掌編八作
●月の欠片

 黄昏の卯の一角、ぽつりとひと雫、滴る墨のぽち。
 あれという間に、諸所に及び、黄昏は夜分の天幕を羽織る。
 夜陰を待ち兼ねた小童どもは、勝ちどきをあげながら、月の欠片を探しに。
 それは小鳥の嘆息ほどに、そこはかとなく白く瞬く。
 覚まさないように、こそりと摘めば、土蜘蛛の糸に結びつける。
 ゆるりと落とし込むのは、御父様から受け継いだ水器盃。
 盃の底には、醸造酒が澱んでいる。
 月の欠片は微酔い、ぼうと薄紅色に煌めく。
 やがて和めば、土蜘蛛の糸を緩やかに引き上げる。
 月の光を吊り下げながら、あちらこちらから集う小童ども。
 車座になり、薄紅色の煌を愛おしむ。
「きれいだね」
「きれいだね」

 巨人が午睡に取り掛かると、小童どもは抜き足で巨人の御屋敷に忍び入る。
 枕許にぷかりと浮かんでいるのは巨人の涙。
 巨人の午睡を遮らないように枕元に詰め寄ると、小童どもは涙を壺に仕舞い込む。
 巨人の涙は小童どもの学びの糧。
 書巻に注ぎ入れると、文字が生を取り戻し、溶け出しては川に帰郷する。
 数多の文字で溢れかえる川。
 小童どもはわれもわれもと、文字の川に身を躍らせる。
 水遊びをしながら小童どもは文字を習得する。
 巨人は小童どもが忍び入っていることを感じ取っている。
 それでも小童どもの学びの邪魔だてをする心づもりは更々ない。
 だからいつでも午睡を決め込む。

「なんで火星人はあたしたちに似ているの?」
「ぼくらが地球人に似ているんじゃないんだよ!」
「だってあたしたちとそっくりじゃん?」
「地球人が火星人に似ているんだよ!」
「なあんだ、そっか!」
 小童どもと火星人たちは互いを見つめてきゃっきゃっと笑いあう。
「きゃっきゃっ」
「きゃっきゃっ」

「ねえねえ、火星には神様っているの?」
「うじゃうじゃいるよ!」
 うじゃうじゃいる神様はうじゃうじゃいるので、時々家に上り込んでくる。
 鈴なりとなった神様は掃いて捨てる程に膨れ上がる。
 そして掃いて捨てられる。
「がさごそがさごそ」
 どんなに掃いて捨ても神様は入り込んでくる。
「がさごそがさごそ」
「がさごそがさごそ」

 やがて小童どもは床に就く。
 月の欠片もいい塩梅に酔いが回り、眠りにつく。
 巨人は小童どもの寝顔を思い描きながら安らぎの夕餉の席に着く。
 御父様たちは暖炉の前で紫煙をくゆらす。
 御母様たちは眠りについた月の欠片を集めて回る。
 そして一つにそろえてふうわりと空に戻してあげる。
 それを合図に火星人たちが仕事を始める。
 土蜘蛛の糸で編んだ織物を巨人の涙に浸す。
 軽く水気をきって夜空拭きを始める。
 あちらでもこちらでも、漆黒の空から夜が拭われていく。
「ごしごし」
「きゅっきゅっ」
「ごしごし」
「きゅっきゅっ」
 朝になればまた小童どもと戯れることができる。
 ひたむきに夜を拭き取り、新しい朝を誘い出す。
 耳をそばだてると小童どもの寝言がかすかに聞こえる。
「きゃっきゃっ」
「がさごそがさごそ」
「きゃっきゃっ」
「がさごそがさごそ」
 夜空からは火星人たちの夜空拭きの音がかすかに聞こえる。
「ごしごし」
「きゅっきゅっ」
「ごしごし」
「きゅっきゅっ」

