その仮面は私であるか |
プロローグ 「前の車を追ってくれ!」 近くにいたタクシーに乗り込んで運転手にそう叫ぶ 「何か事情がおありのようだ」 ものわかりの良い運転手だ。 「その通りだ! 早く出してくれ!」 「ならば降りろ! 厄介事に巻き込むな!」 「了解しました!」 だろうな! 私でも嫌だ! 「こんちくしょおが!」 私は車を走って追いかけようとする 『無謀だ、彼女とは今のような関係でいて心地よい平凡な生活に戻ればよい』 仮面男が私に叫ぶ、私も仮面男に叫ぶ。 「無謀で結構、無謀万歳!」 それに、無謀では無い! 『何が万歳だ』 「私は恋に生きると決めたのだ! お前は私であって私じゃない!」 私はもう見えなくなった車を追って走りだした。 彼女に想いを伝えるのだ! ○ 「いやー、だからなぁ」 完全に酔っている先輩が肩を組んでさっきと同じ話をしている。もう三回目だ。 「はは、そっすね」 私は苦笑いで答える、これも三回目だ。 先輩といっても学年は同じである、この酔いまくりの先輩は二浪の末に夢破れて平凡な我が大学に来て、更に一年留年をした年齢的先輩で学年的同級生だ。 かく言う私も他の者と比べれば年齢的先輩である。 私は浪人生活を心に決めて勉学に勤しんだが夏頃にその決心は崩れ去り安全圏である我が大学に入った中途半端な一浪であり留年生である。 むしろ半浪の留年生と言うべきか。 つまり私と先輩は現在二年生にあたる 皆は先輩の事を大先輩と呼び私の事を先輩と称している。 さてさて今共に呑んでいる数人のメンバー、大学らしく華々しい、または熱いサークルのメンバーかと聞かれればそうでは無いと答えよう。 この集まりは近々行われる文化祭の実行委員である。 中々に華々しいでは無いか、そんな意見は笑止千万、笑い飛ばしてやろう。 我が大学の文化祭は中々に規模が大きくそれを纏める実行委員はとても面倒らしいのだ。つまり押し付けられた。 そんな押し付けられた奴ら数人が集まっているのが今のメンバーである。因みに全員が参加しているわけではない。 「えあー、だかぁらにゃあ」 先輩はもう呂律が回っていない、そろそろ寝る頃だろう。 ※ 先輩を宥めつつ先輩の枝豆をちょびちょび食べていると後ろから天使の声がした 「トウヤさん?」 後ろを見るとそこには天使がいた。 天使って誰かって? 天使は天使だ。 私は水を一気に飲み干す。 失礼、少し酔いが回っていたようだ。 彼女は天使では無い、もちろん人間だ。 彼女は私たちと同じく実行委員を押し付けられた一人である。 彼女は実行委員の中で私の事を名前で呼ぶ唯一の同学年生で、私が片思いをしている相手だ。 私はコップを机に置いて天使、いや想い人に返答する。 「やあ、君も呼ばれたのかい?」 「いえ、ある殿方と待ち合わせをしています」 「なっ……」 私は衝撃を受けた。 彼女が殿方と待ち合わせ、まさか交際関係にある人が…… 一人ショックを受けていると彼女は訂正した 「その、交際とかでは無くてちょっとした知り合いなのです」 「知り合い……そ、そうか知り合いか」 冷静になれ、私。動揺を抑えよ。 心の中で深呼吸。 私は高校、大学と進んできてある技を身につけた。 それは仮面をつける事、大袈裟に言えば感情を切り離す事だ。 いちいち気持ちを相手に伝えていたのでは厄介な事になる。 そんなの誰でもやっている? そこらへんのヤツと一緒にして貰っちゃあ困る、私のは天下一だ。 まあ最近はソレを使う機会も減っている気がするのだが。 そんなわけで動揺を切り離した私は彼女との話を再開する。 「飲み会える知り合いとは良いな」 「トウヤさんも皆さんと呑んでるじゃないですか」 「まあ、そうだが」 そこで会話は少し途切れる、彼女が私の顔をじっと見つめる。 これは彼女の癖、何かを考えているときは何か一点をみる癖だ。 しかしこう見つめられると心臓に悪い、心の中で深呼吸。 ……追加でもう一度しておこう。 彼女は私を見つめるのを止めた。 「トウヤさんもどうですか?」 「ん?」 「トウヤさんも一緒に呑みませんか?」 なんと、彼女の方から誘ってくれた! なんと嬉しい事だろうか。 しかし駄目だ。 私は周りで酔い潰れている仲間達を見た。 彼らを送れるのは私くらいだろう。 「すまない、私は先輩達を送らなければならない」 彼女は少し残念そうに……いや、勘違いかもしれないが彼女は残念そうにした。 「そうですか、優しいのですね」 「いやいや、仕方なくだよ」 「……ではそろそろ」 「うむ、人を待たせてはいけないからな」 ぺこりと頭を下げて彼女は店の奥に行った。 呑み相手の殿方とやらを見てやろうと思ったが人が多くて見えなかった。 * 先輩達を送った私は道中自販機で水を買って一気に飲みほした。 「ふう」 今日は彼女と楽しめるチャンスだったのだが不幸であった。 ん? 親密になるチャンスじゃないのかだって? そんな事は考えていない。 私は彼女との今の関係が気に入っている、それ以上を望むと言うのも野暮というものだろう。 * それから数日後、高校に比べてやけに長い一コマ一コマをしっかり、いやそこそこ受けた放課後。私は実行委員に顔を出していた。 「今日は門の制作をすんぞー」 実行委員のベテラン、四回生で三年生の大先輩が我ら実行委員に指示を出した。 この私からする大先輩、皆からは「オオさん」と呼ばれている。 大大先輩である事からオオさんと呼ばれているが本名は小野田小次郎といい、むしろ「ショウさん」である。 因みにこの前ベロベロに酔っていた先輩は「ダイさん」と呼ばれ、私は「センさん」と呼ばれている。 今現在実行委員にいる留年生はその私を含む三人である。我ながら情けない。 「門作りなら技術部に任せるべきだ」 などと愚痴りながら私達は作業室で文化祭の門作りを始めた。 「すみません、用事があって遅れました」 しばらくして我が想い人がやってきた。 「今日は門作りだよ」 ダイさんが彼女に告げた。 「ならわたしは色を塗ります」 と彼女は腕まくりをして倉庫からペンキを取り出した。 「おお、上手いな」 オオさんの感嘆の声が気になってそっちを見ると私の年齢的後輩の水島がいともたやすく、そして綺麗に木を切っていた。 「それに比べてお前なんだそれは」 言われて私は自分の手元を見る。うむ、ガタガタである。 水島と同じ作業のはずなのだが私の方が悪いのは一目瞭然である。 オオさんに続いて数人が水島を褒めて私を軽くけなした。 