列の男

「だから、要するに人生ってのはやり直しがきかないんだよ。ほら、高校の時、お前が好きだったユミちゃん。あの子だって、お前が告白するかどうかうじうじ悩んでる間に、同じクラスの鈴木に先越されて、とられちまっただろ?
せっかくお前ともいいカンジだったのに。あの時、俺が先に告白してれば付き合えたのになあ、って後から死ぬ程後悔しただろ?俺はお前のことはなんでも知ってるんだ。まあ、これを聞いてどうするかはお前次第だけどな。」
「だから要するに、やり直せないのが人生なんだ。後悔先に立たず。後からこうしとけばよかった、ああしとけばよかったと思っても、後の祭りってヤツだよ。」


 なんなんだコイツは、とタカシは内心毒づいた。見知らぬ男が自分の過去を知っているなんて気味が悪いとも思った。タカシとその男は長い行列の中にいた。タカシが列に並んでしばらくすると、すぐ後ろにこの男が並び、ちょっといいか、と話しかけてきたのだ。外見からして男の方が少し年上のようだが、コイツがそこ何年か俺より長く生きてるからって、何故俺が説教されなければならない、と目の前の男に言ってやりたかった。
 しかし、自分の過去を他人がこの上なく詳細に語っているというなんとも妙な状況に理解が追いつかず、先程から後頭部がやけに痛むことも手伝って、タカシは黙ったままでいた。


 後ろの男はまだ何か喋っている。「お前が前の奴に引き継げば、」などと言っているが、タカシには全く意味が分からない。
 頭がひどく痛む。列はまだ進まないのか。男が何回目かの「要するに」を発音しているのを聞き流しながら列の前の方へ目をやると、先頭はどうやらベージュのコートを羽織って腕に赤ん坊を抱いた若い女性のようだった。自分の母親もあんな地味な色の服が好きだったっけ、と遠くに住む母の事をふと思い出した。二番目の女性も子どもを胸に抱えていた。そこから三人くらいは母親と手をつないだ幼い子どもが並び、その後ろから自分の前までは少年か、自分より若い青年が並んでいるようだった。列に並ぶ彼らは皆、前後で賑やかに会話をしている。
 首を捻って男の肩ごしに列の後ろを振り返ると、今度は自分より年上の男がズラッと並んでいた。一番後ろには初老の男性が立っていたが、彼より少し年上くらいの別の男性が、丁度最後尾に並ぶところが見えた。そして自分より後ろの男性たちも、自分の近くの人間と活発に話しているようだった。


 何かがおかしい。ズキズキする後頭部を押さえ、タカシは考えた。何故この行列にはほとんど男しかいないんだ?前の方には母親らしき女性が若干いるが、あとは全部男だ。それに、何故若い奴が前で年寄りは後ろなんだ?偶然にしては、綺麗に並びすぎている。そもそも、何故俺はこの行列に並んだんだっけ?なんで頭がこんなに痛む?どうしてこの男は俺のことをこんなに知っている?ここはどこだ?今何時だ?どうして――
「シートベルト」
 後ろの男が短く言った。ガンガンと殴られるような痛みに、意識が朦朧とする。
「だから要するに、俺が言いたかったことは、シートベルトをしろってことなんだ。後からしとけばよかっただなんて思わなくてもいいように。後悔先に立たず。な、忘れんなよ」
 なんだその結論は。散々説教しといて最後はシートベルトか。もう頭が割れそうだ。手を振っている男がぼんやりと見えたのを最後に、意識が途絶えた。



「あなた、あなたっ」
「先生、意識が戻りました!」
「後頭部の損傷が酷く一時はどうなるかと思ったが……シートベルトがいくらか衝撃和らげたらしい」
「あなた、ユミよ、あなたの奥さんよ、分かる?」
「あなた、事故にあったのよ、ちゃんとシートベルトしていて、偉かったわねぇ、あなた、他のことは全然気にもかけないのに、シートベルトだけは几帳面にする人だったから、ああ、よかった……」



