桜色のカボチャ売り/港町のロウソク送り
◇桜色のカボチャ売り


 大感謝セールで仲良く売れ残ったカボチャ達が、大鍋にぐつぐつ泳いでいる。今年の厳しい冬を跨いだカボチャ達だ。幾ら日持ちがすると言っても、色がぼけ始めている。茹でて発色が多少良くなっていても、皮が干からびたような、元気のない色合いだ。そんな旬を過ぎたカボチャだが、それを今が食べごろの春タマネギで補いたい。売れ残りを、採れたてで、カバーする。美味しくて素敵な関係。
 とんとんとんと、涙まみれになり、タマネギの群れを微塵切りにして、フライパンにヤギのバターを敷き、飴色になるまで炒める。
 それから茹だったカボチャを、冷水に浸からせ、熱をとっていく。とらないと熱くて皮をむいて実を潰すのに一苦労だし、とり過ぎてもこわばっていけない。ゆっくりと時計の針が午前二時を回る夜。心地よい風を通しながら、女の子は読みかけの本を手に取る。
 これから、カボチャを潰して、タマネギとカボチャをまぜまぜして、俵型に整形し、高温でさっと揚げ、既に火は通っているので衣だけを揚げる感覚で良い、それらを古新聞紙に包み、通りの荷台にまで運ばなければならない。
 量が量だけに大変だ。目標は百個だ。
 だが月は明るく、風は温かく、夜は長い。女の子は本のページをゆるりと繰りながら、遥か西の島々を海賊たちと旅するのだった。

 * * *

 商材を運び終えると、荷車はまんたんになった。小麦色の敷物が丸められていて、瓶とお弁当箱が積まれている。そこに樽のような大きなサーバーと、新聞紙の包みが形を崩さないようにどさりと詰められている。
「遅いじゃないか」
 白髪のおじさんが、酒を片手に、怒鳴るように話しかける。
「そっちが早すぎるのよ。まだお月様もがんばってるし。えっと、午前、四時、二十六分よ、まだ」
「遅れることはあっても、早過ぎるってこたねえよ」
 残った酒をくいっと飲み干す。気が早い。
「わかったわかった、わかったわよ。わかったから行きましょ」
「そう、怒んなよ」
「先につっかかったのは、そっちでしょ」
「まあ、なんつーか、冬の間中、こう、待ってたもんでよ。気がせいちまって、駄目だな、オレは」
 心の起伏が極端なのは酒のせいだろうか、ここのところの陽気のせいだろうか。女の子が、何と声をかけたらと腕組みしていると
「まっ、行こや。ウチらは宴会、嬢ちゃんは商売。酒と金の共同戦線ってなもんだ。影虎丸、行くぜい! 嬢ちゃん、道中でへこたれんなよ」
 心は一気に一等航海士だ。どうやら待ちぼうけて、相当、酒を飲んだらしい。
 女の子はにまっとし、それに乗ってやる。
「そうね。行こう、影虎丸! いざ桜山へ!」
 荷物を詰め込んだリアカー、影虎丸はそうして港町から桜山へと登っていく。

 * * *

「ちょっと待った」
 おじさんは、そう言うと腰を下ろし、酒を手にする。
「なによ、急いでるんじゃないの? これで三回目じゃない」
 足を止め、手を止め、聳え立つ山を見上げる。女の子は、遠景のそれが薄紅色に染まっているのに「これ! 桜? 桜!」とはしゃぎ、徐々にピンクが深くなるにつれて、興奮も高まっていた。実際にふれられるわけでもないのに、手にふれるところまで来たらどうなるのだろう、とイメージはどんどん広がっていく。じれてしまう。
「なあに、桜なんて、昨日、今日で、とんずらしねえよ」
「もう、お昼時には開店準備を終えたいんだから」
 商売っ気で、興奮をごまかす。
「まあまあ、足を休めな。ここからの坂はきついぞう」
 港町には海があり、土地は波に削られ、坂道は多い。特にここから山に続く道は、一層、傾斜が厳しいようだ。女の子は、おじさんが休む時はなるたけ平らなところ、荷車が傾いて転ばないところを選んでいるのに、思い当たった。腰掛けながら体を丸め、汗をかきかき空を見上げるおじさんを見つめる。
「おじさん、ここは何度目?」
「何度目かなあ? 何度目だろ。随分と来たもんだなあ」
「わたしは初めて」
「うん、良いぞう、桜は」
 トンビが、ピィヒョロロロロ、と鳴いた。天気予報通り、雲はない。日は少しずつ高くなっていた。
「だが、急くこたぁない。嬢ちゃんはこれからいろんなもんを見れるんだから。いろんなところに行って、いろんな旅をして。で、出来たら恋人を作って、家族を作って、子供を作ってな。でも、何も慌てるこたぁない。時間はありあまってらーな」
「んっ」
 女の子はその穏やかな時間を、おじさんと過ごす。

