春巻きは愛をよく知らない
「お前の名前の由来ってなに?」
午前7時30分、いきなり現れたアオヤマさんが俺のベットで寝っ転がりながら問う。人のベットに許可なく寝ないでほしいなと、心の中で愚痴りつつ、酔った勢いらしいですよと答えた。
「酔った勢いでハルマキって……お前の両親くだらねえな」
「酔った勢いで死んじゃったアオヤマさんに言われたくないなあ」
アオヤマさんは「でもこの方が楽だぜ」と言って、寝返りを打った。ああ、汚れるからあんまり寝返りを打たないでほしい。でも幽霊って、ホコリとかつくのかなと。制服のシャツに腕を通しながら考え込む。
アオヤマさんは地縛霊だ。3年前、会社帰りに大酒を飲み、酔った勢いで川に落ちて死んだ。その川というのは、俺の通っている高校の前を流れ、どういうわけか俺にくっついてきたのだ。
アオヤマさんは48で死んだらしく、スーツ姿で、髪の毛の薄くなった頭に脂汗を浮かべている、ただのおじさんだ。
「だいたいお前、ハルマキなのか伊達巻なのかハッキリしろよな」
「オヤジギャグにしてはセンスないですよ」
「伊達ハルマキっちゅーお前の名前のがセンスねえよ」
死んだくせに悪口がスラスラと流れるアオヤマさんは、お尻をぽりぽりとかいている。ああ、本当に汚いなあ。
「じゃあアオヤマさん、学校行ってきます」
「おう、今日は巨人戦だから早く帰ってこいよ」
「図々しい幽霊だなあ」
そうして俺は家を出て、夏休み前の空を見つめる。鬱陶しいくらいの太陽の熱が、今日も暑い。歩き始めてすぐ、隣の家の山田という表札を見て、心が痛くなる。
かよちゃん、結婚したんだっけな。俺は昨日の古典の授業を思い出した。
「私情ですが、結婚することになりました」
かよちゃんの言葉を反芻し、俺は虫歯がしみるような痛みを感じる。俺は小6の時に現在の家に引っ越してきて、かよちゃんはお隣さんとなった。当時女子大生だったかよちゃんは聡明であり、教員採用試験一発合格。俺が今の高校を選んだのは、「小野崎高校で働いてるんだよ」と、年賀状に書かれていたからである。
「かよちゃん、結婚かあ」
あんだけ好きだったのに、かよちゃんに彼氏がいたことも、人妻になることも、全然知らなかった。俺もう古典の授業中、かよちゃんのこと見れねえな。腕に止まった蚊を潰して、今日の四限の古典が憂鬱だなあと思い、大きくあくびをした。

「なーなー、かよちゃん結婚だってな」
「あれ俺まじショックだったんだけど」
食堂で昼飯を一緒に食べる堀と宮前が、俺の好きな人の話をする。俺は自然と耳に蓋をして、卵焼きを口に入れた。
「かよ、人妻かぁ」
「それ本当やめてくんね? かよちゃんが他の男とセックスしてんの、想像したくねえ」
「食事中なんだからやめろ汚い」
俺がようやく出した言葉に、堀はニッと笑う。
「お前が一番かよちゃん好きだったもんなー」
男子高校生特有のいじりをしてきた堀に、うるせえ馬鹿、と、できるだけ表情を変えないようにつぶやいた。
「あーあ、次かよちゃんの授業じゃん」
「……俺、でねえわ」
「は?テスト前最後じゃんいいの?」
「いい、ねみいからねる」
「どんだけかよに落ち込んでんだよ」
宮前がからかうように言った言葉は、ナイフと同じ切れ味だった。そっと俺は立ち上がり、弁当を適当に放り込んだリュックを背負った。おい、と二人の声が聞こえた気がしたけど、何もなかったように走った。
行き場のない吐き気に襲われて、誰もいない図書室に逃げ込む。そのままヨロヨロと席に着き、机に突っ伏した。
ずっとそばにいたものが、急に人のものになること。人のものになったかよちゃんは、夫となる人ともう何回かセックスをして、男は何回か中に命を流し込んで、何回かいやらしい声をあげたこと。6年間、人のものになっていることに気づかず、ずっとかよちゃんが好きだったこと。考えることの全部が胃に蓄積して、限界容量を超えていた。
「もうかよちゃんで抜けねえじゃん」
冗談交じりに言ってみた言葉は、全然冗談になってくれなかった。四限が早く終わってくれればいい。俺はアオヤマさんと一緒に巨人戦をぼんやりと見て、まずい素麺を流し込めばいい。もう、気持ち悪いのはたくさんだ。
「ハルマキくん?」
突然図書室のドアが開いて、聞きたくて聞きたくてたまらなくて、絶対に聞きたくない声が耳に入り込んできた。
「……山田先生」
振り絞った声は、ヘロヘロと力がなかった。俺は机に突っ伏したまま、かよちゃんの黒い髪や、細い眼鏡のフレームを思い出した。
「どうしたの? 体調悪い? ……テスト範囲終わっちゃったから、自習にしてきちゃったけど、……ハルマキくん、ここにいたのね」
かよちゃんの声は、生徒としての俺ではなく、伊達ハルマキとしての俺に告げたものだった。やめろ、そんな風に喋るな、人妻。
「……かよちゃん」
「ん?」
「かよちゃん、俺とセックスしてよ」
「ハルマキ、くん……?」
「俺、かよちゃんのこと好きだった」
俺は言葉を吐き出した。全然スッキリせず、胸の中にもやもやが残る。酔った勢いで死んだアオヤマさんの気持ちが、少しだけわかるような気がして、自分に対して苦笑いをした。俺は突っ伏していて、かよちゃんの顔を見れなかったが、永遠に見たくないと思った。
「かよちゃん、赤ちゃん産んだら俺に会わせてね」
「……うん、もちろん」
「幸せになってよ、かよちゃん」
少しだけすっきりした俺は、そっと顔をあげた。驚いたことに、眼鏡越しのかよちゃんの目は真っ赤に染まっていて、今にも涙を流しそうだった。ここで男前はかよちゃんのことを抱きしめるんだろうなぁと思いつつ、そんなこと出来ない情けない俺は、熱くなる目頭をこらえた。急いでリュックを背負って、今度は図書室から逃げ出した。

