第一部「さよなら雨の日」/第二部「希望の種」
一部
【さよなら雨の日】


 これは、みんなが地球と同じように宇宙が丸いと知った日から、全てに最果てや無限などないと知った日から、幾百もの終わりを経た今の物語。

  * * *

 渡り鳥が、一匹、落ちた。

  * * *

   1 雨の日の始まり

 ホァンはおどけながら言った。
「今年もやって来たわね。雨の季節……」
 空には雲が何重にも重なり、太陽を覆っていた。その天から地へと、びゅうびゅうと叩きつけるように風が吹いている。
「ああ……」
 ジギリドはズボンのポケットの中に、右手を入れながら応えた。ポケットには何もない。ただ手持ちぶさたを埋めるように、忙しなく動かしていた。これからの長雨を告げるようにジギリドの背中から生えた翼、と言っても短く切断された翼が、キリキリと痛む。ホァンにはそうした申し訳程度の翼もない。ホァンに限らず、この土地の村民らは、翼を持っていないのだった。それはそれでラッキーなのかもしれない、とジギリドは思う。
 一粒、二粒。それから俄かにザザザっと雨足が強まっていく。
「雨!」
「ああ」
 ジギリドは相槌を打ちながら、ぼんやりとあの頃を思い返していた。初めてこの村に飲み込まれた時を。なまりの酷い村民達だったが、精一杯その輪の中に入ろうとして、何時しか自分も彼らの一人のように、言葉というよりも口の動かし方をなまらせたことを。だがそんなおぼろげな目が丘の方へと流れ、その上空の異変に気づいたとき、声はクレッシェンドを踏んだ。
「あっ! ああ!」
「何よ?」
「落ちてくる! 大きい! 意識は、息はあるのか!」
 そのまま、それは地面へと落ちた。どん、と音が聞こえるようだった。二人は恐る恐る丘の方へと急ぐ。
 奇妙な鳥だった。身体は今まで見てきたどの鳥よりも二周り以上もあり、トサカは鮮やかな赤色をし、クチバシは黄色い。その顔を支える頑強な身体は、灰色と土色に染まっていたが、よく洗えば白鳥のような純白になるのではないかと思わせる煌きがあった。がっしりとした両腕。背中から大きな翼が生えている。
「大丈夫、息はしている。目立った外傷もない。それにしても、また、巻き込まれる奴が出てくるなんてな」
 ホァンは意地悪そうに、また今の異常事態を何とか取り繕うとするかのように、
「ほんと、あんたみたいに。きっとこいつも、ロクな奴じゃないわね」
「皮肉は後だ! 早く村長とゲンマ爺を呼んでこい!」
「えっ…… 父さんのところ? 教会? 嫌よ。ジギリドが行ってよ」
 ジギリドは荒っぽく
「馬鹿! こいつが凶暴な奴だったら、どうするんだ! この体躯、オレ達なんて一捻りだぞ!」
 それまで緩んでいたホァンの頬に緊張が走る。
「ええ! 行ってくる!」

 ジギリドは意識を失っている彼に、ぽつぽつと問いかけた。ひょっとしたら、自分自身に問いかけていたのかもしれない。
「お前は、オレと同じなのか? 『渡り』なのか? それとも違うのか?」
 三十分が過ぎた。ジギリドは焦らされながらも、女の足に、小さな村とは言え相当な距離を走らせていることを後悔し始めていた。
 丘は隆起していて、この辺りで一番見晴らしが良い。やがて遠景に三つの輪郭が映った。華奢な少女ホァン。立派なアゴヒゲを生やした村長のアルフレッド。そして嘗てジギリドと同じ『渡り』だったらしいゲンマ爺。『渡り』だった、らしい、のだけど。丘の上にジギリド、ホァン、アルフレッド、ゲンマ爺、そして見知らぬ鳥。五人が集った。
 ゲンマ爺が注意深く、手の爪、足の爪を探り、ほっと息を弾ませた。
「少なくとも、猛禽類ではないようじゃな」
「猛禽類? あの古典の話に書いてあった……」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。あれは恐ろしいぞぅ。何でも喰らうのだからな」
 そう言いながら、羽を念入りに調べる。
「折れてはいないようじゃ、幸か不幸か。こりゃ頭から突っ込んだようじゃ」
 ジギリドは堪らず叫んだ。
「幸せに決まってんだろ!」
「すまんすまん、お主の時は……」
 そこで罰が悪そうに
「すまんな」
 ジギリドは、五年前のことを想った。あの時、彼はこの村へと翼から落ち、そして永久に羽ばたくそれを失った。ホァンとアルフレッドの方に目をやる。彼らは二人とも、空を飛ぶのには退化している。つまり、翼を持っていない。すっきりとした少し猫背の背中だ。大地にしがみつくこの村では、飛ぶことは必要の無いことだった。ゲンマ爺を見る。その背中には、『渡り』らしく鉛色の尖った翼が立派に生えていた。そして自身の背中を指先でなぞる。ジギリドの翼は、ひしゃげていて、折れ曲がっていて、短く切られていた。
「クッ……」
 巨鳥から、声が漏れる。にわかに緊張が走る。
「水を」
 ゲンマ爺はそれを受け取り、クチバシへと近づける。
 すると、ごくごくと、砂漠が一片の雪を飲む込むような勢いで、その巨漢は革の水筒を空にした。

「辺境の村にようこそ。旅人さん」
 ゲンマ爺は皮肉っぽく笑い、
「お主、名は?」
「クックドゥドゥ」
 鳥は、そう呟いた。
「名は?」
「クックドゥドゥ」
「ほう、クックか」
 いい加減そうな答えだ。
「何か言いたいことは?」
「クックドゥドゥドゥー」
 ゲンマ爺は子供をなだめるような声で
「そうか、そうか」
 村長のアルフレッドが焦れて
「それで何と?」
「年寄りは大切に。特に独身の、耳の丸い貫禄のあるご老体を大切に。毎日一時間は腰をマッサージすること」
 ジギリドは「おいおい」とぼやきながらも、目を細めた。ゲンマ爺のこういうところは嫌いじゃない。あの見知らぬ鳥―クックと言うそうだが―は敵ではない。それだけでも確かになったことは、大きな収穫だ。
「クックドゥドゥー……」
 クックはそう言って眼を閉じた。
「死んだか?」
 ゲンマ爺はクックの胸に手を当てながら
「いやいや、お陀仏じゃあない。極度の疲労で、意識を失っただけじゃ。それよりこの異国の言葉、恐らく『渡り』だ」

   2 温かいスープ

 雨がしとしとと降る。窓ガラスに水滴が流れる。これから5ヶ月、止むことはないだろう。雨季が来たのだ。
 レンガで組み立てられた暖炉に火が灯っていた。パチパチという音が、緩やかに空間も心も和らげる。
 ホァンはベッドからはみ出しながら眠っているクックを、じぃっと見つめている。そのトサカやクチバシは今まで見たこともなく、ジギリドから言葉だけ伝えられた熱帯魚を見ているような、そんな不思議な気分だった。
 しかし実際のところは、鑑賞ではなく監視を任されているのだろう。彼がこの村に災いをもたらさないとは、まだ限らないのだ。
 台所から薬膳カレーのような香りが、鼻をくすぐった。アルフレッドが膝から肩まである長い寸胴で、スープを作っている。丁子や草豆蒄といった香料を混ぜた、少し塩っ辛い肉入りスープだ。ホァンは風邪や熱射病で酷く弱ったとき、何時も作ってくれた懐かしい味を思い出した。堪らず、味見と称して少し分けて貰おうかと思い、台所のアルフレッドへと声をかけた。
「ねぇ、お父さん、あの鳥さん、此処のスープなんて飲めるのかしら?」
「飲ませるさ。目の前で、死なれちゃ、こっちの気分が悪い」
「でも、何でウチが」
「村長だからな、それに司教でもある」
 ホァンは抗議するように声を少し張り
「でも、でも、何でこんなの」
「それに、他には、よそ者を養えるだけの蓄えがないんだよ」
 ホァンは自分も『よそ者』なのかな、とふと思った。すると胸が苦しくなり、あれだけあった食欲も失せていた。
 雲に覆われた空に、夜を待ちきれぬようにカエルの合唱が響いていた。ホァンはうつらうつらしてしまっていた。
 ベッドから音がした。ホァンが思わず顔を上げ振り向くと、もう台所にその男、クックはいた。背後にいる見知らぬ者に、父は全く動じる素振りを見せない。元々このような性格なのだろうか、それとも神へ祈り続ければこのようなことは些細なものになるのか、ホァンは不思議に思う。
「まだ作りかけだが……飲むか?」
「クックドドゥドー」
 クックはまだ熱く煮えたぎるスープを寸胴ごと持ち上げ、口元をつけ、一気に流し込んだ。
「ちょっ、ちょっとは遠慮しなさいよ!」
 クックは寸胴を傾けながら、ごくごくとスープを飲み込んでいる。
 食事とは理不尽なものだ。作る手間や時間に対して、食べるそれは余りに短い。しかし、ここまで極端なものも中々無いだろう。まるで沢山の子供が競っていたかのように、五分もしない内にスープは空になった。
 アルフレッドがぽつりと。
「やはり『渡り』か……」
「えっ?」
「『渡り』は一度に大量の食べ物を摂る。それから何十日も飲まず食わずで海を渡る」
 スープを平らげたクックは、アルフレッドの方を向いて
「クックドゥドドゥー」
 アルフレッドは溜息をついて
「さすがに俺でも分かるぞ。ごちそうさま! じゃないな。もっともっと食べるものは? ってことだな」
 結果、二人の夕食にとっておいた小魚も、非常用の缶詰も、瞬く間にクックの胃に収まった。その勢いが余りに速いものだったから、ホァンは苛立ちを通り越して、感心してしまった。
「クックドゥドゥー」
「どういたしまして、だろうな」
 それからクックは玄関のドアを開け、外へと駆けていった。
「もう、一体なんなの?」
「威勢のいいことだな。だが、もう渡れない」
 アルフレッドは軽くため息をついた。
「何でそれをわかっていて……ジギリドの時もそうだったじゃない」
「彼も言ってただろう。渡れない『渡り』に何が残るのかって。俺たちが若い頃のゲンマ爺も似たようなことを言っていたよ」

   3 雨豚

 ジギリドは古びた柵に寄りかかっていた。村長の家はもう目の前だ。それから玄関へと訪ねようとして、止めた。それを何度か繰り返した。
「土地の者じゃないもんな。オレも」
 柵越しに話しかける。そうやって何時間か費やした後、クックが風になびく羽毛のように駆け抜けようとした場面に出くわした。
「おいおい、そんなにせいちゃ、こいつらがびっくりしちまうだろ。見ろよ、周りを」
 道沿いの左右両方に、柵が真っ直ぐ連なっている。その中のものが珍しいのか、クックは足を止めた。
「知らないのか? ここに来るまで俺も知らなかったぞ」
 つい勿体ぶった口調になってしまう。何せこの村に落ちて初めて、先輩面が出来るのだ。
「クックドゥドゥー?」
「雨豚さ」
 柵の中では象のような巨体が何十匹も、のしのしと歩き回り、それぞれ背中に麦わら帽子のような大きなコブを突き出していた。
「あれはな、雨豚っていうんだよ。大量の雨を皮膚から取り込んで、あのコブの中に蓄える。そうやって、乾季を乗り越える。乾季かぁ。その話はまた今度な。とにかくあのコブには水がぎっちぎちに入ってんだよ。それも幾重も濾過したような透明な水がな」
 自分でもまくし立てるような早口になっていることは、ジギリドにも分かっていた。しかしこの高揚感は隠すことは出来ない。ふっと息をついて、手のひらを空中に差し出す。雨が貯まり、そこに小さな小さな水たまりのようなものができた。それを口に含む。
「うぇっ」
 と声を出した。そして水を舐めた手で、クックを指差す。
「やってみな」
 クックはしばらく不思議そうに鉛色の空とそこからこぼれる雨を見つめていたが、ジギリドと同じことをしてみた。そして彼の方を向いて、うなづいた。ジギリドは言葉が通じたことが嬉しくて、更に早口で
「しょっぺえだろ。海に囲まれているからな。この村の雨は塩っ辛い。風呂や洗濯にはいいが、飲むのには向かない。だから、あいつらの水が必要なのさ」
 雨豚は草を食み水を貯め、殺され、肉とコブから濾過された水を村人に供されるために生きている。しかし家畜とは元来そういうものだと、ジギリドは知っていた。ここに至るまでの旅の途中で彼は見かけていた。広大な小屋に隙間なく詰め込まれ、上空から降ってくる餌欲しさに、我先にと口を開け閉めする赤白の巨大鯉などを。
「クックドゥドゥドゥー」
「こっちは、お前が何て言ってんのかわかんねぇよ。ありがとう、で良いんだな。そういう事にしちまうぞ」
「クックドゥドゥドゥー」

   4 雨の中に立つ

 雨は本降りになっていた。傘からは弾ける音が響き、そのてっぺんからは水がぽたぽた流れていた。
「もう五日も……何を待ってるの?」
 ホァンは傘もささずに丘に立ち続けるクックを、不思議そうに見つめた。返事はない。しかばねのように身動きもせず、ただ立っている。
「ほんとはね、お父さん、いえ村長さんからは関わるな、って言われているの。ロクなことにならないって」
 空いた小指をもじもじと交差させながら、思い切って
「あなたは何処から来たの?」
「クックドドドゥー」
「何処へ行くの?」
「クックドドドゥー」
「何よ! わからないわよ!」
 そう言いながら、ホァンは妙に納得していた。恐らくは聞いたこともない街から、聞いたこともない街へと向かっているのだろう。ならば、この意味不明の響きの言葉こそが、正解なのかもしれない。
「はい、これサンドイッチ」
 固い棒状のパンに縦へと長く切れ目が入れられ、中には緑のレタスと黄色のチーズとわずかばかりの薄桃のハムが挟まれていた。不器用なホァンにとって、得意料理だった。誰が作っても、格別に成功することなく、かと言って失敗することもない料理だ。最早、料理とも言わないかもしれないが。
「わたし、ダイエット中なんだから、要らないの。食べるといいわ」
 骨が浮いて見えそうな華奢な細い身体で、そう喋る。クックは白く透けそうなその手から、サンドイッチを受け取り、わしゃわしゃと食べ始めた。その豪快な食し方に、ホァンは堪らず笑った。
「相変わらず遠慮って言葉、知らないのね」
「クックドゥドゥドゥー」
「不思議、ありがとうと言ってるの? 違ってたら、はっ倒すからね」
「ドゥドドゥー」
 ホァンは満ち足りた笑顔を浮かべた。しかしクックが食べ終え、また空を見始めると、それを曇らせ
「気をつけてね。お父さんは旅人にも優しいけど、あなたのこと気に入らない人って、ケッコウいるのよ」

   5 水たまり合戦

 でこぼこの土道には、水たまりがぽつぽつと出来ていた。その表面で幾つもの波紋が雨によって撒かれる。
 休日の子供が二人。
「水たまり合戦やろーぜ」
「水たまり合戦?」
「今から道を外れたり、水たまりを踏んづけたらアウトな」
 そう言って片一方の子が、小さな水たまりをジャンプして飛び越す。要領をつかんで、もう一方の男の子もジャンプする。
 男の子が大きな大きな水たまりを飛ぶ。淵に足がかかる。長靴が水を跳ね上げた。
「はい、アウトー」

 しばらくジャンプしていると、道が二股に分かれた。大きな道と小さな脇道。
「こっち、行こ」
「なんでだよー、このままの方が近道じゃん?」
 軽く抗議するように、疑問を口にする。
「ガイジンさんがいるんだよー」
「ガイジンさん?」
「うん、僕らよりずっと背が高くて、低い声で知らない言葉を話す、ガイジンさん。悪い子はでっかいオナベの中に入れられて、食べられちゃうんだって!」
「なら、なおさら行かなくちゃ! テイサツだー」
「うーん」
 恐れよりも好奇心が勝ったのか、頷いてしまう。
「うん……」
「テイサツだー」
「テイサツだぁー」
 大きな道へと真っ直ぐに駆けた。

「思ったより、怖くなかったね」
「ねー」

   6 秘密基地

「良いとこ、連れてってやるよ」
 ジギリドとクックはシダの森を歩いていた。巨大な木々や岩々がそびえ、全体を黄色がかった緑の濃いコケが覆っている。豆粒大の蟻が行列を作っていた。その先には白っぽいキノコが群生していた。似たような景色が、道なき道へと続く。方向感覚がしっかりしていなければ、迷ってしまうような場所だった。幸いにも、ジギリドにもクックにも、『渡り』が持つ正確な方位磁針のような生まれ持った感覚がある。しばらく歩んでいる内に、切り株が並ぶ少し開けたところに出た。そこには雨を弾く油を塗られた大きな布が、木と木の間に吊らされ、中には様々なガラクタが雑然と置かれていた。
「秘密基地だ、お前が最初で最後の訪問客だ」
 辺りは、じめじめとして、一層蒸している。そこに青く輝く貝殻やすっかり古びた板切れが積まれていた。中でも一番奥に、半ば骨組みを剥き出しにした鉄と羽で出来た白い翼が展示されているように立てかけられていた。ジギリドはそれを見つめながら
「翼さ!」
「クックドゥ」
「そう見えないって?」
 確かに骨組みは翼そのものだった。しかし羽は左側の大部分に付けられてなく、がらんどうで、背後の薄茶色の板がはっきりと見えている。
「まだ、完成度は60%だな。ん? この羽根はな、全部俺の自前さ。カットした羽というのかな、抜け毛というのかな、何というか。そうしたのを集めて貼り付けてるんだ」
 ジギリドは初めての満点のテストを母に報告するような、そんな調子でとうとうと語る。
「オレの翼は折れ、使い物にならない。でも、いつか、きっと」
 ジギリドは照れくさそうに笑いながら、しかし真剣な瞳で
「空を飛ぶのさ。そして楽園へ。東の楽園へ行くのさ。お前もそうなんだろう? だから教えてやった」

   7 底辺

 クックは空を見上げていた。何時しか夜になっていた。分厚い雲によって太陽の光は遮られていたが、それでも真っ暗な夜になるとその恩恵が身に染みる。
 クック以外、誰もいない真夜中の丘。しかしその夜は小太りの中年が、アルコールで頬を赤く染め、クックの元へと千鳥足を運んでいた。
「よー、底辺。今日もお月見かー! 月なんて雲に隠れちまってるがな」
 クックは返事をせずに、ただひたすら空を見上げていた。
「気に入らないんだよ、お前。媚びないで、へつらわないで! そんなんで底辺が生き残れる訳ないんだよ! このクズが!」
 中年は悪意の塊のような眼差しで、クックの目を見上げ、睨んだ。次いで首元を掴もうとしたが、長身のそれに手が届かない。
「くそっ!」
 忌々しそうに吐き捨てると、クックの腹めがけて殴った。殴って、殴って、殴り続けた。鈍い音が響く。ケロケロケロケロ。それも四方からのカエルの鳴き声でかき消される。それが十分ほど続いていた。クックは呻き声も出さずに、ただ殴られるのに任せていた。
「くそ! 俺の拳の方が痛くなっちまった。腹立つんだよ!」
 そして中年は、クックの足指を思いっきり踏みつけた。ぐりぐりと踏みにじる。クックはただ黙っている。
「この! 生きる価値のない! ゴミが! 何でだよ! 何で反論しないんだよ! これじゃ惨めじゃないか! 俺の方が!」
 肩で息をして、泣いている。
「ナグリカエセヨ……」
 それは司教の祈りのようにぼそぼそとした声だった。
「それとも殴る価値もないのか! 俺には!」
 足元を正し、拳を引っ込め、顔を突き出す。
「お願いだよ」
「クックドゥドゥ」
「思いっきり、俺を殴ってくれよ」
 クックは、腰を捻り、丸太のような拳で中年の腹を殴った。「ぐぇっ!」という声と共に、中年はあお向けに倒れ込んだ。それで終わらない。クックは倒れ込んだ中年の腰に乗り、拳の連打を顔面へと叩きつける。二十七発。中年は気づいていないかもしれないが、丁度、彼に殴られた回数だった。
「思いっきりやってくれたな。ははは。お前、良い奴だな」
 中年は赤く腫れた目でクックを見つめる。
「まさか、殴られて気持ちいいなんてな……俺の名前はコール。ま、覚えてくれなくても構わないんだけどな」
「クックドゥドゥドゥ」
「はは、真性のマゾだって。この馬鹿者がってか。何でもいいさ。ありがとな」

   8 過去:ジギリド

 長雨は古傷を疼かせる。ジギリドは背中の先を襲う、熱を持ったようなピリピリとした痛みに耐えていた。じっとして居られない。堪らず外へと歩き出した。ぐるぐると同じコースを辿り、思考を巡らせる。そうして痛みをごまかそうとするが、今回は特に酷く、それでは収まらない。何時しか足は、丘の方へと向かっていた。
 先客がいる。
「よー、ホァン。お前、ひょっとして、ホノジか? みんなみんな外人さん、外人さんってな。遠くにいるからカッコヨク見えるのさ。いざ歩み寄ってみれば、どうでもよくなり、憎しみのこもった無関心になるかもな」
 ホァンはそっぽを向き
「バカ! あんたも、外人さんじゃない!」
 ジギリドは両手を肩のところまですくめ
「オレは特別さ。社交的だからな」
 クックが口を開いた。
「クックドゥードゥー」
「ああ、オレも外人なんだ。それに『渡り』でもあるんだぜ」
 それ以上のことをジギリドは言わなかった。クックにもホァンにも。
 『渡り』に感傷は似合わない。それがジギリドの信念だった。

 十年前。彼がまだ少年だった時。
 深緑がふざけているかのように砂浜に身を寄せているマングローブの森に彼はいた。砂はさらさらとしたチョークの粉のようで、真っ白だった。ジギリドは翼の手入れを丹念にこなしながら、浜辺を渡る小さな赤茶のカニの群れをぼぅっと見つめていた。翼は『渡り』らしく、横に長く風を切るように生えている。それに比べて、水上でホバリング出来るように三角になっている翼の少女が隣り合っている。丁度、ホァンと似たような年頃だった。街の者よりも『渡り』に関心を示すところも似ていた。ショートヘアがさっぱりとした性格に、とても似合っていた。その髪が風に揺れる。旅立ちの風だ。
「行かなきゃな。東の楽園に」
 ジギリドには夢があった。噂だけで誰も辿り着いたことのない楽園。常に温暖で、世界中の果物や魚が集まり、沢山の『渡り』が空を思うがままに飛んでいる。『渡り』には空を東へと飛ぶという生まれ持った衝動がある。それが満たされ、埋められる場所。
「ねぇ、わたしにとっては、ここが楽園。出来れば、その、出て行って欲しくないなぁ。なんてね。好きよ」
 今にも落ちてきそうな青い空を見上げ、少女は言った。
「えっ?」
「なんてね。嘘」
 それから視線を前に向け
「夢を追うあなた、輝いてるわ。だからその記憶だけで、わたしは生きていける。これは別れじゃないわ。出会いよ。あなたのいない世界とわたしが出会うの。そして、きっと、心の中であなたが楽園に居る世界になるわ。楽園! 見つけてね!」
 それから三時間後、ジギリドはマングローブに別れを告げた。

 更にそれから五年先。今よりも五年前のこと。

 ジギリドの視界に陸地が映った。どうやら険しい山に囲まれた孤島のようだ。前の街から旅立って二ヶ月、体力も気力もそろそろ限界を告げていた。しかし、彼はそこに休憩しようとは思わなかった。嫌な予感。長年の勘。それをジギリドは信じていた。右方へと避けようと翼を傾けた。
 しかし、しかし、島の背景は徐々に大きく、目の前に迫っていた。強烈な風が海から島へと向かっている。このままでは山肌に激突してしまう。
「バカ野郎!」
 ジギリドは叫びながらその風に抵抗したが、逃れられない。焦げ茶の山々が迫る。ジギリドは抵抗をやめた。そして風吹く方向に身を委ねる。やがて強烈な上昇気流。雲が吸い込まれていく孤島の中心へと、ジギリドも流れる。山々を飛び越えた。だが、次の瞬間、ジギリドは異変に気づいた。島の陸地へと強烈な下降気流が流れていた。上昇から一転、叩きつけるような下降気流が襲ってくる。抵抗虚しく、彼は島へと急降下したのだった。
 その時、ジギリドは翼をクッションにし、身体への直撃を回避した。そうしていなければ、彼は哀れな犠牲者になっていただろう。しかし、その代償として翼を失った。そして彼は、最後まで風に抵抗し、頭から落ちたクックに、不思議な敬意を抱いていたのだった。

「オレにもロクでもねぇ過去があるんだ。でもな、オレはこの閉じた島から抜け出すぜ。なぁ、クック、あれでな」
 ホァンは謎謎を聞かされたように
「あれってなによ?」
「さぁな」
 あの新しい翼を作り始めて四年。あと、二年かければ、ジギリドはそれを手に入れることが出来ると信じていた。

   9 過去:ホァン

「過去ね……」
 ホァンはしばらく雨粒が水滴となり垂れる黄色いタンポポの花へと、顔をうつむかせていた。
「栄光あるノニラ神は、太陽の神と雨雲の神を司り、気流を支配する」
「クックドゥドゥー」
「難しかったかしら。ノニラ教よ。ウチのお父さん、村長でもありノニラ教の司教でもあるの。この村に住むみんなが信仰しているのよ。きっと」
 きっとあなたもそうなるわ、そう言いかけて口をつぐんだ。それから
「司教は神以外のものを愛することを禁じられているの。つまり、恋人や妻を持つことは出来ないのよ。けれど、寂しくなんかない。その隣には何時も神がいるから」
「湿っぽい話は止めとけ。話したところでお互い辛くなるだけだ」
 ジギリドの制止に拘わらず、ホァンは意を決したかのように
「じゃあ、何でわたしが居るかって? 孤児よ。わたしは。本当の父も母もいない。まだ物心つかないわたしを、彼が引き取ったの。コールが言ってたわ。