 女の子は桜山を見上げ
「ほら、山の入り口がピンクがかった白。その上に深緑の季節の始まりの色。そっから青い空が広がって」
「嬢ちゃんはポエミーだねえ」
「うるさいなぁ」
 そう言うおじさんは、ブラウンのコートがおろしたて。女の子も、洗濯したての半袖シャツにジーンズ姿。
「でも、桜が来て、待ち焦がれた春になって、それを詩に書き留めようって気持ち、何となくわかるなあ」
 女の子もおじさんも、ゆるりと身体を遊ばせていた。

 * * *

「そろそろ行かなくちゃ、今は何時かしら、えっと」
「なーに、慌てなさんな。そろそろだ。時計台が九時を告げるまで、待とうや」
 確かに、ここらの切り立った山には大きな教会があって、それに負けない大きな時計台が備わっている。女の子は未だ見たことは無いけれど。
「えー」
「えーとは、何だい?」
「知らないの? 教会の大時計、壊れてるのよ。鐘なんて鳴らないどころか、時間すら正確じゃないって」
「直ったんだよ」
「だからぁ、また壊れたのよ。五年くらい前に直って、二年くらい前にまた」
 おじさんは、ふふんとし
「ところがどっこい。またまた直ったんだな。今年の冬に、腕利きの時計工を呼んでさ。全く、あの神父ときたら、執念じじいだねぇ」
「えっ? ほんと?」
「本当だよ」
「嘘じゃない?」
「嘘をついてどうすんだ」
「うん、一度、聞いてみたかったのよね。鐘の鳴る音。どんな音するのかしら? ね? ほんとにほんと?」
 山の上の方から、高い鐘の音が響いてきた。少し芯に残り、やがて心地いい。
「ほんと、だったね」
「な?」

 * * *

 女の子は出店に座っている。港町のカボチャショップ、桜山支店、なんて通り名を密かにつけたりする。と言っても、あらかじめ用意されたテーブルと椅子が一脚あるだけだが。
 桜山はその登山口に桜が広がる。一本の並木通りが、五百メートルは桜に染まるのと同時に、その周りの道なき道の木々にも桜が伸びている。観光のために植えられたわけではなく、天然のものだとは、崖の危ういところに植わっていて、それが却って風流だねぇと客を呼ぶところからもわかる。とにかく道沿いに縦に桜が並ぶだけではなく、横にも桜が広がっているのだ。
 通りには人が行き交い、あちこちから拍手や音頭が聞こえたり、子供の高い金切り声が響いたりした。
 出店は十店ほど、その桜通りの入り口に並んでいる。女の子のカボチャ屋も、その一つ。

 * * *

 荷車から商品を、机に並べ終えたのは昼の稼ぎ時にぎりぎり間に合うかどうか。量が量だけに一仕事だった。
 隣の出店は、花びらのついたノボリを立てている。「美味、桜餅」と刺繍してあるそれが、海からの風に揺れている。この出店は女の子が来た時には既に商品を陳列していて、それだけではなく荷車にアイス用の氷の塊まで運んで来ていて、会計用と商品受け渡し用の売り子を二人並べて、フル稼働だ。店のオーナーの若旦那は、それを見ながら、他の出店の様子もチェックしている。女の子の小さな店も例外ではない。若旦那の方から話しかけてきた。
「おやおや。随分と、こなれない様子で。あんた、はじめてかい?」
 女の子は商品名と値段のついた紙を机の前に貼りながら
「あっ、はい。はじめてです。ここに来るのも、桜を見るのも」
「いやいや、出店の経験は?」
「ない、です」
「どうも素人全開でほっとけないんだよねえ」
 若旦那は気さくな喋り方をするが、声は笑っていない。
「商売は、はじめてってことはないだろね?」
「いえ、街のメインストリートから三つ、道を外れたとこ、そこでカボチャ屋をやってます」
「カボチャねえ、カボチャ屋がコロッケねえ」
「あっ! それカボチャコロッケです。ジュースもあるんですよ」
「カボチャコロッケって。あー、あの甘いの。俺、苦手なんだよね。無駄に甘くて。ジュースもカボチャのジュースだったりするんかねえ」
 女の子は張ったばかりの机の値札を指さす。
「あたり」
 丸っぽい字で、カボチャジュース、と書かれていた。
「うーん。肉じゃがコロッケとか、リンゴジュースとか炭酸水の方が、売れると思うけどなあ」
 若旦那は値札に目をやり、そこに書かれた文字を確かめた。その下の数字に、声が漏れてしまう。
「ああっ!」
「えっ? 何か?」
「コロッケ一個六十円! ジュースは五十円!」
「はい」
「破格じゃないか! 安すぎだろう」
「えっ? わたしには、そっちの店の方が、高く見えるけど」
「相場を知らんのかい? 最低この二割は足さないと」
「いいんです、カボチャを美味しく手軽に、がモットーだから」
 女の子はそう言うと、笑った。

