竜のつの |
ある秋の日のことだった、私は、荷物をなくしてい困っている女性を助けて、一緒に探してあげた、それは一抱えほどの白い玉という事だった。 探し始めてからほどなく、近くの川沿いのベンチに置き忘れているのを見つけた。 「どうもありがとうございます、おかげで助かりました」 そういってほほ笑む彼女の顔は美しかったが、奇妙なことに、彼女の頭には、2本の小さな角があった。 「助け合うのは当然のことです」 角のことは気になったが、私はそう言って、そのまま帰ろうとした。 「待ってください、何かお礼をさせてください」 すると不意に、彼女に呼び止められた。 彼女が私を見上げてくる。小さな角は、頭のうしろに隠れて見えなくなった。 「いや、気にしないでいいよ」 そう言って私は、そのまま歩き去った。 何日かたって、不意に彼女と再会した、たまたま買い物に行った店に、彼女も来ていたのだ。 「あら、あのときの親切な人、また会いましたね」 そうして少し立ち話をする、彼女の頭には、やはり角があった。 「あの時は断られてしまいましたが、こんどこそお礼をさせてください。」 逃がしませんよ、という、まるで少年のような顔だった。 それなら、と、近くの軽食屋で、お昼を御馳走になることにした。 「無欲なかたですね」 私の提案に対して、彼女はそう言って笑った。 しかし、ちょっと荷物を探す手伝いをしただけで美人とデートできるとなれば、むしろおつりがくるだろうと思う。 軽食屋に入り、席に着く、向かい合う形の、私と彼女。 とりとめのないことを話した、彼女が笑ったり、頷くたびに、頭の角も合わせて揺れる。 そして、彼女と話す中で、彼女の家と私の家は、意外に近くにあるらしいことが分かった。 「それにしても、小食なひとで助かりました、私よく考えたら、今あんまりお金持ってなかったんですよね」 失敗をごまかすように微笑んでそういう彼女。 先程は買い物でもしていたのだろう、それなら、手持ちのお金がないこともうなずける。 そんなことを考えていると、彼女は私の顔を覗き込んで言った。 「また、お話してもらってもいいですか?」 それが、彼女と私の始まりだった。 私と彼女は、何度も会った。 そのたび私たちは、たわいもない話をした。 彼女の頭にはいつもあの角があったが、そのことを尋ねることはなかった。 ある日のことだ、彼女に呼び出された私は、一つの、丸い水晶のようなものを渡された。 「これを持って、私のことを、心の中で呼んでください」 言われたとおり、彼女を心の中で呼ぶ、すると、私の頭で不思議な音がした。 鏡を見ると、そこには竜の角が生えていた。 「これは何?」 「それは竜の角といって、私とあなたの契約のしるしです」 「契約?」 「はい、それがあるかぎり、あなたが望めば、私はいつでもあなたの声を聴くことができます」 電話のようなものだろうか。 考え込む私を見ながら、彼女は薄く微笑んで。 「いつでも好きな時に使ってくださいね」 そう言うと、彼女はそのまま帰って行ってしまった。 それからというもの、彼女と会う機会がぱったりと無くなってしまった。 頭に角は生えたが、特に不自由することはなかった、どうやらこの角は、私以外の人には見えないらしい。 彼女が言うには、私がこの角に望めば、彼女はいつでも、私の声を聴くことができると言っていたが、逆に、彼女から私の下に、声が届くことはなかった。 彼女に会えなくなってしばらくたった日、今頃になって、彼女はいったい何者なのか、考えるようになった。 川沿いのベンチに忘れ物をした、頭にちいさな角のある美しい女性。 何度も会って話したが、彼女のことは、私の家の近くに住むという事以外は何も知らない。 しかし、冷静に考えれば、頭に角がある人間など居るはずがない、そもそも、他人に見えない角が、どうして私に見えたのだろう。初めて会った日から見ていた、そんな明らかに奇妙な事も気にならないくらい、どうやら私は、彼女に夢中になっていたようだ。 そして、一度気になりはじめれば、好奇心は収まらない。私は、彼女について調べることにした。 まずは、以前教えられていた、彼女の家へと向かった、行ってみて私は愕然とした、そこは空き家だったのだ。 彼女は私に嘘をついたのか? そんな人には見えなかったが。 近所の人に話を聞いてみると、この家の住人は、私と彼女が出会う数か月前に引っ越していたらしい。3人家族で、彼女とよく似た特徴の娘が一人いたそうだ。 その娘に角はあったか、と聞くと、その人は彼女のことを、角どころか、穏やかで優しい子だと語った。 以前は、その娘がかばんを片手に出かける姿をよく見かけたらしいが、ある日を境に急に姿を見かけなくなり、ほどなく一家はこの家を去ったという。それからどうしているのかは、聞くことができなかった。 話を聞かせてもらったことに感謝をし、私は彼女の家を離れる。 次に私は、彼女と初めて会った時の道をたどることにした、あの時のように、探し物をしている彼女に会えないかと思ったのだ。 そうして私は、あの時のベンチにたどり着いた、川沿いの長椅子、ここで、彼女は何か白い玉のようなものを探していた。 