ストランパート |
まだ、その顔を覚えている ~My phase Your face~ 今から、昔話を始めよう。 とても妹を大事にしている兄がいたという話。 妹は体が生まれながらに不自由で、いつも、兄に車椅子を引いてもらっていた。 兄は少しでも、妹に外の世界を知ってもらいたくて、色々な場所に連れて行ったという。 ある日、妹が旅行先で倒れた。 妹は病室を出ることは愚か、面会謝絶という状況にまで追い込まれてしまった。 いや、本当の意味で追い込まれていたのは、兄の方だったのかもしれない。 これ以上の回復は見込めないと思われたのか、妹の安楽死を医師から勧められた。 両親と力を合わせて、今まで頑張ってきたのだ。ここで諦めることなど出来るはずも無いし、きっと、一番してはいけないことなのだ。 だから兄は、何か手が無いのかとずっと考えていた。 当時に、病院を勧めてくれた男の元へ、両親と共に訪れた。 やっと来たか、と男は不敵な笑みを浮かべ、こんな提案を出してきたのだ。 「妹君は心臓が不自由だから、心臓がいるねぇ。……これで、どうだい?」 などと男はタバコを吹かして、差し出してくる電卓に表示された数字を見せる。ゼロが一杯だった。そこで男が、金を要求してきていることに家族は気が付いた。 これは、臓器売買の瞬間だった。 相談する相手を間違えたとは、さすがに思わなかった。なぜなら、男のことを本気で信用していたのだから。 家族は「裏切られた」と「信じていたのに」と泣き喚くように叫び、男に泣きついた。 男の狂った表情。足元で泣き喚く家族。異常と思える今の状況に兄は、何も言わなかった。 なぜなら、これはチャンスだと思えたからだ。 要するに、『金』があれば妹は助かる。 単純にして明快な話が、この世のどこにあるのだろうか。 そして、犯罪や社会の事情というものを全く知らない兄――杉宮玲也(すぎのみやれいや)には、金をすぐに獲得できる唯一無二の秘策があった。 お金を大量に得る方法。 それが、『ストランパート』だった。 ストランパートとは、毎月ランダムに指定される住所に向けて、参加理由、意気込み等を明記した応募ハガキを送った何名かが選ばれ、サバイバルゲームを行うというものだ。 ゲームに選ばれた者は、主催者である――スポンサーによって、様々なステージへと連れて行かれ、配られた『トランプ』を奪われないように逃げ続けなければならない。 何から逃げるのかは、本番になってみなければ分からないのが、ストランパート――略してストランと呼ばれるゲームの楽しむポイントの一つだった。 毎回出てくるものは違っている。大抵は偽装した人間や、凶暴そうに見えて、殺し等とは程遠い大きさの犬などが選ばれていた(もちろんしつけられている)。 運動神経においては、周りには負けないものを持っていると思っていた玲也は、すぐに参加を申し出たという。 妹を助けるために、だそうだ。 応募してから、一ヶ月くらいの月日が経つと、両手で持てる程の大きさの小包が届いた。 宛先は、確かに玲也の家宛になっている。後ろに書いてあるのかと思い、ひっくり返しても、スポンサーよりと書かれた送り主の名の他には何も書かれていなかった。 郵便受けの前で、乱暴にも小包の外面を破り裂くと、表面が白色の箱が現れた。異様に軽い横長の箱の蓋をゆっくりと開けてみる。中には、幾つかの封筒と一番上に二つに折り畳まれた手紙が添えられていた。二つ折りの手紙を取り出して、開いてみる。すると、こう書かれていた。 『おめでとう! キミはストランパートに選ばれた使者だ!』 やけに調子の良い文章がそこには綴られている。今は、そこは無視し、箱の中にある他のものを探す。すると、ハードケースのようなものに触れた。取り出してみると、一枚のトランプがそこに入っていた。ここで選ばれる数字が高いほど、ストランでの待遇は良くなるのだ。 数字を見て、目を見開いたまま、時が止まったかのように感じる玲也。 数字は、一番格下の『ゼロ』だった。 (『ゼロ』?) 数字を見た瞬間に、何故気づかなかったのかと自分でも不思議になった。ストランで、『ゼロ』という数字は、初めてみる数字だったからだ。 スポンサーによって配られた専用カードを持つ者のみが参加できるストラン。今まで見ていた中で、『ゼロ』という数字を持っている人間を誰一人として見たことが無いのだ。 (もしかしたら、予選落ちしていた人のかも) ストランでの生存倍率は激しく、ステージへ移動をするための乗り物内でも、熾烈な争いが起きているらしい。これは生々しすぎて映せないらしく、調べたときに知った。 ただ一つの疑問は、どうして自分が選ばれたのか。いや、それを自分が言うのはおかしいか。 招待状ですら届かない人がいるのだから、落選した人の分まで頑張らなければいけないのだ。 玲也の手に握られた『ゼロ』のカードを見つめ、決心した。 絶対に勝ち残ろうと。 Act.0 始まりはいつも0の次に ~Game start~ ――季節は冬と春の境目。庭に植えられた梅の花が、次第に芽吹いていくことを暗示させるかのように、蕾を膨らませていた。庭に植えられた、玲也の身長程の高さしか無い梅の木は、妹が生まれた時に植えられた記念樹だ。 だからだろうか。妹の木には愛着があったし、開花を見ることができないのは正直、寂しい。 ふと情けないことを言ってしまっている、肌寒いようで、と言っても厚着をする程の寒さでもない中途半端な朝。ストランパートへの招待状が届いてから、一週間が過ぎたことを指した。 玲也は、箱の中に添えられていた事前準備の用紙に書かれた通りに手続きを済ませ、今日、出発の日を迎えようとしていた。 真っ先に揃えた当面の着替えと日用品、住民票、健康調査表等は、事前に会場に向けて送ってある。特に持ち物は記載されていないが、玲也に背負われている、どこかの軍隊が持ち歩いていそうな鞄。その中身は、使い方によっては、一週間は保つ食事とサバイバル道具(非常食や消毒液等)が入れられていた。 あとは、病気の具合で、薬を服用しなければいけない人間は、薬を持ってくることが許可されているはずだ。 しかし、生まれてこの方、薬と医者には無縁だった玲也には、必要無い項目であると言える。 元気だけが、玲也の最大の取り柄だからだ。 (待っていろよ。絶対に助けてやるからな) 今回の長期に渡るストランパートへの参加については、家族には、軍の合宿に行くという話にしておいてある。妹の容態のこともあるが、いつまでも後ろ向きに考えている家族で無くて良かったと思う。それに、参加が決まったことを伝えたりしたら、どんなに成長しても玲也のことを子供扱いしている家族のことだ。レッドレイで番組を録画し、帰ってきた玲也に向けて、満面の笑みで映像を見せることだろう。 そんなのはとてもじゃないが、御免被りたい玲也であった。 学校も今では卒業してしまい、危うくフリーターになりかけていたところにストランへの招待状が届いてくれたから、玲也としてはある意味一安心しているという面もある。就職活動など陸にせず、ましてや勉強も苦手であるが、体力だけはあった。 そこを見込んだのか、先生に軍の合宿に参加してみないかと言われたのが、高校一年の夏。開かれる合宿には全て通い、今では、長官たちとジョークを交えた会話までかわせるまでに人脈が広がってしまった。 嫌味な言い方をしたかもしれないが、特にこれと言った夢も無い玲也には、人脈云々はどうでも良かった。 そう。妹が笑って暮らしてくれるだけで、充分であった。 「さあ行くか!」 靴紐を結び直して、玲也は立ち上がり、歩き始めた。どうやら会場には船で行くらしく、丁寧なことに、我が家から港までの地図が載せられていた。方向音痴に定評がある玲也にはありがたい配慮かもしれない。 それが、玲也の生まれ育った町が広くて、所狭しに建物がある場合に限っての話だ。 この町はとても小さい町で、家は増える数より減る数の方が多い。そもそも、港がある場所は一箇所しか無いのだから、迷うことは滅多に無い。 歩きながら、十ページ以上はある参加要項を見る。一応、ルールは番組を見ていたから、なんとなくは理解している。 ストランでは、生存が確認されている状態であれば、指定された口座に一定の金が延々と振り込まれていくシステムになっている。お金が入るということは、もちろん危険があるわけで。生存が確認されると、敵に狙われやすくなる。 と、ネットの掲示板兼攻略サイトに書かれていた。対策の一つに、生存状態を確認するための電波を妨害するための電波を発するエリアがあるらしい。 だが、そこに入ると、金が振り込まれないため、玲也としてはあまり活用したくは無いという思いがある。 ちなみに、これは実際に帰還してきた人の話らしい。最近の更新があまり無いサイトであったため、信憑性には乏しかった。 でも、そういうことは、経験で慣れていけば良いのだろうと玲也は頷く。 確認のため、腰に巻き付けられたカードホルダーに手を伸ばす。これは、スポンサーからの手紙が届いた当日に送られてきたものだ。 中から、自分が所持している『ゼロ』のカードを取り出し、太陽にかざしてみる。 (なんだか、光っているように見えるのだが……) 紙で出来ているはずなのに、表面は透き通って青く光るカードに見とれてしまう玲也。表現するなら、自分の手を太陽にかざした時に血潮が見えるのと感じが似ている気がする。 色彩も気になるが、ゼロというのは、やはり謎だ。 ストランパートでは、トランプの一から十三までの数字が記されたカードを参加人数分、平等に割り振り、一種の参加証として使われている。 玲也の持つ『ゼロ』は、ある種の異例なのだと勝手に推測した。でなければ、参加要項を送ってくる意味が無いのだ。『ゼロ』の表面にも、トランプで言うエースのカードのように不思議な模様が描かれている。つい前に、ロールシャッハテストと呼ばれる、よく分からない絵を見て、それの感想を言ってみろというものがあった気がする。目の前の『ゼロ』のカードの模様を一言で表現するなら、今にも飛び立とうとする黒い鳥、だろうか。 (港まで、歩いて一時間三十分くらい……か) 港まで行く機会はあまり無かったから、楽に考えていたところがあった。つまり、歩いていく距離では絶対に無いということだ。一応、玲也は、軍の人に勧められて自動車の免許も取っていた。とは言え、自分の車を買う余裕があるのなら、妹の幸せに使ったほうが良いという性分であった玲也には、自分のために使う金は無価値で必要無しだと思っていた。 通りすがり、バス亭の前を通った玲也は溜め息をついた。