「ただいま」
そのまま自宅に着いた俺は、合鍵でドアを開けた。
「あれ、早いんじゃねえの?」
廊下でスクワットをするアオヤマさんがいた。疲れたから帰ってきた、と言い、自室に2人で入る。若い奴はサボり方が下手だよな、と、アオヤマさんは俺の頭をポンと叩いた。
「アオヤマさん、セックスって気持ちいい?」
「おーおー、男子高校生特有だな」
自室に入り込むなりベットにうつぶせになった俺は、アオヤマさんに下世話な話をした。アオヤマさんはニヤニヤした声で、「セックスは愛がなくたってできるぜ、気持ちいいからな」と言った。
「愛のないセックスに意味はあるのかな」
「セックスすりゃ子供はできる」
「……人妻とセックスして精子流し込むのは、アリ?」
「AVにあるよなそんなの」
アオヤマさんは俺の部屋でもスクワットを続けている。俺は顔を上げて、アオヤマさんのことを見た。
「セックスが愛の最終形態だと思ってるうちは、子供みたいなもんよ」
「……アオヤマさんはおっさんだなあ」
俺はキメ顔でいうアオヤマさんを見て、またうつ伏せた。じわじわと流れる汗に、全部出し切って欲しいと思った。
松原れい
2015年07月10日(金) 00時02分24秒 公開
■この作品の著作権は松原れいさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
題名に関しては無理矢理です。
お久しぶり、と書くのがとても恥ずかしいのですが、現代版にたまに顔を出していました。無花果です。

文学部の大学生になりました。セックスって言葉を使いたがっていて痛いですごめんなさい。
名前を変えました。松原れいといいます。よろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  あさつき  評価:20点  ■2015-07-19 22:46  ID:qBJb.Is0EhA
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はじめまして、拝読させて頂きました。

もっと話が膨らむというか、引っ張れると思います。せっかくのオリジナリティであるアオヤマさん、もっと出張ってもいいのでは。説教したりとか。おじさんの若かりし頃の恋を絡めてみるとか。
かよちゃんが図書室に来た理由とか、お隣さんとして交流があったならその辺をちょっと書くだけでも色々広がってくると思います。

つまらん感想ですみません(´д`)


P.S.私も文学部の1年生です。ちょっと親近感を感じました(*・ω・*)ノ
No.1  ゆうすけ  評価:20点  ■2015-07-11 09:27  ID:jE4RG11eTPI
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拝読させていただきました。

どうにもすっきりしない展開だというのが正直な感想です。
アオヤマさんは面白いキャラですが、存在する必然性が感じられませんでした。
図書室でのシーン。いきなり「かよちゃん、俺とセックスしてよ」はないと思いますよ。もっと葛藤する心理描写をいれて結局何も言えない方が感情移入できそうです。言われたかよちゃんも、泣きそうになる意味が分かりません。結婚するのが実は嫌なのだったら、そこらへんをしっかりと描写しないと意味不明です。
やるんだったら押し倒すまで、やらないんだったら一人悶え苦しむ、徹底的に書き遂げないと物語として面白くないと思います。

規約にもありますけど、数字表記は漢数字で統一した方が読みやすいですよ。
総レス数 2  合計 40

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