 お前は底辺の中でもドン底だ。何せ誰からも愛されてないんだからな。あいつはな。村長の座を得るために、親切なおじさんの振りをするために、お前を利用したのさ。
 女を選んだのは、権力を持った男はジャマ、いや怖かったんだよ。二世に、家を乗っ取られるのがな。いやいや、卑しい意味があったのかもな。なぁ、お前、実際のところ、どうなんだ? あいつとは」

 長口上をそのまま覚えていられるほど、その時の衝撃はホァンには大きかった。
「わたしは要らない子。だから、わたしは何時、死んでもいい。ずっと、そう思って来た。あの約束の時までね。ねぇ、ジギリド、覚えてる?」

   10 過去:約束

「わたしには何もないわ。何も」
 ジギリドはかりかりとライ麦パンをかじっていた。次いで大きなマッシュルーム入りのスープをすすり
「うーん、それメシドキに伝えに行くほど、大事なことなのか?」
 ホァンは湯気が出そうなほど、顔を赤く染めて
「わたし、父さんが居なくなったら何が残ると思う? 抜け殻よ!」
 ジギリドは彼女を羨ましく思った。頼りになる父が居るということが、どれほど大切なことなのか。物心付けば一人ぼっちだった『渡り』には縁の無いものだ。
「それは無いんじゃないか」
 それからスプーンを置いて、自分の身体を覆う服を指差し
「ほら、お前が編んでくれた、このニットのセーター。背中に折れた翼が出せるように穴のあいた特製セーター」
「えっ?」
「あったかいぜ。お前がなくなっても、この温かさは俺には残る」
「でっ、でも!」
 それを打ち消すように
「こんな俺によ。『渡り』の外人さんによ。そこまで自分を見せてくれるなんて、嬉しいよ。いいか、お前は一人の男を嬉しくさせるだけの、もんなんだよ。それで十分だろ?」
 ジギリドは思う。彼女は優しいと。だから優しく包み返してやらなければと。
「ちっ、違うわ。こんなこと出来るのも、言えるのも、あんたが村の一員じゃないから、外人さんだから」
「ははっ、動機はどうでもいいさ。空を渡るのに、理由がいるか? 空を飛んだという結果があるから、それ以外のものは求めない」
 カエルが泣いている。雲が止まっている。村の明かりは蛍のようにちかちかと光る。
「それでもさ、この村にお前の居る場所がないのなら……俺が外の世界に連れて行ってやろうか? なんてな」
 ハハハと笑う。
「冗談だよ! ふっくらしたお前じゃ、こんな荷物じゃ、飛ぶ前に肩がいかれちまうよ」
「わたし、痩せれたら、連れてってくれる?」
「さーてね」

   11 現在:約束

 あれから三年が経った。
 今のホァンは思う。
 ジギリドは藍染の布のように、村の色にすっかり馴染んだ。まるで此処こそが故郷のように人々の会話の中に、険しい山々に囲まれた緑の風景の中に、溶け込んでいった。
 約束、なんて言ってもジギリドは覚えていないだろうが。約束を守ることなんて出来そうもない。
 でも、彼なら。孤高を保つ彼になら、それは果たしてもらえる。そんな気がした。
「ねぇ、クック、わたしを空に連れて行ってくれないかしら?」
「おいおい」
 何も返事が来ない。
 ホァンには分かっていた。クックは本気なのだ。本気でこの世界から飛び立とうとしている。だから、自分は、そこに入り込めない。
「いいわ、でもわたしのこと、手作りのサンドイッチの味、覚えていてね! 何時か遠い国の酒場で、わたしのこと、話してね。約束よ!」
「おーい」
 と丘の下の方から声がする。
「こんなところにいたのか……」
「お父さんこそ、何時からいたのよ!」
「ついさっきだよ」
 それから手短かにアルフレッドは
「さっ、帰るぞ。近頃のお前は雨に打たれすぎだ」
「それならあのでっかいあいつにも言ってよ! 毎日、あんなところに突っ立っていて」
 ジギリドは呟いた。特別な『渡り』の習性。
「風を読んでるのさ」
「えっ?」
「さっ、今日のところは解散だ。腹も減ってきたしな。何時の間にかか? あっという間にか? 背中の痛みも消えちまった 」
 ぽつぽつと
「代わりに……痛くなっちまったとこは……あるけどな」

 家路への途中、アルフレッドは諭すようにホァンの目をじっと見て
「なぁ、無闇に約束なんて、するもんじゃないぞ」
「なっ、なによ! わたしの勝手でしょ?」
「だからな、相手もいるだろ、約束って。ああいうのはこっちもあっちも重くて痛い。守るのも大変だし、何より破られる度に、心をえぐっていくんだよ。約束ってのは」
 声が少し震えてしゃがれていた。
「お父さんも、約束したことあるの?」
「ああ、昔。大きな約束をな。破られちまったが」
「父さん」
「それともう一つ、別の約束をな。ただ、相手は生きている人間じゃあない。神様ってものかな。こっちは守ろうと思う」
 ホァンは一つ息を吐き、それがしんしんと降る雨に溶けた。
「お前もな、約束をするなら、神様にしなさい。神様は優しい。もし約束が破られても罰することはない。それでも、ささやかでも守られるように何時も見守ってくださる」

   12 空を見上げ続ける

 夕暮れ後の丘。
 ケロケロケロケロ。
 カタツムリがのそのそと、舐めるように這っている。
 クックは空を見上げていた。
 彼の足元は型が出来るほど、湿った土にめり込んでいた。
 深緑の草が丘一面に生えていて、稲穂のように風に揺れる。
 脚は硬くなり、筋は張り詰めていた。
 羽は雨でぐしゃぐしゃに為っていた。
 両腕は組まれ、背中の翼はなびいていた。
 泣き腫らしたように目は赤く、冬のプールで素潜りをしたかのようにクチバシは色を失っていた。
 しとしとと降る雨。
 一面に広がる雲。
 そして空の間を彷徨っている雷雲。
 この雷がある内は、飛ぶことは出来ない。
 しかし、彼にはわかっていた。
 空を見続けていた彼は、何時しかカエルのように天に近づいた気象予報士へと、変わろうとしていた。

   13 可能性

 雨足は徐々に強くなっている。その中をゲンマ爺は走っていた。丘の手前で息を整える。それから何事も無かったかのようにそこに赴き
「ああ、やっぱり、まだ居ったか。クックよー。ここらは直に嵐になる」
 ゲンマ爺はクックを見つめて
「村長というか、あのお嬢さんにな、岩場の洞窟に来るようにと、わしゃ説得されてな。それでお前さんを、説得しに来たわけじゃよ」
「クックドゥドドゥー」
「そうじゃよな。お前さん、わかっとるんじゃろ。『渡り』の本能かのぉ。わしにもわかる。今夜にも、雷が一杯、降ってくる」
 クックの目は真っ直ぐにゲンマ爺に向かい、見開かれていた。
「そしてお前さんは知っとる。それこそが、『渡り』が待っていたシグナルの一つだと」
 ぽりぽりと頭をかいて
「誰もお前さんを変えさせることは出来んよなー」
「クックドゥドゥドー」
「ありがとう。優しいおじいさま。皆に、ご褒美に小魚のステーキを食べさせてやってくれ、じゃと」
 クックは何時も通り、無表情のままだった。
 気まずい沈黙が流れた。
「おいおい、突っ込まんか」
 目の前をアマガエルがピョコンと跳ねた。
「本当に貰っちゃうぞ。美味しいんだぞー」

   14 流雷群(前編)

 切り立った山々にできた自然の洞窟の中。
 クリーム色の鍾乳洞の尖った先から、水がとっとっと垂れていた。豊かに実ったみかん色のランプが壁にかけられている。そこに村民たちが一同、詰め込まれている。
「今年のは、厄介そうだ」
 何処とも知れぬ声が聞こえた。
 赤ん坊が、「アアアアアアッ」と泣く。
 少し先輩の年長の子供が、まるで祭りの前夜のようにはしゃいでいた。
「もうちょっとで、カミナリだよねー」
「カミナリさまだー」
 老人の祈りの声がそれに混じる。ぽつぽつと、しかし次第にそれを発する数は増え、合唱となった。

 ホァンは帰ってきたばかりのゲンマ爺に聞く。あれだけ連れて行くように頼んだクックは隣に居なかった。
「クックは?」
「ありゃあ、真性の馬鹿じゃよ。しょうがない。後は天に任せるんじゃな」
「そんな」
 稲光が差し込み、しばらくしてドォンと火薬が爆発したような音が響く。
 雷の音。
「始まったか」
 流雷群。雷が流星群のように絶え間なく落ちてくる、雨季の中でも特別な日。
 音は鳴り止まず、終わったかと思えば、次の雷の音が響く。
 既に洞窟の外はピカピカと明滅している。
 地上の罪人を跡形もなく消そうと、神様が定めた雷鳴の日だ。

「行かなくちゃ」
「ダメだ!」
 アルフレッドが洞窟の入口で止める。ギュッと抱きしめ、しかし強く拘束する。
「何よ! わたしの勝手でしょ! 自由でしょ!」
「村の掟だ」
 ホァンは怒鳴る。涙が出てくる。手を噛む。足を踏んづける。でも、両手は離れない。離さない。
「俺はな。お前まで失いたくない。お前の本当の父さんと母さんだけで十分なんだ」
 ホァンの耳にかろうじて届く声量だった。泣き声だった。
「今だから、話そう。俺たちのこと」
 雨音と雷音がその声をかき消して、ホァン以外の誰の耳にもそれは届かなかった。

   15 流雷群(後編)

 アルフレッドは、目を滲ませてホァンに語る。
「俺にはな、友人が二人いたんだ。女の子と男の子」
 少し言葉に躊躇して、しかし思い切って
「正直言うとな、あの娘に惚れてたんだ。俺は。好きで好きで堪らなかった。顔を見ようとして、覗き見て、それで頬を真っ赤にするくらいだった」
「お父さんにも、そんな時があったんだ」
「ああ、そうさ。誰にでもある。だから、あの娘から告白されたとき、俺はとてもとても嬉しかったよ。だけどね、直ぐに『うん』とは言えなかった。俺は聖職者に成ろうとしていたからね。太陽と雨の神以外、愛しちゃいけなかったんだ」
 雷が近くの木に落ちたのか、一際大きな炸裂音を立てる。
「三十秒くらいかな。迷いは。あと一分あったら、結果は違っていたかもしれない。あの娘と手と手をつなぎ、終わりまで一緒にいるような、そんな未来もあったかもしれない。実際に夢に見るくらいだから。若いままのあの娘と俺と、それで何故か五、六歳くらいの男の子と、暖炉の前で何か喋っている夢をね。何時も音が聞こえない夢だったから、何を話しているのかわからないんだけどな」
 ホァンの両手から力が抜ける。
「あれから、十年。彼女は結婚をした。でも、悲しくはなかった。むしろ嬉しかったんだよ。その相手がね。お父さんの親友でね。優しさと強さを併せ持った男だった。山々の奥を行き来し、山菜や猪を狩る勇敢な戦士だった。それでね、父さんが結婚式の神父になってね。三人とも笑ってたな」
 喧嘩を止めさせようと、間に入ろうとしたジギリドは、二人から涙がこぼれていることに気づいた。何も言わずに引き返す。
「幸せってもんは掴みどころのない曖昧なものだ。それに順位をつけるなんて、ナンセンスなのかもしれない。でも、あの時が一番、幸せだったなぁ。
 『永遠の幸せを共に分かつと神に誓いますか?』
 あれはね、儀式の言葉を借りた、俺の心からの約束だったんだよ」
「それで二人は?」
「その二人に本当に愛らしい子が産まれた。体が弱かったから、神への祈りを名目に、何度も何度も見に行ったよ。名は異国の花の名前。ホァン、それがキミだよ」
「えっ?」
「それからの二人は、どうなったのか。それは今は言わない。キミが立派に成人になるまで、話さないと決めたんだ。でも、ただ一言だけ。二人は幸せだった。そして、キミのことを愛していたんだよ」
 ホァンは平然と村長と司教の仕事をこなしていく父を、この上なく器用な人だと思っていた。余りの世渡りの上手さにイライラさえしていた。しかし、ホァンはアルフレッドも殊に愛情に関しては不器用な人なのだと思った。
「キミを引き取ったとき、俺は不安だった。あの二人ほどキミを愛せるとは、思えなかった。でも、でもね、他の誰よりも愛そうと、そう神様に誓ったんだよ。それが俺が神と交わすことになった二度目の約束だ」
 雷は鳴り続ける。雨が洞窟の中にまで吹き付けている。ただホァンには温かいものが流れていた。

   16 わたしは何もできなかった。しなかった。

 雷の夜は続く。深夜になった。
 ホァンは思う。去年までは毎日毎日あの五月蝿さの為に、身体が疲れきって倒れそうになるまで寝付けなかった。でも、今年は違う。眠る気なんてしなかった。ただただ、雷が鳴り止むのを待っていた。わたしは何もできなかった。しなかった。
 光の柱が降り注がれ、地面がわっと輝いたかと思うと、間髪いれず、飛龍が創造主へと吼えるかのような轟音が響く。
 次いで、空を捕まえようと投網を放り投げたかのように、ジグザグの細い線が視界一杯に広がる。
 外は灰色の雲をバックに、黄金色の稲光が幾つも枝分かれし瞬いている。神様が描いた一枚の絵のようで、綺麗だった。
「出るのか?」
「ジギリド!」
「なぁ、オレが言うのも何だがさ。少しはあいつのことを信じてやれよ。追い出されたんじゃなくて、あいつがそれを望んだんだろう。だからさ……」
 ホァンは首を横に振る。
「出るつもりなんかないわ。ただね、待ってるの。この流雷群が過ぎ去るのを」
「そっか……俺も待ってるんだ。胸騒ぎがしてな。お前のような心配事じゃないぞ。長い雨が明ける前の日のような、近くの泉にキャンプしに行くような。そんなわくわくした気分なんだ」

   17 空

 雨がざぁっと降る音が、遠くから聞こえる。
ザザザザザZaZaZaZaZZZaZZZZaZZZZ
 ZZZ……
「おい!」
 ジギリドの呼びかけ。
「んっ……わたし眠ってた?」
 ホァンには眠気のモヤがまだかかっていて、視界はぼんやりとしていた。
「ああ、起きろ! 雷がおさまったぞ!」
「えっ!」
 心臓が跳ねた。何時の間にか、丘へと全速力で駆けていた。しかし、体力が続かない。足が運ばれない。あれだけ心は飛んでいるのに、辺り一面の緑草の風景は全く変わらない。
「一足お先に失礼」
 傘を片手にゲンマ爺が追い越す。
 ジギリドはホァンの隣を併走していたが、
「おいおい、もっと懸命に走れよ。青春な女の子、いや、こりゃ、恋する乙女かな」
「そっ……そん」
 息が切れ、声が返せない。
「ショウガねぇな、ほらよ」
 とジギリドは背中を差し出す。
 ホァンは息が切れ、体力が切れ、走る気力も無くなっていた。ぜぇぜぇと歩きながら、
「いいわよ。先に行ってて」
「また何時もの強情っぷりか。花は切られて、束ねられて、贈られるものじゃない。野に咲くもんなんだ」
「何よそれ」
「素直が一番ってことさ」
 そうしてジギリドは屈んだ。ホァンは背中に捕まる。
 ジギリドは駆ける。ホァンは彼がこんなにも速く走れるなんて思ってもいなかった。怖いくらいの速さだ。身体をギュッと寄せる。きっと、誰もいない時に、誰もいないところで、鍛錬を積んでいたのだろう。とうとうゲンマ爺を抜き返した。
「なぁ、お前って、その軽いのな。カバンよりも軽い。だからさ、重荷に何かならねぇよ。むしろさぁ、オレってフックラピチピチお嬢さんの方が好みなわけ。ちゃんと飯食えよ」
 丘の先っぽが見えた。ジギリドも流行る気持ちを抑えられないのか加速する。
「もう、ここでいいわ」
「やれやれ、背負われてるのを、見られちゃ困るのか。誰も尻の軽い女なんて思わないよ、その、物理的にゃ軽いがな」
 結局そのまま丘へと着いた。
「クック」
 笑った、ような気がした。
 それからクックは空を見つめ、足をバネみたいに上下させて、飛んだ。

   18 翼

 イカロスは何故、太陽へと挑んだのだろうか。
 神と呼ばれ、調子に乗ったから? お日様と、少しだけ仲良くなりたかったから?
 理由はわからない。イカロスは熱で溶けた翼と共に、海の底へと沈んだのだから。
「行っちまったな」
「うん」
 草を引きちぎりながら
「オレ達を置いちまって……くそっ! オレにも翼があれば……きっとこのタイミングで」
 珍しくも汗で顔中のしわを濡らしたゲンマ爺がゆるりと
「翼があっても無理じゃよ」
 久しく使われていない、ススが溜まったような自身の翼を撫でながら
「まぁ、見とくんじゃな。十五分。これで決着は着くじゃろ。無理じゃよ。逆風が吹いとる。じゃが、或いはこの村で……いや、これ以上は夢物語になっちまうなあ 」


 空には白い雲。昨日まであった黒味を帯びたそれは、雷雲は、もう無い。これを抜ければ、村を一望できる山脈の上、次いで広い海へと至る。クックはそこにたどり着いたのだろうか、とジギリドは思う。
 ホァンはただ、ぼうっとしている。喜びの笑顔も悲しみの涙も、うかがえない。ジギリドは、昔、大きな街で興味本位で見た劇を思い出していた。物語がどうにも行き場を失った果てに、ふいに終わりをもたらす超常現象、歯車で出来た神。そんなものに呆気にとられた、失望を通り越して声も出せないそんな観客の表情が浮かんだ。拍手も野次も無い、重苦しい沈黙。劇はもう終わったのだ、と納得できないもどかしさ。ホァンもきっとこの別れをまだ、受け入れられていないのだろう。

「十五分、経ったぞ」
「あと五分」

 雨はしとしとと降り続ける。
 村全体に、水のベールを被せる。
 雨に濡れた丘の草花。コスモス。
 湿った空気が、流れている。
 ホァンの髪が風に揺れた。

「五分経ったぞ」
「あと三分」
「おいおい、いくら頑固ジジイでも 」

 クックは落ちた。

 クックはうつ伏せに倒れている。
「うむ、まだ呼吸はある。翼も無事じゃ」
 ゲンマ爺は己に言い聞かせるように説いた。
「雷雲が無くなったとしても、雲を村の上空へと集め、吹き付ける下降気流は、続くんじゃよ。そして登山家も諦める高さの切り立った山。出られんよ。出られたら、とっくにワシは海の上におるよ。お主の気概はわかるが、もう、ここまでじゃ」
 それから二人の方を向いて
「ジギリド、ホァン、あんたらもそこまでにしなさい。この村で生きること。諦めることは決して、悪いことじゃあない。ここでの生活も慣れていけば、案外、悪いものではないぞ。最近、そう思うんじゃよ」

   19 緩やかに死んでいく村

 村民の数は、二百あるかどうか。半世紀以前は、四百を超えていたのだから、半減したことになる。
 数だけではない。特定の『持つ者』、金持ちや力自慢は生き残り子孫を増やし、その他大勢の『持たざる者』は乾いた季節を越えられずに、その営みを終えることが多い。
 その為、血はどんどんと濃くなり、次の次の世代になれば近親相姦の域にまで達するだろう。
 だが、村人たちはそれらに驚く程、関心を示さない。それは無知ゆえの楽観なのかもしれないし、半ば神の定めた運命だと諦念しているのかもしれない。でも、あの青年なら、この流れを変えられるかもしれないと思った。
 流雷群の後の、娘の顔。どこか悲しそうで、でもほっとした顔。アルフレッドも何時の間にか同じ顔をしていたのではないかと思う。
 彼が出来るなら、俺たちも抜け出せるかもしれない。
 彼が無理なら、俺たちもこの運命に従う覚悟が出来るかもしれない。
 アルフレッドは疲弊してベッドに運び込まれたクックへと静かに歩いた。枕元を向いた椅子に、娘が座り、泣きそうに見守っている。
「少し二人きりで話をしたい。いいかな?」
 異邦人がアルフレッドの言葉を理解しているかどうかはわからない。でも、話しておきたかった。彼もまた自分に言い聞かせようとしただけだったのかもしれない。

   20 雨季と乾季

「なぁ、お前まだあそこに立つのか。無茶な真似は止せ。今だけならまだいい。雨に打たれるくらいなら、まだいい。風邪をこじらすくらいで済む」
 アルフレッドはクックに説いていた。職業柄、長時間のスピーチには慣れていた。
「だけどな、雨の後には太陽がある。雨季の後には乾季がある。あの重たそうな、てんで動きそうもない雲を、底から吹き出る気流が弾けさせ、空は真っ青。湖のように、真っ青になる。すると太陽が容赦なく襲いかかる。あんな所にいたら脱水症状で、衰弱し、死んでしまう。だから俺たちは普段、家に篭ってるんだ。雨季は雨に濡れぬように、乾期は太陽の影に隠れるように。お前さんら、『渡り』からみればしょうもないかもしれんが、これがこの土地での生き方なのだよ」
「クックドゥドゥードゥ」
「納得しないか。でも、考えてくれよ。俺が信じている神はね、気流を司っているんだが、こんな格言がある。
『向かい風も何時の日か追い風へと変わる』
 俺は気流の中心にある教会で何度も風を見ていたからわかる。俺たちは風になるべきなんだ。柔軟に、もっと柔軟に」
 クックが今までにない調子で、大きな声で応えた。
「クックドゥドゥドゥドウー」
 アルフレッドは続けて
「ジギリドは言っていた。楽園に向かうと。お前さんも、楽園を目指してるのか? じゃあここを楽園にしてくれんか。お前さんは恵まれた体格をしているし、意志も強い。きっと、この閉ざされた世界の、新しい旗手になれる。そう思うんだがね」

   21 動く

 椅子にもたれながら、ホァンは眠っていた。元々、体力には自信はなかったが、ここ数日、気を張り詰めていて消耗していた。
 幾重もの雲をすり抜けた朝の清潔な光と共に目覚める。ベッドには、誰も居ない。クックが居ない。
「また、あの場所ね」

 雨豚の牧草地を駆けていき、丘につく。クックは、居ない。
「えっ?」
 コールが意味深げに笑いながら
「何だあの野郎にお熱なのか? 来るのはわかってたよ」
「うるさいわね! あんたに何がわかるって言うの?」
 ホァンは秘密の場所に土足で入られたかのような不快感に震えていた。
「あいつは、確かにいい奴だよな。芯が通ってる。やっぱり湿気っちまった世界にいると、ああ言うのが眩しく映るのかな」
「何よ!」
「お前さん、聖職者の娘だろう。信心深くおしとやかじゃないと。偶には、そうだ、お祈りでもしてみりゃいいぜ」

   22 引越し

 教会は風の集う場所、気流が最も活発な場所に建てられた。それから八百年、時の流れと戦い、増改築を頻繁に行なったが、今も気流の中心に位置している。雨と太陽と気流を信じるこの宗教では、信仰の偶像化、例えば神の彫像や絵を装飾することは禁じられていた。つまり、とても質素な石作りになっている。
 ただ、四層も続く地下図書館には膨大な数の記録が眠っていて、時々熱心な信者が涼みがてら訪れる。沢山の経典の他に、毎日の天気を連綿と記した資料や、過去の司教達によって書かれ続けた日記なども連なっている。
「わしゃ、じめじめした所が好きなんじゃ」
 と言うゲンマ爺はそこを管理し、幾つかの異国語で綴られた書物を翻訳している。
「ああ、こんなところに」
 アルフレッドは、首をいっぱいに空を見上げた。
 教会の三角屋根のてっぺん。
 そこにはクックがいた。
「風見鶏みたいだな」
 思わず軽い笑みが溢れた。
「諦めたか。素直じゃないな。言えば、中に入れてやるのに」
 ホァンが走ってきて
「何よこれ? どうしてこんなところに! はた迷惑な奴なんだから」
 素直じゃないのがもう一人、とアルフレッドは笑った。

   23 『渡り』

 ジギリドは笑った。泣きそうな目で。
「お前、諦めるのか……」
「クックドゥドゥー」
「ずっと仲間だと思っていたよ。同じ楽園を目指す『渡り』として。でも、こんなんで止めちまっていいのか! 何ていうかさ、身体の奥底から、湧き上がる、想いってないのか?」
「クックドドドゥー」
「オレはまだ取り憑かれてるぜ。何時か、オレは空を飛ぶ。お前の負けた下降気流に逆らってな」
「クックドドドゥー」
「そりゃダメだ? ってか。他に何があるんだ。飛べない『渡り』に何が残るってんだ? お前、乾季があるのを知ってるだろう。気流が吹き出て、立っていられないくらい。雲が散り、雨が止む。お前のように大きすぎる大飯食らいは、栄養が切れ、干からびて死んじまうぜ。だから、だからさ、もう一度、飛んでくれよ!」
「クックドゥドゥー」
「わかんねぇよ!」