この町は田舎の色が強いためか、バスは一時間に一本通れば良い方なくらいローカルな場所だった。逆に都会では、バスが数分単位で来るというのだから、田舎では考えられない生活は夢物語のような気がしてならない。 一度だけ、軍の年始旅行が都心で開かれ、都会という場所がどういう場所なのかを見た感じで分かっているつもりであった。そう言えば、教官的には、バスよりも電車の方が便利と話していたのを今思い出した。と言っても、教官に酔いが回っていない間の台詞の場合だ。酔い始めれば、「日本男児たるもの、親からもらった足で歩けずにどうする?」という言葉を題目にした説教が始まるのだ。反論など通るわけもない。 と思ったら、急によろめいて、何故か床に寝転がってしまった。もう眠ってしまったのか。いや、教官に限ってあるはずがない。すると、ぐいっと腕が曲がり、筋トレをし始め出したのを見て、絶対に酒は飲まないと誓ったことを思い出した。 ふざけている時はふざけるが、訓練の時はもちろん真面目だ。辛くて、熱い指導や訓練があったから、玲也の体が存分に鍛えられたことは、感謝しなければならない事実だった。 格闘戦なら、教官から教え込まれた技の数々があるから、自信を持って負けないと言い張れる玲也。だけど、ストランでは決められたルール以外での暴力は駄目ということになっている。 ストランでは、ゲームを円滑に進めるために、という名目で設けられた数々のルールがある中、『相手』を傷つける行為は禁ずるという項目が一番強調されていた。 考えてみれば、全国放送しているテレビ番組で暴力行為なんて行えば、即放送打ち切りになるだろうと改めて思う。 くれぐれも注意しようと自分に言い聞かせる玲也の前に、三人組の男たちが立った。 「おい、お前ストランにでるらしいな?」 三人組の男たちが体のあちこちの骨を鳴らしながら迫ってくる。これでは、数秒前に言い聞かせたことが早くも無意味になってしまいそうな予感がしている。 そこで玲也は遅れて気付いた。腰にぶら下がっているカードホルダー。全国放送で映されている指定カードホルダーを身につけているのでは、ストランに参加しますよ、と言っているも同然じゃないのかということに。 こんな田舎でも、やっと会場に行くための船を出してくれる程に有名になりつつあるストランなのに、運営は意外と適当なところがあるという話も耳にする。どこから漏れた情報なのか、参加した人間のことは一切調べずに、カードを持っていれば誰でも参加できるという本当に適当なシステムで成り立っているという話だ。 運営に原因があるのかは分からないが、不正行為というものが後を絶たない。他人のカードをコピーして、見つかってしまった参加者が強制退場を強いられたという話があったのだ。 そう、目の前にいるこいつらのように。 「ちょっと、カード見せてくれよ」 「いいだろ? 俺らの頼み聞けるよなぁ?」 カード、カード、と亡者のように喚く男たちの目が次第にきつくなっていく。額に手を当てて、自分の頭の悪さを恨みながら、体格差が大して無い男たちがどのように動くのかを想定する。 来年の春に研修に行くとは言っても、夏の間は軍事キャンプに参加し、格闘戦の数々を経験してきているのだ。 こんな奴らには負けないと自分に言い聞かせる。 「なんだ? やんのか、この――」 「――この、なんだって?」 殴りかかろうとした男の右手首を左手で掴み、右方向に体全体を使って思い切り捻り回し、コンクリートの床にキスさせる。 目にも止まらない素早い動作に唖然とした二人組は、どうしたらいいのか分からず、肩を組んで相談を始めてしまった。先のような、あいつと同じ目に遭うのは嫌だという考えを植え付けるのには成功したみたいだ。でも、まだ足りないかなと思った玲也は、追い討ちをかける。 「お前らには、今すぐ逃げるか、俺に骨を折られるかの二択がある。ガキで無くとも、どうすれば良いかすぐに分かる簡単な二択だよな?」 と言ったように、上官から受けた説教を実演する玲也がいた。 同時期に来ていた仲間と共に、どっちが上手に上官の真似ができるかと言って競い合っていた日々が役立つことになるとは夢にも見なかった。話のオチとすれば、真似をしている最中に教官の一人と鉢合わせし、こっぴどく怒られたことだろう。 同じ軍人だったら、ジョークのネタにでもなりそうな言葉に震え上がる大人たちを見て、玲也は少しだけ優越感に浸ってしまった。 (いけないな、こりゃ。また怒られてしまう……) 自分が強いと思い込むのも大事なことかもしれないが、誤った過信は命取りにしかならないことを玲也は知っていた。 すれば二人は、恐怖したままに向かってきた一人は腕を掴み、もう一人が足を掴んだ。余計な事を考えていたのがまずかったのか、自分の身動きが取れない状況に気付けず、腰に巻きつけたカードホルダーを走ってきた別の二人組に盗まれてしまったのは言うまでもない。 「おい、待てよっ!」 次々に迫ってくる刺客に、対応がままならない。とにもかくにも、自分の散漫してしまった注意力と集中力を正すために、顔を両手で思い切り叩いて、すぐにやったのを後悔した。加減を知らない自分の拳はかなり痛かった。少し真っ赤になってしまった頬を撫で、走り去ったグループの方を見る。二人は、マラソンランナーのようなフォームで、道を全力で駆け抜けていた。 あのスピードに追いつける脚力が自分にあるのか分からないが、まずはしがみついている二人を引き剥がす。再び掴みかかろうとしたため、鉄拳で制裁を加える。立ち上がって来ないのを見届け、玲也は追跡を開始した。 (はっ、はやいな……) かれこれ一時間程走った時点。足を少し休めていた玲也は、再び走り始めた。 こうやって激しい運動の最中に急に足を止める行為は、肺に負担をかけやすいだけでなく、失神するリスクもあるため、あまりお薦めすることができない。などと、豆知識を混ぜながらの追跡にも終わりが見えてきた。 そう、本来の目的地である港が見えてきたのだ。 「げっ! まだ来る!」 「懲りない奴や」 一言で、いかにも悪いやつと表現できる。そんな表情を浮かべる二人組は、腰からナイフを取り出す。自分たちは怖がらせているつもりなのだろうが、玲也は少し笑ってしまった。ナイフの鋭さ、長さの話ではない。持ち方と握り方があまりにも素人だったのだ。 仮入隊していた頃に、ナイフを持たされた実戦演習の時は、こうやって上官に笑われていたことを玲也は思い出す。 男たちは、玲也の薄笑いなど気にも止めず、片手で握られたナイフを見せびらかすように指の間に挟みながら、器用にナイフを回すテクニックを見せる。昔に流行ったペン回しの要領だろうか。玲也も、機会があったら挑戦してみようかなと驚きながらも考えていた。 「今の、凄いな。……確かに、確かに今のも凄いが、武器がなんのためにあるのか教えてやる。全力で来い」 一方の玲也は、手招きするかのように手を動かす。玲也の見下したような顔か、言動、行為が癇に障ったのか。二人組は罵声を荒上げ、額に血管を浮かべて向かってくる。 まずは、先にやってきた一人目のナイフを斬られる寸前まで引き付ける。左からの大きいひと振りだ。男の拳を玲也は、あざ笑うかのように右に踏んで避けた。 動作は全て流れ行く川のように。 上官の言葉が頭を過ぎる。前に跳躍し、男の顎に手を当て、背後にのけ反らした後、片足を後ろにかけて引いた。体の安定を保てずに、後ろに倒れようとする男のナイフを持つ右手の手首を握り、顎から手を離した空いた方の肘で叩き落とす。 もう一人の男は多分、心臓を狙ったのだろう。ナイフを両手で握り、先を構えて向かってくる。そのナイフに刺されたフリをして、腕と脇の間にナイフを通し、相手の腕をそのまま挟む。挟んだ腕に力を加え、ナイフを落とした瞬間、顔面にフックをプレゼントする。 「使い方とか、それ以前の問題だな。持つ資格がねぇよ、お前らには。持っている物見てみろ。果物ナイフだろ? 果物ナイフは果物切るためにあるってこと知っているのか?」 刃物を使っても玲也には勝てないことを理解した二人組から、カードホルダーを取り返した。これ以上の窃盗は勘弁してもらいたい玲也は、ホルダーを鞄の奥にしまい込む。 今更かもしれないが、ナイフを持った人間は素人だったとしても人を殺傷することは普通にできてしまうため、玲也のように、生身で戦おうなどという無謀なことはしないほうが懸命だろう。 いや、すべきではない。 (今日は馬鹿にしか会わないな) 二度あることは三度あるという迷信を真に受けている玲也は、これから何が起こるのかという不安と期待に交錯している今の思いをどうすれば抑えられるのか考えてみた。こめかみに手を当てたり、顎に右手の人差し指と親指を添えてみたりとポーズをとってみるが、良い案は浮かばない。やれやれと手を動かした玲也は考えるのを止める。 考えるのは苦手だったし、考えて解決するのであれば苦労はしないからだ。 そして、鞄を背負い直して辺りを見渡すと、徐々に人が集まり出してきていることに気付いた。体が不自由そうな者から、スポーツをやっていそうな体つきの者、仲間と一緒に参加している者など様々だった。 とりあえず、玲也も周りにいる人の中から、一番話しやすそうな人を探す。 運が良ければ、ストランに通じている人間に会えるかもしれない。 (誰がいいか、慎重に選ばなきゃ……) ストランには、ゲームに通ずる者――スタッフと呼ばれる者達が存在している。 スタッフは、ストランの参加者である玲也たち――エントラントのサポートをメインに参加している。主な役割は、エントラントに尋ねられたことには分かる範囲であれば必ず答えなければならないことと、緊急時には、専門の医療機関へ連れて行くなどといったことが挙げられる。これは実際に見た訳ではなく、番組を視聴してみてとりあえず分かっていることだった。今もルールブックを肌身離さず持っていて、その中の一ページを読んでいるわけなのだ。つまり、今の今までルールブックを読んでいないという事実に、本当に参加する気があるのか疑われてもおかしくないと思った。 また、スタッフにはどうやら年齢制限は無く、十代にしか見えない少年から、六十を超える年寄りまで、年齢層が妙に広い。 ただし、会場にいる敵役――エネミーには狙われないと設定されているため、囮として頼ることもできず、行動を共にするとなると、エネミーに察知されてしまうという欠点もある。説明してみると、エントラント側には欠点かもしれないが、スタッフ側で考えれば分かる。エネミーによる攻撃や、エントラント同士の裏切り合いを含めた危険な事態が起こる可能性が無くなるため、年齢制限の規制は行っていないのかと受け取れた。 