ふと、傍を流れる川に目をやると、川底に何かが沈んでいるのを見つけた。 濡れるのは少し嫌だったが、どうしても気になった私は、川に降りて拾い上げてみることにした。 手に取って汚れをぬぐうと、そこにあるのは定期入れだった、中には定期と小銭が少々。 どうしてこんなところに、と思いつつ、私はそれを、近くの交番に届けることにした。 「これ、どこで見つけたの?」 交番で、警察官と話す。 「そこにある川に沈んでいました。」 足元を濡らした私の様子を見て、なるほどという顔をする警官。 と、彼はこんなことを語り始めた。 「いや、あそこの川沿いでだいぶ前に交通事故があってね、被害者が川に落っこちたことがあったのよ、もしかしたらそのときのかもねえ」 聞き捨てならないことを言われた気がして、その話について問いかける。 「誰が事件に会ったのですか?」 「若い女の子だったらしいよ」 どきりとした、まさか彼女はすでに亡くなっていたのだろうか? すでに角というオカルトに出会った私は、事故の被害者と彼女を安易に結び付け、彼女は亡霊なのかもしれないと考え始めていた。 震えだしそうな喉で、私は質問を重ねる。 「その子はどうなりましたか?」 「川に落ちたおかげで死にはしなかったみたいだけど、気を失って病院に運ばれたらしいねえ、そのあとは特に聞いてないよ、加害者もつかまったしね。」 「どこの病院ですか?」 「ん? きみ何かその子と関係があるの? まあいいや、このあたりで救急病院って言ったら一つしかないしね」 警官に教えられた病院へ急いで向かう。フロントで、定期に書いてあった名前を出すと、案の定、一つの病室を教えられた。 病室の前に立つ、今日は見舞いの人も来ていないらしく、室内はがらんとしていた。 白い部屋である。窓際の、カーテンで仕切られた空間の奥へと進む、そこには、一人の女性が眠っていた。 「やっぱり、そういうことなのか?」 角こそないが、まちがいない、あの時、荷物をなくして困っていた彼女だ。 彼女の探し物が、いったい何だったのか、どうして私には彼女の角が見えたのか、それは分からない、しかし。 「あなたの体は、今ここにあるよ」 彼女がどうして私にこの角を渡したのか、なんとなく理解した。 彼女はきっと、あの時、失くしものをしていたと同時に迷子だったのだ、ただ、その時は気付いてはいなかった。 私と会うようになってしばらくして、彼女は自分の家に帰るなりして、そこに自分の体がないことに気が付いた。 彼女はきっと、私に見つけて欲しかったのだ、彼女自身を。 「……………う…ん…」 眠っていた彼女が、身じろぎをする。 やがて目を覚ました彼女は、私の顔を見て言った。 「あなたはやっぱり、優しい人ですね」 そう言って、嬉しそうに微笑んだ。 彼女が言うには、彼女が忘れ物をしたあの川沿いのほど近いところに一つの神社があり、そこでは竜神を祀っているらしい。 水の底は死後の世界に通じ、川は竜の体そのものだという、私と出会ったころの彼女は、交通事故によって命の危機にあったところを竜神の慈悲に助けられ、事故の拍子に落としてしまった彼女自身の魂を探していたのだ、そうして私と出会った。 彼女がしきりに私に感謝の意を示そうとしたのは、彼女の魂が水の近くにあり、何かの拍子で死後の世界に落ちてしまいかねない状態であったため、私の知らない間に命を救われたからだったとか。 しばらくしてうちに帰った彼女は、そこに自分の体も、自分の家族もいないことに気が付いた。驚いた彼女は、慌てて心当たりを探すと同時に、私が彼女の体を見つけてくれることを期待して、あの角を私に託したのだ。 それならそうと、言ってくれればよかったものを……… と思ったが。 「あんまり私の事情に巻き込んだら悪いと思ったんです………」 最悪、私が彼女の意図に気付けなくとも、誰かに声を掛け続けてもらえるなら、と思い、あえて詳しい説明はしなかったらしい。その結果、何とも中途半端で意味不明な説明になってしまったようだが。 「ところで」 「はい?」 さまざまな疑問が氷解したところで、散々彼女に心配をかけられた私は、少し彼女に意地悪をしてみることにした。 「この角をくれたとき、たしか、契約、と言ったかな?」 「はい、まあ」 「契約という事は、何か見返りがもらえるということだよね?」 「え〜っと、そういうことに、なるんでしょうか?」 「いったい何がもらえるのかな?」 自分の顔がいつになくにやついていることを感じる、彼女は少し焦ったような顔をして。 「あの〜、何か私にできることって、あります?」 どうやら考えていなかったらしい、契約とはなんだったのか。 「だって、ただであの角を渡しちゃいけないって言われたんですよぉ」 情けない顔でそう言う彼女。 「じゃあ………」 何をしてもらおうか、と私は少し考え込むふりをする、本音を言えば今更見返りなど必要ない、こんな美人をからかうネタがすでに手に入っているのだから。 だから、強いて求めるとすれば、そう 「また、昼飯でもおごってもらおうかな」 美女とのデート、なんてどうだろう。 |
