)(『天帝』からの加護を強く受けているという『気』のこと)』を何度も視たことがあった。
「そうです!でも、顔もどことなく似ているんですよ」
「茶名ちゃんは、確か女の子だったけど、いいの?茶名ちゃんに悪いよ」
 それを聞いた暎蓮は、楽しそうに笑った。
「そうですね。……このことは、扇賢様には、内緒ですよ」
「うん。内緒だ」
 彪も、笑ってうなずいた。
 暎蓮は、話を戻した。
「……そこで。連れてこられた犬たちには、ここ、城内で一番清浄な『気』を保っている『雲天宮』の中で過ごしてもらい、さらに『浄化能力』を増させてから、当日の儀式の時に活躍してもらうというわけなのです」
「へえ。何頭くらい来るの?この檻、一つ一つもとても大きいし、たくさんあるけれど」
「ざっと、五十匹くらいでしょうか。城内は、広いですから。本番の時は、一気に放して、城じゅうで吼えさせるんですよ」
「ふうん。……それで?俺たちは、ここでなにをすればいいの?」
 暎蓮は、答えた。
「これから、ここに入る犬たちを、迎えに行くのです、宮殿入口まで」
「お姫様まで?」
「はい。一応私は、この宮殿の責任者ですから。それに、今年は、犬をまとめるのに、とてもいい方がいらっしゃるのですよ」
「『いい方』?」
 暎蓮は、身をひるがえすと、彪に向かって、振り返った。
「宮殿の門前に行きましょう。そろそろ、その方が、この宮殿に入るご許可が下りるころなのです」
 暎蓮の意図がわからないままだった彪だが、おとなしく彼女の後をついていく。
 『雲天宮』門前まで行くと、扇賢が立っていた。いつもの略装のままだ。
「扇賢様!」
 暎蓮が、彼に駆け寄る。
「ああ、来たのか」
 扇賢が、暎蓮と彪に向かって、言った。
「ご許可は、もう下りたのですか」
「さっきな。……そろそろ来るころだろう」
「扇様。さっきから、誰の話をしているの?」
 彪が、尋ねてみる。
 扇賢が後ろを振り返って、門の外を見ると、『太天宮』のほうを指さして、言った。
「あいつのことだよ」
 こちらに歩いてくるのは……。彪は、目をこらした。
「……ナイトさん!」
 黒のタイに、黒のスーツをまとい、相変わらず西方趣味の金髪美男、『ウルブズ・トリッシュ・ナイト』が颯爽とこちらに向かってくるところだった。
 ナイトは、『雲天宮』門前まで歩みを進めると、西方式の仕草で一礼し、
「扇王様、暎蓮姫、彪殿。お待たせしました」
 と、言った。
「遅かったな」
 扇賢が言うと、
「申し訳ありません、稽古の汗を流してから、暎蓮姫にお目にかかりたかったもので」
 そう言う彼の体からは、風呂に入れたのだろう、香料の香りが漂ってくる。 扇賢が顔をしかめて、
「また、風呂に、妙な香料を入れたな。体じゅうから匂ってくるぞ」
 と言ったが、ナイトは、扇賢のほうなど見もせず、暎蓮に近寄り、
「新しい香料を、『砂養国(さようこく)』から送ってもらったのです。いかがでしょうか、暎蓮姫?」
「はい……不思議な香りですが、いい香りですね」
 暎蓮が答えるのに、扇賢が割り込んだ。
「そんなことはどうでもいいが、お前、準備はいいのか」
「はい。いつでも」
 ナイトが答える。
「じゃあ、とっとと行ってきてくれ、俺たちはここで待っているから」
「わかりました。それでは、暎蓮姫。……しばしのお待ちを」
 相変わらず、懸想している相手である暎蓮にだけは、愛想よく話しかけ、ナイトは、立ち去っていった。
「ナイトさんになにを頼んだの?」
 彪が、背の高い扇賢の顔を見上げて、言う。
「あいつの性(さが)を覚えているだろう」
 扇賢の戦いをサポートする仲間でもある、ナイトの性は、確か……。
「『白の狼』、でしょう?」
「そうだ。つまりな。『鬼祓い』で使う犬たちをまとめて、ここまで引っ張ってきてもらう役目を頼んだんだよ。……『鬼祓い』で使う犬たちは、どれもでかくて気性も荒い。以前から、うまく犬を扱える人間を探していたんだが、なかなか見つからなくてな。そこで、思いついたのが、あいつの性だ」
 扇賢は、両腕を組みながら、言った。
「『狼』も『犬』も、その性は似ている。あいつの『性』と『人気(じんき)(すべての人間の持つ『気』のこと)』を使って、犬たちを、お行儀よく、ここまで連れてきて、檻にまとめてぶち込んでもらうってわけだ」
 扇賢は、いいのか悪いのかわからない言葉遣いで、言った。
「へえ」
 彪は、扇賢の考えに、なるほどとうなずいた。暎蓮に向かって、言う。
「お姫様が言っていたのは、ナイトさんのことだったんだね」
「ええ。扇賢様から、困っているとうかがって、もしや、ナイト様なら、と、思ったのです。あの方の『人気』はとても大きいですし、気性の荒い犬たちの、その乱暴な性を取り込んでくださるんじゃないかと」
 ……ほどなく、ナイトが戻ってきた。その姿に、彪は、思わず声を上げた。
 ナイトを先頭に、大きな犬たちが、つながれてもいないのにおとなしく一列に並び、彼の後をついてこちらにやってくるのだ。
「さすがナイトさん!……すごいね」
 彪が、犬を先導しているナイトの姿を見て、思わず、笑った。
「な、あいつが適任だったろう?」
 扇賢も、同じように笑う。暎蓮は、袖で胸を押さえ、
「本当ですね。……すごいわ、ナイト様」
 と、感心したように、言った。
 ナイトは、彪たちのところまで来ると、扇賢に、
「では、扇王様。ご許可通り、こちらの宮殿内に入ってもよろしゅうございますか」
 と言った。
 扇賢は、
「ああ。檻は、宮殿裏手だ。……ついてきてくれ」
 と言って、門内に入り、先に立って、歩き始めた。

 ナイトの周りを囲むようにして、大きな犬たちが、彼に甘えた声を出す。ナイトは、その犬たちの頭をなでながら、
「シレーヌ、お前の毛並みは美しいね。……アンドリュー、お前はどの犬よりも賢そうな瞳の持ち主だ」
 と、犬たちを褒める。扇賢が、それを見て、鳥肌を立てそうな顔で、
「おい、……もうこいつらに名前を付けたのか」
 と言った。
 ナイトは悪びれず、
「ええ。……『犬』とはいえ、『人格』のようなものがあります。ただむやみに言うことを聞かせようとしても、うまくはいきません。まずは、その犬の希望に沿ったやり方で、コミュニケーションを取らないといけないのです。……施設では、この子たちは番号で呼ばれていたそうではありませんか。それでは、あまりに味気なく、この子たちがかわいそうというものです。ですから、まず名前を与え、そこからスキンシップに移行する、という形が、友情をはぐくむ、成功策なのです」
 と言った。彪、扇賢は、その人間界の異国の言葉にぐっと詰まり、内心、
(勝手にしろ)
 と思ったが、暎蓮は、そんなことには気づかない様子で、
「こんな大きな犬たちでも、おとなしいと、なかなかかわいらしいものですね」 
 と、中腰になって、犬たちを眺めている。
「……まあ、いいや、お前、早くこの犬たちを檻に入れてくれ」
 扇賢が言うと、ナイトはうなずき、
「さあ、ドミニク!お前はどの犬舎が一番いいかな?あと、誰と一緒がいいかい?」
 扇賢は、それを聞くと、
(いったいどういう神経をしているんだ、こいつは。……それにしても。こりゃ、時間がかかりそうだ)
 と、思い、ため息をつくと、
「どうでもいいが、お前、作業が終わったら、とっととこの宮殿から出ろよ。……暎蓮、彪、行くぞ」
 と、言い捨て、二人を促し、宮殿内に戻っていった。

 『雲天宮』の居間に戻ると、三人は座した。
「彪。お前、笛のほうはどうだ?」
 扇賢が問うと、彪は、
「大苦戦中、だよ。お姫様には言ったけれど、こんな上等で、仕様の違う笛は使ったことがないんだから。……明後日、扇様に恥をかかせないことを祈るばかりだよ」
「お前が音階を間違えたりしたら、俺は笑って、舞えなくなるな」
 扇賢が、笑いながら言う。山緑から茶道具を受け取っていた暎蓮が、
「あら、でも、彪様のご努力は、すごいものがあるんですよ。私が舞う曲の、『月華憑依(げっかひょうい)』はともかく、私と合奏する『王可玉光(おうかぎょくこう)』は、とても難しい曲なのに、だんだん慣れてきたら、とてもお上手になってきて。……私など、初めて『王可玉光』を習った時は、あまりに難しくて、毎日泣きながら練習していたものですが」
「そりゃあ、お姫様が『斎姫』になった時は、まだすごく小さかったから、当たり前でしょう」
 彪が、あわてて言うと、暎蓮はにっこり笑って、
「私が彪様くらいの年のころでも。やはり、毎年、この時期は泣かされていましたよ」
 と言った。
 扇賢が笑う。
「なんでもできるように見えるお前でも、そんなことがあったのか」
「皆様、誤解なさることが多いのですが」
 暎蓮は、茶を淹れながら、しみじみと言った。
「私が、この歳まで、難なく『斎姫』という職業をこなしてきたと思われがちですが、『斎姫』となってからの私の人生は、それはそれは、難関の連続だったのです。両親とも離れ、この『雲天宮』に、慣れ親しんでいた山緑と二人だけで、ずっと。私の心の支えは、『『甦家』の『巫覡』だ』という矜持だけ。優秀な『巫覡』を輩出すると言われつづけていた『甦家』という名の圧力もあり、実家に逃げ帰ることもできませんでした。私には、『天帝』様からの声を聴く『才』はあっても、それ以外の『才』は、ほとんどなかったのです。なので、儀式などの時は、いろいろな挑戦を、望まぬまましなくてはならず、なかなか、つらいものがありました。……ですから」
 暎蓮は、茶を淹れ終わり、まず扇賢に差し出し、それから彪にも差し出した。
「私には、今の彪様の御苦労が、とてもよくわかる……実感できる気がするのです。それですから、私は、今の彪様を、応援して差し上げたい。私で出来ることであれば、少しでもお力をお添えしたい、と思っているのです」
「お姫様……。……ありがとう」
 彪の目が思わず潤んだ。暎蓮が、彼に向かって微笑む。……扇賢も、目を細めて、そんな二人を見ている。
「……彪様。私は、彪様が、必ず、難関を乗り越えてくださることを、信じています。ご一緒に、頑張りましょうね、これからも」
「うん……。頑張るよ……!」
 彪は、袖で目をごしごし拭くと、懸命に返事をした。
 それを見た暎蓮は、いつものように優しく微笑むと、話を変え、
「お菓子も、出しましょうね」
 と言った。

 第二章 奪われた『気』
 夕刻近くなってから、彪、暎蓮、扇賢が宮殿裏に行ってみると、ちょうど、ナイトがそばの井戸で手を洗っているところだった。……犬を檻に入れる作業が、終わったらしい。
「終わったのか」
 扇賢が言うと、ナイトは、脱いであったスーツの上着からハンカチを取り出し、それで額の汗をぬぐいつつ、
「ええ、たった今。どうもこの子たちは、個性が強くて、部屋割りをするのが大変だったのです」
「『部屋割り』、な」
 扇賢が、そのナイトの表現に、面倒くさそうに、答える。ナイトは、大まじめに、
「ええ。何度も言いますが、『犬』にでもやはりそれぞれの『人格』というものが……」
「わかった、その話はお前に任せる」
 扇賢が、いつものように、彼の台詞をけんもほろろに断ち切った。マイペースなナイトは、そんなことを気にもせずに、今度は、暎蓮に向かい、
「暎蓮姫は、どの子が一番お気に入りですか?」
 と尋ねた。
「えっ。……そ、そうですね……」
 唐突に質問された暎蓮が、詰まった。扇賢が、
「暎蓮は、『猫派』なんだよ」
 と言うと、ナイトはがっくりと肩を落とした。それを見た扇賢が、にやりとする。
 暎蓮は、あわてて、
「こ、この子など、かわいらしいお顔をしているようにお見受けしますが」
 と、犬舎の外から、一頭を指さした。
 ナイトはすかさず、
「わかりました、それでは、この子をわたくしの愛犬として、明後日の儀式の時は、暎蓮姫の警護をさせます。……マル!ご指名だよ、いいね?」
「お前……」
 今度は扇賢が、『そう来たか』と言う顔で、詰まった。
「暎蓮姫のお好みのものは、すべてわたくしも好むもの。それというのも、わたくしたち二人が、いずれは結ばれるえにしであるからこそ」
「お前は黙っていろ!」
 扇賢が、わめいた。彪が、相変わらずだ、この二人は、と、ため息をつく。
 しかし、その時は、無事に過ぎた。犬舎には、おとなしく犬たちが収まっている。
 問題は、その晩だった。

 彪は、その夜、なにかを感じて、目を覚ました。
(なんだ……?)
 なにかが、おかしい。彼は、寝台から身を起こし、心の眼を研ぎ澄ませた。
 ……『雲天宮』のほうから。なにか、大量の『気』が、流れて出て行く。
(……まさか、お姫様になにか!?)
 彪は、あわてて寝台から降り、寝間着の上からそばにあった単衣を引き被り、沓をつっかけると、部屋を飛び出した。

 『雲天宮』入口まで走っていくと、顔見知りの門衛の兵士が、
「白点様。こんな時間に、どのようなご用でこちらに」
 と声をかけてきた。
「入れてください、なにかを感じます!」
 彪は、そう言いながら、彼の横をすり抜けた。……この感じは、宮殿の、外だ。
「まさか」
 彪が、『雲天宮』の中庭を突っ切ろうとすると、中庭に面した階(きざはし)から、同じく、寝間着姿に単衣を引き被り、髪も結わずに流したままの暎蓮が走り下りようとしているところだった。
「……お姫様!」
「彪様!……やはり、なにかを感じたのですね!?」
 二人は、中庭の真ん中、みそぎをするための滝の近くで、ぶつかりかねない勢いで、近づいた。二人そろって、うなずく。
「……この感じは、犬舎のところです!」
「じゃあ、この『気』の流れは」
 二人は、言いつつ、走った。
 『雲天宮』裏手に行くと、二人は、声を上げた。
「犬たちが……!」
 彪が、喘ぐように言う。
 犬舎の中の犬たちが、どんどん、『気』を抜かれて、倒れていくのだ。その、抜けた『気』が、一定方向に進んで行く。
「彪様!どなたかが、この子たちの『気』を、抜いています!……あちらです!」
 暎蓮が、宮殿裏手の森の中、高い山に向かって指をさす。
 彪が、そちらを向くと、彼らから遠く、山の頂点、ちょうど木が生えていない場所で、何者かの影が動いた。なにか、大きな袋を持って、その中に、犬たちの『気』を集めているようだ。
「……不動!」
 彪が、瞬間的に、その、何者かを指でさし、『言(こと)の葉(は)』で『縛術(ばくじゅつ)』をかけた。
 その者の動きが、一瞬止まる。しかし、その者は、次の瞬間、片手で印を結ぶ気配をさせたかと思うと、ぱん、と音をさせて、彪の『縛術』を破った。それに、彪が目を見張る。
 暎蓮も、同様だった。
 そうこうしているうちに、犬たちの『気』は、集め終えられてしまったらしく、その者は、袋の口を閉じた。その場から、動く。
 ……逃げる気だ!
「ま、待て!」
 相手は高いところにいるので、無駄ではあるかもしれないと思いつつ、彪が追おうとしたが、その者は、本当に、一瞬で姿を消してしまった。
「……消えた……!」
「……彪様。まずいです」
 暗がりで犬舎を覗き込んでいた暎蓮が、彪に向かって、言った。
「……『気』を、根こそぎ吸いとられています。このままでは、この子たちは、先ほどの方に、魂すら、持って行かれてしまうでしょう」
「そ、そんな!……これだけの犬たちが死んじゃうなんて、……なんとかしないと!」
「ええ、しかも、そう時間はありません。『気』なくしては、犬たちの体ももちませんが、『鬼祓い』の日は、明後日です。しかも、この感じ。あれはおそらく」
「うん。『術者』の一人に、間違いないね」
 暎蓮が、月明かりの下、言う。
「この城の『簡易結界』をすり抜けて入って来、更に厳重な警備と『結界』に護られたこの『雲天宮』の裏山に上った。そして、犬たちの『気』を集め、しかも、彪様の『術』を破る……」
 彼女の顔が、やや厳しくなった。
「……やり手です。……どうやら、この一件。『天帝』様から、私たちに向けられた、次の、『この城を護るための指令』とみて、間違いありません」
「……俺たち二人の、『仕事』ってわけだね」
「そうです」
 暎蓮が、真剣な顔でうなずいた。
「とにかく、まずは、今のやつの居場所を探らないと……」
「そこが問題です。今の方は、私たちに、自分の『気』を感知できないようにしていたと思いませんか。それに、おそらく、もう、城内にはいないでしょう」
「そういえば、俺も、『雲天宮』でなにかがあった、としか感知できなかったよ。となると、居場所を探るのは」
「困難です。……ですが、あの方が、今集めた、犬たちの『気』を、なにに使われるか、なら、私たちにも感知出来るはずです」
「で、でも、城の外で使われたら、俺たちには遠すぎて、感知できないんじゃあ」
「それはおそらく、ないと思います。今は『気』だけを狙ってきましたが、今の方のしたこと、あれは、私たちに『自分はここにいるぞ』、と、主張した、演出であったのではないかと思うのです。ですから、私は、あの方が、この城内において、私たちの前で、集めた『気』をなにかに使うだろう、と考えます」
「そんなことをして、いったい俺たちになにを言いたいんだろう?」
「なんとなくですが……彪様」
 暎蓮は、彼の手を引き、お互いの顔が見えるように、火の灯った石燈籠のそばまで行った。二人が、向かい合う。
「あの、今の方。どうも、私たちに対して、見せつけるようではなかったですか」
「見せつける?」
「ええ。自分の『気』を消しておきながら、犬たちの『気』を集めるところは私たちに見せた。……『さて、これから、この城に『妖異』を起こすぞ』というような、そんな、『邪(よこしま)』な気持ちが、にじみ出ていた気がするのです」
「そ、そう?俺は、あわてていたから、そこまで感じ取れなかったけど」
「とにかく、あの方は、また、きっと城に現れます。そこを、捕えて、『気』も返していただきましょう」
「それまで、犬たちがもってくれるかなあ?」
「私たちが一定期間、『聖気』を送り込みつづければ、少しの間は時間が稼げるはずです。ですから、その間に、片をつけましょう」
 暎蓮は言うと、後ろを振り返り、犬舎を見た。
「……さて。この子たちのことで、悲しい報告をしなければいけないお相手が、いるわけですね」
 暎蓮が、ため息をつきながら、言った。

 第三章 ナイトの嘆きと、『古代呪法』
「……エイドリアン!ニキータ!アイリーン……!」
 ……犬たちの『気』が奪われた、少し後。まだ夜も明けないうちに、起こされて、『地欧宮(じおうきゅう)(異国から来た宮廷勤務者の住む宮殿)』から、急ぎ出てきたナイトが、ガウン姿のまま、犬舎の檻の柵を摑んで、その場に崩れ落ちた。
「バレリー、ナターシャ、ゴロー……」
 自分がつけた犬たちの名前をつぶやきつつ、地面に膝をついて半泣きになっているナイトの後ろで、彪、暎蓮、暎蓮に起こされた扇賢が、言うべき言葉もなく、立ちすくんでいる。
「おい、しっかりしろ、ナイト。泣いている場合か」
 それでもなんとか、扇賢が彼の肩に手を置いて、言う。ナイトは、素早く振り返り、涙目で扇賢をにらみつけた。
「……扇王様!いったい誰が、この子たちを、こんな目に!」
「おい、落ち着け。……俺たちにも、まだ、よくわからないんだよ」
 扇賢が、その彼の勢いに、さすがに少し身を引きながら答える。
「こ、こんな、無残な、出来事は、人生、初めてです!」
 嗚咽を間に挟みながら、涙声で、ナイトが叫ぶ。
「本当か……?」
 扇賢が、半分あきれつつ、言う。暎蓮が、進み出て、
「ナイト様。お許しください。私の、管理不行き届きでした」
 いつもの『斎姫』の衣装を着て、髪もちゃんと結い上げた暎蓮が、彼に頭を下げる。それに対して、ナイトは、すかさず暎蓮の前まで膝行すると、
「暎蓮姫!わたくしは、暎蓮姫を責めようとは思いません。すべて、その『術者』とやらが、悪いのです!……ですが」
 ナイトの、美しい、緑の瞳から、涙がしとどに流れる。
「この子たちを、救う方法は、もう、ないのでしょうか?」
「……ナイトさん、落ち着いて」
 彪も進み出る。彼も、もう、ちゃんと着替えてきて、いつもの占天省の制服である単衣を身にまとっていた。
「この子たちをもとに戻す方法が、ないわけじゃ、ないんだ」
 彼はナイトに向かって、言った。
「集められた『気』さえ取り戻せれば、この子たちの魂も安全になるんですよ」
 ナイトは、その言葉に、両膝をついたまま、彪の側にくるっと体を向け、彼を見た。
「本当ですか、彪殿!」
「うん……。だけど、時間はあまりないんだよ。だから、こんな時間でも、起きてきてもらったわけだけど」
 彪は、ナイトの興奮を冷ますように、抑えた言い方で、言った。
「どういうことです?」
 ナイトが、眉間にしわを寄せ、目を細める。……彪は、言った。
「『気』がないまま、時間が経てば、それだけ蘇生させるのも難しくなるし、厄介なことに、『鬼祓い』の日は明後日でしょう。……俺たち『巫覡』は、一刻も早く、動き出さなければいけないわけなんだけど、どうやら、相手もなかなかの『手練れ』っぽいんだ」
 ナイトは眉間にしわを寄せたまま、
「彪殿がかなわない相手、ということですか」
 と、尋ねた。彪が答える。
「それは、直接対決してみないと、なんとも言えないんだけれど、俺も、『術』を強化する練丹をしないと、さっきみたいに、自分の『術』を、あっさり破られる可能性もあるってことなんです」
 暎蓮が、口添えした。
「ですが、ナイト様。彪様は、お若いのに、大した『術』の腕の持ち主です。彪様にかなうお相手など、なかなかいるものではありません。それに、私もおりますから。私と彪様が、力を合わせて、なんとか、刻限までに、この事件を解決するつもりです。……どうか、それを信じて、お待ちになっていただけませんか」
「お願いします」
 彪も、頭を下げた。
 ナイトは、暎蓮と彪の、二人の顔を見比べていたが、
「……わたくしは、お二人を信じます。お二人のお力も。……ですが、彪殿」
「はい?」
「いかにご同僚のあなた様でも。暎蓮姫とはあくまで、お仕事上だけのお付き合いをしていただきたく思います。決して、むやみに暎蓮姫にお近づきにならないことを、願います」
 ……ようやっと、いつものナイトの台詞が出てきたことで、彪、暎蓮、扇賢は安堵した。
「とにかく、早急に、調査にかかりましょう、彪様」
「うん。まずは」
「新しい『術』の練丹です」
「お姫様も?」
 彪は、驚いて言った。
「私は、彪様の『相棒』です。彪様に、まずは、必要と思われる『術』の陣形を組んでいただき、それを私が、補完する形が一番いいと思うのです。……前回のように」
 前回の事件では、二人は、合体技で、『妖物』を滅したのだった。
「さあ、お早く。まず、ここで、みそぎをしてからです。彪様、お衣装をご用意しますから、お待ちになってください」
「俺たちはどうすればいいんだ」
 扇賢が、言った。
「これは、私たち『巫覡』の領域です。扇賢様は、今はお休みになり、明日は、ご公務の合間に、儀式に向けて、『王可玉光』の楽譜を見直しておいてください。ナイト様には、あとで、お手伝いをしていただくかもしれませんが、それまで、まだ時間はあります。……ですから、今はどうぞ、お休みになってください、まだ、夜半です」
「わかった。あとは任せるよ」
 扇賢が答え、伸びをして、踵を返す。それに対して、
「しかし、わたくしは、このままでは、この子たちが不憫で……」
 また泣きそうになるナイトに、暎蓮が優しく言う。
「犬舎に『結界』を張っておきますから。不浄な手では、この子たちに触れられません。どうか、今は、お休みに」
 それに対して、ナイトは、しょんぼりと答えた。
「わかりました……」
 いつも通り、面倒くさそうにずかずか歩いていく扇賢と、肩を落として去っていくナイトの姿は、対照的であった。
 彪と暎蓮は、みそぎ前に、犬舎に戻ってみた。『結界』を張る前に、入り口を開けて中に入り、犬の体に触れてみる。まだ、温かい。……が。
「微かだけど、『邪気』を感じる……」
「ええ。先ほどのあの『術者』様が残していかれたものですね」
「『術者』が『邪気』を残していくってことは、明らかに、あいつ、悪者だね。この城に、なにをしようっていうんだろう」
 暎蓮が、思いついたかのように言った。
「……もしや、この城の『鬼祓い』を邪魔するためでは?」
「え?」
「犬なくしては、城内の『鬼祓い』は、完遂しえません。あの『術者』の方には、この城内に、祓われては困る『邪念』が、あるのでは?」
「……ということは」
 彪が頭を抱えた。
「また、城じゅうを、探索しろってことか!」
「ご心配なく、彪様。今度は、彪様に、城全体の気配を察知する『術』の陣形を組んでいただけばいいだけです」
 彪は、顔を上げて、暎蓮を見た。その眉毛が、下がり、困り顔になる。
「簡単に言うけどね……」
 『術』の練丹には、結構時間がかかるのだ。
「この城全体に、『簡易結界』が張ってあるのですから、それを基本に、『術』を練丹させられませんか。この前は思いつきませんでしたが、あの時のように、歩いて隅々まで探すよりは、時間はかからないのでは?」
「まあ、それもそうか。……うん。やってみるよ。それじゃあ、まず」
「みそぎです」
「……お姫様、先にみそぎしていて。俺は、ちょっと」
「なにか、お気にかかることが?」
「うん。この犬たちのことで、確かめておきたいことがあるんだ。『術』のために」
「わかりました。……では、私は先に、みそぎに入ります。彪様も、ご確認の後は、すぐに中庭へ」
「わかった」
 二人は、いったん、別れた。
 暎蓮が姿を消すと、彪は、改めて、犬舎の中を見渡した。
「……どうも、この『邪気』……」
 微かに、だが。……覚えが、あるような気がするのだ。
「俺が今まで相対した『術者』で、こんな『気』を持ったやつって、いたかなあ……」
 思い出せない。……思い出せないが、ただ。覚えはある。だが、それがどこの誰なのかは、思い出せない。
「……もどかしいな」
 彪は、その場で、いらいらと、足踏みをした。……しかし、このままここにいても、思い出せないものは仕方がない。
「とりあえず、城内を探査する『術』を作らないと。……中庭に戻るか」
 彼は、自分の持った『聖気』をいちどきに解放して、全部の犬舎の中の犬たちの体にしみこませてから、入り口を出た。……これで、少しは、時間が稼げるはずだ。
 犬舎の外から、入り口に『結界』を張ると、彼は踵を返し、急ぎ足で宮殿の中庭へと向かった。