そのスタッフも、エントラントの数に対しての二割程度しかいないらしく、探すのは容易ではないことだろう。 (とにかく、船に……乗るか) 目の前に停泊する、五百人は裕に乗り切れてしまうと思えた船を三つのポイントに分けて紹介するなら、第一に、ビジネスクラス並の客室。第二に、当たり前のように置かれている屋外プール。そして極めつけの第三が、船内に広がるアミューズメント施設であろう。 では何故、アミューズメント施設が極めつけなのか。他にも飲食店や雑貨店等、様々な店舗が見られるが、中でもやはり、カジノがメインとなっている。と言うのも、サバイバルゲームをするだけでは面白く無いという主催者の提案で、各場所に置かれているゲームルームの中にいるディーラーとトランプで勝負をし、勝てたら逃走のサポートや金額の上昇等、様々なボーナスが得られる。 ここで問題なのは、負けたとき。賭けに使うのは、チップと呼ばれる、ゲームで言うところの残機に当たるものだ。これは、エネミーに捕まった場合にチップを一枚消費することで、カードを奪われずに済ませられる権利だ。最初に所持しているチップは三枚。つまり、ディーラーと三回勝負をして三回とも負けた場合に、エネミーに一度でも捕まれば即ゲームオーバーということになる。だからなのか、ディーラーと無謀と呼べる賭け勝負をしようとする人は、狂人かエンターテイナーで無い限りは、ほとんど見られなかった。 玲也自身も、トランプは七並べや大富豪等の一般家庭でしかやらなそうなゲームしかルールを知らない。妹が手を動かせた頃は、よく一緒に遊んだものだ。親も、会社から疲れて帰ってきているのに遊んでくれて、普段はあまり言葉にする機会が無いが感謝していた。だからなのか、なんとしてでも勝ち残りたいと思った。 決心を改めて固めたところで、船へ向かって伸びる橋に足を乗せようとした瞬間、玲也は後ろに体を引かれる感覚に駆られる。 後ろを見ると、服の裾を引っ張られる玲也の肩までの身長しか無い、髪が長くてさらさらで、白髪の少女が、無垢な表情で裾を引いているためであることは分かった。 遠出になることは分かっているはずなのに、少女の手には何も持たれていなかった。どこか気品のある赤と黒が入り混じるドレスに、深紅の瞳。顔や体格は大人にはなりきれていないようだ。 ぼーっと玲也の方を見つめている少女に、これからサバイバルに参加するという心意気のようなものは、全く感じられなかった。少女の雰囲気を例えるのなら、ボディガードや専属の執事がついていても違和感が無いご令嬢のようだ、と言うのが妥当であろう。 どこかに付き人でもいるのではないかと思った。エントラントがどんなに子供であろうと、お姫様であろうと、カードを持たない人間は絶対参加不可なのがストランだ。 「お嬢さん? 俺は貴方の執事じゃないですよ?」 「……見れば分かります。貴方は知能以前に、眼科に行かれて治療に失敗すれば良いのだと思います」 「!?」 可愛らしい見た目と声とは裏腹に、完全に人を見下したような物の言いと的確に相手の心を痛めつける言葉の選び方からは、気品が一切感じられない少女だった。強いて言うなら振る舞いだけ、そう、振る舞いだけに気品が感じられる。 ゲームが始まる前から、どうしてこんなに瀕死レベルのダメージを精神的に受けているのだろうかと玲也は悩んだ。そうだ。きっとこれは夢なのだと自分に思い込ませて、とりあえず、服の裾から手を離してもらおうと頼んでみる。 「な、何をおっしゃられているのか分かりませんが、手を離してもらえませんか?」 「あら、失礼。どちらの国の言葉を話せば良いのです? 猿語?」 「猿語だ、と? てめー、いい加減に調子に乗るなよ」 子供相手に早々と堪忍袋の緒が切れてしまった。情けないとは思うが、過ぎてしまった過去は変えられない。ほら、見てみろ。少女の顔を。怖がって震えているどころか、玲也の言動に幻滅しているではないか。 少女は裾から手を離し、玲也の前に歩み出る。振り返り様に睨んで、右手の人差し指を目尻に当てる。その指を下に動かして、一言。 「あっかんべー!」 やっていることが小学生レベルだ。と思わず言いかけるが、ここで言わなかったのは間違いでは無かったと思う。 呆然としている玲也に踵を返し、回れ右をした少女は、船の方に向けて歩いていく。文字通りに、ぷんぷんと怒りながら。 呆然としていた玲也も送れまいと、且つ近付きすぎないように少女の後に続く。 これから始まる波乱万丈な生活に不安を感じつつも、最後までやり遂げるんだという使命感の方が強かった。 考えていたまま立っていると、暖かな日光が玲也の思考を遮る。 「もうすぐ、春だよな……」 青い空を仰ぎ見る。真上を目指していた太陽が、徐々に下に向けて降り始めていくのが分かった。 船内は、マニュアルに書いてあった通りの、素晴らしさだった。 本当に素晴らしいものは言葉では言い表せない、とはよく言ったのもだと玲也は思う。 どこかのショッピングモールを連想させる店舗の前に、アロハシャツを着た人達が待ち構えていた。スタッフだと思われる人たちは何をしているかと見てみれば、目の前を通ったエントラント、及びスタッフの首に、レイをかけている。 町中でティッシュ配りをしている感覚でレイを配っているのかもしれない。もらいに行きたいところではあるが、今はレイよりもトイレの方が重要だった。何故、家を出る前に行っておかなかったのだと後悔した玲也。ただ、後悔したとしても、今すぐに行きたいと思っているのだから、従うしか無い。上を見ると、船内の様子を紹介した立体映像が映し出されていた。これは、どの方向から見ても同じ角度の映像が見えるというもので、技術の進歩よりもトイレに行きたいと喚いている玲也には、到底分かる代物では無い。 案内から、トイレがすぐ真横にあることが分かった玲也。我先にと駆け込み、用を足した。 「俺、なんだか田舎もんだよな」 手を洗いながら溜め息をついて、せめて、妹に土産くらいは買おうかと思い、トイレを出る。 すると、待っていてと頼んだ覚えはないのに、先ほどの毒舌少女が腕を組んで待っていた。 少女は玲也に妙な目配せをする。意味は分からないが、遅いとか、のろまとかという、人を侮蔑する言葉の類であることは間違い無い。それなら、口で言われる前に外に出れば良い話だ。 「あ、待って」 再び裾を掴まれた。一体、少女は何をしたいのだろうか。目的も何も一切伝えない裾を引っ張るだけの動作に、いっそのこと掴まれないようにズボンに裾をインしてやろうかと思った。 と、思ってはみるが、そんなことをしてしまったら、田舎もんどころか、別の人達と勘違いされてしまうに違いない。 とにかく今は、少女を振り払うことよりも、妹へのお土産が先決だ。優先順位が変わってしまえば、以前に考えていたことはどうでもよくなってしまうのが玲也の短所であり、長所とも言えた。つまり、過去を引きずらないタイプということだ。 歩いていくと、目を惹かれる作りをしている古びた雑貨屋を見つけた。他の店では、美味しそうな果実や南国の国をイメージした貝殻のネックレスなどの、華やかな品が多く売られていた。店の中に入り、置かれている商品を手に取って見てみる。鑑定師では無いから、物の価値など、到底分からなかった。 見た目で言うなら、高級店で使われそうな皿や鮮やかな模様の花瓶、古めかしい時計といったアンティーク品にしか見えない。 店内もかなり奇抜で、商品のラインナップが珍しく感じたからなのかもしれない。 だから、この店で土産を探そうと思ってしまった。 「どれがいいかな」 基本、妹は何を貰っても喜んだ。手のかからない子で良かったと、他人であれば感じるのかもしれない。しかしながら、一番欲しいものをプレゼントしたいと思っている家族としては、欲しいものをはっきりと言わないことの方が困ってしまうことを、やっと理解できた。 ならば、これにするか。と、自分の時計に似た懐中時計を選んだ。手に取って見てみた時計は、アンティークと呼んでいいのか、どちらかと言えば中古品に近い。 昨年の妹の誕生日の出来事なのだが、「玲也の持っている時計が欲しい」と、妹がねだったことがあった。 そこでは、「これは大事なものだから、流石に無理だ」。そう言った玲也の返しに、「大丈夫だよ、気にしないで」と泣きそうな顔で言われてしまった。 欲しい物を我慢する悲しみを与えてしまった悲しみに支配され、学生であった頃に行われていた定期テストの勉強が手に付かなかったのは、今となっては良い思い出だ。 追憶に浸っている玲也の裾を少女が引く。振り向くと、定員の方を見ている少女につられて定員の方を見てみた。 そこには、怪しい者を見るような目でこちらを見つめる定員。無精ひげを生やし、清潔そうに到底見えないおっさんがいた。アロハシャツにサングラス。手には一冊の本。あとは、タバコを吸っているようだが、臭いが漂って来ないのが不思議と思って、目を凝らしてよく見てみる。タバコの先を見てみて、理由が分かった。店員が吸っていたのは、タバコはタバコであっても、電子タバコだったのだ。 玲也を見る定員の顔が険しくなる。早く購入を済ませて、出て行った方が良さそうだ。 「これ、下さい」 「貰っていきな」 渋い声色で、呟くように喋った店員の言葉に耳を疑った。 レジの前に呆然と立ち続ける玲也を見て、定員は首を傾げる。と同時にサングラスを少しだけ下にずらして、青色の眼を覗かせた。 「……どうした? タダだって言わなかったか? 早く持って行き」 「あの、なぜですか?」 明らかに数万はいくと思って買おうとした時計が、無料とはどういうことなのか、はっきりさせたかった。 一方の店員は、玲也の『なぜ』という言葉の意味を考えていた。腕を組んで考えて、定員に対しての問いが、時計が無料であることに対してだということを理解すると、本を栞に挟み、レジ台に置く。その後、咥えていた電子タバコを灰皿に置き(灰は一切出ていない)、一つ咳払いをして、口を開いた。 「ここだけの話。ここ一帯の店は、スポンサーさんにお金を貰って経営している。んで、俺の場合は、集め過ぎたアンティーク品を減らすために、フリマ感覚で来たノリの店員ってこと。だから、欲しいと思ってくれた人がいたら、タダでいいから渡すことにしているってこと。というわけだ。遠慮せず、素直に貰っていけ。大人の真似事は、大人になってからやっても遅くねぇんだ」 言い終えた定員は、再び電子タバコを口に咥えて、開いた本を再び読み始めた。 なんだか、お店の裏事情を知ってしまった気がして、少し複雑ではあった。