Ringhello della Lancia物語 |
そこは、暗いトンネルだった。目の前に見える柵からは、外の明るい光と熱気が伝わってくる。ジェラルドは重い甲冑の下で目を閉じた。 やがて、外から異様なまでの歓声が聞こえてきた。 ――終わった、のか。 目を開けたジェラルドは、運ばれてきた血まみれの友人を後目に光の中へと入っていった。 歓声が、聞こえる。 それは、いつものそれとは比べものにならないほどで。 ジェラルドは、今日が何の日か、ようやく思い出した。 (……そうか。アルの奴がこの日に拘ってたのはそういう訳か。――陛下の、生誕祭だ) ここ、イタルキ国の国王エドモンドはもともと軍隊上がりで、今でも年に数回、武道会を開いている。中でもこの生誕祭にあわせて行われる天下一武道会は、その賞金だけで一生を遊んで暮らせるほどといわれ、「我こそは」と国中の猛者が集まることでも有名だ。おかげで、数ある武道会の中でも一番レベルが高いといわれている。もっとも、この武道大会で出る死者の数も膨大だが、毎回の決勝まで残った者たちで構成された精鋭部隊「ブルーバード」は無敗記録を更新し続けている。 再び、押し寄せる歓声。 ジェラルドは、向かいの柵から出てきた男を見上げた。 (……巨人か?これは) あきれるくらいの巨体に、盛り上がる筋肉。鋭い双眸はまるで鷹だ。 (まあ、負けないけどな) 進行役が右手を挙げる。一瞬の静寂。その手が、大きく振り下ろされた。 合図とともに、後ろに飛びずさるジェラルド。今までいた場所が大きくえぐれる。 しかしすぐに次の攻撃が迫る。 ジェラルドはすばやい身のこなしでそれを避ける。 開始から10分、「おいチビ!いつまで逃げてんだ!」と野次が飛び始めたころ。 痺れを切らした男が荒々しく剣を振り下ろした。 「どうした!逃げてばかりではないか!ブルーバード隊長ジェレミアが子、ジェラルドよ!」 「……あれ、何で知ってんの。俺けっこう有名人?」 「阿呆か貴様は!戦場で名を名乗りながら暴れまわる馬鹿兵士を忘れる訳があるか!」 「あー、そういや、そういう時期もあった、か?」 確か仲間を集め始めたころ、何度か父の名を借りた気がする。 「なるほど貴様らにとってはその程度であろうな。貴様らには分かるはずもない!」 突然、激しく激昂する男。心なしか剣のスピードが増す。 「貴様ら王国の人間のせいで!どれだけの人間が犠牲になったと思ってる!丹精こめて作った作物は焼かれ!戦争に連れ出され!家族を養うために武道会に来ては命を落とした農民の数々のことなどなっ!」 繰り出される、威力を増した剣戟。ジェラルドは、初めて剣を構えた。 鈍い音と共に、剣と剣がぶつかり合う。 「――お前の望みは金か?それとも平和か?」 「平和だと?俺ら農民の平和を奪ったのは貴様らではないか!笑わせるな!」 叫びとともに薙ぎ払われる、巨体を活かした激しい太刀筋。 しかしすでに、そこにジェラルドの姿はなかった。 代わりに、体を貫くような衝撃。 「小さいとな、小回りが利くんだよ」 だから別にチビなわけじゃねえ!という声が聞こえるのと血を吐くのが同時。 思考が停止する。 柄をみぞおちに叩き込まれたのだ、と認識した時には、会場は爆発的な歓声に包まれていた。 やがてその歓声は「殺せ!」という叫びに変化していく。 男は、静かに瞳を閉じた。 「さあ、やれ。貴様の勝ちだ」 狂気をはらみ、膨張していく熱気。しかし剣は振り下ろされない。 男は訝しげにジェラルドを見上げた。 「おい貴様、何して――」 「お前、名は?」 「は?」 「だから、名前だよ、名前」 「……カルロスだ」 「カルロスか。――お前の望み、叶えてやるよ」 取り出される、一度も使われなかった短剣。 大切そうに胸に抱き、振り上げられる。 カルロスは、再び瞳を閉じた。 覚悟を決める。 半分以上が冥土の客となり炎に包まれた故郷の村と、残してきた体の弱い婚約者の姿が浮かんだ。 (マリア、ごめんな……) 最期に見る彼女は、いつも通りに笑っていた。 ――なにもないまま時間が過ぎる。脳裏に浮かんだ笑顔が消えることはない。 かき消したのは、天をつんざくような悲鳴。 恐る恐る目を開ける。 最初に視界に入ったのは、取り乱して逃げ惑う、数多の人々。 次いで、頭から血を流し、絶命している王の姿。 柵という柵から、武器を手にした兵士が駆けつけてくる。 そのうちの数人が、突然力を失ったように崩れ落ちた。 後ろから現れたのは、武道会の参加者たちだった。 「よかった、アルの奴、説得に成功したんだな」 「は?説得?」 「おいジェラルド!てめーいつまでぼんやりしてやがる!さっさと逃げんぞ!」 鬼の形相で走ってくる男。猛スピードで爆走しながらも、次々と敵をなぎ倒していく。 「よっしゃ、行くぞ、カルロス!」 「は?」 「お前も捕まりたくはないだろ?ほら行くぞ!」 わけの分からない勢いに乗せられ、走り出すカルロス。 暗いトンネルを走り抜ける。 先に見えるのは、外の明るい光と、炎を上げる王宮だった。 「という話にしてみたんですが」 「却下。大体ねえ、舞台が意味わかんねーのよ。なに、天下一武道会って」 言いながらデスクの上に投げ出される原稿の束。表紙には「Ringhello della Lancia物語(番外編)」と書かれている。 「いやでも、ジェラルドとカルロスの過去なんて、僕も知りませんし……」 「それを考えるのがあんたの仕事でしょうが」 「いやでも、僕も驚きました。まさか苦労人宰相が元農民で、ジェラルドに村を焼かれてたなんて」 「それはこっちの台詞よ。仮にも将軍のアルだって鬼の形相で走ってくるシーンしか出てないし。なに、あいつ、本当は参謀だったの?」 「いや、意外でしたね。それじゃ、僕はこれで」 「待ちなさい」 「放して下さい。もう丸二日寝てないんです」 「頭と手が動けばいいわ。むしろ他は死になさい」 「そこまで言いますか」 「来月は連載と、その他で短編あと3本よろしくね」 「そんな……」 「返事は?」 「わかりました……」 窓から見える空は、今日も綺麗に晴れ渡っていた。 |