   24 お願い

 赤モヤシと青ピーマンの、作りたての野菜炒めが出来ていた。ほかほかと湯気が立ち、唐辛子の匂いがアルフレッドの鼻を刺激し唾液を溜めさせる。
「へぇ、珍しいこともあるもんだな」
 口にしてみる。火の通りが甘いのか、ベタベタしている。ホァンは得意げに
「わたしでも、やる時はやるのよ。オカワリも、ちゃんとあるわ」
「でも、ちょっと量が多すぎないか?」
 ホァンは顔を伏せた。
「あいつの分か……」
 取り繕った笑顔で
「うん、教会の番人さんにね」
「確かにここ数日、物珍しさからか、訪ねる人もお供えをする人も増えた。でも、一過性のブームだよ。雨季が済めば、萎んでいくだけだ」
「うん、わたしもそう思う」
 そこで意を決したかのように
「だから引き取って!」
「えっ?」
「ウチに住ませてあげて! 重荷になるかもしれない。でも、今までお父さんが一人で背負ってきた荷物。わたしが少しでも肩を代すわ。その分に、ほんとに少しだけでも軽くなった分に、あの人を入れてあげて……」
 子供の駄々のようだった。しかしアルフレッドには、自分がホァンとは血を分けた親子ではない、と告げてから初めて受けるリクエストだった。

   25 おしゃべり

「ねぇ。クック、何でお家に来ないの?」
「此処の方が快適なのさ。風も読めるし、空も見れる」
 饒舌に言葉が動く。
「喋れたの!」
「ああ、黙っていてゴメン」
「いいわ、許してあげる。その代わり、教えて。あなたは何処からやって来たの? 何を見てきたの?」
 ホァンにはこの村が全てだった。だから偶に酒に酔ったゲンマ爺やジギリドから聞く異国の話は、とても刺激的で、心を豊かにしてくれる気分へと浸らせた。肌が切れるような冷たい風吹く空を、輝かせる虹色のカーテン。頂上まで水しぶきで見れないような、高く巨大な滝。クックは感慨深げに話す。
「小さな島、色んな他の『渡り』と編隊を組んで飛んだり。出会ったり、別れたり。でも、それも最後だ。此処を住処にするよ。僕は渡れない『渡り』だけど、素晴らしいものを見つけた。本能よりも、もっと素晴らしいものを」
「クック、それって何?」
「クックドゥドードゥ」
「はぐらかなさいでよ。恋とか愛とか夢とか、そういうもの?」
「クックドゥドードゥ」

 父が目玉焼きを焼いている音が聞こえた。何時もの朝。
「夢……か。覚えてない。どんな夢だったんだろう。とても幸せで、でも……」

   26 液体

 ジギリドは屋根の上に立つクックを視界に見つけた。しかし、何も言わずに教会の扉を押した。
 地下図書館には、澱んだ空気と湿気が溢れていた。整列した黒の本棚に、茶色い書物が並んでいる。
「どうやら彼も、この村の一員になったようじゃぞ。アルフレッドから聞いた」
「そっか」
 ジギリドは曖昧な相槌を打った。
「なんじゃ、驚かないのか?」
「どうせ他人が決めたことだろ? オレはまだ『渡り』のつもりだけど、村民だ」
「ワシもいつの間にかなぁ」
 少し目を伏せてジギリドは
「オレも脆い。あの娘と一緒にこの村に住んでもいいかなと、最近、思ってる。そんなことしたら、もっと嫌われちまうのにな」
 渡れない『渡り』に何が残る。口癖となったその言葉に、何時も目を輝かせ笑ってくれたのはホァンだけだった。
「オレたちも、雨豚みたいなもんさ。ただ水を搾取されるために、生を終えるためだけに生きている 」
 ゲンマ爺はほぅっと息を吐き
「水と人生か。それは誰にも当てはまるな。ワシらはな。液体を運んでいるんじゃよ。遠い昔から、もっと遠い未来へとな」
「液体?」
「血液じゃ。ワシらは誰かを好きになり、愛し、大地に血を残す」
「……」
「もっと言えば、汗や涙だって、そんなもんかもしれんぞ」
「……」
「此処に留まるのなら、ワシは歓迎するよ。あの娘も、きっと、お前さんを愛してくれるさ」
 雨音はここまで届かない。図書館の静寂の中、ぽつりぽつりとした一言が、妙に鮮やかに響いた。
「答えは出てるんだ。あのマングローブに大切な人を置いて来た。あいつは今も空を飛ぶオレを想い描いてくれているんだ。だからさ、その想いに応えなくちゃな……だけど、それでも俺は」
「奇遇じゃな。ワシも置いて来た。家族、をな。どうしても渡りたくなるんじゃな。『渡り』だから」
 ゲンマ爺は言い訳じみた台詞に、少し苦しそうに
「雨豚には翼がない。お主の翼も壊れとる。そうなると、翼を持つワシが滑稽じゃ。すっかり枯れて、もう使わない羽根の固まり。お主に分けてあげたいよ」
「分けてくれよ。生まれ持った翼が全てじゃない。オレ……翼作ってんだ」
 ジギリドの目に光が宿った、ように見えた。
「それで、今は三人で飛べるように、二つ作ろうと思ってる」

   27 ちゃんばら傘

 鉄に黒い布を貼られた傘が、振り回され、ぶつかり、ミキミキと音を立てる。
「ダイチザン!」
「カイハザン!」
「アバンストラッシュ!」
「アバンストラッシュクロス!」
「ギガブレイク!」

「ギガブレイクは反則だろー」
「やられたー、って言ってよ」

「クズリュウセン」

「これは、もっと反則だよー」
「やられたって言えよー」
「ダメでしょ。誕生日にもらった傘で、あんなことしちゃ!」
 何時の間にか家の庭に着いていた。
「でもでも、そろそろ雨やむよ。カサ、要らなくなるよ」
「そうかも知れないけどね」

   28 長靴潜水

 おやつ時に、寺子屋帰りの男の子が二人。右手に傘、左手に手提げを持っている。
「今日も、ちゃんばら傘しようぜー」
「ダメだよ、母ちゃん、怒る」

「そんならさ、長靴潜水」
「えっ? 何それ?」
「おう! 例えばそこの水たまり」
 ばしゃんと水たまりの淵に入る。
「ほら、長靴で濡れない」
 徐々に真ん中へと足を滑らせ
「うん、ぎりぎりギリギリ」
「ギリギリだねー。濡れないね」
 長靴は上部まで水に浸っていたが、中の靴下は濡れていない。それでも心なしか、少しひんやりとする。
「そう! 濡れたら負け! じゃ、次、お前!」
「やだよー」

 しぶしぶ水たまりに入る。徐々に深くなってくる。突然、沈む。
 膝から腰までビショビショになった。慌てて戻ろうとすると、さらに深みにはまっていく。水の奥の奥まで落ちる。水面からの景色は見えなくなり、こぽこぽと気泡とともに深みへと沈む。銀色の魚たちの群れを通り抜ける。底の方には、巨大な幽霊船があった。ぼろぼろの布を纏った骨人間が、海賊帽を被っている。
「ふふふっ、活きのいいおこちゃまだ。みんなー、今夜はごちそうだぞー」
「あいあいさー」
「あいあいさー」
「あいあいさー」
「あいあいさー」
「あいあいさー」

「ってことになっちゃうよ」
「そんなん、ないって!」
「でも、お父さん、いるって言ってたよ。水たまりのお化け」
「いないって!」

「でも、止めとく?」
「あー、おう」

   29 てるてる坊主

 てるてる坊主、照る坊主。玄関先に付いていた。
「おっ! 懐かしいなぁ」
 仕事帰りの鞄を置きながら、感慨深げに撫でた。
「あの子、そろそろ太陽が恋しいみたい」
「それで、乾季も半ばになると『雨あめ降れふれ』言い出すんだろう」
「まぁね、でも、いいんじゃないの。素直で」
「そろそろ雨雲にサヨナラして太陽にオハヨウする祭りがあるからな。余り小遣い与え過ぎんなよ」
「はいはい」

   30 海

 クックを見上げるホァンの顔は、淡いピンクに染まっていた。
「ねぇ、クック。クックは色んなところ旅してきたんだよね」
「クックドドゥー」
「ね! 海ってどんなところ? ゲンマ爺とジギリドが言ってたけど、辺りを見渡す限り、一杯の水が広がってるんでしょ? お風呂でちゃぷちゃぷするのと比較にならないくらい大きな水の波紋が、途切れることなく続くとも言ってたわ」
「クックドゥドドゥー」
「なーに? わかんないわよ。これからこの村に住むんだから、こっちの言葉くらい覚えなきゃ!」
 そこで思いついたように、しかしずっと考えていたかのように滑らかに
「そうだ、ゲンマ爺に教えてもらえばいいわ! あの人、二十ヶ国語も話せるって言ってたわ。眉唾ものだけどね。それでも、四、五の外国の言葉を聞きかじっているらしいの。簡単な単語とかなら、わたしも手伝うわ。そしたら、クックの旅の話、わたしにも聞かせてね」
 ホァンはくくっと笑いながら
「時間はタップリあるわ。ゆっくりゆっくりこの村に溶け込んでいきましょ!」

   31 屋根の上で

 壁に梯子がかけられた。ごそごそと一段一段、それを登る男が一人。
「ようっ!」
 コールだった。
「クックドゥドドゥ」
「ここは風が気持ちいいな。そろそろやって来るぜ! 嵐が! 祭りが! 俺は行かないけどな。あんなのは家族持ちと金持ちが、馬鹿騒ぎして酔っ払うためのもん、さ」
 コールは勢いよく話そうとするが、ロレツが回らない。
「なぁ、そろそろお別れだな。今日で最後だ。俺さ、何か調子悪いんだ。喉の奥がひりひりして、乾いて乾いて性がねぇ。最近は食べ物を、通すのも、億劫になった。死ぬな、こりゃ。乾季で、もたないよ。背中も骨が飛び出ているみたいに死ぬほど痛むしな。でも、死んでも泣いてくれる人はただの一人もいないんだ」
 クックは何時も通りどんな表情も浮かべなかった。それがコールには有難かった。
「こうなると、後悔するんだよ。ああ、つまらない見栄や羞恥なんて捨てて、もっと素直になってたらってな……お前はさ、もっと素直になるべきなんだよ。あの娘のこと好きなんだろ?」
「クックドゥドドゥー」
「余計なお世話だって? 馬鹿にすんじゃねーよ」

   32 気象予報士、泣き止む……

 静かな夜だった。風に揺れる草の音が聞こえるくらい。おかげで夜はぐっすり眠れるような、それはそれで寂しいような、そんな夜だった。
「明日、祭りだな」
「えっ?」
「カエルが泣き止んだ」
「うん」

 雲で覆われた空。
 太陽が顔を出さない今は、夜明けは劇的には起こらない。ゆっくりとゆっくりと景色に色が付き始め、何時の間にか朝が来る。灰色の空、石炭色の教会、赤レンガの石畳。
 クックの頬を涙が伝った。

   33 祭り

 アルフレッドはゲンマ爺に問う。
「風からの通達では、何時ごろだ?」
「ちょうど夕刻時だな」
「そうか……」
 気流が猛り、雨雲が去り、太陽が顔を出す時、教会では儀式がある。司教が感謝と挨拶を込めて、祈りを唱える。そしてそれを祝う祭りは最高潮に達する。

 その夕刻時が迫ってきた。
 村民が集う。
 ぼったくり価格の屋台も賑わい始めた。山菜おこわが、通常の三分の一の量で、二倍の値段がする。鮎の塩焼きが、豚肉のような値段になる。それでも祭りに浮かれた群衆によって次々と売れる。
 赤いスカート、水玉のブラウス、緑の帽子。村人たちそれぞれが、とっておきのオシャレをして、人ごみを練り歩く。
「母ちゃん、おいしいよー」
「採れたてですからな」
「また、嘘ついちゃって」
「奥さん、ほんとですよ」
「でも、おいしいよー」

 ゲンマ爺とアルフレッドが教会から厳かに、しかし何処か陽気そうに出て行く。
「ほれ、こんな壁の花、いや教会の風見鶏か。そんなんになっておらんで、もっと楽しまんか!」
「クックドゥッドドゥー」
 ゲンマ爺の翻訳が始まった。
「何、大切な用事がある?」
「またいい加減なことを。ゲンマ爺、知らないんだろ。コイツの言葉を」
「わしゃー、歩く博物館と呼ばれた男じゃぞ」
「今は、単なる酔っ払いだ」
「なんだとー、わしゃ七つの海を制した大海賊王じゃぞー」
「だから酔いすぎだよ」

 ホァンとジギリドは、そんな二人を笑いながら
「こういうの見てると、つくづく俺は『渡り』なんだなと実感するよ」
「そう?」
「なんつーか、浮かれねぇんだよな。どんちゃん騒ぎ出来ないんだ。やっぱさ、オレってよそ者なんだなーって」
「あいつも、そうかしら」
「だろうな。あんな見晴らしのいいところにいるのに、下なんて見やしねー。ずっと空ばっか見てる」
 ホァンは首を縦に振る。
「不思議ね。わたしもそう。ねぇ、もしかしてわたしも『渡り』の才能があったりして」
「ねーよ」
 うつむき
「それもそうね」
「いやさ、ごめんな。時期が来たら、俺とお前とあいつ、三人でこの村、抜け出さないか? 才能はどうか知らないけど、一杯練習すれば、何とか形になる。流石に『渡る』のは無理だけど、空を飛ぶことはできる。ここから、俺のたどって来た風の道に大きな街がある」
 ジギリドは両手を広げて
「そこでさ一緒にサンマ釣って、山ぶどうのワイン飲んで、楽しくさ。こんな祭り、馬鹿らしく思えるくらい、何時もたくさんの人で賑わってんだぜ」
「そっか……行ってみたいな。わたしには翼がないけど」
「用意してやるさ。お前の分の翼も」
「何の根拠もないデタラメでも、嬉しいわ。行ってみたいな、わたし。此処ではない何処かへ」
 ジギリドは悟った。それは口中が一杯になるような甘い、甘すぎる夢だった。
「デタラメなんてことは……いや……ああ……そっか……デタラメだ」

「いよいよだな」
「うむ、ヒック」
 風の流れが変わった。雨の日は終わろうとしていた。

   34 在るべき場所

 風が暴力的に天へと吹き付ける。傘を広げたら浮かんでしまうくらいの上昇気流が、吹き上がる。
「神よ、恵みを、暖かな太陽を」
 アルフレッドが儀式での祈りの言葉を紡ごうとした時だった。
「クックドゥドゥドゥドゥドゥー」
 高く響く声で、クックは叫んだ。
 翼を広げる。
 アルフレッドが声を張り上げる。
「まさか」
 ジギリドは自嘲気味に
「いやいや、無理だよ」
 しかし、ゲンマ爺は遠くを見つめる目で
「もしかしたらと、思い描いていたよ」
「何を?」
「全盛期の、力のあったワシならどうするか。ここ何年も。今しかない」
「こんな豪風の中、無理だよ」
「だからこそ、じゃ」
 ジギリドは声を上げる。
「ああ!」
「雲を蹴散らす気流、上昇気流。クック、あなたまさか」
「帰るんじゃよ、空へ」

 風が上へ上へと、地の底から流れ始める。
「待って!」
 ホァンは泣きながら止めようとする。屋根上へと届く訳がない右手を一杯に伸ばす。
 ジギリドはそれを制する。
「『渡り』は渡る為に生きるのさ、この世界を。ありがとな、希望を。東の楽園、行ってこいよ!」

   35 グッバイレイニーデイ

 風は地を這いながら、島の外側から中心の教会へと吹きつける。教会から風の根元へと三つの丘を越え、二つの森を過ぎた辺り。かろうじて教会が見える。それを見つめながらコールは口を開いた。
「なるほどな」
 それから背を向けて、何時もどおりの家路をたどる。ただその顔は今までになく、にこやかだった。
「底辺からのぼっちまえよ! てっぺんにな!」

 ホァンはずっと俯いていた。涙が止まらない。一人ぼっちになってしまう、涙の底に沈んでしまう。その肩に暖かな手がかかる。
「見守ってやれよ。これで最後だ」
 そこには何時も見守ってくれていた『渡り』の顔があった。振り向くと母の胎内にいた頃から見つめてくれたアルフレッドとゲンマ爺の顔。そのまま視線を屋根へと持ち上げる。
「クック……」
 涙は止められない。でも、下は向かない。

 アルフレッドは祈りの言葉を続ける。
「神よ、恵みを、暖かな太陽を、罪深き我らに……旅人にも」
 ゲンマ爺が「あの堅物がなぁ。ほっほっ」と陽気に笑った。

 ジギリドは嬉しさと、それ以上の悔しさに震えていた。ああ。そうだ。俺はまだこれで最後じゃない。
「追いついてやる! 楽園で……いや、空で待ってろ!」

 ホァンも涙の勢いに負けないように言葉を吐き出す。
「バカ! 早く飛びなさいよ! 飛ぶのよ! クック! ずっと今日を待ってたんでしょ!」

 クックは屋根上から、初めて、みんなの方を向き
「クックドゥドゥー」
 と言った。

 クックは目線を空に移し、翼を上方に向け、教会の屋根を蹴って、上昇気流に乗り、飛んだ。
 周りから歓声が上がる。太陽が顔を出す。雨の日は終わった。


 ホァンは濡れた瞳の焦点を、何処にも置かずに呟いた。
「クック、最後に何て言ってたのかな」
 アルフレッドが
「さよなら、ごめんね、かな?」
 ゲンマ爺が
「行ってきます、じゃよ。他には何もあるまい」
 ジギリドが空を見上げながら
「クックドゥドゥー、だよ」
 久しぶりの太陽が眩しい。
「うん、クックドゥドゥー」

  * * *

 渡り鳥が、一匹、飛んだ。高く、高く、空へと。

  * * *



二部

【希望の種】

 これは、みんなが地球と同じように宇宙が丸いと知った日から、全てに最果てや無限などないと知った日から、幾百もの終わりを経た今の物語。

   1 第七十七回サンディ・カシム杯

 空には、西から東へと暖かな春風が吹き続ける。しかし、ディーノの体中からは汗が吹き出て、服は雑巾のように濡れ、皮膚に張り付いていた。ディーノはひたすら前へ前へと飛んでいた。
「活きがいいな。全く。期待の新人ってやつは!」
 隣からしゃがれた声がする。ライスだ。
「くっ……」
 軽口を返そうとしたが、口先は嘘のように乾き、喉がひりひりとして言葉にならない。それでもひたすら前へ前へと、揺れる視界を一点に集中させ、飛行し続ける。
「さあ! 五年連続優勝中、絶対王者ライスに挑むは! これがデビュー戦のルーキー。ディーノだ! 共にスタミナ自慢の『渡り』の熾烈なる逃げの打ち合い。火花散るデッドヒート!」
 後方から実況者の甲高い声が響く。背中の筋から限界を告げる音が聞こえてくる。呼吸をするのも辛い。全身が熱くなっている。重度の風邪にでも、かかったかのようだ。翼も思うように動かない。けれど、この実況者の声は妙に鮮明に耳を刺す。不思議だが、後押ししているような、そんな声だった。
「ここでライスが仕掛けた! スパートだ!」
「させるか!」
 やっと出た声に反し、肉体は思うように動かない。隣で走っていたライスの横顔が、背中へと変わる。王者の背から生えた翼が一定のリズムで、悠然と羽ばたかれる。徐々に、しかし確実に、視界に映るそれは遠くの景色へとなっていく。ここまで来たんだ! 負けてたまるか! 心はまだ折れていない。しかし翼は限界を超えていた。強烈な逆風が吹く。
「さあ、最後の難関。ウインドストリートだ。風速三十レントの向かい風が続く、生き地獄。ライスが駆ける。栄光のゴールへと駆ける。ディーノ、追いすがれない。アタック成功!
 さあ! これは決まったぞ! これがライスだ! 最強のランナーにして、イカレタ逃走者! さあ! さあ! 更に後続との差が広がった」
 実況の声はまるで怒鳴っているかのようだ。熱心なプロパガンダとはこういうものかと思わせる程だった。ディーノは、ただ遠ざかっていくライスの輪郭を見つめていた。
「ああっと! ここで! フゥが来た! 表彰台の常連! 走る計算機フゥが、ルーキーのディーノに、レースの厳しさを教える! さあ! ここで二番手に浮上!」
 二位も三位も、一番じゃなきゃ、なんの意味もねえよ、とディーノは辛うじて保っている自らの意識に言い聞かせる。次は! 次こそは!

 第七十七回サンディ・カシム杯
  タイム 五時間三十二分
  優勝 ライス
  二着 フゥ
  三着 ディーノ

 表彰台の真ん中へと、ライスは慣れた様子で飛び跳ねる。冬の帽子や手袋と、春の鮮やかな服が混じった群衆。それを前に、一番天高いところから、子供のような無垢な顔で、ガッツポーズと雄叫びが発せられる。ディーノはそれを見上げ続けていた。

   2 挑戦者

 洗面器から水をすくい、顔を洗い、頬を叩くと、キンとした冷たさが刻まれた。水道口とシンクの間に顔を挟み、直接、水を飲み込むと胃の底まで冷えたものに満たされる。ディーノは少し酔いが覚めたかと、鏡の中の自分を見つめる。汚れた灰色。白鳥に成り損なった家鴨。
 宴会場からライスのくぐもった低い、そして音痴な歌声が響く。それに不似合いな程の派手な歓声と手拍子が交じる。
 楽しんでろよ。それも今年が最後だ。引きずり落としてやる。
 ディーノはそこを通り抜け、バルコニーへと向かう。木目が床に浮かぶバルコニーは太陽がさんさんと照りつけているのに、冬の鋭さに支配されていた。
 空は真っ青、正にスカイブルーと言った色合いだ。ぽつぽつと白い雲が、眼下にたなびく。更にその下には、青緑色の海が広がっている。空飛ぶ船には冷たい冬の風が吹きすさんでいた。
「どうだい?」
 少し上方から、声が応えた。
「順風満帆ですよ、船も私も。替わったばかりですしね」
 空を渡る船は、二百名の人力で動く。乗客四十名と乗組員四百名を乗せて。乗組員が多いのは、交代制、謂わばリレー式で進むからだ。Aグループが空を漕いでいる間、Bグループは船内の雑事、Cグループは休憩と、繰り返しローテーションすることで繋げ合う。決して速いわけではないが、コンスタントに見積もり通りの金と時間で目的地へと向かい、安全が保証される。どうぞ、我が社の飛行船で、快適な空の旅を! キャッチフレーズだ。
「そっか……不思議なもんだな」
「何がです?」
「風が変わったら、今度はこの海を飛んで行くんだぜ。東へ東へと。血を沸騰させて、全力で息を吸って、死ぬ思いをして」
「ええ、去年は燃えましたな。いやー、確かに不思議です。あんなレースをした、それで、これからする皆さんを、私たちが運んでいるかと思うと」
「ああ。東へと向かい続ける筈の『渡り』が最先端の船で西へと運ばれるなんてな」
 ディーノは思う。この世界には二つのタイプがある。東の楽園へと衝動的に本能的に旅をし続ける『渡り』と、一つの街で生を終える渡りじゃない奴らと。じゃあ、『渡り』で東へと渡らない自分とは何者なのだろうか。
「ああ、ディーノさんは『渡り』でしたっけ……それと」
「あの歌って踊ってるチャンピオンもな」
「ええ、ライスさんも。走る鉄人」
 彼の名前は、この街々の住人なら、子供でも老人でも知っている。十二回、サンディ・カシム杯に挑み、八回優勝。二着、四回。それも今年まで六年連続優勝している。史上最強とまで謳われた存在だ。
「いやー、そう思うと痺れますなー」
「ああ、俺らの憧れだ。でも、今年までだ。真っ向からぶっ潰してやる!」
「というと、今度もあの『逃げ』に挑むと……?」
「ああ」
「良いこと聞いちゃいましたな」
「小遣いは、俺に賭けとけよ」
「検討してみます」
 ディーノは、ひゅう、とくちびるを鳴らし
「何だ、ライスに賭けるのか」
「へへ、なけなしですんで」
「死ぬほど後悔させてやるからな」
「楽しみに待ってますよ」
 船室へとブラブラ辿りながら
「東の楽園へと向かう筈の『渡り』が、西へ東へ右往左往……か」
 風は東から西へと穏やかに吹いている。船には屈強なカシムールのランナー達。サンディスキップのランナーと合流して、今年のサンディ・カシム杯へ挑む挑戦者たちだ。レースの正義で公平な実施とスポンサー契約とで、そうしたことになっている。都市と都市を繋ぐコースを、独力で西から東へ競い合う大レース。しかしディーノもライスも他の参加者も、次のレースの為に、こうした道のりを逆方向にスタート地点へと飛行船で引き返していくのだ。歌を唄い、酒を乾杯しながら。また、血反吐が滲むまでレースをしに。
 まるでダイノオトナが九九を覚えているのに、ひたすら足し算でソロバンを弾いているような。そんな不毛な例えがディーノの頭に浮かび、虚ろな想いがじんわりと胸からこぼれた。
「それじゃあ、悲しいだけじゃないか」

   3 ニュース記者

「わー! あー! 海ぃ、きれいだね、父ちゃん」
「あっ、ああ」
 親子はサンディスキップの西端の海を散歩していた。黄色でキメの細かい砂浜が、波に沿って広がっている。
「ダレもいないねー、かしきり、かしきり、海をどくせんしたみたい!」
「おう……」
 誰もいないのは、何も無いからだ。冬の海は、泳ぐのは言うに及ばず、歩くだけでも遮られることのない風が吹き続けて、寒い。訪れる観光客も地元民もいない。
 それだけではない。今頃サンディスキップでのちょうど反対側の海、東側の灯台には今年も大レースを走るスターたちが到着している。だから、皆、集会所に最近設置されたラジオの中継を聴きに集まっているのだろう。東の海は冷たい中にも熱気が集まり、西の海は冷たくひたすら寒い。
「ねぇ、父ちゃん。シュワシュワーって、言うよ。波の先っぽがアワだらけで、シュワって音がして、消えてくの。冬の海って、サイダーみたい! 大好き!」
 西の海は冷たい。って程でもないな。あったかい。滲んだ目で父は足元の砂山を見つめる。ああ、頑張らくちゃな。今年は無理でも、来年はレースを観に東へ連れて行ってやりたいな。子供のはしゃぐ声を聞きながら、感慨にふけっていた。
「父ちゃん! 父ちゃん! すごい! すごいよ! 見て! 見て!」
「なんだ? 珍しい貝殻でも拾ったのかい?」
「飛んでる! 飛んでる!」
 空を見上げ、そして衝撃が走った。