とは言え、妹のお土産が無料で手に入ったと考えれば、これ以上は何も言うまい。 見ていないかもしれないが、定員の方に頭を下げ、店から出ようと前を向いて歩こうとするが、体が前に行こうとしなかった。 「あの?」 原因は以前に説明したとおり、あの少女が服の裾を引っ張っているためだ。 しかも、今度は強めに。 「じー」 透き通るような少女の深紅の目は、玲也の方を見ていなかった。なら、その目は何を見ているのだろうか。先を追ってみると、アンティーク店の並んでいる商品の中の一つ。赤い花が付けられたカチューシャに向けられていることに気付いた。この店はアンティーク専門店のはずなのに、少女の目に留まったカチューシャの違和感と言えば、どう見ても少女向けの店の中にある商品だ。 少女がカチューシャに興味を持ったのがよほど嬉しかったのか、店員は立ち上がって、少女に握手を求めた。 少女は嫌々そうに、店員の握手に応じていた。 「それを選ぶとはお目が高いな。実は、俺が妻に最初にプレゼントした品がそれ。だけど、ついこの間逃げられて、それと一緒に離婚届が置いてあってさ。いやー参っちゃうよな」 明るい口調で話す店員と、次に何を言えば良いのか分からない玲也と少女の間に冷たい空気が流れた。しかも、妻との思い出の品をお店に並べるなんて、言語道断ではないのだろうか。 そんな玲也の心境などお構いなしに、定員は尚も明るく振舞っている。 「お嬢さんみたいな綺麗な人に付けてもらえるなら、こいつも本望さ」 しかも、口説き文句まで入ってきた。これでは逃げられても仕方がないなと、店員の奥さんの気持ちを察することができた。加えて、少女はなぜだか頬を赤らめているようだった。典型的な褒め落としで騙される客というものを実際に見られるのは、案外レアなのかもしれない。 カチューシャを手に持ち、レジに向かった少女。すぐに悪い思考を遮る自分が、先の考えを否定した。と同時に、レジに置かれようとしたカチューシャを持つ、少女の伸ばされた手を止めさせ、すぐに定員の冗談だということを伝える。 「騙されるな。あれは、商品を買わせるための巧妙な手口だ」 「な!? そ、そうですね。そんなことは百も承知です」 あ、強がって見せた。騙されてから教えたほうが少女のためにもなったのかもしれないと、今だけは思った玲也だった。 店員の、少しあくどい商売法のネタばらしをしたことが気に障ったのか、定員は不機嫌そうに、紙袋をレジの上に置いた。 「面白く無い兄さんだ。無料にしたのは間違いだったかな。……あと、袋の中にカチューシャ入っとるから。あ、お代はいらんよ」 いつの間に、少女からカチューシャを取ったのだろう。瞬きする間も無く、少女の手から抜き取られたカチューシャは、袋の中に入れられていた。 「あ、ありがとうございます」 玲也とは違い、定員の目の前で深々と頭を下げる少女。その礼儀正しい様を見て、意味も無く裾を引っ張るだけの変な少女というイメージの軌道に修正が入った。てっきり、騙されたことを怒り、感謝の言葉など送らずに、どこかに行ってしまうものかと思ったからだ。見た目だけかもしれないが、やはり、貴族というのは伊達ではないのだろうか。 イメージの変革が行われてから、少女が裾を握ろうとも、さほど気にならなくなる玲也。疲れないのかと聞いてみると安心すると答える少女。ならしょうがないと返した玲也は、裾を掴まれた状態で、適当にフロアー内の散策を行った。歩きにくいのに変わりはないが、妹がもう一人できたような気がして、心地良かった。 店を出てから、数分が経過した頃だろうか。フロアーを包む熱気が次第に引いていった。原因は、ストランの運営側から、アナウンスが入ったからだ。 『お集まり頂いた紳士淑女の皆様。スポンサー様が見られましたので、会場の方へお越し下さい。繰り返し……』 アナウンスの始まりと共に、先ほど見た立体映像が、会場への道順を示す映像に切り替わっていた。案内用に映し出される赤いライン。それが辿った場所がどこなのかを読み取れた参加者たちは、ぞろぞろと列を作り、移動を始めた。玲也たちも、他のエントラントに送れまいと続く。 船の中が広いせいなのかもしれないが、船内を走っていくエントラントたちの姿が多く見られた。 会場に近付いていくに連れて高まる空気の中にいても、玲也と少女は慌てつつも焦らない。 急がば回れという言葉が脳内に出てきたせいなのかもしれないが、いち早く会場に着きたいという気持ちを持っているエントラントたちが、走るたびにぶつかりそうになったり、口論になったりしているのを間近に見ているせいからなのだろう。 進んでいく内に、自分たちの進んでいる通路が徐々に狭くなっていくのが分かった。ショップフロアーでは、横に十四人くらいは並んで走っても問題は無さそうだったのに、今はもう体格が小柄な人の場合で、五人程のスペースしか無かった。 船の内装も、賑やかな店や派手な装飾があったから気が付かなかったが、今歩いている通路は、物々しいという言葉が相応しかった。まるで、どこかの軍用艦を思わせる防音設備が施されているようで、壁を叩いても音はしない。もしかしたら、銃弾も防げるのではないのだろうかとさえ思える。 別にどうでも良いことのように思えるが、内側からは外に対して、何もできないのと一緒なのだ。 進んでいくと、大きな扉が先に見えた。本来なら、あの場所にはパーティールームが設けられていて、美味しそうな食事に主催者であるスポンサーが待ち受けているのだが、やはり不安だった。 「――ストップ!!」 甲高い女性の声が、狭い通路に響いた。軍の訓練の終わりの時も、同じように命令されていた覚えがある。気付けば、玲也の体はその場で静止し、裾を引っ張って歩いていた少女は玲也の急停止に止まれず、玲也の背に鼻をぶつけてしまった。よほど痛かったのだろう、少女は鼻をさすり、後ろから玲也を睨みつけていた。 少女の視線は痛いほど伝わっている。振り向いて、手を合わせて少女に謝り、声の主の方に目を向ける。人が押し込められた通路の奥の扉の前。そこに、軍服を着た凛々しい顔。長い茶髪をポニーテールに結い、腰には刀が差されている女性が、敬礼して立っている。 「ようこそ、おいでくださった。スポンサー様もお待ちかねだ」 どうやら、先ほどのアナウンスの女性のようだ。声のトーンと言えば良いのだろうか。話し方が類似していた。女性の歓迎の言葉に、玲也を含めたエントラントたちが勢い付く。扉を開いて先に進む女性の後ろから、飛び込むように通り過ぎて、パーティールームに次々に入っていく。後ろのアリスが部屋に入った頃だろうか、前に進もうとしたエントラントたちが急に足を止め、後続も次々に歩みを緩める。一体どうした、と前を覗く者がいる中、ようやく、先頭に近い者が口を開いた。 「な、何も無いじゃないか!?」 半分以上のエントラントたちが、広いだけの部屋の中に入り、自分たちが喜び勇んで入った部屋のコンクリート製の灰色の壁をじっと眺めた。何も無い、どうなっているんだ、と次々に他のエントラントに移っていく文句を皮切りに、他のエントラントたちも抗議に近いブーイングを始めてしまった。 「おいおい。運営は何をやっている」 「間違い乙」 誹謗中傷の数々。たかがゲームだろ、と呆れる者。文句を言い続けるエントラントの一人一人を観察している女性は、腰に差した刀の紐を緩め、右手で柄を掴み、剣先を床に強く押し当てる。エントラントたちが立つ広い部屋に、音叉に近い金属音を響かせた。鞘まで鉄でできているのか、と目の前で文句を言うエントラントたちの後ろで、背伸びをしながら女性の行動を眺める玲也。すると、裾を引かれ、背伸びが解けた。 「どうした?」 振り返り、小声で話す玲也に、少女は恥ずかしそうに。 「見えないの」 頬を赤らめて外方を向く少女に、確かにそうだと玲也はうなずいた。放っておくのも可哀想だし、しょうがないと思いながら、リュックを床に置いて、人にぶつからないように少女に背を向けて腰を下ろす。 しゃがんだ玲也に、少女が首を傾げ、何をすれば良いのか考え始めた。そして、ぼんっという何かが爆発したような音が聞こえたような気がした。少女が、玲也の首に震える手をかけて、ゆっくりと体を乗せた。ある時点で重さを感じなくなり、体全部が乗り切ったのかと思わず確認してしまうほど少女は、とても軽かった。 「見えるか?」 「……(こくっ)」 背中で、少女が何も言わずに首を縦に振るのを感じる。口を開いても罵倒にしか聞こえない言葉しか言わない少女なのに、話さなかったら話さなかったで、なぜだか心配してしまう玲也。 変なものを拾って食べたのかと尋ねようとするが、周りの目がこれ以上の会話を許してくれそうにない。少女と二人で反省し、前の方に目を向ける。 女性は、刀の柄に両手を乗せたままの状態で仁王立ちし、次のように続けた。 「突然ですが、予選を始めます。スポンサーは更に上の最上階のパーティールームにいらっしゃいます。これから私が命ずることは、一階のショップフロアー。二階のコネクトフロアーに隠してあるチップを見つけて、私に見せてください。定員は二十名。期限は、一時間後のスポンサーの一言まで。また、このまま進まれても構いませんが、初期のチップの数は、ここで決まります。ちなみに船内では、エネミーは現れませんのでご安心を。では、ゲームスタート!」 もう一度、剣先を地面に押し付けて、音を鳴らす。再び響いた音叉が、始まりの合図だと分かったエントラントたちは慌てて、今来た道を引き返していった。 普段のストランなら、パーティールームへの移動後に、スポンサーのスピーチ。次いで、チップの配布というのがパターン化しているために、前例の無い始まりに違和感を感じるが、年々新要素を盛り込んでいるストランだ。予選を船内で行うというのも考えられることなのかもしれない。 いざ、と玲也も走ろうとランニングフォームを整えるが、急に背中が重くなるのが分かった。 少女が、力を入れているのだ。 「ど、どうした?」 「見ていてください」 少女を降ろす。少女は、ずっと持っていた袋から、あのアンティーク店で貰った赤色のカチューシャを取り出し、頭に着けた。そして、玲也はあることに気が付いた。 「お、お前、それ」 指さす玲也の先、あの店で見たときに、花が付けられていたはずの位置。金色に輝くチップが二枚ずつ、アクセサリーの代わりとして備えられていることに。少女はチップを取り外し、二枚を自分に、もう二枚を玲也に渡した。手の平に置かれたチップの表面に、小さく刻まれた『ストラン』という文字は、迷うことなき、ストラン専用のチップであることを明らかにする。 