 * * *

 太陽は雲に隠れることなく、ぽかぽか陽気になった。お陰で、若旦那のところのアイスと、女の子のジュースは飛ぶように売れた。大きなワイン樽のようなサーバーからとろりと流れるお日様色の液体は、花を見に行く人の小さな話題にもなった。
「売れてるねー。素人商売、全力発進って感じかい?」
「暑いですから」
「ああ。天気がいいからねー」
「これが雨だったら、悲惨、なんでしょうね」
「そんなもんじゃないよ。人は来ないし、売り子のテンションは落ちるし、最悪」
「うん、晴れって最高」
「まっ、どーでもいーけどさ、あんたもジュース値上げしといたほうが良いよ。こっちの、アイスは、二十円釣りあげといた。一緒にさ、こういう時こそ、一緒に儲けようよ」
「はは、値上げかぁ」
 女の子は申し訳程度に、笑った。

 * * *

「お父ちゃん、おやつー」
「待て待て、ここも高いぞ。あっちもそうだったし。流石にどこも祭り価格だなぁ。まいったな。嫁さん、はらませちゃって、小遣いけちりそうなのに」
「父ちゃん父ちゃん」
「んな駄々こねてもな。って。んっ? ここなら何とかなるか」
「いらっしゃい!」
「お嬢ちゃん? 店番? えらいねー。えっと……このカボチャコロッケ一つと、ジュース二つ」
「ありがとでしたー」
 女の子は、桜へと向かう親子に、ちょこんとお辞儀をする。

 * * *

「コロッケ三個」
「どうもー」
 女の子は袋を取り出し、新聞紙にくるんであるコロッケを入れようとする。すると赤ら顔の老人は顔をしかめて
「いや、袋はいい」
「えっ? 袋はいい?」
「袋は、いらない」
「あっ。そっ、ですか。はい。お気をつけて」
 去り際の背中がもそもそと動いている。歩きながら三個も全部コロッケ食べちゃうのかな、と女の子はぼんやりと見送る。桜の花びらの下で、慌ててほうばるのも、悪くはないんじゃないかなと思う。

 * * *

 日は少しずつ傾きつつある。日光が消えても、桜通りの樹には一つ一つランプが取り付けてある。ほの明るい通りの主役は、家族からカップルへと変わっていく。彼らの方が財布のひもは軽い。闇で桜が見えなくなるところでも、酒が増えて、会話が滑らかになれば、空間は楽しいものになるだろう。むしろここからが本番なのだ。
「それにしても、大丈夫かなあ」
 隣の出店には、まだ大量に桜餅とアイスが売れ残っている。元々の量が女の子の店のそれよりも随分と多いのに加えて、強気の値段設定が足かせになっているのは確かだ。
「かわいこちゃん、ジュース三杯」
 髭のいかつい、筋肉で太った男が、指を三本立てている。自分の商売を頑張らなくっちゃ、と女の子は仕事に集中する。
 ジュースサーバーから微かな違和感。ちょっと前から続いていたのには気づいていた。反応が鈍くなっていた。それが、コポコポと音を立てて、ジュースが止まり、泡の塊が吹き出し、やがてその流れも止まった。ついに来たか、と女の子の顔が険しくなる。安全スイッチを外し、樽型サーバーの蓋を開けると、果たしてそこには肩を縮めた水溜まり程度の残りがあるだけで、ほとんど空っぽに近かった。ストックが切れたのだ。
「ごめんなさい、売り切れです、すいません」