 定期新聞と伝書鳩屋とオウム通信の記者たちが、じりじりとインタビュー会場で待ち続けている。ピーカーにはその『焦れ』もまた、心地いい。しきりに目を泳がせるレースの味も知らない守銭奴も居るには居るが、何よりもレースを楽しんでいる記者兼ファンは心を弾ませ、その行方を語り合っている。
「今年も決まりかな、ライスで」
「ああ、フゥもいい線いっているが、メイチで絞ってはいないらしい。来年での優勝が目標だってさ」
「いや、待て。ディーノは侮れないぞ。身体が一回りデカくなった。あれは相当トレーニングを積んでいる。執念が違う」
「ほんとかねぇ」
「ほんとさ!」
 ピーカーが横から口を出す。
「うん、ほんとほんと、ほんとだな」
「そうか、ピーカーさんもか」
「ジョーダンが優勝するくらい、高い確率で勝つな。あのディーノちゃんは」
「てめー!」
「くっく、悪い、悪い」
「そろそろ時間だぞ」
 スター達が顔を揃えた。その勇姿はラジオでサンディスキップ、カシムール、両都市の百三十二の地点へと中継される。電波が届かない他の地域にも、新聞、伝書鳩、オウム通信、によって遥か西方にまで届く。
 ピーカーは叫ぶような実況とはがらりと変わり、落ち着いた柔らかい声でお決まりの質問をする。
「ライスさん、今年もようこそ、サンディスキップへ。さて、まずは今大会の抱負を教えていただきましょう」
「勝ちに来た」
 ライスは高らかに宣言した。

 ピーカーは遅めの昼食の席につきながら、記事をまとめていた。手帳のメモは僅か五ページ。しかし要点をついたそのメモは一行読むごとに、その前後の場面を選手の表情まで鮮やかに思い出させた。誇り、興奮、雪辱。彼が天才、だからではない。それは幼少から叩き込まれた記者という生き物の特徴だった。すっかり冷めて伸びてしまったアンチョビとオリーブのパスタを口に運びながら、記事を結ぶ。
『今年もライスの優位は覆らないだろう。憎いね、チャンピオン』

 記者たちのギルドはごった返していた。毎回レース前はそうだが、今回は特に酷い。一般誌のベテランの記者ですら、口を開けっ放しにして、走り回っている。ギルドの長の前には二、三十人もの列が出来ていた。
「おや、まあ、仕事熱心なこと」
 と肩をすくめながらピーカーは、列の先頭に割り込む。不満げな顔が並んだ。が、文句は出ない。こういう時に経験や実績や知名度、コネクションといったものが役に立つ。ピーカーはその全てを持っていた。筆頭の実況者であって、コラミスト。
「本社への伝書鳩を一つ。いや、念のため、三つ。頼むよ」
「あいにく、ストックゼロじゃ」
 ギルド長の老人は、まるで新人記者を罵るように呟いた。
「じゃ、オウムでもいいや、ただ値が張るんだよな。手間もかかるし。ちょっとマケテくんない?」
 老人から、ふぅっとため息が漏れる。後ろの記者が思わず吹き出した。それを睨むと、
「なあ、レースのコラム、急いでるんだ。情報は鮮度が命だからな」
「オウム通信も、全て飛んでいってしまったわい。戻ってくるまで三時間待ちだやな」
「何だい、何だい。俺の記事は、他のと違って、ニュースバリューが違うんだ。読者が待ってるんだよ」
「それがのう、もう待ってないんじゃないかのう。恥をかくだけじゃて」
「何だと!」
 後ろの記者が恐る恐る
「あのですね、ピーカーさん、もっと凄いのが飛び込んでしまって、みんなキリキリ舞いなんですよ」
 老人が続けて
「ラジオでも聞いて頭を冷やすんじゃな。いや、むしろ聞いたらもっと熱くなってしまうかもな」
 情報が命の記者たちのギルドには、場の中心にラジオが置いてある。見ると、その周りに人だかりが出来ている。何時もならレースの展望や特集が組まれているはずだ。ピーカーも鈍感の塊ではない。異常なことが起こっていることに、気づいている。「お月さんでも落下したのか」なんて軽口を叩きながら、ラジオに近づく。その耳に飛び込んできたのは

「クックドゥードゥードゥー」

   4 老人と空

 『毎朝、新聞入れに札束が届き、蛇口をひねればビールが流れ、冷蔵庫を開けると夢がある。そーゆー家にわたしは住みたい』
 名も知られぬ古本に綴られていた台詞だ。シェミングウェイは、正にそうした生活を送っている。広いだけだった土地を持ち前の語学でインターナショナルなテーマパークに変え、沢山の人に夢を売り、大金を手に入れた。地位と名声は十年前に、サンディスキップの都市長になることで豊かに満たされた。しかしそれらにどれほどの価値と真実があるものか。シェミングウェイは、昼間から暖炉の元でウイスキーを煽っていた。
「若さ、かのう」
 あらゆるものを手に入れようと人生を歩むとき、そして幸運と実力でそれらを手に入れた旅路の果てに、しかし若さだけは確実に失われる。健康とも未来の長さとも違う、もっと大切なもの。時を受け止める感性の鈍化。何時しか時間は緩慢に退屈に流れ、それでも振り返ると驚く程あっけなく過ぎ去っていた。老人は在りし日を懐かしみ、レースに、サンディ・カシム杯に、それを求めるようになった。作り物ではない熱と汗を、心のガソリンにしていた。しかし、老人は恐れていた。それすらも飽きてしまったら、どうすればいいのだろう!
 扉がノックされた。ソプラノの声。
「失礼します、都市長様。オウム通信が到着しました」
「入れ! 秘書!」
 そのレース走者たちが東の灯台で会見を始めたのが三時間前。少し遅いが、そのニュースをオウムが言伝って来たのだろう。
「失礼します」
 秘書は黒いスーツで黒いネクタイをしていた。ただそのキチリとした服装にも、女性らしい柔らかな身体のラインが浮かび、妙に『ナイスバディ』で艶っぽかった。都市長の趣味だ。
 その右肩にはオウムが乗っている。
「秘書やい!」
「はいっ!」
 秘書は胸ポケットからホイッスルを取り出し、ピィィィッと吹いた。オウムがついさっき吹き込まれた言葉を再生する。
「至急、速達、重要、返信求む。来訪者あり、来訪者有り。都の西端に『渡り』が来訪。西の地方都市ザバドーから三百二十六日かけて、来訪した模様。
 大きな身体と赤のトサカと黄色のクチバシを持つ『渡り』。異国人のため判別不能。しかし、意思の疎通は可能な模様。現在、西方のベルジャンテイ地区の、第六街区、八十五番地の市の集会所にて」
 整わない言葉と少し早口の語調が、隠しきれない興奮を伝えていた。それはシェミングウェイにも感染している。
「どっ、どうしますかっ! 都長。来訪者ですよ!」
 秘書も同様だった。有り得ない来訪者。死の海域を西から東へ超えた『渡り』。シェミングウェイの握りこぶしは汗で湿っていた。
「行くぞ! 行くのじゃ!」

   5 料理人

 遥か西方から陸路によって運ばれてきたチーズを一かけ。好みの分かれる独特の風味は、白ワインと香草でフランベすることで、鼻を愉快にくすぐるものになる。そのソースを生のサーモンにかける。ジュッと音がして、表面の皮ギシに熱が加わる。何せ港町。魚なら新鮮が一番と、そのまま丸ごと食べる者も多い。僅かながらの抵抗とでも言えそうな、一手間だった。だが、料理人にも意地がある。
「お前、ダメだぞ、コリャ。素材が死んでいる。良いか! 料理ってのはこうやるんだ」
 と見知らぬ男が説教しながら、鮭チャーハンを炒めている。ナメてんのか!
 そうしたのは置いといて、彼の出番となった。
「異邦人様、お待たせしました。皮付きサーモンのレアステーキ、特製チーズソースを添えて。です」
 巨大な異邦人はそれを手掴みで平らげる。三十秒で料理人の力作は胃袋に収まった。殆ど咀嚼する手間を省いたそれは、食べる、と言うより、飲んだ、と言ったほうが適切なのかもしれない。その大男から何か一言、いや「美味しかった」という言葉が出るのを待つ。三分があっという間に過ぎた。次の料理人がほかほかの料理を持ってくる。優しい声が、かかる。
「いや、まあ、な。鮭を使うっていう発想そのものは良いと思うぞ。ただ、温もりが足りなかった。それだけだ」
 あっ、と気づかされた。確かに冬のこの季節、何か温まるものを口にしたい。それは自然の流れだろう。増してやこの異邦人は、風吹きすさぶ空を渡って来たばかりだった。
「鮭のリゾット風チャーハンでございます」

「まあ、落ち込むなよ」
「うるさい! チャーハンこそが至高なんだ!」

 さわらぬ神に祟りなし。料理人は設営されたばかりの調理スペースへと、後片付けに引き返す。他の腕自慢のコック達が、真剣にフライパンと向かい合っている。
「またまた無駄なことしちゃって……おっ!」
 その一角に子供がいた。確か、異邦人の件での第一発見者の子供。
「危ない、危ないよ、ここには火も包丁もあるからね、熱かったり痛かったりするよ」
 諭すように語る。よくよく見ると、フライパンにはぐちゃぐちゃの小麦粉の炒め物がこびりつき、黒い煙をあげている。
「うまくイカナイナァ」
 『何やってんだ!』と怒るよりも、『何やってるの?』と疑問と好奇心がふわふわとする。そのような料理人の習性が、彼自身にとっても何か嬉しい。
「あちゃー、焦がしちゃって。何作ろうとしたんだい?」
 子供は無邪気に
「クレープ作ろうと思ってんの……」
「クレープねぇ、こりゃいけないよ」
「えっ?」
「あのね、何ていうのかなー、クレープの皮っていうのは、小麦粉を溶かしただけじゃ味に奥域が出ないんだ。砂糖に塩にバターにシナモンに……」
 子供は頭をぶんぶんさせて頷く。
「うん、うん」
「うん、うんって作れないだろー。よしっ、おっちゃんが一枚焼いてしんぜよう」
 生地の材料を手早く正確に、かき混ぜる。「わー」という子供っぽい感嘆が加わる。
「おじちゃん、料理、上手!」
「そりゃプロだからな。昔はパティシエもやってたんだよ」
「ぱていしぇ?」
「パティシエ! デザート専門のコックさんといったところかな? まあ駆け出しの頃だったけど。あの頃はデザートなんて卒業して、早くスープ係りに、肉料理係りに、そんで料理長になりたい、なんて夢を持っていたっけ」
「皮はおっきくね。フライパン一杯になるまで」
「人の話、聞いてる? まあ、いいや、ほいさ」
 クレープの皮は焦げ目を付けるよりも、しっとりとした生っぽさを出したかった。早めの火加減で、ナイフを使って剥がす。
「わー、すごい! すごい!」
「しかし、でっかいよなぁ」
 子供は目を輝かせる。
 大皿に置いたクレープに、生クリームやらチョコレートクリームやら、バナナやらストロベリーやらピーチやら、悩みながら……でも大胆すぎるほどに大量にデコレーションしていく。とにかく楽しそうだ。
「どうせなら、これも使いなよ、レアチーズクリーム。ずっと昔に取り寄せた美味しいチーズなんだよ」
 料理人も楽しくなる。
 かくして、特大クレープは異邦人の目の前に運ばれた。最早クレープという概念を超えて、花束といった厚さと大きさのクレープだったが、この巨漢に握られると妙に可愛く見える。
「食べて食べてー!」
 子供がおまけに作ったミニクレープを右手に、催促する。大男はゆっくりと、それを、食べ、食べ、食べ、食べ終えた。
「クックドゥドゥドゥー!」
「うん、美味しいよね!」
 その『渡り』はその一言と、料理通のCookから、クックと呼ばれるようになった。それは他の所でもそう呼ばれてたなんて、全くの偶然だったのだけど、何か運命的なもの、必然だったような気がする。

   6 秘書は辛いよ人生は

 元々、肉体を使わない仕事を探して、秘書を選んだのだ。慣れぬ長距離飛行に、秘書は消耗していた。しかし都市長は弾むように翼をはためかせ、西へと向かう。
「楽しそうですね、スキップしてるみたいで」
「うえっへっへ、そりゃなー、わしはこの都の名前が大好きなんじゃ。サンディ、明るい週末に、スキップ、弾んだ足取り。なんて素敵じゃろう。わしがテーマパークを建てたのも、きっとその影響からかの。そうじゃ、そうじゃ、あの発見者の子供をわしのテーマパークに無料招待するなんてどうじゃろ? おおう、いっそのことあの外人さんも。いや、売名や宣伝が目的じゃないんじゃよ。それはのう、純粋な」
 サンディスキップの都市長は普段は寡黙な癖に、語りだすと妙に話が長い。イベントに泊をつける為だけの、演説やスピーチに慣れてしまったからだろうか。観客はいやいや聞いて、満足するのは語り手と主催者だけと言ったようなスピーチ。
「でなぁ、西地区の温泉で」
 もちろん秘書もそうした長口舌には慣れている。曖昧にあいづちを打ち、聞き流す。
 下方の街の光は、各家に灯るロウソクと人が集まる焚き火で、暖かな色合いだ。秘書は空を見上げる。それに比べて、冬を飛行している彼らの上の星はキラキラとしていながらも、何処か冷たさを感じさせる。けれど、星空は東西南北を知る大きな指針となり、旅人たちを暖かな街へと連れ戻す。ずっと、ずっと、同じ景色が続く彼方の海への漁では、方位を確実に知ることのできる星座輝く夜にのみ、魚捕りが行われることもあった。
「それでお向かいのマリー婆さんは」
 『渡り』は星なんか見なくても、感覚的に方位をぴたりと感じるらしい。『渡り』の優れた本能だ。他に、海を渡るための長距離飛行を続けるスタミナ。瞬間単位で眠りと起床を繰り返し、睡眠を取りながら目的地へと進む睡眠飛行。東へと飛び続ける、まるでとりつかれたかのような衝動。そういった特性は、秘書にもシェミングウェイにも無いものだ。今、向かっている死の海域を超えた『渡り』には、そうした特性が備わっているのだろう。
 けれど、秘書はこのままでもいいかな、と思っている。砂のような点を、しかし強く輝く星を探して、海よりも広い空から自分の現在位置を探る。それはとても心が落ち着き、雲が晴れるのを待つのも、祈るような優しい気持ちになる。きっと『渡り』には無い喜びだ。結局のところ、『何を持っているのか、何を持っていないのか』ではなく、『そこから何を使い切るのか、何を己の糧にするのか』が大切なのだ。秘書はそう思う。
「そこでカレーパンマンが! がかあああああ!」
 シェミングウェイは絶叫した。そのまま街の景色の一角、大きなアパートの前の公園へとひゅるりと落ちていく。
「吊ったー! 足が吊ったー!」
 そろそろかなと思っていた秘書は、降下して老人をしっかと抱きかかえる。滅茶苦茶に暴れる荷物を、バランスを保ちながらあしらう。
「マッタク……無茶するからですよ」
「わしだって、わしだって偶にはカッコイイところ見せたかったんじゃから!」
「都市長は別にカッコヨク無くてもいいんです! じゃ、飛行タクシーを呼びますからね」
「すまんのう」
 秘書は笑顔のまま皮肉った。
「なに、別に構いませんよ。何時ものことですから」

 結局そこに着いたのは、夜明けが過ぎてから大分経った後だった。
「お早いお着きで。どうぞ! 都市長どの」
「うむ」
 樫の木で組み立てられた集会所は、小学校の体育館ぐらいの広さがあった。そこに人が集まっている箇所がある。
 前人未到の死の海域。未知の海の上を、風の流れが不確かで激しい中、飛んでいく。荒れ狂う嵐にスタミナが保たない、何処かで羽を休めねば進めない、しかしそうした場所は残念ながら無いらしい、渡れた者は未だかつて一人もいないのだから。そう噂され続けた海域だ。
 そこを渡った最初の一人。対する住民は、尊敬と希望の目で見つめながらも、何処かでは不安が巣食っている。そう秘書は思っていた。
「クレープ、おいしかったよー」
「迷惑かけちゃダメだろ! めっ!
 あっ……うちの子が迷惑かけちゃいまして、ほんとすいません」
「いいお子さんですね。楽しかったですよ」
「うーむ……チャーハンのクレープ包みも、面白そうだな。オムライスがアリなら、これもアリだろ……」
 しかし、群衆は朗らかな笑い声を出しながら、わいわいしている。それは陸路、海路ともに交易の中心として栄え、様々な異人が集まるこの街の市民の気風の良さからだろう。秘書はそういうのが大好きだった。
 それだけではないのかもしれない。きっとこの『渡り』は、そう、素敵なのだ。人々を笑顔にさせる程に。
「わしはシェミングウェイじゃ。お主の名は?」
「クックドゥードゥ」
「どぅどぅ?」
「クックドゥードゥードゥー」
「どどどぅ?」
 そうしたやり取りが三時間も続いている。
 集会所の長が、大都市の長へと申し訳なさそうに尋ねる。
「やっぱりダメですか、ダメです……よね」
「ちょい、待ちなや。もうちょいじゃ」
 都市長は、外国語には定評がある。元々、多くの種族が入り混じるこの都市で呼吸を続け、言語の専門職に十年以上たずさわっていた。テーマパークでは多様な言語を時には絵図を用いながら、わかりやすく噛み砕いて伝えた。それは都市長になってからも、より複雑で難解な民族問題を迅速に解決させた、その手腕からも明らかだった。もちろん彼以上の言語の専門家は居るだろう。しかし、生きた言葉、実践の言語使いとしての経験と直感は、他の追随を許さない。シェミングウェイがここに呼ばれたのも、都市長としてだけではなく、知識人としての面も大きいのだろう。
 しかし、さすがの彼も、今回ばかりは苦戦していた。秘書に一度だけ自慢話のように語ったことがある。
「わしの語学はな、これだけは譲れないのじゃ。並みの言語使いなら、一部屋分の知識を使いこなすじゃろう。上等になれば、一つの家くらいの量になるじゃろう。それでな、わしの場合は巨大な図書館分はある。大学の七階建て程のな」
 けれど、流石に老人の足では、そんなに階段を登るのは辛い。迷子になってしまったのかもしれない。
「くっくどぅどぅ」
「ドゥドゥ?」
「くっく、どぅどぅどぅー」
「クック?」
「どぅーどぅどぅ」
「ドゥードゥドゥ?」
「どどどぅ!」
「ドドドゥ!」
「くっくどぅどぅどぅー!」
「クックドゥドゥドゥー!」
「あっ!」
 言葉は徐々に繋がり合い、噛み合った。熱のあるやり取りが続く。集団は出来るだけ邪魔をしないようにと押し黙り、もの言いたげな子供を黙らせていた。
「わかったぞ、彼の名前が!」
 おおおおおお! どよめきが起こる。
「流石、都市長どの!」
「すげぇ」
「グッドジョブ!」
 と声があがる。秘書は自分の立場を忘れて、問いかけてしまう。
「それで! 名前は!」
 聞き漏らすまいと、また静けさが戻る。いや、より強くなった。沈黙の重み。
「名は……」
「名は?」
「ある場所で呼ばれていた名前が気に入っている。名はクック! クックじゃ!」
 失笑が混じる。集会所の長は頭を抱える。
「オゥ! ノー!」
 シェミングウェーは何故そうした反応が返って来るのか分からない。
「いや、都市長さん、実は俺もクックだと思ってたんだぜ」
「まー、クックだよなー、そうだよな?」
「僕も知ってたんだから! 外人さんの名前!」
 後で事情を知ったシェミングウェイの落胆ぶりと来たら……。老人はもうここには来まい。

「ちょっと風にあたってきますね」
 秘書はそう言うと集会所の扉をくぐった。一人じゃなければ、やっていけない時はある。それはシェミングウェイも同じだろう。群衆の熱気から解放され、思いきり吸った久しぶりの冬の空気は、ひんやりとして心地いい。
「中々、面白い見世物だったわ」
 振り向くと、街灯の下に女性としては大柄なジーパン姿が立っていた。ゆるりとした目に鋭くとがった鼻は、何処かで見た顔だった。
「レモナードさん? もしかして?」
「わたしの名も売れたものね。あの『渡り』さんと、序でに都長さんに世の摂理を教えに来たんだけど。もちろん、一女性として」
 大袈裟にそう言うと、ゼンマイじかけの芝居じみた様子で、両手を広げてコホンと
「そう! ワタシは女性トップ飛行家のレモナード! その正体は女性の地位向上のために闘うフェミニスト! 覚えてくれていたのね。そもそも女性というのは」
 秘書はそうした一方的な長ゼリフには慣れていた。でもそういうのはもう沢山かな、とも思う。
「何と! 今度は! 野蛮なオトコ共が集うサンディ・カシム杯に! 得意の美脚で、いいえ、未脚で挑むのよ!」
 正しくは未脚(みきゃく)ではなく、末脚(すえあし)と呼ぶ。レース終盤に他をごぼう抜きする圧倒的な加速に象徴される、主に『追い込み』の走り。誰にも正されなかったのは、レモナードがハダカの王様、いやいや女王様だったからだろうと秘書は思う。何か別の意味で怒られそうだ。ハダカの女王さま。
「はぁ……」
「あら? 笑わないのね! 美脚(びきゃく)と未脚(みきゃく)。さては世のオトコ共と同じく、わたしの美脚に、よからぬ妄想を働かせたわね。この若さで都長の秘書になるなんて、おお! 友よ! なんて思っていたわたしがバカだったわ」
 うんぬんかんぬん。
 女性ランナーが、大レースで勝つのは過去に幾度かあった。しかしトップレースと言われるサンディ・カシム杯は七十七回続いたが、女性はその表彰台に一度も立ったことがない。厳しいレースなのだ。特にスタミナが要求される。そこに不安を抱え、追い込み一気に賭けるしかない彼女らは、圧倒的に不利だ。増してや今は、絶対王者の『逃げ』、ライスが居る。シェミングウェイから語り聞かされた俄知識の秘書にも、勝てるとは思えなかった。
「あっ! さてはセクハラされてるわね。セクシャルハラスメント! あの都長め! 好々爺のフリして、裏ではこのような悪行を! 告発してやるんだから!」

   7 走り続ける

「ディーノ、スパートが早いぞ! これでは、保たない!」
「こんくらい、やらないと、奴は、ライスは、突き放せませんよ!」
 言葉が途切れ途切れに弾む。
 ジョーダンは遥か前方のディーノを見続けた。何時かスタミナが切れて、翼の運動が鈍ると予測していたのだが、ディーノはそのまま予定の距離を最後まで飛行し終えた。
「敵わないな」
 五分遅れで着く。
 汗をタオルで吹き、急速に成長した若手のホープを見つめる。ジョーダンにはディーノに、レースというもの、駆け引きというものを、教えていた頃が懐かしく思えた。ディーノは春のタケノコのように一年で急速に成長し、やがてデビュー戦で表彰台に昇るまでになった。ジョーダンは十八年連続参加し続けたにも拘わらず、一度もそこに立ったことはない。先輩として指導していた頃はとっくに通り過ぎ、今ではお荷物になっているようにさえ思える。そんな思いを隠して、笑う。
「優勝、見えてきたかもな」
「ジョーダンさんこそ、前人未到の十九年連続完走、いけますよ」
「ははっ、走るだけなら誰でも出来るよ」
「でも、俺には出来ないです。勝てないとわかってて走り続けるなんて。ジョーダンさん、本気で尊敬します」
 爽やかな丁寧語に悪意が無いのは確かだが、ジョーダンにはそれだけに皮肉めいた響きに聞こえた。
「完走するだけ……か。翼にもガタが来て心臓が悲鳴をあげる感覚も短くなってる。でも、走れるうちは走るよ。勝つことだけが、レースの醍醐味じゃないから」
 ジョーダンは考える。サンディ・カシム杯のゴール、カシムールには家族や親戚が沢山いる。ホームだ。そんな彼らがゴールで待っているのを見つける瞬間、こんなにも心を動かす時は無い。今年も来年も再来年も、ずっと走り続けるだろう。
「それにしても少しオーバーペースじゃないか? 本番前にスタミナ切れしてしまうよ」
「それだけスタミナの上限を上げればいいだけの話ですよ、先輩! この一年、みっちり鍛え続けたんだ。ライス! 倒してやる!」
 ジョーダンは、少し羨ましそうに、悲しそうな顔をした。ディーノは三着と言えども、レースで得た莫大な賞金を一切使わず、遊びにも環境にも変化を求めない。かと言って慈善事業にも一切、関心がない。誰も腹を満たしてくれる者など居ないのに、飢えた状態を維持し続けている。
 若い彼にはレースを教えてくれる者、例えばガイドのような者が必要なのではないかと思う。そして、自分がそうなるだけの実力がないことも痛い程に良く分かっている。
 汗を乾かす空気に、暖かさが加わっていた。長い冬は終わり、レースの季節が近づいてきた。