まあいいやと作業を続ける私にダイさんが来た 「お前後輩に負けてここまで言われて悔しく無いのか」 「え?」 「だからそんなに言われたらやってやるー、みたいなのは無いのか」 「特に無いですけど」 ダイさんがわざとらしく溜息をつく 「お前本当に運動系だったのかよ……」 そう、私は高校の時野球部だったのである。そして水島もまた同じ高校の同じ野球部だった。 少しその頃の話をしよう。 我が高校の野球部は部員が極端に少なく私は何故か空いていた適当なポジションについていた。 そこに来たのが水島である。 別に水島が特別優秀だったわけでは無い。しかし私よりは優秀であった。 故にそのポジションは水島の物となり私はベンチの守り人となった。その時私はとても悔しがった気もするが……気のせいだろうか。 まあ、そんな経緯もあり私はよく水島と比べられるのだ。 しかし人は人、私は私、水島は水島なのだ。どうとでも言え。 と、仮面を被るまでも無い事案をスルーして私は次の作業に取り掛かった。 * 「結構長引きましたね」 「確かにもう暗いな」 彼女と二人夜道を歩く、他の皆は私達が片付けてる間に帰ってしまった。 「もうすぐ秋ですね」 「そうだな、寒くなってきた」 「文化祭は毎年楽しみです」 「うむ」 そんな他愛も無い会話をしながら私はふと彼女との出会いを思い出していた。 彼女と出会ったのは彼女が入学して、つまり私が留年してすぐの事だった。 彼女と出会ってもう一年と数ヶ月か。 その時の私はクラスにも馴染めず今とは全然違う性格だったような気がする。 何事にも関心を示さずにただただボーッとしていた、そんな性格だっただろうか。 去年も経験した入学歓迎のイベント、在学生が学校紹介などを面白おかしくするのだがそんな物いらない私は無駄に広い中庭でボーッと寝転んでいた。 「何をしているんですか?」 「……ん?」 誰もいなかったはずの中庭にいつの間にか人がいた。 赤い髪留めをしたショートカットの少女、後に我が想い人となる彼女が立っていた。 「特に何もしていない」 「入学歓迎説明はいいんですか?」 私は彼女のポケットからはみ出している新品の学生証を見た。 「私は留年した身だからな、君こそいいのか? 新入生だろう?」 「いいのです、説明は要りません」 説明が要らないほどこの学校を知る熱心な新入生か…… いや、そんな真面目な人が説明をサボってこんな中庭にいるのはおかしいだろう。 私は久々に人に関心を示した。補足しておくとこの時点で私は彼女に対して不思議だな、と思っただけで惚れてはいない。 私は彼女と少し話をしてみる事にした。 「何故説明が要らないのだ」 「面白く無いからです」 「面白く無い?」 「何も知らずに経験するのが面白いじゃないですか、あらかじめ説明されては面白さが半減です」 面白い事を言う少女だ 「しかし大学生活の中で必要な説明もあるだろう」 「誰かに聞けばいいのです」 「知り合いでもいるのか?」 「いません」 「え?」 知り合い無しでそんな行動をするつもりなのか。 私は驚いて彼女を見た、するとパッチリと目があった。 しばらく私を見つめていた、恐らく何かを考えていた彼女は 「よかったら、教えていただけませんか?」 「……私がか?」 「はい」 そう言って彼女は微笑んだ。 「トウヤさん?」 彼女に呼ばれて脳内回想から意識を戻す。 「どうした」 「わたし今日はおばあちゃんの家なのでバスなんです」 と彼女はバス停を指差した。ちょうどバスが近づいて来ている。 「そうか、ならここで」 「はい、ではまた」 バスに乗り込んだ彼女を見送って私は一人最寄り駅へ歩き出した。 ○ 翌日の朝、私は新聞と一緒に入っていたチラシを見た。 「祭り……か」 そこには『最後の秋祭り!』と書かれていた。因みに現在は十月終盤である。 チラシを見ていたら無性に屋台のイカ焼きやりんご飴が食べたくなった。祭りなんてしばらく行っていない。友人でも誘って行くのも悪くない。 * 夜、私は一人イカ焼きを食べていた。 何人かの親しい友人に声をかけたが 「野郎だらけで祭りって……なぁ」 と口を揃えて断られた。皆要望ばかりだしおって。だから彼女の一つも出来ないのだ。 と半分自虐しながら私は単身祭りに乗り込んだ。 屋台に用意されていた椅子に座ってイカ焼きを食べ終わり近くのゴミ箱に串を放り投げる。 中々の至近距離で外した。恥ずかしい。 捨てなおそうと立ち上がろうとすると地面に落ちた串に私とは違う手が伸びた。 「わたしが捨てておきます……あら? トウヤさんじゃないですか」 そこにいたのは綺麗な赤い着物を着た綺麗な我が想い人、なんたる運命であろうか! 『これは親密になるチャンスだ!』 おや、幻聴だろうか私の声が聞こえた。 幻聴か似た人のその声を無視して彼女に返す 「こんなところで奇遇だな」 「そうですね……もしかして一人ですか?」 「ああ、友人に断られてしまってね」 彼女は微笑んだ 「わたしもです」 『お互い一人ならば一緒に行動しませんか?』 幻聴……じゃない! 今のは完全に私の声だ、しかし私では無い。誰だ! 私の声を出す者は! 彼女は辺りをキョロキョロと見渡す私を心配そうに見てきた。 「トウヤさん、どうしました?」 「え? ああ」 私は仮面を被る 「何て事はない、そういえばりんご飴を見てないな……と」 「りんご飴ですか、そういえば今回食べていません」 彼女も辺りをキョロキョロと見渡す、りんご飴の屋台を探しているのだろうか。 「トウヤさんりんご飴をさがしに行きましょう、食べたくなりました」 「それは良い、行こうか」 ふと周りを見ると人が増えていた。 『はぐれると危ない、手を繋いで行こう』 「…………」 「どうしました?」 彼女は可愛らしく首を傾げる。 「いや……なんでも無い」 この謎の私の声は私にしか聞こえていないようだ。やはり幻聴なのだろうか。 「では、行きましょうか」 私は彼女と行動を共にする事となった。幸せである。 「最近は色々あるのですね」 「本当だな、私はりんごしか知らなかった」 りんご飴の屋台、性格にはフルーツ飴の屋台にはりんご飴の他にブドウやイチゴなど様々な飴があった。 「こうもあると迷いますね」 「そうだな……やはりシンプルにりんご飴にしよう」 「わたしは……」 私はりんご飴を、彼女はイチゴ飴を買った。 りんご飴はいつも通り固い。なんとも懐かしい感覚だ。 今度来た時はブドウ飴も良いな、イチゴもいずれ食べてみたい。 