港町のカボチャ売り/カボチャ売りと秋の空
〇港町のカボチャ売り


 今は海風も一休みする、おやつどき。お天道様は今日も照っていて、窮屈に並べられた石造の家々も、びっしりと敷かれた石畳の道々も、あつあつにする。そうなると人々は影を求めて、建物から突き出たホロの下を自然、行き交うことになる。
 街のメインストリートは、影となる両端を賑わせながらも、真ん中をぽかりと太陽のみに空けている。中央に太い余白を挟んで、ゆらゆらと流れる人の群れが、左右にそれぞれ鮮やかな線を作る。中々に騒がしく、奇妙な光景だ。

 * * *

 さて、通りの右の、氷詰めの魚達と整列した靴の一群。魚屋と靴屋の間。その狭い路地に入ると、喧騒は段々と和らいでいく。旅人の姿は消えていき、代わりに地元の住民や猫たちがのさばり歩く界隈となる。心なしかその調子も、ゆるりとしている。むせ返る汗や香料から、次第に海草と焦げた石の匂いが、息を吹き返し始めるからだろうか。舌の根にうっすらと塩気を残すそれには、なにやら沈静作用があるようだ。ただ、この路地は他とは少し異なり、トウモロコシに粉砂糖をまぶしたかのような香りが、ほのかに混じる。
 香りの元を辿ると、小さな荷車が石壁へと寄りかかっている。見ると、詰め込まれているのは、沢山のカボチャだ。その少し先には、そこから零れ落ちたかのように、カボチャがゴザの上に置かれている。八百屋でも見かける橙や緑のものから、真っ赤なトマトのようなものまで、多種多彩だ。それらカボチャ色に囲まれて、半袖とハンズボンの女の子が一人。石壁に背をつけて、ゴザにあぐらをかいている。膝の上で本を開き、前かがみになって、文字をなぞるように、口元を動かしている。本は茶色く色褪せていて、表紙の題字も読めないほどだ。時たま「くっ」と軽く伸びをして、またいつもの姿勢に戻り、顔を一直線に本へと向ける。
 カボチャと共に六年、女の子はその半生をここで刻んだ。そして、これからもここに座り続け、カボチャを売り続けるのだろう。女の子がどこから来たのかは海鳥すらも知らないが、カボチャ達はあちこちから集まって来た。最初の内は街中の行商から掻き集めていたものが、女の子が街路へと馴染むに連れて、次第に島々を行き来する漁師や交易商からも、持ち運ばれるようになった。こうして緩やかにだが少しずつ、取り扱われるカボチャ達も、目を留める人達も増え始め、近頃では、僅かながらの夢を持つだけの希望さえ出来た。

 その夢は、この街にカボチャのお店を建てること。それもカボチャ色に塗られた二階建てのお店だ。
 まずは窓先にカボチャ柄のカーテンを取り付け、半紙で包んだ一切れ大のカボチャのパイで客を寄せる。応対は、広めの窓がそのまま受け口になる。量や儲けを抑えても、気軽に食べ歩けるようにする予定だ。
 それから正面の大きな扉をくぐると、小玉大玉、幾種類ものカボチャがずらりと待ち構えている。沢山の大籠へと詰め込まれるのも、何段もの長棚へと整列されるのも、全てカボチャだ。女の子自身、まだ図鑑や噂話でしか見聞きしていないものまで、きちんと揃えられている。赤、黄、茶、緑。手の平に乗るものから幼児を飲み込むほどの大きさまで。沢山のカボチャが並び、さぞかし壮大な眺めとなるだろう。
 だから迷子になってしまわぬよう、値札の横に小さなガイドを張っておく。産地、味、レシピなどを色取り取りのペンで記した、鮮やかな説明書きだ。こうすれば一見さんも、楽しんで冷やかせる。
 それから一旦外へと出て、すぐ横の階段を上ると、そこでは沢山のカボチャ料理が振る舞われる。テーブルには異国の珍しい模様のカボチャがアクセントとして置かれ、季節毎に、他ではお目にかかれない世界各地のカボチャ料理が供されることになるだろう。けれど、できれば街の名物となり、母の味となるようなものも開拓していきたいと、女の子は思っている。かなたの海、長い漁から帰って来た時、ふと口にしたくなるような。
 つまりこの店の設計は、窓先のパイや二階の料理でカボチャの美味しさを教え、やがて一階の商品棚へと通わせ、カボチャをこの港町に根付かせる思惑に基づいているのだ。けれども、これには大きな欠陥があって、店の主として女の子自身、一階と二階、どちらを担当すべきなのか、痛く頭を悩ませている。《いっそのこと身体が二つあったらいいのに》やら、《わたしと同じくらいカボチャが大好きな人がいたら》やら、波間の中ぼうっと考えるのが、眠る前の日課となった。
 それはともかく、店そのものは、女の子の隣の仔豚を百回ほど満腹にすれば、形になるだろう。でんと座っている仔豚の貯金箱は、女の子から銀貨だけを与えられている贅沢ものだ。
 まだ一度としてその蓋が開く事はなく、それどころか未だ持ち運びに支障の無いくらいの痩せっぽちではあるのだが。
 辺りはページを捲る音も聞こえて来そうな、午後の静けさ。まだまだ夢は遠くにあるようだ。