 彼が中庭に戻ると、先にみそぎを済ませたらしい暎蓮が、濡れた髪をして、着ていた『斎姫』の衣装を片手で整えながら、宮殿の回廊の階の上に立って、彼の分の、みそぎ用の白い衣装を持って、待っていた。
「……ごめん、お姫様、待たせて!」
 彼は、階の下に駆け寄った。暎蓮が、途中まで階を降りてくる。彼に衣装を渡して、
「それでは、お召替えになって、みそぎに入ってください。私は、彪様のお部屋をご用意してお待ちしています」
「わかった。すぐに、行くよ」
「ええ」
 彪は、暎蓮が立ち去ってから、岩場の影で、着ていた物を脱ぐと、手早く白い衣装に着替えた。
 池の中の石段を降り、水中に入る。冷たいが、『巫覡』には慣れた刺激だ、大したことはない。彼は、滝の下へ行くと、水を浴びながら、『天帝』に祈りをささげた。
(『天帝』様)
 彼は、問いかけた。
(あの『邪念』。そして、あの『術者』。……やつは、城のなにを狙っているのでしょうか)
 先ほどの、暎蓮の言葉を思い出す。
「『鬼祓い』の、邪魔だて……?」
 彼は、改めて、つぶやいた。
 しかし、たとえ、『鬼祓い』をしたとしても、城には、いつでも、いくつでも、『妖異』は現れる。それを、今回に限って、なぜ、邪魔だてするのか。
 彪の頭の中に、映像が現れた。……『天啓』だ。
 犬だ。大きな、犬たち。犬がたくさんいる中に、誰か、人間の手が見える。……その手は、大きな、刃物を握っていた。犬たちが、無邪気な目で、その人間を見上げている。
 刃物が、振り上げられた。……まさか。
 大きな動作で、刃物が振り下ろされようとする。
「……よせっ……!」
 彪は、滝に打たれたまま、思わず叫んだ。視界が、真っ赤に染まる。
 ……『天啓』はそこで切れた。
 彪は、息を切らせて、滝の中、池の地面に座り込んだ。そのまま、流水に打たれる。
「……彪様!」
 回廊を、暎蓮が小走りにやってくるのが見える。
「お姫様……」
 彼は、呆然と答えた。暎蓮も、息を切らせながら、階を駆け下り、沓を履くのももどかしく、池の際まで来た。彪に、問いかける。
「今の、ご覧になりましたか」
「視た……視たけど」
「どうやら、城内で、過去に、なにか、恐ろしいことがあったようですね……」
 暎蓮も、半ば呆然と、つぶやく。
「あれは、城内での出来事なのか、やっぱり」
「ええ。……先ほどの『天啓』には、一瞬ですが、石灯籠が映っていました。この国の紋が入った石灯籠です。この城内で起きた出来事に、間違いありません」
「しかし、それがどこの石灯籠なのかまでは、わからないね。早急に、その場所を特定しないと」
 彪は、座り込んでいた状態から、池の中で立ち上がると、滝の下から出た。 石段を上がって、池から出る。
「お部屋のご準備がしてあります。これでお体をお拭きになって、お召替えを」
 暎蓮が、回廊の手すりに引っ掛けてあった大きな布を渡してくれた。
「ありがとう。すぐに、行くよ」
 暎蓮はうなずき、再び部屋に戻っていった。

 彪は、白い衣装を脱ぎ、体を拭いて、もとの衣装に着替えると、足早に暎蓮の待つ部屋へ向かった。……ここ、『雲天宮』の中での彪専用の部屋だ。
「開けてもいい、お姫様」
 部屋の外から声をかけると、暎蓮は、自ら、部屋の戸を開けてくれた。彪が一礼しつつ、部屋に入る。
 彼らは、文机を間に挟んで、向かい合った。
「彪様。私、わからないことがあるのですけれど」
「なに?」
「……先ほど視た……あれには、どういう、意味があるのでしょうか」
 暎蓮にはどぎつい映像だったらしく、彼女は声を震わせて、恐ろしそうに言った。
「……あの犬たちは、あの手の持ち主……あの『人間』に対して、まったく警戒していなかったよね」
 彪は、出来るだけ柔らかい口調を心がけながら、言った。
「……つまり、犬たちは、あの人になついていたんだ。それに対して、ああいうことをしたということは、意味合いは二つある」
「と、おっしゃると?」
「一つは、その人間が、犬を嫌いになったか。……だけど、ただ嫌うだけなら、あそこまではしないと思う。しかも、犬のほうはその人のことが好きみたいだったし。じゃあ、どういう気持ちで、あんなことをしたのかというと、あれをやった人か、その人に親しい人が、あの犬をとても好いていて、かわいがっていた、という、もう一つの可能性が、あるんだ」
「かわいがっていたのに、あんなことを?……どうしてでしょう」
「お姫様。お姫様は確か、『呪詛』に詳しかったよね。……『呪詛』の応用で、こういうことを聞いたことがあるんじゃない?」
「『呪詛』の応用?」
「うん」
 彪は、言った。
「犬は、生きていれば、『破邪』の力も持っているけれど、逆に、大事に、かわいがっていた犬を殺すこととかで、誰かに対する強い『恨み』と、『邪念』を、強大な形に出来る、とかって話」
 暎蓮は、顎に片手を当てた。
「そういえば……幼いころに、城内の『儀式』の歴史の話を学んだ時に、似たような話があった気が」
 うろ覚えなのだろう、暎蓮は、目を細めて、一生懸命、思い出そうとしているようだった。
「うん。……昔は、民間でもよくやっていた『呪法』らしいけれど、最近ではあまり聞かないやり方だよ」
「そうなのですか」
「俺も、よくは知らないけれど……」
 彪は、つづけた。
「昔は、街では、犬を、家の門前に立たせておくことで、家を『邪』から守る効果を期待していたんだけれど、もっと昔、それこそ、もう何百年も昔に、ある『巫覡』が、『それだけじゃ、効果が薄い』、と言いだしてね。『破邪』の力を期待して、犬の首を刎ね、その首を門前において、その『眼力』で、家に『邪』が入ってこないようにする風習を作ったらしいんだ。だけど、その力を応用することで、他人を『呪詛』することもできる『術』を作った、別の『術者』が、いたんだ」
「応用して、『呪詛』を?……どのようなものでしょう」
「首を刎ねた犬の、強い『気』で、『邪念』を敵に送り込み、『呪詛』をかける。そういうやり方だよ。……その『呪法』の力は、絶大でね。……ここ、聖域である、『天地界』でも、人間がいる以上、『邪念』からは、完全には逃げられない。裏の世界で広まった、その『呪法』を使った悪い『巫覡』や『術者』がたくさんいて、街で、長い間、甚大な被害が出たという、昔語りにもなっているくらいなんだ。それくらいだから、そのうち、宮廷から、街の『巫覡』や『術者』たちに向けて、その『呪法』の禁止令が出された。だから、今は、街では、犬の首を刎ねる方法自体、もう、ご法度なんだよ。そういう理由で、その後は、以前言ったように、『巫覡』が犬に扮して、街で吼える、くらいのことしかしなくなったんだ」
「……そういえば、それを聞いて思い出したのですが、私も、昔は、城でも、『巫覡』が、刎ねた犬の首を並べて、『邪気』を払う、というようなことをやっていたと習った記憶が、うっすらとあります。……でも、残酷な方法ですから、それを理由に、廃止された、としか……」
「そうなんだ。だから、今さら、その『呪法』を使う者なんて、よほど『古代術』……『古代呪法』に詳しい『術者』か、今さらながら、その何百年も前の『呪法』がなにかの拍子に、城に現れた、と考えるのが、自然だと思うんだ」
「ですが、『鬼祓い』は毎年やっています。……それでは、浄化されなかったのでしょうか」
 彪は、笑った。
「お姫様、自分で言っていたじゃない、『城には、隙をついて、いくらでも『妖異』が現れるものだ』って。……この広い『城内』を、完全に浄化するのは、とても難しいと思う。たとえ、『浄化の術』を使ったり、犬をたくさん、吼えさせてもね。だから、これも、その『妖異』の一つかもしれないよ。なんせ、『天啓』には、あれが行われた場所がここ、『城内』だと、はっきり出ていたわけだしさ。……問題は、いつ、あれが行われたか、なんだよ。昔なのか、最近なのか、あるいは……この先か」
「そうですね……。その通りです」
 暎蓮は、顔を伏せ、先ほどと同じく、細い顎に手を当てて考えていたが、やがて、言った。
「過去のことだったとして、それが、本当に『呪法』として行われたことなのか、そして、まだその『邪念』は残っているのか……」
 彪は、その暎蓮の言葉を聞きながら、文机の上に置かれた紙に、筆で、城内を覆う『簡易結界』の図を簡単に描いた。
 そのまま、その図の上から、『術』の布陣の練丹に入りながら、言う。
「お姫様。近い過去で、あれだけの犬たちを城内に入れたことって、あった?」
「私の記憶では、去年の『鬼祓い』の時が、一番最近のはずですが」
「そうか。……それだけじゃ、なんとも言えないよね。……じゃあ、とりあえず」
 彪は、言った。
「あれが、過去のことと設定して、城内の『簡易結界』を基本に、城じゅうからその犬の『念』をあぶりだす『術』の布陣を考えてみるよ。あれだけ人に慣れていた様子の犬だ、犬殺し自体は、普通の人間がやったとしても、強い『念』は残るだろうし、……必ず、背後に、その『古代呪法』を教えた『悪い術者』がいるはずだ」
「その、『悪い術者』様のもとに、犬の魂を使役できる、実際に『呪法』を行った方がいる、ということですか?」
「そう。その犬の魂が、もし『邪念』に化けていたら、俺の描く布陣に必ずひっかかるはずだ。……単純に考えると、『呪術』なら、刎ねられた犬の首は、この城内のどこかに、埋められていると思うんだ」
「首が、埋められている?」
「そう。首がそのまま残っていたら、明らかに怪しいだろうし。それに、それだけじゃ、この『呪術』は成功しないんだ。だから、その位置をあぶりだして、ついでに、そこから、さっきの、あの犬たちの『気』を集めていた『術者』のしっぽも引きずり出す」
 彼は、集中しているのか、いつになく乱暴な言葉遣いで言った。
 暎蓮が、その彼の姿に、少なからず、驚いたような顔をした。今までの、暎蓮に対して、少し遠慮している彼ばかり見てきた彼女には、意外な態度だった。
 だが、彼女は、微笑んだ。
 ……頼もしい方。
 暎蓮は、そう思って、彼の邪魔をしないよう、黙った。

 第四章 犬の魂、続々と
 夜が明けるころ、彪と暎蓮は、どうにか、『術』の練丹を終え、『陽天宮(ようてんきゅう)(城内の中央にある宮殿で、朝参など、臣下たちがいちどきに集まるときに使われる宮殿)』に向かった。
 暎蓮は前回のように、占天省の単衣をまとい、宮廷勤務の『巫覡』の一人に化けて、彪のあとをついてくる。
「この宮殿の中央って、どこだっけ、お姫様」
 『陽天宮』の門が見えてきたあたりで、彪は暎蓮に問いかけた。
「『朝参の間』の奥です。御帳台の後ろを抜けると、『天帝廟』以外なにもない、空いた場所に出るんです。私たち、王や王妃は、そこで、朝参の前に、祈りを捧げます」
 暎蓮の答えに、彪は尋ねてみた。
「そこへ行ってもいいかな」
 暎蓮はすぐに答えた。
「もちろんです。これは、お仕事なのですから」
 二人は、門衛の兵士に『雲天宮』の用件だと告げ、宮殿の中に入った。
 燭台に照らされた廊下を通り、『朝参の間』まで行く。
 広い部屋の奥には、見慣れた、扇賢の入る御帳台がある。二人は、そこのわきをすり抜けた。
「失礼します……っと」
 彪は、一応、そうあいさつをしながら、御帳台の後ろの通路に入り、歩みを進めた。
「……ここか」
 彪は、『天帝廟』が奥にしつらえられた広いスペースに出ると、足を止めた。暎蓮も、つづいて入ってくる。
 そこで、二人は、まず、『天帝廟』に祈りをささげた。
「……『天帝』様。少しだけ、失礼させていただきます」
 彪と暎蓮は、同じ言葉を同時に言った。その後、顔を見合わせて、なんとなく笑う。
「始めよう、お姫様」
「はい。では、お願いします」
 彪と暎蓮は、その空いたスペースの中央に立った。『天帝廟』に向かって立つ。
「……発(はつ)!」
 彪が、顔の前で両手を合わせて、『術』の布陣を発動させた。彼らの周りに、光を放った大きな布陣が描かれる。
「……城がでかい分、力を消耗するな……」
 そう、ぶつぶつ言う彼の背に、暎蓮が手を当てた。彼の体に、暎蓮の持つ『神気』が送り込まれる。彪の体が、清浄な空気に包まれ、息をするのが楽になる。布陣の発動で失われてきつつある『気』も、そのおかげで補充されてきた。
「……ありがとう」
 彪は、短く礼を述べた。
「このくらいしか、できませんが……」
 暎蓮の言葉に、彪は感謝をこめて、にやっと笑ってみせると、目を閉じ、布陣に集中した。布陣がどんどん大きくなる。
 ……ほどなく、布陣は、城じゅうを取り囲んだ。
「……さて、ここからが本番だ。……うまく、引っかかってくれよ……!」
 彪は言いつつ、『気』を込め、布陣の機能を発動した。布陣の輝きが増す。
「……あ?」
「あ」
「あ、あれ?」
 ……城じゅうを取り囲んだ、布陣の中に、『犬の魂』と、その『痕跡』が、無数に浮かび上がってきたのだ。
「な、なんだ?」
「どういうことでしょう」
 二人は、驚いて、布陣じゅうを見渡した。
「犬の『魂』と『痕跡』が、こんなに?……どういうことだ?」
「ですが、彪様。『雲天宮』の犬たちの魂は、痕跡ではありません。まだあの子たちの中に残っています。これはやはり、もう死んでしまった犬の魂です。……すでに、天上に開放されたあとである、いわゆる『痕跡』もありますが、まだ城内をさまよっている、『魂』も。……城内に、こんなに犬の魂と、その『痕跡』があったのでは、どれがあの『古代呪法』に使われたものなのか、判別するのに、手間はともかく、時間がかかります」
「うん。……しっかし。……なんで、城にこんなに犬が。……お姫様、『鬼祓い』をした後に、使った犬たちは毎年、どうしているの?そのまま置いておいて、城内で飼うの?」
「いえ。確か、『王室用の犬専門』に育てている施設が、城外にあるそうで、そこにお返しするはずだったと思います。もともと、今回のあの子たちも、そこからお借りしてきた子たちなのです」
「それじゃ、この魂たちはどこから……」
「……待ってください」
 暎蓮は、なにかを思いついたように、言った。
「警備省では、常に犬を飼っているはずです。城内の警護のために。しかも、かなりの数の犬を」
「え?じゃあ、なんで、その犬たちを『鬼祓い』に使わないの?」
「その犬それぞれと、訓練士の方に、城内を区切った、『持ち場』があるからだと聞いていますが」
 彪は、いやな予感がした。
「そ、その犬たちって、もし死んだら」
 暎蓮も、彪のその言葉に、彼がなにを考えているのか察したらしく、答えにくそうに、言った。
「王族が、城外の陵墓に入るのに、不思議に思われるかもしれませんが、天寿を全うした、あるいは病気、不慮の事故などで、死んだ警備犬は、その働きを称えて、この城内に葬られる、とか」
「なんだって!」
 彪は、それを聞いて、大口を開けた。
「じゃ、じゃあ、城内に、警護犬専用の墓のある場所があるってことだよね?」
 彪は、わずかな望みをかけて、訊いてみた。暎蓮が、首を振る。
「専用のお墓もあったのですが。過去からの警備犬の数は、もう、多すぎて。専用のお墓に入りきらないので、今は、城内のあちこちにある、各宮殿と庭園に影響のない、石畳を敷いていないところの空地を掘り返して、弔われるとか……」
 彪は、落胆のあまり、思わず布陣を消しそうになった。
 どうりで、これだけ、城内に犬の魂が散っているわけだ。
 彼は力が抜けたが、捉えた魂を検分するまでは、布陣を消すわけにもいかないので、よろめいたものの、なんとか体勢を立て直し、思わず言った。
「この城内にも入りきらなくなったら、どうするつもりなんだろうね」
「そ、そうですね……」
 暎蓮も、さすがに、言葉がないようだった。
「城外に、犬専門のお墓を、作るのかも、しれませんね」
「……そうだね……。案外、王家の陵墓の隣だったりしてね」
 二人は、声のトーンを落として、仕方なく、笑った。
「それならそれで、仕方がない。端から端まで、眺めていこう」
 彪は、半ばやけっぱちになったかのようにわめいたが、彼は、まだ前向きだ。すぐに、まじめな顔になって、布陣を見直す。
 暎蓮も、彪同様、一回肩を落としたものの、気を取り直したらしく、再び布陣に目を向けた。
「……とにかく、検分を始めよう。……俺は、この一番、魂が密集している場所から始めるよ。お姫様は、……可能性は薄いけれど、警護犬たち専用の墓の場所から始めて」
「わかりました」
 二人は、布陣に手をかざし、漂っている魂たちと、その『痕跡』に、一つ一つ、『邪念』があるかどうか確かめていこうとした。
 しかし、そこで、暎蓮はなにかに気付いたように、言った。
「彪様。……ナイト様をお呼びしましょう」
「え?」
「ナイト様の性を使って、この犬たちの魂をひとところに集めていただけば、検分もずいぶん楽になるはずです」
「そうか!」
 暎蓮は、言った。
「布陣は、このままに。私は、女官の方に頼んで、ナイト様を呼んでいただきます。それから、……この際、扇賢様もお呼びしてきます」
「うん。……頼むね。……ナイトさんだけ呼んだら、扇様が後で怒りかねないからね」
 彪は、笑って、言った。暎蓮もくすっと笑って、
「それでは、行ってきます」
 と言い、部屋から出て行った。

 数分の後に、夜が明けたばかりだというのに、いつものスーツ姿に早速着替えたらしいナイトが、部屋に走り込んできた。知らせを受けて、『地欧宮』から、できる限りの手段を使って、急ぎ、出てきたらしい。
 彼は、『天帝廟』にあいさつもせずに、彪に向かって叫んだ。
「……彪殿!わたくしに、なにかお手伝いできることがあるとか。……暎蓮姫から、伝言が」
「うん。ナイトさんにしか、出来ないことが、あるんです」
 ナイトが、息せき切って彪の眼前に来ようとしていると、そこへ、暎蓮と扇賢もやってきた。
 扇賢は、もとが早起きな体質なので、いつも通り面倒くさそうではあったが、すでに、朝の武術の鍛錬の用意をしていたらしく、稽古着に着替えて、腰に、愛刀『丹水(たんすい)』をさして、片手で腰の後ろを叩きながら、暎蓮とともに、彪の近くまで来た。
「彪。なんだか、えらい展開になっていると暎蓮から聞いたが」
「そうなんだよ。だからナイトさんに手伝いを頼もうと思って……」
「『巫覡』に『妖異』はつきものだというけれど、これではあなたも気が休まらないわね、彪」
「姐さん。……おはよう」
 意外だったのは、もと・扇賢の武術の師であり、今は宮廷武術指南役という役職についている美女、『関(せき) 王音(おういん)』も一緒だったことだった。『太天宮』の、扇賢の武術稽古場に行く途中で、扇賢たちと出会ったらしい。
 いつも一緒に旅に出る仲間が、そろったというわけだ。
 ナイトが、身を乗り出した。
「そ、それで、彪殿。暎蓮姫。わたくしは、なにをすれば」
「ちょっと、落ち着いてください。……えーと、……この城全体の、犬の魂を、ナイトさんの『人気』を使って、集めてほしいんです」
「この城全体の?……この城内に、そんなに、犬の魂が眠っているのですか」
「見てくれればわかるよ。……この布陣の中をよく」
 彪は、そう言って、片手を動かし、布陣を敷いたまま、この部屋の中の全員が城全体を眺められるよう、布陣の中の魂の配置図を、小さな映像に作り替えて、モニターのように空中に浮かび上がらせた。暎蓮を除く、全員が声を上げる。
「『巫覡』の方というのは、本当に、便利な『技』をお持ちなのですね」
 彪の『術』の一端に、ナイトが、一瞬、悲しみを忘れて、感心したように言う。
「それはともかく、このあちこちに浮かび上がっている白いのが、犬たちの魂、と、その『痕跡』。……ナイトさん、集めてもらえますか」
「わかりました。……暎蓮姫、誘導をお願いできますか」
「ええ」
 暎蓮が、布陣の中央に立つと、ナイトが近づいてきて、彼女の足元に跪いた。
「では、始めます。……よろしいですか、ナイト様」
「はい」
 暎蓮は、うなずいた。片手を彼の前に出し、その手に、ふう、と息を吹きかける。彼女の手が、光を放ちだした。
 暎蓮は、ナイトの『人気』を開くよう、彼に向かって誘導を始めた。
「……ナイト様。大きく、息を吸って。……『気』を広げて。この城全体を覆うように。そして、呼吸をするように。細く息を吐いて。集めた魂を、逃さないように。あなた様の眠れる性(さが)を広げてください。さあ、大きく息を吸って。……呼吸をするように」
 ナイトの体から、中空に、大きな白い狼の姿をした『人気』が現れた。上を向いて、大きく口を開き、遠吠えする。
 ……いつ見ても、優雅で美しい姿だった。
「さあ、ナイト様。もう一度です。……『人気』を広げて。大きく、吸い込むように」
「はい、暎蓮姫」
 目を閉じたままのナイトが、言う。
 ほどなく、白い狼の、大きく開いた口の中に、白い球状の、犬の魂たちが集まってきた。次々に、中へと入っていく。
「ですが、彪様」
 ナイトを誘導していた暎蓮が、彪を振り返って、言う。
「魂は集められますが、『痕跡』までは無理です。それは、やはり、この布陣で検分しないと」
「そうだね……。とりあえず、そっちは、集めた魂を検分してから手を付けよう」
「そうですね」
 ある程度、魂が集まってきたと思われる段階で、彪と暎蓮は、ナイトの上に現れている狼の胸に手を当てた。
 二人が、自身の持つ『聖気』を手に集め、魂を一つ一つ検分していく。……これは、流れ作業なので、『聖気』の消耗はほとんどない。検分して、外れだった魂は、天上に開放できるものは開放し、まだこの世に未練のありそうな魂は、よけておいて、あとで、天上の一階下の段階である『上界(じょうかい)』へ上らせる。『上界』は、この世に未練はあっても、害がない魂の未練を取り除いて、天上へと上らせるための世界だ。
 ……そして、問題は、害がある魂なのだが。
「……うーん。なかなか、出てこないな」
 彪が、例によって、ぶつぶつ言いながら、検分をつづける。
「もう少し、手掛かりがないと、調べにくいですね……」
 暎蓮も、それに答えつつ、手を休めない。
「……このひとまとめになったものは、警護犬のお墓のものですが。ざっと見た限りでは、あてはまるものはありません」
「ああ、やっぱりね。となると、あちこちに点在しているほうが、より怪しい、と」
「害がある犬ってのは、例えば、どんなのだ」
 扇賢が、口をはさんだ。
 彪が言う。
「この城内で、『妖異』を起こすためのものに、決まっているだろう。……扇様、今まで、俺たちの話のなにを聞いていたんだよ」
「しかし、城内で、『古代呪術』とやらを使ったということになると、ただの『妖異』ではなく、その『呪術』……、いわば、『邪念』の対象者は、城内ゆかりの人間ってことにならないか」
 彪は驚いて、扇賢の顔を見た。
「それは、そうだ。俺は、今まで、城内で『古代呪術』が使われたかどうか、そればかり気にしていたけれど、……『呪術』には、当たり前だけれど、その『対象者』がいたんだった!」
 彪は、思わず叫んだ。
「……扇様!たまには、役に立つことを言うじゃない!……すごいよ」
「『たまには』は余計だ」
 扇賢が、憮然として言った。
「それで、どうするんだ、これから。……もし、『呪術』なら。その『対象者』も、護らないといけないだろう」
「そ、そうだ、それも割り出さないと。……お姫様、この検分が終わったら、いったん、無害な魂は、『箱』に入れて、あとで処理するとして、その後は、すぐに『対象者』を探そう」
「そうですね。……意外でした。さすがは、扇賢様です。思った以上に、いいことを言ってくださいましたね」
「お前まで、俺を馬鹿にするのか」
 扇賢は、眉尻を下げて、情けなさそうな顔をした。暎蓮が、あわてて、
「いえ。本当に、私たち、そのことを思いつかなかったのです。『古代呪術』に、気を取られていて」
「もしかすると、その効果も狙って、あえて『古代呪術』を仕掛けてきた、という可能性もありますわね」
 王音までが、鋭い意見を言ってきた。
「姐さんまで!二人とも、冴えてるよ!」
 彪の、褒めているんだか、けなしているんだかわからない言葉に、扇賢と王音が、顔を見合わせて、複雑な顔をする。
 それには目もくれず、彪と暎蓮は、再び、作業に没頭した。
「……あれ?なんだ、これ……?」
 しかし、しばらくすると、彪が、唐突につぶやいた。
「彪様?」
 暎蓮が、手を止めて、彼を見る。彪は、大体の魂が集められた後の、もうほとんど場所の空いた布陣自体を見ていた。
「ここに、どうしても動かない、魂があるんだ。……ナイトさんの『人気』の引力でも動かない魂が。……しかも、『痕跡』の下に、隠れるように」
 暎蓮が、狼の胸から手を離し、
「ナイト様、申し訳ありません。少しの間、このままで」
「わかりました、暎蓮姫」
 ナイトの返事を聞くと、暎蓮は、彪の指さす方向に、歩み寄った。
「……『痕跡』が、これだけたくさんの分量で、ここに集中して固まっている……?」
「そうなんだ。……俺も、よく見ないと、気づかなかった」
 『巫覡』として、『気』を感じ取るのが得意な二人でも、感じ取るにはそれなりの集中力がいる。流れ作業に気を取られた結果が、危うくこれを見落とすことになりかねなかったわけだ。
「ちょっと、これを確かめよう。……ナイトさん」
 彪が、ナイトに声をかけた。そのまま、片手をあげて、空中に、自分の『気』で作った大きな『箱』を出現させた。
「集めた魂たちを、いったんこの中に入れてもらえませんか。そうしたら、『人気』を閉じてもらって大丈夫です」
「ナイト様。この箱の中に、ゆっくりと、息を吹き込むように。『人気』の中から、集めた魂たちを、もらさず、吹き込んでください」
 暎蓮の誘導に、ナイトはうなずき、箱に向かって、息を吹き込んだ。狼の口から、魂たちが吐き出され、箱の中へと流れていく。
 ……集まったすべての魂たちが、箱へと入ると、彪は、印を結んで、
「封(ふう)!」
 と、『言の葉』で『箱』を封じた。そのまま、手の中に箱を収め、『箱』自体を彼の中へ消す。
「ナイト様、お疲れ様でした。もう『人気』を閉じていただいて結構です」
 ナイトが、狼を消し、息をついて、目を開け、立ち上がる。それを尻目に、
「お姫様、この『痕跡』を確かめよう」
「ええ」
 二人は、目をこらし、『痕跡』に手を当てて、ふう、と息を吹きかけた。
『痕跡』を調べる理由は、過去に、『古代呪術』が使われたかどうか、を調べるためと、その『術』が発動したかどうかを調べるため。それと、もはや魂がない、『跡』なのだから、あると、いちいち布陣に引っかかり、邪魔になる。それらを消していくためだ。しかし、布陣内にあるそれを全部消す作業は、あとになりそうだった。
「……『痕跡』自体には、怪しいところはなにもありませんね。でも、この塊は、不自然すぎます。おそらく、作為的なものですね。彪様、この『痕跡』を消していきましょう」
「うん」
 二人は、布陣上から、『痕跡』の塊を消そうとした。
「これ……何百回、『痕跡』を重ねたんだ?」
 何度『昇華の法』を使っても次々に現れる『痕跡』に、彪が愕然としたように言う。
「……お姫様。これ、怪しすぎるよ。……ここが『本命』かも」
「そうですね。……これでは、らちがあきません。彪様、現場に行って、直接、見てみましょう」
「『現場』っていうのは、どこなんだ?」
 それまで黙っていた扇賢が、唐突に訊いてきた。
「ええっ……と」
 彪は、布陣をよくよく見てみた。
「……え?」
 暎蓮も、口に袖を当てた。
「まあ」
 それを見た扇賢が、再び言う。
「わかったのか」
「うん……。わかったといえば、わかった」
「どこなんだ」
「ここです、扇賢様」
「あ?」
 扇賢と王音とナイトが、一斉に暎蓮を見た。
「ここ、『陽天宮』入り口前なんです」
 暎蓮が、もう一度、言った。
「本当なのか」
「はい。でも……彪様」
「うん。ここの入り口前は、王宮への通路になっているから、石畳で、犬の首を埋めることなんか、普通の方法じゃ、出来ないはずだ」
「よほど前なら、話は別だがな」
 扇賢が、腰の『丹水』に片手をひっかけた格好で、無意味に体を揺らしながら、言った。
「『前』って?扇様」
 彪の言葉に、
「百年近く前に、この城を改装する前までなら、ここの辺りはまだ、地面が石畳じゃなく、普通の土の地面だったんだ……と、俺は聞いているが」
 と、扇賢は答えた。
「じゃあ、その時に行われた『呪法』?」
 王音が、頬に手を当てた。
「その時代ですと、すでに警護犬はいたでしょうから、『呪法』とは限らないかもしれませんが……。やはり、現場へ行ってみましょう、彪様。この『痕跡』だけに関しては、明らかに不自然なのですから」
 暎蓮はそう言うと、彪より先に、駆け出した。