 見覚えのある男が後ろに立っている。改めて顔をよく見ると自分と瓜二つだ。「なあ、最高のアドバイスだっただろ?」と得意げに話しかけてくる。そりゃそうだ、何しろ経験済みなのだから。後ろの男に一応感謝の言葉をかけつつ、タカシは目の前の青年の肩に手をかけた。多分、自分より若いはずだ。前の奴に引き継がなければならない。振り返った青年の目の下には二つのホクロが並んでいる。自分と全く同じだった。
「なあ、鈴木だけには、負けんなよ。」
C.T.
2015年11月16日(月) 13時30分31秒 公開
■この作品の著作権はC.T.さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初投稿です。
「行列」をテーマにしたショートショート、というお題の賞に応募したいと思っています。
 初見の方にちゃんとストーリーが伝わるかな、と不安に思い、投稿してみました。
 初めてなので読みづらいところやおかしいところがあるかもしれません。
 たくさんのご意見お待ちしております。
 最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  C.T.  評価:50点  ■2015-11-18 19:57  ID:HlH5Fv5vflk
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 弥生 灯火さん、ご感想ありがとうございます!
 背景や状況をもう少し詳しく書くなんて、私の頭に全くありませんでした。そのことに気づかせていただき、目からうろこ状態です。
 もう少し自分の描きたい世界観を表現できるよう、描写の仕方などを勉強していと思います。
 また、ジャンルを間違えていたことにも初めて気づきました、お恥ずかしい限りです……次からは間違えないようにしたいと思います!
 とっても勉強になることを教えていただき、鋭い視点を持っておられるのだなあとただただ感心しきってしまいました(笑)
 貴重なご意見ありがとうございました。
No.3  弥生 灯火  評価:20点  ■2015-11-18 00:17  ID:dPOM8su8lqs
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拙いながら感想失礼します。
掌編としての体裁は整っていると思います。アイデアも面白いですし、オチ前の伏線も回収されてました。
ただ、不思議な世界観という感じはあまり感じなかったです。恐らくストーリー自体に問題はなく、見せ方、表し方、書き方のせいかと思います。
一人称で書かれているので、語り手(主人公)の心情中心になってしまい、その心情を追うだけの作品になってるせいではないでしょうか? 背景や状況を書くとオチばれに繋がりやすいのは理解するんですけど、今作のアイデアなら読み手が語り手から一歩離れて読める三人称の方が、作品の不思議な世界観を味わいやすいのではないかなあと感じました。

ちなみに、不思議な世界観を味わえたとしても、今作はジャンル的に、現代かミステリージャンルかと思います。
No.2  C.T.  評価:0点  ■2015-11-16 22:32  ID:B2aVlRwA8cg
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[通りすがりです]さん、ご感想書いていただいて本当に有難うございます!
まさか本当に感想が頂けると思っていなかったので、とても嬉しいです!
ご指摘の点については、今回応募しようと思っている賞の制限が400字詰め原稿用紙5枚以内ということもあり、文字数が足りず、説明不足になってしまったと自分でも反省しております。
一応自分の中では、行列があるのは私達がいる世界とは違う世界で、時間を自由に行き来することが出来、それによって過去の自分にアドバイスすることが出来る、という設定を考えておりました。
また、こちらの世界での高校生時点ではユミを鈴木にとられてしまいましたが、違う世界で大人になった自分からのアドバイスを聞き、またこちらの世界に戻ってきて鈴木より先にユミに告白した、という風に考えておりました。その証拠と言ったら何ですが、ユミを奥さんとして登場させてみました(笑)
上記の説明を加えた方が読む人にとっては分かりやすいかも知れませんが、私はこのお話に不思議な雰囲気を漂わせたまま終わるのも悪くないかな、と思っています。読んだ人のそれぞれの頭の中で、様々な解釈をして頂ければ嬉しいなと思っています。
[通りすがりです]さんの仰るようなストーリーも、とっても面白そうだし、話が様々な方向に広がりそうで機会があれば是非書いてみたいと思います!
貴重なご意見、有難うございました!
No.1  通りすがりです  評価:30点  ■2015-11-16 20:45  ID:MKVN4HyVNcg
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 これ、難しいですね。
 内容がじゃなくて、お話の設定ってことなんですけど、自分の後ろにすでに列が出来ているってことは、この男の人の先のことも既に決まってしまっているってことに思えます。
 だとすると、列の前の人にアドバイスしても、もう遅いのかなぁ、なんて思えてしまいます。
 パラドックスって言うんでしたっけ、そんなのが難しいなぁと思えたんです。
 たとえば前の人にアドバイスしたら、そのとたんに列の内容が変わっちゃった、なんてお話だったら、なんて思ったんですけど、私にそれを書けと言われても無理なので、やはり難しいお話だと思いました。
 でも、アイディアはすごく面白いと思います。
総レス数 4  合計 100

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