「そっちは美味しいか?」 「はい、りんご飴より柔らかくて食べやすいです」 『一口食べさせて貰えないか?』 また私の声だ。気にしないべし。反応すれば変な人になる。 「何処かに座りたいな」 人はどんどん増えていく 「それならさっき人のいないベンチがありましたよ」 と彼女が先導し始めた。とその時 前から来たチャラいカップルの女と彼女がぶつかってしまった。 「きゃ……あ、あたしのりんご飴」 カップルの女が持っていたりんご飴が彼女の着物についてしまった。 「おいおいおいおい、なーにしてくれてんの嬢ちゃん」 見た目通りのチャラい喋り方で男が彼女に絡んでくる。 私は咄嗟に彼女とチャラ男の間に入る。 「あぁーん? 何だお前」 「彼女の連れ人だ」 「連れ人……まあいーや」 男は落ちてしまったりんご飴を指差す 「どーしてくれんの、これ」 「それならわたしの着物だって」 反論した彼女に男が顔をしかめる、今にも殴り出しそうな形相だ。 「ちょっと待ってください」 『ちょっと待て!』 彼女の顔が少し明るくなった気がした。 また謎の声が聞こえているが気にしせず、財布からりんご飴二個分の小銭を取り出した。 「これでりんご飴でも買ってください」 『どっちが悪いかは明白だろ!』 カップルは私から小銭を受け取って歩いて行った。 『やるなら相手になるぞ!』 謎の声はまだ騒いでいる。 「大丈夫か?」 そう言って彼女を見ると何だか不服そうであった。 「わたしは悪くありません」 「それは分かっているが抑えなければ君が危なかった」 「それはそうですけど……」 彼女はヤケになったかのようにイチゴ飴を一気に齧った。 「食べたいものは食べたので帰ります」 と私にりんご飴二個分の小銭を押し付けて帰ってしまった。 「うむ……」 『おいおい、追いかけるべきだろうよ!』 「うるさい、喋りかけるな」 ……喋りかけられた? 本当に何なんだこの声は。 しかしこの声が言う事に少し耳を傾けてみるとしよう。 『進展無しが加速するぞ!』 進展は望んでいない……事も無いが今の心地よい関係以上を望むのは野暮だろう。 『進展無しどころか関係が悪くなるぞ!』 それは……困るな。流石の私でもそれは困る。 『追いかけろ!』 「……わかってるさ」 私は人混みに消えた彼女を探して走り出した。 * 一時間、経過。 結局彼女は見つからず、一時間動き回った私はとうとう力尽き果てて屋台のベンチに座り込んだ。 よく考えればさっきの行動は彼女の意見を無視するようなものだった。 「一言謝りたかったがな……」 申し訳程度に買ったラムネを飲んで呟いた。 ポケットの中で携帯が震えた。 取り出すと彼女からメールが来ていた。 [トウヤさんへ さっきは勢いのあまり失礼な態度をとってすみませんでした] 短い文だが彼女は相当悩んで考えた文なのだろう。彼女はそう言う人だ。 私は君の意見を無視してすまない、などと言う文面を書いた。 『次に繋げる為にどっか誘っとけ!』 悪いことをしたのに図々しい、私の声でそのような事を言うな。幻聴野郎。 幻聴野郎、皮肉と嫌味が入り混じった相応しい名前だ。これからはそう呼ぶとしよう。 ひとまず幻聴野郎の図々しいアイデアは不採用でメールを送信した。 その後数回に渡るやり取りで我々は互いにひたすら謝りあって和解したのである。 * 私は家に帰った。 私の家は学生用に値引きされた財布にそこそこ優しいアパートで名前を[カニカマ荘]という。 このカニカマ荘の値引きの元はキッチンと風呂とお手洗いが共同である事だ。 水道とガス代は毎月定額であるが使いすぎるとカニカマ大臣に怒られる。 カニカマ大臣とはこのカニカマ荘の管理者である。 王道ファンタジーの王の隣にいる大臣のようなくるくると丸まった髭をしていてカニカマが大好きだ。 因みにカニカマ大臣の部屋は豪華……に見える。煌びやかな壁紙はプロ顔負けのお手製で高級そうな家具は安物を装飾したものだ。 そんな個性的な管理者がいるカニカマ荘の一部屋、つまり私の住み家に入った。そして声を上げる。 「幻聴野郎よ、まだいるのであれば姿を表せ!」 約一分の時間が過ぎた所で返事が返ってきた。 『いいだろう、特と見よ!』 その瞬間に彼はいた。煙が出たり光を纏うわけでもなく、今までそこにいたかのような自然な感じで彼は表れた。 身長五センチ程の彼は姿まで私ソックリであった。私を上手いこと縮めれば丁度こんな感じであろう。 『出てきたのに反応無しか』 私の声で話しかけられてすこし混乱しながらも返す 「お前は誰だ」 『私はお前だ』 私は私である。 こいつはクローンか? 過去に研究者に遺伝子を提出した記憶も無いし何より私のようなクローンが増えた所で何の約にも立たない。 よってクローン説は否定。 ならばドッペルゲンガーか。 遭遇すれば死ぬと言われるドッペルゲンガー、そんな摩訶不思議がこの世に存在するのか。 科学的に可能とされるクローンと違い現実的では無い。 よってドッペルゲンガー及び摩訶不思議で人知を超える者説も否定。 ならば何だ、私とは誰か 「私は私だ、私こそ正真正銘の私だ」 『そうだ、そして私も正真正銘の私なのだ』 「わけのわからない事を言うな!」 思わず叫んでしまった、隣の住民やカニカマ大臣に怒られてしまう。 『わけがわからないのはしょうがない、じきにわかるさ』 「何故そう言いきれる」 『そう言いきれるだけの物が、私を構成しているのさ』 私という私じゃない存在。 姿形は縮小した私その物である。 彼は自分も私だと言う。それについての自信は凄く、それを証明できるのが我が存在だとまで言う。 『じきにわかるさ』 そう言った彼は常に私の近くにいて自由に姿を消せるようだ。しかし彼は 『どうせお前ぐらいしか見える者はいないのだ』 と言って姿を消さないのだが。 自分の姿をしているし見えているのに[幻聴野郎]と呼ぶのは嫌なので新しく[小さいの]と命名した。 そんな彼と過ごす事となって一週間、ちょくちょく私に意見を出す事はあるが、まあうまくやっているのである。 もうじき十一月である。 ○ 「……おや?」 ある日、大学から帰っている途中に我が想い人を見つけた。河原で何やらしゃがみ込んでいる。 『話かけようぜ』 小さいのは彼女にとても積極的である、私なのに私らしくも無い。 どちらにせよそうするつもりだったので河原に降りて彼女に話かける。 