 * * *

 晩餐時になって、食も酒も会話も宴会芸もピークを迎えていた。人々はふらふら桜通りを行きかう。
 おじさんは漁師仲間の宴会を抜け出し、女の子の出店にやって来た。「トイレのついでだよ」と言い訳を考えながら、カボチャの出店に近づいていく。おや、と思った。その一角だけ綺麗に客がいないのだった。空間がぼんやり空いている。寂しさを持ち前の移り気な性格で、陽気に切り替え、女の子に「よっ」と声をかける。
「嬢ちゃんにはきつかったかい」
「ううん」
「何てことはねえ、あのジュースの何だっけ、取り合えず身体にいいって。そいつとコロッケ、ウチの若い奴らに、十五個ずつ、包んでくれや」
「それがね、売り切れちゃったの、カボチャコロッケもカボチャジュースも」
「なっ、なんだい。商売繁盛じゃないかい。心配しちまったぁ。なんだ、よかったじゃねえか。こっちも安心して酔えるってもんだ。じゃ、宴会おわったら、荷物もって、ここに来るからよ。それで仕舞いだ。なに、帰り道はウチの居残った奴らと一緒だから、楽なもんよ」
「うん」
「売れてよかったな。頑張ったじゃねぇか」
「うん」

 * * *

 夕飯代わりの軽食の波が終わった。あとは宴も商売も惰性で進んでいく。若旦那は一息つくと女の子の方に足を向けた。
「安売りをして、早々に売り切れじゃ、みっともないな」
「うん」
 女の子はぼんやり、密度の薄くなった人の群れを眺めている。
「商売ベタだねぇ」
「もっと、仕込んどけば良かった」
「前も言ったように、天気があるからね。売れ残りは怖いよ。でも、値段なら臨機応変に変えられる。高めで勝負すべきだったんだ」
「ううん」
 女の子は当たり前のように返事をした。若旦那は、失意のあまり話が聞こえていなかったんじゃないかと疑い、その顔を見つめたが、女の子の目は凛としていた。
「これでいいのよ。カボチャの良さを伝えるために、頑張ったんだから。カボチャってね、安い野菜だからね。貴重なキノコだったり、豪華なフルーツだったり、レストランでふんぞりかえれる食材じゃないの。でも、その代わり、家庭でも、食堂でも、気軽にふれられる。桜の前でだってそうでいたい。カボチャって安いものだし、安いのが良さだから。それに大損をしたわけじゃないし、儲けも出たのよ」
 話しているうちにどんどん言葉は溢れ、想いは広がっていく。目の前でカボチャを食べた人の笑顔が見れた。将来はちゃんとした大きなカボチャのお店を建てるのが夢だけど、やっぱりカボチャレストランは併設したい。もっと本格的なベシャメルソースをかけて、あつあつのカボチャクリームコロッケを提供したい。みんなをカボチャで笑顔にしたい。色々と言葉は溢れて、女の子は色々、喋ってしまった。
「ごめんなさい。つまらなくなっちゃったね。ほんとカッコ悪い。明日から、頑張ります」
 若旦那は一つ息を吐き、それから口元を緩めた、ように見えた。
「うん。あんたは商売ベタだね。でも、商売人として失格じゃあない。しっかりしたアキンドだよ。ほんと。いーねー。若いってのは」
 ゆるりと夜空に浮かぶ月を見上げながら、若旦那はこう言う。
「まっ、俺も若いんだけどね。あんた、桜は初めてなんだって? 俺らが店番してやるからよ。まだ小一時間はあるだろ。抜け出して、見て回りなさんな。ゆっくり夜桜見物なんて、乙なもんさね」
 若旦那は自分の店に戻りながら、一際大きな声で付け足す。こちらは商売上手だ。
「嬢ちゃんの店は商品、売り切れちゃったんだってなあ。こっちも、うかうかしてらんない。売り切れちゃうよ。でも、今日は絶好の桜日和だ。月も笑ってらあ。こっちも、値下げしてラストスパートってなもんさ。アイス二十円引き、桜餅三十円引きと来たもんだい」
 一部始終を覗いていた店子が笑った。道行く人は、わいわいと騒めきを、流れていく。一つ海風が吹き、散った花びらが空を舞う。女の子はくっと伸びをし、月と桜を見上げ、そこにランプに照らされた綿飴のような淡い白と微かな葉桜の緑を見つけ、そんなことを改めて喜び、桜通りの真ん中へと足を運んだ。