「後一枚ずつ、ですね」 「いや、待てよ。なんでカチューシャにチップが付けられていた? あの店員がくれたやつだよな」 動揺を隠すことが出来ない。どうして店員がチップ付きの商品を渡してきたのか。周りを見れば、引き返さなかったエントラントたちがよく知っていることなのだと玲也は思う。 半分以上の戻ったエントラントに対し、残ったエントラントたちが、探しもしていないはずなのに手に持っていたチップを、先ほどの軍服の女性に掲示していた。一枚ずつ本物だと確認していく女性は、扉を開けて、次々に階段を上がっていくエントラントたちを見送った。 この時に、少女が何者なのか、玲也には知ることができた。 「お前――」 口を開こうとする玲也の口を少女は、自分の人差し指で封をする。自分で言いたかったのだろうか、予想外な少女の動作に思わずどきりとしていた。 「既に分かっているとは思いますが、私は――アリスミッド・ナイトワン。今回のストランの『スタッフ』の一人です。長いので、アリスと呼んでください」 そうではないだろうかと、先のチップ獲得で思っていたところだ。 今も、玲也の前でにこやかに微笑んでいて、ずっと一緒に居る少女がスタッフであるという事実に変わりが無いわけで。あっけらかんとしていた玲也を小馬鹿にするように、でも嬉しそうに。ドレスの裾を両手でつまんで、お辞儀をした。 「これから、宜しくお願いしますね」 アリスがスタッフであるという事実を、未だに信じられないでいる玲也。意見しようにも、一気に四枚のチップを獲得してしまった腕は、信じるしかない。今回のゲームシステムやエネミーの数など。色々と聞きたいこともあるが、今は、残り一枚を見つけることが先決である。 ところが、残り一枚の捜索は労することなく見つかった。 いきなり、女性の元へ歩み始めるアリスに、慌てて続く玲也。まだ残り一枚を見つけていないのに、どうしてパーティールームに行こうとしているのか不思議だった。 すると、アリスが通ろうとした際に、女性が頭を下げる。次に、玲也が通ろうとすると、頭を軽く上げながら、女性は何故か一蔑した。気付かない玲也では無いが、変に尋ねたら、きっとあの刀で斬られるに違いない。更に、あの目から、明らかな殺意と呼べるものが感じ取れたのだ。 まさか、アリスの付き人なのか、と考えてみる。まず、性別が違うから付き人では無いことを、考える前に思い付かなければいけなかっただろう。と、パーティールームに続く階段の前で止まったアリスは振り返った。有無を言わさないアリスの目は、何かを見ているようだった。玲也も同じように振り返ると、今抜けてきた扉の裏を見て、驚愕した。 数百枚はあるチップが、扉の裏に所狭しに貼り付けられていたのだ。灯台下暗しとは良く言ったものだと思う。これはその典型過ぎて、ジョークにしようとも笑えない。 「大事なものほど、すぐ側にある。ということです」 詩のどこかに使われそうな言葉を呟いたアリスは、チップを粘着テープによって固定されている壁から取り、玲也に投げた。おどおどしく受け取り、本当にチップであることを確かめる。既にもらった二枚と見比べて、同じように加工されていることが分かった。扉をよく見ると、既に数枚は抜き取られているのを見て、目を瞬きした。 「これに気付いたやつは、みんなスタッフなのか?」 「そうでは無いでしょうが、スタッフではない者は、直感的なものが働いたのでしょう」 直感という曖昧な言葉で、片付けていいことなのだろうか。まさか、自分たちが通ろうとしている扉の裏に目的のものが貼り付けられているなど、分かるはずもない。 アリスがいなければ多分、チップを一枚も手に入れられずに、船の中をさまよい続けたかと思うと、体が震える。 階段を登りながら、なんとか体の震えを止めた玲也と、堂々とした面持ちでいるアリスは、階段を登り切ると同時に、広い空間へと出た。そこが、パーティールームと呼ばれる、ストランのオープニングセレモニーが開かれる場所なのだ。 玲也とアリスの前に、既に百を超える人々が集まっていた。引き返したエントラントに注目し過ぎて、会場の方に向かった人は見なかったせいなのだろうか。こんなに人が居たのだろうかと錯覚してしまった気になる。 数々の料理が並べられている、エントラント用の席が設けられていることを見て、空いている席に座ると、アリスも隣に座った。すると、奥にあるステージが急に点灯した。 そこには、ストランではお馴染みのスポンサーの姿があり、拍手喝采が巻き起こっていた。 「レディース・アーンド・ジェントルメーン!! 私が主催者こと、ミスタースポンサー!!」 黒いマントに手品に登場しそうなステッキ。顔に奇怪な仮面を付けたスポンサーは、マントを翻して演説を始める。 ストラン内で、お決まりになっているスポンサーの台詞が来れば、ストランパートのテーマソングと共に、サバイバルゲームの放送が開始されるのだ。確か、テレビ局がスポンサーの演説を映した後は、各エントラントに参加の意気込みを聞いて回るはずだ。どうしようか。どうせ家族は見ない類の番組なのだ。せっかくだしテレビに映ってみようかな。などと考える玲也の思考を予測しているかのように、アリスは肘で玲也の脇腹をつついた。 「く、くすぐったいだろ」 「妄想していたところ、申し訳ないのですが、テレビは船の中には来ません。現地からスタートです」 そうだったのか、と顔に手を当ててショックを受けた玲也に、新しく注いだオレンジジュースを差し出した。ありがとうと呟くように言った玲也は、オレンジジュースを一気に飲み干した。勢いのある飲み様を見て、アリスは嬉しそうに更に注いだ。 六杯くらい飲まされたところで、今まで一切聞いていなかった開会の挨拶が済むと、スポンサーは何やら疲れた様子で、自分の席に戻っていった。 「年なのか?」 「スタッフだとしても、分からないことはあるのですよ?」 オレンジジュースをちびちびと飲みながら、味に酔いしれているのだろうか、頬を緩ませていくアリス。他のエントラントも大丈夫かと哀れみのような労わりのような声をかける。 そして、スポンサーが立っていた演台が撤去され、代わりに巨大なスロットマシンが運ばれてきた。大会に参加しないのか、背中にストランというロゴが入った服を着るスタッフが、設置作業を始める。これが出てきたということは、次に行われるのは、通称ビンゴ大会だ。これからサバイバルが始まるというのに、のんびりとした奴らかと思うかもしれないが、ビンゴ大会はかなり重要になってくるのだ。 ビンゴと言っても、数字は一から十三までしか無く、また、ビンゴカードが配られるわけでもない。そう、自分の持っているカードがビンゴカード代わりなのだ。別に、当たったからといって、カードがなくなるわけではない。となれば、このビンゴ大会は何の意味があるのか。 スロットマシンによって選ばれた三つのいずれかの数字を持つエントラントは、スタート地点を自由に選ぶことができるのだ。 つまり、地図を始めから理解した上で、自分に有利な場所を決められるということだ。 「そう言えば、玲也の数字は何です?」 「『ゼロ』だな」 「……通報しました」 「なぜだよ」 自分の数字を教えただけなのに、犯罪者と同じ扱いを受けてしまっている自分への理不尽さをアリスに訴える。 途端に、オレンジジュースを飲んでいた時に見せていた無邪気な表情が嘘のように、汚いものを見るような目を向ける。 「ゼロは存在しないからですよ。ストランには」 アリスはどこから取り出したのか、スタッフ用の要項を開いたまま玲也に渡し、「エントラント達の所持カードについて」という題目で書かれたページの一文を玲也に読まされる。 そこには、「エントラントが所持しているのは一から十三までの数のみであり、これに違反しているものの参加自体を無効にする」、と。 玲也は、鞄からカードケースを取り出し、『ゼロ』のカードをアリスに見せた。 手を伸ばしてカードを受け取ると、これでもかというくらいに顔を近付けて、まじまじと見つめる。 胸を張り、どうだと言わんばかりに鼻を鳴らす玲也。アリスは、徐々に高圧的だった目を低圧的な目に変えていき、頭上に疑問符を浮かべたような気がした。 「ほら、持っているし」 「これは、ゼロの数字はサイドに書かれているのですが、絵柄はどこに?」 「カードの中央にあるだろ? なんかのシンボルみたいなのが」 アリスに要項を返そうとするが、一向に受け取ろうとしない。そこまでして絵柄を見たいのかと、カードを見る角度を変えるために左右に体を動かすアリスを見て、本当に書かれていないのだろうかと不安になってしまった。 しばらくして、見つけるのを諦めたように返された『ゼロ』を見れば、絵柄はきちんと真ん中に写っている。ここだよ、ここ、とアリスに見せるが、首を横に振るばかり。 どうしてなのか分からず、逆にアリスが嘘をついているのではないかという思いに駆られる。 ここで一番に考えなければならないのが、そんなことをするメリットがどこにも無いということなのだ。 すると、アリスは玲也の手を指した。 「ちなみに、私のカードは見えますか?」 アリスの手には何も握られていない。ならば、指された方を見るしかない。そこに、玲也のカードと同じ材質で作られた数字以外に何も描かれていないカードが、重なっていることに気が付いた。 「何も、描かれていないな」 カードに書かれている数字は『ワン』。ストラン内であれば、最強と言われる数字だった。表紙に何も書かれていないことを除けば、ストランでも見たことがあるカードだ。 「私には、白い蝶のような模様が見えるのですが……やはり。カードは持つべき者が持たなければいけない物みたいですね」 「どういうことだ?」 自分だけが分かっているという優越感に浸るアリス。偉ぶる様子に苛立ちを覚えた玲也は、聞き方が強くなっていることに気が付いていない。 「このカードには、エントラントとスタッフを含めて、それを識別する何かしらの力が働いていて、その力は人の認識そのものを阻害する力がある。つまり、私の場合は『ワン』のカードの所持者であるため、その力により、私には玲也の持つ『ゼロ』のカードを識別することが出来ないということになるのだと思います」 まるで、自分の考えを述べているような物言いに、スタッフなのに知らないことがあるのか、と。苛立ちの余韻のせいか、思わず口に出してしまっていた。 玲也の言葉を聞いたアリスは、罵倒するわけでも、批難するわけでもなく、忠告を始める。 