「やあ、何をしているのだ」 彼女は振り向いた 「あ、トウヤさん」 立ち上がった彼女のしたからキャン、と鳴き声が聞こえた。 「犬では無いか」 彼女の足元には小さな白犬がいた。 「はい、白太といいます」 「犬を飼っているとは知らなかったな」 『犬好きだと言って彼女の家に行こう』 小さいのがうるさいが気にしない。もう慣れた。 「白太は私の犬ではありません」 「ならば捨て犬か」 「それもちょっと違って、白太の母親は死んでしまったのです」 彼女はよくこの河原を散歩していて白太とその母親をよく見かけていたらしい。 ある日、白太がキャンキャンといつもより鳴いていたらしい。 何事かと近づくと白太の母親が見るも無残な姿であった、彼女の推察では弱った所をカラスか何かにやられたようだった。 そんなわけで彼女は白太を家で飼おうとしたのだが。 「父が酷い犬アレルギーでして」 仕方なくこの河原に食べ物を運んで世話をしているのだという。 「それは良い事だ」 「あの……トウヤさんの家は」 彼女が言おうとしている事はわかった。しかし無理だ。 「すまない、私の家はペット禁止なのだ」 特に犬はダメだ、カニカマ大臣が犬は見たくないとよく言っていた。 なんでも実家の愛犬が死んだから、らしいのだが。まあカニカマ大臣の事はどうでもよい。 「そうなんですか……残念です」 見るからにションボリとしている彼女、どうにか出来ないものか……カニカマ大臣を振り切るのは私には不可能、か。ならば問おう 「私に手伝える事はあるか?」 彼女は白太を見つめる。 「なら、一緒に遊んであげてください」 「遊ぶ?」 「白太は寂しがり屋でして、寂しくなるとキャンキャン鳴き出すのです」 「なるほど、そういう事なら喜んで引き受けよう」 「ありがとうございます!」 彼女は満面の笑みを浮かべた。 この笑顔の為に、私は頑張れる。 『この笑顔の為なら何だってする』 今は小さいのに少し共感できる。 ○ 「お前、クラブクラブって知ってるか?」 私が文化祭のしおりを作っているとダイさんがそう切り出した。 「なんですかそれは、部活紹介専門の部活ですか」 「いやいや、漢字で書くとこうだ」 ダイさんが私からペンを奪って書いたのは[蟹部] 「カニ部? どんな部活ですかそれは」 「一年に一度文化祭の日に表れる非公式の部活でな、一つだけ最高のハサミを作るらしい」 最高のハサミとはまた大層な 「もしかしてなんでも切れるとかですか?」 「そのとおり、一回だけなんでも切れるハサミだってさ」 「なんでも、ですか」 「ああ、なんでもだ」 あれだろうか、これで嫌いな人と縁を切りなさいとかそういう怪しい物だろうか。 「一年に一度とは、大学生には手が出せそうも無いですね」 それにしても去年も一昨年もそんな物あっただろうか、見逃していただけか。 「ん? 値段の話か? それは関係ない」 「と、いいますと?」 「最高のハサミを所持する者はクラブクラブの部長が選ぶんだ」 「選ばれた者が貰えると」 「そういう事だ」 なるほど、見ないわけだ。 「で、先輩なら何を切りますか?」 そうだな、とダイさんは考えて 「勉強の邪魔をするこの煩悩を切り離したいな」 「またまたご冗談を」 「ばれたか、そんな物まで切れるとは思わないさ……てか俺作業の途中だったわ」 じゃあな、とダイさんは作業に戻った。さて、しおりは何処まで進んでいたかな。 * しおり作りも終わり私は帰路についた。 『彼女を誘おうじゃないか』と小さいのがしつこく言うが無視をする。 お前は私では無い。 「やーやーやー、珍しい者を連れているね」 いきなり呼ばれて振り向くとそこには変人がいた。 面識が無いのに変人扱いは中々に失礼であるが少し聞いて欲しい。男の外見を。 上を見れば小さなマゲにサンタのような髭。 下を見ればキラキラのベルトに履き古された下駄。 着物を着てサングラスをかけたチグハグな外見だった。 そう、そんな外見の男が話かけてきたのだ。変人と断定してしまっても仕方ないだろう。 変人には関わらないべし。 立ち去ろうとする私を見て変人はまた声を上げる 「お前さんに言っているのだよ、トーヤ君」 「なっ!」 何故私の名前を知っている、何なんだこの男は 「やっと反応してくるたね、トーヤ君」 「貴方は誰ですか」 男は長い髭を撫でて 「ワタシは神に等しい存在だ」 神? 馬鹿馬鹿しい。私は口調を強くする 「誰だと聞いている!」 「名前を名乗るならば欧月模だ」 「はあ?」 うまく聞き取れない 「オウゲツモだ」 「…………」 「それはよいのだ、それよりそれ、面白いね」 変人が指差した先にいたのは 『お、見えるのか』 小さいのである。この変人は小さいのが見えているのである。 「何者……」 「神に等しい存在だ」 変人はぐいっと顔を近づけて私をまじまじと見て。 「ふむふむ、ほうほう、なるほどね」 と言って顔を離した。 「な、何ですか」 「いやいやなんでもないさ、じゃあまた会おうじゃないか」 私が次の言葉を発する前に変人は歩き去っていった。 「な、何なんだ」 『さあ? 神様じゃないかい?』 「信じるのか?」 『ま、それなりにはな』 不思議な小さいのである。 * 帰宅した私は小さいのに問う 「おい、小さいの」 『なんだ、大きいの』 「そろそろお前の正体を教えてくれないか?」 『私はお前だ』 「それがわからんのだ」 小さいのは溜息をついた 『ハッキリ言うとな、それをお前に気づかせる為に私がいるのだ』 「……さっぱりだ」 『ならばまだ教えられないな』 「ケチ」 『なんとでも言え、私はお前だ』 テレビでは皮肉のように[まちがいの狂言]が流れていた。 翌日、中庭でごろごろとしていると我が想い人がやって来た。 「トウヤさん、そろそろですよ」 「ん、何かあっただろうか」 「実行委員ですよ、もう少しなんですから」 「ああ、そうだったか」 私は起き上がって呟く。 「もうすぐ文化祭か」 そんな小さな呟きに彼女が答えた。 「はい、文化祭です」 「君は二回目だったな」 「はい、それでも楽しみです」 彼女は心底楽しみな様子だった。 ○ 白太と出会いそろそろ二週間になり、十一月も終わりかけである。 十一月終盤に行われる我が文化祭も近づき、私は彼女と帰る事が多くなっている。 また、それとは別に私は白太のおかげで彼女といる時間が増えている。私はそれを抜きにしても白太に愛着が湧いていた。 彼女は今日用事があるという、私は一人例の河原にいた。 「おーい、白太」 河原で呼ぶと白太は駆け寄ってくる。 