◇港町のロウソク送り


 ロウソク送りは、「八海放浪記」で有名な、夏の祭事です。春の終わりに街へと帰ってきた死者の魂を、また向こうに送り返す為に、その道しるべとなるロウソクを川に浮かべ、海へと流したことを端とします。祭りに使うロウソクは、十日前から火を灯され、そしてその火が消えずに海に渡されると、その役目を果たします。近年では、ロウソクに願いを込めて、それが海にまで届くと、願いが叶うとされています。多くの旅人が訪れ、幻想的な

 そんなガイドブックの一ページを見つけたのは、冬の初めだった。その時は「よくある祭りね」なんて印象だったのだが、何故か小骨のように刺さっていて、市の図書館なんかで調べているうちに、「面白そう」となり、十年来の旅仲間と一緒に、ちょっとした旅行の計画まで立ててしまった。連れは恋人同士の甘い一時なんて素敵な男性ではなく、メガネをかけたひょろ長い女の子だ。
 夏が来た。心配していた天気も快調。片道一日半で、二泊三日する旅は、楽しいものになる。そんな予感がした。港町への旅だ。

 * * *

 街の中心を訪ねて、少し安心したと同時に、がっかりした。わたし達のような旅人、茶色の二十代や三十代のカップルが山盛りで、それは地元民よりも多いくらいで、ホームグラウンドみたいに堂々と行き来している。
 それを目当てにした露天も、ロウソクを置く小さな舟の商人を中心にして、真珠貝のようなイカサマ貝のようなものの小物売りやら、靴磨きの少年やらが、ずらりと並んでいる。祭りの前日から訪ねるなんて少し特別だと思っていたけど、わたし達は、そう、ありふれていた。
 しかし、旅仲間の友人は、学生時代からめーちゃんと呼んでいる、めーちゃんは潮風に伸びをして空気をいっぱいに吸って
「うーん、匂いから違う。海だね。海」
「そんなに興奮することないじゃない」
「えー? なんでそんな冷静なのー。海だよ、海。一回来たことあるからって冷えすぎ。キミは、もう、ウミを知ってしまったのだな、あのカオリを。なーんて」
 あはは、とハイテンションだ。わたしも少し興奮しているのだけど、いやけっこう興奮しているけど、めーちゃんのように素直なタチじゃないのだ。海に来たと言っても、あれは何年も前に列車で通っただけだったし、雨に降られてどんよりとした水で、残念なものだった。この港町は海と夕日の美しさで有名だし、今日は快晴だし、風がくすぐったい。

 * * *

「ここのメインストリート、港へ直通だって」
「そんな商売になるようなとこはつまらないよ。少し歩くよ、めーちゃん」
「あのー、人通りからどんどん離れていってる気がするんだけど」
「それがいいんじゃない。地元民が愛の告白に使うような砂浜なのよ」
「またー、盛っちゃって」
「確かに誇張、入ってるけどさ、そーゆー、いいとこ、なのよ」
「でも、何で告白が海だったりするのかな」
「特別なのよ」
「でもさ、それより普通の何気ない、この映画が良かったとか、今日はちょっと暖かいねとか、その続きとしてとかさ」
「海はロマンなのさ、めーちゃん」
「告白ってさ、何で特別なんだろね。波がどばんとして、風がきつくて、断崖絶壁で」
「スイマセン、ワタシガヤリマシタ。そりゃー、コクハク違いだ」

「あれ? あの鳥、大きいねー」
「トンビじゃないかな」
「鳴き声がもののあわれだねぇ。笛を吹いてるみたい」
「んっ、波の音」
「しないって」
「した気がするんだけどなー」
「でも、もうそろそろのはず」
「んっ? 海?」
「えっ?」
「この家の間の路、ほら」
「わぁ」
「んん」