「スタッフと言っても、できることは、参加者のサポートと危険区域への侵入を止めさせることです。医療スタッフや警備員と似たような役割と思ってもらっても構いません。ですから、会場の情報やエネミーの詳細といった、ゲームを有利に進められる情報は伝えられません。ですから、あまり過信せず、頼らないように」 頼らないように。そう言ったアリスの言葉には、儚げ、と言えば良いのか、切なさがあった。 アリスの言葉から、エントラントと相違がないスタッフの存在に、テレビの前で見ていた時に感じた、スタッフの頼もしさが薄れてきてしまったことは言うまでもない。 但し、本当に単純な『勝ち』しか追求しなかった者の考えであった場合の話だ。 こんな考えをするのは玲也だけかもしれない。スタッフが付いているエントラントとそうでないエントラントに、大きな力関係が出ないという現実に安心していることに。 もちろん、勝つためにストランに参加している。とは言え、フェアでない勝負をするのは、気が引けていたのだ。 真っ向勝負、正々堂々と曲がった生き方しかしてこなかったから、融通が利かない人間だと言われがちな学校生活であったことに、苦悩していた面もある。 だから、アリスがスタッフだと分かった瞬間に、探し求めていたものを見つけた達成感のような。だけど、自分が何か悪いことをしているような罪悪感も沸き起こってしまったことは言うまでもない。 アリスの方を見ると、このまま何もせずに放っておいたら、日が変わっても下を向いたままで、申し訳なさそうにしていることがうかがえた。その姿を見て、懐かしい思い出が蘇る。 病院に飾ってあった花瓶を誤って割ってしまい、今のアリスと同じように、落ち込んでしまったことがある妹との思い出を。 だとすれば、仕方のないことなのだろう。 アリスの姿と妹の姿が重なって見えて、玲也の右手がアリスの頭の方に伸びて、気にするなと謝りながら、妹にしてあげたように、頭を撫でてアリスを励ましていることは。 「……ありがとう、ございます」 顔を上げるアリスの笑った顔を見て嬉しくなる。微笑み返すために、笑顔を作ろうと思った玲也。 だが、すぐに失敗してしまった。スロットマシンの作動音とエントラントたちのピークに達した盛り上がりに、気を取られてしまったせいにして、納得する。 照れなどでは断じてないことを心に言い訳した後、スロットマシンの方を見る。 一つ目の段の回りが遅くなる。徐々に数字が見えるようになり、一番目の数字が決まったことをスロットから流れる華やかな電子音が告げた。 「最初の数字は『ツー』です!」 女性と男性スタッフがステージの脇から現れ、小さなクラッカーを鳴らした。 その後のエントラントたちの拍手の滞りから、スタッフの微妙な演出なのは確かであることが分かる。やるのなら、ファンファーレくらいは鳴らさなければ張り合いが無い。冷えそうになる空気の中、意思の疎通が行われたのだろう。エントラントたちは立ち上がり、自分の番号では無いのに、無理矢理に歓声を上げた。玲也も一緒になって盛り上がり、アリスは玲也のはしゃぐ様をつまらなそうな目で見ていた。 二つ目の数字も決まった。テンポが早いと思うかもしれないが、待つ側の身にもなれというコメントが届いていたと、裏話で聞いた覚えがある。 「続いての数字はですねー『ワン』に決まりました!」 また男女の一組が脇から現れ、クラッカーを鳴らし、初めに居た一組は、拍手をして騒ぎ立てる。エントラントたちの盛り上がりも、いよいよ最高潮に達してきた。 選ばれた数字が『ワン』と聞き、アリスの方を向いて、口で「良かったな」と動かしてみせる。すると、アリスの方は、「次は玲也」と動かしたのが分かった。そんなこと分からないだろ、と聞こうとした途端、エントラントたちの歓声が別のものに変わっていくのが伝わった。 「もう一度、スロットやり直しなさいよ!!」 文句を言うエントラントが目立つなと思いながら、スロットに映し出された数字を見た。そこに表示されていたのは『ゼロ』の文字。 自分が持っているカードの番号だった。 「『ゼロ』をお持ちの方、おめでとうございます!」 「いるわけないだろ!」 「見てすらいないのに何を言っているのだ? 間違いなく居る。君たちの中に数名」 さっきまで、疲れ果てたように座っていたスポンサーの声がマイクを通じて会場内に響いた。 いつからステージにいたのか、スロットマシンの横に立ち、持っていたステッキでスロットマシンが示した『ゼロ』を指している。自分が持っています、とは名乗り出るわけにもいかない玲也は、喧騒が治まるのを待つことしかできずにいた。 「オリジナルナンバー『ゼロ』。ストランの新メンバーと言っても差し支えが無いはずだ。扱いは君ら、ナチュラルナンバーと変わりは無い。そう。扱いは、ね?」 再び、脇から男女の一組が出てくる。と思われていた。 「な、なんだ、お前ら!」 予想を反して出てきたのは、数十組の男か女か特定できない者たちだった。分厚い防護スーツに、ガスマスクを装着し、そいつらに背負われているガスボンベのような装置を見た玲也は、あれが何なのか、初めて見るのに分かった気がした。 背のガスボンベから伸びたホースの先のようなものを手に持ったそいつらは、ホースと先端の接続点にあるスイッチを押した。 「逃げろ!!」 間に合う訳もなく、叫んだ時には、遅かった。 ステージだけでなく、背後からも装着兵は現れ、一斉にガスの放射を始めたのだから。 なんとか吸わないようにと、口元にハンカチを当てるが、間に合わない。次第に、意識が遠のいていくのが分かる。 悲鳴を上げて逃げる人々。無抵抗のまま倒れる人々。 玲也が最後に見聞きしたのは、自分の側に来て、玲也の名前を呼び続けて、倒れていくアリスの姿だった。 Act.1 1夜にして全てが変わった ~Exclude the real world~ 目が覚めたのは、学校のチャイムが聞こえたからだ。 単調な音階。この、耳に障るチャイムさえ聞こえてこなければ、眠りを邪魔されることは決して無かったのだ。いや、その前に自分の腹の音で目が覚めてしまうに違いないと、やせ細ってしまった腹をさすりながら苦笑した。 「何度聞いても、うるさいチャイムだな」 目を擦り、体を起こす。そこは、外の部活で使われそうな倉庫。サッカーボールやバットなど、見れば何でも懐かしいと思えてしまう物の数々がそこには置かれていた。 窓を開ける。太陽の明かりが差し込んできた。エネミーに感づかれるのは嫌だが、換気はこまめにしておかないと、すぐに埃が溜まってしまう。 たとえ、この倉庫にエネミーが近付いてきたとしても、視界が良い場所だ。大型で無ければ、なんとか逃げきれるだろう。 寝床にしていたマットの上から飛び降りる男。初めにすべきことは、シャツと短パンというだらしない格好をなんとかすることからだろう。 男は、教室から拝借した棚に乗せてある畳まれた服を取る。初めてここに来たときは、部員が残していったのか、スペアを五着くらい残して、畳まれた状態で汚い床に置かれていた。 着替え終わり、段々とサイズが小さくなっているような気がしていることに恐怖を感じている男。まさか、未だに体が成長しているわけがない。それは多分、気のせいだと自分に言い聞かせる。 それで、次は髪だ。掻けばフケが出てきそうな汚らしい黒い髪。床に置いてある鞄から、櫛を取り出し、適当に髪を解かす。 同時に、隣にある更衣室の方から、物音が聞こえた。 「おお、――アリス。目が覚めたのか」 男と同じように、みすぼらしい紺色のジャージを着たアリスが起きてきた。 アリスは、ハンガーにかけられていた数着のジャージを手に取り、部室に置いてあったバスケットの中に入れていく。 出会った頃とは、随分と印象が変わり、何をするにも生き生きとしていて、今では少年も引いてしまうくらいに行動的になっていた。 腰まであった長い白髪も、今では肩までしか無い。アリス曰く、動きづらい、からだそうだ。 「はい。おはようございます――玲也」 そう。いつの日からか、少年に見えなくなってしまった男の名は玲也。 スポンサーが仕向けたストランパートというサバイバルゲームに挑んだ男の、名だった。 ◆ ――ここに来て、一番に感じたのは、鼻がむず痒いってことだったと思う。 目蓋を開けて、閉じる。同じ動作を何度か繰り返して、鼻に触れる草が鬱陶しいと感じたのか、起きてしまう玲也。 当初は、自分の目がおかしくなったと思っていた。現実を認められなくて、起きないようにしていたのは無駄だったのかもしれない。 数分、数十分、どれだけ待とうと、一向に変わらない風景。地に足もちゃんと付いている。 つまり、紛れもない真実なのだ。 「ここ、どこだよ?」 そこは、人が一人眠るのに十分な開けた場所。辺りには、ジャングルを思わせるようなツタが巻き付いた木々が生え、シダ植物が生い茂っていた。 いや、実際のところは分からないが、ジャングルで正解だと思う。先を見ようにも、空高くに伸びる木しか生えていない。 「アリスはどこだ?」 最後まで自分を見ていてくれたアリスの姿を思い浮かべる。耳を澄まして、他の生き物の気配を感じようにも、音も無く、不気味な程に静かだった。 急に心細くなる。だけど、同じ参加者であれば、また会えるはずだとすぐに自分を励ました。 もしかしたら、誰かが通った後を追えばいいのでは無いだろうかと、草木が掻き分けられている様子を探るが、どこにも痕跡すら無い。 なら自分は、どうやってここに寝かされたのか、と悩んでみるが、変な頭痛が起きそうだから、考えないようにする。 ふと、空を見る。光があまり入って来ないが、月明かりのせいなのか、木々から差し込む光は、妙に明るかった。食料の準備は万端なのに、なぜ懐中電灯を持ってこなかったのかと悔やまれたが、騒いでも何も変わらない。まずは腹ごしらえと思った玲也は、背負われたままだった鞄の中から、缶詰一つとボトルタイプの飲み水を取り出す。 こんなに準備万端なのは自分くらいだろうな、と玲也は苦笑した。サバイバルゲームであるストランは、支給された食料だけで数週間を生き抜かなければいけない。だとしたら、食料が無くなれば、逃げ切るなど不可能ではないかと思うかもしれないが、厳密には違う。 ストランは、自分がゲーム内で生存していた時間で他のエントラントとの勝敗が決まるのだ。 だから、自分以外のエントラントの食料を強奪して、自分だけが生き残る道。ディーラーから勝ち得たアイテムと食料を物々交換するエントラントやスタッフのように生き残る道など、色々あるのだ。 極めて希に、食料が生産されている――スポットと呼ばれる場所があり、食料が無償で手に入る場所がある。