私と付喪神の不思議な日常 |
突然だが私は妖怪だとか幽霊だとかそういうものが見える。何時から見え始めたのかははっきりと覚えていない。気づけば見えていた。最初はぼんやりと白や灰色の靄のようにしか見えなかった。だがある時を境にはっきりと、それは最早私の生活の一部でありそれ抜きでは私のアイデンティティを失いかねないほど私という人間を構成する一部にもなっていた。決して大袈裟な意味ではなく、私は彼らに何度も危険な目にも合わされているし、またそれと同じくらい救われもしたのだ。よって統合失調だとか精神異常だとかは言わないでほしい。私が消えてしまうから。 ふと目を開ける、どうやら机に突っ伏したまま寝てしまっていたらしい。先程まで締め切っていたはずの窓はいつのまにか開け放たれており、冬独特の乾いた木枯らしが頬を撫でた。 「おい、いつまで寝ているつもりだ。窓もいつまでも閉めきっていては気が淀む。気が淀んでいては良くないものが寄ってくる。私がいれば心配することもないが何もないに越したことはないのだ」 目の前で天井近くまで浮き私を見下ろす男性、出雲千十郎。彼は人ではない。 もう一度言おう私は妖怪だとか幽霊だとかそういうものが見えるのだ 出雲は天井近くで暫く浮遊して間も無くゆっくりと降りてきた。 「寒い」 まだ寝起きで頭がぼんやりとする。五感ですぐに感じた『寒い』、という情報をただ一言だけ伝える。 寒い、寒い 一度寒いと認識してしまうともうだめだ細胞の一つ一つ全てが寒いという信号を受け取って活動する。鳥肌が立つ、足先の冷たさを感じる、震えが止まらない。そんな私を見て目の前の長身の男はおやまあと一言。どの口が言うのか腹立たしい。 「寒いのはいけない。ほら羽織れ」 そう手近にあった半纏を差し出す、なんとなく古めかしいのは出雲の趣味だろう。だが半纏は侮れない本当に暖かい。少なくとも私が知っている防寒具のなかでは一番暖かいと思う。 半纏を羽織り暫くじっとしていると冷たかった生地が体温を吸収し温まってきた。暖まると眠くなる。もう一眠りしようか、そう思った矢先にスパンと軽快な音をたてて頭を叩かれた。 「痛い」 「寝るな」 寒さと痛さですっかり目を覚ました私はゆっくり伸びをする、机に突っ伏して寝ていたせいでバキボキと音をたてる、端から聞けば嫌な音かもしれないが全く痛くないし、この音がなった後の爽快感は癖になる。わかるだろうか? 「さぁ裕子、外に出よう。冬休みに入ってから全く外に出ていないじゃないか」 伸びをした後の爽快感の余韻に使っている最中に声をかけられた。聞き間違いだろうか、このクソ寒いなか出かけようと聞こえた気がする。 寒い、面倒、と散々渋ったが若いんだからだとか偶には外に出ないと体に毒だとかジジ臭い正論を並べられて、結局外に連れ出された。よく考えたら私はこいつに一度だって勝てたことはなかった。 外に出ると木枯らしが体を撫でる。部屋の中にいたときよりずっと寒く感じる。目的も行く場所もないのでふらふらと歩き出す。気がつくと土手沿いに出ていた。道沿いには桜が植えられているがまだ蕾すら膨らんでおらず開花の様子はまだ見せない 桜の向こうを見ると川がある。流れの止まっているところでは薄っすらと氷が張っているらしくその部分だけ白い。凍っていないところでも、銀の色を所々に湛えていた。 さらにその向こうには山があり…… 山が、あり…… 「なんだあれ?」 山がある、もう春のような儚さも夏のような青々とした葉も、秋のあの紅錦を着たような彩りもない。葉を落とした裸の木と赤茶色をした葉を茂らせている木とが入り混じった山が、しんと春から秋にかけての色を忘れた様にそこに佇んでいる。そこまでは普通だ、だが普通の山にはないものがその山にはあった 毛玉だ、毛玉が蓑虫のように大木にぶら下がっていた 「……なんだあれは」 もう一度言ってみる。今度は隣にいる男に向かって、それまで桜の木の枝を見ていた男はやっと興味を持ったように山に目を向ける 「ほぅ、珍しいものを見つけたな」 ふふん、と何故か得意げに見下ろされる。そしてすいっ山を見上げる 「あれはな、妖が冬眠しているのだよ」 「妖の冬眠?聞いたことないよ」 「妖だって冬眠くらいするさ」 妖が冬眠なんてするのだろうか、イメージがわかない 「するのだよ、山が眠ればそこに住まうものは皆眠る。