 第五章 明らかに、『呪法』
 彪と暎蓮が、『陽天宮』入口前まで行くと、強い朝日が彼らを照らした。
「まぶしいな」
 彪が、片手を上げて顔に当たる陽射しをさえぎり、ぼやく。
「まあ、ここはなんといっても、『陽天宮』というくらいですから。……これだけで『浄化能力』がありそうですね」
 二人は言いつつ、通路に足を踏み入れた。
「彪様」
「なに?」
「あれが、おそらく、『天啓』で視えた、石燈籠では?」
石畳の通路のわきに、確かに、石燈籠がある。
「うん。たぶん、あれだね」
しゃべりながらでも、二人は、全身で、そこの『気』を感じ取ろうとした。
「……やはり。ここに『痕跡』が固まっていますね。これだけの塊を作るには、素人では無理です」
「うん。明らかに、背後に『術者』の影が見える」
 彼らは、地面を見た。
「それにしても、なんでこんなところに……いや」
「なんでしょう?」
「考えてみれば。『古代呪法』が行われたとして、犬の首を埋めたなら。城内では、ここが一番、合理的だよ」
「どういう意味でしょう」
「犬の首を刎ねる『呪術』には、他人の『気』が大量に必要なんだ」
「え?」
「つまり……」
 彪は、両腕を組んで、考えながら、言った。
「刎ねた犬の首だけでは、『呪者』の『邪念』と、殺された犬の『無念』さしか残らない。それを確実に強大なものにして、『古代呪術』としての『呪詛』に変えることができるのが、まったく他人の人々……第三者たちの『気』なんだ」
 暎蓮は、彼の言葉のつづきを待った。
「それには、首に直接触ってもらって、犬の『眼力』を強化するべく、『気』をもらうのが一番なんだけど。普通は、気持ち悪いだろうから、そんなことはできないよね。だから、簡単な方法は、どこかに首を埋めて、その場所を、出来るだけたくさんの他人に踏んでもらって、気づかないうちに『気』を分けてもらうのがいい。『呪者』も、そう思って、ここを選んだんだと思う」
「じゃあ、踏んでいただいた分、『邪念』も『呪詛』の力も、大きくなるということですか?」「そう。……ここ、『陽天宮』は、朝参を行うところだから、王宮勤務者の大多数が集まる場所だ。この石畳さえなければ、絶好の場所なんだよ」
 彪は、つづけた。
「これが本当に、『古代呪術』の跡なのか、もしそうなら、いつ発動させたものなのか、確かめないと」
 彪は、通路に立って、もう一度下を見た。……痕跡の塊。
 彼は、両手を顔の前で合わせた。
「……発!」
 『痕跡』の塊だけを包むように、小さな『入らずの布陣』を張って、彼は、言った。
「この、邪魔な『痕跡』を、取り除く。……『術』を使うから、お姫様、少し下がって」
「は、はい」
 暎蓮は、言われたとおり、彼の後ろに立った。その後ろから、扇賢たちもぞろぞろ出てくる。
 彪は、印を結び、『入らずの布陣』内に、『術』を発動させた。
「……破(は)!」
 布陣内で、なにかが次々に破裂するような、衝撃が起こっている。……見ようによっては、花火のような光景でもあった。全員が、それを見守る。
 痕跡は、はじけつづける。……大分、時間がたった。
「……おい。まだ終わらないのか」
 扇賢が、待たされ飽きたという声で、言った。
「かなりの量の『痕跡』が重なっているんだから、仕方がないだろう。少し、黙って待っててよ、扇様」
 彪は、仏頂面で答えると、ぶつぶつつぶやいた。
「……この『痕跡』。これだけの数があるとなると、城内のだけじゃなく、城外からも引っ張ってきたんだろうな。作為的だ」
 さらに少しの間、待つと、布陣内の、何千発もの衝撃が、収まってきた。
 彪は、もう一度、印を結んだ。
「収まった。……消(しょう)!」
 ドーム型の布陣の中で、はじけた『痕跡』の残骸が、光を放って、霧散する。
「解(かい)!」
 彪が、残骸が跡形もなく消え去ったのを見て、布陣を解く。あとに残されたものを見ると、彼は、つぶやいた。
「こりゃあ……」
 暎蓮が彪の後ろから、消し去った布陣の跡を見て、眉根を寄せた。
「これは、……『封印』……?」
 石畳の一角に、『符』の貼ってある荒縄が、何重にも貼りつけてある。
「どういうことだ?」
 扇賢が、彼らにも見える、その荒縄を見て、彪に問いかける。
「俺たち『巫覡』に、感知されないように、『呪術』を使った上から、『封印』をしてあるんだ。さらに、その上に、ここに眠る犬の魂が見えないよう、『痕跡』を重ねて、『封印』自体も、隠す方法を取っていたってわけ」
「この『呪術』は、いつごろのものなんだ?」
 扇賢が、さらに問う。彪は答えた。
「調べてみないとなんとも言えないけど、見た感じでは、そんなに古くない」
「だが、お前、自分で言っていたろう、『ここは石畳だから、首を埋めるのは無理だ』と」
「それも、『術』を使えば、無理じゃないんだよ。……どうも、この犯人、『呪術』を行った本人と、それを手助けした『術者』がいるように思えてならないんだ」
「どうして?」
 王音が、尋ねた。
「『破邪』の力をもつ犬をたくさん使役している人間は、いわば『犬使い』だ。つまり、その人間も犬の持つ『破邪』の恩恵を受けている場合が多い。……犬も、『邪念』を持つ人間のことは、もとから嫌うしね。そして、そんな『破邪』の力を受けた人間が、わざわざ、かわいいと思う犬を殺す理由がある?……なにか、よほどのことがあって、犬殺し、『呪詛』をしたんだよ。そして、そういう『聖気』に近いものを持つ人間に、こんな、『封印』や『痕跡』を使った、専門者みたいな技術を持った『術』は、ふつう、使えない。と、いうより、本人が、思いつかないだろう。……だから、手助けした『術者』がいるんじゃないか、って言ったんだ」
「では、その『術者』というのは、手練れというわけですか」
 ナイトが言った。
「そう。かなりの技術を持っていると思うよ。そして、まずいことに」
 今度は、暎蓮が口を開いた。
「今までは、感知されないようにしていたこの『呪術』ですが、『封印』が、もうじき、解けそうなのです」
 彪が後を受けた。
「つまり、これからが、本格的な『呪術の時間』ってわけだよ。……お姫様。この『気』を探って、『呪術』をかけられている人を探そう」
「はい」
 暎蓮が、表情を引き締めて、答える。
「状況から考えて、一番危ないのは、扇様だけどね」
「俺?なんで」
 扇賢が、頭の後ろで組んでいた両手を離して、意外そうに言った。
「だって、そうだろう。『玉雲城』ってのは、いわば、扇様のための城だよ。その中で『呪詛』を仕掛けるとしたら、その筆頭である扇様が一番に来るに決まっているじゃないか」
「俺が、そんなに他人に恨まれることをしたっていうのか!」
 扇賢は、わめいた。その勢いに、彪が顔をしかめながら、冷徹に答えた。
「そんなことはわからないよ。ただ、可能性の問題として言っているんだ」
「そうです、扇賢様。……もちろん、城内には、さまざまな方が常駐しているわけですから、必ずしも、扇賢様が対象とは限らないわけですが。用心に越したことはありません」
「そういうものか」
 暎蓮の言葉に、扇賢が、げんなりした顔をする。
「扇様、犬は好きだっけ」
 彪が問いかけた。
「別に。好きでも嫌いでもない。どちらかというと、俺は『猫派』だ」
「ああ、当たり前か。扇様は『虎』だもんね。……お姫様」
 彪が暎蓮を振り返った。
「ええ」
 暎蓮がうなずき、『封印』の荒縄越しに、手をかざし、『気』を集め、その手を、今度は扇賢の胸にかざした。
「……この『呪詛』の対象は、扇賢様ではないようです。『悪意』が、全く別の方向を向いています」
「よかったね、扇様。当分は無事に生きていられるよ」
「お前……」
 扇賢が、彪のその遠慮のない言葉に向かって、なんとも言いがたい顔をする。
「じゃあ、誰が対象者なのかしら?」
 王音が口をはさんだ。
「それを、今、確かめる。『封印』が完全にほどける前に。ほどけかかかっている状態だから、少し『邪気』が漏れ出しているんだ。それを使って、対象者をあぶりだす。そして、ここを浄化しないと」
 彪は言うと、懐から、小さな袋を取り出した。片手で、荒縄の上を探るようにしてから、袋の中身を出す。
 ……長い、針だった。
 彪はそれを、右手の手のひらに乗せると、荒縄の上にかざした。
 針が、彼の手の上から、浮き上がる。ゆらゆらと揺れて、しばらく泳ぐようにしていたが、やがて、ある方向をさした。
 ……それは、城内最奥部にある、『螢徳院・即天宮(けいとくいん・そくてんきゅう)』の方角だった。
 即天宮とは、もう王座から退いた、いわゆる『院』の身分の人や、王位継承とは関係ない女性王族などが住む、いわば、現役を退いた人のための宮殿だ。
「今、『即天宮』にお住まいになっているのは、どなただっけ」
 彪は、扇賢に尋ねた。
「俺のじいさんである将太院(しょうたいいん)と、父上の第二妃である京貴妃(きょうきひ)、あとは、その娘たちだけだ」
「その方々の中に、『呪詛』されている方がいらっしゃる?」
 暎蓮が言った。
「そういえば……」
 扇賢が、言った。
「思い出したんだが。……俺のじいさんは、犬が大嫌いでな。毎年、たくさんの犬を使う『鬼祓い』をさんざんいやがっていたんだが、歴史の風習で、やめるわけにはいかなかった。その後で、京貴妃の娘で、孫の『星砂(せいさ)』殿たっての頼みで、『即天宮』で犬を飼いだしたことがあったらしい。じいさんにとっては、目の上のたんこぶだったらしいけどな。……ところが、その犬が、馬鹿でかくて、噛む力もあったせいもあって、じいさんの大切にしていた国宝級の笛を、遊び道具にして、ぶち壊してな。それで、じいさんが怒りまくり、その犬は」
「その犬は?」
 話を聞いていた、全員が身を乗り出した。
 扇賢が、言いにくそうに、言った。
「……お前たち、民間の、『下手物料理』の店を知っているか?」
 全員が、いやな予感に囚われた。
「扇様、それってまさか」
「そのまさかだ。じいさんは、怒って、犬をその場で叩き斬り、……その首を、この国を流れる大河に向かってぶん投げ、沈めて、体のほうは、当時の隣国であった、『浅南国(せんなんこく)』からの移住者が『鳴土(めいど)(『玉雲国』の首都)』で経営していた、浅南料理の店に売り払い、その毛皮だけもらって、肉と骨の方は、料理屋に始末を任せたらしい」
 『浅南国』では、もう昔の話ではあるが、犬を食する習慣があった。それが、一部、まだ残っていたらしい。
「ああ……」
 彪が頭を抱えた。暎蓮が問う。
「扇賢様。その、星砂様というお方は、その時、なんと?」
「じいさんと、えらい喧嘩になってな。なにせ、毛皮一枚が戻ってきたんだから。その後、そのことで気病みして、病没した……というのは、民間へのいいわけで、実は、ご自害なされたんだ、じいさんへのあてつけにな。……えらい醜聞になるってわけで、宮廷は、必死にそれを隠した。今でも知っているのは、大臣級の人間と、俺たち王族くらいのものだ」
 そう言う扇賢に、彪は、じれったそうに、
「星砂様は、死んじゃったの!?それとも」
 と叫んだ。
 再び、扇賢が口を開く。
「命は取り留めているが、やったのが、『即天宮』内の自室での首つりでな。意識が戻らなくて、今でも、『即天宮』の一室で、眠りつづけているらしい」
「それは、いつごろのお話なのですか」
 暎蓮が問うた。
「星砂殿は、俺とは三つ違いで、……あの事件が起きたのは、俺が、……彪、お前くらいの年の頃だから、四、五年前かな」
 扇賢はそう言って、即天宮の方角に目を移した。
「四、五年前。……あのあたりは、月が大きくなる年だったから、ちょうど、今の『古代呪術』の力も、一番大きくなる周期に当たる」
 彪はそう言って、扇賢に向かって、言った。
「扇様、俺たちに星砂様の状態を視させる許可をくれよ。あと、将太院様が『呪術』の対象者なのかどうかも、確認したい」
「別にかまわんが、どうするつもりなんだ?」
「決まっているだろう。『呪者』が星砂様なのか、将太院様がその恨みの対象なのか、視てみるんだよ」
「しかし、星砂殿は、眠ったままだぞ」
「意識だけで、動き回れる可能性は、この世界、ごまんとあるんだ。それに、星砂様の代わりに『呪術』を行った、星砂様に親しかった人間が、いると思う」
「どうしてそう思われるのです?」
 ナイトが、言った。
「俺たちが視た、『天啓』では、ちょうど犬殺しをする寸前の映像だった。……刃物を持っていた手が、これは、印象でしかないけれど、男のものだった気がするんだ」
「男の手?」
「そう。大体、女性の星砂様に犬の首を刎ねるなんて力技、出来ると思う?……星砂様に近しかった、犬と慣れ親しんだ誰かが、いたんだと思うんだよ。そいつを、探す」
「しかし、どうやって」
「ここの大地に訊くんだ」
「大地に訊く?」
「そう」
 彪はそう言いながら、他の面々から離れた。
 両手を合わせて、静かに目を閉じる。彼の体の周りに、『聖気』が集まり、光を放つ。
 地面が、彼の周りを囲うように、四角く、区切られた。
 彼は、静かに、言った。
「……尋(じん)」
 区切られた四角いスペースが、光を放ち、彪の『術』が発動したことを示す。
 扇賢が、暎蓮に問う。
「あれは、いったいなにをしているんだ?」
「彪様は今、大地の情報網につながって、当時ここであったことを、大地の『精(じん)』に教えてもらおうとなさっているのです」
 『精』とは、自然物の『気』の一種だ。
 少し待つと、四角いスペースの中に、人間の後姿と、それを取り巻くたくさんの犬たちが浮かび上がった。後姿だが、あれは確かに、男性だった。
 彼の一番近くにいた犬が、無邪気な目で彼を見上げる。その犬に向かって、彼は、手を伸ばし、頭をなでた。
『ごめんな……』
 彼は、言った。
『でも、あの方のためなんだ。俺は、どうしても、あの方をあんなふうにした人間が、許せない。散々、苦しませて、地獄へ落としてやる。……すべてが終わったら、俺もお前のもとに行く。だから、……許してくれ』
 男は、そう言うと、他の犬たちに、
『散れ!』
 と、声をかけた。犬たちが、訓練された動きで、あたりに散っていく。
 残されたのは、男と、ただ一頭の犬。犬は、座って、彼の顔を見ている。……自分が、なにをされるのか、すでにわかっている様子だった。
 男は、懐から、右手で、大きめの刃物を取り出し、犬の頭を押さえた。その犬の頭に、彼の涙らしきものが、降り注ぐ。
『待っていてくれ!』
 男は、刃物を振り下ろした。男の後姿が邪魔で、見えなかったが、あたりに血が飛び散り、骨に刃物が当たる音が響いた。
 その映像に、暎蓮と王音が、思わず声を上げ、顔をそむける。扇賢とナイトも、眉間にしわを寄せた。
 惨劇は、まだつづいた。
 地面に倒れた犬の首に、男はかがみこみ、力を込めて、刃物で、首の骨を断った。……少なくとも、その気配が、感じられた。
 間もなく、首が断てたのだろう、男は、犬の首を摑んで、立ち上がった。振り返るが、その顔は、影になってわからなかった。
『……あんたか』
 振り返り、誰かに話しかけている。
『指示通り、やった。これで、あの方を助けてもらえるんだろう?』
 何者かが、いるのだ。
『あんたが』
 彼が言いかけた途端、映像はぶつりと切れた。四角の中が、暗闇に変わる。
 彪が、目を開け、舌打ちした。大地の情報網から離れ、今まで映像の表れていた大地の四角を消す。
「……『術』で、自分の情報を消していきやがったか!」
 彪が、毒づいた。
「……だけど、これで、裏に『術者』がいることだけは、わかった。問題は、今の男が、何者なのかだ」
「今の方が、『呪者』であったようですね」
 暎蓮が、あまりの惨劇に、袖で覆っていた口を、開いた。
「うん。今の男は、明らかに『犬使い』だ。犬の扱いに慣れていた。そして、おそらく、扇様の話も総合すると、星砂様のために、この『呪法』に手を出したんだ」
「じゃあ、やっぱり、『呪詛』の対象者は、じいさんか」
「たぶんね。……扇様、星砂様のところに案内してよ、情報がもっと必要だ」
「わかったよ。今から京貴妃に使いを出してみる。それと、じいさんにもな。いったん、『太天宮』に戻ろう。……行くぞ」
 扇賢は、全員にそう言うと、踵を返した。

 第六章 将太院の話した事実
 『陽天宮』前の『封印』を、もう一度、彪の『封印の術』で隠し、『巫覡』をも含めた、ほかの人間たちには見えないようにしてから、扇賢の常の住まいである『太天宮』の、彼の居間で、彪たちは、『即天宮』に送った使いが戻ってくるのを待った。
 彪は、椅子に座ったまま、両脚を伸ばし、もどかしそうに、体を揺らしている。暎蓮は、片袖を胸に当てて、事態が動くのを待っているようだった。
 扇賢は、暇つぶしだろう、『宮廷報(宮廷内の動きを記録した、社内報のようなもの)』を片手に、もう片方の手では小さな毬を握って、握力を鍛える運動をしているし、王音は、茶器を片手に、椅子の座布団の房をいじっている。 ナイトは、立って、窓の外を眺めていた。
 そんな時だった。
「……扇賢。使いが来たが、……なにか用か」
 居間の入り口に、突然、白いひげをたくわえた、明らかに貴人である老人が現れた。
「……じいさん!わざわざここまで来たのか」
 扇賢が、驚いたように、言う。
 この老人こそが、先々代の国王である、将太院だった。
 将太院自ら、『太天宮』に現れたことに、皆驚き、あわてて、顔を伏せる。
 扇賢が立ちあがり、将太院を居間に招じ入れて、上座に座らせながら、
「こっちから行くって言っただろう。なにをうろうろしてるんだよ」
 と言った。将太院は、どっかりと腰を下ろしながら、扇賢に言う。
「お前こそ、相変わらず旅に出てばかりのようだが、公務はちゃんとこなしているんだろうな」
「やってるよ」
 扇賢が憮然として、言う。
 ……どうやら、将太院という人も、さすが扇賢の祖父だけあって、『奔放』系な人らしかった。
「暎蓮殿。久しいな」
「お久しぶりでございます」
 将太院は、暎蓮のことを、にこにこと見つめた。どうやら彼は、暎蓮が好みのタイプらしく、……そういうところも、扇賢そっくりだった。
 扇賢はそんな将太院を、いやそうに眺め、
「じいさん、年寄りのくせに、暎蓮をあまり見るなよ。……気味悪がられるぞ」
 と言った。将太院は、その言葉に、すかさず答えた。
「お前こそ、暎蓮殿にべたぼれだと、『天地界』じゅうの噂になっておるそうじゃないか」
「なッ!」
 扇賢は、顔を真っ赤にして、ぐっとつまり、話を強引に変えた。
「そ、そんなことより、じいさん。用があるんだ」
「おう。なんだ」
「星砂殿のことなんだけれどな」
 扇賢が話している間に、彪と暎蓮は、将太院を取り巻く『気』を探った。
 ……間違いない。
 この人が、『呪詛』の対象者だ。
 彪と暎蓮は、彼に向けられた『邪念』を感じ取り、顔を見合わせて、うなずいた。
「星砂の?……その話はやめろ、気分が悪い」
「そうも言っていられないんだよ。じいさんが『呪詛』されているらしいんだ」
「『呪詛』?わしを?」
「ああ。そこで、それを止めてもらうために、暎蓮と、ここにいる、白点 彪という『斎姫補佐官』を連れてきたんだけれどな」
「星砂は眠っている、『呪詛』などできるわけがなかろう」
「それが、できるかもしれないから、星砂殿に会いたいんだ。……はっきり言うが、このままだと、じいさん、呪い殺されるぞ」
「その言いぐさ。……お前がわしを殺したいんじゃないのか」
「……じいさん!俺がこんな冗談を言うと思うのか。……俺たちはまじめだ。ちゃんと話を聞いてくれ。……大体、笛をぶち壊されたくらいで、犬殺しをすることもなかっただろう、しかも、毛皮まで剥いで」
「あの毛皮なら、もうないぞ」
「ない?捨てたのか」
「寝室の椅子の敷物にしとったんだが、数日前に、突然なくなったんだ。夜盗かなにかの仕業かと思ったが、他になにも盗まれてはいないし、別に気にもしておらんかったが。……なにか、そのことと関係があるのか」
 そこで、将太院は、初めて、まじめな顔で、扇賢を見た。
「彪。どうだ?」
 扇賢が尋ねる。
「関係、大有りだよ!殺した挙句に、毛皮を尻の下に敷いていたんじゃあ」
 彪は、叫んでから、あわてて、言葉遣いを改めて、将太院に言った。
「恐れながら、将太院様。関係は、充分に、ございます」
 宮廷に入る時の研修のおかげで、彼の言葉遣いは、目上の者に対しては、驚くほどよくなっていた。
「将太院様を『呪詛』する者が、『術』を使い、御寝所から毛皮を持ち去ったと考えられます。その意味は、『これからあなた様を殺すぞ』という意思表示です。どうやって持ち去ったかは、その『呪者』ではなく、それを手伝う手練れの『術者』の能力によるものと思われます」
 将太院は、彪に向き直った。彼の顔を、じっと見る。……そして、おもむろに、言った。
「……小僧。お前、名はなんと言ったか」
「は、白点 彪です」  
「では、彪。お前も『術者』なのか」
「私の本職は『巫覡』ですが、……はあ、まあ、一応は」
「じゃあ、わしを護れ」
「はっ!?」
 将太院の唐突な命令に、彪は驚いた。……が、将太院は、そんな彼の困惑など気にもせず、言いつのった。
「お前、見たところ、子供のくせに妙に気骨がある。見どころがあるということだ。……もし本当に、わしが『呪詛』されているのなら、わしを護り、『呪者』をやっつけろ。たとえ、それが眠っている星砂であっても、もうすでに、『魔』に憑かれているのなら」
「じいさん……。言っておくが、星砂殿がああなったのは、半分くらいはじいさんにも責任があるんだぞ」
 扇賢が、半分ため息をつきながら、言った。その彼に、将太院は、
「お前、わしが、犬が笛を壊しただけで殺したと思っているのか」
 と、問うた。
「違うのか」
 扇賢が、問い返す。
「『朔日(さくび)』のことがなかったら、そこまではやらなかったさ」
 将太院が、自らの眉間を人差し指で押さえながら、言った。
「朔日?朔日って、ばあさんになにがあったんだ、あの時」
 扇賢が言った。この名は、意外だったようだ。
「扇様。『朔日』様って?」
 彪が尋ねた。扇賢が彪を振り向く。
「亡くなった、俺のばあさんだ。……つまり、じいさんの妻で、先代の王である、俺の親父、『一王(いちおう)』の、おふくろということだ」
「その、朔日様に、なにがあったのですか」
 今度は、暎蓮が尋ねた。一同が、再び将太院を見る。
「そもそもだな。わしが犬が嫌いだったという噂からして、間違っている」
 将太院は、扇賢そっくりに、面倒くさそうな顔で、言った。
「あれは、作り話だ。本当に犬が嫌いだったのは、……朔日のほうなんだ」
「なんだって?」
 扇賢が大口を開けた。
「ど、どういうことだ、じいさん。始めから、ちゃんと、説明してくれ」
「あれは、四年前だったか、五年前だったか……。『鬼祓い』の時期が近いころ、星砂が、『どうしても犬が欲しい』と言って、『即天宮』で飼ってもいいかどうか、わしに訊きに来た。朔日が犬嫌いなのは知っていたが、宮殿は広い。離れて暮らしているのだから、問題はないだろうと思い、許可を与えたんだ。そうしたら、星砂はどこかから、犬を連れてきた。白くて、大きな犬でな。毛皮も立派だったよ。朔日のことはあったが、あれだけの犬がいれば、『即天宮』も安泰だと思い、わしは納得していた。ところがだな。……あれ以来、もう廃止された行事だが、『鬼祓い』の本番の日に、『院』であるわしと、『即天宮』に住む係累がやる、城内の大池である『界内池(かいないち)』から大船を出して城外に出、運河に乗って、国を流れる大河で舟遊びをするという、『河浄清流(がじょうせいりゅう)』に、星砂が、その犬を連れて行きたいと言ってな。朔日はいやがったが、これもまた、わしは、船も大きいし、違う部屋に入れておけば、安全だ、と思い、許可したんだよ。しかし、船が大河に差し掛かった時、なんのはずみか、部屋の戸が開き、犬がわしらのいた部屋まで来てしまった。船上で、『天帝』様へ捧げる楽を奏でていた、わしらは、驚いたよ。そして、犬は、わしらに近づき、じゃれつこうとした。……遊びたかったんだろうな。しかし、笛を奏でていた朔日は悲鳴を上げて逃げた。犬は、多分、反射的にだろう、それを追った。朔日は、追いつかれると、手にしていた笛で、犬の頭を、叩きつけた。笛も折れたが、犬のほうの頭も無事ではなく、犬は怒り、今度は明らかに朔日を狙って、食らいつこうとした。……そこに割って入ったのが、わしだ」
「じゃあ、じいさんが、犬を叩き斬ったっていう理由は」
「朔日を護るためだったんだ。……しかたがなかった。だが、星砂は星砂で、朔日のことも、わしのことも、許せなかったんだろうな。泣いて泣いて、『申し訳ない』という書置きを残して、自害したんだ」
「ああ……。よりにもよって、『鬼祓い』の日に、その主役の、犬を殺すなんて」
 それを聞いた彪は、頭を抱えてうめいたが、すぐに顔を上げ、将太院に、
「失礼ですが、将太院様。朔日様のお亡くなりになった理由というのは?」
 と尋ねた。
「星砂が自害してしばらくたった時だ。星砂は相変わらず眠ったままで、……そのうち、朔日が、なにを言っても、無反応なことに気が付いた。『体の具合が悪いのか』と問うても、返事もしない。『薬士(やくし。薬を使って、医療の術を行える人のこと)』にも診せたが、体はなんでもない、という。食事もとらず、そのうち……だんだん弱っていった朔日は、ある日、突然、寝所で、体を起こし、脇息に寄りかかったまま、死んでしまったんだ。『老衰』というのが『薬士』の見立てだったが、老衰には、若すぎる。不審死……頓死だった。だから、『即天宮』はこの一件を別の話に仕立てた。朔日のことは、流行病だと、宮廷に告げた。朔日のことは、星砂につづく、あまりな不吉で、宮廷にも隠さざるを得なかったんだ。お前たちが知らなかったのも無理はない」
 将太院は、長い台詞を言い終わると、その時を思い出したのか、わずかに目を潤ませた。
「……今思えば、わしが犬を殺さずに朔日を護っていれば。いや、その前に、星砂が『犬を飼いたい』と言ってきた時に、許可を出さなければ、わしは、二人もの大事な人間を失わずともすんだのかもしれない」
「ばあさんの死因に、そんな理由があったとはな……。俺も、この歳になるまで、てっきり、流行病だというのを信じていたよ」
 扇賢が、顎に手をやりながら、言った。
「将太院様、星砂様に拝謁させていただいてもよろしいでしょうか」
 彪は、その将太院の感傷を、緩和するように、静かに言った。
「星砂様の御意識を探れば、『呪詛』の出所も、わかるかもしれないのです。それとあと、朔日様の御寝所も、拝見させてください」
「ああ。構わんよ。星砂のほうは……。まだ、京貴妃からの使いは戻っていないが、……いいな、扇賢?」
「わかっている。彪、暎蓮、『即天宮』出入りの許可証を書くから、少し待ってくれ。あと、じいさん、もう『即天宮』に戻ってくれ、その後の指示は、彪が出すだろうから」
 扇賢は、言い終わると、王音、ナイトに向かって、
「お前たちは、『麗水宮』で待機だ。彪と暎蓮を手伝ってもらうことがあるかもしれない」
 と言って、居間から出て行った。