   8 魔法の時間

 旬が終わる。だからこそ最後の花火のように味に華が生まれる。巨大牡蠣もその一つだ。季節は春を告げる一ミリ手前。人によっては冷たくもあり暖かくもある時期だ。
 料理人は七輪と共にその冬牡蠣を抱きかかえて、海岸へと進む。コケのような草地が、海に向かって突き出ている。
「よう、クック! 何だ、やっぱり今日はタッグか!」
 クックと子供は、柔らかな光が足元の新緑を照らす中、春一番を待ちかねているかのように、じっと立っている。
「今日も昼飯、持ってきたぜ! 今度こそ美味しいって、いやクックドゥドゥーか、言わせてやるよ」
 料理人は数多のシェフの中から、クックに「クックドゥドゥー」と言わせたことで称えられ、その専属料理人となっている。それはとても嬉しい出来事で、彼の店は大繁盛した。店にもクックのいる此処も、訪れる観光客はひっきりなしだ。けれど、料理人は、彼の心を動かしたのは自分ではなく、この幼い子供だと知っていた。そして今はそうした流行りを追う客もいない。三人きりだ。
「みんな、レースに夢中だからな。なんつーか、祭りだよ!」
 七輪が強火で熱せられるまでの時間潰しに、料理人は語る。
「春の始まりの春一番。それがスタート地点に吹くのが、今日の十二時。それを合図にレースが動き出すんだ。サンディ・カシム杯が。
 時間の都合が丁度良すぎるって? いやいやコヨミの方が春一番に合わせてるんだよ。丁度、四月一日、十二時を風の中心に置いてな。一秒の狂いもないとは言えないけど、数分の狂いもなく、春一番が吹くんだ」
「おじちゃん、あつあつ! あつあつ!」
「おっと、ごめん」
 巨大牡蠣を殻付きのまま、七輪に載せる。牡蠣のエキスと海水の混じった煙が、堪らなく愛しい。
「坊主も、よく、まあ、あの異人さんと付き合うなあ。この年頃じゃ、レーサーに憧れてライスみたいに人生の勝者になりてー、なんて夢を見てる頃だろ?」
「クックが一番だよ! ぼく、『渡り』になるんだ」
「ライスもディーノも『渡り』じゃねえか! まー、何だ、『渡り』なんて、成ろうとして成れるもんじゃないぞ! 生まれつきのものだ。それにしんどいぞ! ありゃ」
 子供はふてくされながら
「でも、でも」
 料理人は冗談半分で
「それに俺の傑作料理が毎回、タダで食べれるからか?」
「うん! それも!」
 子供は正直で、だからこそ、その光が眩しい。熱せられた牡蠣から、香ばしい匂いが立ち込める。
「うん、ショーユとレモンをかけてな」
 クックも子供もホクホク、フウフウとつつく。
 料理人は、ポケットに折りたたまれたパンフレットを広げる。
「あんたもいいとこ見せてくれても、さ。ってあんた文字、読めるか? 読めないんだっけ? パンフレットによると」
 料理人が律儀に朗読する。

 サンディ・カシム杯は、サンディスキップとカシムール、両都市の友好を記念して百二十三年前に創設されました。途中、中断した時期もあり、今回で七十八回目のレースとなります。起伏のあるコースの特徴、サンディスキップとカシムール両都市の桁違いの規模の大きさ、高額の賞金と栄誉から、世界で最も偉大で勇敢なランナー達の到達点と称されています。

 コース距離・・三百七十八、六トゥール
 平均タイム・・五時間四十三分
 レコードタイム・・五時間二十六分

 コース概要
  T スタート
  U 始まりの十トゥール
  V 山岳の細道
  W 大海原
  X ウインドストリート
  Y 栄光の十トゥール
  Z ゴール

「あんたも出りゃ良かったのに。有名人なのは今のうちだけだぞぉ」
「クックドゥドゥー」
「おっ! やっぱ出たかったか?」
「そんなことないよ! 何をしてもどこにいても、クックはクックだよ!」
「ああ、ごめんな。でもさ、ここに留まる積もりはないんだろ? 何せ生粋の『渡り』なんだから」
「おじちゃん! そんなこと言っちゃダメ!」
「まあ、人生いろいろ、仕事もいろいろさなあ」
「クックドゥー」

   9 第七十八回サンディ・カシム杯

「ピーカーさん、ほんとに良いんですか? こんなにスタートに集めちゃって。速いのを」
「ああ。今年は稀に見るハイペースになりそうだからな。短距離のスペシャリストじゃないと、付いていけない」
 レースの中継は実況者とラジオエンジニア兼助手の計二名で行われる。極端に少ない最小限の数だ。しかし、この長丁場を選手と共に走り続けるには、この数が、軽さが、最適なのだ。もちろん二人は独力では、レーサーに追いつけない。その為、飛脚のカゴのようなものに乗ることになる。そのカゴを短距離と中距離のスペシャリストが八名で運ぶ。そして途中途中であらかじめ一週間も前から準備していた区域の担当者たちと交代する。優れたマラソンランナーに対抗する為に、何十、何百ものリレー要員を用意したのだった。着想の上では、飛行船と良く似ている。
 その中でも選りすぐりの短距離走者がスタートに集った。ハイペースになる目論見。それは『スタート』から『始まりの十トゥール』までの区間賞。これを巡って『逃げ』の二人が熾烈なデッドヒートを引き起こすだろうとの予想からだった。実は昨年は二人の釣り上げられたペースに、ピーカーたちは付いていけなかった。第一の区間賞の発表も、その場に待機していた記者の伝書鳩によって知らされるほどだった。区間賞になったのは、当然だがライスだ。
「そろそろ時間です」
「よしっ!」

「さあ、さあ、今年も春風と共にやって来る大レース。第七十八回サンディ・カシム杯の始まりだ。みんな、見届けようじゃないか!
 王者の前人未到の七連覇か? 驚異のルーキーがひっくり返すか? はたまた彗星が現れるか? さあ、レースは既に始まっている。選手たちが翔ける春一番の正午まで、あと三分。注目のスタートです。あなたの夢は誰ですか? わたしの夢はライスです」

 ライスは肩をすぼめ
「相変わらず、実況、やかましいな」
 フゥは周りをキョロキョロ観察しながら
「そうか? ま、『差し』の俺がそれを聞けるのは、このスタート時と後半だけだからな。懐かしくもあるが。まっ、常に先頭に立つ『逃げ』のあんたはずっと聞くことになるのか……」
「レース後も聞けるんじゃねぇか?」
「おうっ?」
「勝利者インタビューだよ」
 おだてられたフゥは相変わらず、目線をキョロキョロさせている。しかし、レースに集中していない訳ではない。観察、と言ったところか。
「あんたもお喋りが過ぎるぜ。見習えよ! 第二の優勝候補を」
 半分ジョークを帯びた語調で返す。
 ディーノはスタートの先に視線を一点に集中させ、軽く翼を上下させていた。
 イレコンでるな、こりゃ気合の空回りだ、今年も何とかなりそうだ、とライスは思った。
 春風が、吹いた。
「おおおおおおお!」
 ディーノが一気に加速する。それはライスも同じだった。二人の『逃げ』は、瞬発力でも図抜けたものを持っていた。やや遅れて、フゥ。次いで一斉にレーサーの群れ。
「やはりディーノとライスだ! ぐんぐん、ぐんぐんスピードに乗る。他のランナーを置き去りにして、並走。トップ争いは加熱する。このまま行くのか? ああっと!」
 ディーノが一歩前に出た。ルーキーは心は去年と同じだが、スピードには更に磨きがかかっていた。ライスはディーノの真後ろに位置を取る。負けたわけではない。むしろ良いポジションを取った。前にランナーがいる状態は肉体的に風の抵抗を減らし、精神的にも前に『引く』相手がいることで、随分と楽になる。ライスはそのメリットを選んだのだった。『始まりの十トゥール』それまでの間、ディーノは必ず息を入れる。その隙をついて一気にアタックだ。

「ああ! 何と! 最初の区間賞! 『始まりの十トゥール』を征したのはディーノだ。始まりから終わりまで、トップを譲らない威風堂々としたレース運び」
 ペースは緩やかにならない。むしろ加速する。ライスは揺れていた。明らかにオーバーペースだ。ここは引くべきか? だが『逃げ』を放棄することは、負ける以上の屈辱だ。ディーノの横にぴたりとつける。
 次いで山岳地帯の細道に入る。狭い道に右へ左へカーブが続く。スピードを落とさないで細かな動きでカーブを御す、飛行テクニックが求められる。ディーノのそれは荒削りのものだった。傍から見ても、加減速に失敗しているのが見て取れる。しかし、ライスがここで差をつけようと何度アタックしても、先頭を譲らない。テクニックの差は、スタミナと若さで、補われる。根性で先頭であり続ける。
 それは開けた大海原へと出て、追い風が吹きすさんでも同じだった。名勝負を展開してきた海。一面を覆う妙に濃い群青色。ライスは六度目のアタックをしかけた。
「させるかよ!」
 ディーノははっきりと叫び、そしてアタックを潰した。いや、そのまま加速し、距離を広げる。ライスはレースで初めて戦慄を感じた。鬼気迫る表情。ディーノのアタック。
 ここは退け。ゴールまではまだ長い。このペースで最後まで保つわけがないんだ。これは敗北じゃない。戦略的撤退だ。ライスは言い訳だと知っていながらも、それに従った。
「おおっと、ライス、ついていけない。何と! 何と! ここで先頭のディーノの独走! 絶対王者の時代は終わったのかー! だが、まだゴールまで百二十トゥール! 何が起きても不思議ではない! さあ! レースは激震模様!」

 ジョーダンは、えぐるように鋭い加速で横切っていく影を、呆然と眺めた。
「やっぱり、持ってるもんが違うな」
 トップランナーと張り合う積もりは毛頭にない。それでも、力の違いをまざまざと見せつけられると、悔しさに似た感情が心臓に針を刺す。だが、彼は釣られて加速などしない。『自分というものが分かっている』それがジョーダンの持つ唯一の武器だと、彼は知っている。抜けるような青の海、それにポツポツと無数のカモメたちの白い点が観光船の周りに集まっているのを見て微笑むことが出来るのは、ジョーダンだけだろう。彼だけがレースを勝つためではなく、楽しむために飛ぶ。だからこそ、この十数年レースを休まず、完走し続けれた。そう思っている。しかしジョーダンの静かな気持ちは、前方の信じられないものを見つめた時にビクリとし、次いで激しく波打った。ライスだ! 最有力優勝候補がこんなところにいる。
「ははっ、やりやがった! ディーノ! 下克上だ。後ろにも速い奴がいるけどな、でも、出来るなら逃げきってしまえよ。なあ!」
「聞こえてるぞ」
「すみゃっ! スッ、スマン、ゴメンなさい」
 たどたどしく謝る。
「でも、今回のヒーローは奴だ。勝っても負けてもな。なにせ俺をこんな目に合わせたんだから」
 ジョーダンはライスの前に位置取り、少しペースを緩めた。英雄だった彼を、いや今でも英雄であり続ける彼を、先導しようと思ったのだ。それは悲しくも心地いいものだった。元王者は黙してそれに従う。

「さあ、ウインドストリートだ! 逆風吹きすさぶ中、先頭を走るは、ディーノ! 挑戦者たちの物語は終わらない。一ページに留まらない。しかし、今大会、彼の名前は誰よりも力強く刻まれる! 新たな逃走者、これがディーノだ! しかし、流石に苦しいか? 舞台は逆風の真っ只中。ペースはがくっと落ちている。ライスとの激闘に、ディーノも無傷な筈がない! だが、後続は姿を見せない。影も形もない。さあ、これは決まったか!」

「いや、後ろからやって来た。凄い速さだ。逆風の中、ぐんぐんと加速する。長髪? 女? 女性だ! 紅一点レモナードが一気にやってきた! ディーノも加速する。残された力を搾り出す。だが、伸びが鈍い! 力を使い果たしてしまったのか! レモナード、速い! 斜め下へと下降しながら更に伸びた! 鬼気迫る二の脚! 凄い! あっという間! まるで瞬間移動! さあ! 並んだ! いや差した! 突き放した!」

 第七十八回サンディ・カシム杯
  タイム 五時間二十八分
  優勝 レモナード
  二着 ディーノ
  三着 フゥ

   10 インタビュー

 ピーカーは長いこと付き合った狭いカゴから抜け出て、レモナードにインタビューをする。
「優勝おめでとうございます。迫力ある追い込みでした」
「あっ……やっぱり、何とか勝てたのね! もしかしたらまだ前にランナーが残ってるんじゃないかと。そっか! 勝ったんだ! わたし万歳! 女性万歳!」
 なるほど、とピーカーは唸った。長いあいだ勝利者インタビューの相手は『逃げ』のライスだった。彼は前に誰もいない、一着というのを強く意識して走る。一方『追い込み』だった彼女の場合、最後の最後、結果を告げられるまでトップどころか、何位入賞までかすら確信を持てない。中々に興味深いインタビューになりそうだと、ピーカーは思った。
「これで女性の素晴らしさがわかったわね! 女性って素晴らしい。女性なわたしも素晴らしい。あとは都長に就任することくらいね! 見てて! ここで名を売り続けて、都長になって大旋風を起こすんだから!」
 ピーカーは三分で前言を撤回した。政治的な話はマズイ、と言うよりツマラナイ。エンターテイメントじゃない、ドラマがない。早々に切り上げて、二着のディーノに的を絞る。
「惜しくも二着……残念でしたね」
「ああ、負けは負けだ……」
「でも、わたしには余り残念そうに見えません。やっぱり全力を出し切った、王者を倒したという自信からですか?」
「そんなところ、かな。ライスは昔からの夢だった。それと一対一で勝負できて、それで何とか生き残って……いざ走ってみると、なんというか血が沸騰した」
「最後はバテてしまいました。オーバーワークな調整ミスとの声も、無鉄砲な計画性の無さとの声も、ありますが」
 ピーカーはわざと焚きつけるように言った。ここで興奮してもらい、刺激的な一言を貰うのを意図してのことだった。
「調整もレースの進め方も変えないよ。もっとキツくしたいくらいだ。全て自分の実力不足。次、見ててくれ! 勝利を確約する。
 けど、まあ、追い抜かれたのは気持ちいいものじゃないな。抵抗したくても、翼が言うことを聞かない。ゴールまでの『栄光の十トゥール』、地元のカシムールのファンの残念そうな顔と必死の声援は、去年も今年も、ずっと焼き付くことになるんだろうな」
 珍しく感慨に耽っていた様子が、疲労の大きさを物語っていた。汗がしたたっている。
 フゥが珍しくも自分からインタビューの輪に入って来た。
「今回も表彰台確保、おめでとうございます。相変わらず安定して善戦を繰り返しますね」
「善戦マンか? 俺は」
 気分を害したかな、とピーカーは思った。しかしフゥは口笛を吹き
「なぁに、次は優勝さ。スタートの風も読めた。プランも固まった。来年、楽しみに待ってろよ!」

 中々、面白い情報が集まった。面白いレースも面白くないレースもある。けれど、それはレースそのものだけでなく如何にそれを伝えるかに掛かる比重も大きい。レース記者が丹念に劇的にレースを描けば、草レースだって観客を興奮させるものになる。
「あとはライスだな」
 助手が
「やるんですか? 何というかそっとしておいた方が……僕もファンだったからショックで。きっと本人も」
「だからこそ、やるんだよ」

「十八位ですか……毎回一番にインタビューをするのを楽しみにしていただけに残念です。何か一言」
 ライスは何も言わず、何も聞かなかったかのように、通り過ぎた。
「一面、決まったな」

 翌日の新聞の一面には初の女性勝者のレモナードの名前が踊った。ただ一誌を除いて。そして、それこそが最も市民の心に応える記事だった。

『ライス、王者陥落。
 しかし無言のインタビューに、闘志衰えず!』

   11 夏の夕焼け

 夏の夕焼けは、やけに長い。
 オレンジの太陽が水平線へと落ち、海の表面を赤く錆びた黄金色に染める。カナカナカナと、セミが寂しげに求愛の歌を奏でる。サァァァと周期的に繰り返す波の音。潮の匂い。
 クックも子供も、無言でそれを眺めている。人の気持ちは、特に都会では、虚ろでひとところに定まらない。ブームは去り、ゴシップ記者も一見さんの観光客も、訪れるのが珍しいくらいになった。
「よお!」
 声の先を振り返ると料理人が大きな玉を背中にぶら下げて、はにかんでいた。
群衆は去っていく。ぽつんと取り残される。しかし誰も、それを不幸せだとは思わない。沢山の人に自分を知られたい、とは思わず、両手で数え切れるほどでも心が通い合う相手がいるところに幸せがある。アダムとイブはたった二人きりだったけど、きっと一番幸せな恋人同士だったのだろう。
 岩ほどもある巨大な緑の縞模様を、ごとっと置き
「スイカ割りしようぜ!」
 子供は目を輝かせ
「わあ!」
「いや、大したことじゃないよ。ほら、色がちょっと茶色くなってるだろ? こういうのは売り物にならなくて、思わず叩きつけたくなってさ。それで、どうせなら、みんなで叩き割ろうとな。無理して取って置いたわけじゃないぞ」
「クック、でっかいねー。スイカ割りって知ってる?」
「クックドゥー」
「って聞いてないな、こりゃ。ま、いいけどさ」
「チャーハンこそが至高なんだ! 見ていろ! 究極のスイカチャーハンを作ってみせる!」
 突然の人物に、子供はびくりとする。
「ああ、ま、その何だ。お前さあ、随分と久しぶりだけど。何ていうかな、居なくてもいいんじゃないかな。誰も気にしてないから」
「チャーハンを作るため、中華鍋を振り続けて二十年。その腕力と愛に腰を抜かす時が来た!」
「こりゃダメだ」
「ダメだねー」
「クックドゥドゥドゥー」
 料理人はチャーハン男に目隠しの布を被せ、ぐるんぐるんと回転させた。その勢いの派手さに、子供はキャッキャッと笑った。
 ふらふら、ふらふらと、たどたどしい足取りで浜辺を彷徨う。「もっと右、もっと右」「もっと前、もっと前」チャーハン男はその声に従い、見当はずれの方向へとふらつく。ずぼんと砂穴に落ちた。
「わああああああ! 何かいる。噛んだ! 毒蛇に噛まれたあ!」
 星の王子様、じゃないのだから、砂場に毒蛇なんて居るわけがない。チャーハン男が落ちたのはヤドカリ牧場だ。子供が日中、太陽がガンガンに照らしていた頃から作り続けた面積の大きな穴に、そこらに居るヤドカリを数匹入れたのだった。
「次、クックの番ね」

 料理人は、誰よりも子供に、スイカ割りを体験して欲しかった。「本気になんなよ!」なんて茶化していたが、それは心音を随分と含んだそれだった。料理人は仕事一筋で、家庭というものを持ったことがない。持とうとも思わなかった。でも数ヶ月、幼い子供と時間を共にすることで、ジャンケンをすることで、随分と見方が変わった。愛おしくなったのだった。
 だから割られぬように思いっきりぐるぐる回す。
 けれどクックは何事も無かったかのように、目隠しすらもされていないかのように、真っ直ぐにスイカへと向かう。
 パアアアアン! と音がして、スイカの破片が派手に散らばる。不思議なことにそれだけの衝撃なのに種は飛ばない。果肉の赤と種の黒のコントラスト。
「やっちまったなあ」
 と呟きながら料理人は思い出した。『渡り』の特徴。絶対無比の方向感覚。
「すごい! すごぉい!」
 遠慮なんか要らないよな、と料理人は気づいた。何時も何かしら真剣に、ぼんやりと海を眺めているようで真剣に風を図っているような、そんなクックだからこそ、子供は心を開いたのだろう。背後から呼び声がした。
「おーい、おーい。そろそろ日が落ちるから、帰るぞお」
「父ちゃん! でも、まだー、スイカ食べるぅ」
 とクックと子供は滴るスイカにかじりついている。
 料理人と父親は、少し離れた所でそれを見守る。
「どうも、お世話になってます」
「いやいや、こちらこそどうも」
「いえいえ」
「子供っていいもんですね」
「それが……実際育ててみると大変なんですよ。思うようにいかないことが沢山あって。自分の至らなさを痛感する日々です」
「でも、それも楽しいんでしょう? 嬉しいんでしょう?」
「ああ……ええ、まっ! そうです! 日々ベンキョウ。それも社会科見学みたいな、ワクワクさせられるベンキョウと言ったところですか……」
「いいなあ」
「ご多忙でしょうが、どうかあの子と付き合い続けてくださいね。最近、笑顔が増えたんですよ。ほんと、それが嬉しくて、救われて」
「ええ! もちろん」
 父親は赤とオレンジが境目を作る水平線を見つめて
「出来れば、ずっと」
「ずっと?」
「彼が渡ってしまった後も」
「やっぱ、渡ると思いますか?」
「予感、ですがね」
「ずっと、ずっと、あの子が反抗期になって嫌になってしまうくらい、ずっと一緒にいますよ! 親友、のようなものですからね」
「ありがとう、ありがとうございます。あなたみたいな人に会えて、ほんとよかった」
 それからクックと子供の方に目を移して
「そろそろ帰るぞー」

   12 『渡り』

 雨季は終わろうとしていた。風が変わる。
 教会の三角屋根から、『渡り』が三匹、空へと飛んだ。

   13 再起

 ガラスを液体にしたかのような透明な水の中。レモナードは海底へと、羽をたたみ両手をかき回していた。原色に近い橙と黄の珊瑚礁。初めて触れられる深さまで泳げた。思わず手に取ろうとすると、鋭石のように硬くて、指から赤い血が流れた。その血も水に溶けていく。そろそろ限界ね。レモナードは水面へと浮かび上がる。
「どう?」
 トレーナー、勿論女性トレーナーだ、そのトレーナーはストップウォッチを見つめ
「八分二十六秒、素晴らしいタイムだわ。今までのを十五秒も更新してる」
「まだまだ『渡り』には太刀打ち出来ないけどね」
「でも、トップの男性ランナーと遜色ない肺活量よ。自慢してもいいわ」
「オトコですって! そんなもの眼中にないわ。もうオトコとの勝負付けは終わったのよ! わたしは『渡り』とのことを言ったの」
「ごめんごめん。ライスにディーノね、やっぱりこの二人が鍵か。前回勝ったといっても下馬評じゃ、あちらの方が上だしね」
「でも、ね。生まれた時に全てが決まってしまうなんて、わたし認めない。たとえ生まれながらの差があったとしても、それを努力で埋める、社会がサポートする。そう、女性のための女性の世界を作っていくの! 今度もオトコどもを叩きのめしてそれを証明してみせるんだから!」
「その為のスタミナ特訓ね。でも、ディーノはともかくライスはどうなのかな? どう思う? ディフェンディングチャンピオンとして?」
「『逃げ』から逃げたのよ。ってややこしいわね。やっぱり『逃げ』で正面対決、スタミナの過剰消費ってのは傍から見てもしんどそう。三年連続ってのも嫌でしょう? ケッキョク、どっちかが退かなきゃならなかったんじゃないかしら。ディーノはあんなヤンチャ坊主だし、だからライスの大人な対応でしょ?」
「うん。『追い込み』らしいけど。不気味だわ」
 レモナードの呼吸は整っていた。
「あれだけあるスタミナが勿体ないけどね。何にせよ、ラストの最高瞬間速度なら、負けないわ。全部、追い抜いてやる。ラッキーガールなんて、もう言わせない!」

『ライス、脱逃げ宣言。チャンピオン奪還への秘策とは?』

 ピーカーはタブロイド紙の三面を眺めながら、呟いた。
「らしくねえぜ、ライス。ずっとお前はワガママで、何処でも誰にでも自分の前を走るのを許さなかったじゃねえか」
 ピーカーは、そのニュースを情報筋から垂れ込まれたにも拘らず、己の手で記事にできなかった。どうしても辛辣な言葉しか、読者を不快にさせるのみの記事しか、書けそうになかったからだ。つぶやきは止まらない。
「これで、得をするのは単騎『逃げ』が出来るディーノだな」
 次のサンディ・カシム杯は、三着、二着と着実に実績を重ねてきたルーキーを輝かす舞台になるだろう。待ちに待ったニューヒーローの誕生だ。それを喜べないピーカーは、年輪を重ねすぎた古い自分が自分で堪らなかった。

 フゥは笑った。
 体調は整った。コースやレース展開も熟知した。肉体の若さも今がピークだろう。
 ずっと前から勝つプランは決まっていたが、ライスの脚質変更は嬉しい誤算だった。プランをより適切な方向に修正する。あとは、不確定要素、規格外の敵でも出てこない限り、俺の計算に狂いはない。今回は勝たせてもらう! 善戦マンは返上だ!