   * * *

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 第四節 キャラバン隊の恋  P87

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 みんな、背丈を越える焚火を囲い、手を繋ぎ合い、身体を弾ませる。砂漠の夜の冷たさに負けまいと、笛の音に沿って、足元で煙が舞う。北風は心地よく、炎は柔らかだ。それは彼の手に触れているせいだろうか。
 赤く染まる頬は闇と火の子が。整わない鼓動は笛と歌が。隠してくれているけれど。この熱は、汗は。指先を通り彼に知られてしまうのだろうか。けれど、わたしが盗み見た彼の瞳は、氷のように鋭く、虚空へと

「おぉーい」
 瞬間、女の子は、連れ戻される。恋愛小説の砂漠から、現実の石壁へと。
 日を受けて「しっかりせい」と浅黒の老人が、目元と顔中の皺を揺らしていた。女の子は慌てて本を閉じ、立ち上がりながら
「おじさん、おひさしぶり! 今日は、お早いのね」
「お前さんは、この時分、いっつも、この調子なんか?」
「今はどこも、似たようなものよ。こんな、かんかん照りだと」
「そうかあ?」
 と老人は顎の白髭をさすって、
「これからの季節、お日さんはもっと厳しくなるぞお」
 町の風を何十年も吸い続けた口から出た言葉だ。脅迫にも近い力が宿る。
「やぁねぇ」
「嫌なもんだあ」
 恨めしそうに空を見上げて老人が溜め息をつくと、女の子もつられるようにそれを真似る。空には、痛い程の日射しと、それを覆うには頼りない薄雲が、ゆっくりと流れていた。

「しっかし、珍しくも、何ぃ、読んでたんだ?」
 女の子は、足元の本へと目を落としながら、まごつく。
「字ぃ、読めるんか?」
「失礼しちゃう!」
 威勢の良い返事に、今度は老人の方がたじろぐ。
「まったく! もう」
「やぁ、すまん。で、なんて本なんだって、聞いてんだ」
「べっ、べんきょうの本よ」
「勉強?」
「えっ、えと、かぼちゃの本。かぼちゃ料理全集って本よ。いろんな料理のことが書いてあるの」
「おや、そんで、にやにやしてたんかぁ」
 共に浮かんだ皮肉笑いにも気付かず、女の子はまくし立てる。
「そうよ。本当においしそうな料理だったんだから。いつか食べにくるといいわ」
「またぁ、在りもしない店の話かあ? こんな調子で何時んなったら建つんかね」
「見通しだって、たってるんだから!」
「ほぉ…… そんで、どんなカボチャ料理なんだ? うまいんか?」
 女の子は顔を真っ赤にさせるが、反撃の口火すら思いつかない。しきりに視線を泳がせるが、老人は腕を組んで《参りました》を待っている。女の子は堪えきれずに、そっぽを向く。はっきりと影を映した石畳には、猫の一匹もいない。首元が震えている。
「ああ、分かった! 悪かった! だから、まあ、その店ってやつに協力してやるよ。わしがくたばる前に、建ててくれんと困るしな。今日はどれがお奨めだい?」
 振り向いた女の子の頬はますます赤く染まっていたが、何時の間にやら実に商売人らしい笑顔に戻っていた。海辺の天気のように、気分はころころと変わる。
「おじさんは、甘いの、大丈夫だったわよね」
「おう」
「それならこれか…… これっ! どっちも熟れ頃だし、仕入れがとてもうまくいってお買い得だわ」
 指差したのは、二つのカボチャだった。一つは、葉のような深緑の、スイカを一回り大きくしたような大玉。もう一つは、斑点がかった黄色の、手の平にも乗りそうな小玉。
「いやぁ、大きいのと小さいのってのは、いいが。ちょっと両極端すぎじゃないかぁ?」
「どっちもスープにすると、おいしいのよ。作り方は、知ってるわよね。あれと同じ手順。それと大きいのは切りわけて、ちょっとずつ使っていくといいわ。あとは、ぶつ切りにして焼いてみるのは、どうかしら。こう、厚く切ってね」
 手で空気をつまむようにして、厚みを表現する。
「フライパン一杯にジュワーッて。スープとちがって、火は強めで……」