「……あれ?」 しかし今日は来ない。 いつも白太が寝ている茂みに近づくと見覚えのある顔があった。 「ん? おや、トーヤ君じゃあないかい」 変人男である。 「何をしているんですか」 「見ての通り、犬と戯れているんだよ」 見ると白犬は変人の手に噛み付いていた。 「どこが戯れてるんですか」 「嫌よ嫌よも好きのうちだよ」 それはそうと、と変人は切り出す 「この子はもうじき死ぬね」 「なっ」 縁起でも無い、彼女の愛する犬に向かって! 「驚くだろうね、でもしょうがないのだよ」 「何を言うか、その子はまだまだ元気だ」 変人は髭を撫でる 「仕方ない、生命とはそういうものなのだ」 「なんだ! 失礼な」 変人は立ち上がった。 「その時に彼女にどう説明するか考えておくといい」 「そんな事は起こりはしない」 「まあ信じないならそれもよい」 そう言って変人は去っていった。 キャンキャンと鳴く白太を見て私は呟く 「お前……元気だよな」 ○ 「文化祭だ! 今まで準備ごくろう!」 オオさんが叫んだ。 本番である三日は各担当に分けられ、私は三日あるうちの一日目、十一月二十九日を担当した。 * 今は二日目、十一月三十日である。 今日明日と自由な私はしばらく友人と周り、友人の友人が来たので一人で周り始めた。 「お、あれは」 りんご飴屋を見つけて覗いて見るとぶどう飴があったので一つ買う。 さっきから 『彼女を探そう』と小さいのがうるさいがいつものように気にしない。 「うむ……」 廊下はどこも人だらけ、この人混みの中ぶどう飴を食べる気にはならない。 どうしたものかと歩いていると屋上解放のポスターを見つけた。 去年までは屋上も普段から解放されていたのだが何処ぞのバカが新入生歓迎に鳥人間などという物を実験したばかりに閉鎖となったのだ。 去年といっても我が想い人が入ってきた新入生歓迎会である。 ポスターを読めば屋上は休憩所として機能しているようだ。文化祭だからこそまたバカが現れる気がしてならないが……まあ対策はしているだろう。 とりあえず飴を食べるにはいい場所だ、私は久々にみた屋上への階段を登った。 * 「おお……」 思わず声を漏らしてしまった。すごいバリケードである。 これでは鳥人間も無意味だろうな。 『お、あれは』 小さいのが声を上げた。見ると我が想い人がいるではないか。 しかし、だ。 『落ち込んでいるな』 彼女はみるからに落ち込んでいる。バリケードごしに街を見下ろしては 何回も溜息をついている。 「…………」 誰しも一人になりたい時はあるだろう。 そう思って立ち去ろうとすると小さいのが怒鳴り始めた。 『そんなんでどうするんだ! 励ませよ!』 私は小さい声で答える。 「……一人になりたい時もあろう」 『そんな事でどうする! お前と彼女の仲だろう!』 「お前がそこまでいうのなら……」 私はそっと彼女の隣に立つ 「どうかしたのか、楽しい文化祭に溜息ばかりついて」 彼女は横目で私を見た 「トウヤさん……いえ、少し考え事をしていただけです」 「そうか」 少しの沈黙の後小さいのが叫んだ 『何で鵜呑みにしてるんだ! 嘘に決まっているだろう!』 私はまた小さい声で返答する 「嘘までついて聞かれたく無いものを無理に聞くのは野暮だろう」 『あー、もう!』 小さいのが怒り出して私に体当たりをしてきた。 体がドクンと揺れ血が逆流したような感覚に襲われる。しかし反対に身体は軽くなる。 何か、何か思い出しそうだ……いや、今はそれどころじゃない。 私はまた小さく溜息をついた彼女に話かける 「悩みならば……聞くぞ」 さっきまでは思ってもいなかった思考が働く、何かが違う。 彼女は少し顔を上げた 「じゃあ……いいですか?」 「ああ、言ってみろ」 実は、と彼女は切り出した。 「両親に十二月二十五日、つまりクリスマスまでに良い相手が見つからなければ金宮さんの所に嫁に行けと言われまして」 「なっ……嫁!?」 大学生だぞ、それとも彼女はもしかしてご令嬢なのか 「はい、私の両親は仕事に生きているような人でして」 私はショックを受けながらも相槌をうつ 「それで……はっきり言うとお金持ちである金宮さんの所に私をやることで今は中堅の会社を成長させようと考えているようで」 「そんな、会社の都合などで」 彼女は首を横に振る 「いえ金宮さんは悪い人では無いのです、寧ろ良い人で両親もそれを思い私の為でもあるのです」 それでも彼女は落ち込んでいる。 「しかし、君は」 「はい、大学生でこんな事を言うのもなんですけど婚約というのは本当の愛が無いと嫌というか……それこそ物語のような……」 彼女の言わんとする事はわかる 「私もそうだ、大学生だろうと夢を持っても、理想を抱いても良いだろう」 あれ、私は今までもっと現実を重視 してはいなかっただろうか。 彼女はふと腕時計をみた 「……あっ!」 「どうした」 「休憩時間過ぎてました!」 そういえば彼女の実行委員担当は今日であった。 「私でよければ変わるぞ、さっき友人の友人が来て暇を持て余していた所だ」 彼女はまた首を横に振る 「いえ、仕事に私情は持ち込みません」 「そうか、頑張れ」 「はい、聞いてくれてありがとうございます」 丁寧にお辞儀をして立ち去る彼女を見送ろうとした時、また血が逆流するような感覚に襲われた。 つい一瞬まで頭の隅っこでも思って無かった事が浮かび、つい口にする。 「明日は……明日の夜は暇か?」 彼女は首を傾げる 「後夜祭の事でしょうか、それなら一人ですけど」 後夜祭、夕方に終わる文化祭の後に行われるお楽しみ会のような物だ。真ん中にはキャンプファイヤーがいり、寒くも無く中々に楽しいものらしい。 しかし参加するのはだいたいが恋人がいる者か文化祭を純粋に楽しむ者であり、恋人のいない者や興味の無い者の殆どは打ち上げと称して酒の力を借りて互いに愚痴りあうのである。 去年は私も飲み呑まれの側だったのだか、もちろん今年もそのつもりだったのだが。 私は自分でも予想しなかった言葉を自分の口から発した。 「ならば、私と後夜祭に行かないか?」 * 「その……えっと」 彼女は突然の申し出に戸惑っているが当の私も戸惑っている。 まさか私がそんな言葉を発するとは、全くの予想外だ。 ……否定しよう 「いや、すまな」 否定しようとした私の言葉を彼女の声が上書きした。 「行きます」 「え……」 「喜んで行かして貰います」 * 「うむ……」 私は屋上で一人ぶどう飴を舐めて考える。 