   14 マック三兄弟

 秘書が強くドアを叩く。
「大変です! 都市長! 今年も『渡り』が死の海域を超えて、来訪してきました! それも三人」
「ほう」
 ウイスキーをちびちびやりながら、シェミングウェイは応えた。
「ま、そうじゃの。頃合を見計らって、会いに行くとするかのう」
「そっ、それが……」
「お爺さん、お邪魔していいかね?」
「それが、もう来てます、ここにっ!」
 シェミングウェイは戸惑いながらも、その三人を通した。
 細い目が特徴的な肉付きのいい男と、派手な金色のジャンパーを羽織った男、そして西部のウサギのような長身の男。
「わしの名はシェミングウェイ、お主らの名は?」
「マクドゥーガル三兄弟。いや、マック三兄弟と言ったほうがわかりやすいかね?」
「ほう……」
「オイラとしてはもっと驚いて欲しいんだがね」
「オウム通信で、お主らがザバドーから海を渡ろうとしていたのは知っとったんでな。それ以上にわし、飛行レースファンでの。西方でのお主らの活躍は聞いとる」
 静かな細目を指し
「レノー兄貴」
 金色ジャンパーを指し
「 ホウオウ中兄」
 ウサギを指し
「カウフ坊や」
「坊やじゃないやい!」
 緊張を隠せない震えた声で、末弟のカウフ坊やが口をパクパクさせた。それを諭すようにホウオウ中兄が
「まあ、怒んなや。カウフ、ぼ・う・や」
「このー、成り金兄さん!」
 長旅の疲れを感じさせない軽妙なやり取りに、シェミングウェイは笑った。
「ドウモ」
 それまで黙っていたレノー兄貴が、口を開いた。
「イロイロ、喋リタイ事ガアル。デモ、マズ、クックハ……」
 クック、という響きに、シェミングウェイは苦い薬を噛み潰した顔になった。あの時の赤っ恥以来、意識的に避けていた『渡り』だ。
「おるよ。まだ西岸にな。来訪したのは、確か去年の冬の今から十日後くらいかのう。くくっ、お主らの方が早く海域を抜けたんじゃよ。打って変わって、明日からは新しい勇者じゃて」
「アイツヲ馬鹿二スルナ!」
 シェミングウェイは、思わず、たじろいだ。隣の秘書は緊張からか泣きそうな顔をしている。
「もう兄さん、ここからはオイラが話しますからね、かね」
 マック三兄弟。西方の数々のレースで表彰台を一位から三位まで独占し続けた、怪物的なレーサーの三人。様々な噂が立ったが、一番目立ったそれは、『金に汚い』。
「謝礼は弾むよ。何せ、今までのルートを改革させるほどの偉業じゃ。陸路で回り道をして五年、のところを海を直接横切って一年未満じゃものな。本当、去年やってきたアレは何も喋ろうとせぬ。お主らはもっと友好的、じゃよな?」
「そうか。喋らなかったんかね」
「それが?」
「いや、聞いた通りの男だと思ってね」
 シェミングウェイは、平静を装いながら、口の渇きをごまかせなくなっていた。ウイスキーを口に含む。心なしか薄く感じた。彼らはクックを予想以上に知っている。つまり、三兄弟は、クックも通ったことのある人の住む土地を、渡ってきたことになる。
「話によれば語学にも精通しておられるとか。その言葉で彼にも伝えてやってくださるかね。少しお時間を頂くよ。よろしいかね。まずはある島の村長の意志から」

 スープは温かい。香辛料を多用した味は、随分と刺激的だったが、故郷の優しいスープを思い出させた。三人の兄弟は暖炉の火に温もりを感じながら、村長のアルフレッドの言葉に耳を傾けていた。席には不安そうに見つめる娘の顔も揃っていた。外見上の違い、それは彼らは翼を持っていないことだった。飛べない鳥たち。それに言葉が訛っていたが、何故かそうした語感の違いがあることに慣れているような、そんな意志疎通が可能だった。
「そんなところ、かな……」
 アルフレッドは一通りクックについて語り終えた。
 レノー兄貴が、尋ねる。
「本当二ソレデ良イノカ?」
「えっ?」
 汗が滲み出るほどの間を置いて
「ごめんなさい、兄さんは無口で。言葉もカタコトで。僕らにも、そんな調子なんで」
 カウフ坊やが取り繕う。
「つまり」
 ホウオウ中兄が言葉を継ぐ
「オイラ達がこの島を出て行ったら、此処のことを余すことなく伝えることになる。つまり、この島は世界と繋がるってことだがね。『渡り』の訪問も増えて、この島も潤うかもしれない。けど、その反面」
 アルフレッドが、慎重そうにぼそっと
「争いも、もたらされるかもしれないな」
「ソウダ」
 実際にその争いが今、始まっても不思議ではない。口封じの為に。そしてマック三兄弟はそれが起きても、生き残る自信があった。彼らの伝えたかったリスクとはそうした類のものだ。
「それでも……『渡り』が東へと進み続けるように、この村も未来へ進まなきゃならない。どちらにせよ、このままではどうせ滅んでいく村だ。ここらを、死の海域、と呼ぶそうだな。その通りだと思う。だからこそ、生きようとあがかなきゃいけない。そうしたことを学んだんだよ。あの『渡り』からね」
「ふぅ」とカウフ坊やが息を吐く。
「感謝しなきゃな。偉大な先輩に」
「カンシャ」
「何時か会ってみるといい。不思議な『渡り』だが、憎めない奴だったよ」

   15 ドリームランド

 料理人は一人、冬の砂浜に立っていた。潮風は痛いほど厳しいものだったが、眠気覚ましには丁度いい。朝、と言っても深夜と言っても良い程から出かけた漁船が、カモメの群れと共にやかましい音をたてて帰ってきた。
「ほっ、ほっっ」
 と砂の上を走る男が一人。出来れば今は会いたくない男だった。そっぽを向いたが、お構いなしに近寄り、話しかけてくる。
「ふーむ。同じ料理をする者として、新鮮な食材を求めるのは同じ心構えか」
 次第に音と姿を大きくしていく漁船を見つめながら
「やはり採れたてじゃないとな。よしっ、最高のホウレンソウチャーハンが出来そうだ」
 料理人は空を見上げながら
「ああ、そうだな」
「あとは、白毛和牛だな、これはデザートに使おう。牛チャーハンの山菜アイスだ」
「ああ」
「ほう……ようやく君も、料理の本質に目覚めたか」
「ああ」
 チャーハン男はすっかり上機嫌になり
「さて、と。お客も待ってるだろうし、仕込みにでも行ってくるか」
「お客……逃げちまったよ、一言も美味しいって言ってくれないままでな」
「なんだ、そんなの、しょっちゅうじゃないか。世の中にはチャーハンの真髄を知らない無礼漢が多すぎる! 断罪ものだな」
「一言、『美味しい』だけでよかったんだ。クック……」
「おお! あいつか! そういや今日は見ないな。どうしたんだ」
 料理人は鼻をぐすりとして
「行っちまったよ。ドリームランドへな」
「夢の国へ?」
「ガキも一緒だ。何だかな、もう会えない気がしてさ。俺も心配性過ぎるな。でも、さ、二人のいない時って、こんなにも、何というか、寂しいものだったんだな」
「バカヤロウ! 
 料理人なら悩んでないで料理を作れ! 俺なら、泣いてる暇があるなら、新作のバレンタインチョコチャーハンを作るぞ!」
 たとえ壁相手でも、人形相手でも、何も知らない他人でも、心の内を吐き出す対象が居るのは、幸せなことだ。料理人はチャーハン男へと振り返り
「そうだな、新作料理か。貝や海老や魚をミソで煮込んで、最後に七味を振りかけた特製ブイヤベースなんかどうかな?」
「いいんじゃないか? ブイヤベース風チャーハンならもっと良いが……」
「喜んでくれるかな? 美味しいって言ってくれるかな?」
「ああ! 言ってくれるさ!」
「ありがと……」

 ドリームランド。そこはサンディスキップの都心からやや郊外にあり、娯楽と名のつくもの、遊園地、動物園、水族館、温泉、サーカス、あらゆるものがギュウギュウ詰めされている遊びの殿堂だ。人々の目を驚かせ、楽しませる為に出来ている。しかし、秘書は観覧客の誰もが、それらよりも自分たちに興味を惹かれているのをまざまざと視線から感じる。痛いほどの視線、などと言うのは仮りそめの誇張された表現だと思っていたが、いざ体験してみると、なるほど痛い。
 秘書自身は珍しくもなんともない何処にでもいるノーマルな存在だ。わーわー言っている子供も目立つが、不自然ではない。他の同行者、都市長で同テーマパークのオーナーのシェミングウェイともう一人、『渡り』のクックが凄いのだ。特にクックは人ごみの中、巨大な体躯が只でさえ目に付く。シェミングウェイは子供とこの『渡り』に、ドリームランドの特別VIPチケットを提供したのだった。
「坊っちゃん、何がいいかい?」
「メイロー!」
「ジェットロケットとか温水スライダーとか、色々あるのじゃよ」
「メイロおもしろそう。あのヒマワリ畑のメイロってないの?」
「冬ですからね。シーズンオフですよ」
 秘書が諭すように言う。
「向日葵は残念じゃな。あそこ、草の匂いがして、花が思わず背伸びするくらい高く咲いて、楽しいぞぅ。でも、また今度、じゃ」
「えー、ヒマワリ今から咲かせてよ。パッ、パッてさ」
「うーむ、冬用向日葵かー。考えてみるわい」
「他の迷路でよろしければ、ガラスの迷路と鏡の迷路がありますが」
「そこ! 行くー!」
 ガラスの迷路は、通路を作る壁や天井や床、全てが透明なガラスで出来ている。スタート地点からゴールが目の前に見えるのだが、透明なガラスの壁がそこを塞ぐ。正しいルートへと回り道をしなければならない。少しイライラする。子供は興奮し、すごいね、を繰り返し、クックは入口でじっとしている。
「競争だー! よーいドン!」
 と子供がフライング気味にスタートから駆けようとする。するとクックは高速で迷路の最初のT字路を右に曲がった。子供は慌てて追いかける。
「待ってー」
 心なしかクックはゆるりとペースを落としたが、惑いなく迷路を進む。迷うどころか、徒競走みたいなペースでゴールした。外を通り、先に待っていようとした都市長と秘書が追いつかないくらい。
「ぶっちぎりのレコードタイムじゃな」
「なっ……なんで。都市長! あらかじめ正解のルートを教えてたんじゃないでしょうね!」
 動揺からか、つい、先生口調に為ってしまった。
「『渡り』の中でも特別な『渡り』の性質じゃよ。風を読んどる。スタートからゴールまで続く風の通り道をな」
 続く鏡の迷路は床、天井、四方八方、鏡だらけだった。反射が眩しい。それからの「すごーい、キレイ」「魔法みたいじゃろ?」というやり取り以外は、全く同じ展開だった。迷わず走り続けるクック。それを追いかける子供。
 予想外の楽しみ方だったけど、楽しけりゃこれで良いかと、秘書は一人納得する。
「怖いのはどうじゃ?」
「僕、怖くないもん。オバケ屋敷なんて、怖くない」
「また、シーズンオフのものを。オバケも夏季限定なのじゃぞ」
 代わりに四人はスカイコースターに乗った。訓練された二十名のスタッフたちが乗客の入った荷車を担ぎ、地面に掠める程の勢いで滑空し、最後には高所へと飛び、そこから一気に落ちる。
 秘書は心臓が飛び跳ねそうになった。でも、それをひた隠しにし
「どう?」
 と努めて笑顔で訊いた。
 子供は泣きべそをかいていた。
「平気……だもん……」
「クックドゥドゥー!」
 しまった、と思った。それはシェミングウェイの顔からも明らかだった。秘書は慌てて、
「プールにしましょう、温泉プール。冬の贅沢よ」

 温泉プールは、サーカスのテント型の建物の中にて、営まれている。温水から漂う熱気と湯気で、プールサイドから既に温かい。床は転んで怪我をしないようにと、お風呂のマットよりも厚く、鮮やかな模様の緩衝材で出来ている。そこと十メートルの天井に、人もプールもみんな挟まれている。
「わー、ワニさんボートだー」
 水面にできた人の渦の中、子供と『渡り』と都市長と秘書は、お腹いっぱいに膨らんだビニールの緑ワニにまたがり、水流を漂っていた。心なしか、クックは緊張した声で
「クックドゥ」
 シェミングウェイはニヤリと笑った。
「くっくどぅどぅ?」
「クックドゥー」
「そうか、泳げんのか」
 と言うが早く、体重を右隅にかけワニボートを転覆させた。平泳ぎする三人を他所に、クックはじたばたと手足を動かす。水しぶきが辺りを跳ねる。それでも、沈みつつある。
「大変!」
 と秘書が救出しようとすると、クックのじたばたさせた手が低空アッパーのようにお腹に直撃する。これはキツイ。腹がえぐりとられたかのようだ。ダイエット中なら歓迎するところだが。
 シェミングウェイが
「すまん、すまん」
 と手を差し伸べた次の瞬間、カカト落としが炸裂した。わざとやっているようにしか見えないモガキを十五分は続け、ようやくプールの淵に捕まった。
 子供は笑った。都市長も笑った。相変わらず表情を読み取れないが、クックは少し照れているように見えた。秘書はそれを見て初めて、その『渡り』に何となく親近感を覚えた。面白い人だ、と思った。
 子供が一番喜んだのが、温水スライダーだった。高さ五メートルからの曲がりくねった滑り台は、爽快の一言に尽きる。上級者のスキーヤーや風渡りだけが味わう、右へ左へエッジを切りながら加速する感覚を、何の摩擦もなく水流を滑ることで、楽しむことが出来る。行列から優先して遊べる特別待遇だったが、閉園までそのスライダーで子供は遊んでいた。秘書はその回数を覚えきれなかった。けれど七回は繰り返したと思う。

   16 くっくどぅどぅー

 子供をあやし、帰路につかせる頃になると、夜も更けていた。残った、都市長、秘書、クックは、冬を温める柔らかな炎と光の中、ぶらぶらと歩いていた。秘書は勘づいていた。この老獪な政治家が、何の意図もなく彼を自分の庭に招くわけがない。パーティはここからが本番だと。
「のう、『渡り』さん。どうだったね。わしの見世物は?」
 シェミングウェイは足を止め、ゆるりと対面する。
「クックドゥドゥー!」
「初めてで楽しかったか……そう、みんな楽しむためにある。此処ではな、何もかも見世物になってしまうんじゃよ」
 秘書は穏やかな空気が変わったのを、その穏やかな語調から察した。沈黙を守る。
「何もかも見世物じゃ、遊園地も温泉プールもサーカスも……此処では全て見世物になってしまう。お主も、『渡り』も例外じゃない。全部、見世物じゃ。全部じゃ」
「クックドゥドゥー」
「しかし、ガラスの迷路をレコードで走破したように、他に何かを見せてみる気はないかのう? 例えばサンディ・カシム杯はどうじゃ?」
「ドゥドゥドゥー」
「ふふっ、そのレースでお主と会いたがってる奴らがおるんじゃ。今回はそのお願いと、彼らから伝え聞いたあの村の人たちの話を伝えに来たんじゃよ」
「ドゥドゥ」

「くっくどぅどぅどぅ!」
「クックドゥドゥ!」
「どぅどぅどぅ」
「クックドゥー」

 良く手入れされたハサミが軽快な音を立てる。ホウオウ中兄の背後から、羽がぱらぱらと落ちる。
「お客さん、どうです? この村でいいことありました?」
 妙に愛想のいい青年が、翼をカットしている。動きは急いでいるようなスピードなのだが、淀みなく進む。初めてなら不安になるところだ。けれどカウフ坊やが一番乗り、もとい毒味役、もとい実験台を買ったおかげで、安心して、穏やかに、時が過ぎていく。なんだか、眠くなって、きた。
「いやー、お客さん、ちょっと根元が痛んでますね。かと言って直しすぎるのも勝手が悪い。ここは」
 目覚めると、妙に目がはっきりする。刃を向けられていたとは思えないくらいに、深い眠りだった。
「あっ! お起きになりました?」
鏡を見ると、髭も剃られている。少しは慎重になれ、とホウオウ中兄は自分に言い聞かせる。
「お代は、本当にいらないのかね?」
「ええ、ええ、お客さんからカットした羽だけで十分です!」
「さて、弟は聞かなかったが、何が目的だかね?」
 基本無料、ほど怖いものはないのだ。
 青年はゆっくりと身体を反転させた。その背中に、痛ましく根元から折れた羽根の痕が見えた。
「オレも『渡り』でして。なかなか空を諦めきれなくて。新しく翼、作ってるんですよ。その材料が何よりも宝です」
 青年はにこやかな顔を崩さなかったが、却ってその当たり前さ、真剣さが心に響いた。
 ホウオウ中兄は、試しに翼を上下させてみる。確実に軽くなり、随分と細かい動きを羽の一本一本が捉える。翼の構造を長年、熟考していなければ出来ない、丁寧な仕事ぶりだった。
「ありがとうな、名前は?」
「ジギリド」
「ありがとう、ジギリド」

「くっくどぅどぅ」
「クックドゥドゥドゥー」
「どぅ?」
「ドゥドゥドゥ」

 ぽつんとせり上がった丘から、男と女が何か話している。時々、打ち解けた笑いが一緒にもたらされた。カウフ坊やは、ニヤついた顔で
「お二人さん、デートかな?」
「そっ、そんなんじゃないわよ!」
「話してただけさ。色々とな」
「もしかして、僕、邪魔しちゃった?」
 と遠慮がちに言うが、無遠慮に丘へと近づいたのは、彼自身だ。
 ジギリドは
「こいつはホァン。村長さんとこの娘だ。何度か、会ったこと、あるよな?」
「ああ、名乗り出てはくれなかったけどな」
「こいつ、『渡り』に恋してるんだ、カウフさんにも脈があるかもな……」
「へへ」
 ホァンは抗議する。
「何言ってるの!」
「何ってお前。最初に俺、続けてクックと、『渡り』好きじゃなかったのかよ!」
「違うわよ! 『渡り』だからじゃなくて、ジギリドはジギリドだから、クックはクックだから好きだっただけよ!」
 ホァンはそう言い終えて、思わず自分の言ったことに照れて、顔を赤らめた。
「なるほどね。やっぱ、邪魔しちゃったみたいだ」
「ああ、邪魔さ。俺はこいつを大切な人だと、ずっと思っている」
 カウフ坊やが丘を離れ、振り返ると、二人はぼそぼそと会話していた。美人だったのになあ、と少し残念で、それでも二人の初々しい姿は、にやけてしまうものだった。

「くっくどどどぅーどぅー」
「ドゥドゥドゥ」
「どどどぅどぅ」
「クックドゥドゥー」

「一緒二行カナイカ。三人ヨリモ四人ノホウガ何カト都合ガイイ」
「翼は多分、間に合うけどな。俺自身に馴染むまで、もうちょい鍛錬がいる。テスト飛行がいる。それにやり残したこともあるしな」
「残念ダ、荷物持チダケデモ十分ナノニ」
「あんた、最初から誘う気は無かったんだろ? あんたらは三人で一人だ。それこそ俺は荷物になっちまうよ」
「マタ会オウ」
「会えるさ! あんたらもきっとクックを追うことになる。俺も猛スピードで追いかける。その時、また、きっと!」
「最後二……ヤリ残シタ事トハ?」
「愛することとか、さ」


 空が白け始めた。長い間、秘書は冷たさに耐えていたが、心は燃えていた。話続ける都市長を、初めて『カッコイイ』と思った。朝の散歩する犬たちがやって来るかな、と思った頃になって、ようやく二人は別れた。都市長は秘書の方へ、クックは東へ。
「どうでした?」
「甘甘じゃったよ。わし、あいつにレースに出て、勝って欲しかったんじゃ。レースファンとして。でも、やっぱり『渡り』なのかのう。ふふっ、わしも老いたもんじゃて」
 そう言うシェミングウェーの瞳は、少年のように潤み、輝いていた。しばらく彼は満ち足りた表情で、ほうけていた。ぼうっとして、朝食をとり、街を歩き、ぽつりと呟いた。
「何だかサンドイッチが食べたくなったのう」
「都市長さん、ご飯はさっき食べたばかりでしょう?」
 秘書は、この老人ついにボケが進行したかと、ため息をついた。

「いいわ、でもわたしのこと、手作りのサンドイッチの味、覚えていてね! 何時か遠い国の酒場で、わたしのこと、話してね。約束よ!」

 次の日、マック三兄弟とクックの、サンディ・カシム杯への出走が、報じられた。

   17 公開最終調整

 透き通った水色の空。梅が香る散歩道。今年も春が近づいてきた。砂利に足を取られ視線を下げると、足元にも。
「なーに、うずくまってんだ」
「蒲公英!」
 砂利道の端に黄色いタンポポが、花開いていた。
「春ねぇ」
「お前みたいだな」
「なっ! 何よ。女性といえば花って、そういう偏見こそが社会の歪み、綺麗なら良いってオトコの」
「まあまあ」
「あのね! そもそも、女性というのは」
「わるいわるい、あんたらしいと思ったんだよ。整えられた花壇なんかじゃなく、道端にひっそりと逞しく生きている。それだけじゃ飽き足らず、風に乗って、遥か彼方を旅し続ける花」
「なら、よし! いいわ」
「それじゃ、デートの続きでもしますか、お嬢さん」
「お手柔らかに」
 レモナードとライスは、並んで冬の終わりを歩いた。

 何十もの記者が見つめ、見物客も詰め込まれている練習コースで、最終追い切りが始まった。
「いきなり本命か」
 ライスがポツリ。レモナードが応える。
「練習量なら、間違いなくナンバーワンね。ま、今年も、オーバーワークなんでしょうけど」
 ディーノがジョーダンと併走する。ディーノは軽快なフットワーク、ジョーダンは苦しそうな表情。ディーノが、解き放たれた。一気に加速する。ジョーダンが歩いているように錯覚してしまうほどの飛翔だった。
「速い!」
 記者たちがどよめく。今までも凄みがあったが、今回はスケールが違う。堂々とした風格すら漂う独走。ゴールまであっという間。もしも、この調整場にレコードタイムがあったのなら、間違いなく塗り替えただろう走りだった。
「凄いわ、誰かさんが『逃げ』で挑んでたら、確かに弾き飛ばされそう」
「ま、相手が相手だからな。何せジョーダンだぜ」
「そのジョーダンさんに必死に助けてもらったのは誰かしら? わたし、知ってるんだから」
 ライスはディーノから目線を逸らさず
「あんなに、大汗かいて、まあ」
 レモナードも、それを見る。服はぐっしょりと汗で濡れていた。気負い、が見えた。身体は鍛えられても、心は未熟なままだ。付け入る隙があるかもしれない、と思った。そこに付け入るにはライスとの競合は避けられそうにないけど。

 次いでフゥが走る。速いことは速いが、ディーノの後では、やはり物足りなく感じる。
「地味でも派手でもなく、何時もどおりね」
「顔を見てみろよ」
 フゥの頬は紅葉していたが、汗はしとっとしたものだった。
「こういうのを、万全の調整、と言うんだ」
「優勝宣言は伊達じゃないってことね」
 背中の筋をびしっと伸ばし、ストレッチをしながら
「さてと、次はわたし達の番よ」
 ライス側からレモナードへ、共に公開調整をしないかとの、打診があった。罠かもしれない。しかし嘗てのヒーローの誘いということもあって、二つ返事で承諾したのだった。

 レモナードの直ぐ後ろをライスが翔ける。ペースは緩やかなままだ。打ち合わせ通り、こちらの仕掛けを待っている。レモナードは瞬発力には自信がある。追いつけるものかと一気に加速する。
 ライスは置いていかれた、ように思えた。しかしぐんぐんと近づく。レモナードの追い込み以上の飛行。ライスが並んだ。レモナードはウインクする。二の脚。一気に降下しながら、加速する。こんなところね。しかし、ライスはそれでも千切れない。むしろ接近している。最後は並んでのゴールだった。僅かに抜かれた? 練習とは言え、その感覚は不吉で不快なものだった。
「やるわね」
「そちらこそ、中々のものだよ。前回の優勝をフロッグだと罵るファンたちもいたが、なるほど、これなら勝っても可笑しくない。それに今の二の脚の鋭さ、また成長したようだな。恐れ入るぜ、まったく」
 息を切らさず、冷静な思考を披露するライスは、まだ力を隠している、とレモナードは直感した。しかし、それはレモナードも同じだった。今年修練したスタミナの底上げ、三の脚、秘密兵器。

 記者席が慌ただしくなる。伝書鳩から又聞きで伝えられた西方のレース荒らし。レース結果と噂以外、詳しい前情報が殆ど無いだけに、注目が集まる。マック三兄弟だ。
 三人がそれぞれ等間隔で縦列飛行している。隊列は乱されず、緩やかに、平凡と言っていいくらいに緩やかに、ゴール板を駆け抜けた。記者たちが語り合う。
「やっぱり、調整不足だ。今年ザナドーから此処まで、あれだけの長距離飛行をしたばかりなんだ。疲弊している」
「ああ、平凡な走りだ。注目株になるかと思ったが、これは消しだな」
「始めが一分二秒、次いで二分十六秒、最後は一分十八秒。区間ごとのタイムもバラバラだ」
 レモナードは耳打ちをするようなボリュームで
「どう見る? ストップ&ゴーが計七回」
「ああ、静かで洗練されたものだ。こりゃ、アタックされたら溜まったもんじゃないな」
「成程ね、あなたもそう見るの。お互いライバルは決まったようね。余裕のないディーノよりも、レースを熟知している彼ら。記者さんたちは節穴だからそういうのに気づかないで、表面上、何も起きてないのに惑わされるんでしょうけど」
「あのペースの上げ下げ。それで表面上、何も変わらないってのがな……こいつはキツイぜ」
 ライスは呟いた。
「何よっ?」
「おっと、敵さんに美味しい塩を配達する余裕は、こちらも無くてね。てめーの頭で考えな」

 記者たちの、どよめきが一段と激しいものになった。クックは動かない。動かない。
「最終調整……だぞ」
「新しいパフォーマンスか?」
 クックはゆるりと跳躍すると、空を楽しむように翼をはためかせた。競歩くらいの速さ。
「こいつは、大外れだな。レーサーの目を、ランナーの体躯をしてないよ。消し、だな」
 レモナードは冷静に聞いている素振りを見せながら、レースを侮辱するような走りに、頭の中は煮えていた。

   18(前編) 夜明け前

 闇の中を夜眼の効く特製伝書鳩が行き交う。その中心には小さな木造の小屋が一軒。ピーカーとその助手は、そこで仕事をしていた。翌日の大レースに備えて情報をかき集める。
「ピーカーさん、健康を害しちゃ、洒落になりません。少しお休みになっては……」
「ダメだ」
 助手の恐る恐るの提案を、ピーカーはきっぱりと却下する。
「でも、気になっていたマック三兄弟の秘密、わかったんでしょ?」
「ああ、道理で何時も表彰台『独占』な訳だ。だけど、こいつらの人生、こっちの方が泣けるな。勝ったとき、いいネタになる」
「勝つ……んですか?」