 第七章 星砂の意識
 暎蓮が、長い廊下を、『即天宮』への出入りの許可証を持って隣を歩く彪に、耳打ちした。
「彪様。……私、思うのですけれど」
「なに?お姫様」
「星砂様の御意識がなくなってから、あの『呪術』が行われたということは、『呪者』は限定されてくるのではないでしょうか」
「うん。俺もそう思うよ。……要するに、お姫様は、『鬼祓い』の儀式が行われてしばらくたってから、あれだけの数の犬を、警戒されずに城内に入れることができた人間は、限られている、と言いたいんでしょう?」
「そうです。なんといっても、『鬼祓い』が済めば、大量の犬は、当座必要なくなるわけですから。ですから私は、城外の、犬専門の施設の方(かた)ではなく、警備省の方(かた)が怪しいのではないかと思っています」
「うん。警備省にも、犬専門の訓練士はいるはずだものね」
「ええ」
「その、警備省の人間と、星砂様が、どういう関係にあったのかを、星砂様の意識から探り出す。それと、朔日様の死因。これは、最初に『雲天宮』の犬たちの『気』を持って行ってしまった『術者』がかんでいるとしか、思えないんだ。もし、星砂様の『邪念』があったとして、それがいくら強くても、人から魂を抜くのは、そう簡単なことじゃない。星砂様の仕業なら、時間が足りなかったはずなんだ」
「その『術者』様のことなのですが、彪様。……星砂様と朔日様のことは、もう何年も前からの話でしょう。そんなに何年も前から、この件にかんでいる理由が、わかりません。そこに、どんな利益があったのでしょう」
「それは俺もわからないけれど、……以前も言ったけれど、お金のために、なんでもする『術者』もいるんだ。『古代呪術』の知識といい、あの『封印』といい、相手は相当な力をもった『術者』だ。今回の件では、時間も『術』も使ってる。かなりのお金をもうけたはずだよ。目的はそれだけかもしれない」
「そうでしょうか……。それなら、いいのですが」
 暎蓮は、不安そうにつぶやいた。
 そう言っている間に、二人は、『即天宮』前についた。
「ここが、『即天宮』……」
 顔を上げて、宮殿建物を見る。
 入口で、扇賢が書いてくれた入殿許可証を見せ、中に入ると、女官が一人、待っていた。
「甦妃(そひ)様、白点様。……お待ち申し上げておりました。星砂姫の御寝所へ、ご案内するよう、いいつかっております」
「よろしくお願いします」
 二人は、女官の後に従った。
 廊下を歩きながら、暎蓮が、再び彪に耳打ちする。
「さすが、将太院様のお住まいというだけあって、気品のある装飾ですね」
「それよりも、俺は、将太院様の気性が、扇様にそっくりなことにびっくりしたよ。……お姫様を見る目まで、似てた」
 彪が、笑いをこらえきれないように、言った。暎蓮が赤くなる。
「扇様が年を取ったら、ああなるのかな」
「ど、どうでしょう……」
 二人が掛け合っていると、前を行く女官が、ある部屋の前で止まった。
「こちらが、星砂姫様の御寝所になります。……どうぞ。わたくしは、ご用が済むまで、外でお待ちしておりますので」
 女官が、部屋の扉を開けて、どく。
「…………!」
 次の瞬間、猛烈な『悪意』と『邪念』が、部屋の外に、勢いよく漏れ出てきて、彪はとっさに暎蓮を後ろにかばい、強力な『結界術』を張った。毒素のように、部屋にたまっていたのだろう、『悪意』と『邪念』は、間もなく少し薄らいだ。扉の横の壁にいた女官は、直接影響が来なかったのだろう、なにも気づかないようだ。
「……お姫様、『結界』を張って。中に入ってみよう」
「は、はい」
 強烈な『悪意』にびっくりしたのだろう、暎蓮が、胸を押さえながら、彪の後に従う。
 ……二十歳前後の女性が、寝台に横になっていた。眠っている。
「……強烈な『念』だなあ、頭の中がわんわんするよ」
「私もです」
 二人は、顔をしかめながら、寝台に近寄った。
「お姫様、これ」
 彪が指さしたのは、寝台で眠る星砂の掛布団の上からかけられていた、大きな白い犬の毛皮だった。
 暎蓮がうなずく。
「意識を、探ってみる」
 彪は、『結界術』を張ったまま、星砂の上に手をかざした。もう片方の手で、暎蓮と手をつなぐ。これで、彪を通して、暎蓮にも、星砂の意識が伝わる。
 彪が、星砂の『気』を集める。
 ……二人の脳裏に入ってきたのは、将太院と朔日への、消えない『恨み』と、将太院が殺した犬への憐憫、そして、あの『犬使い』が『呪術』を使ってしまったことに対する申し訳なさの『念』だった。
 『邪念』と、悲しさが一体化したその思い。そして、もう一つ。
 『次の、最大の満月。『鬼祓い』の日に、思いを遂げる』
 という、強い『念』が、彼女の意識から感じられた。
「『犬使い』については?」
 彪が、彼女に問う。意識の奥底を、探る。
 ……まだ幼い、少女と、若い男が、子犬と遊んでいる。白い、立派な毛皮の犬だ。大きくなりそうな犬だった。
 そして、少女の顔を見ると、それはやはり、まだ幼い星砂だった。
 次に現れた情景は、若い男が、成長した星砂に、すでに大きくなった犬の引き綱と、青い花の髪飾りを渡しているところだった。
 彪と暎蓮は、はっとして、寝台の上の星砂を見た。
 星砂の髪には、青い花の髪飾りがさしてあった。
 手をつないでいる星砂と、『犬使い』の男。間には、彼らの子供のように、大きな犬が、穏やかな表情で、座っている。……二人は、幸せそうだった。
「彪様……」
 暎蓮が、片方の袖で、涙をぬぐっている。
「うん……」
 彪も、思わず、声を詰まらせた。
 しかし、感傷的になっている場合ではない。彼は、暎蓮を振り返り、言った。
「この人を、止めよう、お姫様」
「え?」
「星砂様は、おそらく、『犬使い』に憑りついている。二人で、将太院様を呪い殺すつもりだ。だけど、将太院様にも事情があったし、星砂様も、『犬使い』も、まだ生きている。今なら、まだ間に合う。そして、それを止めるのが」
「私たちの『仕事』というわけですね」
 暎蓮は、彪の言葉に、表情を引き締めて、言った。彪がうなずく。
「とにかく、今度は、朔日様の御寝所を見てみよう。朔日様の死因が、あの『術者』のやったことなのかどうか。……行こう、お姫様!」
「はい!」
 彪は、彼女の手を取ったまま、駆け出した。

 第八章 警備省へ
 朔日が最後にいたという寝室に入ると、彪と暎蓮は、思わず、言葉を詰まらせた。
「朔日様の魂が、分解されてこの部屋じゅうを漂っている。……『術者』の仕業だ」
「……ひどい……。これだけで、充分、復讐ですね」
「状況はこれでわかったから、朔日様の魂を」
「ええ」
 二人は、部屋の真ん中で、向かい合って立ち、両手を上に上げ、
「……集(しゅう)!」
 と、叫んだ。二人の手の中に、朔日のばらばらにされた魂が集まり、一つの魂に戻っていく。
「いくよ、お姫様」
「はい」
「……昇(しょう)!」
 朔日の魂が、ばらばらにされるという苦行を経て、犬を憎んでいた罪から解放されたのだろう、天上に放たれていく。
 二人は、それを見送った後、朔日の部屋を出た。
「彪様、次は、どういたします?」
「将太院様の部屋に、『結界』を張ろう。……忘れていたんだけれど、『呪詛』の力が最大に満ちる、次の満月は、今回の『鬼祓い』と同じ日なんだっけ?」
「ええ。ですから、明日の夜です」
「じゃあ、彼らは、明日の夜に、仕掛けてくる。満月が出た時が、勝負どころだ。……将太院様の部屋に、『結界』を張ったら、俺は、警備省に行ってみるよ。訓練士たちに会えば、なにか手がかりがつかめるかもしれない。……お姫様は、『雲天宮』に戻っていて」
「私も行きます!」
「大丈夫?……だって、警備省は、男ばかりだよ」
「これはお仕事です。そんなことを言っている場合ではありません。それに、……彪様のいらっしゃる場所には、私も必ずご一緒します!」
 彪は、それを聞いて、思わず真っ赤になった。
 ……なんて、恥ずかしいことを言う人なんだ、この人は。
「お、お姫様。そ、そういう言葉は、扇様以外の人に言ったらだめだよ」
 どもる彪に対して、暎蓮は、不思議そうに、
「どうしてですか?」
 と、尋ねてきた。
 彪は、ぐっと詰まり、……詰まったものの、なんとか体勢を立て直して、
「わ、わかった。……とにかく、今は、将太院様の部屋へ」
 と言って、彼女を促した。

「おい、彪。本当に、ここから出ちゃだめなのか」
 将太院は、部屋じゅうに張り巡らされた、『結界術』の『布陣』を見て、文句を言った。
「いけません、将太院様」
 彪は手短に答え、作業をつづけた。
「たった二日程度のことです。それに、将太院様ご自身のお望みだったでしょう、あなた様を私がお護りするというのは」
 彪は、少年ながら、一歩も引かない態度で、彼に告げた。
「はっきり申し上げておきますが、私たち『巫覡』がなにもしなければ、あなた様が亡くなるだけでなく、残された星砂様にも禍根は残るのです。星砂様を哀れとお思いなら、どうか、我慢なさってください」
「わかったよ……」
 将太院は、不満げだったが、彼の言に従うことにしたらしかった。
 将太院は、今度は、同じく作業に没頭している暎蓮に向けて、にこにこと言った。
「その間、暎蓮殿は、一緒にいてくださるのかな?」
「いるわけがないだろう」
 将太院の台詞の後に、ちょうど部屋の入り口に現れた扇賢が、けんもほろろに言った。
「いい加減にしろよ、このヒヒじいさん。暎蓮は、俺の、妻だぞ」
 扇賢は、台詞の後半に、力を込めて、言った。
 もと・一国の主に、現・主が言う台詞とは、到底思えなかった。
「なんだ、まだ小僧のくせに……」
 将太院のぼやきには、耳も貸さず、扇賢は、
「明日の、『鬼祓い』当日、皆が集まる『陽天宮』にも『結界』は必要か?」
 と、彪と暎蓮に尋ねてきた。
「一応ね。扇様や、臣下の皆さんに影響が及ばないように。それと、王音姐さんと、ナイトさんに、式典中の警護を。あの二人の『闘気(とうき)(人生で、闘いを主にする人間につく、『気』の一つ)』があれば、人間が多く集まるところには必ず発生する、『邪念』に引き寄せられてくる『雑霊』くらいなら、滅せると思うんだ」
 彪は、印を結びつつ、また言った。
「それと、ナイトさんの『性』は狼だ。狼と犬の性は、近い。……『犬使い』の力の影響を受けないよう、『結界』を張った『陽天宮』内にいてほしいんだよ。ナイトさんに敵に回られたら、やっかいなことになるからね」
「なるほどな」
 扇賢がうなずく。彪は、更に言った。
「それと、犬を放すのは、夜遅くにしてよ。この件の決着がつかないと、あの犬たち、生き返らないんだから」
「前例がないが、仕方がないな」
「将太院様。おうかがいしたいのですが」
 彪は、仏頂面の将太院に尋ねた。
「噂にあった、『河浄清流』の時の、犬の首を大河に投げたという話と、肉を浅南料理屋に売りとばしたという話は、どこまでが本当なのですか」
 その言葉を聞いた将太院は、ぎょっとした顔で叫んだ。
「そ、そんなことは、わしはしていないぞ!わしではなく、死体を片付けた臣下の誰かがやったんじゃないのか」
「では、その話は、本当ではないのですね?」
「少なくとも、わしは、知らん」
 将太院は、あまりに意外な話だったのだろう、袖で額の汗を拭いながら、答えた。
「彪。……俺のじいさんは、単純なものの見方しかできない男だが、残虐な気性では、ないんだ。それだけは、俺も違うと思っていた。……信じてやってくれないか」
 扇賢が、口添えした。
「誰が単純だ!」
 将太院が、扇賢に向けて怒鳴った。扇賢は、そんなことは気にも留めずに、彪にうなずいてみせる。 
 しかし、彪は、更に言った。
「それでは、あの毛皮は、どうやって入手なさったのです。本来ならば、星砂様にお返しするべきだったでしょう」
「……臣下からあれを返されたときに、『これを見たら、星砂は、悲しい思い出から、逃れられなくなってしまう』と思ったんだ。それとな、犬の毛皮は防寒具にちょうどいい、と思って、つい、な」
「つい、ですか」
 彪はため息をついた。
 ……この人、本当に、ある意味、扇様より単純な思考の持ち主だ。
 それはそうと、彪は、気にかかっていたことがもう一つあった。
「……お姫様」
 彪は、暎蓮を見た。
「俺、ちょっと気になっていることがあるんだ」
「なんでしょう?」
「最初に集められた、あの『犬たち』の『気』だよ。あれを、あいつがなにに使うのか、考えていたんだけど……」
「?」
 暎蓮は、彼の言葉のつづきを待った。
「……もどかしいことに、思いつきそうで、思いつかないんだ。警備省に行った後、一度、『雲天宮』に戻ろう。調べたいことがあるんだ」
「わかりました」
 暎蓮がうなずいたのを見たところで、彪は、今度は扇賢に声をかけた。
「扇様、警備省出入りの許可証を書いてきて」
「わかった」
 扇賢が、姿を消す。
「……できた。……それでは、将太院様、事が無事済むまで、この部屋から、一歩たりとも出ないことを、私たちにお約束ください」
「お願いいたします」
 暎蓮も頭を下げた。将太院は、二人の顔を見て、ため息をつくと、
「わかった。……彪。……信じておるからな」
 と言った。
「承知しております。では」
 彪と暎蓮は、一礼して、彼の部屋を出、部屋の外側から、扉に『封印』を施した。

「できたぞ」
 扇賢が、『麗水宮』門内から出てきて、その前に立っていた彪に、警備省出入りの許可証を渡した。
「ありがとう、扇様」
「暎蓮。……大丈夫なのか、お前」
 警備省に同行するという暎蓮に、扇賢が声をかける。
 男性と隔絶された『雲天宮』で育ってきた暎蓮にとって、恐ろしくない男性は、彪、扇賢、ナイト、そして、自分の父親くらいだ。あとは、まあ、将太院も入るのだろうか。
 ともかく、男性が苦手な暎蓮が、勇気を出して、自分から、男ばかりの『警備省』に行くと言ったのだ。ある意味、社会性の成長具合としては、進歩であった。
「だ、大丈夫です。……よもや、男性に、触れられたりしないよう、強く『結界術』を張っていきますから」
「いや、そこまでして行かなくとも、なあ……」
 大体が、自分以外の男の前に暎蓮を出したくない扇賢である。思わずつぶやく彼に、暎蓮は、厳しい表情で、告げた。
「これは、私と彪様の、『天帝』様から与えられたお仕事なのです。……そのためには、手段を選んではいられません」
「わ、わかったよ、そんな怖い顔するなよ」
 扇賢が、ぼやいた。
「……行こう、お姫様」
「はい。では、扇賢様。行ってまいります」
「ああ……」
 彼らは、扇賢を残して、門前を去った。
「警備省は、結構遠いから、扇様が馬車を用意してくれたよ。『丙名門(へいめいもん)』のところだって」
「ありがたいことです」
 男ばかりのところへ行く緊張からか、相変わらず険しい表情のまま、暎蓮が答える。
 『丙名門』前に行くと、すでに小型の馬車と御者が彼らを待っていた。
「『雲天宮』の白点です」
 彪が御者に声をかけると、彼は、うなずき、
「扇王様から承っております。警備省にご用とか。どうぞ、お乗りください」
 そう言って、馬車の扉を開けてくれる。
 まず、暎蓮が乗り込み、彪は彼女の向かいに腰かけようとしたが、彼女は、手招きして、彼を自分の隣に座らせた。緊張してはいても、彪に対しては、優しく、微笑んでいる。
 彪は、赤面しながらも、下を向いたまま、彼女の隣に腰かけた。
 馬車が、走り出す。
 隣にいる彪に、耳打ちするように、彼女が言う。
「警備省の訓練施設って、どのような感じなのでしょうね、彪様」
「扇様によると、事務方の建物の隣に、兵士の訓練所と、犬の訓練所が並んでいるってことだったんだけれど」
「そこも、広いのですか?」
「鍛錬の場だからね。犬のほうはどうだかわからないけれど、兵士たちのほうのは、扇様の稽古場みたいなのを、連想しておけばいいんじゃない?」
「そうですか……」
 暎蓮は、中空を眺めつつ、想像しているようだった。そのかわいらしい姿を見て、彪は、ほほえましく思った。

 城内はなにしろ広いので、あちらこちらへの施設へ向かう、貴人の馬車とすれ違う。
「あそこだ、お姫様」
 彪が、物見窓から、外を指差した。暎蓮が、その視線の先を追うように、外を見る。
 鉄筋の建物の屋根の部分に、警備省の紋が入っているのが見えた。
「あれが……」
 暎蓮がつぶやいた。
 ……少しして、馬車は停まった。警備省前に着いたのだ。
 御者が扉を開けてくれたのに一礼しつつ、彪と暎蓮は降車する。
 警備省には、当たり前だが、鎧をつけた兵士たちや、警備省の制服を着た事務方の人間がたくさんいた。
「事務所に、まず行ってみよう」
「ええ」
 二人は、入り口で、扇賢からもらった許可証を見せて、中に入った。
 やはり男ばかりなのが怖いのか、暎蓮は、彪の影に隠れるようにして、彼の肩につかまって歩いている。自分で言っていた通り、強力な『結界術』も、張っているようだ。彪は、笑いをこらえた。
 事務所入り口で、許可証をもう一度見せ、
「『雲天宮』所属の白点ですが、こちらの、犬の訓練士の方々は……」
 と、問うと、受付の女性が、
「では、あちらから出て、訓練所に直接お越しになってください。訓練部長がおりますから」
 と、答えた。
「ありがとうございます」
 彪たちは彼女に礼を言い、一礼すると、その場をあとにした。
 屈強な男たちばかりが出入りする警備省の中で、子供の彪と、女性で、しかも不老、挙句に美女である暎蓮の姿は、目についた。みんなが、あからさまに見ているが、二人とも占天省の単衣を羽織っているので、誰何はされなかった。
「ひゅ、彪様」
 暎蓮が、彪の耳元で、途切れ途切れに、言った。
「……なんだか、……怖そうな方々ばかりです」
「警備省だからね。仕方ないよ。……あの人なんか、『気』こそまともだけれど、警備っていうより、どっちかっていうと悪者顔だ」
 彪が、秘かに目でさす男のほうを見て、暎蓮が、くすっと笑った。
「……本当ですね」
 ……少しは、緊張が解けたらしい。彪の肩につかまってはいるが、笑いをこらえて、その手が震えている。彪も、小さく笑った。
 いったん、建物の外に出て、訓練所のほうの建物へと赴く。
「こっちが、訓練士の事務所みたいだ」
 今風に言えば、ロゴマークとでもいうのだろうか、建物に、犬の横顔の紋がついている。
「失礼します……」
 彪は、引き戸を開けて、声をかけた。
 一番近くにいた、つなぎを着た男が、振り返り、
「君たちは?」
 と言った。
「『雲天宮』所属の白点と申します。こちらに、訓練部長様はいらっしゃいますか」
「ああ。……あちらの方だよ」
「ありがとうございます」
 文机の前に座していた中年の男性は、その会話だけで、彪たちが自分に用があることを察したようだった。
「あなた様は、確かこの前、『雲天宮』付になられた……」
「はい。白点と申します」
 彪の異動命令は、朝参で大々的に行われたため、彼は彪のことを知っていたようだった。
「あなた様が、訓練部長様でいらっしゃいますか?」
「はい。私がここの責任者、實(じつ)です」
「……実は……ここの、訓練士の方々に、確かめさせていただきたいことがありまして。あの。ここのところ、常の状態と違う態度をおとりになっている方など、いらっしゃいますか?」
「常の状態と違う?」
「ええ。はっきり言うと、例えば、態度が悪いですとか、そのほかにも、気になることが、なにかおありでしたら」
 實氏は顎に手を当てて、考えながら、答えた。
「……そういえば、ここしばらく、無断欠勤をつづけている訓練士が、一人、おりますが」
「そういう方が、おられる?」
「ええ。おります」
 彪は、更に畳み掛けた。
「それから、ここ、四、五年前に、訓練所の犬が、いなくなったということなどは?」
 實氏は、意外な話を聞いたような顔をしたが、すぐに答えた。
「……ああ……。あったといえば、ありました。一頭ほどですが。でも、その少し前にも一頭、いなくなっています」
「その犬たちは、子犬ですか、それとも。……それと、その犬たちは、もしや、その訓練士の方の管轄だったのでは?」
「ええ、そうです。だから、私たちは、彼がその犬たちを気に入って、自宅に連れ帰っているのかもしれない、と思っていたのですが、特になにも訊きませんでした、犬はたくさんおりますし、彼は優秀な訓練士でしたから、信用していたのです。……いなくなったのは、先にいなくなったほうが幼犬で、あとにいなくなったのは、成犬。合わせて二頭です。……どちらも、彼にはとてもなついていました」
「御自宅へ、とおっしゃいましたが、その方は、城内の『清白宮』にお住まいではなかったのですか」
 『清白宮』とは、城内にある、王宮に常勤する男性単身者の住まいだ。
「数日前、『休暇を取って、自宅に帰る』、と言っていたのですが。休暇の期間を過ぎても、出勤してこず、『清白宮』にも戻った気配がないので、なにか、城外で、事故か事件にでも巻き込まれたのではないか、と、皆で心配していたのです」
 彪と暎蓮は、顔を見合わせた。
 ……『呪者』は、その男に間違いがないだろう。
「その方のお名前をうかがっても?それと、……年の頃は?」
「はい。世虞(せぐ) 短翅(たんし)、二十四歳です」
 年の頃も、ちょうどあの『呪術』を行った時となら、釣り合っているだろう。……本命だ。
 實氏は、彪たちの顔を見て、心配そうに言った。
「世虞が、なにかしたのでしょうか?彼は、有能な訓練士でした。人間的にも、よい男でしたし……。今年の『鬼祓い』の時にも、警備省からの特別参加訓練士として、ぜひ、活躍してもらいたかったのですが……」
「機密上の問題で、世虞殿が我々とどう関係しているかはお答えできませんが、今年の『鬼祓い』が済めば。……彼は、おそらく、こちらにお戻りになるでしょう」
「そうなのですか」
 實氏は、安堵した顔をした。彪の言葉を聞いた暎蓮の、彼の肩に置かれた手に、力がこもる。彪は、つづけた。
「それから……。これは、我が『雲天宮』からのお願いなのですが、世虞殿がこちらにお戻りになった際も、世虞殿にそのご事情は訊かないで差し上げて下さい。それだけの理由が、あります」
「は……。そうですか。……わかりました」
「お願いします。……それと、世虞殿の個人的なものは、こちらに残されたままですか」
「ええ。そっくり、残っています」
「それを拝見しても?」
 彪が尋ねた。實氏は、すぐにうなずいた。
「もちろんです。あそこが、彼の机で、あちらの棚が、彼の荷物が入っているところです。棚に名札が、ついています」
「わかりました。では、それらを拝見したら、我々はお暇します。お時間をいただいて、申し訳ありませんでした」
「いいえ……」
 彪と暎蓮は、實氏に一礼すると、世虞の机に向かった。
「子犬は、星砂様と育てたものだろう。成犬のほうは、……『呪術』用の、首を刎ねた犬だ」
「ええ」
 机の引き出しを、開けてみる。
「彪様……」
「うん」
 一番上の引き出しに入っていたのは、何枚かの星砂の似顔絵だった。それと、犬たちの絵。……温かい、『気』が、伝わってくる。
 ……世虞には、訓練士としての能力だけでなく、絵心もあったのだろう。特徴をとらえた、上手い絵だった。
 似顔絵には、『星砂』と書かれたものと、成犬のほうの絵には、『安将(あんしょう)』と書かれていた。……『安将』。この犬は、そういう名前なのか。
 子犬の絵には、『灯梅(とうばい)』と書かれていた。
「この方、本当に、星砂様と犬たちのことが……」
 暎蓮が、袖を胸に当てる。彪も、うなずいた。
「棚も、見てみよう」
 棚を開けると、そこは、ほぼ空だった。犬と遊ぶ毬や、少しのおもちゃ、犬用のくしなどが置かれていて、訓練士につきものの、『つなぎ』が入っていない。
「『つなぎ』は、『呪術』を行う時にも着ていたよね」
「そういえば、そうでしたね」
「大体のことは、わかった。……出よう、お姫様」
「はい」
 二人は、事務所入り口で礼をしてから、外に出た。警備省の敷地内から、出つつ、暎蓮が言う。
「彪様。……彪様は、本気で、世虞様と星砂様をお止めになるおつもりなのですね」
「え?」
 暎蓮は、微笑んだ。
「先ほど、實様におっしゃっていたでしょう、『世虞様はこちらにお戻りになる』と。彪様が、あのお二人に、日常を返して差し上げるおつもりなのがわかって、……そのお覚悟が、私、……うれしいというか、頼もしいというか……。……そう思って、やはり、彪様も、一人前の『殿方』で、かつ、『巫覡』なのだなあ、と、感じました」
 彪は、それを聞いて、再び顔を真っ赤にした。下を向いたまま、言う。
「お、俺は、ただ、あのお二人に、『邪念』を捨てて、もう一度幸せになっていただきたいだけだよ。……今なら、まだ、それが取り戻せるんだから」
「そうですね」
 暎蓮は、彼の手を取った。そして、自分の手と、かたくつないだ。
そのまま、待っていた馬車に乗り込もうとする。彪は、暎蓮のその手を拒めなかった。……顔が上げられない。
 しかし、その甘い気分を断ち切るように、彼は言った。
「ともかく、お姫様。もう一度、『封印』の場所へ行こう。あそこを、とりあえず、浄化してみる」
「わかりました」
「『陽天宮』前まで、お願いします」
 彪は、御者にそう告げた。

 第九章 犬の使い方
「お姫様。世虞さんは、たぶん、『清白宮』には戻っていなくとも、この城にはいるよ。おそらく、潜伏しているんだ、『術』の力を使って、明日の『鬼祓い』の日まで」
 馬車の揺れに、身を任せながら、彪は暎蓮に向けて、言った。
「城内にいらっしゃるということは、私たちの動きも、読まれているでしょうか?」
 暎蓮が彼の顔を見る。彪は、言った。
「さっき俺が張った『封印』に手が触れられていなければ、読まれていないと思うけれど。とにかく、あそこを一度浄化してみて、だめなら、その後は『雲天宮』だ」
 ……『陽天宮』が見えてきた。馬車がスピードを落とす。
 門の横で、馬車は停まり、御者が再び、扉を開けてくれる。また、一礼しつつ、二人は降りた。
「……これは、だめだ」
 門の中を覗き込んだ彪が、うめいた。
 『陽天宮』に出入りする人間が多すぎて、現場に近づけないのだ。
「どうしましょう、彪様」
「うかつだった、今は公務の時間なんだ……。……とりあえず、近くまで行って、『封印の術』がいじられていないかどうかだけ、確認してこよう。浄化は、公務が終わって、人がいなくなってからだ。それとあと、儀式前に宮殿内に『結界』を張っておかないと」
「そうですね……」
 二人は、行き過ぎる人たちをよけながら、宮殿入口までなんとか近づいた。自分たちが出入りの邪魔にならないよう、端によけてから、彪が、遠くから現場に手を伸ばし、小さい声で、
「……発!」
 と、『術』の起動をさせた。『巫覡』以外の人間には見えない光が、輝く。
「……まだ、なにもされていないみたいだ。やっぱり、あっちが動いてくるとしたら、夜だろうね。仕方がない、『雲天宮』に一度戻ろう、お姫様」
「はい」
 二人は、その場を後にした。