ざわちゅー
2014年08月02日(土) 12時44分59秒 公開 ■この作品の著作権はざわちゅーさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.5 ざわちゅー 評価:--点 ■2014-10-12 20:52 ID:akYfucQkqCc | |||||
アカショウビンさん、かなへびさん、感想ありがとうございます みなさん冒頭が特に気になるようですね、書き始めてからだんだん筆がノるタイプなので、冒頭はどうも文量が少なくなってしまうようです、反省、早くネタばらしがしたくて仕方がなかったのですが、そういう考えは文に出てしまうんですね |
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No.4 かなへび 評価:20点 ■2014-08-15 08:44 ID:3y78oDok72. | |||||
初めまして。読み終わりましたので、コメントを残させて頂きます。 全体を通して、淡い恋への期待感の様な空気が漂っていて、好きな雰囲気の作品でした。 ただ、他の方も仰っている通り、冒頭が短すぎると思います。早く物語の本筋に入りたい、と言う作者の思いがにじみ出ている様な感を読者に与えてしまうので、もっと余裕を持っていも良いかもしれません。 あと、「彼女が言うには、彼女が忘れ物をした〜」の下りは、もっと冒頭で暗示しておくべきだと思いました。近くに神社がある、と言う事を読者は知らないままなので、いきなりこう言った情報を提示されると、少し面食らってしまいます。 以上です。ご気分を害されましたら、申し訳ないです。 |
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No.3 アカショウビン 評価:30点 ■2014-08-14 23:31 ID:3.rK8dssdKA | |||||
読ませていただきました。 全体としては、角を介したちょっとした恋愛話として、尺にも合っていて良かったです。ヒロインにも好感が持てます。しかし、僕もゆうすけさんと同じ印象です。冒頭の描写が少ないと思いました。駆け足のような印象で、読み手にマイナスの印象を与えてしまうのだはないでしょうか?食事中の会話(主人公とヒロインについて)がもっと欲しいと思いました。 |
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No.2 ざわちゅー 評価:--点 ■2014-08-08 15:41 ID:akYfucQkqCc | |||||
ゆうすけさん、感想ありがとうございます やっぱりちょこちょこ描写が足りなかったみたいですね、主人公の考えをほとんど書かないのはさすがにやりすぎだったと思います。説明を入れるとどうもぐだりがちなので、場面ごとに一言か二言入れる感じでしょうか。 ヒロインの特徴については、この話に合う容姿がいまいち思いつかなかったので各自で想像してもらっちゃえ、と言う感じで投げてみました、輪郭ぐらいは書くべきでしたか? このサイトは初めて作品を投稿した場所なので、また機会があれば投稿しに来たいと思います。 |
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No.1 ゆうすけ 評価:20点 ■2014-08-06 21:10 ID:1SHiiT1PETY | |||||
拝読させていただきました。 全体的な流れもいいと思いますし、オチもいいと思いますけど、説明が足りない気がします。 冒頭の女性の描写が少ないのが残念、どんな女性がどんな感じで探しているのか? 読者にしっかりとイメージさせた方がロマンス感アップすると思いますよ。 軽食屋での二人でのお食事、彼女の姿が他人には見えないような伏線があった方がいいとは思いますが、ネタばれの危険もありますし、加減が難しそうです。 やはり後半が速すぎだと感じました。主人公の心理描写も含めて、もうちょっと書き込んだ方がいいように感じます。とはいえ私自身も高速展開しか書けないので他人様に偉そうに言うのは憚られるのですけどね。 「若い女の子だったらしいよ」 このセリフだと、小学生以下な感じなので、年頃のお譲さんとか、二十歳前後とか、うーん意外と難しいな。ちょっと分かりにくかったですね。 女性に惹かれていく心理描写、もうちょっと欲しいです。ラストでデートに誘う動機に繋げるのが淡々としていて軽い気がしました。 言いたい放題で申し訳ないです。すっかり寂れてしまったこのサイト、枯れ木も山のにぎわい要員として応援していきたい、いい歳したおっさんの感想として読み流してくださいね。 |
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総レス数 5 合計 70点 |
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