 潮風で茶色く湿気った民家の後ろに、青い海が広がる。道は石の階段になって、その先に砂浜が広がって、波が広がって、海がある。雲の白がコントラストを彩るほどに空の青は濃い。
 階段を降り始める。海と高さが近づくにつれ、波の音も近くなっていく。
 ザァー……ー………ザァー…ー……ー
 青にポツンとサーフボードが浮かんでいる。サーファーが波と遊んでいる。
「いいね」
「うん。いい、いっ」
 足がぐらんとした。まだ階段の石段が続くと思っていたのだ。足首が捉えたのは、柔らかく沈む砂。
「うわっ」
 派手に転んだ。一回転した、と思ったのだけど、多分、すっころんだ感じなんだろう。さらっとした砂。顔を上げると、青い海に白い波。太陽と空。
「ははは」
「失礼な、めーちゃん、ちっとはこっちの体を心配してよ。ははっ」
「ははは」
 空が広い。海が広い。笑っちゃうほど、広い。
「偉大な母なる海の元、足元の一段差にすっころぶワタクシ」
「ははっ、けっさく」
「ふふ、旅は人を詩人にさせるのだ」
「なんちゃって」

 * * *

 砂浜は少し黄色が混じった白がさらさら。それが波に洗われるところまで来ると、土色に水を含んでいる。靴を脱いで、靴下を脱いで、波打ち際に足を浸した。ミニスカートとはいかないけれど、思いきった半ズボンだったので思ったよりも奥まで進んだ。ズボンも濡れてしまったけど。めーちゃんは、当然のように、わたしの隣で、足で波を、海を味わっていた。
 砂浜には簡単な売店が建てられようとしていた。流石に飲み物やパラソルはまだ売っていないが、日陰になるには十分で、髪の長いあんちゃんがそこで休んでいるのか、作業しているのか、緩慢に動いている。
 よく見るとぽつんぽつんとサーフィンをしている人、ヨットのようなウィンドサーフィン、もちろん初めて見るのだけど大きい帆付きのサーフボードだった、をしている人がいた。
 波際で赤いドレスを身にまとった美少女。これは本当に目がくりくり愛らしく、くちびるが艶っぽく、足がすらり生えている。それを撮影しているカメラマン。なんと女性カメラマンでそれも彼女もモデルかと思えるほどに凛としていた。彼女の周りには人だかりは出来ずに、野次馬のおじさん三人だけで、わたしたちも含めたら五人か、次々と色々なポーズや表情を見せる少女になんというか見入ってしまった。同性ながら、見惚れていたと言ってもいいかもしれない。少女がそれから銀幕にデビューするかどうかは知らないが、似たような噂を耳にしたら、今日のことを思い出して、少し自慢したい気持ちになるだろう。サインを貰うことなく、撮影を見届けることなく、海岸から離れた。空腹には勝てない。
 地元民が通いそうな、学校の食堂をそのまま店にしたような、おばさんが営む定食屋に足を運ぶ。めーちゃんは、おばさんオススメの、と言っても観光客にとってオススメなのだろうけど、アジフライを頼んだ。わたしはちょっと前に入った白髪の太ったおじちゃんの頼んだのと同じ、メンチカツにした。
「海に来たのにー」
「いかにも初心者な、ありきたりでしょー」
「ありきたりでも、王道だよー。王道の海の幸」

 メンチカツは美味しいことには美味しいけど、それは街の洋食屋の馴染みの美味しさだった。なんか損をしたような、でも美味なことには美味なんだしと言い訳しながら、食べた。めーちゃんからおすそ分けしてもらったアジフライは確かに素晴らしかった。凄まじかった。身は厚く、ふかふかしていて、味は濃い。そのくせ魚臭くなく、油の上品な香りまでする。普段食べているのと同じアジとは思えなかった。アジ科でも別種と認定してもいいくらい。
 旅宿での夕食は流石に王道だった。魚のあら汁やら、煮つけやら、舌鼓を打ちつつ、会話が弾んだ。口が賑やかだった。

 * * *

 遠い市の図書館まで行って調べたことには、ロウソク送りには「通」の楽しみ方がある。如何にもな観光客を狙った露店のロウソクではなく、地元民が使うロウソクを扱っている祭儀屋が、メインストリートを大きく外れたところにある。二階建ての民家ばかりが並ぶ路地に入って「騙された」予感に浸されながら、「めーちゃん、こういう道こそ、われら旅人が行く道なのだ、道なのでしょ」なんて強がりを言った。ようやく大きな看板の祭儀屋を見つけた時は、ほっとした。