しかし、ストラン内で、そこが映し出されたことは無かった。 玲也が缶切りを使って蓋を開けようとしている時だったと思う。がさごそ、という何かを物色するような音が聞こえたのは。 「……おい、何してやがる」 缶切りに夢中で、気付いていないと思ったのだろう。にしては、物を探す動作が派手で、誘い出すために自分の背後にバッグを置いたことにさえ、疑問を抱いていないはずだ。 ましてや、手首を掴まれて、眼前で脅迫されそうになっている事実も受け止められていないことだろう。玲也の握った手首は、あまりにも細くて、強く握ったら折れてしまいそうな、だけど筋肉はしっかりとついているようだった。 「てへっ、バレちった?」 ごまかそうとしているのか、空いた手を頭の上に持っていき、照れるようにベロを出して、頭を掻いているようだった。馬鹿にしているのかと脅そうとしたが、月明かりが盗人の全体を映していく。 見えたのは、ライトブルーの短髪に、くりくりとした青い瞳。全身は、エナメル質の黒いパンツにジャケット、ワンポイントにサングラスと思いきや、首元にゴーグルがかけられている少女。 スターが着ていそうな服なのに、スタイル不十分のせいか、セクシーと呼ぶよりは、ちょっと大人ぶってみた少女と呼ぶのが相応しいかもしれないと思わせる風貌であった。 「最近の女は、他人の鞄の中身を物色することが流行りなのか?」 玲也の問いに、あどけない表情で笑う少女。妹も、こんな派手な服を着ている友達を持っていたらと、少女に感化されていく妹の姿を描くことができない玲也。できれば出会わないで欲しいとさえ、思ってしまった。 当人である少女は、手首を掴まれたまま、頑張って土下座しようとしていた。しかし、玲也に手を握られているのだから、額と手を地につけなければならない土下座は無理である。手を離して逃走を図られないかと頭を過ぎるが、さすがに可哀想だから、手を離した。 「ごめんなさい! もうしませんから!」 「まぁ、良い。俺もお前と同じ状況なら、同じことをしていたと思う。水とツナ缶だけでも良いなら、半分にしてやるが、どうだ?」 偉そうな物言いだと自分でも思うが、少女は言い方など気にする様子も無い。空腹の方が勝ったのだろう。少女は満面の笑みで俺の手を握る。それから、感謝の言葉を言いながら、握手した手を何度も何度も、上下に振るってきたのだ。 「ありがとう! ありがとう! 優しい人もいた!」 「痛い、痛いから」 正直に言うと、半分でも渡すのは辛い。ストランの運営が何を考えているのか分からないが、あの催眠ガスや、何も説明せずに舞台に連れて来たところを考えるに、これから通常のストランが行われることは無い。つまり、配布される食料が無い以上、食料不足が否めないということだ。 だが、何が起こるかも分からないこの状況。仲間は一人でも多い方が良い。 ちらっと少女の方を見てみる。渡されたフォークを使い、ツナ缶を頬張りながら、無心に水を飲んでいた。どれほどの時間が経っていたのか分からない。けど、隣に座る少女の食べ方を見るに、連れて来られてから、結構な時間が経過したのかもしれない。 「なぁ、ちょっと聞きたいことがある」 「……んく。ぼくの名前は、「なぁ」、じゃないよ?」 自己紹介を先にした方が良い。 少女は、神宮司風奏(じんぐうじふうか)という名前で、高校を卒業し、大学に進学することが決まっているそうだ。どうして参加したのか聞いてみようとすると、プライベートなことはさすがに話せないのか、手でバツを作り、質問を止められた。玲也自身は別にどうでも良いと思っているようだが、相手は仮にも女なのだ。すぐに謝り、風奏も、大丈夫だよと許してくれた。 続いて、玲也も同じように自分の名前を伝えて、年齢と近況を伝える。その後に風奏が「え、ニート?」と返したため、多分風香は半分も食べていないだろうけど、もう一口とフォークを刺そうとしたツナ缶を奪い取り、逆さにして口に落とすように入れ、一口で食べてあげた玲也。目の前で、無残にも一瞬で消え去ったツナが居た缶を見て、風香は泣きそうになっていた。 「ニートとか言うからだ。これでもストランで一攫千金を狙っている俺としては、まだ夢を追いかけているだけ、マシだと思ってもらいたいな」 「だ、だけど、それ、カジノしている親と何も変わらない発想だよ?」 「さすがにやり過ぎたと思ったから、乾パンでもあげようかなと思ったけど、やっぱやめた。後は水で生きろ」 「え!? ごめんなさい! 許してください〜!」 しまった、と口元に手を当てて動揺する風奏。しかし、もう遅い。やると決めたら徹底的にやるという強い信念を持っている玲也は、鞄を抱くように寝転がり、丸くなって寝てしまう。 青冷める表情に焦りを覚えながら、風奏は涙ながらに夜中ずっと、乾パンを要求してくるのだった。 次第に、風奏の金切り声のような悲鳴が止まる。代わりに、微かな寝息と、何か柔らかい物が背に密着するような感覚がしているのだが、気のせいだと思いたい。 確認という意味も含めて、体を起こす。やはり、背にくっつくようにして風奏は眠っていた。 危ない危ないと冷や汗を拭う玲也は、何が危ないのかと自問する。いや、答えを出すよりも、先に試したいことがあった。 風奏を起こさないように、鞄から取り出す。暗くてよくは見えないが、自分がどこに、どのようにして物を入れたのかくらいは覚えていた。 玲也が取り出したのは携帯端末だった。 最後に携帯を開いたのは、船に乗る前。あれから約一日が経過していることを携帯に表示された日付が示す。丸一日も眠っていたのかと溜め息をついて次に、繋がるのかどうか、ストランの携帯サイトにアクセスする。 ストランは、専用のホームページを有していて、携帯サイトも然りであった。内容とすれば、スポンサーのブログや次回の放送時間。今回行われているストランの経過時間や人数変動などだ。 うだるようなジャングルの暑さを耐えながら、多少の時間はかかったが、繋がった。駄目もとではあったが、繋がって良かった。表示されたシンプルなトップページに意外だと呟き、背景が真っ白なページから、現在の人数と書かれた項目に飛ぶ。 「一七十五人か」 呟くように、そのままの数字を言った。更新されているのは構わない。気になるのは、サイト内を見ても、最初の人数が書かれていないことだ。 これでは、元々の人数からどれだけの数が減ったのかが分からない。これだけで、と思うかもしれないが、運営側が駄目と噂していたのは、強ち間違っていないのかもしれないと玲也は思う。 逆に考えれば、初めからこの人数だったのかもしれない。と予測してみるものの、あまりに人数が中途半端ではないだろうか。 数分の接続ではあったが、携帯の電池残量が一つ減ったことに気付いた。これで、電池の残量は残り二つ。念のために電源を切っておいた方が良さそうだ。 「あ、頭が痛い……?」 暗い中で燦々と輝く携帯の画面を見ていたせいなのだろうか。頭が急に痛みだし、倒れ込んでしまう玲也。元気だけが取り柄だと思っていたのに、頭痛などで苦しむことになるとは夢にも思わない。 うずくまりながら、何かの気配を感じた。暗い森の中。視界に捉えた何かの影に、自分が臆するのが分かる。 素早い危機察知。あの影が何なのかは分からないが、人ではない大きさで、木を切り倒しながら進むそれは、化け物にしか見えない。 同時に、風奏が目を覚ましたことが不運だった。「あれ、もう朝?」などと、眠たそうな目を擦りながら寝ぼけたことを言うのはおかしくないことなのだが、時と場合による。 ほら、声に反応した影が、こちらに気付いてしまったではないか。 「逃げるぞ、走れるか?」 「え?」 口よりも、足が動いた。 玲也の尋常でない慌て様に、非常事態だと察したのだろう。言葉足らずではあったが、何も言わずに風奏も後に続く。 木々を薙ぎ倒す音が止まらない。向こうの狙いはやはり玲也たちなのだろう。勢いは止まることを知らない。 「あれは何!?」 走りながら話すことは体力の浪費が激しくなるから避けたいのだが、次に言う一言で、少女も理解できるだろう。 「エネミーだ」 口が閉じて、沈黙したとしても。草木を踏みつける足音は止まることを知らず、玲也たちの背後に迫るエネミーのせいで、落ち着くことができない。 エネミーに姿を見られたら最後、気付かれない場所に潜んで上手く巻くか、ディーラーから得たアイテム等で対処するしかない。 今、エネミーに見つかってしまったことを指す時に――エンカウントと呼ばれる言葉が使われる。エンカウントされること。それは、エネミーが追いかけるエントラントを絞り、最初に捕まえられそうな者だけを狙うというものだ。今は、どちらが選択されているのか分からないが、どちらにせよ、二人で逃げなければならない。離れ離れになって、二人とも助かることなど決して無い。 囮。その言葉が心の片隅で囁かれる。しかしそんなことは、絶対にさせてはらなないし、してはならないと思った玲也は、ただただ、前へと走る。 頭痛は酷くなるばかり。足を止めるわけにも行かず、風奏に悟られないように走ることに手一杯な玲也。視界も足場も、木々のせいで非常に良くなく、木を倒しながら進んでいるエネミーと大して変わらないペースでしか進めない。風奏も、玲也の後を追うのに精一杯のようだ。 しばらく進み、川の流れる音が聞こえるのが分かる。木々の間を抜けて飛び出た先に、深い溝と、その溝をまたぐようにして架けられた、大きな橋が見える。丈夫そうには見えるが、月明かりだけではどうにも心許なかった。 木々が倒れる音が近付いている。考えている余裕は無さそうだ。 橋の上を渡るしかない、と叫ぶ玲也。足を乗せてみて、足場が木製ではないことが分かり、減速させた足の歩みを早め、全力で駆け抜ける。確認はしていないが、もう一つの足音が聞こえているため、風奏も付いて来ているようだ。 もう一つの足音の方は聞こえないで欲しかった。 木が倒れる音は聞こえなくなった。が、足の歩みを止める物が無くなったためか、近付いてくるペースが早まっている気がする。 あれが一体何なのか。エネミーと呼ぶには、は玲也の中で確定していることなのだが、テレビ放送していた方のストランで言うエネミーは、もっと幼稚で、簡単に逃げ切れそうな相手ばかりだった。今のスポンサーは、何を考えているのか全く分からないが、ルールが変わっていないのなら、試せることがある。 本当は、後のために全て残しておきたかったが、使うなら、今しかない。 「ほら! 『チップ』だ!」 橋を渡りきった瞬間に急旋回。