 『雲天宮』に、向かった彪たちだが、暎蓮は、彼が暎蓮の歩くスピードに合わせてくれるのが申し訳ないようだった。
「すみません、彪様、私、……歩くのが遅くて」
「気にしないでいいよ。……俺も、考えていることがあるから」
「なにを、お考えなのですか」
 歩きながら、暎蓮が、その美しい瞳で、彪を見る。
「……さっきも言ったけれど、『術者』が集めた、『気』の使い方なんだ。……『あれ』を見ないと……」
「え?」
 暎蓮が彪を見るが、
「いや」
 彪は言うと、話を打ち切るように、
「もう、着くね」
 と言った。

「……こんにちは!」
 『雲天宮』門前の兵士に、大きな声で叫ぶと、彪は、兵士のわきをすり抜け、宮殿内に入るべく、少し速度を上げた。暎蓮が、彼女なりに急ぎ足でついてくる。
 中に入り、土足では上がれない部屋への上り口まで来ると、蹴り上げるようにして沓を脱ぎ、彪は、あとも見ず、今度こそ、走った。その乱暴な所作に驚いたらしい暎蓮が、
「彪様!?」
 と、声をかけたが、彪は、
「ごめん、先に行くね!」
 と、答え、入り口前の空間を突っ切り、回廊を全力疾走した。……目指すは、自分の部屋だ。
 
 彪は、部屋の戸をぶち開けると、扉を開けっ放しにしたまま、まず戸棚に入っていた自分のものを、手あたり次第、出した。部屋が、あっという間に、以前の扇賢の自室並みに、物が散乱している状態になる。
 彼は、その小さな体で、戸棚の下に入っていた大きな長持を、力を込めて取り出すと、それを開けた。
 中に入っているごちゃごちゃしたものを、全部取り出し、床に投げ捨てていく。部屋がさらに荒れた。
 彪は、長持の最下部に、敷くように入っていた書物たちを積み重ね、取り出すと、立ち込める埃に顔をしかめながらも、床にそれを置き、頁を開いた。四つん這いのまま、書物に目をこらす。手で、書物についた埃を払いつつ、次々に頁をめくり、
「……これじゃない、か……。……こっちは?」
 ぶつぶつつぶやき、次の書物を取り上げ、また頁を開く。
「……彪様!」
 ようやく部屋の入り口まで走ってきた暎蓮が、息を乱したまま、叫ぶように言った。この部屋の、荒れ果てた姿に、かなり驚いたようだった。そして、そんなことをする彪自身の姿にも。
 しかし、彪は、集中しているらしく、暎蓮のことに気が付かないようで、  次々に、書物を取り上げている。
 暎蓮は、入り口で、立ったまま、彼の姿を見守った。
 ……しばらくの間があった。
「…………あった!」
 彪が、叫んで、散乱した物の中で、四つん這いの格好から正座に戻り、開いた書物を目の前に掲げた。
「……彪様……」
 そこで、彪は、初めて暎蓮の姿に気が付いたようだった。呆然としている様子の彼女に向かって、彪は、笑ってみせた。
「お姫様!……犬たちの『気』が、なにに使われるか、わかったかもしれない。たぶん、今日の夜、あの『術者』は、犬たちの魂を奪いに来る。それを押さえよう。『封印』の浄化は、夕刻のうちにやるとして」
 暎蓮が、彪の持っていた書物に、目を止めた。
「……その、ご書物に、なにかお答えが?」
 彪は、うなずいた。 
「やつがやろうとしていることは、おそらく。……『犬傀儡(いぬくぐつ)』だ」
 暎蓮が、目を見開いた。

 その後、彪と暎蓮は、『雲天宮』裏手の犬舎へ、犬たちに彼らの『聖気』を吹き込むために向かった。……あちこちにある石灯籠には、まだ陽が高いのに、すでに火が灯されている。
「彪様。……教えていただけますか。……『犬傀儡』とは?」
 犬舎に向かって、歩きながら、暎蓮が彪に問う。
「私も、『巫覡』をやって長いですが、『術者』ではないので、知らないことばかりなのです」
「『術者』であっても、知らない人が多いと思うよ。……これも、『古代術』の一つだからね」
「『古代術』……。そして、その『犬傀儡』についての全貌とは?」
「それは、まず、扇様に頼んで、『買い物』してきてもらわないと説明にならないんだよ」
「『お買い物』?」
 暎蓮が、びっくりしたように、立ち止まる。
「うん」
 彪は言いながら、犬舎の出入り口に張ってあった『結界術』をほどいて、中に入った。
「とにかく、まずは、この子たちに、『聖気』を」
「は、はい」
 暎蓮も、中に入り、近くにいた一頭に、そっと触れる。
 ……よかった、まだ、温かいわ。
 犬たちの状態から考えて、明日の夜まではなんとかもちそうだった。……その『術者』さえ来なければ。
 二人は、犬舎の一つ一つに入って、力を込めて犬たちに『聖気』を送り込んだ。
 すべてが終わると、二人は、息をついた。犬舎を出て、外からもう一度、『結界術』を張る。
「少し、疲れましたね、彪様」
 暎蓮が、袖で額の汗をぬぐいながら言うと、彪もうなずいた。
「休憩しよう。夕方からはまた動かないといけないんだから。……そうだ、その前に、扇様のところへ行ってみないと」
「そうですね」
 二人は、今度は、『麗水宮』へと向かうことにした。
 暎蓮も、いい加減、足が鍛錬されてきたのだろうか、言葉の割には、それほどダメージを受けていない感じで、ゆっくりではあるが、歩きながら彪に尋ねてきた。
「……それで、彪様、『お買い物』とは、どこで、いったいなにを、お買いになるのですか」
 彪は、笑ってみせると、懐から、手のひらに乗るくらいのなにかを出した。それを暎蓮に見せる。
「これは……」
 暎蓮が言った。
「『犬』を模した……、『飾り』?……ですか」
「『飾り』っていうか、これが、街での『鬼祓い』の時に売られる、『張り子の犬』の一種なんだよ」
 暎蓮はそれを受け取ると、手に乗せて、歩きながら、いろんな角度から眺めた。
 全体が丸いフォルムで、顔も愛らしい。
「ずいぶんと、かわいらしいものなのですね」
 暎蓮の感想に、
「ああ、それは主に子供向けのものだから。もっと怖い顔をしたのとか、限りなく犬に似せた、本物に近いのとか、いろいろ種類はあるよ」
 と、彪は答えた。
「これは、彪様がご自分で?」
「ああ、……いや……」
 彪の顔が、一瞬暗くなった。だが、彼はすぐに、暎蓮に向かって笑顔になり、
「こういうのをね。扇様に頼んで、誰かに、街に買いに行ってもらうのを頼もうと思ってさ。今頃は、『鬼祓い』直前だから、きっと、街でも余るほど売っていると思うんだ。それを買って来てもらって、……ちょうどいいから、こういう時に、少しは庶民に宮廷費を還元してもらわないと」
 と、冗談ぽく言った。
「彪様ったら」
 暎蓮は、彼と声を合わせて笑ったが、その前に、彼の表情が一瞬暗くなったことにもちゃんと気づいていた。
 ……私……。なにか、尋ねてはいけないことを尋ねてしまったのかもしれない。
 その時の彪の表情を思い出し、暎蓮の胸が、少し痛んだ。
 彪はもう、いつも通りの表情で、前を向いて歩いている。 
暎蓮は、その彪の横顔を見、自分の胸の痛みを、せめてもの想いに変えるように、『麗水宮』までの道のりを、彼に寄り添うようにして歩いた。

 『麗水宮』、『玉務(ぎょくむ)の間(ま)』では、扇賢が、必死になって、次から次へとくる書類に署名、捺印を繰り返していた。
 その作業をしながら、彼は彪に問うた。
「つまり、その『張り子の犬』を、街の商店で買ってくればいいんだな?量は、どれくらいだ」
「なるべくたくさん。多ければ多いほどいいけど、庶民の生活に影響がない程度の量にして」
「わかった。その辺は、按配させる。となると、馬車が必要だな、そっちの許可証も出そう」
「お願いします、扇賢様」
 暎蓮の言葉に、顔も上げずに扇賢はうなずきつつ、片手で文机の引き出しを探り、許可証の書類を出し、さらさらと、彪の言う『買い物』に関する許可証と手配書を書いた。
「今からすぐに手配すれば、少し待てば人員が揃い、こちらを発てるはずだ。……そうだな、夕刻までには戻れると思うが」
「ありがとう、扇様」
「任せておけ。……おい!」
 部屋隅に控えていた文官に、その許可証と手配書などの書類一揃いを渡し、
「これを至急だ」
 と言う。文官が、それを受け取り、一礼して、部屋を出て行く。
「これで、手配は済んだ、お前たち、あとは待っていろ」
 忙しそうな扇賢の様子を見て、彪も暎蓮も、感謝しつつ、すぐにそこを立ち去った。
『玉務の間』を出て、二人歩きながら、話す。
「王様っていうのも、楽じゃないみたいだね。俺、『王様』なんて、もっとぜいたくして、のんびりしたものかと思っていたけれど。……扇様、頑張っていたじゃない」
「ええ。私たちは、旅に出てばかりでしょう。どうしてもその間のご公務が、たまってしまうようなのです。日頃は、よくお仕事に励んでいらっしゃいます」
「ああいう姿を見せられると、扇様のことも見直すし、庶民の出としても、宮廷に関して、見方が変わるね」
「ありがとうございます」
 暎蓮は、彪に一礼した。彪があわてて、彼女に声をかける。
「べ、別に、お姫様にそんなことをしてもらう必要はないよ。……これは、ただの、感想だから」
「いいえ……。私も一応は、貴族の出です。そして、幼いころから、ここ、王宮に住んできました。……街の方々の働きあってこその宮廷だということを、忘れるわけにはまいりません」
 彪は、困ったような表情をした。暎蓮は、その彼の気分を変えるように、にこっと笑ってみせた。
「さあ、では、『雲天宮』に戻って、少し休憩しましょう。……彪様、空腹ではないですか?」
「そういえば、おなかが空いた」
「私もです。昨夜から今日にかけては、城内じゅうを移動した気分です。……今後の方針を考えつつ、お食事にしましょう」
 暎蓮は、そう言って、少し急ぎ足になり、彼の前を歩いた。
「うん」
 彪も、笑顔になり、その彼女の後に向かって、小走りになった。

 『雲天宮』に戻り、食事をするための部屋である『御膳(ごぜん)の間(ま)』に入ると、二人は、向かい合い、座に着き、肩を落として、姿勢を崩した。
 侍女たちが、彼らの前に、飲み物や杯、御膳の用意を始める。
「それで、彪様。……もう一度、お尋ねしても、よろしいですか」
「うん。なに?」
「先ほどおっしゃられていた、『犬傀儡』という『術』についてです」
「ああ、あれはね。……気持ちの悪い話になるけれど、大丈夫?食事になるけど」
 暎蓮が、あわてて、言った。
「お食事の始まる前に、お願いします。そうしたら、気分を変えますから」
 彪がうなずき、まず、杯から一口飲み物を飲み、口を湿らせて、言った。
「あの『悪者術者』は、犬たちの『気』を使って、この王宮敷地内で死んで埋められた犬たちの、……まだ新しくて、そう死骸が損傷していないものだけだけれど、それを、『傀儡(かいらい)』として、よみがえらせようとしているんだと思う。犬の死骸に、一時的に『気』を吹き込んでね。一口に言うと、それが、『犬傀儡』という『術』だよ」
 暎蓮が、眉根を寄せて、尋ねる。
「その『傀儡』を、どのように使うものなのですか」
「利用法としては、単純に考えると、命令を与えて、俺たちを攻撃するため。向こうも、世虞さんと星砂様に手を貸しているくらいだから、俺たちの存在が邪魔でしょう?『気』を取られた犬は、全部で五十匹あたり。それと同じ数の『悪者術者』に従う『傀儡』を作って、俺たちの邪魔および、攻撃をしてこようというつもりだと思う。そして、今夜、犬たちの魂自体を取りに来るだろうと踏んだ理由は、それを自分の肥やしにする『術』を使うためだ。満月の日になってしまうと、まだ生きている犬の魂は『破邪』の力のほうが強くなるから、そうなる前に取りに来るんじゃないか、と思って」
「『肥やし』というと、魂を吸い上げて、それをご自分のお力に変える、ということですか」
「そう。これも、本来は、ご法度の『邪術』なんだけれど、本心では『そうしたいな』と思う『術者』は多いだろうね。ただ、これも『古代術』の一つだから、今は知られていない、だからできない、っていうだけで」
「犬の死骸がよみがえって、私たちを……」
 暎蓮が、袖で胸を押さえた。やはり気味の悪い話だったようだ。
 彪は、彼女の眼を見て、言った。
「大丈夫、お姫様。なにがあっても、お姫様のことだけは、……俺が、必ず護るから」
 暎蓮は、それを聞くと、安心したように、柔らかく微笑んだ。
「はい。……心配は、しておりません。絶対大丈夫だと、信じております。私には、彪様が、ついていてくださるのですから」
 それを聞いた彪は、また、赤らむ顔を隠すために、下を向いた。
 彪は、下を向いたまま、あわてて、次の言葉を言った。
「それで、あの、『張り子の犬』のことなんだけれど」
「はい。あれは、なにに?」
「向こうが『犬傀儡』を使ってくるなら。こっちも、同じことをしてやろうと思ってね」
 暎蓮が、驚いた顔をする。
「と、おっしゃると?」
「あの『張り子の犬』たちに、俺の中にある、『箱』の中身を入れて、対抗措置を取るつもりでいるんだ」
「『箱の中身』とは、あの、ナイト様が集めてくださった、城内に散っていた犬の魂ですか」
「そう」
 彪は、自分の杯に、飲み物を継ぎ足しながら、言った。
「本物の犬ではないけれど、一時的になら、『破邪』の力をもってくれるはずだ。まずはその半数を使って、この宮殿の犬たちの魂を護る。それで、残りの『張り子の犬』で、あの『呪術』の『封印』を、あの『術者』が解けないように、護衛をさせる。その間に、『浄化』を施そうと思っているんだ。もし、最大限うまくいけば、この『張り子の犬』でも、あの『術者』を撃退……とまでは無理でも、足止め程度なら、できるかもしれないし。そして、あの『呪術』をうまく浄化できればいいけれど、できなかった時……世虞さんたちの『念』のほうが強かったら、明後日の夕刻、満月が出る時に、勝負をかける」
「世虞様も、その時に現れるということですね」
「星砂様の意識から察すると、そうだと、俺は踏んでいるけれどね」
 暎蓮は、うなずいた。彪は、重ねて、言った。
「この後、俺は、『術』の練丹に入るよ。『犬』が届く前に、少しでも、力を蓄えておきたいんだ」
「私にお手伝いできることは……?」
 彪は、暎蓮の優しい微笑みを見て、赤面しながら、ためらうように、小さな声で、言った。
「……近くに、いてくれる?」
「もちろんです。……私は、彪様の『相棒』なのですから」
 暎蓮は、はっきりと言った。
 食事が運ばれてくる。暎蓮は、彪に向かって、もう一度微笑んで、
「……お食事にしましょう、彪様」
 と、言った。

 第十章 彪の『術』
「……発!」
 彪の周りの床に、『術』の陣形が光る。しかし、光はすぐに失われ、陣形がゆがみ、崩れた。
「……これでもだめか!」
 彪は、舌打ちすると、すぐに文机の前に座り、
「もう一度だ」
 とつぶやき、筆を持った。新しい紙に、もう一度、『術』の陣形を描く。
 荒れていた彪の部屋はそのままに、別の部屋を用意してもらい、『術』の練丹をしていたところだった。
「……彪様。この陣形は、『入らずの布陣』を基本形にできたものなのでしょう?」
 部屋の隅で、座していた暎蓮が、声をかける。
 彪は、筆を操りながら、
「そう」
 と、短く答えた。
「彪様の『入らずの布陣』の中でも、それほど、あの『封印』の中の、『呪術』の『浄化』は、難しいものなのですか」
「やってみないとなんとも言えないんだけれど、俺がやりたいのは、『浄化』だけじゃないんだ」
 筆を墨に浸しながら、彪は暎蓮を振り返った。
「俺は、世虞さんと星砂様に、『あの頃』を、思い出してほしいんだよ。それで、あの二人を布陣に誘い込んで、大地の『精』の力を借りて、幸せだった『あの頃』の情報を、『浄化』作用とともに、あの二人の意識にしみこませる。それであの二人が、復讐を思いとどまってくれれば……」
 彪は、暎蓮を見て、言った。
「お姫様にも、協力してほしいんだ。お姫様の『聖気』がないと、この『術』はうまく発動しないと思う」
「『神気』ではなく、『聖気』でよろしいのですか」
「……俺が思うに、この『浄化』は、人間の力でやるから、意味をなすものな気がするんだ。『神気』は侵されがたく強い『気』だけれど、それは、既に、人間の領域じゃない。『天帝』の守護を強く受けている『神気』じゃ、あの二人は納得してくれないと思う。同じ、人間同士が、同じ土俵に立って、立ち向かわないといけないんだ」
「では、私は、なにをすれば?」
「それは」
 彪が答えようとした時、山緑が、部屋の外から声をかけてきた。
「姫様。彪様。城外から、お荷物が届いたとのことですが」
「来たな」
 彪は立ち上がった。暎蓮も、つづく。
 ……彪は、沓をつっかけ、宮殿外に出てみた。宮殿の門近くまで行くと、荷馬車が停まっており、御者がこちらに向かって、一礼しているところだった。
「お務め、お疲れ様でございます」
 彪は、御者に向かって、言った。ほかの人間も行ったのだろうが、御者自身も『買い物』を手伝ってきてくれたようだった。
「白点様、それでは、お荷物の受け渡しを」
「ええ。お願いします」
 御者は、荷台を開けると、たくさんの木箱が詰まっているのを、彼に見せた。彪がうなずき、手を伸ばして、木箱の一つを開けてみた。
 箱の中には、『張り子の犬』たちが、ぎゅうぎゅうと詰まっていた。
「確認しました」
「それでは、お運びします。宮殿入口までで、よろしゅうございますか」
「はい。お願いいたします」
 彪は、御者と一緒になって、箱を一つ一つ運んで、宮殿内に入れた。一つの箱の中に、たくさんの『張り子』が入っているので、箱の数はそう多くはない。それに、ものがものなので、たいして重くもなかった。
 入口に全部運び込み終わると、御者は、頭を下げ、
「それでは、わたくしはこれで、失礼いたします」
「はい。ありがとうございます。……お疲れ様でした」
 彪は、御者と荷馬車が帰っていくのを見送るように、門前に立った。
 荷馬車が去っていくと、彪は、体の向きを変え、門内に戻り、宮殿内に入った。
 回廊入口から、暎蓮が現れる。木箱の山を見、
「彪様、これが……」
「うん。俺たちの『守り神』兼『秘密兵器』だよ」
 彪はそう言って、にやっと笑ってみせた。
「さあ、練丹に戻ろう。それが終わったら、こいつらに魂を移してみるよ」  
 二人は、部屋に戻ると、周りに影響が出ないように、扉を閉めた。
「さて。もう一度だ……」
 彪は両手を上に伸ばして、伸びをしてから、文机の前に座ろうとした。暎蓮も、再び部屋の隅に控える。そうしながらも、彼女は、言った。
「彪様。この、『術』で、私がお手伝いできることとは?」
 さっきの質問だった。彪は、それを聞いて、彼女の顔を見た。
「……ちょっと、こっちへ来てもらってもいいかな」
 彪は彼女に、控えめに頼んだ。暎蓮は、うなずき、すぐに彼の近くまで来た。
「今書いている『術』の陣形が、これなんだけど」
 暎蓮は、その陣形の描かれた紙を覗き込み、
「これは……」
 と、小さくつぶやいた。
「『入らずの布陣』に、『浄化』の術と、大地の情報網からの、あのお二人の『想い出』を足したものですね。そして、最後のこれは……?」
「それが、『お手本』。つまり、お姫様に担っていただきたいことなんだ」
「私が、なにをすればいいのでしょうか」
「うん……」
 彪は、恥ずかしそうに、言った。
「……お姫様。お姫様は、扇様が大好きだよね」
「えっ!?」
 暎蓮は、その彼からの直截的な質問に、思わず言葉を詰まらせ、真っ赤になった。同じく顔を赤らめている彪が、言う。
「そ、その気持ち……『想い』を、『聖気』に乗せて、この布陣が完成したら、あの二人と対決した時に、ここに、足してほしいんだ」
「わ、私の気持ちと、あの方々を思いとどまらせるのと、どういう関係があるのでしょう」
 暎蓮は、恥ずかしさのあまり、回らぬ舌で、一生懸命、言った。
「今、言ったとおり、『お手本』だよ。……『愛情』という『想い』があれば、大抵の問題は、克服できる。お姫様の、扇様への気持ちが『お手本』になって、あの二人に届けば、きっと、俺たちの気持ちは通じると思うんだよ。そうすれば、無事、『呪詛』もほどくことができるかもしれない。……もちろん、あの『術者』を退かせることが大前提になるわけだけれど」
 彪は、台詞の最初こそ恥ずかしげにしていたが、言葉が進むにつれ、次第にまじめな顔になって、暎蓮を見た。
「だから。今回の布陣も、『合体技』だよ。……だけど、この最後の、お姫様の『想い』を乗せる箇所が、どうも『聖気』を送り込みにくいんだ。ここの『術式』を改善しないことには、なんとも。……それと、あの『術者』は、俺の『縛術』を簡単に破った。それも、強化しないと。それともう一つ、重要なことがある」
「重要なこと?」
 彪は、うなずいた。
「うん。簡単な『術』だけど、案外大きい部分を占める『術』があるんだ」
「では、今、私にできることは?」
 彪の、この先のことを考えている顔を見た暎蓮が、彼に畳み掛けた。
「『陣形』に『想い』を乗せるための『聖気』と、集中の仕方を、練って。実際この陣形を発動させる時には、またそばにいてもらわないといけないけれど、……危険なところにいてもらわないといけないけれど……。……必ず、お姫様は、護るから」
「わかっています。……では」
 暎蓮は彪に微笑み、部屋の隅に戻った。座して、目を閉じる。全身から、清浄な『気』があふれ出はじめる。
 彼女なりに、『術』の一端を担うための集中力を養っているようだった。
 その彼女の美しい『気』に癒されつつ、彪は、自分なりに、もう一度、陣形を描き直し、部屋の中央に立つと、
「発!」
 と、それを発動させた。

 時刻は夕刻。彪と暎蓮は、『雲天宮』裏手の、犬舎に行ってみた。
 彪は、小さな荷車を曳いている。荷車には、木箱に入れられた、たくさんの『張り子の犬』が乗っていた。二人は、犬舎を覗き込んだ。
 犬舎には、まだ、異常は起きていない。
 二人は、うなずき、彪が荷車の曳き棒を下ろし、それをまたいで、出てくる。
 彪は、早速、木箱の中から犬を取り出し、それを犬舎の周りに、外向きに並べ始めた。
「お手伝いします」
「ありがとう」
 暎蓮も、作業に入る。
「さっきも言ったけど、全体の半分の量を、ここで使う。そうだ、犬舎の屋根にも、乗せないと。……この辺に確か、脚立、あったよね」
「そこの、『雲天宮』専用整備作業員様たちのためのお道具が入った、物置の中にあるかもしれません」
「開けていい?」
「もちろんです」
 彪は、宮殿の壁から少し離れたところに設置してある、物置の小屋の戸を開けた。
「あった」
 彼は、小さな体で、大きい脚立を一生懸命持ち上げると、外に出してきた。それを、犬舎の壁に立てかける。
「こういうことは、本当なら馬鹿力の扇様辺りにやってもらいたいところだけれど。扇様の体の大きさじゃあ、乗ったら、屋根が抜けかねないからなあ。……俺なら、まだたぶん大丈夫だ」
 『張り子』を並べながら、暎蓮がくすっと笑う。
「扇賢様は、お背が高いですし」
「俺も早く、あんなふうになりたいよ。いつまでも、こんなチビじゃあ……」
「彪様だって、すぐに、あんなふうになれます」
 暎蓮はそう言って、ほほえましげに、彼を見た。彪は、恥ずかしくなり、視線を合わせられず、下を向いた。懐に、いくつかの犬を入れると、そのまま、脚立を登っていく。天井が抜けないように、そっと足を屋根に乗せる。
 ……大丈夫そうだ。
 彼は、それを確認すると、思い切って、足を踏み出した。体が小さいだけに、体重も少ない彼が乗っても、屋根は少しも軋まなかった。
 犬舎の屋根の一つ一つに、数個ずつ犬を乗せていく。高いところにいる緊張で、彼の額には汗が浮かんだ。
 まんべんなく乗せ終えると、彼は再び脚立で下に降りた。
 もう一度、木箱から犬たちを取り出し、今度は暎蓮の作業を手伝う。
「……こんなところかな」
「そうですね」
 犬舎の周囲と屋根の上に犬を並べ終えると、彪は、そう言ったが、思いついたように、
「そうだ、盲点があった」
 と言って、いくつかの犬を、犬舎の下ぎりぎりの地面を掘り返し、埋めた。
「地面の下から、『術者』様が現れる可能性も否定できない、ということですか?」
「そう。そういう『術』も使えるやつだっていうのは、『陽天宮』入口前の石畳を取り除いて犬の首を埋めさせたってことでもわかる。それに、犬舎の周りに置いた犬たちの『破邪』の力で、この前『気』を持って行ったように、あんな遠くからじゃ、魂は抜けないはずなんだ。だから、今回は、ここに接近して、魂を奪おうとしてくると思う」
「なるほど……」
 暎蓮はうなずいた。
「じゃあ、始めるよ」
「はい」
 彪は、犬舎に面して立つと、両手を広げて、彼の中から、中空に『箱』を出現させた。
「解(かい)!」
 『言の葉』で、『箱』のふたを開ける。彼は、印を結び、
「入(にゅう)!」
 と、唱えた。
 まだ死んで間もない犬たちの魂が、漂い始め、そのうち、一つ一つが、目標を定めたように、『張り子の犬』の中に納まっていく。
 すべての『張り子』に魂が入ったことを確認すると、彪は再び、箱を閉じ、自分の中にしまった。
「それじゃあ、頼むよ、お前たち。……あとで、天上に戻してあげるからさ」
 『張り子の犬』たちが一斉に動き、彪を見る。そして、こうべを垂れた。彪は、それを見て、うなずくと、指で犬たちをなぞり、
「隠(いん)!」
 と、『隠遁結界術(いんとんけっかいじゅつ)』をかけた。犬たちの姿が消える。そして、その力で、『結界術』も同時に張られた。
 彪は、一呼吸すると、
「さあ、今度は、やつが来る前に、『呪詛』の『浄化』を試してみよう」
 と言って、暎蓮を促し、もうそろそろ人少なになっているはずの『陽天宮』に行くべく、もう一度、荷車の曳き棒を摑んで、持ち上げた。