あれは私だったのか、あれは何だったのだ。血が逆流するような感覚、しかし身体は軽くなる。 今思えば私はおかしい時の私に何処か親近感を感じていた。 親近感どころではない、何処か懐かしいような……そんな感覚である。 『ふん、次は君が黄昏るのか』 小さいのが私を弄る、そういやさっきは彼女といたのに小さいのは余り横槍を入れてこなかったな。 まあ、いいか。 『何故黄昏る、彼女と後夜祭の約束を取り付けたのだろう? 嬉しくは無いのか?』 「嬉しいさ、しかしあの時の私は私では無い気がして……」 小さいのは溜息をついた 『今更何を言う、さんざん私というお前では無い存在を見ているだろうに』 「それはそうだが……ん?」 あれ? ちょっと待て。 私では無い別の私、それでも私のような別の私そして横槍を入れてこない小さいの。 その全てが私の脳内で繋がった。 「お前か」 私は小さいのに言った。 『まあ、そうだ』 小さいのは淡々と答えて続ける 『私はお前だからな』 「……私にはそれがわからないと言っているのだ」 『まだわからない、か』 小さいのは呆れたように呟いた。 ○ 「おーい、白太」 文化祭二日目の帰り道、私は白太のいる河原に来ていた。 「白太?」 何度呼んでも反応が無い、またあの変人がいるのだろうか。とりあえずいつもの茂みに近づく。 「うっ……」 異臭がする、何かが腐ったような……何処か血なまぐさいような 嫌な予感がして恐る恐る茂みを掻き分ける。 「なっ!」 白太が死んでいた。カラスにでも荒らされたのか見るも無残な姿で死んでいた。 私は驚きと同時に二つの事を思い出していた。 一つ目は今までの、生きていた白太の姿。 異常なまでに人懐っこく異常なまでに寂しがりやな白太。思い出せば思い出すほど涙がこみ上げてくる。 そして二つ目は自身を神と名乗る変人、オウゲツモの言葉である。 「この子はもうじき死ぬね」 今回のこの事は変人の予想が当たったと言える。 まさに神様の言う通りである。いや、あの変人が神様だとは信じないが。 「トウヤさん?」 その可愛らしくて心地の良い声を聞いた瞬間、私は変人のもう一つの言葉を思い出した。 「彼女にどう説明するか考えておくといい」 私は後ろを向いたまま、白太が彼女から見えない位置のままに口を開く。 「来るで無い」 「トウヤさん……」 「来ない方が……良い」 しばらくの沈黙 「トウヤさん、流石にここまで近づけば臭いでわかります」 「…………」 私は白太を見る。彼女もここまで無残な姿を想像してはいないだろう。 やはり見せる訳には…… 「白太を見せて下さい」 「…………」 「わたしに白太を拝ませて下さい」 ……ダメだ彼女にそんな真剣な声を出されると、ダメだ。 私は白太の前から動いた、これで彼女も目撃するだろう。 何かを飲み込むような動作をして彼女は白太に、無残な姿の白太にかけよった。 「白太……可哀想に」 可哀想に、それが彼女の第一声だった。それだけで彼女がどれだけ白太を思っていたかわかるであろう。 「トウヤさん」 「…………」 「笑顔で送り出しましょう」 * 彼女は精一杯、涙を堪えて笑顔を見せた。 見せた先には臨時で作った白太の墓がある。彼女はこんど本格的な所に頼んで供養して貰うと言っている。 私は悲しみを切り離し、笑顔の仮面を被り墓を見る。 二つで拝んでいると小さな声で彼女が言った。 「トウヤさんは……仮面を被るのが上手ですね」 皮肉では無い、彼女は率直に私を褒めているのだ。 「……それは君もだろう」 もちろん私も皮肉では無い 彼女は涙声で私に返す 「いえ……私は……もう、駄目です……」 「……そうか」 私の言葉を境に、彼女は泣き出した。何度も何度も白太の名前を呼びながら泣き続けた。そして 『くっ……』 小さいのも少し涙をこぼしていた。 * 「すみません」 彼女は私が渡した水を飲んで一言誤った。 「いや、泣ける時に泣いておくといい」 「はい……」 「そろそろ帰るか」 「はい」 彼女はまた水を飲んだ。 * 彼女との別れ道である分かれ道で分かれる直前に彼女は私に振った 「その、トウヤさん」 「どうした?」 彼女は少し言いにくそうに、しかしハッキリと言った。 「トウヤさんは仮面を被りすぎです」 そう言って彼女は去って言った。 * 「……あ」 その一言を聞いた私の中で何かが爆発した。 そう、私はその言葉を聞いて、その言葉をハッキリと言われたその瞬間に…… 彼女に惚れたのだ。 何故忘れていたのだろう、それとも私が記憶の奥底に押し込んだのか、どちらかはわからない。それでも、それでも変化は起きた。 「お前は……私だったのだな」 私は小さいのに呟く 『……やっと分かったか』 小さいのが私に近づいて目を閉じて右手を此方に伸ばした。 「すまんな、長年押し込んでいて」 私も同じく目を閉じて小さいのに手を伸ばした 『構わないさ、私が選んだ道なのだから』 私と私の手が重なる。 「仮面を……破ろう」 血が逆流するような感覚、昔に戻ったような懐かしい感覚。心地が良い。 目を開けると小さいのは消えていた。 何てことは無い、小さいのは私であったのだ。 小さいのは、仮面の無い本当の私だったのだ。 ○ 「いますか、カニカマ大臣」 仮面がとれた夜、私はカニカマ大臣の家を訪ねた。 「いる、いるよ」 大臣はやあやあトーヤ君、といつもの挨拶をした。 「何か御用かな、トーヤ君」 「その、嫌な過去を掘り返してしまうのですが……」 大臣はくるくると丸まった髭を撫でて 「悩みのようだね、まあ入りなさい」 「すいません」 私は豪華に見える部屋を見渡していると大臣がお茶菓子と紅茶を入れてくれた。いつもながら美味しい紅茶だ。 「で、何かな?」 「その……」 私は大切な人が愛犬を失って落ち込んでいる事。 どうすればいいのか同じ状況であった大臣に相談しにきた事を言った。 愛犬の話が出てきたので大臣は少し複雑な顔で 「それは悲しいだろう……」 とひとしきり彼女への慰めを何故か私に言って 「まず一つ、人にもよるが似た犬の人形で慰めるとかは駄目なのである」 「駄目なのですか!」 いつでも思い出せる、いつも共にいると言う象徴では無いか。 「それが駄目なのである! 特に落ち込んだばかりの時は思い出すと余計に落ち込むのだ!」 「な、なるほど」 目から鱗だ。 「それよりも、その大切な人って言うのはトーヤ君の想い人だね?」 