小さな流れは大きな流れに逆らわないものだ」 「山が眠る?もっとわからない、まるで山が生きてるみたいに言うね」 「その通りだよ、山というのは一つの大きな生命体だ。山の中枢を脳だと例えよう、脳が眠れば体の各器官は活動を停止する。この器官というのは山に生える植物だとか住まう動物、妖も含まれるな。そして各機関が活動を停止した状態、これを冬眠と言うのだ。妖が冬眠するときはああやって同じ種族同士纏まって眠るのだよ」 わかったような、全くわからないような 「まぁ、とにかくあれは妖が集まったものなんだよ、なあに気にすることはないさ、眠ってるんだからね」 「ふうん、じゃあ別に危ないものではないのか。なら別にいいや」 毛玉を通り過ぎまたしばらく歩く。この散歩はいつまで続くのだろうか、心なしかさっきよりも冷えた気がしてきた。 「おい裕子、空を見ろ」 上を見上げる出雲に釣られて私も空を見上げる。と、そのとき丁度鼻先に白い何かがひらりと舞い降りた。 「雪だ」 灰色の空からひらりひらりと不規則にゆらゆらと白い雪が降っている。 「そういえば今年初めてだな」 じぃっと空を見上げながら嬉しそうに呟く出雲を見て私もなんだか嬉しくなってきた。 「積もるかな?」 そう聞けばそれはないだろうとあっさり返される。なんだ夢のない奴め 「外に来て良かったろう?」 確かに、家に居たら気付かなかったかもしれない、あの毛玉を見ることもなかった。 ちらりと後ろを振り返りさっきの毛玉をもう一度見る。そして雪が舞う空を見上げる。 「外に来て良かったろう?」 もう一度問われる。素直に『出てきて良かった。ありがとう』と言うのは少し恥ずかしいので返事の代わりに雪見大福を買おう。と提案する 「素直じゃない奴め」 呆れたように笑う出雲に、雪が綺麗だね。と言ってみる。私なりに感謝の気持ちを表したのだが伝わっただろうか。 「あぁ、綺麗だな」 私の不器用な感謝はどうやら伝わったようで静かに返された 冬の散歩もいいかもしれない。ほんのちょっとだけそう思う冬の昼間。 |
昼行灯
2016年08月12日(金) 01時22分31秒 公開 ■この作品の著作権は昼行灯さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
この作品の感想をお寄せください。 | |||||
---|---|---|---|---|---|
No.2 昼行灯 評価:0点 ■2016-08-18 20:48 ID:EYO4b0SeW.M | |||||
感想ありがとうございます!初めての感想でとても感激いたしました。 アドバイスを活かしこれからも書いていこうと思います。ジャンルについての質問も返していただきありがとうございました。 |
|||||
No.1 時雨ノ宮 蜉蝣丸 評価:30点 ■2016-08-18 01:57 ID:3mSXxTMsmaU | |||||
こんばんは。初めまして。 いい感じだなーと思いました。二人の絶妙な距離感が独特の雰囲気を生んでいますね。 もっとキャラクターの個性を前面に出した方が、作品の輪郭がハッキリするんじゃないかなとも思いました。特に出雲さん、付喪神であること以外、情報が無いのは勿体ないです。付喪神は物に憑く神様ですから、恐らくは主人公の持ち物(あるいは家とか)に憑いていて、霊感のある主人公を気にかけていることはわかります。たとえば、主人公の母親の形見に憑いて、彼女を見守ることにしているとか。古市で買った置物に憑いてきて、何かの幸福・不幸を彼女に与えようとしているとか、そんな設定があれば面白いですね。 描かれているのが『妖の冬眠』だけじゃ物足りないです。主人公の霊感を狙ってくる妖怪を出雲さんが神様らしく弾き返して、なのにお礼の一つも言わないような描写を期待してしまいました。 日本の神様は皆人間くさいです。人間以上に人間らしく厚かましい神様は、第三者には愉快に映るに違いありません。 ジャンルは合ってると思いますよ。これが怖さに重点を置くとホラーになるのでしょうけど。 頑張ってください。ありがとうございました。 |
|||||
総レス数 2 合計 30点 |
E-Mail(任意) | |
メッセージ | |
評価(必須) | 削除用パス Cookie |