   * * *

 縄紐を片手に、三個の小玉のカボチャをぶら下げて、老人の背中は遠ざかっていく。括られたカボチャの固まりが、膝の下で右へ左へと揺れる。その振り子につられたのか、足が軽くもつれる。けれど、女の子が《だいじょうぶ?》と声をかけようとする前に、
「あっつい! あつい! こう暑くちゃ、敵わんなー!」
 独り言にしては大きな声が、路一杯に響いた。
 女の子はくすりとしながら、汗に濡れた老人の顔を思い出す。
《こっちだ! こんなクソアツイ中、こんなでっかいカボチャ、持ってってられるかい!》
「そりゃ、そうよねぇ。こう、あつくっちゃ」
 老人の姿はもう見えない。こちらは全くの独り言だ。
「しかし、あついわよね。あつあつ……」
 つぶやきながら、屈んで本を手に取ろうとしたその時。冷たくて甘いものが女の子の頭をよぎった。寝静まった夜に、一粒の水滴が洗面器へと落ちたような驚き。それが俄かに波紋のように広がっていく。こらえようとしても、笑みが溢れ出てしまう。本の一節。砂漠のキャラバン隊。この熱は、汗は、知られてしまうのだろうか、盗み見た彼の瞳、氷のように鋭く、虚空へと。
「こおり、こおり、こおりやさん……」
 さて、ここから一つ角を曲がり、右の枝道に入ると、氷屋がある。何十もの職工で営われている大きな店だ。そこでは朝早くから、方々まで荷車に乗せて、氷を配達している。それも正確に、毎日。そうしなければ街は回らないからだ。氷は、主に魚屋や漁港で腐りを防止するために使われる。来なかったら、みな、大慌ての大惨事だ。時たま、タンスほどもある氷塊を二人がかりでひいひいと運んでいるのを、女の子はぼんやりと眺めていたことがあった。
《そこから氷をちょうだいして、かぼちゃのアイスクリームなんて、どうかしら。それと。きんきんに冷やした、かぼちゃのジュースも、きっとおいしいわ。うん。お店ができたら、店先で、冬はあたたかいパイとスープで、夏はつめたいアイスとジュース》
 夕焼け雲を染めるのはダイダイのお天道様だ。女の子は少し軽くなったカボチャ一杯の荷車を引いて、町外れへと帰る。海沿いを向かうその頬には、じわりと汗が伝う。夜の漁に出る船と、カモメの鳴き声、波の音。それら以外は耳をくすぐらない静けさ。まるで祈りの前のような。

   * * *

 今は海風が吹く晩餐どき。陽は水平線へと落ち、石畳に溜まった熱も静まり始める。メインストリートは、酒場に着こうとする人々と、家路へと急ごうとする人々で、ごちゃ混ぜになる。人が行き交い、魚が焼かれ、酒が飲まれ、歌が謡われる。星々が散りばめられた天にも負けない騒しさだ。家にはちかちかと明かりが灯り、煙突からはもくもくと煙が上る。そこに、ぽつぽつとカボチャのそれが加わる。