 第十一章 『呪詛』の『浄化』、失敗
 彪と暎蓮が、『陽天宮』まで行くと、ちょうど、門衛の兵士が、宮殿の入り口を閉めようとしているところだった。彪は、荷車を置いて走り、彼のところまで行った。
「……『雲天宮』の白点と申します。こちらで、少し」
「『雲天宮』の?……わかりました、どうぞ」
 彪のあいさつに、『雲天宮』の名が効いたのか、兵士はあっさりと入口を閉めるのをやめた。門の外に戻っていく。彪も同じく、暎蓮のもとへ戻り、再び荷車の曳き棒を摑みあげた。
「行こう、お姫様」
「はい」
 二人は、そのまま、荷車ごと、宮殿入口前まで行った。
「まず、宮殿の中に、『結界』を張ろう」
 彪と暎蓮は、中に入った。儀式を行う、『朝参の間』に入ると、彪は、懐から、何枚かの『符』を取り出して、暎蓮に渡した。
「簡易なものだけれど、これで充分だと思う。本格的な『結界』を張っちゃったら、ここに入れない臣下の人もいるかもしれないしさ。とりあえず、ナイトさんに影響がない程度の『符』を作ってみたよ」
「これを、壁に貼りつければいいのですね」
「そう。まばらで大丈夫。枚数も少ないしね」
 二人は素早く、壁に数枚ずつ、お手製の『符』を貼りつけた。
「あとは、本番の時に起動させればいいだけだ。……行こう、お姫様」
「はい」
 二人は、宮殿入口を出た。
 問題の、『封印』の箇所の前まで来る。
 彪は、入り口前に置いておいた荷車の荷台から、『張り子の犬』たちを出して、現場を囲うように今度は頭を内向きに並べていった。そして、先ほどと同じ要領で、自身から『箱』を取り出し、開け、その中の魂たちを、『張り子の犬』に入れた。彼の作った『箱』が空になる。
「頼むよ……」
 魂の吹き込まれた『張り子の犬』たちに言い聞かせつつ、その『箱』を消すと、彪は、再び、人差し指で犬たちをなぞるようにしつつ、『言の葉』で、
「隠!」
 と、再び『隠遁結界術』をかけた。並んでいた『張り子の犬』たちの姿が、消える。
「これで、『雲天宮』のも、ここのも。『術者』はともかく、世虞さんと星砂様には、この犬たちの『結界』は見えないはずだ」
「彪様。『浄化』は、どういうやり方でなさるのですか」
「俺の張った『封印』ごと、……燃やしてみようと思う」
「燃やす?」
「そう。『邪術滅燃(じゃじゅつめつねん)』という、『浄化術』の一つ。『術』の質と、『封印』の形態から考えて、この『浄化術』が一番適していると思うんだけれど……」
 彼は、そう言いながら、まず、
「発!」
 と、『封印』の箇所が入る程度の、小型の『入らずの布陣』を発動させた。地面が光を放ち、陣形が浮かび上がる。
 彪は、次の『術』の印を結びつつ、言った。
「とにかく、やってみるよ。これでだめなら、やっぱり、二人と直接対決して、例の『布陣』の出番だな」
 ため息をつきつつ、彪は、言い終えると、
「……燃(ねん)!」
 と、言って、『術』を起動させた。
 彪の仕掛けた封印が、真っ赤になって焼けだし、大きく燃え上がった。
 『入らずの布陣』の中のはずなのに、その勢いはすさまじかった。炎は、上へ、上へと燃え上がる。
 ……なんて、猛々しい炎……!
 熱さこそ感じなかったが、暎蓮は、その迫力に、思わず一歩下がった。彪の肩にすがる。
(この方に、こんな『術』が、……こんな一面が、あったなんて)
 日頃の彼の気性からは想像もできないような、猛々しく赤い炎は、彪の『封印』と、その下に仕掛けられていた『術者』の張った『封印』の『符』と荒縄をも、容赦なく燃え上がらせた。『布陣』越しにも、大きな風が起こる。
彪は、片手で、その風から暎蓮を庇うように、彼女の体を自分の真後ろに移動させた。暎蓮は、彼の背中にぴったりとくっつくようにして、風が収まるのを待った。
 しかし、印を結んだまま炎を見ていた彼は、突然、言った。
「……まずい」
 彼が、くるっと体の向きを変え、暎蓮のほうを向く。
「彪様?」
 戸惑った暎蓮が彼に言うのと、『術者』の張った封印が燃え尽き、『入らずの布陣』の中で爆発が起きるのと、暎蓮の体に彪が覆いかぶさり、衝撃を防ぐのは、同時だった。
 衝撃で、地面が揺れ、石畳にひびが入る。暎蓮は、立っていられず、地面に両膝をつき、支えてくれている彪の胸にしがみついた。  
 彪もまた、その彼女の体を引き寄せたまま、衝撃が収まるまで、動かなかった。
 少しの間があって、風が収まり、地響きも、やや音が小さくなった。
「……『布陣』は!?」
 彪は、なにが起きていてもいいように、片手で暎蓮の肩を抱き寄せて、いつでも『結界術』を張れるようにしながら、後ろを振り返った。
 ……彪は、舌打ちした。
 『入らずの布陣』内で、『封印』が解けて、『呪詛』と『邪念』が暴れているのが見える。割れた石畳の下の地面の中から、白いものが見えた。
「彪様……」
 暎蓮も、それがなにか察したようだった。
「うん。……犬の首の、頭の骨だ」
「彪様の『術』では、浄化しきれなかったということですか」
「残念ながらね。中の、邪念のほうが、強かった。それに、……犬自身が、納得ずくだったんだろう、『気』全体が世虞さんと星砂様の『念』に同調して、『邪(よこしま)』に姿を変えている」
 周りに、『張り子の犬』を並べた『結界術』を張っていたため、この程度で済んだのだ。でなければ、『入らずの布陣』ですら破られ、比較的そばにいた他人である、門衛の兵士たちは『邪霊』の犠牲になっていただろう。……『結界術』のおかげで、彼らはなにも気が付いていないようで、こちらも見ずに、門のところに突っ立っていた。
「とりあえず、公務の時間は終わったから、ここには当座、他人は来ない。ここはこのままにして、『雲天宮』の犬舎に戻ろう、いやな予感がする」
 そう言って、暎蓮から手を離し、立ち上がった彪が、次の瞬間、左肩ごしに自分の背に右手を当て、痛みをこらえる顔をした。
「彪様!?」
 暎蓮は、立ち上がり、彼の背を覗き込んだ。
 占天省の衣装の背中が、血で染まっている。暎蓮は、息を呑んだ。
「お怪我を……!」
 彼に触れようとする暎蓮の手を押さえて、彪は言った。
「……大丈夫、大した傷じゃない。犬に、かまれたようなものだよ。……とにかく、今は、『雲天宮』に。……その前に」
 彼は、体の向きを変え、中身が暴れることで、収縮を繰り返している『入らずの布陣』を眺め、その上から、もう一度、より強い『入らずの布陣』を張った。その『結界術』の強度のおかげか、収縮の度合いは押さえられたが、無理に力を使ったせいだろう、彼の背中の血のしみが、また広がった。
 彼は、引きつづいて、もう一度、『隠遁結界術』を張った『張り子の犬』たちに、『聖気』を送り込んで、『入らずの布陣』の『補助結界』を作り上げた。
 それが終わると、はあ、と大息をつく。
 暎蓮が、叫ぶように言う。
「彪様、すぐに、お手当てを……!」
「ありがとう。……あとで、また」
「ですが……!」
 暎蓮の瞳に、涙がたまっている。
 彪が、『入らずの布陣』内からはみ出て来ようとした『犬』の邪霊から、自分を護ろうとしてこうなったことは、明らかだった。
 彪は、痛みをこらえながら、それでも、暎蓮に向かって、にやっと笑ってみせた。
「その時は、傷の浄化を頼んでもいいかな」
「も、……もちろんです!必ず、私が、お手当てします!」
「じゃあ、行こう」
 彪は立ち上がり、暎蓮に片手を差し伸べた。暎蓮が、唇を噛み、潤んだ瞳のまま、震える手を出して、彼の手を取る。
 二人は、手をつないで、駆け出した。

 第十二章 『術者』
 彪は、『陽天宮』門衛兵士に、
「あとでまた来ます!まだ入り口は閉めないでください」
と叫ぶと、暎蓮を連れて、できる限りのスピードで、『雲天宮』まで、城内を駆けた。……とはいえ、日ごろ走ることのない暎蓮と、手負いの状態の彪の速度では、たかが知れていたが。
 『雲天宮』門前に着いたときは、二人とも、大汗をかき、しばらく立ち止まって、呼吸を整えるのに必死だった。
 彪が、顎を伝う汗を、単衣の袖で拭いながら、暎蓮に声をかける。
「……大丈夫?お姫様。……歩ける?」
「……はい……。……大丈夫です」
 暎蓮が、胸を押さえながら言う。心臓が、まだ激しく動いているのだろう。
「ごめんね、急がせて」
「いいえ。……そんなことより、彪様のお怪我のほうが、心配です」
「俺は大丈夫。……ありがとう」
 二人は、よろよろと、門の中に入った。宮殿裏手の、犬舎に向かう。
 もう、日が暮れかけている。
 中庭の、みそぎをするための、滝のある池のそばを通りかかった時、彪は、つぶやいた。
「……じき、月が出る……」
 池の水面が、石燈籠の火の光と、空からの微かな光を反射する。
 あの、最初に犬の『気』を持って行かれた時に、まだ温かかった犬の体に残されていた微かな『邪気』。……あれを、ふいに思い出した。
 ……あれは……。
「彪様?」
 彼の後をついて歩いてきていた暎蓮が、池を見ながら立ち止まっていた彪に、声をかけた。
「あ、ああ、ごめん。……なんでもない。……行こうか」
 彼は、我に返ったように、暎蓮を振り返り、そう言った。
「はい」
 暎蓮の返事を聞くと、彼はまた、歩みを進めた。
 
 犬舎に着くと、彼らは、まず自分たちの居場所を確保することにした。『術者』が現れるまで隠れている、『待機場所』だ。
 あれこれ考えて、二人は、『待機場所』に、この前『術者』が現れた山の方向を向いて、犬舎に並ぶ感じの位置で、さらに、物陰にしてくれる石燈籠のそばを選んだ。
 彪は、暎蓮をその場に待たせておいて、宮殿内から、小型の椅子を二つ持ってくると、そこに並べた。その片方に、暎蓮を座らせ、そばに落ちていた木の枝に『聖気』を込めて、二つの椅子を囲うように地面に四角い印をつけた。自分も座ったところで、印を結び、
「隠!」
 と、『言の葉』で、自分たちに『隠遁結界術』をかける。四角い印が光り、『術』が発動した。
 これで、外界と自分たちの『気』は遮断され、姿も見えなくなるため、普通の人間や、その辺の『術者』程度になら、彼らのことは察知できないはずだ。
「彪様。……今のうちに、少しでも、お怪我のお手当てを」
 暎蓮が言い、衣装越しに、彼の背に手を当てた。彼女の『神気』が送り込まれ、傷の痛みが緩和される。……彼女には、『神気』のおかげか、多少の治癒能力もあるようだった。
「ありがとう、お姫様」
 彪は、そうされながら、空を見上げた。……一番星が出だした。
 ……じき、月が、出る。
 彼が思いにふけっていると、膝に置いていた彪の手に、暎蓮が自分のもう片方の手を重ねてきた。思わず彼女の顔を見ると、石燈籠の光に照らされた彼女の顔は、優しく微笑んでいた。……その姿は、とても、美しかった。
 その、美しい人が、自分に向かって、微笑んでいてくれる。
 その事実に打たれ、彪の顔は、赤らんだ。それでも、彼もなんとか、笑い返した。
 ……この人を、護ろう。必ず、俺が。
 彪は、決心を新たにした。

 空が昏くなり、星空を雲が覆った。その雲の切れ間から、満月手前の、大きな月が、姿を現した。
 彪は、胸騒ぎを感じた。思わず、立ち上がる。
「彪様」
 暎蓮も、それを感じたようだった。
「……やつが、来る……!」
 『術者』は、薄暗がりの中、大岩が割れるような大きな音をさせて、突如として、犬舎の前に現れた。
 彪と暎蓮が、身を寄せ合って、それを見守る。
 ……『術者』は、たぶん、男だろう。覆面をし、顔が見えない。夜に紛れるためだろうか、黒装束だった。ただし、足元は、普通の袴では裾が邪魔だからだろう、細身の長ズボンに、ひざ下までの筒状の沓……ブーツだった。背はあまり高くない。肩幅が広く、がっちりした体形だった。
 彼は、犬舎に近づこうとして、『張り子の犬』の『結界』に気付いたらしい、足を止めた。
 くくっと、喉の奥で笑う声が聞こえ、印を結ぶ。
 ……『張り子の犬』の『結界』を、破る気だ!
 彪は、自分たちの周りの『隠遁結界術』を解除すると、素早く走り出、男に向かって、叫んだ。
「……待て!」
 『術者』は、彼を一瞥すると、片手で印を結び、『術』を発動させた。
 強烈な、悪意の塊のような『邪念』が、『術者』の体から飛び出し、それは彪に向かった。
 彪は、それを、とっさに片手を三回上げて、『結界術』を三重に張り、防御した。
 一重、二重目までの『結界』の壁が、崩されるが、三重目で、なんとかその『邪念』を防げた。
 『術者』が次の行動に出ようとする。しかし、彪は、それを許さなかった。
「……攻(こう)!」
 彪は、人差し指を上げ、反撃に出た。『張り子の犬』たちが、一斉に、『術者』をその『眼力』で押さえようとする。
 『術者』は、その攻撃を、『結界術』に似た壁で防いだ。硬いものが割れるような音をさせて、『眼力』が破られる。彼は、そのまま片手を上げた。
 これは、明らかに、『邪術』だ。……今度は、なにをする気だ?
 彪と暎蓮の耳に、なにかが聞こえてきた。
 ……唸り声が、聞こえる?……それと、この臭い。
「……!?」
 彪は、周りを見て、愕然とした。……いつの間にか、犬の、動く死骸たちに、囲まれている。
 ……『犬傀儡』を、気配も察知させずに発動したのか!
 彪は、改めて、この『術者』の実力に、驚かされた。
 今風に言えば、ゾンビに当たるであろう、その犬たちは、腐臭をさせながら、彪めがけて飛びかかってきた。
「彪様!」
 暎蓮が、とっさに、彪に駆け寄り、『破邪の懐剣』を横ざまに構え、自分たちの周りに『結界術』を張った。強力な『結界術』に阻まれた犬たちが、悲鳴を上げ、地面に落ちる。ひどいものは、その場で、肉が崩れた。しかし、それでも、立ち上がろうとしている。
 彪と暎蓮は、周りを見渡し、取り囲まれていることをもう一度確認すると、背中合わせに立った。
「……彪様は、『術者』様を。私は、『犬傀儡』を滅します」
「うん」
 彪は、呼吸を整え、『術者』に向かって、指をさし、
「不動!」
 と、『縛術』をかけた。『術者』が、またそれを簡単に破ろうと、印を結ぶ……が、今回は、そう簡単には破られなかった。彪の鍛錬の成果か、『術』の強化が、うまくいったようだった。
 『術者』が、もがく。彪は、彼に近づき、尋ねた。
「……あんた、何者だ?目的は、なんだ」
 『術者』は、また、低い声で、笑い声を出した。もがくのをやめる。動かないはずの手を、じりじりと動かして、印を結ぶ。
 彪は、悟った。
 ……『術者』は、彪を自分にひきつけて、実は暎蓮を狙おうとしていたのだ。
 彪は、反射的に横に出て、暎蓮の前に立ちふさがった。『術者』の全身から、針のような鋭い『邪気』が、飛び出し、次々に彼を襲う。彼は、足元から、地面の『精』を吸い上げる形で『防御璧』を作り、その『邪気』を防いだ。『精』のおかげで、心身に影響はないが、体に針が次々に突き刺さる衝撃がある。……暎蓮にとっては、今の彪は、『肉の壁』だ。
 こいつ。『縛術』越しにでも、術を使えるのか!
 彪の顔が、険しくなる。……まだ、『不動』の『縛術』は、破られていない。彼は、『張り子の犬』たちに、全身から集めた『聖気』を吹き込むと、もう一度、
「攻!」
 と、命令した。今度は、『張り子の犬』たちが、その『張り子』の姿から、一時的に、彼の『聖気』と『術』で人工的に作られた肉体を持った、大きな犬に変わり、『術者』を襲う。
 『術者』は犬たちにたかられた。犬たちの体で、彼の姿が見えなくなる。……だが。
 ……なにか変だ。身動き一つしない。
 彪は、犬たちのところへ駆け寄った。犬たちが『術者』から離れる。
「…………!」
 犬たちに襲われたのは、『術者』のはずが、大きな岩だった。
 ……替わり身か!彪は舌打ちした。
「本物は!?」
 辺りを見回すと、『術者』は、犬舎の屋根の上に立っていた。屋根の上の『結界』が、こじ開けられたらしい。……だが、まだ彪の『縛術』からは逃れられていないようで、動きは鈍かった。
 ……まだ、勝機はある!
 彪は、印を結ぶと、『術者』めがけて、『聖気』の塊を、連続して手のひらから射出した。

 暎蓮は、『遠距離結界術』で、自分と傀儡たちとの距離をある程度保ちつつ、『破邪の弩(ボウガン)』で、一頭一頭を狙い撃ちしていった。距離を保たないと、自分も彪も危なくなるが、離れすぎると、『破邪の矢』が当たらない可能性があるのだ。彼女は、前回の戦いの時よりかは、射術に正確性を持っていたが、それでも用心に越したことはなかった。
 弩で撃たれた犬の死骸は倒れ、彼女の『聖気』により、『気』が死骸から離れ、もとの、まだ生きている自分の体に戻っていく。
 今回は、彼女は、用心して、懐の中に、あらかじめ『破邪』の力を込めておいた矢を、たくさん用意しておいたのだった。
 そのほか、この場所には、彼女の力で、握ればすぐに『破邪の矢』になるような棒状のものがたくさん集めてある。『武力を持つ斎姫』としての矜持もあり、彼女は、今回は、傀儡ごときになど、負けようとは思わなかった。……気味が悪いのは確かだったが。
 背中には、彪の気配がする。手傷を負っていても、全力で戦っている、彪の気配が。
 今の彼女には、それが一番心強いことだった。
 新たに一匹の死骸が、彼女に近づこうと、『結界』の壁にかみついた。その力で、『結界術』の壁が、歪む。
 暎蓮は、片手で持った『破邪の懐剣』に力を込めて、『結界術』を強化すると、叫んだ。
「……負けません!」
 死骸が、また一匹、弩で撃たれて吹き飛んだ。

 『術者』は、動きが鈍いまま、犬舎の屋根を足で踏み壊すと、中に入った。 それを見た彪は、
「お姫様!『結界』を広げて!」
 と、叫んだ。
「はい!」
 暎蓮も叫び返す。
 暎蓮の『結界術』は、もとから『遠距離』に対応したものだ。彼女らを取り巻く『結界』は、すぐに大きく広がり、彪は、その中を、犬舎に向かって駆け出した。
 入口を取り巻く『結界』を解除して、犬舎の扉を開くと、中では、『術者』が、鈍い動きのまま、懐から大きな袋を取り出すところだった。足元の『結界術』も破られたらしい。
 ……あの袋で、また、魂を奪う気か!
 しかし、情勢は違っていた。暎蓮が『破邪の矢』で次々に犬たちの『気』を取り戻していっているため、『気』を取られていたはずの犬たちは復活して、起き上がっているものが増えていたのだ。
 その光景に、どうするか、と、『術者』が辺りを見回す。その隙に、彪は、動きの鈍い『術者』に向かって、自身の体全体を『結界術』と『聖気』で包んで、弾丸のように突っ込んだ。彪は、体術には疎いが、この場合、手段を選んではいられなかった。
 ……それは、予想できていなかったのだろう、『術者』が、その体当たりに、今度こそ、生身のまま、仰向けに倒れる。彪は、その『術者』の体に馬乗りになって、両手で彼の首を捉えた。大きく息を吸うと、そこから、『術者』の体に、一息に『聖気』を送り込んでやる。
 『邪気』に満ちた『術者』が、『聖気』を送り込まれて、焼けるような痛みに、苦しげに呻いた……が、彼は、そうされながらもまた、喉の奥で、ひきつった笑い声を出した。
「!?」
「……なぜ、本気にならないんだ」
『術者』は、低い声で、言った。
「……え?」
 彪は、その言葉に、思わず手を緩めた。『術者』が片手だけで、印を結ぶ。
 『術者』の体から、大きな『邪気』があふれ、それは物理的攻撃となって、『術者』に乗っていた彪の小さな体を吹き飛ばした。開いていた犬舎の入り口から、外に転がり出る。傷を負った背中を強打して、あまりの痛みに、彪は顔をしかめた。『邪気』に当てられて、吐き気もする。
 すぐに動けず、あおむけに倒れたままの彼の上を、犬舎の屋根に再び跳び上がった『術者』は、山の上の森に向かって、跳び越えた。……人間離れした、跳躍力だった。
 『術者』は、暎蓮の『結界術』をもすり抜けて、高い山の上の森に消えていった。彪は、体を起こしつつ、それを見た。……苦い、思いが、彼の中を占めていた。
 しかし次の瞬間、我に返った彼は、
「……お姫様は!?」
 暎蓮のことを思い出し、振り返ると、辺りには、犬の死骸がたくさん倒れており、『結界術』の中で、暎蓮が、懐に『破邪の弩』をしまいながら、こちらに駆け寄ってくるところだった。
 彪は、あわてて立ち上がった。彼も彼女に駆け寄る。
「お姫様!怪我は!?」
「彪様!お怪我は!?」
 二人は、勢いがありすぎて、ぶつかりそうになりながらも、期せずして、同じことを叫んだ。更に近づき、お互いの肩や腕を触って、大事ないか、確かめあう。
 暎蓮の無事な姿に、彪は息を吐いて、もう一度地べたに座り込んだ。
「……無事で、よかった……。……あいつは、逃げたみたいだ」
「そのようですね」
「『犬傀儡』。……やっつけてくれたんだね」
「なんとか。今回は、射術の練習の成果が出せたようです」
「犬たちも、生き返った。……もう、『結界術』を解いてくれて大丈夫みたいだよ」
「ええ」
 暎蓮が、広範囲の『結界術』を解除する。
「お姫様、……ありがとう、助けてくれて」
「彪様こそ……」
 暎蓮は、座っている彼の前に、自分も座り込んだ。
「あの『術者』様は、どなただったのでしょう」
「……わからない……。だけど、もう、今回の、世虞さんと星砂様の『呪詛』には、力を貸さないと思うよ。俺たちの実力も、わかったみたいだしね」
 彪は冗談ぽく言うと、暎蓮に向かって、にやっと笑った。
「明日こそが、本番だ。気を引き締めて、やろう。おっと、『張り子』に入った犬の魂を解放してやらなきゃ。それと、『呪詛』の現場をもう一度、見に行かなくちゃね」
「その前に、お怪我のお手当てです」
 暎蓮はそう言って、彼に、血のしみた単衣を脱ぐように指示した。彪が、おとなしく占天省の紋の入った単衣を脱ぐ。
しかし、何枚も重ね着するという、『天地界』ふうの衣装の着方が、今の暎蓮には、もどかしく感じられたようで、彼女は突然、
「失礼します」
 と言って、手を伸ばし、彼の腰の帯をほどき始めた。立膝になって、彼の衣服を脱がせはじめる。
「お、お姫様!?」
 彪が度胆を抜かれた顔をする。……彼は、その彼女の行為に、顔を赤らめた。
「お怪我の、お手当てです」
 そう言いながら、彼女は、手早く、彼の上半身の衣装をすべて脱がせた。
 彪は、上半身だけとはいえ、裸にされた恥ずかしさで、身を固くしていた。 暎蓮が、彼の背中側に回る。
 まだ小さくて、やせた彼の背中には、犬にかまれた牙の痕が大きく残っている。先ほど、暎蓮の『神気』を送り込まれたせいか、傷は治りかけてはいたが、まだ血もにじんでいた。暎蓮は、傷に右手をかざすと、その手にふう、と息を吹きかけた。右手が、光を放ちだす。
「……癒(ゆ)」
 暎蓮は、小さな声で、『言の葉』をかけた。
 彼女の持つ『神気』が、彼の傷を癒していく。数分の後には、傷はあらかた消えた。彪自身の『気』の量も、回復した。
「ありがとう、お姫様」
 暎蓮は、首を振り、彼の体に、血のしみた衣服の一枚だけをそっとかけた。
「……一度、宮殿の中に戻りましょう。そして、お召替えをなさってから、『陽天宮』にまいりましょう」
 彼女はそう言って、立ち上がり、手を伸ばして彼の手を取った。彪が、それに支えられるように、立ち上がる。
 彪は、うなずきながら、犬舎まで戻り、中を覗き込んだ。
 中の犬たちが落ち着いた様子で過ごしているのを見ると、安心して入り口を閉じ、今度は、『張り子の犬』たちの魂を、天上に解放する作業に移った。
 時間が経ってしまったので、『術』が解けて、作られた肉体は損なわれ、犬たちは『張り子』に戻っている。暎蓮の手も借りて、すべての魂を、『上界』か天上に開放すると、彼は、ようやく息をついた。
 その彼に、暎蓮が声をかける。
「……まいりましょう、彪様」
「うん」
 二人は、宮殿内に入るべく、ゆっくりした足取りで、中庭へと向かった。

 ……そのころ。
 『術者』は、城外まで『邪術』を使って出ると、夜の街の中で、林立する建物の上を足掛かりに、次々に跳んで、どこかへと向かっていた。
 ……『巫覡』と『斎姫』。
 ……あの二人。何度見ても、面白い。『巫覡』は、こちらのことに、まるで見当がついていないようだ。高等な『術』が使えるのに。……まあ、無理もないか。
「これから、じっくり、思い出させてやろう……」
 『術者』は、楽しげに言うと、
「おっと」
 と言い、まだ自分を縛っていた『縛術』を解くことに専念しつつ、いつのまにか、夜の闇の中へと、姿を消した。 

 第十三章 『呪詛』の『浄化』、再び
 彪は、『雲天宮』内の、散々荒れた自分の部屋で、新しい衣装に着替え、再び占天省の単衣をまとった。部屋をそのままにして、出、居間に向かう。居間入口の御簾の前で、暎蓮に声をかける。
「お姫様。……入ってもいい?」
「はい、どうぞ」
 暎蓮が、立ってきて、御簾を上げてくれた。それに一礼しつつ、彪が部屋に入る。
 暎蓮も、新しい『斎姫』の衣装に着替えたようで、衣装には先ほど戦った後の汚れなどは付いていなかった。
 彼女は、気遣わしげに、彪に言った。
「お背中の状態は、いかがですか」
「ありがとう、もうなんともないよ」
 彪は笑顔で答えた。
 暎蓮はとりあえず、彪に座を勧めて、彼が座につく間に、茶を淹れた。
 それを彼に差し出しながら、言う。
「一服したら、まいりましょうか」
「そうだね。……さすがに、ちょっと疲れたよね」
「私は、大丈夫です。でも、彪様は、だいぶ『気』を消耗されてしまいましたから……」
「それは、お姫様からの『神気』で充填されたよ、大丈夫」
 暎蓮は、菓子盆から、彼のために皿に菓子を取り分けていたが、それを聞くと、微笑んでくれた。
 ……彼らは、茶器を手にしたまま、話した。
「あそこの、『入らずの布陣』の中は、怖かったですが。……今頃は、どうなっているのでしょうね」
「星砂様の部屋に入った時の悪意の状態から言って、おとなしくなっているとは到底思えない。なんとかして、世虞さんがあそこに来る前に、『呪詛』を消滅させたいと思っているよ」
「なにか、策はあるのでしょうか」
「『邪術滅燃』は失敗したしなあ。なにかほかの『術』を思い浮かべないと……」
 彪はそう言って、天井を見上げた。
「『鬼祓い』の前の日だからこそ、できることが、なにかないかなあ」
 両手で茶器を包むように持っていた暎蓮が、彪を見て、言う。
「世虞様と星砂様。……人間のほうの『邪念』は、私たちがなんとかするほかなくとも、あの、首を刎ねられた犬の魂を救うのは、ここの裏手の犬たちに、なんとかできないものでしょうか?」
「え?」
 彪は、上を向いていた首を、前に戻した。
「犬たちの『破邪』の力を使って、死んだ犬の魂を救うことは、できないものでしょうか」
 暎蓮は、改めてそう言い、茶器を下に置いた。姿勢を正す。
「あそこの『入らずの布陣』の外には、『張り子の犬』の『結界術』が張ってあるわけですし、……彪様には申し訳ない言い方になりますが、だからこそ、先ほどの『浄化』の際には、あの程度の損害で済んだのでしょう。……今は、さらに、その上から『入らずの布陣』をもう一度張ってある状態です。その外側から、犬たちに、首を刎ねられた犬の『念』を『浄化』してもらうということは、できないものでしょうか?」
 彪はそう言われて、自分も茶器を置き、背中の後ろの床に両手をついて、上を向いて、考えた。
 ……『入らずの布陣』は、『結界術』にもなる壁だ。普通に考えれば、壁に阻まれて、犬たちの『破邪』の力も届かなくて、できないだろう。だけど、その問題だけなら、『聖気』の込め方を工夫さえすれば、できないことはない。 問題は、『犬』同士の、一頭の『大きな邪念』と、多数の犬の『破邪の力』という『力の込めあい』の、伯仲した戦いに、どうやってこちらが勝てるように力を加えるかなのだ。
 しかし、それは……。
 ある条件を満たしていれば、できるかもしれない。満たして……いや。
 この場合、できる。
「……うん。……それだ、お姫様」
 彪は、暎蓮に顔を向けた。座りなおして、姿勢を正す。
「なにか、思いつかれたことが?」
「うん。俺たちには、まだ、有効利用できる情報が、あったんだ。……やれるかもしれない。……やってみよう」
 暎蓮が身を乗り出した。
「それは、どのような?」
「情報は、あの似顔絵にあったんだ」 
 彪は、そう言って、にやっと笑ってみせた。