 やがて気持ちのよい朝が呱呱の声をあげる。


●死が妻から奪い去ったもの

 詩の流れる川床に妻はユラユラと横たわっている。
 冬になると川は凍る。
 切り出された氷は富者が買っていく。
 氷を溶かせば詩の朗読が水蒸気として聞こえてくる。
「富者は詩なんか読まずに聞くの」
 妻の口癖。
 妻はそんな川の床でユラユラと死んでいる。

「君は死んだんだよ」と僕。
「ええ、判っているわよ」と妻。
 妻はなんでも判っている。

 図書館の中は今日もシトシトと雨が降っている。
 文字が雨で流されていく。
 一筋の文字の流れが集まって水の道が出来る。
 水の道がいくつか集まって川になる。
「文字をなくした本はどうなるの?」
「夢日記用に陰干しされるんだよ」
「私、夢なんか見ないからいらないわ」
 妻は夢を見ないんじゃない。
 夢を見たそばから飲み込んでしまうんだ。
 ゴクゴク。

「君は死んだんだよ」と僕。
「ふん、そんなのお見通しだわ」と妻。
 妻はなんでもお見通し。

「川床でね、亜米利加の鱒釣りさんにあったのよ」
 これは驚きだ。
 僕が亜米利加の鱒釣りさんにあったのは、ロンメル将軍の結婚式だった。
 それ以来、亜米利加の鱒釣りさんが人前に出ることはない。
 ポーリーンの結婚式にも、マーガレットのお葬式にも顔を見せなかった。
 哀れなマーガレットは奇妙な果実みたいにブラブラとぶら下がっていた。
「亜米利加の鱒釣りさんがよろしくですって」
 妻はヴァイダほどに巨乳ではない。

「君は死んだんだよ」と僕。
「それはあなたの見解なの?」と妻。
 妻は見解の意味を知らない。

「私の目の前を『溶ける魚』が流れていったのよ」
「ああ、あれは詩だからね」
「私の目の前を『砂の本』が流れていったのよ」
「ああ、あれは詩だからね」
「私の目の前を『シド・バレット全曲集』が流れていったのよ」
「ああ、あれは詩だからね」

「君は死んだんだよ」と僕。
「今さら何よ」と妻。
 妻はどうも頭にきているらしい。

 そう、妻は頭にきている。
 何故なら、妻が死んだことを僕は誰にも告げていないから。
 妻はそのことが大いに不満なんだ。
「あなたには今度こそ辟易しているわ」
 僕の背後でそう喚き散らすと、妻はプイと横を向いてしまった。

 それはもう僕の好きな横顔ではない。
 僕の好きな 節足昆虫のような睫毛。
 僕の好きな 腐った雨水のような水晶体。
 僕の好きな 毛穴が点々と広がった鼻。
 僕の好きな 嘘をつくための唇。
 それらはもうそこにはなく、ただの横顔がとって代わっている。

 死は妻から美も醜も奪い去った。


●カラス

 カラスを拾いました。
 子供のカラスなのでしょうか、わたしの手のひらにちょこんと乗る大きさです。
「なんだおまえは」という感じに首をかしげて、丸くて黒い目でわたしを見つめています。
 くちばしはまだ完成されていないのか、成人のカラスに比べて体との比率が小さいです。
 わたしはカラスを鳥かごに入れました。
 カラスは鳥かごの中をちょこまかと動き回っています。

 季節が一つ過ぎました。
 カラスのくちばしは成人のそれと同じくらいの比率になりました。
 鳥かごの半分以上を体が占めるようになり、方向転換することも難儀になっています。
 首をかしげる余裕だけはあるようで、相変わらず「なんだおまえは」という感じでわたしを見つめています。

 季節がまた一つ過ぎました。
 カラスは鳥かごと同じ大きさになっています。
 いいえ、鳥かごよりも大きくなっているに違いありません。
 相変わらず首をかしげながらわたしを見つめています。
 その丸くて黒い目を見て、わたしは思いました。
「もういいかしら」
 わたしはカラスを鳥かごから出すことにしました。
 工具を使って鳥かごの柵を切り離していきます。
 一本、また一本、また一本。
 やがて全ての柵が切り離され、大きくなったカラスの体は自由になります。