「へー、ここを見つけるたぁ、お嬢ちゃん、なかなかに乙な趣味だ」
「流石にちょっと迷いました」
「確かに教会や礼拝堂じゃ、ロウソクはもう売ってない時分だ。でも、元はここのを使ってんだよ。こっちがオリジナルってもんだ」
「はあ、本当の通は教会まで」
「なに、地の人もそこまでこだわらねぇ。大事なのは形じゃなくて気持ちだからな」
「わー、このお面、東の島のシーサーみたい」
 めーちゃんは、店をあれこれ物色しながら、浮かれている。
「おう、それは」
 マジメなわたしは話を本線に戻す。
「それでロウソクは、どんなのがあるんですか? なるたけ現地の形式がいいんですが」
「願い事は決まってるんかい?」
「いえ、まだ」
「えー、決めてないの?」
 とめーちゃん。
「うーん、直前の夜に決めようと思って」
「計画性ないー。ここまで行って、どうして決めてないの」
「だって、調べてみても、そんなにでかでかと載ってないもの。お願いが叶った話とか」
 おじさんは大げさな身振りで、
「はー、やっぱ願い事しなきゃ、わざわざ折角ここまで来た甲斐なかんよ。願い事をするのはさ、ほら、有名な八海放浪記にあるように、ああ、ロウソクに火を点ける時にするもんでさ。最近の観光客は、もう火が付いたのを使っちゃうだろ。なんか『しきたり通り二週間も前から火を灯し続けたロウソクです、願いの効き目はばっちりでしょう』みたいなん。ああいうのは、本末転倒。本末転倒。赤の他人が火を点けたのなんてね」

 勧められるまま、まだ火のついてない現地仕様の細長いロウソクを買うことになった。台の小舟と一緒にリュックに詰める。身軽にしていたので、追加分がズシリとする。
 それにしても火を点けるまでに、願い事を決めなくちゃいけない。両親が望むのは「孫の顔を」「その前に結婚を」だろうし、普通の女の子なら「理想の彼氏を」なのだろう。でも、なんと言うかそういう甘いものからは距離を置きたい気分だし、ロウソクの火に灯すのは、そういう遠いものではなくてもっと身の回りの幸せと言うか。うー。わたしの幸せってなんなんだろう。
「めーちゃん、願い事、決めてるのよね」
「うん、旅の前から決まってる。前の、何だっけ、大聖堂のフラスコ画を一緒に見に行った時も、お願いしたけど、それと同じかな」
「なによ、何をお願いするの」
「ひみつー」
「じゃあ、わたしもひみつ」
 なんて言ったけど、ほんとうは秘密にするような願いごとなんて、まだ決まってない。

 * * *

 ロウソクと台の入ったリュックを背に、近くの通りを散策する。海を気に入っためーちゃんから、「あっち行こうよー」という訴えをどうにかナダメ、「こーゆーのも、旅ってもんよ」なんて、細い路地を雑に曲がる。
 何処をどう行ったのか、帰り道が少し心配になるくらいに、入り組んだ道を行く。まあ恥を忍んで人に聞けばたいてい何とかなるものなのだが、その人通りまで随分怪しい小路まで来てしまった。濃緑の木を目印に、こちらが商業区ね、と探り探り辿ると、妙に整った少しひらけた通りに出た。日が照っていて、ちょっとの間、昼寝できそうな、まどろみながら歩いていけそうなその道に、カボチャが並んでいる。赤、茶、黄、手の平サイズのものから、スイカサイズのものまで。そのカボチャの列の中心に女の子が、柔らかい、ぷにっとしてしまいたいほどの頬の女の子が、あぐらをかいて、本を読んでいる。
「カボチャ?」
 めーちゃんが、不思議そうに呟く。すると女の子は、目元をあげ、にいっとする。
「カボチャ屋だよ」
「へー、珍しい」
 わたしはそのカボチャのなかで、一つ異様なモノを見つめていた。カボチャはカボチャなのだが、その中身はくりぬかれ、その中にロウソクがちょこんと入っていて、火はゆらゆらと揺れている。めーちゃんもそれに気づいて指差し
「あっ、かわいい。ほら、かわいいよ」
「うん、かわいい」
 そう答えながら、何だか釈然としないものが残った。確かにかわいい。かわいいとも取れる。だけどそれ以上の不思議な感覚を第一印象は伝えていた気がするのだけど。でも、それを気のせいに、何となく通り過ぎてしまう感覚にしてしまう。わたしはそういうタチだ。
「こんな風にロウソクを飾ったりもするんだ。かわいいね、めーちゃん。ね、どうしてそんなことするの?」
 女の子は少し間をおいて
「えっ、うん、それは、おじいちゃんが昔いてね」
「へー、詳しく聞きたいな」
 とめーちゃん。次いでわたしの追い打ち。
「うん、わたし、いろいろ旅をしてんの、見聞を広げにね。そのお爺ちゃんの話、聞きたいな」
「いいけど、なんか暗くなっちゃうかな」
「いいの、いいの、そーゆーの知りたくて、こんなとこまで来たんだから」
「うん、お姉さんみたいな、旅をしているお客さん、ここではちょっと珍しいかな」
「迷ったともいう、えへん」
「いばることか」
 とわたしのジョークに、めーちゃんのツッコミ。

