やさしい王様 |
昔々、とある小さな国に、そのまたずっと前から語り継がれるお話がありました。そんなに古いお話なのですから、少しずつ元の形からは離れてしまうものですが、その頃はまだ辛うじて物語は受け継がれていました。 母から子へ寝物語として、戒めの喩え話として、人々は大切に守り伝えていたそうです。 けれども、ある日、隣の大きな国が攻めてきました。語り部たちは為す術もなくその小さな命を踏みにじられました。その蹂躙から逃れた命もありました。しかしながら、その僅かな糸は紡がれることなく切れてしまいます。こうして物語は一度、途切れてしまったのです。 そんな物語たちも時を経て、ふたたび人々のもとに帰ってきました。これはその中のひとつ、“やさしい王さま”のお話です。 今日では忘れ去られた国の最後の王様のお爺さんのお爺さんのもう一つお爺さんの代のお話です。そのとても大きなお爺さん――身体的な意味ではなく曾祖父のことを大きいお爺さんというような感覚――は“やさしい王さま”と呼ばれていました。 “やさしい王さま”は子供がお腹を空かせて泣いていれば、自分のパンを分けてあげました。 “やさしい王さま”は農民が病に伏せていれば、お医者を連れて励ましました。 “やさしい王さま”は犬が凍えていれば自分の外套で包んであげました。 “やさしい王さま”は皆のために自分が出来ることを出来る限り精一杯やりました。 そんな王さまのことが国中の人びとはもちろんのこと、他の国の人たちも大好きでした。そのお陰で、その時代は争いもなくとても穏やかな治世だったそうです。 そして異口同音にこう言います。王さまのことを“やさしい王さま”だと。 「王さまなんてだいきらい」 ただの一人だけが音をはずしていました。 どれほど愛された人間であっても、性の合わない相手の一人や二人いることでしょう。むしろ、合う人の方が少ないのが現実です。ですからこんなこと、気に留めることではありません。それでも王さまは心を痛めました。だいきらいなどと言われて、喜ぶ癖があるわけではないので、至極当然のことです。けれども、気に障るのはその言葉の方ではありませんでした。 「王さまなんてだいきらい」 他の誰がなにをいっても、王さまはこのたった一人の暴言に涙しました。 王さまは尋ねます。何故私を嫌うのか。 しかし、返ってくる言葉はいつも同じでした。 あるとき、王さまの娘が流行り病にかかりました。娘だけではなく国中の人びとがその病魔に蝕まれていたのです。 王さまはありとあらゆる医術に通づる人びとに薬を作るようにとお触れを出します。薬ができるまでの間、王さまは人びとを励まし、ときには人手の足りない畑仕事を手伝い、自分が出来ることを出来る限り精一杯やりました。 ようやく薬が出来たときには国の半分の人が亡くなってしまいました。それでも王さまを責める人はいません。やはり誰からともなく“やさしい王さま”と讃えるばかりでした。 王さまはできた薬を貴族も平民もなく平等に、弱いものから順番に与えていきます。もちろん、このときも誰も不満を漏らしません。ただ“やさしい王さま”に感謝をのべるばかりでした。残念ながら助かることのなかった人たちも、きっと同じように思っていることでしょう。なにしろ王さまは危篤とあれば駆けつけて最期の最後まで励まして、看取ってくださったのですから。こんな王さまのことをどうして悪く言えましょうか。これ以上なにが望めるのでしょうか。 「王さまなんてだいきらい」 それでも異端の者は決して言葉を変えませんでした。王さまもただ頬をぬらすことしか出来ません。再び王さまは問いかけます。どうしてそんなに嫌うのかと。いつもならお決まりのように責め句を告げていました。けれど、このときは違いました。 「あなたがやさしい王さまだから」 歌でも歌うかのように朗らかに王さまに言いました。その言葉を聞いて王さまのまんまるの目からまんまるの滴がぼたぼたと溢れ落ちます。 王さまはたくさんの人から愛されている“やさしい王さま”です。たった一人から嫌われているだけです。なんら恥じることはないのです。そうであっても、王さまはぐちゃぐちゃのぼろ雑巾のようになって泣きます。まわりにいた人たちも声をあげて泣いていました。 「優しくなんてない。だからどうか嫌わないで」 王さまは泣いてすがります。まわりの者もある者は啜り泣き、ある者は祈るように空を仰いでいました。お妃さまは真っ直ぐに王さまとその先の者を見つめて言いました。もうお止めなさい、なにも言わないで。 「やさしい王さまなんてだいきらい」 お妃さまの言葉も空しく、その者は呪詛を述べ終えました。そして、小さな体を震わせて王さまの腕から滑り落ちました。その場にいた者すべてが、堪えを知らないかのように、ただただ咽び泣きました。 王さまは国中の多くの民を救いました。国中の一人を除いた総ての人から愛されていました。けれど、王さまは、自分のたった一人の娘を助けることはできませんでした。そうです。王さまを拒絶していたのはその娘だったのです。王さまは他のすべての人と同じように娘を大事にしました。しかしながら、最期の最後まで娘は王さまのことを受け入れることはなかったのです。 こうして王さまを嫌うものは居なくなりました。そして本当に誰からも愛される、“やさしい王さま”になれたのでした。 |
つるこ。
http://tirimusu.syoyu.net/ 2013年11月11日(月) 15時45分55秒 公開 ■この作品の著作権はつるこ。さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.10 クジラ 評価:30点 ■2013-12-05 21:00 ID:52PnvSC7.hs | |||||
>今日では忘れ去られた国の最後の王様のお爺さんのお爺さんのもう一つお爺さんの代のお話です。 の、が連続していて読み辛い印象があります。 忘れ去られた国の最後の王様の、という部分です。 全体的にリズムが悪い印象です。 登場人物の心情が読み取れなくて感情移入できませんでした。 様々な想像の余地を残すことは大切ですが、 全く想像できないことは違うと思います。 雰囲気は好きでした。 |