 カラスは大きな羽を広げ、ぶるぶるっと体を震わすと、太陽に向かってどんどんと高く飛び上がっていきました。
 丸い太陽にくっきりとカラスの影が浮かびます。
 影はどんどんと小さくなっていきます。
 やがて、その影が少しずつ元の大きさに戻ってきました。
 カラスはどんどんと地上めがけて降下しているのです。
 わたしは太陽の陽に目をくらませながら、どんどんと降下してくるカラスを見つめていました。

 やがてカラスはわたしの首筋に、立派になったくちばしを突き刺しました。
 一撃でした。
 わたしは地面に倒れ、噴水のようにわたしの首筋から吹き出す血を眺めていました。
 わたしの血は雨上がりの水たまりのように地面にたまっていきます。
 意識が薄れていくなかで、わたしはカラスが血の水たまりで行水をしている様をぼんやりと見つめていました。
「そうか、あなたはそれがしたかったのね」
 一瞬、カラスは行水を中断して、わたしを見ます。
 首はあいかわらずかしげています。
 そしてこう言いました。
「なんだおまえは」


●俊一

 俊一はじっと雨を見ている。
 巡り合せが良ければ、雨粒の中に来世の自分の姿が映るそうだ。
 それもたった一粒にのみ。
 俊一は一度だけそれを見たという。
「どんな姿が映っていたんだ?」
 気持ち良く晴れた日に尋ねたことがある。
「嘘だと思っているんだろ」
 俊一は頭を垂れたまま聞き返す。
 気持ち良く晴れた日、俊一は自分の手の平を見つめて過ごす。
 全く異なる意思を持った生物がそこにいるかのように自分の手の平を凝視している。
「いやいや、そんなことないよ」
 半ば疑っていた。
 雨粒の中に映る自分の姿を見ることなど出来るのだろうか。
 落下してくるそれらをひとつひとつ目で追いかけるなど、わけなく出来ることではない。
 それなのに、俊一はその中に映る自分の、しかも来世の姿を見たという。
 第一、来世などあるのだろうか。
「想像も付かない自分が映っていたよ」
「へぇ、どんな」
「だから想像も付かないんだよ」
「だって見たんだろ?」
 困った奴だ、と言わんばかりの表情で顔を上げた俊一は僕に視線を移すと、散らばっていた貴重な空間を凝縮させるかのように、広げていた両の手の平をゆっくりと一つに組んだ。
「お前には想像は付かないよ」
「何故?」
「だから言っただろ。想像も付かないんだって。俺に想像も付かない姿が、なんでお前に想像が付くんだよ」
「だって見たんだろ? その想像も付かない姿を?」
 俊一は本当に見たのだろうか。
 それとも、出来そこないの禅問答のような会話で、煙に巻こうとしているのだろうか。
 俊一が見た、と主張する姿を思い浮かべようとしたが、浮かんでくるはずはなかった。
「想像したって無駄だよ」
「だからさ。想像も付かないんだから、教えてくれよ」
 俊一は凝縮させた空間を再び解き放つかのように、組んだ両の手をゆっくりと開くと、再び手の平に視線を戻した。
「気持ち良く晴れた日は嫌いだ」
 そう呟くと、黙り込んでしまった。
 僕もそれ以上は追及はしなかった。

 今、僕の隣でじっと雨を見ている俊一の、普通という範疇をはるかに越えた、悲壮感すら漂う姿を見る限り、いい加減な事を言っているとは思えない。
 それが雨粒の中ではなかったにしても、それが来世の姿ではなかったにしても、俊一は「何か」を見たに違いない。
 俊一はまだじっと雨を見ている。
 一体、彼は何を見たのだろう。