〇カボチャ売りと秋の空


 回遊魚が舞う水彩画のカレンダーはめくられ、9月になった。固いベッドには緩やかに陽が差し込み、目覚ましベルはジリリリと鳴り響く。朝五時半、港町の一日が始まる。

 * * *

「嬢ちゃん、初モノだよ」
「へぇー、トウヨウアケイロカボチャ、もう入ったんだ」
 女の子は赤に黄色の斑点が付いたカボチャをしげしげと見つめ、次いでポンポンと叩く。
「いいじゃない、これ」
「何せ秋だからねー。馬肥えて女も肥えて、カボチャも肥えると来たもんだ」
 店の若旦那は腰に手を当て、上機嫌に鼻を鳴らす。港の脇にある青物問屋「さざ波果物百貨店」。そのツテを使って取り寄せた、今年の秋を告げるカボチャだった。それも町の中心にある庭園付きな食堂の料理長さんのお願いを退けて、女の子を驚かそうと取っておいた一品なのだった。
「涼しくなって魚の鮮度も悪くなくなったしね。食の秋ね。で、お値段は?」
 若旦那は親指を曲げて
「これで、どうだい?」
 女の子は首を振り、次いでVサインを作り
「これで」
「オーケーって事かい?」
 若旦那は大げさにため息を作り、皮肉った。
「まさか」
「指二本ってことか。嬢ちゃんなー。幾らなんでも限度ってもんがあるだろう。これが限界だよ」
 若旦那は女の子をまじまじと見つめながら、小指をくいっと、指を三本立てる。
「ごめんね。今、手持ちが無いの」
「あー」
「ほんとよ。今年、暑かったじゃない? みどり玉が売れなくて。20個も売れ残ってるの。そりゃ、季節モノを仕入れて、目を彩るのも大切だわ。でも、在庫処分をしなくちゃ。今のところ、それが一番肝心」
「はぁ。で、それなのに、なんでここまで来て、顔を見せたんだい」
「冷やかしー」
「あけっぴろげだなぁ」
 女の子は、にへへと笑った。

 * * *

 町のメインストリートは、海水浴の家族連れの姿は去り、代わりに若い男女の姿が目に付くようになった。強風が吹くことも多くなり、海は荒れがちになるのだが、それと比例するように波乗り達がやって来るのだ。アイスクリーム屋は即席のジャズ喫茶に鞍替えし、露店商も木工細工の玩具から陶器のアクセサリーへと品を変えていた。
 その通りから二つ逸れた狭い路地に、女の子とお客の姿はあった。女の子の営むカボチャ屋は、それは道端にござを敷いて七種類のカボチャをどでんと置いたものに過ぎなかったのだが、繁盛していた。夏の遅れを取り戻すかのように、秋の涼しさとともに、訪れるお客の数も増えた。女の子の隣に置かれている子豚の貯金箱も、少しだけ食が太くなった。
「へー、破格だな」
 中年はサッカーボール大の緑色のカボチャを撫でる。身が詰まり、目立った傷もない。
「これが今年、最後のシーズンものよ。今を逃したら、ドボン。身も熟しているわ。サイコロ大に切って、軽くゆでて、サラダに加えるのはどうかしら?」
「まいったねー」
「今なら三つ買うと、もう一つ。三個で四個分のお値段よ」
「んー、騙されたと思って買ってみるか」
 女の子は銅貨を手に取り、
「まいど、ありがとっ」
 と会釈のようなお辞儀をした。

 お客が縄袋を背負い、カボチャをひいこら運び去ると、辺りはしんとなった。秋の陽は厚い雲に覆われているが、それでも半袖で居られる暖かさだ。石畳はほのかに熱を帯び、二階のベランダに洗濯物がなびいている。トビが「ピィヒョロロロ」と鳴きながら、旋回する。風が吹いた。揺れる前髪に、女の子はそろそろ散髪時かしらと思う。錆びた懐中時計を取り出し目をやると、午後三時ちょっとを指している。これなら、一足先に店をたたんで、床屋でコーヒーを一杯できる。女の子は、カボチャを荷車に運ぼうと、立ち上がろうとした。
「ねぇ、キミ」
 髪を後ろに束ねた日焼けした青年だった。だが、日焼けと言っても、赤みを帯びた即席のもので、地元民の、例えば女の子のこんがりと馴染んだそれとは違っている。着ている服も潮風で褪せてはおらず、つやつやの新品のシャツをひっかけたようだった。如何にもな観光客の若者の風体だったが、それが却って地元民を生業とする女の子の心をどきどきさせた。細い目でカボチャを物珍しげに眺め、白い歯を浮かばせる。腰をかがめて笑顔で
「へぇ、カボチャ屋さんか。はじめて、見たな。お嬢ちゃん、お留守番かい?」
 仕入れから会計まで一人で営んでいる女の子をお手伝い呼ばわりなのだが、女の子は舞い上がっていた。それは普段の常連とは違う、青年の朗らかで快活な口調によるものかもしれない。
「わたしが、やってるの」
「へぇ、えらいものだなぁ」
 女の子は指をもじもじさせる。そして気づいたように、周りをきょろきょろする。他に誰もいない。少し安心し、顔を赤らめ、営業スマイルをする。
「それで、何を買ってくの? 今なら」
「あー、あー、ごめんよ。そうじゃなくて、商売じゃなくて。大通りはどっちかな? 海岸に行こうとして、迷っちゃったみたいなんだ」
 <迷っちゃったみたい>、というのが女の子にはキュートに聞こえた。どう考えてもここに来たのは、<迷った>に他ならないのだけど、それを取り繕おうと、この町ではまだまだ新人なのを胡麻化そうとするのが、その若さに似合っていた。
「道を聞きたいのね? えっとね」
 女の子は道順を教え、ついでにアジのフライが美味しい定食屋、年中無休の安くて立地のいい宿屋などもぺらぺらとお喋りした。青年はにこやかに相槌を打ち、会話を弾ませ、しきりに腕をジェスチャーさせた。ここ最近は海の調子もいいみたい、でもクラゲもたくさん発生する時期なのよ、と女の子が笑い、話が落ち着いたところで、青年は三回もありがとうとお礼を言い、また来るよ、とお別れした。女の子は満足げにその背中を見送り、見送り終えると、所在無げにカボチャを見つめた。