「うっ……」 その後、大臣から様々な教えを受けた私はあるプレゼントを買う事にした。 * 「後夜祭だ」 「はい、後夜祭です」 私と我が想い人は後夜祭に参加していた。 恋人だらけの有志バンドが大音量でライブをし、キャンプファイヤーの周りでは多数のカップルが談笑している。 「何をしましょう」 「何をすべきか……」 何しろ二人共始めてなので何をすべきかわからないのだ。しかし一つ目的がある。 私はカバンに入れたチケット、デザートハウスと言うデザート食べ放題の大人気店のチケットを彼女に渡すのだ。 「甘い物は人を幸せにしてくれる、蟹やカニカマはさらに人を幸せにする」 そう言うカニカマ大臣の助言を受けて決めたものだ。カニカマで幸せになるのは大臣だからだろう。 『そんなにがっついていいのか? やりすぎでは無いか?』 私の横で私の姿をした者が横槍を入れる。 これは小さいのでは無い、私が被っていた私の仮面、仮面の私、命名仮面男である。今日の朝起きると横にいたのだ。 「とりあえず……周りますか」 「だな」 * 物好きの生徒が出す夜店を回っていると夜もふけてきた。物好きなだけあって何処もテンションが高すぎる。 歩き疲れた私と彼女はキャンプファイヤーであったまりながら休んでいた。 「暖かいですね」 「そうだな」 そんな他愛も無い会話が続き、じきに良い雰囲気になってきたように思う。 今だ、チケットを渡せ! 心の中で私がそう思い隣の仮面男が『早すぎる!』と叫ぶ、そんな時だった。 「やーやートーヤ君」 「ちょっと、蟹王様」 後ろを見るとカニカマ大臣と変人がいた。 「オウゲツモさんに大臣じゃ無いですか」 「うむ、オウゲツモだ」 いや、変人だ。それより大臣と変人は知り合いであったか 「いい所ごめんね、王がどうしてもというから」 大臣が私に耳打ちした。大臣の王は変人であったか。 変人は綺麗で大きいバックから巾着袋を取り出した。あいかわらず和と洋が異常にチグハグだ。 「悩める生徒よ、仮面を被りし男子よ」 変人は俺の事を指しているのだろう、仮面は破ったのだが。 「お前さんにこれを授けよう」 変人は私に一つの鋏を渡した。 茹でた蟹のように真っ赤で小さいトゲトゲがついた鋏だった。 「これは……」 「蟹鋏だよ、最高の鋏だ」 変人はそう言って去って行った。 「また王は説明を忘れる……」 大臣が溜息をついて私に言う 「その鋏は我ら非公認の部活、クラブクラブが作った最高の鋏だ」 「これが……」 「それは何でも切れる、人との縁だって魂と肉体の繋がりだって切れる」 「そんな物まで……」 彼女が声を漏らす 大臣は得意気に再開する 「しかし使えるのは一度きり、使えば蟹鋏は消える……何処で使うかは君次第だよ、トーヤ君」 じゃ、王を追わなければと大臣は去って行った。 「これが……最高の鋏」 「凄いですね」 二人で鋏を眺めていると後夜祭終了の放送が入った。チケットは渡せなかった。 ○ 文化祭から三週間と少しが過ぎた。クリスマスだ。 何故ここまで話が飛んだか、何も無かったからだ。 実行委員が終わり冬休みに入った今、彼女との接点は少ない。今思えば私は彼女の連絡先すらしらないのだ。 友人達の噂によれば彼女は、いや彼女の両親は金宮との縁談を着々と進めているとのことだ。許すまじ、金宮。 * クリスマス、つまり今日が終われば彼女と金宮の縁談は成立する。そう言う話だった筈だ。 私がこの三週間何もしなかったとお思いか。 否、私は彼女と金宮がクリスマスにデートをすると言う噂を聞いて金宮が行きそうな場所などを調べていた。 夜、金宮の坊主が気に入っているというレストランの前に私はいた。ここに金宮は来るだろう。 八時、そろそろ夕飯時だ。私は走る車を鬼の形相で睨んでいた。 九時、何故こない。まさか検討違いか。 十時、まさか、まさかこないはずは…… 「トウヤさん!」 天使の声、我が想い人の声に顔をあげる。みるからに高級そうな車の窓から彼女が私に手を振っている。 車はレストランをスルーして走りさる。まさか金宮が違う所を選ぶとは、しかし見つけた。私は彼女を見つけたぞ。 * 「前の車を追ってくれ!」 近くにいたタクシーに乗り込んで運転手にそう叫ぶ 「何か事情がおありのようだ」 ものわかりの良い運転手だ。 「その通りだ! 早く出してくれ!」 「ならば降りろ! 厄介事に巻き込むな!」 「了解しました!」 だろうな! 私でも嫌だ! 「こんちくしょおが!」 私は車を走って追いかけようとする 『無謀だ、彼女とは今のような関係でいて心地よい平凡な生活に戻ればよい』 仮面男が私に叫ぶ、私も仮面男に叫ぶ。 「無謀で結構、無謀万歳!」 それに、無謀では無い! 『何が万歳だ』 「私は恋に生きると決めたのだ! お前は私であって私じゃない!」 私はもう見えなくなった車を追って走りだした。 彼女に想いを伝えるのだ! ○ 近くで自転車を借りて私は走る。 ここまでは高校で培った体力と何度か車が信号に捕まってくれたおかげで見逃してはいない。しかし 「はあ、はあ」 流石にもう息がやばい、体力が…… 彼女の乗る車が通る瞬間に信号は無慈悲に青へと変わり始めた。これでは追いつけない。更にここで自転車がパンクした。 それでもやるだけの事はやろう。 『やっても無駄だ、やるな』 私は叫ぶ 「うるさい!」 * 「仮面は取れてないけど特別に会いに来てあげたわ」 いきなり横から入って来た声、前回もいきなりだった。 「……久しぶりだな」 「お久しぶり、仮面のお兄さん」 私のあんぱんを食べて私に仮面を被り過ぎていると指摘した、やけに大人びた少女がまた自販機の上に座っていた。 「すまないが私は急いでいる」 「追いつけっこ無いわ、相手は自動車だもの」 この少女は私が置かれている状況を知っているのか。 「お前は……何者だ」 「うーん、神様かな」 まただ、変人に続きこの少女まで自分を神だと名乗った。 「信じられないな」 「分かっているかもしれないけどそれを具現化したのはあたしよ」 と、少女は仮面男を指差した。 まあそれはいいの、と少女は切り出す。 「仕方ないからサポートしてあげる」 少女は自販機から降りて目を閉じる。 「まずはその自転車ね」 少女がタイヤのパンクした部分に手を添える。しぼんでいたタイヤがむくむくと膨らみ、元のタイヤへと戻った。 「次に予言」 「予言?」 「あの二人、貴方の想い人は今からこのレストランで十一時まで食事を取るわ」 少女が何処からか出した紙にはレストランの名前が書かれていた。 