●さがす男

 男はさがしていた。
 一心不乱に何かをさがす人の姿は美しかった。
 男の心はその美しさに奪われた。
 目が違う。
 息遣いが違う。
 精気が違う。
 さがす人の姿は美しい。
 男は感銘を受けた。
 なにかをさがさなければいけない。
 なにを?
 さがすべきものをさがそう。
 まずはそこから始めよう。

 男は色々なものを見つけた。
 そのどれもが価値があるように思えた。
 しかしそれらは瞬く間に豹変し、束の間の満ち足りた喜びは、あとに待ち受ける失望といらだちを甚だしくさせるだけだった。
 そこにはゆるぎのない確かなものなどなかった。
 ゆるぎのない確かなものなどないのかも知れない。
 それでも男はさがすのを思い切らなかった。
 美しさへの羨望は、自分に対する言い逃れのできない使命へと取って代わっていた。

 やがて、さがしてもさがしても見つからないようになった。
 見つからないということは、ここではないがどこかにはあるということだ。
 男は自分にそう言い聞かせ、それは男の信念となった。
 信念の拠り所はどこにもない。
 あるいはその拠り所をさがしているのかも知れない。
 男にとってはそれでよかった。

 男はへとへとだった。
 焦燥感は飽和し、もうやめようかと何度もくじけ折れそうになった。
 だが、男はさがすのをやめなかった。
 あともう一歩。
 そこにはあるのかも知れない。
 ないのかも知れない。
 やめてしまえば、それすらもわからなくなってしまう。
 さがすことは男にとって唯一の希望であり、やめることは恐怖以外のなにものでもなかった。

 男は死の床に伏していた。
 死は男のさがしていたものではない。
 それはゆるぎのない確かなものではあったが、向こうから訪れてくるものであり、さがす必要のないものだった。
 死が男に尋ねる。
「見つけたのか?」
 男はしばらくそのことに思いをめぐらす。
 死は男の答えをじっと待っている。
「どうやら見つからなかったようです」
 その声には諦念の気配は漂っていなかった。
 暫時の沈黙のあと、死が再び尋ねる。
「心残りだろうか?」
 男はそれについてしばらく自問自答する。
 そしてその問いに答える代りにこう語った。
「人の一生は、なにかをさがすのには充分ではないようです。私はそれを見つけたのかも知れない」
 そう語り終わると、男は静かに目を閉じた。
 死は時を見計らっていた。
 やがて死がこう告げる。
「さあ、行こうか」
「ええ、参りましょう」