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No.9 青空 評価:30点 ■2013-12-04 22:28 ID:wiRqsZaBBm2 | |||||
弱いんだけれど、心優しき王様。読みやすかったです。王様に求心力を求める民たちによって、王様にスポットライトが当てられ、魅力的なキャラクターになっていました。 そして、王様の唯一残した後悔が、本文に凝縮されているようで波紋になっていきます。 |
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No.8 つるこ。 評価:--点 ■2013-11-17 00:13 ID:y0FIm362d1k | |||||
あさつき様> ご閲覧、ご感想ありがとうございます。 頭が悪そうなんてとんでもないです。きっとあさつき様の率直なご意見なのだと思います。 やはり導入部が少し重たいようですね。以後の構成に活かしてまいります。 貴重なご意見ありがとうございました! |
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No.7 あさつき 評価:30点 ■2013-11-16 14:10 ID:qBJb.Is0EhA | |||||
読ませていただきました。 ビターな大人の童話…みたいな感じを受けました。 娘さんは、お父さんにとって「特別」な存在でいたかったのかなあ、とわたしは思いました。 導入のところは、ちょっと削ったほうが、バランスがいいんじゃないかなあと思います。 …頭悪そうな感想ですみません… |
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No.6 つるこ。 評価:--点 ■2013-11-15 14:47 ID:y0FIm362d1k | |||||
坂倉圭一様> ご閲覧、ご感想ありがとうございます。 まだまだ未熟ながら、記憶に残るといっていただけて嬉しく思います。 全体的に言い回しが重たいのですが、アドバイスを参考に、もう少し力の抜き入れがうまくなるよう精進してまいります。 ありがとうございました。 |
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No.5 坂倉圭一 評価:30点 ■2013-11-14 22:47 ID:VXAdgm2cKp6 | |||||
読ませていただきました。 (ネタバレがあります) 王様をきらっていたのは、娘さんだったのですね。ですが「歌でも歌うかのように朗らかに言いました」とありますから、きっと心の底から嫌っていたのではないのでしょう。 娘さんは、普通のお父さんが欲しかったのかな、そんなことを考えました。 少し気になった箇所ですが、 「出来ることを出来る限り精一杯やりました」のところは「出来る限り」がない方がすっきりするように思いました。 記憶にのこります物語、ありがとうございました。 |
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No.4 つるこ。 評価:--点 ■2013-11-14 13:50 ID:y0FIm362d1k | |||||
お様> ご閲覧、ご感想ありがとうございます。 作者としての結末、読者としての結末、それぞれあっていいのだという意味で明示しませんでした。そして、解説をするのも野暮ですのでいたしません。 高いハードル設定の物語でしたが、お様の中にもやっとしたものが残ったということであれば私としては光栄です。 厳しいお言葉ありがとうございました。 |
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No.3 お 評価:30点 ■2013-11-14 00:33 ID:jEFqhZMHooM | |||||
ども。 優しい王様というモチーフはよく見かけますね。良くあるだけに、生半可だとありきたりに感じられて埋没してしまうネタでもありますし、ハードル高いですね。 さて。 ネタバレかすります。 なぜ、「異端の者」は王様を嫌ったのでしょう。若気の至りの反抗心なのか、それとも自分が一番でないことに嫉妬したのか、あるいは死期を悟って未練を残さないようにしたのか? 主題であるテーマには関わらないのかもしれない。とすれば童話的には明らかにする必要もないのかも。ただ、小説書きとしては、気になってしまいます。 後、冒頭の回りくどさは、確かに童話にこういうパターンもあったかもしれませんが、正直、 既読感もあって、面倒くさいだけじゃないかなと感じました。 |
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No.2 つるこ。 評価:--点 ■2013-11-12 13:12 ID:y0FIm362d1k | |||||
弥生灯火様> ご閲覧、ご感想ありがとうございます。 そして、ご指摘ありがとうございます。 子どもに対して表現が重たい箇所はたしかにあるのですが、今回の主題にも関わる部分なので、修正は控えさせていただきます。 ただ以降、子供向け作品を執筆する際に活かさせていただきます。 ありがとうございました。 |
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No.1 弥生灯火 評価:30点 ■2013-11-12 03:40 ID:dPOM8su8lqs | |||||
寓意性が感じられる素敵な作品だったと思います。 冒頭にある親から子への前述その通りに、幼い子供を相手にした語り口調で話せそうです。 そういう意味で気になったのは、異端や呪詛という表現でしょうか。やや子供相手には重いかなあと。 拙い感想、失礼しました。 |
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総レス数 10 合計 180点 |
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