白菊童子 |
こんな噺をご存じだろうか? ある寺に白菊童子と呼ばれる、それは美しい稚児がいた。童子は大層頭が良く、日々の務めも怠った事の無い程、真面目な少年であった。寺の坊主達や和尚は皆、賢い童子をとても可愛がっていたが、中でも、ある一人の若い坊主が、童子を大層好いていた。 若い坊主もその一人で、童子に並々ならぬ程の情念を抱いていた。しかし、童子の態度は素っ気無く、坊主は全く相手にされなかった。坊主の、童子を想う気持ちは段々と憎しみに変わっていった。 そしてある晩、若い坊主はとうとう部屋で寝ている童子に襲いかかり、勢い余って殺してしまった。 さてそれからが大変である。坊主はふと正気を取り戻し、虚ろな表情を浮かべたまま冷たくなった童子を見て、途端に恐ろしくなってしまった。 「わ、私は何ということを…白菊を殺してしまった! これが皆にばれてしまったら、私はどうすれば良いのだろう!」 若い坊主は顔を真っ青にして、部屋の中を動き回った。童子の骸はただ静かに、乱れた褥の上で横たわっている。坊主はそれを眺めて思いついた。 「そうだ、白菊を埋めてしまえば良い!皆には『白菊は夜更けにやって来た使いに母が危篤だとの知らせを聞いて、慌てて実家に戻った』と言えば良いのだ!」 名案だとばかりに調子を取り戻した坊主は、早速行動に移した。寺の裏の、更に奥まった場所にある空き地に穴を掘り、童子の死体を投げ入れて埋めてしまった。 「もうこれで一安心だ」 安堵した坊主は、そのまま部屋に戻って眠ってしまった。 坊主が帰って後、人気が無くなった童子の墓から、一つの小さな芽が出た。芽はみるみる伸びて育っていき、遂に見事な白菊の大輪を咲かせた。 雲間から差し込む月明かりが白菊を優しく照らしていた事を、寺の誰もが知りえなかった。 あくる日、童子がいないと騒ぐ皆に、坊主は何食わぬ顔で説明した。 「昨夜遅く、急に白菊の家の使いの者がやって来まして、白菊の母が危篤と言うので慌てて家へ帰したのですよ」 坊主の思惑通り皆は騙され、すぐにいつもの寺の様子に戻った。坊主は「上手く行った」と内心でほくそ笑んだ。 その晩の事、和尚は急に厠に行きたくなって廊下を歩いていると、前方に白い人影が立っているのが見えた。何者だ、と目を凝らした和尚は驚いた。なんと、帰ったと言われた童子が、そこに立っていたのである。 しかし無表情で黙りこくる童子に、どうも様子が可笑しいとよくよく見てみると、童子の下半身が透けているではないか。恐れた和尚は咄嗟に目を瞑って、お経を唱えた。 暫くの後、目を開けてみるとそこに童子の姿は無く、童子が立っていた足元には見事な白菊の花が残されていた。 「はて、この寺には菊は植えてなかったのだが…」 和尚は童子そっくりの影と花に首を傾げた。 あくる晩、妙な胸騒ぎを覚えた和尚は、再び廊下に出た。するとやはり昨夜と同じく、童子そっくりの影が廊下に立っている。和尚は、今度はその影に問うてみた。 「お前は白菊なのか」 すると童子の影は頷いた。和尚は更に問うた。 「お前は、危篤の母を見舞いに帰ったのでは無かったのか」 童子は、今度は違うと言う様に首を横に振った。和尚は驚いて童子を見つめ、震える声で三度問うた。 「お前は死んだのか」 童子は悲しそうな表情を浮かべると、スッと消えた。童子がいた足元には、また白菊の大輪が落ちていた。 次の日の晩も和尚が廊下に出ると、またもや童子が立っていた。今度の和尚は何も言わず、ただ童子をじっと見つめていた。すると、童子が初めてくるりと背を向け、動き出した。和尚は黙ってそれについて行った。 童子が向かった先は、お寺の裏の更に奥の空き地。そう、童子が埋められている場所である。 童子は、人知れずひっそりと咲いている見事な白菊に音もなく近づくと、和尚に振り向いて菊の根元をそっと指差した。和尚が黙って頷くと、童子はほっとした表情を浮かべて消えて行った。 夜が明けてから、和尚は何人かの坊主達を連れて、白菊の花の元にやって来た。その中には童子を殺した坊主も入っており、そこに近づくにつれて段々顔色が悪くなっていった。 和尚は坊主達に命じて菊の根元を掘らせると、見慣れた着物が土の中から現れた。 「おお白菊、まだ幼いと言うのになんと惨い…化けて出る程無念だったのだなぁ…」 掘り起こされ、日の下に晒された白菊童子の遺体は不思議と腐っておらず、殺された当時のままの姿であった。 それを見て恐れたのは童子を殺した若い坊主である。坊主は真っ青になって震えながら地面に打ち伏し、涙を流してひたすら詫びながら和尚に全てを話した。 和尚は全てを知ると、若い坊主を追放処分とした。そして掘り返された童子の遺体は元通り埋められ、そこに小さな塚を建てて丁寧に供養された。 その後に童子は化けて出る事が無くなり、その寺の裏には今も見事な白菊が咲くと言う。 追放された若い坊主は後日、身ぐるみ剥がされた無残な遺体となって発見されたらしい。 |
翠春
2014年02月16日(日) 02時57分17秒 公開 ■この作品の著作権は翠春さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.8 翠春 評価:--点 ■2014-02-21 06:25 ID:yk3giTsa7KU | |||||