 男はさがすのをやめた。


●ドナドナの牛

 小腹が空いたのでコンビニまでお握りを買いに行った。
 夜の一時ちょっとすぎ。
 まるで深海に漂いながら小魚たちに体中を突かれているようなチクチクする冷気の中、小走りにコンビニの明かりを目指した。
 コンビニの扉を開けると、中から暖かい空気がヌゥっと外に流れだし、あたしを優しく包んでくれた。
「ふわぁ、開いてて良かった」
 お店の中にはお客さんが一人もいない。
 田舎街のこんな真夜中だから、みんなもう寝ちゃっているのだろうな。
 急いでお握り売り場に向かう。
「ゲロゲロ……」ひとつも無いじゃない。
 仕方なくあたしはカップ麺のコーナーに向かった。
「ゲロゲロ……」何にもないじゃない。
 じゃぁ、ということでスナックのコーナーに……ゲロゲロ……。
 きっと田舎町のこんな真夜中だから、もう売り切れて商品の追加もしないんだわ。
 とにかくお腹の足しになるような物を探そうと、あたしはお店の中を見まわした。
 牛がいた……ゲロゲロ。
「どうも、牛です。今晩は冷えますねぇ」
 話しかけてきやがった。
「いやねぇ、荷馬車に乗せられて市場に売られるところ、なんとか主人の目を盗んでここに逃げ込んできたんですよ、ドナドナァ。ここは暖かくていいですねぇ。天国天国」
 そうか、こいつ、ドナドナの牛だったのか。
 それにしては悲惨な雰囲気は皆無だなぁ。
 あたしはドナドナの牛を無視して、再び何かお腹の足しになるようなものを探し始めた。
「牛はよぉぉぉぉ牛はよぉぉぉぉ。モォと鳴くぅ牛はよぉぉぉぉぉ」
 ドナドナの牛は気持ちよさそうに歌を歌ってやがる。
 なんかイライラするなぁ。
 それにしても……食べるものが何もないじゃない。
「あ、もしかして食べるもの探してます? 無いですよ。ぼくが全部食べちゃいましたから。あはは。何しろ胃袋が四つもあるもんで」
 なんですと!
 空腹があたしの怒りに輪をかけた。
「ちょっと、あんた。いくら胃袋が四つあるからって、何も全部食べちゃうことないじゃない! ねぇ、お金払ったの? 喰い逃げする気? 店員さんは?」
 そういえば、店員さんがいない。
 いつもならやる気があるんだかないんだか判らない、寝むそうな目をしたバイトの兄ちゃんの一人や二人はお店に転がっているはずなのに。
「店員さんも食べちゃいました。あんまり美味しくはなかったんですけどね。なんか『てめぇ、牛の分際で人様の食い物を食おうなんて百年早いんだよ』とか喧嘩を売ってきたもんでねぇ。こちとら市場に売られそうになった身。そんなぼくに何かを売ろうなんて、それこそ百年早いんだよって啖呵切って食べちゃいましたよ。あはは」
 この野郎、人間様まで喰っちまうたぁ、いい根性してるじゃないか。
 あたしの空腹は極限に達していた。
 お店の中を見渡すと、あったあった、あまり切れ味は良さそうじゃないけど、包丁ってやつが。
 あたしはその包丁をむんずとつかみ、包装を解くと、ドナドナの牛に向かっていった。
「てめぇ、おとなしく市場に売られていればよかったものを。成敗、いや、解体してくれるわ!」
「モォォォォォォォォ」
「いまさら、牛のマネしてモォと鳴いたっておそいざます!」
 あたしは逃げ惑う牛を背後からはっしと抱きかかえると、まずその背中に包丁を刺した。
「ズブズブズブズブ」「モォォォォォォォォ」「ズブズブズブズブ」「モォォォォォォォ」
 仰向けに倒れた牛の、今度は喰い物でいっぱいになったお腹をズブズブっと切り裂いてやった。
 胃袋が四つ出てきた。
「ああ、よく寝たぁ」一つ目の胃袋から寝むそうな目をした店員一号が出てきた。
「いやぁ、ぬくかったぬくかった」二つ目の胃袋から店員ニ号が出てきた。
 三つ目の胃袋を切り裂くと、中からお握りがゴロゴロと出てきた。
 四つ目の胃袋からはカップ麺がこれまたゴロゴロと出てきた。
「やったぁ、これよこれ、これがあたしの欲しかったものよ!」
 喜びいさんであたしは、お握りを三つとカップ麺を二つ手にとり、店員一号、二号に向かって「もう、牛に食べられちゃうなんて、三代後まで笑い話になるようなことはしちゃだめよ」と優しく忠告してやった。
 お店を出ようとしたら「お前、お金くらい払えよ。みみっちい奴だなぁ」とお腹を開けっぱなしにしたドナドナの牛になじられた。