 * * *

 メインストリートの端っこに、アクセサリー兼古本屋がある。観光客と地元民が入り交じり、長い書棚の古びた本を物色し、琥珀色の髪留めを手に取り談笑する。中々に活気があるが、日が沈み始め、若い五人のグループが去ると、店じまいも近くなった。女の子はアクセサリー置き場をうろうろしている。深海のブルーの耳飾りにわっと顔を輝かせたかと思うと、値札を見てそれを陳列棚に戻す。それを銀細工の指輪でも繰り返した。そして深緑色の人魚をかたどった首飾りを、首元にやりガラスのウィンドウ越しにチェックする。その際、モデルではないけれど、女の子は軽いポーズをとっていた。ジーンズと白いシャツに、それは思いがけず似合っていた。そんな無防備な後ろ姿に声がかかる。
「決まったかね」
「えっ」
 店主だった。バンダナをして、髭を生やしている。身体はいかつく、書店には似合いそうもない。しかし大量の雑誌の運搬などに重宝していた。破顔している。
「文学少女も、恋心に目覚めたか」
「見てるだけよ」
 と言いつつ、女の子の目は一定しない。しきりに泳ぐ。
「そろそろ閉店時間なんだがね」
「ご、ごめんなさい」
「まぁ、常連のよしみだ。安くしておくよ。献血だ。出血サービスってやつだ。どうだい? これで」
「いい。買わない」
「買わない? あれだけ迷ってたのに? 値引きしてやるんだぞ」
 女の子は毅然として言った。店主を見上げた頬は、紅潮している。
「わたし、このペンダント、とても大切なものだと思ってたの。これを付けてメインストリートを通る姿を想像したくらい。それが値引かれるなんて、安物にされたみたいで。何だか悔しいの」
「そっか」
 女の子は慌てて手を振り、おどおどとした調子で
「ごっ、ごめんなさい。とてもいいものだと思うわ。だから安く扱われなきゃ、何も言われなければ買ってたかもしれない。ほんと、そんなの、気分、よね。でも、一度思ったら変えられない。たかが気分でも。ほんと、ごめんなさい。いこじよね」
 店主は、女の子の頭に手をやり
「確かに、いこじだ。それに素直だ。ペンダントなんか無くても、キュートだぞ。自信を持て」
 女の子は返事ができなかった。しばらく俯いていた。それから申し訳なさそうに本を買い、店を出て行った。店主は店の商品を点検しながら
「俺も、商売ベタだなぁ」
 と、ひとりごちた。

 * * *

 ゴザの上には、黄、緑、茶と鮮やかなカボチャが置かれている。大きさはサッカーボールからバスケットボールまで。つまりは殆ど均一の大きさで統一されている。子豚の貯金箱を脇に、女の子は本を読んでいる。中東のオアシスを舞台に王族のロマンスを描いた短編集だ。今日は久しぶりに太陽が容赦なく、お陰でお客はしばらく前に中年が一人訪ねたきりだった。