 女の子は、本にしおりを挟み、床に置き、ちょっとロウソクのカボチャを見つめ、次いで商売人らしいサービス精神の籠った、でもしんとしたトーンで話した。

「ぺンキ屋のおじいさんがいてね。南の大通りのペンキ屋さん。
 『今じゃ、隠居じじいだよ』なんてのが口癖だったけど、同じ口で『嬢ちゃんが店を持つようになったらどんな色を塗ろうか。やっぱりカボチャ色か? オレンジにイエローを混ぜたこんな色か? うん、柿みたいな色、いやいや夕日みたいな色だよ』なんて笑ってた。
 いつも口をもごもごさせて、ハッカ飴を舐めているみたいだった。
 首が傾いててね。こう、ふと話題にしてみたら、職業病だ、なんて少し自慢げだった。なんでかは聞けなかったけど。
 その秋の日にね、熱帯のような夜がちょっと続いた秋に、おじいさんの娘さんが来て。
 なんか、難しい病気の名前を出して、何年も前からおじいさんはそれにかかっていて、それで近頃は病気と折り合って仲良くやってるみたい、と思ってたら、突然悪くなったらしくて。それっきり。
 それでその、居なくなる前もおじいさん、何時もみたいに、カボチャを買ってて。今ごろから出回り始めるダイダイヒメカボチャの小玉。おじいちゃん、それ、食べれたのかな?
 わかんないけど。それも込めて、ね。おまじないみたいに、ロウソクに込めてるの」
 ちょっとしたトーンが掠めた。わたしたちは何も言えなかった。それを取り繕うように女の子は、声を一つ高くして、
「でも、見ての通り商売にしちゃってるのもあるのよ。確かに、お客さんに、珍しがられるからね。風物に、風情になるからね。うん、ちょっと、湿っぽくてごめんね。おしまい。
 えと、それで、このカボチャと同じ種類のは、少しお安くして銅貨で」

 * * *

 メインストリートにかかる石橋には、人がごったがえしている。観光名所でもないのに、記念撮影しようとしている人がいて、交通する人からじろっとした目で見られたりする。でも、潮風は柔らかで、水は穏やかで、空は晴れやかで、なんとも静かな夕日が落ちている。
 わたしはめーちゃんと一緒に、ぼんやりとそれに吹かれている。ぽつりと、思いきったというよりも、自然とその言葉は出た。
「ロウソク送るの、止めようね」
「うん、わたしも、そう思ってた」
「見送るだけにしよ」
「うん」
「なんだか、ごめんね」
「ううん、なんだかね、わたし、もっとこの街を楽しめれる気がする」
「うん」
「うん」

 * * *

 夜が来て、街はぽつぽつ、ちかちか輝きだす。道を行き交うロウソクの群れが、石畳の道を橋を人をぼんやりと照らす。そこから零れるように、明かりが川へと流れだす。水面は光によって橙に染まる。それが海まで一つのラインを作る。ロウソクを追って陽気に或いはしみじみと歩く人たち、その場所に立っていて移ろう街の明かりにしんみりとする人たち、賑やかな野鳥の串焼きの屋台へと早足する人たち。酒を片手に歌声に聞き入り、爽やかな夜風にお天道様に感謝する。様々な人たちが、ロウソク送りの夜を彩る。明かりは、広い海の浅瀬を点々と漂い、波に洗われ、ぽつりと消える。
えんがわ
2018年07月25日(水) 23時45分25秒 公開
■この作品の著作権はえんがわさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
春とカボチャ売りを書いた「桜色のカボチャ売り」と港町と旅人を書いた「港町のロウソク送り」の二編です。
どうか、よろしくです。

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