>おさん こんにちは。 現代小説よりは昔話や古典を目標にしていましたので、そう感じて下さると嬉しいです。 楽しんで頂けて何よりです、読んで下さりありがとうございました。 |
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No.7 翠春 評価:--点 ■2014-02-21 06:20 ID:yk3giTsa7KU | |||||
>楠山歳幸さん こんにちは。 描写はわざと少な目にしていたのもあります。が、削りすぎましたか…。 坊主は改心と言うより、ビビッて焦って自白って感じが近いと思います。 やっぱりもうちょっと彼の精神を抉った方がいいですかね? 直接白菊に出向いてもらうとか…むむむ… ご意見参考にさせて頂きます。 ありがとうございました。 |
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No.6 翠春 評価:--点 ■2014-02-21 06:04 ID:yk3giTsa7KU | |||||
>家達写六さん こんにちは。 うーん、怪談には中途半端ですか。これを書いてた時が丁度嵐の日の深夜だったので、書いてた当時は凄く怖かったんですが… オリジナリティが薄い点ですが、これは昔話集などに載ってるような話に近付けたくてわざと文章を形式的にしているつもりでした。 迫力は確かに弱いです。そもそもの白菊自身が、自分を殺した若い僧ではなく和尚に姿を見せているのが原因、なんでしょうね…。 最後の一行は因果応報を表したかったんですが、中々表現が見つからずこのような形になりました。 私的には若い僧を殺せて満足していたんですが、イマイチでしたか…。 とても参考になりました。 批評ありがとうございました。 |
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No.5 翠春 評価:--点 ■2014-02-21 05:53 ID:yk3giTsa7KU | |||||
>時雨ノ宮 蜉蝣丸さん こんにちは。 ご趣味に合っててよかったです(笑) 確かに、化けて出てくる死人って不思議と大人が多いんですよね。 子供が化ける方が怖いんじゃないかな、と個人的に思ってるんですが…。 楽しんで頂けて何よりです。 読んで下さりありがとうございました。 |
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No.4 お 評価:30点 ■2014-02-20 01:47 ID:UWN2hhhpo6. | |||||
よませていただきました。 すっきりとして読みやすいですね。 古典の噺という感じなのでしょうか。 そういった味わいを感じました。 現代的な小説のダイナミズムのような感じはあまりうけませんでしたが、それはまた別の価値観でしょう。 驚きは特にないですが、作品として楽しめました。 |
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No.3 楠山歳幸 評価:30点 ■2014-02-16 23:37 ID:3.rK8dssdKA | |||||
読ませていただきました。 自分への反省として書かせていただきます。 描写が少ないかなあ、と感じました。童子にどんな魅力があったのか(しぐさとか女性を思わせる感じ)。若い坊主がどのように童子に魅かれて行ったのか。ただ殺されただけでなく童子にどのような無念があったのか、若い坊主のキャラとか。当時の僧侶の衆道の経緯とか。 若い坊主の改心も唐突のような気がします。僕も最後の一行は蛇足かなあ、と思いました。 ストーリーは面白かったです。 失礼しました。 |
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No.2 家達写六 評価:10点 ■2014-02-16 13:27 ID:0H/tY0Rvzkg | |||||
この話を怪談と呼ぶにはいささか中途半端な印象を受けました。もったいぶった語り口のわりに作品自体にはオリジナリティが薄いし、クライマックスであるはずの子どもが化けて出るシーンもいまひとつ迫力がない。最後の一行も、とってつけたような印象がぬぐえませんでした。 辛口、失礼。 |
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No.1 時雨ノ宮 蜉蝣丸 評価:40点 ■2014-02-16 11:32 ID:2yvcLrrqfRc | |||||
こんにちは。読ませていただきました。 面白かった! というのが正直な感想です。個人的に怪談が大好物な上に、昔話風味というのがまた興味とロマンスを掻き立てますね。 無念な死人が化けて出る話は、いろいろなところに転がってはいますが、子供っていうのは意外と無い。男女は多いんですが……。 楽しかったです。次回作も大いに期待しております。 ありがとうございました。 |
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総レス数 8 合計 110点 |
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