鈴木理彩
2013年10月13日(日) 20時08分46秒 公開 ■この作品の著作権は鈴木理彩さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.7 鈴木理彩 評価:0点 ■2013-11-26 12:43 ID:/YXHBesa/G. | |||||
おさん、クジラさん、ありがとうございます。 適度な描写と前段階(もしくは詳しい構想)、気をつけます。 ラストばかり考えていて、「前段階」というのは全く考えていなかったので、とても新鮮でした。 ありがとうございました。 |
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No.6 お 評価:30点 ■2013-11-14 00:43 ID:jEFqhZMHooM | |||||
ども。 うーん。 書きかけに、お尻付け足してごまかした感じは拭えないですね。何かしら前段階があるなら、話は通じますが。 がっつり本格的にやるならそうとう資料繰りして構想練って準備を重ねてじっくり書くぐらいの覚悟がいりそうです。「ワンシーン思いつきました、書いてみました」は楽しいですが、それだけでは作品にはなりませんからねぇ。 同じ中途半端でも、もっと表現を膨らませて一話の物語として読み手を満足させられれば、それは十分作品として成立しうると思いますが、本作品はそれに至ってないように思えました。 でも、興味ばかり惹かれましたよ。 |
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No.5 クジラ 評価:20点 ■2013-11-10 16:53 ID:52PnvSC7.hs | |||||
オチが機能していないように思いました。 オチがない方が作品としてまとまりが良いと思います。 それとセリフばかりが続く箇所は適度に描写を挟み、 誰がどんな仕草と共に語っているか説明した方がいいはず。 文章は読みやすくていいですね。 |
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No.4 鈴木理彩 評価:0点 ■2013-10-22 13:48 ID:L6TukelU0BA | |||||
「或恋愛小説」、初めて知りました。読んでみます。 殆どこじつけの後半でも、そういう方法もあったんですね…とても参考になりました。ありがとうございました。 |
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No.3 坂倉圭一 評価:20点 ■2013-10-18 22:13 ID:VXAdgm2cKp6 | |||||
読ませていただきました。 「という話にしてみたんですが」とありますが、この「という話」とは必ずしも剣の戦いである必要がないと思いました。たとえ恋愛の話がつづられていたとしても、「という話にしてみたんですが」と結べてしまいますよね。 この作品を読みながら、芥川龍之介の「或恋愛小説」という短編小説を思い出しました。あれもこんな感じの作者と編集者の話でしたよ。読まれてみてはいかがでしょうか。青空文庫で10分ぐらいで読める短さだったと思います。何か勉強になるところがあるかもしれませんよ。 決闘の描写は面白かったので、僕なら「という話にしてみたんですが」以下に厚みを持たせて、中盤までの話と関連を持たせるように努めると思います。 世界観は良かったと思います。 ありがとうございました。 |
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No.2 鈴木理彩 評価:0点 ■2013-10-15 10:18 ID:mXYBTLK3wR6 | |||||
ありがとうございます。とても参考になります。 後半は、前半があまりに暗かったので、夢中夢ならぬ作中作といった感じにしようかと思ったのですが、どうにもしっくり来ず…確かに、もう少し練って面白くした方が良かったと思います。 また試行錯誤、色々書きたいと思うので、もしよければまたお願いします。 |
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No.1 白星奏夜 評価:20点 ■2013-10-14 21:29 ID:pzR0LjkSUhs | |||||
白星と申します。こんばんは〜。 戦記ものというか、歴史ものが好きなので、舞台設定はとても良いなあと思いました。しかしながら、厳しい言い方になってしまうのですが、オチと前半、が繋がっていないように感じました。 視点を最後に切り替える、という試みをされていて上手いな、と思ったのですが、オチが腑に落ちないと感じました。視点を切り替えることによって、ああ、そういう意図があったのか、と読者を驚かせるのが目的だと思うのですが、物語を面白く締める意図が恐縮ですが、感じ取れませんでした。また、そのせいで、タイトルの意味もぼやけて、よく分からない感じになっているようにも思います。 ラストの部分を練り直すだけで、かなりこのお話しの印象が変わるように感じました。 初投稿とのことで、責めるような感想になってしまい、申し訳ないです。ですが、私もいろいろと感想を頂きながら、試行錯誤して楽しくやってきたので、思ったところを素直に述べさせて頂きました。 ではでは、今回はここで失礼させて頂きますね。 |
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総レス数 7 合計 90点 |
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