 マック三兄弟は星空を眺めていた。それを掴もうと数多の人々が追いかけ、高く高く飛んでも、手に持ち帰れない星。『渡り』が東へ、楽園へと渡るのは、もしかして星に近づこうとして、まるで出来ない自分を慰める為なのかもしれない。そんな感傷にレノー兄貴は浸っていた。弟たちは静かに語り合う。
「古里のみんな、元気かな?」
「元気じゃなくちゃ困るかね。その為に嫌われながらレースをして、仕送りを続けているんだからね」
「うん、そうだよね」
 彼らは『渡り』の親たちに育児放棄された孤児たちだった。血は繋がっていない。容姿もバラバラだ。でも、孤児院で、実の兄弟以上に長い時間を短い距離で過ごしていた。心は一固まり。
「しかし、随分と遠くに来てしまったがね。レース三昧。レース三昧で」
「それも、今回が最後でしょ?」
「んっ……ああ」
「ここで一、二、三と表彰台三人でフィニッシュ出来れば沢山の賞金で、あの子達にずっと贅沢をしてあげれる。それで僕たちは何物にも囚われず東へ。東の楽園へ」
「そうだがね、負けられない」
「うん、勝とうね」
「オモイダス」
「兄さん?」
「コンナ星ノ綺麗ナ夜ワ、故郷ノスープヲ」
「うん、夜中、身を寄せ合って、皆で分けあって飲み干したスープ」
「マタ、味ワイタイ」
「何時かきっと食べれるよ、食べられるんじゃない、かな」

   幕間 晩餐

 白い皿の上にミルク色のヒラメのムニエルが乗っている。ミントソースの黄緑が、鮮やかに添えられている。それをフォークで荒っぽく、切りつけながら、レモナードが口を動かす。食べるためではなく、威勢良くトークをするために。
「うん、やっぱり細かなデザインセンスが絶妙に女性らしいわ。ほんとうに、どうしてこういうお高い店には、あなたみたいな女性がコックにいないのかしら? 世の家庭では、女性こそが台所を守り、毎日毎日、包丁と鍋をフル稼働させてるのに。ねえ、そう思わない? シェフ?」
「えっと、ですね。レモナードさん。このレシピはお師匠譲りで。お恥ずかしいですが、そのだんせ」
「あっ、このスープも中々。チキンスープを飲んだあとみたいに、ほっとする。温まるわー。見てらっしゃい、勝ってみせるからね。次だって」
「あの、このスープはチキンスープみたい、じゃなくて正にそのままチキ」
「くー、美味しい! 正に女の底力って感じね。うんうん」
 彼女のトレーナーになって五年。思えばこの一年は特別に難しい一年だった。英雄譚を好む世間から、皆から、望まれた勝利じゃない、チャンピオンではない。それは男に限らず、彼女の愛する、そう、女からもそんな冷めた視線を受けたこともあった。気苦労と、プレッシャーの連続だっただろう。けど、ここ最近、そう、三の脚を身につけてから、舌が饒舌になった。笑い声が戻ってきた。確かな自信とレースへの喜びが、芽生えてきた。
 そうよ、あなたは純粋なチャレンジャーの時こそが、最強なの。
 どうやら体調も、精神も、ベストコンディションで行けそうね。
 比類なきトップスピード。わたしが保証する。誰よりも鋭い脚だって……これなら少なくともターゲットとの最後の追い比べには、負けない。
願わくばそのターゲットが先頭で、それを捉えるのがあなたならば。

 体重計の針が、ゆっくりと左右に揺れる。そして重みを示す。4キロ減っている。
「絞れましたね。フゥさん」
 お抱えの調理医師、食のドクターが笑顔を飛ばす。
「減りすぎだ、2キロも、ベストよりも」
 大きく減ってしまったのは、公開調整の後からだ。ベストの走りをした。調整をした。そのはずだった。だが、タイムは想定したよりも幾分か早く計測された。
「つられちまったか」
 忌々しいディーノめ。だが、なあに、誤差の範囲内だ。
「えっ?」
「何でもない。で、今夜のメニューは?」
「トロロ入り納豆の刻み海苔かけ。レバニラ炒め。それに、アソニック社の健康剤A32を6錠」
「ドクター、豚レバーを80グラム足してくれ。それと砂糖水をもう一杯」
 最終調整での直前のディーノの走り。躍動的に舞い、民衆の心を奮い立たせる走り。俺も知らぬ間に、彼の走りに感化されていた。ペースを早めてしまった。悔しいが、俺は認めるぞ。そうだ、計算高い俺よ。データから、数字から目をそらすな! だが、くそっ、ディーノ! その分レース本番では俺のパペットになって踊ってもらうからな。
 俺の策に気づいたときは、もう遅い。2着の席だけは、譲ってやるよ。

 柱にくくられた松明は二百本。広大な宴会場に、ぎしりとテーブルが詰められ、人で埋まっている。豚の丸焼きは目の前で切り分けられ、うっすらとピンクに色づいた肉の断面が食欲をそそる。二切れ取り分けた。頬を赤く染めた小太りの老人が、笑顔でやってくる。
「ライスの旦那ー、どうだいこのキャベツ。家んとこのとれたてだよー。甘みが違うよー」
 タッパーから山盛りのキャベツの千切りを取り出す。その後ろから負けじと
「いんや、うちの鮭の方さ、ほっぺがとろけてしまうでさ」
「まあまあ」
 俺は両肩を持ち上げ、大げさにジェスチャーをする。老人も釣られて体を派手に動かし
「美味しいべよ、ライスさん!」
 笑顔が妙に懐かしい。
「おう、どっちも、なかなか」
「頑張れよー」
「よー」
 レース前日。こんなところで、肉体の上澄みなぞ図るなんて、愚の骨頂。必要なのは、身体ではなく心体。そう俺は思う。
 ファンたちとの信頼。笑顔の交換。勝利へのモチベーション。緊張の前の安らぎ。適度な睡眠。
 それらこそが大切なのだ。
 そうだ、俺は負けた。初めての大敗だ。順位だけではない。絶対のスピード能力でも負けたのだ。
 でも、そんな今の俺にも、こんなにも応援してくれる皆が残っている。結局のところ、何だって、一人では勝てない。
 ディーノよ、俺のいない、孤独な単独飛行、やってみせろよ。辛いぞ。お前は勝つには幼すぎるんだよ。
 たっぷりと『レース』ってもんを味わうがいい。
 さあ、俺は俺だ。そんな俺への期待に応えようじゃないか。

 早めの睡眠をとる。しかし頭は冴えに冴えていた。時計の音さえ、チクタクチクタクチクタクチクタクと、繰り返し響く。不思議なもので、意識しないと呼吸すらおぼつかない。吸って、吐いて、吸って、吐いて。張り巡らした計算。その計算をすればするほど、答え合わせに必死になる。式は間違えていないか。答え欄は合っているか。名前は間違えていないか。ヤーコブ・フゥ。幼い頃を思い出す。フとウの区別が付かない、ヤとカの区別がつかない。完璧な計算。満点だった筈のテストで、5点もマイナスされたことを思い出す。名前は大丈夫か。カーコヴ・ウゥ、ヤーコブ・フゥ。
 そう、俺の心は眠らない、眠れない。
 でも、それでいい。丁度いい。むしろそれこそ勝利への近道なのだ。アドレナリンが全開の状態、それをレースまで維持すればいい。
 再び目をつむり体を横たえる。肉体だけを休める。何時の頃からか、身につけた瞑想。
 去年も一昨年も。何時だってそうだった。眠れないのも何時もどおり。それも俺の計算。

 軽くランニングをしようとした時だった。ジョーダンが、ぶしつけに訪ねてきた。
「メシ、まだかい?」
「はい」
 振り払おうと、そのまま公園へと繰り出そうとした。したのだが。
「何、食べるんだい? ディーノ」
「ホテルでガーリックステーキでも腹に詰めますよ」
「あー、ダメだぞ。そりゃ。前もその前もそうだったのか。ああ、最後にばてる訳だ」
「なっ!」
 心臓に熱湯をかけられたかのように古傷は痛み、次いで叫び声のように。
「何ですか! ジョーダン!……さん」
「おごってやるから、ついてこい」
 厄介な先輩に捕まったものだ。韮料理は余り好きじゃない。
 煌びやかなショッピングモールから一つ逸れた先。それだけで、辺りは静まり返り、住宅街となった。人通りもなく、土地勘のない自分は少し心配になる。それを和らげようとするかのように、ジョーダンはどうでもいい世間話に笑顔をこぼす。
 蔦がお洒落に絡まる。お洒落とは、つまり、廃墟のようでもなく、派手な客寄せでもない。そこにそうしてあることが自然なように、蔦がかかっている。看板には。
 bar xyz
「酒ですか? 駄目ですよ。俺、普段から飲んでないんですよ。
「いいからいいから。先輩の顔をたてろ!」
 勢いよく、扉は開けられた。
「あー、ジョーダン、お久しっ」
「久しぶりー」
「今年もまた来たんですね」
 先輩は挨拶がわりに、メニューにも目を通さず。
「グリーンカレーラーメン」
「はい」
「barでカレーですか。ラーメンですか。ジョーダンさん?」
 入口から中を覗く。お役所仕事を終えて、静かに疲れを洗い流しているかのような常連達がゆるりとしている。サラリーマン、OL、仲間内、あるいは一人で。
 彼らは俺をその目に映すと。
「え、ディーノ! いえいえディーノさん?えー! わあ! 握手してください、ディーノさん!」
「おお、こりゃジイちゃんになるまで語れるなー。明日こそ優勝してくれよー!」
「まさかこんなスターに会えるなんてなー、初めてだよ! 有り金全部かけてんだ。調子はどうだい?」
 ジョーダンは下を向きながら笑う。
「はは、参ったね」
 俺も何か照れくさくなって、小さな声でこれだけを口にする。
「どうも……」
 その一言に、サラリーマン達は、わー、おー、きゃーきゃー、熱狂している。
「こりゃ、嫁のエメラルドのピアスも質に入れにゃな!」
 木製の席に着く。店自体も木造建てだ。それも歴史を感じる重さ。しかし、不潔だったり、地味なわけではない。ブラウンにはほこり一つなく、ピカピカに磨かれている。木目までも嬉しそうに、テーブルを彩っている。
 何だろう。この空気。何だろうな。馴染まない。不慣れだ。
 でも悪くない。心地いい。心の底から湧いてくるものがある。
 今まで自分を高めるため、敵を倒すためにレースをしてきた。でも、こういうものの為に走る。それも、きっと。だけど、やっぱり、俺は。
「先輩は今まで此処で?」
「ああ! 初めてのレースの時からな。緊張でどうしようもなくて、あの時は本気で勝利者インタビューの台本を頭ん中に組み立ててて、さ。
 それが暴れだして。優勝おめでとうございます、なんて言われるつもりだったのか、リタイアした負け犬くん、ってな具合にどんどん心は悪い方に。
 どうしようもなくなって。酒に逃げようかって入ったのがこの酒場でさ。あっ、サラダおかわり!」
「はいはい」
「一杯飲んで、誰でも良かったんだな、必死で自分語りなんかしちゃってさ。その時にわたし達のマカナイですが、って出されたのが、これって訳。せっかく此処までいらっしゃったんだから、なんてさ。
 はじめてレースして、はじめて負けて、はじめて完走して。得るものよりも失うものが多くて。うーん……例えば? プライド……
でもさ、あの時の来年もまた食べに来て下さいねって。そんな社交辞令も、あの頃は妙に嬉しくてさ。
 それで次の年、何となくまた行ってみたらさ。用意してあんの。カレーラーメン。お口直しに甘いものもさ。マスター、身内が作った特製デザートなんだよな!」
 イチゴが中にぎゅうぎゅう詰まっていて、いちごのゼリーがちょこんと乗っていて、イチゴのソースが、スプーン一杯分かけられたケーキがあった。
「はい、とても大切な妹から」
「そんなショートケーキもわざわざ用意してくれてさ。何時の間にか定番になったレース前日の俺の儀式なんだ。」
「てっきり韮茶とかニラ料理とかだと」
「そいつはレースを終えて、帰ってからのお楽しみよ!」

「うー、寒いよ! 兄さん」
「シッカリト前ヲ見ロ! ギリギリマデ風ヲ読ムンダ」
「前より現実を見るんだがね。この地に来て、まだ数ヶ月。慌てても、風を読み切るなんて無理だがね」
「数ヶ月ノ中ノ数時間。ダカラコソ……」
「でも、兄さん、流石に今回はレース展開が読めなくて。経験は負けないけど、コース慣れはまだ」
「大丈夫……最モレース二『勝てる』奴ヲ、マークシテ、ソノ進路ヲ、トレーススルンダ」
 ホウオウはじっとこちらを見つめ
「能力なら、たとえ長距離を渡ったばかりのおいら達でも、上だと」
「ソウダ」
「そうだかね?」
 考える。
 敵は相手にあるのではない。
 弱気で動じやすいカウフ、現実的で妥協しがちなホウオウ。物言わぬ自分。言えないのは、急いで言葉にすれば、あの悪癖、どもりが出るからだ。
(「おおお、俺たちには、て、て、て、敵なんか、い、い、いない」)
 そんな俺が、二人を如何に御すか、コントロールするか。
 困難なレースになるだろう。だが、西方では何時もそう言われながら勝ってきた。
 今回だって勝ってみせる。
「俺タチ二、敵ワ、イナイ」
 よしっ、肉が焼けたぞ。恐れるなよ。ゆっくり、ゆっくり消化するんだ。
 カウフ! ホウオウ! レノー! 俺たちはマック三兄弟だ!

「よしっ、上手くやれよ、粗相のないようにな」
 半笑いで送り出される。下っ端ってのはそういうもんだ。なんやかんや、ともかく、厄介な仕事を押し付けられる。
「何だかなあ」
 右手にはオウムのカゴ。左手には桐の箱が水平移動している。
 クリーム色の石の廊下を歩く。コツコツとした音を立てず静かに、しかしスマートに。
 ドアマンとしてまず習ったのがそうした歩き方だった。出来るまで三ヶ月もかかったのを覚えている。
 Cー209。
 ここだ。
 巨大な体躯が薄明かりの中、ソファーに腰掛けている。
「郵便です。オウム通信と生もの。お弁当のようですが……」
 大男が袋から、それを取り出す。赤茶のスパゲッティと、黄金色を白で薄めたような魚の揚げ物が目に付いた。それを観察しながらも、視線は男に向けられるように、注視する。誠実に思われる笑顔を作る。贈り続ける。これも習得するのに五ヶ月もかかった。
「オウム通信は如何しますか?」
「クックドゥ!」
 イエスということだろう。そう、決めた。ホイッスルを吹く。
「よう、俺だよ俺。特製の超特大の魚フライに、ナポリタンスパゲティだ」
 巨大な男はそれを聞いていないかのように、弁当をがつがつと食べ始める。
「いいか、このアジは、今朝漁港で捕れたものを、大急ぎで捌きフライにして」
 男は食べ続ける。
「えっ? もう五分。あと一分かー。とにかく、さ、レースだけどさ。ベストを尽くせってのも何か違うし、優勝しろってのもどうだろう。どう言やいいのかな」
「クックー」
「おう、ガキんちょ。何か言いたそうだな。頼むよ、俺の分もさ」
「クックー、クックはー」
「おいおい、残り三十秒だぞ」
「クックー、クック、うーん」
「おい!」
「クックー、えーと」
「何か言うことは? あんだろ?」
「クックー、何だっけ? えっと、わすれたー!」
「なんだってー! えっ、あと五秒? ちょっと待て今から」
 ぷつりと切れた。
 程なく男は弁当を食べ終えると
「クックドゥドゥドゥー!」
 と言った。

   18(後編)

 伝書鳩の一通に、ピーカーは声をあげた。
「おおっ!」
「どうしたんです?」
 助手は珍しい驚きの声に、手紙を覗き見る。
「こっ、これって! 大変じゃないですか!」
「ああ、粘った甲斐があったってもんだよ。さあ、どう演出するか! わかるな。待機地点の奴らに場所変更の指示だ。こいつは腕が鳴るぞ!」
「えっ! ええっ? 今すぐ大会本部に連絡でしょ?」
「こういうのはサプライズが面白いんだよ。それに下手するとレースそのものが中止されかねない」
「はい、その通りです」
「しょげてる暇があるなら、手と口を動かせ! 予定を大幅変更だ。このレース荒れるぞ! 荒波なら乗り越さなきゃな、いいウインドサーフィンのコツだ」

 晴天、とはいかなかった。空には雲が覆っている。しかしレース発走一時間前、観客はスタート地点の選手たちを一目みようと寿司折りのようにギュウギュウ詰めに集まる。スタートは空に少しでも近くと、一番高い都庁舎の屋上で行われる。最前列で野次を発する暇ある者は、スタートだけを見る為に五日も前から場所取りに並んでいたと言う。金と地位がある者は、飛行船に乗って、高みの見物をしている。騒がしくも心躍り、緊張感が心地いい時間。
「さあ、第七十九回サンディ・カシム杯のスタートまで、一時間を切りました。栄冠は誰の手に?」
 ライス勝ってくれ、とピーカーは祈りながら
「実況はモーズ通信社、わたくしピーカーでお届けします。人気では、ディーノが圧倒的有利、次いでライス、レモナードと続きます。そして忘れてはならないのが西方からの来訪者たち、未知の実力者たちです。おっと、忘れるな! フゥの不気味な存在。それにジョーダンも見逃せない」
 「ジョーダァン、逆立ちしながら、優勝してみろぉ」の野次に、どっと笑い声があがった。
 頼む、ライス、勝とうぜ! あんたの勝利者インタビュー、またしたいよ。
「貴方の賭けるレーサーは、夢は、誰ですか? わたしの夢はディーノです」
 ライス、勝ってくれ!
「間もなくスタート! さあ栄光を掴むのは!」

 オッズ(人気)

 ディーノ 1,7倍
 ライス 2,8倍
 レモナード 6,4倍
 フゥ 8,5倍
 レノー 9,7倍
 ホウオウ 13,8倍
 カウフ 18,2倍
 クック 32,9倍
 ジョーダン 107,9倍

T スタート
U 始まりの十トゥール
V 山岳の細道
W 大海原
X ウインドストリート
Y 栄光の十トゥール
Z ゴール

19 T スタート

 市庁舎の屋上にレーサー達が集まる。そこは広く、高い。白い石畳が広がっている。その観衆の密度は、熱量は濃い。
 スピーカー越しに実況の声が響く。少し音割れしている。
「さあ、スタートの正午まで残り二分」
 フゥは、正確にはあと三分二十秒と言ったところだろうと考える。
 辺りの空気は暖かな微風。これではスタートの初速が足りず、落下する。サンディ・カシム杯のスタートは十二時ジャストだが、その契機となる春風との間に僅かなラグがある。スタートから風が吹くまで屋上で待ち続け、風が吹くと共にランナーが一斉に飛び出すことで、レースは始まる。風はサンディ・スキップからカシムール、更にその遥か東方まで、東へと吹き始める。飛行で一番、難関なのは着陸と離陸にあると言われる。どちらも風が大きく作用する。着陸は風のない条件、離陸は風が強く吹く条件。
 隣を見るとディーノが足踏みしている。スタートダッシュの瞬発力において、フゥはディーノには到底かなわないことを知っている。しかし、風が吹く瞬間をコンマ一秒の単位で知っていて、ベストのタイミングで飛び出せば。スタートから彼の背後に付くのは不可能ではない。
 フゥの眼は、白樺のてっぺんの枝が微かに揺れたのを捉えた。前回のレースでもそれを見ている。それから二分十二秒後、強烈な追い風、春一番が吹く。集中しろ。体調はすこぶる良い。心も静かだ。
 柔軟に変更した優勝プランはこうだ。まずはディーノの背後にぴたりと付ける。それもただ付ける訳ではなく、ペースを支配する。『始まりの十トゥール』でディーノに彼の存在を強く意識させる。そうすればディーノは対抗しようとするだろう。そこにトリックがある。そこから徐々に二番手の自分が減速すれば……。ディーノも気づかぬうちに速度を緩め、レースはスローペースで展開することになるだろう。スタミナが豊富な『渡り』ではないフゥ達、更には先頭に近い『逃げ、先行』に有利な、ゆったりとした流れだ。
 勿論ディーノにも有利な展開だ。一番人気に楽をさせるのは、良策ではないと思われるかもしれない。しかしディーノにも弱点はある。向かい風での飛行法を彼は身につけていない。ウィンドストリート、強烈な向かい風が吹くレース終盤のハイライト。そこで前々回も前回も、ランナーに道を譲っている。急減速している。ここまで足を貯め、一気に突き放せば三度目も、今回も、きっとそうなる。追い込みに回ったライスもレモナードも、スローペースで先頭に引いて貰いスタミナを温存していれば、十分に押し切れる。
 何よりもスタートが肝心だ。木の枝が今度は三回ほど左右に揺れた。残り二十三秒。軽く伸びをする。そして筋を開くとともに、スタートの構えを取る。
 残り十秒。緊張の汗を拭う。
 残り九秒。辺りを見回す。
 残り八秒。深く息を吐く。
 残り七秒。思いっきり空気を吸う。
 残り六秒。「クックドゥドゥドゥドゥー!」
 残り五秒。クックが背後から一気に駆ける。
 残り四秒。実況の叫ぶ音が聞こえる。
 残り三秒。「コノヤロウ!」ディーノも駆ける。
 残り二秒。クックが空から落下する。次いでディーノ。フゥも続こうとするが、足が動かない。慎重な思考が、身体を風のない空へと向かわせることを、躊躇させる。
 残り一秒。観声。
 春風が、吹いた。
「さあ、抜群のスタートをきったのはクックとディーノ! 続いて遅れてフゥ。注目のライスは後方から。それをマークするかのようにレモナード。波乱含みのレースはパラパラとしたスタートだ」

 20 U 始まりの十トゥール

 スタートから十トゥール。遮蔽物もなく、常に追い風を浴び、スピードの限界まで競わせる区間。この区間を征したものは、特別に称えられる。クレイジーなスピード狂として。

 ペースは想定したものよりも随分と速い。一昨年、昨年を超えたレコードになりそうだ。ピーカーは『急げ!』と鳥カゴのスプリンター達に合図を送る。
「今回は後ろから見ていきましょう。まずは後方集団の先頭にライスとレモナードが並走。それを見るような形でカウフ、ホウオウ、レノーとマック三兄弟が続く。マック三兄弟、加速力に優れた二人を追い抜く勝算は、あるのか?」
 ペースの速さは後方集団にも伝染している。短距離飛行者が全力を出しても中々、前との差が詰まらない。
「中団はポツポツと散り始めている。ジョーダンは此処にいた。本レースの基準となるだろう、安定した走りをする分水量です」
 乗り代わりの実況ランナーの姿が見えた。だが、ピーカーは交代を指示しない。このまま短距離走者のスピードを維持しないと、到底前に追いつけない。賭けだった。限界を超えた距離を走らせる彼らの意地を信じたのだった。
「ぽつんと三番手にフゥ。今日は早めの仕掛けです。既に全速力。汗が伝っている」
 クックとディーノに追いつけない。速度はこちらに分があるが、スタートのアドバンテージはそれ以上にあちらに分がある。
 パタパタと前方から伝書鳩がやって来て、カゴの淵に止まる。ライスとディーノが熾烈な『逃げ』合戦を行うことを見越しての保険だった。まさかこうして使うことになるとは、と脳の端っきれでは、怒りのような情けない想いが離れない。しかし、冷静に。特に目と口の開け閉めは、冷静に対処していかなければ。カゴを運ぶランナーの交代を指示し、その間ピーカーは伝書鳩からのメッセージを読み、実況を続ける。
「三トゥールを過ぎたあたりで、タイムは四分二十四秒。これは区間のレコードタイムに迫るペースだ。クック、ダークホース。ディーノ、このままでは優勝は危ういか? ディーノが加速して突き放そうとする。しかし、クックは悠然とハイペースを維持し続ける。だが、クック、苦しそうか?」
 遠景に霞む二人の後ろ姿からは距離差も表情も読み取れない。ピーカーは実況というよりも創作をしているかのように、誇張された真実、嘘を繋げる。とにかく真偽の是非はどうでもいい。このレースの熱さを、興奮を、途切れることのない言葉で繋げなければ。
 八トゥール付近。
「追いつきましたね」
 との、助手の安堵のささやきが弾む。ピーカーもどっと汗が背中から吹き出て、一瞬身体を緩めて、そして気合を入れ直す。
「何と! クック先頭! ディーノは二番手! ディーノ二番手! これでいいのか! ライスは、ライスは何時も先頭だった。その英雄の為にも、もう一度スパートを賭けられないのか!」
 ピーカーは叫ぶ。ディーノの耳にも届くだろう野次に近い実況だった。

 だが、それは多くのファンの心の叫びでもあった。それをレーサーの間近で鼓舞するように伝え聞かせる。これがピーカーをサンディ・カシム杯の実況の常連で居続けさせる技だった。データや目に見えたものを伝える機械的な発表よりも、心の底を代弁するかのような魂の実況。
 料理人も子供もその父もチャーハン男も秘書も都市長も、タバコ屋のおっさんも、カシムールのゴール地点のファンたちも、その叫びに心震わせる。
「九トゥールを超えて、十トゥールへ。間もなく、始まりの十トゥールを終えようとしています。さあ、スピードキングの栄誉を勝ち取るのはクックか、ディーノか! クックか? ディーノか! クック逃走中! いや、ディーノ! ここでアタック! このレース『逃げ』て三回目。ディーノ、力を温存していた。渾身のアタック! さあ、クックを抜いた! もうルーキーとは言わせない! チャンピオンを目指して! 最も勝利に近い位置で、ディーノ! ここで十トゥール! 始まりの十トゥールを征したのはディーノです!」

「観客の皆さんの、唸りが聞こえて来るような、激闘でした」
 実況の声と反して、ディーノにはある疑問が支配していた。クックは始まりの十トゥールでの区間賞など、まるで気にしていない? 目標はあくまでもゴールだけなのか? ディーノのアタックを潰す余力は十分あったはずだ。しかし、それをしなかった。今も楽しむように悠然と前を向いて走っている。表情こそ読み取れないが、そんな走りをディーノは一番身近なランナーと重ねていた。被るのだ、ジョーダンと。
 レースはスプリント戦を終え、険しい山岳地帯へと続こうとしていた。