「最後に……こっちに来て」 言われた通りに近づくと手を甘噛みされた。息切れが無くなり体力が回復して行くのがわかる。 「お前……」 「行きなさい、あたしはサポートしか出来ない」 少女は軽々と自販機の上に飛び乗った 「最後の決め手は、貴方にしか出来ないわ」 * 私は走る、自転車を全力で漕ぐ。 『無駄だ! 辿り着いたとしてどうなる! 相手は資産豊富で性格の良い坊ちゃんだぞ!』 「うるさい! 可能性はゼロでは無い!」 『もう……好きにしろ!』 「好きにさせて貰う!」 * 私は走る、どれくらい走ったかはわからないが走る。 「……ついた」 レストラン月柄、ここに彼女と金宮が…… 「あ……」 レストランの入り口についている時計、指しているのは十一時二十五分。 『言っただろう』 仮面男が言う 「…………」 「やーやーやー、連れているのが変わっているね、トーヤ君」 そこにいたのは変人改め蟹神様であった。 「オウゲツモさん……」 「ここはお気に入りのレストランでねぇ、そう言えばさっき見たよ」 蟹神様は咳払いをして言い直す 「後夜祭の時に君といた彼女をさっき見たよ」 「本当ですか!」 「本当だよ、海の方に向かったね」 「海……」 ここらへんの海と言えば一つ有名なデートスポットがある筈だ。 「ありがとうございます!」 「青春したまえ、少年よ」 私は再度自転車を漕ぎ出した。 * 海岸沿いのデートスポットに彼女と金宮はいた。 「トウヤさん」 こちらに気づいた彼女が私の名を呼ぶ 「君は誰だい?」 金宮が言う 「我が名はトウヤ彼女を貰いに参上した」 「残念だがもう縁談は決まっているんだ」 「何を言う、クリスマスは今日だ」 「時計を見たまえ」 金宮が嫌な笑みを浮かべた、とても性格がいいようには見えない。 「もう十二時を回っている」 ○ 時刻は十二時十分、縁談は成立していた。 「……縁談がなんだ」 「そんな事を言っていいのか!」 金宮が大声を上げる。 「俺はここらへんを締める金宮家の者だ、その金宮と成立させた縁談を無視するなどと言う事をすれば」 わかるな、とばかりに金宮は笑う。この者も仮面を被っていたのだろう。 * 「トウヤさん……わたしは大丈夫です」 「いや、安心しろ」 私はポケットから取り出す。最高のハサミを。 神のハサミをかかげて私は叫ぶ 「とくとみよ! これは蟹神より貰いし何でも切れる最高のハサミ!」 金宮が怪訝な顔をして彼女の顔が明るくなる 「今、私はこれで縁談を、約束を切り裂いてやろうぞ!」 私は蟹鋏を開く 「蟹鋏よ! 彼女と金宮との縁談を切り裂きたまえ!」 カチン、とハサミが閉じた。その瞬間、彼女と金宮の携帯が鳴り響いた。 * 二人はそれぞれ電話に出る。彼女の顔が笑顔に変わり金宮の顔が暗くなる。 彼女か私の元に来て金宮が車に乗った。 金宮の車が出発したのを見て彼女は私に言った 「トウヤさん! 何故か縁談が無くなりました!」 「それは、大丈夫なのか?」 「はい! 向こうの、金宮家の都合らしいです!」 「それは……よかった」 さて、と私は心の中で深呼吸 「聞いて欲しい、私は君の事が」 「駄目です」 彼女の手が私の口を塞ぐ 「こんな時ぐらい仮面を外して下さい」 * 「何を言う、仮面ならもう外している」 「外していません、トウヤさんは昔の自分の仮面を被っただけです」 「……そんな事は無い」 彼女は首を横に振る 「いえ、わたしにはわかります」 彼女は私の横、仮面男を指差した 「彼が、もう一人のトウヤさんが居るからです」 『……うむ』 仮面男が頷く 「君には……見えているのか」 「はい、今トウヤさんが被っている仮面のモデル……もう一人の昔のトウヤさんも見えていました、お見通しです」 「そうだったのか……ならこいつは」 私は仮面男を指差す 「彼もトウヤさんです、どちらも本当のトウヤさんなんです」 「そうか……」 私と仮面男は互いを見合う。 『そろそろ戻してくれるか?』 「もちろんだ、お前も私なのだからな」 私と仮面男は手を合わせる。 野球部に入り、他人に負ければとてもくやしがり、彼女と繋がろうとした私。 消極的で大雑把、他人に負けてももろともせず、彼女と今の関係を保とうとした私。 留年して何事にも関心を持たず、彼女だけに興味を示した私。 そして今まで私が被ってきた仮面の私。その仮面に隠された私。 それらはすべて、私なのだ。 「共に生きようぞ」 全ての私がそう言った。 ○ エピローグ 「ありがとう、君のおかげで私は私になれた」 「いえ」 彼女は私を見つめる、何かを考えているわけでは無さそうだ。 「仮面、外れましたよね」 彼女が微笑む。 「そうだな……」 私は心の中で深呼吸をしながらポケットにあるチケットを握りしめた。 仮面を被らない生きかたは今までより過酷だろう。それを理解し支えてくれるのは彼女しかいないだろう。 全ての私の共通点、それは彼女を特別視していた事だ。 全ての私が彼女を求めている。 これで私と彼女の友人としての物語は終わりを迎える。 次に私と彼女がどのような関係で物語を始めるかはご想像にお任せしよう。 ではそろそろ締めくくろう。心の中で深呼吸。 私は彼女を見つめ返して言う 「好きだ、付き合ってくれないか?」 天使が、彼女が最大級の微笑みを見せた。 |
リーフライ
2014年05月14日(水) 06時44分40秒 公開 ■この作品の著作権はリーフライさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 タキレン 評価:0点 ■2014-08-08 02:28 ID:TJvgnv5M7H2 | |||||
ご指摘ありがとうございます。 ただいま返信して参りました |
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No.1 陣家 評価:0点 ■2014-06-29 10:57 ID:oCQUpHz7uGg | |||||
感想を求めているならば、新作を投稿する前に少し下にある前作にもらった感想に返信するのが先では? と老婆心ながら思います。 |
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総レス数 2 合計 0点 |
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