●光速の果てに

「夏の扉」と書かれた入り口を通り抜けるとそこは蚊帳の中だった。
 蚊帳の中には壮大なプラネタリウムが広がっており、天の川からザブザブと牛乳がこぼれているのだった。
 そんなミルクの流れにのって大桃が「どんぶらこぉ〜♪ どんぶらこぉ〜♪」と歌いながら流れてきた。
 岸辺で逢引していた織姫どんは「あら、大桃よ大桃。どうしましょ!」と彦星どんに問いかけた。
 彦星どんは「歌い流れる大桃よりも、あたしゃあなたのモモがいい」と最近習い始めた都都逸にのせてそう答えると、織姫どんの太ももを「どんぶらこぉ〜♪ どんぶらこぉ〜♪」と歌いながら撫ではじめたので、織姫どんも「天の岸辺の牛乳よりも、あたしゃあなたのミルクがいい」と○○を○○して○○……以下自主規制。
 完全に無視された……桃。
 誰にも相手にされない……桃。
 せっかく「どんぶらこぉ〜♪ どんぶらこぉ〜♪」と歌まで歌ったのに……。
 腿……違った……桃はそのまま天の川を流れてゆき、土星の手前までくると真っ黒に腐ってしまった。
 それを見ていためいちゃん。
「うははぁぁぁ! まっくろくろすけぇ!」
 それを見ていたミック・ジャガー。
「ぺいんと・いっと・ぶらっく!」
 それを見ていたえーちゃん。
「黒く塗れ! 直訳じゃねぇか!」
 さて黒くなっても桃は桃。
 誰も割ってくれなかったので、仕方なく自分から割って出ることにした。
「おぎゃ!」
 出てきたのは黒い桃太郎。
 まさにソウル……マイケル・ジャクソンの生まれ変わり!
「いや、違うぜよ。マイケルどんはある時から黒人であることをやめちまったじゃねえか」
 と哀しい顔をしつつも満月をバックにムーン・ウォークで後退し始めるソウル桃太郎。
 目の前でかっこいいムーン・ウォークを決められてしまった満月どん。
 すべての住民がソウル桃太郎に釘づけ。
 だれも満月どんを見てくれない。
「誰も見ていなければ月など存在しないのです」とタゴールどんに陰口を叩かれ、満月どんはそのまま消え失せてしまいました。
「神さまだってサイコロ遊びをするのよぉ〜!」これが満月どんの最後の言葉でした。
 さて満月どんが消え失せたプラネタリウム。
 満月どんの抜けた穴にはすっぽりと冷凍睡眠装置。
 そんな冷凍睡眠装置の中でぐっすりと眠っているのは猫のぴーたーどん。
「ふんにゃぁ〜」と大きなあくびをすると、するりと「夏の扉」を通り抜けて過去へ。
 ほぅほぅ、どうやらこの蚊帳は光速で移動しているらしいぞ。
 どうりで空間が猫の目のように太くなったり細くなったりしたわけだ。
 ムーン・ウォークをしながらこの世のあり方を垣間見たソウル桃太郎。
 ふと天の川の岸辺をみると逢引中の彦星どんと織姫どんがなにやらもめている模様。
「なによ、あんた。光速で果てちゃうのね!」とおかんむりの織姫どん。
「だって○○を○○して○○されたら誰だって光速の果てだよぉ」と申し訳なさそうな彦星どん。
 織姫どんは濃厚ミルクを期待していたのに、光速の果てに発射されたのは稀薄な白湯だったそうな。
 めでたしめでたし。