 夜の城内。あちこちにある石燈籠の炎を頼りに、二人は『陽天宮』へと向かった。
 扇賢、それに、『麗水宮』で待機していた王音、ナイトには、すでに使いが出してある。全員、『陽天宮』前に集合ということにしてあった。『雲天宮』にいる犬たちを連れてくる役目のナイトは、少し遅れてくるかもしれない。
「……扇様!姐さん!」
 『陽天宮』の門前で、武闘着を着、腰に『丹水』をさしている扇賢と、同じく武闘着を着、鎧をつけて待っていた王音に、彪と暎蓮は駆け寄った。彪は、『浄化』が終わった後に『張り子の犬』を回収するために、また荷車を曳いてきていた。
 門衛は、扇賢がそうさせたのだろう、人払いしてあり、いなかった。
「ごめん、待たせて!」
「まあ、仕方がないだろう。お前たちも、忙しかったようだしな」
「おかげで、稽古の時間だけは、たっぷりあったわよ」
 王音が笑う。
「少なくとも、犬たちを生き返らせただけでも、大した成果だ」
 扇賢の褒め言葉に、彪と暎蓮は、あわてて一礼した。
「それで?……私たちは、ここでなにをすればいいの?」
 背の高い女性である王音は、彪を見下ろした。
「扇様と姐さんには、悪いとは思うんだけど、ここで行う『除霊』の補佐をお願いしたいんだ。狙っている『呪詛』の箇所には、『入らずの布陣』で『結界』が敷いてあるけれど、その『邪気』がもれだしたら、それに当てられて、他の雑霊が引き寄せられてくるかもしれない。それらを、お二人の持つ『闘気』で、滅してほしいんだ」
「わかった。じゃあ、使う技術は、体術よりかは、『気』が込めやすい、剣技のほうだな」
「それは、相手による。雑霊がひとかたまりになると、人形(じんけい)の『実体』に近いものを持つ可能性があるから、肉弾戦に持ち込まなければいけない場合もあると思うよ。でも、まあ、二人とも、どっちも得意なんだろうから、その辺は任せるよ」
「ああ」
 扇賢が答え、王音も、うなずいた。
「それで、ナイトさんは?」
「甲冑を置きに、『地欧宮』を回ってから『雲天宮』に行くと言っていたから、じきだろうな。お前たち、途中で会わなかったのか」
「『地欧宮』は方角違いだし、姿も見えなかった」
「じゃあ、まだだな。……例によって、風呂に入っているんじゃないといいがな」
 扇賢は、半分つぶやくようにして、ため息をついた。
 と、言っていると、門の外を見ていた暎蓮が、
「ナイト様が、いらっしゃいました!」
 と言った。
 黒のスーツ姿のナイトが、犬たちを二列縦隊にさせて、行儀よく連れてくる。
「何度見ても、阿呆らしい光景だな」
 扇賢が言う。彼のそんな感想には構わず、門前に到着したナイトは、満面の笑みで、
「お待たせしました!」
 と叫んだ。そのまま彼は、暎蓮のほうに向かい、
「暎蓮姫、よくぞ、この子たちを生き返らせてくださいました!わたくしは……」
 と、暎蓮の手を取ろうとして、扇賢に間に割り込まれた。
「どさくさに紛れて、なにを暎蓮に触ろうとしているんだ!」
 わめく扇賢のことなど気にもせず、マイペースなナイトは、扇賢の肩越しに、暎蓮に言った。
「それで、この子たちは、なにをすれば?」
「私も、まだ、全容を把握していないのです。詳しいことは、彪様からご説明があると思います」
 暎蓮は、手で、彼女の斜め後ろにいた彪を示した。ナイトが、彪のほうを向く。
「彪殿。ご説明を願えますか」
「はい。……これから、ここで、『呪詛』をかけた犬の魂を、『除霊』します。『除霊』とはいっても、『浄化』して、天上に上らせる、ということです。なんで『除霊』と言ったのかというと、犬の魂と、『犬使い』の世虞さん、そして意識だけの星砂様の『邪念』が強く結びついているからで、その二つを切り離す作業が『除霊』の部分に当たります。そして、切り離せたら、ここに連れてきてもらった犬たちの『破邪』の力で、犬の魂を『浄化』し、それが成功したら、犬の魂は、今度こそ、天上に開放できる、というわけです」
 彪は、いったん言葉を切り、つづけて、言った。
「そして、明日の『鬼祓い』当日、満月の出る時。『犬使い』の世虞さんと星砂様の意識は、必ずここに来て、『呪詛』を発動させようとすると思う。だけど、その基は、もうないわけだから、将太院様が斬り殺したという犬の毛皮に残された、『無念』を使ってあの方のお命を狙っても、それほどには被害が及ばないはず。……それに、それをされる前に、俺たち『巫覡』が、彼らを説得するつもりでいるんだ、もう『邪念』を捨てるように」
「そんなことが、可能なのか」
「それをやれるだけの『術』を考えた。……それに、それをやらなければいけないのが、俺たち『巫覡』と」
「『斎姫』を名乗る私の、二人なのです」
 二人は、そう言いきった。扇賢が、うなずく。
 そこへ、ナイトが、
「この子たちが『除霊』をするというのはわかりました……が、危険はないのでしょうか?」
 彼は、気遣わしげに言った。
「それはもちろん、ないとは言い切れません。ですが、こちらもただでやられるつもりはありません。この子たちを護りつつ、最大限の力を発揮してもらえるように、『術』を再構成してきました。……どうでしょう、ナイトさん。お願い、できますか」
 彪の言葉に、ナイトはしばらく考えていたが、やがて、言った。
「……彼らも、犬。『破邪』の力を求められ、こちらにやってきた者たちです。その力を惜しんでいては、自らの存在理由が損なわれるでしょう。……よろしいでしょう、彪殿。わたくしも、自分の持つ『人気』を最大活用して、この子たちを護ります。ここは、お力を合わせようではありませんか」
「ありがとうございます」
 彪は、ナイトに一礼した。そして、後ろに立っていた暎蓮たちを見ると、
「配置を説明するよ」
 と、言った。
「問題の箇所は、宮殿入口の真ん前だから、そこを正面に、右側を姐さん、左側を扇様が固めて。場所が狭いから、この人数の少なさでも、雑霊には対応できるだろう。……ナイトさんは宮殿入口の中から、『除霊』の補佐を。この犬たちには、円陣を組んでもらって、『結界』の周りに配置。……そして、お姫様」
「はい」
 暎蓮は、彪の顔を真剣に見た。
「俺たちは、『結界』に向かって、真正面から。……俺の後ろにいて。じゃないと、いざって時に、すぐに俺の『結界』内に入れられないから」
「わかりました」
 彪はうなずくと、
「じゃあ、行こう」
 と、一同を促して、門内に入った。
 宮殿入り口前につくと、それぞれは、彪の言うとおりの配置についた。
「見(けん)!」
 彪は、まず、『言の葉』で隠してあった、『張り子の犬』の『結界』を、皆が見えるように、『隠遁』を解いた。
「もうちょっと、頑張ってくれよ、お前たち。これが済んだら、今度こそ、天上に行かせるからね」
 彪の言葉に、『張り子の犬』たちは、一斉に上を向いた。遠吠えしているつもりらしい。
 彪は、『張り子の犬』たちにうなずいてみせると、
「それじゃ、始めるよ」
 と、全員に声をかけた。それぞれ、うなずく。
 彪は、まず外側に張ってあった『入らずの布陣』を、解除した。次の瞬間、すかさず『張り子の犬』たちに、自らの『聖気』をしみこませ、『結界術』を強化した。
 『入らずの布陣』の中の『邪念』は、それでもその大きさで、猛り狂い、布陣が収縮をはじめ、中の犬の魂が、暴れ、壁を破ろうと、辺り構わずぶつかる。『結界』の外でも、風が起こり、地割れは増し、彪と暎蓮を除くほかの面々は、足元が危うく、思わず一歩下がった。
 犬の魂が何度も『結界』の壁にぶつかり、壁にひびが入りかける。邪気がもれだし、だんだん暗雲が立ち込めてきた。
 ……雑霊が集まりだしたのだ。
 王音が、愛刀『散華(さんげ)』を抜き、刀身に『闘気』を込めて、戦いだす。
「……おい、彪!どうするんだ」
 集まる雑霊たちに、こちらも『闘気』を込めた刀を振るいながら、背中側にいる彪に向かって叫ぶ扇賢に、彼は、
「今やるよ」
 と言って、印を結んで、構えた。……ひびが、大きくなる。……じきだ。
 彪は唇を噛んで、その時を待った。
 …………今だ!
 彪は、猛り狂った犬の顔がこちらに向かって、『結界』の壁を壊そうとしてくるのに合わせて、指をさし、『縛術』をかけた。
「……『安将』!『待て』!」
 その言葉に、暎蓮が目を見張った。
 犬の魂が、『縛術』で動けなくなる。……いや、『縛術』のせいだけではない。明らかに、『待て』と言われたら動かなくなるよう、訓練されていた影響だ。
「彪様、『安将』って……」
 暎蓮の問いかけに、彪は、印を結んだまま、答えた。
「この犬の名前。あの、世虞さんの荷物に入っていた犬の似顔絵に、名前が書いてあったんだ。名前を呼んで、直接『術』をかければ、それだけ、限定的になって、術がかかりやすいと踏んだんだ」
 『縛術』をかけられた『安将』は、布陣の中で、もがき苦しんでいる。しかし、『邪念』の力も上がった。彪は、その力で『入らずの布陣』と、『張り子の犬』の『結界術』の壁が壊されかかる瞬間、
「ナイトさん!」
 と、叫んだ。
 ナイトが、心得たように、布陣の外側に、円陣を組んで並んでいた犬たちに、
「吼えろ!」
 と号令をかけた。
 犬たちが、一斉に、布陣内に吼えかかり、『破邪』の力を注ぐ。『縛術』にかけられていた『安将』が、その吼え声に、苦しげにのけぞる。布陣内にたまっていた、『邪念』がゆがむ。
 それを見た彪は、印を結びなおすと、もう一度、『安将』を指さし、
「…………離(り)!」
 と、『離念(りねん)の術』を発動した。
 『安将』が、苦しさのあまり、布陣内を、壁にぶつかりながら、ぐるぐる回っていたが、次の瞬間、『安将』の魂と『邪念』が離れた。『結界』の壁は、もうぼろぼろで、あと一歩で崩れる。
 彪が、ナイトを見た。
 ナイトは、うなずき、再び、号令を出した。
「……行け!」
ナイトの犬たちは、一斉に『入らずの布陣』に向かって、飛びかかった。『結界』の壁が壊れ、『安将』の霊体に、生きた犬たちが食いつく。
 『安将』が、苦しさのあまり、大きな声で吼えた。その霊体から、『邪念』が完全に、離れる。犬たちの『破邪』の力で、『邪念』が上に上ってゆき、『安将』の魂が、『浄化』されていく。
 完全に、『邪念』が消えきったところで、彪は、自分の後ろにいる暎蓮に声をかけた。
「行くよ、お姫様!」
「はい!」
 彼らは、布陣のあった場所に踏み込み、両手を上げた。その彼らの、四本の手の、中央に、『呪詛』から解放された『安将』の魂が近づいてくる。二人の広げた手のひらの上に、魂が来たところで、彪と暎蓮は、声を合わせた。
「…………昇!」
 『安将』の魂が、楽になったのか、遠吠えしながら、天上に開放されていく。
 一同は、その姿を、上を向いて見送った。

 第十四章 『浄化』成功
 彪は、息をついて、額の汗をぬぐった。暎蓮が、笑顔で、
「やりましたね、彪様」
 と言う。彪は、答えた。
「お姫様の助言のおかげだよ。そうじゃなければ、こんな策、思いつきもしなかった」
「いいえ。やはり、彪様は最高の『術者』です」
 暎蓮の褒め言葉に、彪は赤くなった。その彼女の言葉にうなずきつつ、扇賢、王音がそれぞれ刀を鞘に収めて、彼のもとに来る。ナイトも、
「素晴らしい『術』でしたね、彪殿」
 犬たちをまとめつつ、賞賛の意を表した。
 彪は、照れて、下を向きながら、言った。
「問題は、明日の夜だよ。なんとしてでも、世虞さんと星砂様、それに将太院様を護らないと」
 地割れした地面から、『安将』の頭の骨を取り出し、それをそっと布にくるんで、袖に入れ、地面を修復するべく、印を結びながら言う彪に、扇賢が、
「『呪詛』した側も『護る』というのか」
 と尋ねた。
「……世虞さんと星砂様は、とても深い『愛情』で結ばれていたんだ。そして、たぶん、将太院様が斬った犬のことを、小さいころから二人で育てて、自分たちの子供のように思っていたと思う。……子供を殺されて、恨まない親はいないよ。だから、『呪詛』にまで発展した。……だけど。『愛情』があれば、普通なら、ほとんどの問題は、解決するはずなんだ。その『愛情』の力で、俺たちは、世虞さんたちをも、護る。……大体、将太院様だって、『星砂様には悪いことをした』と、悔いておられたじゃないか」
「それも、お前たちの仕事か」
「そう。俺たち『巫覡』の仕事だよ」
 彪は、地面を修復し終えて、扇賢を見ると、にやっと笑ってみせた。それを見た扇賢も、笑う。
「街の『術者』だったお前も、いっぱしの『宮廷巫覡』になってきたな」
「勘違いだよ。俺は、本業が、『巫覡』なんだ。そこには、民間も宮廷も関係ない」
「そういうものか」
「そういうものですよ、扇王様」
 彪は、おどけた調子で、扇賢をからかった。扇賢たちが、笑う。
 ……彪と暎蓮は、その後、『結界術』として使っていた『張り子の犬』に入っていた魂たちを、まとめて天上に開放した。『破邪』の役目を終えた犬たちの魂が、勤めを終えたことで安らかになったのだろう、きれいな状態で、解放されていった。
 全員が、彪を手伝って、『張り子の犬』を回収してくれ、荷車に乗せる。
 ……これで、一仕事、済んだ。
 彪は、息をついた。

 『雲天宮』に戻る道すがら、暎蓮は、彪に、
「『安将』ちゃんの骨を、どうされるのですか?」
 と、尋ねてみた。
 『雲天宮』の犬舎に犬を戻すナイトと、ナイトが暎蓮にちょっかいを出しやしないかと心配してついてくる扇賢、暎蓮に『『麗水宮』にて、皆様でお夜食を』、と誘われた王音も一緒なので、結果、全員が、『雲天宮』に向かっている。……彪は、言った。
「世虞さんに会ったら、返そうと思ってさ。……お墓に、入れてあげたいだろうと思うから」
 暎蓮は、それを聞いて、少し悲しげな顔をした。うなずく。
「そうですね……」
「大丈夫、お姫様。世虞さんたちは、必ず立ち直ってくれるよ」
 暎蓮は、彪の言葉に、微笑んだ。
「はい」
 彪は、今度は扇賢に声をかけた。
「扇様、明日の日程だけどね。あらかたは日中から、予定通り行ってくれていいけれど、舞楽だけは、あとにして。俺たちは夜まで儀式に出られないから。どうせ、儀式のあとは、宴に突入するんでしょう」
「そうだったな。……お前、笛の練習をしている暇がなかったが、大丈夫か」
「今日、これから、夜を徹して、やるんですよ」
 彪は、荷車を曳きながら、苦々しげに、つぶやいた。いろいろあったせいで、今日の昼の最後の稽古を、さぼってしまったのだった。
「一応、全力は尽くすけど。出来が悪くても恨まないでよ」
「お前が間違えたら、俺は笑うぞ」
「扇賢様。……私が、これからご一緒に練習しますから」
「彪。適当なところで切り上げろよ。笛なんか、また来年頑張ればいいんだからな」
 暎蓮の言に、扇賢が、あっさり手のひらを返した。やはり、二人が仲よくするのが、多少面白くないらしい。
 彪は、そんな扇賢に、
「馬鹿だねえ」
 と言い放った。扇賢が憮然とする。
 彪と扇賢の、遠慮のない会話に、一同は、また笑った。

 第十五章 『鬼祓い』
 そして。
 『鬼祓い』の当日がやってきた。朝から城内は、占天省の人間たちの働きと、儀式の準備で、大わらわだ。
 城の中だけでも、これだけ騒がしいのに、城外の、街の喧騒すら聞こえてくる。それくらい、街はお祭り騒ぎだということだ。
 『雲天宮』から、犬たちが連れ出され、施設の訓練士たちが集合する。
 彪と暎蓮は、まだ普段着の衣装で、門内からそれをそっと見ていた。
「……世虞様は、警備省のお方ですが、本当だったら、あれをお手伝いするお役目もあったはずなのですね」
 暎蓮のつぶやきに、彪は、
「来年からは、彼もあそこにいるよ」
と言った。
「ええ。……必ず、そうしなくてはいけませんね」
「うん」
 暎蓮は、胸に袖を当てて、犬たちを見ていた。

 儀式は、順調に進んだ。
 王である扇賢の『天下泰平』の勅(みことのり)に、占天省の占術師が、今後のこの国に災いがないことを占う。
 そして、号令をかけられた犬たちが、一斉に城内を走り抜け、あちこちで、激しく吠えた。

 そして、夕刻。
 『雲天宮』で、彪は、袖に、『安将』の骨を包んだ布の塊を入れると、自分の部屋を出た。
 回廊を歩いていると、ちょうど暎蓮も部屋から出てきた。
「お姫様」
「彪様。……ご準備は、よろしいのですか」
「大丈夫。お姫様は?」
「私も、大丈夫です」
「じゃあ、行こうか」
「はい」
 二人は、そろって、宮殿を出た。

 門を出て、『陽天宮』に向かっていると、一番星がきらめくのが分かった。
「じき、月が出るね。……大きな月が」
「はい」
 『陽天宮』につくと、扇賢のはからいで、門衛はおらず、儀式の最中だからだろう、人の出入りもなかった。
 二人は、門柱の影に、潜んだ。
 陽が完全に落ちて、石燈籠の火の光が、まぶしくなってきたところで、彪は空を見上げた。
 ……満月が、出た。
 それから少しすると、門の外に近づいてくる、人の気配がした。
 そっと見てみると、やはりそれは、あの、星砂の意識で視た、『犬使い』 ……警備省の訓練士である、若い男……『世虞 短翅』だった。訓練士のつなぎを着たままで、……長い間、『邪気』に当てられていたからだろう、やつれた顔をしている。
 そして、その彼の頭上に、星砂の意識……彼女の上半身が、かぶさっていた。こちらも、『邪気』に疲れ切った、精気の薄い姿だった。
 二人は、門の中に入り、石畳を歩いてくると、言った。
「『安将』。……時が来たよ。目覚めておくれ」
『『安将』。私たちですよ。あなたの力を借りる時が、ようやく、やってきました。どうか、起きてください』
 世虞と星砂は、交互に、『安将』に声をかけた。
 しかし、その『安将』のいた痕は、もうない。いくら声をかけても目覚めない『安将』に、彼らは困惑した様子だった。
 その彼らに、彪は、後ろから歩み寄って、告げた。
「……『安将』は、もういないよ。天上に、解放された。あなたたちの『呪詛』の『気』も、すべて消した。……復讐は、もう終わりだ」
「誰だ、お前は!?」
 素早く振り返った世虞は、彪に向かって、叫んだ。
「この城の、『巫覡』だよ。将太院様と、あなたたち二人を護るための」
「『巫覡』だと?……本当に、俺たちの『呪詛』を消したっていうのか?……『安将』!」
『『安将』!』
 星砂も叫んだ。だが、やはり『安将』は出てこない。
「『安将』は、ここだよ」
 彪は、袖から、布に包まれた『安将』の骨を出して、開いてみせた。
「世虞さん。星砂様。将太院様は、激しく後悔しておられる。もう、復讐はやめて、この城を出て。そして、二人で静かに、暮さないか」
「冗談じゃない!」
『私たちは、子供に等しい、『灯梅』を殺されたのよ!』
 二人は、同時に叫んだ。
「それも知ってる。そして、『術者』から『邪術』を受けたこともね。将太院様を恨む気持ちも、わからないわけじゃない。朔日様から魂を抜くことを、『術者』にやらせたことも、……許されることじゃないけど、もうやってしまったことだ。……だけど。これ以上の復讐は、だめだ。禍根しか残さない。そして、復讐というのは、必ず自分に戻ってくるものだ。今なら、まだ間に合う。『邪念』を捨てて、二人で静かに……」
「お前に、なにがわかる!」
 世虞は、叫んだ。
「俺たちは、結婚するつもりだった。だけど、その前に、星砂様は、子供ができない体質だということがわかって……。『灯梅』は、俺たちが二人で慈しんだ、俺たちの子供だったんだ!それを、あんな無残な……。星砂様のことだって、そうだろう!……すべて、将太院たちのせいだ!」
「だが、そのために、あれほどかわいがっていた、『安将』まで殺した。復讐のためだけに。……あんたは……、『犬使い』として、やってはいけないことをしたんだ。これだけ長い年月をかけてまで」
『たとえ『安将』の魂がなくても。私たちにはまだ、『灯梅』の魂が残っている。『灯梅』の命を懸けて、おじい様を……いえ、将太院を、殺すわ。……そして、私たちも、『安将』と『灯梅』のもとに行く』
 星砂は言うと、後ろから、世虞の両肩に手を添えた。
『行きましょう、世虞様。最後の想いを遂げに……』
「行こう、星砂様」
 二人は、いきなり姿を消した。……彪が、舌打ちした。
「彪様、今のは!?」
 暎蓮が、信じられないという口調で叫ぶ。
 彪が、苦々しげに言った。
「あの『術者』の『瞬間移動術』。世虞さんと星砂様の『邪念』と、『灯梅』の『無念』に、あの『術者』の『術』の『におい』が、まだ微かに残っているんだ。……将太院様が危ない。……追おう、お姫様!」
「ですが、『即天宮』は遠いです、間に合うでしょうか?」
「大丈夫。そのために、俺も、この『術』を練丹しておいたんだ。……お姫様!手を」
 二人は、向かい合って、両手をつないだ。
「行くよ……」
 彪は、二人を取り巻く形で、陣形を発動させた。地面が光を放つ。暎蓮が、困惑したように、周りを見渡す。
「……跳(ちょう)!」
 彪が、『言の葉』で『術』を起動させた。
 次の瞬間、二人の体に、衝撃が走った。