 21 V 山岳の細道

 『始まりの十トゥール』を超えると、険しい山岳が連なる難所に出る。山々は高く、そこを高さで乗り越えようとすると、呼吸が続かなくなる。しかし、高山の合間には細い道が貫かれていた。まるで右へ左へ曲がりくねった蛇が居たかのように、そこだけ山がくり抜かれたかのように細道が続く。何時、何故この道が出来たのかは誰も知らない。しかし、皆、西と東を繋ぐ交易路として、ありがたく使わせて貰っている。この道が無ければ、現在のサンディスキップの繁栄は無かっただろう。
「嘘だろ……」
 ディーノは先を行くクックを、大きく見開いた眼で追っていた。右へのカーブ、次いでより大きなカーブ、かと思えば左へ。そうしたカーブの連続を、クックは巧みに、前年に挑んだライスよりも巧みに、流れていった。まるでコースを何度も通った熟練者のように、自然と力むことなく風の流れを掴んでいる。
 ディーノは翼を必死に動かして、追いすがろうとする。しかし、クックはゆったりと翼を動かしながらも、ディーノ以上の加速を手に入れていた。何故か少年がクリスマスのプレゼントで遊んでいる姿が浮かんだ。
 悔しい。悔しいが、ディーノはクックに従う。より速く飛ぶことこそが、正義だったからだ。クックは翼を斜め右に三十度、傾ける。上半身はどしりと構え、下半身を爪先まで捻ることで、舵を取る。ディーノもその動きを真似る。ははっ、と笑いそうになった。驚く程あっけなく、単純に加速していた。初めて針仕事を習う家庭科の授業よりも簡単に、痛みもなく、先を進んでいた。これでは先生に教えを請う出来の悪い生徒みたいじゃないか。ディーノは、クックが彼よりも速いことを知らぬうちに認めていた。しかし『速い』ことと『勝つ』ことはイコールではない。ディーノはクックの真後ろに付け、彼の一挙手一投足を、つぶさに観察しながら飛行を真似ていく。今は先頭でいろ! こんなチマチマした細道じゃなく、大海原で勝負を決めてやる。

 フゥは全速力で走っていた。だが、まだ先頭のディーノとクックは視界に映らない。このペースで最後まで保つ筈がないのに。しかし、ここで減速してしまったら、もう勝つことが出来ないような予感がしていた。このレースだけではなく、これからもずっと。思考の中の冷静な部分がささやく。減速しろ、と。三着でもいいじゃないか、このままではリタイア必須だぞ、と。それを心臓の隅っこに追いやる。もう表彰台の常連、なんて呼ばれたくない。

 レモナードはライスの横にぴたりと付けていた。起伏のあるコースだ。それをこなす一番のテクニシャンと共に走るのは最も賢明な選択の筈だ。この位置でこのまま直線勝負に持ち込めれば、瞬発力に自信のある自分に分がある。
 そのライスがチラリと振り返り、舌打ちを鳴らした。わたしに、じゃない。レモナードも振り返る。直ぐ後方にマークしているかのように、マック三兄弟が飛行していた。ホウオウ、レノー、カウフと縦に並んでいる。レモナードはそこに微かな、しかし確かな違和感を覚えた。それが何だったのか、分かることは出来なかったのだが。

「認めなくてはいけません! クック、強い! 完全にディーノを抑えている! これぞダークホースだ!」
 木造の集会所は燃えていた。歓声が上がる。子供は目を輝かせ、父はそれに目を潤ませ、チャーハン男は叫ぶ。料理人は、静かに祈っていた。長い漁から帰ってくる夫を待つ、新婚の妻のように。
「頑張れっ」
 目をつぶりながら、そう口の端を震わせた。

 22 W 大海原

 山岳の先には、サンディスキップ、カシムールを跨る南北に長い海が、広がっている。七十三名のランナーがアタックを繰り返しながら横断する。風も心地よく遮るものは何もなく、この場所でレースを彩る激闘が報じられる、筈だった。

「何だよ、これ……」
「クックドゥードゥードゥー!」
 ピーカーは驚いた素振りで、叫ぶ。彼は知っていた。一部の人たちは知っていた。
「さあ、大海原へ! いや! 雲だ! 雲だ! 雲だ! 真っ白な雲海がランナー達に立ち塞がっている!
 極めて異例な事態! 天はこのレースを祝福していないのか! これから六十八トゥールは続く厚い、厚い大雲海です!」
 やけに正確な数字に、ディーノは苛立ちを覚える。と同時に迷っていた。雲海を避けるルート。右を取るか左を取るか。雲は目の前だ。飲み込まれてしまう。
「クックドゥードゥー」
 クックは真っ直ぐに突き進んだ。ディーノを置いて、一人、雲海へと突っ込む。ディーノは決心を固めた。と思ったときは、既に雲の中だった。心よりも身体が、その選択を選んでいた。雲海を最短ルートで突っ切る!

 ピーカーはレース展開を確信する。狙い通りだ、と。
「ああっと! 勇敢なる二人は、雲もお構いなしに、ゴールを目指す! この先は! 無念です! 残念ながら我々にはお伝えできません。雷雲でも雨雲でもなく、真っ白な雲ですが、観ようにも視界が遮られてしまいます。方向感覚が惑わされてしまいます。この熾烈なる空中戦の結末は? しばらくお待ちください。ここで、西地区、七歳、シャン君のリクエスト! テッラでハングオン! すべての夢追い人へ!」
 古臭く青臭いロックミュージックの大音響が、突然ラジオへと響く。父が子供の名前を借りて、リクエストしたのだろう。古さが青さを引き立てて、心揺さぶる名曲だった。
 しかし、観客の怒りの声は十分に予想していた。それでも、曲を続けなければならない。
「続いては」
 助手がぼそぼそと
「やっぱり……みんな……怒りますよ……」
 ピーカーは叫ぶ!
「ああ? これしか無いだろうが! このまま雲海を避けて、全速力でリレーして、雲が抜ける地点まで行くんだよ! そこがこのレースのハイライトだ!」
 唸りを上げるギターで、声は助手以外の誰にも伝わらない。しかし、小心者を威嚇するにはこれで十分だった。
「責任、取ってくださいね。三曲目です」
「ああ!」

 動悸が止まらない。汗が流れ続ける。呼吸が止まるかのような錯覚すら覚える。冷静に見える極めて矛盾した思考から、声が送られ続ける。勝利を手繰り寄せようとしながら、敗北に沈むかのような。
 策士、策に溺れるってやつだ。前を必死に追ったためにスタミナはカラッカラ。その上、回り道をしなけりゃいけない。このレース、勝つのは『渡り』だ。もうお前は駄目だ。終わったんだよ。
 一番大切にしていた思考。それを退ききれるだけの心をフゥは持っていなかった。フゥのレースは此処で終わりを告げた。

 ジョーダンはそれを見守りながら、右へと迂回路を決めた。何かが可笑しい、ベテランの頭にも浮かんだ思いを、共に連れたまま。

 後方グループは三手に分かれる。右へ、左へ、真ん中へ。レモナードはライスを追って雲の中へと飛ぶ。
「デートも此処までのようだな」
 久しぶりにライスが口を開く。レモナードはそれに応える。
「あら? 最後までエスコートしてよ」
 レモナードが雲海を選んだ勝算。それは彼女自身にはない。寧ろライスの方にあった。『渡り』の持つ絶対的な方向感覚。彼を追って行けば、自然と東へと通じる。一着になるだろう彼に、このまま付いていけば、勝てる。瞬発力では負けない。
「でも、最後の最後で、平手打ち! ふられちゃうかもね。直線で置いてけぼりにあっても泣かないでね」
「軽口叩きは嫌われるぞ」
 ライスは羽ばたきのペースを急ピッチで上げた。中盤からのスパート。『捲くり』。スピードを鍛えながら、スタミナも活かす走法。ライスの再起への決断だった。
 だがレモナードは笑いながら、ペースを落とし、後方を覗く。
「フラレチャッタわ」
 『渡り』はライスだけではない。そこにはマック三兄弟がいた。レノー、カウフ、ホウオウと縦に等間隔で列を作っている。その一団をマー
「えっ?」
 違和感。次いでマック三兄弟の動きで、それは衝撃へと変わる。
 チームレース。三人が入れ替わりながら、急加速する。一番目が引き、二番目が脚を蓄え、三番目が呼吸を整える。そのローテーションの繰り返しは、さっき見たライスの飛翔を僅かに超えている。
 予想していたよりもレースはハイペースで進んでいた。スタミナのお釣りは期待できない。しかし、もう、躊躇えない。ここで白い空間に一人取り残されれば、もう迷いなく飛ぶことは出来ない。付いていくしかない。レモナードは玉砕覚悟で一の脚、二の脚、三の脚を繰り出した。

 雲海の下には、急遽レスキュー隊が配備されていた。既に十四名のランナーが船の甲板で悶えていた。この惨状の予想を、直前になってレスキュー隊に垂れ込んだ者が居たのだった。勿論、人道上の慈善だけではない。伝書鳩が放たれた。

 雲海の切れ目にピーカーと助手はいた。
「どうやら、まだ、みたいです」
 間に合った。
「そうか!」
「でも、まさか、先頭だった二人はもうリタイアしちゃったとか」
 伝書鳩の手紙にはリタイア者の名前が連なる。ダガー、ウィルヘルム、フゥ、レインダンス、ロジャフィー、レモナード、ラズベル、スカイライン。思いがけない名前もある。ピーカーは叫ぶ!
「曲、止めぇ!」
 妙な静寂が帰って来た。きぃんと残響で頭が痛くなる。
「長らくお待たせしました」
 姿は映っていないが、ペコリと頭を下げ
「さあ、雲海の終わりまで追いついたぞ! さあ! ここから抜け出すのはクックか? ディーノか? 注目の一瞬です!」
 先頭はディーノだった。しかし振り返ると、直ぐそこには、クックがいた。
「先団がペースを保ったまま、帰ってきました!
 白雲をバックに威風堂々とディーノ! 波乱をもたらした風雲児クック! 勝負はこの二人に絞られたか?」
 ピーカーは二人のプロフィールを、声を張り上げて読む。だが、ピーカーの視点は雲海へと固まったままだった。頼む! 来てくれ! ライス! 頼む!
 来た!
「来た! 来たぞ! 雲海から影が! 先頭との大きな差を埋めて、射程圏に入れて、やって来た。ライス! ライスだ! いや、ライスだけではない! マック三兄弟もぴたりとくっついて、やって来た! マック三兄弟、元王者をマークしていた! さあ、逃げ切るか! さあ、差し切るか!」

   23 X ウインドストリート

 カシムールの大地から、海へ向けて風が吹く。あまりの激しさから、漁が禁止される程の勢いの風。春一番の反動とも言われるが、原因は定かではない。しかし、今年も、ウインドストリートはレーサー達の前に立ちふさがる。

「さあ! ウインドストリート! 風速三十レントの向かい風を浴びながら、まず飛び出したのはディーノ! 三十秒ほどの間を置いてクック! 優勝はこの二人に絞られたか? だがこの二人、明らかに苦しいぞ! ディーノは翼が鈍り、クックは左右にふらついている。今年もハイペース、そして雲海を進んだ消耗戦、疲れないわけがない。クックふらつく。クックふらつく」
 ディーノは焼けそうな喉に唾を飲み込んで、耐える。ここを超えれば、最後の直線。皆が見守る『栄光の十トゥール』だ。超えるんだ。先頭で!
「そして見えて来たぞ! 後方から怖い怖い、二組だ。ライスにマック兄弟。脚色も鮮やかに、ウインドストリートを駆ける。やや、マック兄弟が有利か? おっと、ここでレノーが減速。二人の後ろに来ました。そしてカウフが三人のトップに立ち、加速する。これが三人の走法です。チームロードの走法。三身一体の猛スパート。流石に三対一では、ライスは不利か? 後方からは何も来ません! レースは『渡り』の六人に絞られた!
 それだけ過酷なレースでした。夢破れた者たちも多くいます。どうか、皆様、この戦士たちに拍手を贈ってやってください」
 ディーノは弾むような呼吸音に後ろを振り返る。クックが左右に揺れていた。揺れていながらもディーノを抜いた。ディーノの中には最早プライドも驕りも無い。クックを真似て右へ左へ、身体を傾ける。
 すると風が今まで全くの向かい風だったのが、斜め四十五度の風となり、息継ぎをする間も生まれた。向かい風でもジグザクに運行することで前へと進むと言うヨットの原理の応用なのかもしれない。心の持ちようの問題なのかもしれない。しかし、確かにスタミナの消費を抑えられ、スピードアップまでしていた。
 ディーノは目の前の『渡り』をこれ以上なく憎く思い、同時に狂おしいほど畏敬し始めていた。

「トップを争う二人! 初めての逆風に立ち向かうクック! ここが鬼門のディーノ! クックふらつく! ディーノふらつく! 常に『逃げ』続けて来た二人。ここまでか! このウインドストリートで、勝負は決まるのか! 後方には百戦錬磨! ライスとマック三兄弟が強烈な速度で……」
 ピーカーは口を開きながら、後ろを注視する。
「ああっと!」
 ライスとマック三兄弟は、加速していた。凄まじい末脚だ。
 ライスは汗を弾けさせながら、懸命に羽ばたく。マック三兄弟もローテーションを更に加速してクロスしている。
 しかし、しかし、差は思うように詰まらない。後ろの脚が鈍いのではない。彼らが速いのだ。
「先頭を巡り! クック! ディーノ! ふらつきながらも、まだ、まだ伸びているように思えます。まるで魔法! 何と! ここで! トップはクック! しかし、ライスもマック三兄弟も、諦めない。少しずつ差は縮まっている。『栄光の十トゥール』、ゴールまであと少しだ!」

 24 Y 栄光の十トゥール

 舞台は再び陸地へ。カシムールの都市が遠景に見えて来た。道路を埋め、屋上や屋根の上から、空を見上げる沢山の熱狂的な目。コースの周りにはぞろぞろと飛行船が列を作っている。報道の者、熱心なファン、金持ちの道楽。様々な一人一人が、勝者を今か今かと待ち構えている。何時もなら栄光を掴んだ者のウイニングランの舞台となる。しかし、今回は勝者への確信は、未だ誰も持ちきれていない。レースは、荒れていた。

 シェミングウェイと秘書は、苦情に追われていた。シェミングウェイは毎年取る休暇を取り消して、仕事に専念する。自分も負けられないと。
 サンディ・カシム杯での、大雲海での実況放棄への非難、諍い、スポンサーへの抗議。理由は報道の責務やら、電波の使用権やら沢山あった。しかしそれらはただ純粋にレースに燃えた情熱の曲がった表出なのだろう。大企業のお偉いさんや外交官も
「おお! ディーノが先頭じゃ!」
 等と都庁全体に流れるラジオ放送に耳を傾けさせれば、それに夢中になり、何も言えなくなる。秘書はぼそっと耳打ちをする。
「良いレースですね」
「ほっほっ」

 西の海の集会所には熱狂と失望が溜まっていた。
「クック、ラストスパートは?」
「ここでかけんと辛いぞ」
「また離された」
「後ろ! 後ろが来た!」
「くそー! ライスゥ!」
「いや、マック三兄弟だ」
「クックー」
「クック、頑張れ!」
 料理人は叫んでいた。
「クック、負けたら承知しないぞ! 俺の料理、腹いっぱい食べ続けたんだろ! 食い逃げは許さないからな!」
 そして、料理人は気付いた。結局、自分の料理からクックの「美味しい」を聞くことは出来なかった。でも、毎回、料理を待ち、一片も残さず食べ続けてくれた。それらは、熱となり、血となり肉となり、クックを支えている。そのクックが料理人に、いや皆に、興奮と驚きを与えてくれている。これ以上の、幸せは、きっと、無い。
「いけぇぇぇぇぇ! クック!」
「クックー!」

「ディーノが! ゴールへとスパートをかける! 今年は違うぞ! 力を残している! クック付いていけない! クック、ここで脱落! さあ、怖い怖い三人がやってきた。ライスの脚を超えるチームレースで、先頭を伺う」
 ライスは思った。
 このレース勝つのは、俺でもディーノでもねえ。こいつらだ。畜生!

 25 Z ゴール

 三兄弟がクックを抜く。このままディーノを抜き、一気に先頭に立つかと思われた。だが、カウフの叫び声が響いた。次いで隊列がバラバラになる。ホウオウが怒鳴り、隊列を元に戻そうとする。レノー兄貴が何かを説いていたが、カウフは泣き叫ぶ。三人で歩んだ凄まじいまでの実績、だがそれは崩れると余りにも脆かった。個人に戻るのではなく、生じチームを立て直そうとしただけ、ロスは大きくなる。スピードはがたっと落ち、クックが抜き返す。
 ライスはそれを見つめながら、十字を切る。
「ああ! 神様! あんたって奴はまだ俺を見捨てないでくださる!」
 残った力を集め、三兄弟、ホウオウ、レノー、カウフを抜く。そしてクック。悠然と東を見つめながら飛び続けるクック。ライスも彼の目から悟った。故に堪らず、彼もまた叫んだ。
「貴様ぁぁぁぁあ!」
 叫びながら、クックを追い越した。
最後の一人、ディーノへと、決戦へと向かう。

「さあ! ゴールまであと僅か! ディーノか! ライスか!」
 ライスが来た! ぐんぐんと近づいてくる。このままでは、抜かれる!
 ディーノは全神経を集中させ、脳から命令を出す。抵抗しろ!
 言うことを聞かなかった。無駄だった。
 のは、一昨年と去年だけだった。
 ふっと、加速した。
 身体は確かに、確実に力を蓄えていた。何故そんな余力があったのか? ディーノは振り返る。ライスの必死の形相。しかし、その後ろの翼をいっぱいに広げ飛び続けるクック。彼と一緒に走ったから、彼から沢山のことを学んだから、今、ここに俺がいる。アタックを掛けられる。行けるか?
 いや、待て。チャンスを待て! ライスの咆哮は、全力の最後のアタックを示していた。まだゴールまで少し。ゴールだけでいい。一瞬でいい。一瞬でも先に。飛び込め!
 ゴールから実況の声が響く。
「さあ、ライスが来たぞ。先頭に、ディーノに迫る勢い。ライス、全てを賭けて王座奪還へ! これは決まったか!」
 ディーノは最後のアタックを仕掛けた。
「いや、ディーノまだ伸びる! 最後の最後、力を絞り出して、アタック!」
 保て、保て、俺の翼よ! もう少しだけ耐えろ! 飛び続けろ!
 この為に全てを失ってもいい一瞬というものがある。永遠より尊い一瞬がある。それがディーノのこの時だった。何もかもスローモーションのように映る。ライスの声が近づく。それに呼応してディーノも吠える。頼む! 俺に! 俺に力を! 喉が熱せられて、叫びは枯れかけて、息をするのも苦しい。でも、体は動いてくれた。加速する。
 そこがゴールだった。
「勝ったのはディーノ! ディーノだ!」

   26 その『渡り』の目指す場所

 レースは終わった。ディーノは仰向けに倒れた。ライスが声にならない叫びを発している。それだけ特別なレースだった。息を整える間もなく、ディーノはクックを探した。クックは三着でゴールしていた。早く来い! 言いたいことは沢山、沢山あるんだ! 怒りと疑問と、そして感謝と。
 だが、クックはそこへと着陸することはなかった。そのまま直進する。観客のざわめき。
「おいおい、ウイニングランかよ? それは俺の役目だろ!」
 と言いつつディーノには一トゥールを駆けるだけの余力も無い。到着して直ぐのマック三兄弟。そのカウフが横で叫ぶ。
「奴はな! 『渡り』なんだよ! レーサーじゃない! レースよりも東を選びやがった!」
 ホウオウが
「ああ、奴はレースをしに来たんじゃない。最初から東だけを見つめてたんだがね。だから、一年も力と体力をつけて。風を読んで! クソッ! カウフ! 動揺しやがって! お前が取り乱さなければ、俺たちだって東へ、表彰台を独占して東の楽園へ行けたんだがね!」
「デモ、譲レナイ物ガアル。ソレヲ守ル為ナラ仕方ガナイ」
「レノー兄さん」

 クックは東の空の景色の一部となり、豆粒となり、やがて溶けるように消えた。

 叫び終えたライスは東を眺めた。
「『渡り』が上位独占したこのレース。でも本当の『渡り』は奴だけだったんだ」

 第七十九回サンディ・カシム杯
  タイム 五時間三十八分
  優勝 ディーノ
  二着 ライス
  三着 クック

 タンポポの綿毛のように一匹の『渡り』が希望の種を乗せて、空を飛ぶ。東へ、東へと。その種は土に根を張り、太陽を浴びて、何時かまた花へ。その花はまた種を実らせるだろう。綿毛は綿々とリレーされ、風に運ばれる。
 東の楽園にはタンポポは咲いているのだろうか。春風に乗った黄色の花は楽園を彩っているだろうか。

   ボーナストラック ホーム

 日は落ちようとしていた。観客の多くは興奮と共に家路へと帰る。レーサーも取材陣に揉みくちゃにされながら、旨い酒と料理を交わす。しかし、帰らない者もいた。ピーカーはヒステリックに怒鳴りながらも、現場から離れない。おかげで此処に待ち続けているディーノの独占ロングインタビューをモノに出来たわけだが。
「今回こそが、却って今までで一番、負けた、って気がするよ。みんな真の勝者はわかっている」
「ありがとうございました」
「ところで、一つ、イイかな?」
「えっ? いいですよ。どうぞ」
 ディーノはピーカーの横顔をぶん殴った。カエルが潰れたかのような音がした。
「前から、ずっと、一撃お見舞いしたいと思ってたんだ!」
 みんなジョーダンを待っている。

 ジョーダンの顔に笑みはない。巻き込まれてしまったハイペース、雲海を避けるために使ったコースロス。今までとは違う。心は焦らされ、しかし呼吸は苦しくなる一方だ。
 真っ赤な空には、一等星が光り始めた。ここら辺が潮時かなとも思う。春一番も終わり、ウインドストリートの風も心なしか緩やかに為っていた。それでむしろ助かった。去年はライスと一緒に行ったんだっけ。チャンピオン、ふてくされてたな。今年のチャンピオンは誰だろう? 自分じゃないことは確かだけど。
 空は真っ赤だ、と言うのも変かな。リンゴのような真紅でも、ミカンのようなオレンジでもない。赤と橙が混じった色。熟れた柿みたいだ。うん、季節外れだ。それも、段々と、こうして、闇が閉じていくんだな。
 こうして考え事をすることで、体から伝わる苦しみのシグナルを誤魔化していた。
 空は綺麗だ。海は綺麗だ。綺麗で巨大だ。風と水に包み込まれてしまうくらい。
 気付くとレスキュー隊の飛行員が、横に付けていた。
 リタイアかな? と思った。
 しかし……
「先導します。この地点でゴールへと北東に三トゥール逸れています」
 ああ、世界って、思ってたより、ずっと優しい……
「ゴールは丁度、水瓶座の」
「いいよ」
「でも!」
「カッコつけたいんだ。今年も一人でゴールしたいんだよ」
 月がくっきりと黄金色に映える。もう少しだ、もう少し。ジョーダンは不思議な体験をしていた。心はもう駄目だ、と泣いているのに、肉体は平然と翼の上げ下げを繰り返す。十年以上だもんな。体が覚えている。自分の限界って、思ったよりもずっと先にあるもんなんだ。
 星の輝きが衰える。視界が、意識が、無くなりつつあるのだと思った。両手を見る。痙攣しているように震えている。ここまでか、と思った時に、星を滲ませていた地上の明かりが見えた。ぽつぽつと煌く火の色。焚き火の光。暖炉の光。かまどの光。ロウソクの光。生活の光。
 カシムール。ホームタウン。帰って来た。
 ジョーダンは、ははは、と笑った。
えんがわ
2014年07月08日(火) 01時33分42秒 公開
■この作品の著作権はえんがわさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
『渡り』を中心とした二作です。
 時期はそれぞれ雨季と早春を中心にしてます。

さよなら雨の日(90ページ)
希望の種(168ページ)

「さよなら雨の日」は何回も投稿してしまっていて、消してしまっていて、自分勝手で、すいません。

長尺になってしまいました。
片一方でも、途中まで読んだけど心が折れたといったコメントでも、頂けたら嬉しいです。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  えんがわ  評価:--点  ■2014-07-11 17:29  ID:39J3sxaqNHk
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あああ! ありがとうございます。
これだけの量を、違和感を覚えながら読了していただいただけで感謝感激です。
ふさわしくない、なんて謙遜する必要は全くナッシングです。
「鳥」専門の視点は凄く刺激になりますし、発見もあり、インスピレーションも沸き、ありがたいです。

一つ目と二つ目は、大きく変えてみました。
それで「希望の種」は鳥らしさはなくなり、続けて読むと違和感の塊だったかな。競馬っぽい。
色々と付け足したり削ったりしたのですが、おっしゃってらした「自然の描写や厳しさ」は捨ててはいけなかったなー、失敗したなー、と大反省です。もっと頑張りましょう、自分。
No.1  アカショウビン  評価:30点  ■2014-07-09 22:26  ID:3.rK8dssdKA
PASS 編集 削除
 読ませていただきました。

「さよなら雨の日」は自然の描写や厳しさ、人間(鳥人?)のドラマが描かれていますが、「希望の種」はライトな内容という印象で、そのギャップでいまひとつ感情移入ができませんでした。

「希望の種」の場合、僕は鳥見をかじっていたため、渡りには普通とは違う感情とかあるため、この作品の読者にふさわしくないと思います。
 失礼しました。
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