●ご馳走

 暴れだすと危険ですから、まずは四肢を切断してください。
 そうそう、お上手です。
 いやぁ、本当によく切れる包丁ですね。
 次に全体を軽く焼いてください。
 軽くですよ、今は中まで火を通さないように。
 そうそう、ゆっくりと回しながら全体をくまなく焼いてくださいね。
 さてと、全体が黒くなりましたから、次にすりこぎで軽くたたいてください。
 ボロボロと黒くなった皮が落ちますよね。
 日焼けのはがれた黒皮のようなものが表面に残らないように、まんべんなくたたいてください。
 はい、とてもお上手です。
 これで表面の皮が全部はがれました。
 白い脂肪が丸見えですよね。
 ちょっと千切りにして食べてみましょうか。
 はいはい、おいしいですか?
 見た目はいかそーめんみたいですけど、かなり油っぽいでしょ。
 おっと、おいしいからってあまり食べ過ぎないように。
 メインはこれからですよ。
 次は中まで火が通るように強火にしてください。
 腹黒いといわれていましたから、悪いものが中にいっぱいつまっているはずです。
 その悪いものをすべて焼き尽くすつもりで……そうです、不浄滅却の精神です。
 え? いやいや、ご心配なく。
 どうせわたしなんか希望の欠片ももっていません。
 無希望な人生をずっとずっと歩んできました。
 でもこうやってあなたのお役に立てるときがきた。
 これでわたしも後世の方々から菩薩と呼ばれるでしょう。
 え? いやいや、本当にご心配なく。
 結局はわたしもあなたも強烈な刺激が欲しかったわけですから。
 ね、すごいでしょ。
 これこそ怒涛の刺激ってやつですよ。
 さてと……焼きあがったようですね。
 あ、顔は最後まで残しておいてくださいね。
 あなたの食べているときの幸せそうな顔を見ていたいんですよ。
 それにグチャグチャと肉を噛む音を聞いていたいんです。
 そしてあなたの「ごちそうさま」を聞きたいんです。
 それがわたしへの最後のはなむけの言葉になるでしょうから。
 さて、顔以外の場所はもういいですよ。
 下痢をするかもしれませんが、恨みっこなしですからね、へへへ。
 それではどうぞ……ささ、お食べください。


山田さん
2021年04月26日(月) 16時01分53秒 公開
■この作品の著作権は山田さんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
五年程前に書いたものや、以前に三語などで書いたものを手直ししてみました。
一本ずつ掲載するような内容ではないな、と判断したので、八本をまとめてみました。
多分アイディア一発だけの作品かな、とも思えるのですが、僕自身結構とこういうのが好きで思い出したように書いてきたものです。
他の方がどう受け止めるのか、あるいはこういうのが面白いのか(全くつまらないのか)知りたいという気持ちもあります。
どうぞよろしくお願いいたします。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  山田さん  評価:--点  ■2021-05-07 17:00  ID:UQcHp6qyFKU
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>かたぎりさん
感想、ありがとうございます。
「さらっと読んでいくという読み方」で良いかと思います。
僕もそういう読み方をされることを想定していましたし、そういう読み方の方が感想が付き易いだろうなと思います。
実はこのように八作まとめて掲載することは、かなり躊躇しました。
ただ、「作者からのメッセージ」にも書かせていただいたように、一本ずつで掲載するには内容が脆弱だろうな、という判断でこのようにしました。
ソロ・アーティストとしては見劣りするけど、グループでまとまったらどんなもんだろう、って感じでしょうか。
まぁ、八作集めても「チリも積もれば山、ただしチリの山」なのですが(汗)。
ただ考えてみれば脆弱だろうがなんだろうが、一作ずつ掲載して感想なり指摘を受ける、というのが当サイトの主旨なのかな、という気持ちもあります。
脆弱だから八作まとめて、という考えは「開示目的だけの投稿」にも近い考えから出てきていますね、と指摘されてもグゥの音も出ないですし。
これからは(これからがあるかは分からないですが)もう少しその点を注意しなくては、と自省しています。
ありがとうございました。
No.1  かたぎり  評価:40点  ■2021-05-05 21:20  ID:zrJ.A8RISY.
PASS 編集 削除
拝読しました。

全篇を一文一文、一字一句逃さず読む、という読み方でなく、さらっと読んでいくという読み方を今回はしました。シュールな作品が多く、むしろそれが心地よいと感じたからです。
改めて思ったのは、言葉選び、文章のセンスがすごいなと。個人的には読んでいて酔える。もちろん、気持ちいいからこその酔いのほう。
八本まとめてというのは、感想が付きにくいのじゃないかなという懸念もあるのですが、いざ読んでみると、作者の世界観を味わえるという意味で、大変面白い読書体験でした。

一本一本について感想書くことは今はしないのですが、牛の話が声出して笑えて、ちょっといい気分になれました。

また読み返してみようと思える掌編集でした。
総レス数 2  合計 40

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