「三個で四個分のお値段なのよ。それもこれが最後の四個。買ったきり。どう?」
「またまた、売れ残りの処分だろう。その手を食うか。こいつを頼む」

 本は王子が蛇の呪いを解きに砂漠へと旅立つ場面にさしかかった。ターバンを巻いた王子が、空を見上げ、二度と帰れないかもしれない故郷に思いをはせる。思い出は砂煙がかかったようだったが、確かにあった。この言い回しが好きで、女の子はこのページを何回も繰り返し追いかけ、何十分も過ごしていた。
「ここだよ、ここ」
 女の子は心の片隅に期待していた、しかし六日も過ぎて聞くことは能わないと思っていた声を聴いた。何時かの観光客の青年だった。
「どうもっ」
 本を背中越しに置いて、応じる。青年はここ数日で更に焼けて、焦げ茶色の肌をしていた。大きなサーフボードを担いでいる。波乗りをした後にここに立ち寄ったのか、或いは夕暮れの波乗りの前にと寄ったのか。
「ほらほら」
 青年は声を張り上げる。女の子が驚いた顔でその方に向かうと
「もうっ。こんなところに、カボチャ屋なんてあるわけないじゃない」
 ポニーテールの女が、同じくボードを担いで、文句を垂れていた。
「って、あった。カボチャ屋。こじんまりしてるけど」
「なっ、言ったとおりだろ」
 青年は得意げだ。
「ほんと、来てみるもんねー」
 女の健康そうな身体を真っ白のワンピースがくるみ、水着の跡が濡れていた。そして好奇心旺盛な目でカボチャを眺める。
「すっごい。地元の八百屋じゃ見ないものばかり。旅ってするものね。これはなぁに?」
 シルバーのイヤリングが涼しげに揺れていた。小さな赤真珠がキラリと縁取られている。
「どうしたの?」
「いっ、いえ」
「気になるから、言いなさいよー」
 茶目っ気たっぷりに返されてしまった。
「その、綺麗なイヤリング……ね」
 女はくりくりした目を余計くりくりさせ
「そうっ? 彼がプレゼントしてくれたの」
 青年はハハッと笑った。
「それで、どれが良いんだい? この前は助かったから、お礼代わりにガンガン買うよ」
 やや間があって、女の子が応える。
「この黄色いのがね。夏から秋にかけて」

 * * *

 緑のカボチャは種を取り除き、トントントンと包丁でスライスする。それを四個分繰り返す。玉ねぎにも涙目でスライスを浴びせる。手にカボチャの甘い匂いがつく。その手で大きな寸胴に火をかけ、バターを敷く。乳白色の優しい油が浮き出る。玉ねぎ、カボチャの順に炒める。油がパチパチと寸胴内で軽く跳ねる。ざっくばらんに火が通ったところで、水と塩を入れ、煮立たせた。三十分ほどしたら牛乳を加え、更に火をかける。白と緑が混ざり、ソラマメ色になった。裏越しはせず、その代わりほろほろに形を崩すまで煮込む。時間が有り余っているから出来る技だ。へらで潰しながらかき混ぜ、これが意外と腕力を使う、更に水分を加えてひと煮立ち。表面に気泡が浮かび、湯気がたつ。ふうふうし、木のスプーンで味見をする。軽く頷いて、もう一口。寸胴いっぱいのカボチャのスープが完成した。間借りしている家の住民全員でも三日は費やすほどの量だ。
 カボチャの種は、フライパンに油を敷き、揚げ炒める。五分もするとカリカリとした食感が嬉しいおやつとなる。酒のつまみにもなるようで、これが意外と人気で、取り合いになりそうだ。が、量が量だけに大丈夫だろう。どんぶり一杯分はあるのだ。

 * * *

 若旦那は眉をしかめている。
「買うの? 本当に?」
「何よっ! 買うんだから嬉しそうにしてよ」
「そりゃ、そうだけど」
「在庫も一掃したし、これからが秋本番。旬のラインナップで、勝負するんだから」
「へー、あれ全部、売れたんかい」
「似たようなものよ」
 女の子はにいっとする。

えんがわ
2017年10月31日(火) 18時11分04秒 公開
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No.2  えんがわ  評価:--点  ■2017-11-11 17:06  ID:Nj4PvCulM32
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はっ、はい。
あれこれ想像してお読みいただけると嬉しいです。
カボチャの料理シーンはもう少し変えてもとか思ったりしたので、目に留めていただき、幸せです。
ありがとうございました。
No.1  みんけあ  評価:40点  ■2017-11-11 15:25  ID:qUGSF4Qri.s
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拝読しました。
場面が変わっても、収束する作品って憧れます。
尚且つカボチャの美味しそうな料理法、素敵です。
意図して読み手に想像させるのも見事です。
総レス数 2  合計 40

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