 気が付くと、二人の体は、『即天宮』内の、廊下にあった。
「……ここは、『即天宮』……!?」
 暎蓮が、辺りを見回しながら、言った。
「将太院様の部屋はあっちだ、行こう!」
 彪が、彼女の手を離さないまま、走った。
「彪様、今の『術』は?」
暎蓮が、彼に手をひかれて走りながら、言う。
「城内は広いからね。あの『術者』のことも考えたら、こんなこともあるかもしれないと思って、俺も『瞬間移動術』の陣形を組んでおいたんだ」
 暎蓮は、突然の全力疾走に、息を切らせつつ、微笑んだ。
「……さすがは、彪様です!」
「……いた!あそこだ!」
 廊下の向こうでは、世虞と星砂の念が、『結界術』を張って封印しておいた将太院の部屋の戸を、『結界』ごと、蹴破るところだった。
 中で、寝台に腰かけていた将太院は、世虞と、その上にのぞいている星砂の念を見て、目を見開いた。
「お前たちは……」
「この時を待っていたよ、将太院。今こそ、俺たちの無念を晴らす時だ。さあ、まずは、散々、苦しむがいい!」
 世虞と星砂が、一緒に両手を伸ばし、将太院に向けて、『邪気』を放った。
「……発!」
 それより一瞬早く、彪の『入らずの布陣』が将太院を護った。
 息を切らしながら、彪が、まず、部屋に入る。将太院が、
「……彪!」
 と叫んだ。暎蓮も、遅れて走ってくる。
「世虞さん、星砂様、……よせ!こんなことを、『安将』も『灯梅』も、望んでいると思うのか!」
『大事なものを失っていない者に、わかるはずがないわ!』
 星砂は、叫ぶと、両手を伸ばし、再び将太院に、『灯梅』に仕込まれた『邪念』の塊をぶつけた。……『入らずの布陣』ががくがくと揺れる。将太院が中で頭を抱えて、揺れをこらえているのが見えた。
 彪は、言った。
「確かに、俺には、あんたたちの本当の痛みは、わからないよ。だけど、これだけは、わかる。あんたたちが、自分自身で、自分たちを不幸にするのだけは、絶対に止めるべきだっていうことは」
「俺たちの本懐を、邪魔しようっていうなら、……お前も!」
 世虞と星砂は、『犬使い』の本領である『眼力』……しかも、『邪眼』で、彪をにらみつけた。凄まじい邪気が、彼を襲う。
 しかし、彪は、片手の平だけで、それをあっさりいなした。二人の『邪念』は強かったが、あの『術者』の『邪念』に比べれば、防ぐのは、難しくはなかった。
「……そこまで言うなら。こっちも、最後の手段を、使わせてもらう。……お姫様」
「はい」
 暎蓮も、歩み出た。
 世虞と星砂が、二人が自分たちになにをするのかと、身構える。
「あんたたちのその、やけっぱちな考え方。……はっきり言って、気に入らない。だから、悪いけど。……その邪念ごと、滅させてもらう」
「なに……!?」
 彪は、彼らに向かって、全身から『聖気』を放った。その清浄な『気』に、『邪気』を持った彼らが、顔をゆがめる。
「……発!」
 彪は、両手を顔の前で合わせた。
 彪、暎蓮、世虞と星砂を取り囲む形で、床に陣形が発動し、光る。世虞と星砂が、驚いて辺りを見回す。
「……思い出せ、あの頃のことを!」
 彪は、力を込めて叫ぶと、円陣の外から、渦を巻くように自分の『聖気』を乗せ、自分の体を通して、中心にいる世虞たちに注いだ。
「お前などに、なにが……!」
 世虞が、彪に向けて手を伸ばして、『邪念』をぶつけようとしてきた。
 しかし、一瞬の後、世虞と星砂の中には、かつての幸せだった彼らの記憶、愛らしかった犬たちの思い出、もっと古い、星砂をかわいがってくれた将太院の記憶が、流れ込み、彪と暎蓮の頭の中にもそれは通じてきた。
 世虞と星砂が、頭の中で、『邪念』と幸せの記憶がぶつかり合うのだろう、混乱するように目を閉じる。頭を抱えた世虞の腰が、わずかに落ちた。
 彪は、世虞に歩み寄り、腰の落ちた彼の胸ぐらを、片手で、つかみあげた。 もう一方の手で、世虞の額に触れ、世虞と星砂にさらに自分の『聖気』を注ぎ込みながら、彼は叫んだ。
「……生きていれば、まだやり直せる可能性はある。そして、幸せを取り戻すことも。……その可能性を、捨てるのが、あんたたちの本懐か!?」
 そこへ、……徐々に、『灯梅』の姿が、現れた。『灯梅』は、世虞と星砂に向かって、大きく吼えた。それは、かつて、『灯梅』にも備わっていた、『破邪』の力を込められた咆哮だった。
「……満月の力で、『灯梅』ちゃんが、私たちの味方に……!」
 それを見た暎蓮が、叫んだ。
 『灯梅』も、満月の『気』で『破邪』の力を取り戻し、主人たちを『邪念』から救いたくなったのに違いなかった。
 彪は、『聖気』を注ぎ込む力を休めないまま、彼らに言った。
「『灯梅』は、あんたたちに、生きて、幸せを取り戻してほしいんだ。それでも、復讐をつづけたいのか」
 彼ら二人の間と、彼らと犬たちの間の『愛情』に、思わず彪の眼から、涙がこぼれた。
 暎蓮が、それを見て、目を伏せ、胸を押さえる。
「……いい加減に、目を覚ませ!」
 彪は、泣きながら、力の限り、叫んだ。『聖気』を注ぎつづけるのを、やめないで。
 世虞と星砂の体と意識から、少しずつ『邪念』が抜けてゆく。……だが、あと一歩のところで、それは、止まりかけた。
 この布陣の、最後……!……暎蓮の、『想い』。彪は、暎蓮に叫んだ。
「お姫様!」
 暎蓮の『聖気』。……『扇賢への想い』を、手本として、彼らに伝える……!
「……はい!」
 暎蓮は、そう答えて、彪に駆け寄り、彼の背に手を当てた。彼女の強い『聖気』……『想い』が伝わってくる。
 扇賢への、強い『想い』が。
「……え……?」
 違う。
 彪は、驚きのあまり、……愕然とした。
 暎蓮から伝わってきたのは、『扇賢への愛』ではなく、暎蓮からの、彪への……自分への、『想い』だった。
 それはもちろん、男女の『愛情』ではない。だが、温かく、優しく、とても強い『想い』だった。
 ……これも、『愛情』、なのか……?
「……彪様!……この『想い』を、布陣へ!」
 暎蓮の言葉に、我に返った彪は、最後の『聖気』を込めて、布陣の最後へとその『想い』を放射した。彪の体を通したその力で、布陣が七色に光り、その輝きに、世虞と星砂がつつまれる。
 まばゆい光に、腰を落としていた世虞が、ついに、耐えられなくなったように、床に膝をつく。
 世虞と星砂は、声を上げた。長い長い、『怨念』から解き放たれるための、雄たけびだった。『灯梅』が、その声に合わせて、遠吠えをし、彼らの叫びと『邪念』が消えるのとともに、次第に姿を消していく。
 そして、世虞と星砂の体と意識につながっていた、最後の『邪念』すべてが、布陣の中で、霧消した。
 星砂の意識は世虞の上から消え、世虞は気を失って倒れた。それを見た彪も、『聖気』を使い果たし、よろめき、布陣が消える。
 彪は、大きな呼吸を繰り返しながら、まだ、呆然としていた。思わず、暎蓮の顔を見ると、暎蓮は、微笑んでいた。いつものように、優しく。
「お……終わったのか」
 彪の『聖気』が尽きかけていたせいで、半分崩れかけていた『入らずの布陣』内からの、将太院の言葉に、彪は、はっとして、振り返った。
「……解!」
 布陣を解くと、将太院は、床に倒れている世虞を指さし、
「この男は、死んだのか……?」
 と言った。
「いえ。気を失っているだけです。……将太院様。これで、すべての片は、つきました。もう、あなた様への『呪詛』も消え去りましたし、じきに、星砂様も目を覚まされるでしょう」
 彪は言った。
「このお二人を許して差し上げて下さい。すべては、『愛情』のなせる技だったのです。そして、最後には、その『愛情』こそが、このお二人を救った……」
「それには、わしのしたことが許されることも入っているのか」
「はい。……星砂様は、幼いころに将太院様からいただいた愛情のすべてを、きちんと覚えておいででしたよ」
「……そうか……」
 将太院は、下を向いて、鼻の下をこすった。
「そこで、私たちからお願いがあります。この方、『世虞 短翅』殿を、今まで通り、警備省の警護犬訓練士のまま、城で雇って差し上げて下さい。……彼は、腕のいい訓練士だそうですから。……そして、星砂様は、もう、王宮から離れ、街で、世虞殿と新しい生活をさせて差し上げてはくださらないでしょうか。星砂様は、世間では、もう病没したことになっているのですから、なにも問題はないでしょう」
 将太院は、ぐずつく鼻をすすりながら、うんうん、とうなずいてみせた。
「この方々の今後のもろもろの手配は、扇王様にお願いします。……それでは、まず、この部屋から星砂様の御寝所に、私たちが、世虞殿を運び去ります。この部屋の『結界』は既に解けておりますので、お出入りはもうご自由になされて結構です。……それでは将太院様。私たちも、儀式に参加しなくてはいけないので、これで失礼します」
 彪は言い終え、将太院に頭を下げると、『瞬間移動術』の応用で、星砂の寝室に、世虞の体を移動させた。
「それでは、失礼します」
「ごきげんよう」
 将太院は、顔を上げて、彪に言った。
「星砂に、……星砂に。今度こそ、幸せになるよう、伝えてくれんか」
「……承知しました。……では」
 彪と暎蓮は、将太院に一礼して、彼の部屋を出、扉を閉めた。外側から、貼ってあった『封印』の『符』を引っぺがして、懐に入れる。
「……星砂様の御寝所へ、お姫様」
「はい」
 二人は、黙って廊下を歩いた。
 無言のまま、星砂の部屋につき、扉を開けると、星砂から『邪念』が抜けたおかげか、部屋の空気は清浄に戻っており、それに取り巻かれて眠る星砂と、彼女の寝台にもたれかかって気を失っている世虞の姿があった。二人の顔には、あの『魔』に憑かれたやつれた感じは、もうなかった。幸せそうに、眠っている。
 それを覗き込むと、気配を感じたのか、星砂のまぶたが震え、彼女はゆっくりと目を開けた。横を向き、寝台にもたれている世虞の顔を見ると、微笑む。
「……星砂様」
 彪は、そっと声をかけた。
「……あなたは、先ほどの『巫覡』の……」
「はい。……将太院様から、ご伝言を預かってまいりました。『今度こそ、幸せに』と。……世虞殿は、このまま警備省勤務をなさってよいようです。そして、あなた様は、王宮を離れ、街で、世虞殿と暮らしてください。この件は、扇王様に手配していただきますから、大丈夫です」
 彪が言い終えると、暎蓮が進み出た。
「星砂様」
 彼女は、言った。
「あなた様は、お子様ができないとのことでしたが。『灯梅』ちゃんのような、最後は、あなた様を護ってくださる、素敵な家族がいたのですよ。……たとえ、お子様ができないとしても。家族は、出来ます。『愛情』さえあれば。そのことを、お忘れなく。いつかまた、家族が増えることがあるかもしれません。ご希望を、お捨てにならないことを、祈ります」
 結婚している女性にだからこそ言える、若い、傷を負った女性への、アドバイスだった。
「あなた様がたは、今度こそ、幸せになれます。ですから、ご心配なさらないで、新しい生活を始めてください」
 暎蓮はそう星砂に言って、微笑んだ。
「こんな、悪いことをした私が?……『巫覡』様。本当ですか……?」
 星砂に、暎蓮は、答えた。
「はい。……そう、『天啓』がありました」
 暎蓮は、つづけた。
「ですから。……お生きなさい。今後の長い人生を、この方と手を取り合って」
 星砂の瞳に、涙がたまり、潤んだ。
 彼女は、両手で顔を覆おうとして、その一瞬前に、
「……はい……!」
 と、答えた。
 彪は、その様子を、暎蓮の後ろから見ていた。……もう、大丈夫だ。
 彪は、彼女の枕元に、そっと、『安将』の骨の包みを置くと、一礼して、踵を返した。

 第十六章 暎蓮の『想い』
 彪と暎蓮は、星砂の部屋を辞すると、
「お姫様、まずい。……急いで『雲天宮』に戻ろう、そろそろ支度しないと、舞楽に間に合わなくなる」
 と言って、今度は『雲天宮』めがけて跳ぶべく、『瞬間移動術』を使おうとした……が。
 彼に向かって、先ほどのように両手を出した暎蓮の手を、彪が、つかみかねていた。
「彪様?……どうされたのですか」
「い、いや……」
 あの、先ほど自分に送り込まれた、暎蓮からの『想い』。男女の『愛情』ではないのはわかってはいるのだが、あれほど熱い想いを向けられたことがない彼は、照れてしまって、暎蓮の顔もろくに見られないのだった。
「急ぎましょう、彪様」
 彼女はそう言って、自分から彪の手を取った。
「う、うん。じゃ……行くよ」
 彪は、その彼女の行為に、顔を赤らめつつも、布陣を発動し、
「跳!」
 と、『言の葉』をかけた。『即天宮』廊下から、二人の姿が消えうせる。

 彪は、着地の時に暎蓮が足をくじかないよう、支える手に力を込めて、『雲天宮』前に敷かれた布陣内に降りた。彼の前で、彼の手を取った暎蓮も、ふわりと降り立つ。……衝撃は、無事、殺せたようだ。
 その彼に、彼女は微笑んだ。彪が、顔を赤らめたまま、それを見る。手は、まだつないだままだ。
「彪様。……お疲れ様でした」
「い、いや、俺より、……お姫様こそ」
「前回も、今回の件も。彪様がいてくださったからこそ、解決できた問題です。もっと、胸を張られてもよいのでは?」
「それは違うよ、お姫様」
 彪は、言った。
「あのお二人は、もとから幸せになれるはずだったんだ。それが、違ったほうへ行ってしまった。それを正すのが、俺たち『巫覡』の仕事だし、……あの布陣だって、お姫様のお力なくしては、最後は、どうにもならなかったんだから」
「それでは、やはり、これは、私たちが最高の『相棒』だからできたことなのかもしれませんね」
 ……『相棒』。俺が、お姫様の。
 彪は胸の中で、それをかみしめた。
 『相棒』だからこそ。俺は、この人を護りつづける。これまでも、そしてこれからも。
「お忘れですか?……私たちの『気』の相性度は、抜群なのですよ」
「……絶対に、忘れないよ」
 彪は、覚悟を持って、そう言いきった。そして、照れたように、下を向いた。
 だが、すぐに我に返って、顔を上げ、
「お姫様、支度しよう!舞楽が」
 と叫んだ。
「そうでした!」
 二人は、『雲天宮』内に駆け込んだ。走る途中、二人の楽しげな笑い声が、宮殿内に響いていた。

 静寂の中、美しい笛の音色が響いた。
 『斎姫』の宝である儀式用の長剣、『王舞(おうぶ)』を持った暎蓮が、舞台の上で、彪の奏でる笛の音に合わせ、優雅に舞う。
 少将以上の殿上人でなくては参加できないこの『鬼祓い』クライマックスの催しでは、めったにないことだが、暎蓮が彼らに顔をあらわにして、舞うのだった。
 殿上人たちは、その暎蓮の姿の美しさと、舞の美しさの両方に、賞賛のため息をついていた。
 舞台の端のほうでは、暎蓮を警護するナイトの愛犬、マルが控えており、参列席には、美しく正装してはいるものの、腰に愛刀『散華』をさして、この場を警備する王音と、西方式の衣装ではあるが、同じく正装して、『大剣』を提げたナイトがいる。
御帳台の前の御簾を上げさせて、皆から姿が見えるようにしてある扇賢は、王としての正服をまとい、冠をかぶり、片手に持った扇で、小さく傍らの脇息を叩きながら、曲の拍子をとっていた。
 ……すべてがうまくいっている。
 曲が終わり、暎蓮が舞台を降りると、場内は拍手喝采の嵐になった。
 それを見届け、今度は扇賢が立ちあがった。……彼が舞う番だ。
 暎蓮が、舞台奥の、彪の隣に座して、笛を手にする。
 扇賢が舞台に出ると、殿上人たちは、拍手した。
 扇賢が、いざ舞うべく、体の型を作り、彪と暎蓮が笛を唇に当てる。
 ……扇賢が舞う楽曲である、『王可玉光』の出だしが始まった。
 出だしは、よかった。
 ……が。
 彪の送り込んだ息が強すぎたのか、彼の笛の音が、高くひっくり返った。
「ああ!」
 彪が、思わず声を上げ、笛を口から離す。
 青くなって、舞台を見ると、扇賢が、扇を片手に持ったまま、体を二つに折っている。
「扇様!?」
「扇賢様!」
 彪と暎蓮が中腰になる。殿上人たちも、何事かと、騒ぎ出した次の瞬間、扇賢が、真っ赤になった顔を上げて、腹部を押さえ、大声で笑いだした。
「……や……やっぱりな……!」
 とぎれとぎれに言う扇賢に、彪は、安堵で腰が抜けるのと同時に、恥ずかしさで顔を真っ赤にして、
「扇様!……なにもそんなに笑うことないだろう!」
 と怒鳴った。彼の隣で中腰になって、扇賢を案じていた暎蓮も、ため息をついて、腰を落とす。
 扇賢は、涙目を指でぬぐいながら、彪を振り向き、
「こうなるんじゃないかと、思っていたんだ。やっぱり、……一夜漬けは、一夜漬けだよなあ」 
 と、笑いの余韻を声に残したまま、言った。
「『出来が悪くても恨まないでよ』って、言っておいたのに!」
 彪が叫ぶと、扇賢は、まだおかしいのだろう、はあはあと息をつきながら、
「わかった、わかった。……今度は、笑わないから。もう一度、やり直しだ、お前たち」
 と、言った。ざわついていた殿上人たちも、安堵のため息をついて、皆が笑っている。
 まさに、扇賢の『御世』は『天下泰平』だった。
 もう一度舞台の真ん中に立つ扇賢を見て、彪は、仏頂面で、笛を唇に当てた。

 今度は、彪もなんとかうまく笛を吹き終わり、扇賢は無事に舞い終えられた。
 その後、場内は、宴に入った。
 王妃として、扇賢の御帳台の横にいた暎蓮は、宴の中盤で、彼女の斜め後ろ、誰からも見えない場所に座して、ナイトの愛犬、マルと並んでいた彪を振り返った。
「……彪様。私たちは、そろそろお暇しませんか」
「いいの?」
「ええ。……扇賢様」
「ああ。ご苦労だったな、お前たち」
「では、失礼します」
 彪と暎蓮は、扇賢に一礼して、静かに後ろに下がった。御簾の隙間から、廊下に出る。
 二人は、歩き出した。
「彪様。一度、『雲天宮』にお戻りになるでしょう?」
「うん。『雲天宮』で、この正服を着替えないと、『清白宮』に戻っても、着るものがないから」
「お疲れになったでしょう。『天帝』様からの指令でも、『儀式』でも。大変なお働きぶりでした」
「俺はただ、自分の役目をやっただけだよ。……『儀式』は、もう、勘弁してほしいけどね」
 暎蓮がくすっと笑った。
 回廊を回って、宮殿入口から、出、通路を歩き、『陽天宮』の門を出る。
「……それでも、彪様はやはり、努力してくださる方です。ですから、私は、安心して、『斎姫』としての職務をこなせるのです」
 彪は、頬を染めて、その言葉に聞き入っていたが、……空にある大きな満月を見て、彼女に、問いかけた。
「お姫様。……訊いても、いいかな」
「なんでしょう?」
「あの時、……世虞さんと星砂様に使った布陣の最後の……お姫様の『想い』、なんだけど。……あれは、どうして、……扇様じゃなくて……」
「不思議ですか」
 暎蓮に、逆に問いかけられ、彪は、詰まった。
「……扇様への『想い』なら、わかるんだ。そして、それなら、もっとあの『術』には確実性があったと思う。だけど、どうしてそれを、お姫様が、違うことをしたのか、俺には……」
「私にも、あの時の、本当の自分の気持ちは、わからないのです」
 暎蓮は、前を向いたまま、言った。
「ただ、あの時は、そうしたかった……いえ、彪様に触れた時に、自然に湧き上がってきた気持ちが、あの『想い』だったのです。そして、私は、その『想い』でも、あのお二人をお助けできると、確信しました。……それを裏付けるように、あの時、そういう『天啓』を聴いたのです」
 暎蓮は、彪に顔を向けた。足を止める。
「それは、確実に、『天帝』様の『ご意志』でした。私は、それを感じたから、そうしてよかったと、そうして後悔はなかったと、考えているのです」
「…………」
 彪は、言葉をなくして、暎蓮を見つめた。なんと言っていいか、わからなかった。
「彪様。……彪様は、私がこんなふうに、彪様のことを想っていることが、ご迷惑ですか」
「そ、そんなわけない、そんなわけがないよ!」
 彪は、あわてて、それだけははっきり言った。……それだけは、違うと思ってほしくなかった。
 自分が、大好きな人に、あんなふうに大事に想ってもらえる。
 彼にとって、あんなにうれしいことは、人生の中で、ほぼ初めてだったのだ。
「ただ、俺は、俺は……うれしすぎて」
 彼は、途切れ途切れに言いながら、彼女の顔を見た。
 暎蓮が、手を出して、その細く柔らかい指で、彼の眼の下をぬぐった。
 彪は、自分がいつの間にか、泣いていたことに気が付いた。
「……なんて幸せなんだろう、って思って……」
 そう言う彼に、暎蓮は、優しく微笑んだ。
「それなら、よかった。……いつか申しあげたとおり、私たちは、もう、『仲間』であり、……『家族』です。……私の大事な、彪様」
 そう言って、彼女は、彼の手を取り、両手で包んだ。
「これからも、ずっと。私たちは、ご一緒に、幸せでいられます。……そう、『天帝』様に、お願いしましょう」
 彼女は、彪と手をつないで、再び歩き出した。
「……さあ、帰りましょう」
 ……彪は、幸せだった。
 満月の下、『浄化』された城内の清浄な空気の中で、同じく清浄な『気』を持つ暎蓮と手をつなぎ、彪は幸せな気分で『雲天宮』までの道のりを歩きつづけた。

 エピローグ 『家族』
 次の日、彪は、寝坊した。
 朝参にも間に合わず、そのため、朝一番でするみそぎもできずに、彼は泡を食って、衣装を整え、片手に占天省の単衣をひっつかむと、沓を履くのももどかしく、『清白宮』を出て、まっすぐに『雲天宮』へと向かった。
 宮殿入口で、山緑に会ったので、
「おはようございます!……遅れて、すみません!」
 と叫ぶと、山緑は、口の前に、人差し指を当てて、彼を黙らせた。
「え?」
「今日は、姫様も、……お寝坊なさっていらっしゃるんですよ」
「……ああ……」
 丸二日、ろくに休息もとらずに、働きつづけたのだ。暎蓮の普段の体力では、無理もなかった。
 彪は、ため息をついて、山緑に一礼すると、自分の部屋に向かった。自分で荒らした跡が、そのまま残っている。
 ちょうどいいから、それを片付けることにした。
 戸棚を開け、もの入れや長持に、ものを調整しながらきっちり入れていく。 彼にとっては、片付けというのは、パズル感覚で、面白いのだった。
 あらかた片付いた辺りで、最後の長持を手にした彼は、開いたままの書物数冊を、頁を閉じ、埃を払ってから、中腰になり、再び、長持の奥底に敷いた。その上から、日ごろは使わないものたちを入れていく。
 片づけながら、思う。
 ……まさか、これをまた手にする日が来るなんて。
「……ほかにも『古代邪術』を知っているやつがいるのか……」
 だとしたら、それは、間違いなく、悪人だ。
 彪は、あの『術者』の言葉を思い出した。
『なぜ、本気にならないんだ』
 ……あの、微かに覚えがある『邪気』。……あいつは、俺を知っているのか?
 自分では、思い出せない記憶。なにかが、引っかかっている。……それは、なんだ?
 そして。やつを逃した時の、あの苦い感覚。
「……あいつは、いったい、誰なんだ……?」
 彼は、正座したまま、つぶやいた。

 彪は、長持の中の一番上のスペースに、暎蓮に見せた、自分の持ち物である『張り子の犬』を、そっと乗せ、長持のふたを閉じた。それを、力を込めて、戸棚の一番奥に入れ、その前にほかのものを置いて、まるで封をするかのように長持をしまった。
 戸棚の扉を、ようやく閉める。
 息をつき、彼は、言った。
「とりあえず、今は。……終わりだ」
 考えるのは、よそう。
 彼は、自分の頭の中の疑問に、蓋をした。

 その日の昼ごろ、暎蓮はようやく起きてきた。急いで、身だしなみを整え、彼女も、みそぎもせずに、まず彪の部屋へと、足早に歩いていると、彼の部屋から、美しい笛の音色が聞こえてきた。
 ……『王可玉光』だ。
 昨日よりも、ずっとうまい。
 暎蓮は、なんとなく、彼の邪魔をしたくなくて、曲が終わるのを部屋の外で待った。
 ……やがて、曲が終わったので、少しの間を空けて、
「……彪様?」
 と、声をかけてみた。
 彪が、立ってきて、部屋の戸を開ける。
「ああ、お姫様。……おはよう」
「お、おはようございます。……す、すみません、お待たせしてしまって」
「疲れてたんだね。無理もないよ。……実は、俺も今朝寝坊したんだ」
 彪は言って、笑った。立ち話もなんなので、部屋に暎蓮を招じ入れる。
 暎蓮は、部屋を見渡して、言った。
「お片付け、なさったのですね」
「うん。あれは、あんまりな部屋だったからね。あれじゃまるで、以前の扇様の部屋だ」
 扇賢の部屋は、以前はものがあふれ、荒れていたが、暎蓮が管理を始めて、清潔を保ちだしていたのだった。……彼は、女官や侍女に、自分の世話をさせるのが好きではないのだ。彼の持ち物に手を触れていい女性は、暎蓮だけと決まっていた。
「どうぞ」
 彪は、暎蓮のために、上座をもうけた。
「失礼します」
 暎蓮は、礼を言って、座した。
「今のお笛……お上手でしたね」
「ありがとう。……あれが本番で出せないっていうのが、いかにも俺だよねえ」
 彪が、情けなさそうに首をかしげた。暎蓮は、くすっと笑った。
「まあ、『儀式』はしょっちゅうありますから。機会はまたすぐ、来ます」
「やめてよ」
 彪は苦笑した。
 暎蓮は、片づけられた部屋を見て、この前、彪が、四つん這いになって見ていた古そうな書物のことを思い出していた。……大事そうなものだった。
 彼女は、心の中で、思っていた。
(この二日間で、私は、この方の様々な面を見た気がする。この方は、私にとって、本当に大切な方。それだけは、わかる。でも。……この方には、まだ、私の知らない面がたくさんあるんだわ。どうか、それが、『影』ではないことを、願いたい……)
 彼女は自然に目を伏せ、『天帝』に祈りをささげる時の気持ちになっていた。
 そこへ、
「彪様。姫様。こちらに、あらせられますか」
 部屋の外から、山緑の声がした。
「ええ。……いるわ」
 暎蓮が答えると、山緑は、
「『太天宮』の扇賢様からのお使いがいらしています。『お二人とご一緒に、ご昼食を』と」
 と言ってきた。
 彪は、笑顔になって、
「行こうか、お姫様」
「はい。……そうですね」
 二人は、立ちあがった。部屋を出ながら、彪が言う。
「あの調子だと、扇様もきっと、今朝は寝坊したんだよ。昨夜、宴で呑み過ぎたかなにかしてさ」
「そうかもしれません」
 二人は、声を上げて笑った。
 
 彪、暎蓮、扇賢は、『太天宮』の一室で、三人で食卓を囲んだ後(扇賢もやはり『寝坊した』と言っていたので、今朝の朝参はなかったとのことだった)、そろって、『雲天宮』に戻り、居間でくつろいだ。
 天気がよく、居間の御簾を上げると、『雲天宮』独特の、景観のいい庭が見えて、気分の良くなった三人は、縁側に陣取った。
「……そうか、ばあさんの死因は、『術者』がな……」
 そう言う扇賢に、彪は言った。
「将太院様には、お知らせしないほうがいいと思うよ。お心の傷が深くなるだけだからね」
「そうだな。……じいさんは、よく暎蓮にちょっかいを出すが、ああ見えて、本当は、ばあさん一筋だったんだ。ばあさんが死んだ時は、泣いて泣いて、寝込んだくらいだったしな。今後も、まあ、歳だから当たり前だが、ほかに妻を持つことはないだろう」
「将太院様のご気性は、扇様に似ているね」
「それだけは勘弁してくれ、あのヒヒじいさんのようにだけは、なりたくない」
 扇賢は身震いして、言った。彪と暎蓮が、それを見て笑う。
 そこへ、暎蓮の子猫、『茶名』がやってきた。まっすぐ、暎蓮のもとへ向かい、かわいい声で鳴く。
「茶名」
 暎蓮が、声をかけ、『茶名』を抱き上げた。膝に乗せると、『茶名』は、おとなしく、なされるがままになっている。暎蓮が、その頭を優しくなでた。
「茶名、俺のところに来い」
 扇賢が、手を伸ばし、暎蓮の膝から『茶名』を取り上げて、自分の胡坐の中に入れた。なでてやると、『茶名』は気持ちよさそうにした。胡坐の中は安定しているのだろう、体勢を変えて、楽な姿勢を探しているようだ。
 彪は、その光景を見て、思った。
(お二人に、子供ができたら、きっとこんな感じかな)
 彪は、庭に目を移した。花が植えられている植込みの辺りを眺めながら、世虞と星砂のことを思う。……彼らは、今日にも城外に出るはずだった。
(世虞さんと星砂様も、こうして、『灯梅』を育てたんだろうな。……だけど)
 『灯梅』のことは残念だったが、あの時、暎蓮が言ったように、あの二人にもまた、いつかは新しい家族が増えるかもしれない。そして、今の暎蓮たちには、『茶名』がいるし、いずれは、本当に愛らしい子供が生まれるだろう。
(扇様、お姫様、どちらに似ても、かわいらしい子だろうな)
 彪は、そう思うと、ほほえましげに扇賢と暎蓮の夫婦を眺めた。
(『天帝』様)
 彼は、天に向かって、祈った。
(いつまでも、お姫様が扇様とともに、幸せでありますように。……お願いいたします)
 その時、彪の膝に、なにかが乗ってきた。
「え?」
 目を開けて、膝を見ると、『茶名』が扇賢の腕の中から逃げ出して、彪の膝に乗っている。
「ちゃ、茶名ちゃん?……お父さんは、あっちだよ?」
 必死に扇賢を指さすが、『茶名』は、彪が気に入ったようで、彼の膝の上で丸くなり、目を閉じてしまった。
 扇賢が憮然として、
「暎蓮といい、茶名といい。どうしてお前たちは彪のほうにばかりいくんだ」 と言う。
 暎蓮が、笑いを隠しきれないように、言った。
「それはやはり、扇賢様と彪様が似ておられるからでは?……だからこそ、私たち三人の相性は、どこをとっても抜群なのです」
「俺と彪が似ている?……うそをつけ!……俺は子供のころ、こんなチビじゃなかったぞ」
「それはこっちの台詞だよ!体力だけが取り柄の扇様にあれこれ言われたくないね」
 扇賢の言葉に、彪も反論した。暎蓮が、彼らの間に割って入る。
「お二人とも、落ち着かれて。仲良くするのは、家族の基本ですよ」
「だったらもうちょっと、兄貴を尊敬するとかしてくれないとな」
 扇賢が、要求を出した。
「それなら、それだけのことをしてからそう言ってよ」
 二人は、遠慮なく言い合い、ついには笑い出した。そこに暎蓮も加わる。
「……茶名。あとで、彪お兄様に、遊んでいただきなさい」
 暎蓮は、手を伸ばして、彪の膝の上の『茶名』の頭をなでて、言った。
 ……『彪お兄様』。……俺が。
 彼の胸が、温かくなった。……本当に、『家族』みたいだ。
 暎蓮と扇賢が、並んで、優しく微笑みながら、『茶名』を抱いた彪を見ている。
 彪は、幸せのあまりに、わっと泣き出したいような、そんな気持ちになって、膝の上にいる『茶名』をなでるふりをして、涙がこぼれそうになるのをこらえた。
               (終)
淳虎
2019年06月22日(土) 17時38分32秒 公開
■この作品の著作権は淳虎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
『宮廷巫覡』彪と、彼の上司であり、憧れの年上『斎姫』の暎蓮の大冒険、第2弾です。今回からは、今後の展開のカギとなるかもしれない、謎の人物が出てきます。二人の冒険はもう少し続きます。お気が向いたら、お目を通して頂けたらうれしいです。宜しくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  淳虎  評価:--点  ■2019-09-02 15:53  ID:ug0hktLZ7QM
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ナカトノ マイ様

いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ご返信が遅くなりまして、大変失礼いたしました。申し訳ありません。

彪と暎蓮の冒険は、もう少し続きます。
もしお気が向かれた際は、またお付き合いいただけると嬉しいです。

今後もよろしくお願いいたします!
今回もありがとうございました。
No.1  ナカトノ マイ  評価:40点  ■2019-07-12 00:29  ID:FLHCVOVt6M.
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今回のお話もとても面白かったです。前回よりも愛情深まり、謎も深まり。今後の展開が楽しみです。
総レス数 2  合計 40

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