自分の体を、化け物が向かってくる方向に向き合うように立たせ、ポケットから、三枚ある内の一枚を取り出す。手の中で月明かりに反射して輝く金色のコインを、放物線を描かせ、化け物の方に投げつけた。 すれば、どうだろうか。大きな腕と、エネミーの背丈はある巨大な斧。大木程の大きさはありそうな黒一色のエネミーは、チップが触れた部分から石になっていき、足を止めた。やがて全体が石化されると、完全に停止した。 安堵したように、しゃがみ込む玲也。側に寄る風奏は、石化されても尚、警戒心が強い小動物のように動かなくなった化け物をじっと見ていた。呼吸を整える玲也と油断する気配が無い風奏との疲労の差に、体力勝負では負けると思い知らされた。 「もう大丈夫だ」 「さっきの、何なの?」 玲也の言葉を聞いても、警戒心を解くつもりは無さそうだ。いつでも動けるような体制で構える風奏は、玲也の前に座り、話を聞く。 こほんと一つ咳払いし、『エネミー』についての軽い説明を始めた。 「俺の仮定を話すと、さっきの影の様な化け物は――エネミー。ストランでは、人か動物に分けられているのが特徴だな。……いや、あんなに巨大なものは出ないぞ? もちろん自分たちと同じ人間だ。動物の方は、犬の割合が高かったな。犬で無ければ、鳥か猫だ」 説明を終える玲也。さすがにストランを知っているのであれば、エネミーくらいは知っておいてもらいたいのだが、玲也に向けられた風奏の目は、そんなの承知している、という目では無い。「こいつ何言っているの?」という奇異な物を見るような目だ。実際に玲也も、木をなぎ倒せる程の力を持った、巨大な化け物を使ったサバイバルゲームなどあるはずが無いとは思いたい。 「ちなみに、風奏はチップを何枚持っている? 別に取りはしないが、最悪のケースは使ってもらわなくちゃならないけど」 「チップ? お金は……持ってきてないの」 ストランでチップと言えば、エネミーの攻撃を回避するための必須アイテムである。確かに、金銭のこともチップと呼ぶが、風奏は存在すら知らない様子であった。 エネミーと言い、チップと言い、どうして知らないのかと不自然にさえ思える。まさかとは思うが一つだけ、核心をついた質問を出してみる玲也。 「お前、ストランって何か知っている?」 「ストラン? なにそれ? 食べられる?」 衝撃的だった。身体にスパークが入る瞬間を、この時始めて味わった。風奏に密着されていたときよりも、エネミーに追いかけられていたときよりも、大量の汗が出ていた。 小首を傾げて、ストランとは何なのだろうかと考察し始めようと、妄想を膨らませる風奏を慌てて止めて、今度は丁寧に説明を行う。 自分たちが参加しているのは、スポンサーによって始められたストランパートと呼ばれるサバイバルゲームで。どうして自分たちがこんな場所に連れて来られて、あのような化け物に狙われているのかまで、完結に話した玲也。 スポンサーの真相や狙いまでは分からないが、生き延びなければならないってことだけは伝わったと思う。 「あ、そういうこと。家に変な手紙とカードが届いていたから、ドッキリかと思ってわくわくしていたのに。大マジだったのね」 「ドッキリ? 風奏は自分でストランへの参加を申し込んでないのか?」 食い違う二人に、玲也の方が、どうやってストランに参加したのか思い当たる節はないかと聞いてみる。 腕を組んで考える風奏。 待つまでの時間は、持ち物や食料の確認を行う。二人で使うなら、三日分くらいの余裕がある。火も、ライターがあるから、回りにある木を折って使えばいい。 すぐに使えるようにポケットに入れておこう。取り出したライターを見ながら、あることを思った。火の明かりでエネミーに見つかってしまうことはあるのだろうか、と。テレビでのストランは、セーブポイントと呼ばれている、眠る時のみ入ることが出来る休憩所のようなところがある。だが、回りを見渡しても、木しか見えないそこに、果たしてセーブポイントはあるのか。ましてや、建物すらあるのかと思うと、不安にならずにはいられない。 すると、風奏は思い出したのか、手の平をぽんっと叩いた。 「マネージャーが確か、サバイバルゲームがどうのこうの、とか言っていたかも。興味無かったからシカトしたけどね」 「マネー……ジャー? 風奏は有名人なのか?」 玲也の、何も知らないと頭を抱える動作に、今度は風奏の方がスパークに当てられたような感覚に陥っているようだった。 そして、ぶつぶつと「どうせぼくは、まだまだ売れないダメダメアイドルですよ」などと、地面に指で、のの字を書きながら呟いていた。 「な、なんか、すまん! 芸能界とか、本当に無頓着でさ。興味無くって……」 素直に話しているはずなのに、玲也から出てくる言葉の数々は、次々に風奏の的を射るように突き刺さっていくようだった。 言葉が駄目なら、最終手段だ。これ以上の食料の支給はできないぞ、と付け加えながら。いじけている風奏に、フルーツ缶を渡した。 「……ありがと。玲也も、食べる?」 「いや、それは風奏のものだから、俺は触らないし、もう取らない。とりあえず、安全な場所まで行こう」 立ち上がる玲也は、風奏に手を出した。もう一度、今度は玲也に聞こえないように、ありがとうと小さく呟いてから、頷いた風奏。目の前にある玲也の手を取り、立ち上がる。 風奏の背後で今も固まっているエネミーが視界に入る。どうして石になったのかは、考えても分からない。だけど、後二枚しか残っていない貴重なチップを、これ以上浪費するのは避けたいと思う玲也。 先にも続いている暗い森を見て、足を前に動かした。ところが、玲也の足は自分の意に反して、前へと動こうとしない。先へと進み続けることに、果たして何か意味があるのか。生き残ったとして、妹を救えるだけの成果は得られるのだろうか。 取り除くことができない不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら、玲也と風奏は、少しずつだが、前に歩もうとしていた。 「そこの若いの! そっちは危ないぞ!」 人の声。左の茂みから聞こえる声は、自分たちに呼びかけているもののようだ。 風奏と二人で顔を見合わせ、声の方に向かって走ろうとする風奏の手を、玲也は止めるように握った。 驚いたような顔で振り返る風奏に、首を横に振って見せて、玲也は声が聞こえる方とは逆の方向を指した。玲也の不審な行動に、どうしたら良いのか分からないのか戸惑う風奏。でも、どちらに付いていくかを決めたのか、玲也の方に足を合わせた。 「走れ!」 風奏は何も考えず。玲也はただ前を向いて。恐怖が渦巻く、深い森の中に飛び込んでいった。 「なんで逃げたの?」 追ってくる気配を感じなくなったからなのか、風奏は玲也のとった行動の意味を尋ねる。 本当なら、大人の保護下に入るのは、子供としてなら当たり前のことのはずだ。だけど、玲也たちは子供だとしても、一人のエントラントでもあるのだ。 「あの大人は、『そっちは危ないぞ!』って言ったよな? だけど、追われてみて分かったはずだ。ここに安全な場所は無い。逃げるなら大勢より少数の方が見つからないってことだ」 安全に眠れる場所を探しながら、歩き続ける玲也の言葉を聞く風奏は、現実をやっと受け止められたのか、うつむいて、玲也の足取りに合わせることしかできずにいた。 恐怖心が高まっているせいもあるが、疲労も着実に玲也たちの体を蝕む存在になっていった。 進めど進めど、変わらない風景。いつ再び、エネミーに見つかるとは限らない。早く体を休めて、体力を少しでも回復させておきたかった。 しょうがない。安全では無いだろうが、見つかって逃げきれずにチップを使ってしまうよりは、ここで少しでも良いから休憩しておいた方がいいだろう。 最悪、自分が番をして、風奏に眠ってもらえばいい。休むか、と後ろでふらふらになりながらも、頑張って付いてこようとしている風奏に尋ねる。しかし、風奏は自分の心を偽るように、首を横に振るのだ。 「ぼくの……ためを思って言っているの? そんな気遣いならいらない。休みたいなら、玲也が休んで。ぼくが番をするから」 実際に、玲也の足取りも見るに絶えない様であった。前に進んでいるというよりは、横にぶれる方が大きく。大した距離は進めていなかった。 それなら、風奏だって疲れている。二人とも、疲れていて。二人とも、頑固なのだ。 「分かったよ。風奏には敵わないな」 「ふふん。あの程度の距離で息切れしている玲也には負けないよ」 「お前、いつか覚えていろ」 減らず口は減らず。さっきまでの辛かった空気はどこに流れていったのか。気が付けば、溜め息の数よりも、笑い話の方が多くなっていた。 玲也は、妹のことや、上官の繰り出してくる技の数々。色々な事を歩きながら話した。他愛もない話にちゃんと耳を傾けながら、芸能界に出るまでの辛い道のりを赤裸々に語る風奏に、笑顔になっていく玲也。 ――こんな場所で出会わなければ、ちゃんとした友達になれたのかもしれない。 二人は同じことを思い、そして、安息の地を見つけるのだ。 森を抜けると、下の方に、大きな湖が広がっていた。 広さと大きさに圧巻されている風奏。湖は、釣り好きの教官に嫌という程見せられていたからか、玲也は驚くことが無かった。ただ、半日をかけても一周できるかどうだろうかと思わせるくらいに巨大な湖の畔で、多数の人影が見える。 「あの人たち、釣りしてない?」 目が良いのか、風奏は湖の周りで動いている人たちが、釣りをしていると言っている。確かに、目を凝らせば、釣りをしているように見えないことも無い。やはり、食料調達に必死なのだろう。 隣で、木の枝を折って、工作を始める風奏。まさか、釣りをしたいと言い出すのではないだろうか。ところが、何かが足りないことに気が付いたのか、作るのを断念してしまった。 ショックを受ける風奏の前には、細長い枝が転がっている。やはり釣竿を作りたかったのかもしれない。 そんな悠長なことをしている間に、エネミーに来られたら逃げ場が無いだろと思う玲也。風奏の折った枝を持って、しなり具合を確かめていると、扉が開閉するような音が聞こえてきた。 なぜ、森の中で扉の開閉する音が聞こえるのだろうか。不思議に思う玲也は、周囲に目を配り始める。 音が聞こえてきたのは、玲也たちが立っている場所の右手側。古い、と一言で感想を言い表せてしまう小屋が、そこに立っていた。扉は、どうやら風で開閉していたようだ。今も、閉まったはずなのに、再び開いて、また閉じようとしている。 「あそこで休んでいこう」 小屋に向かって歩き始める玲也に、風奏は疑問を投げかけた。 「エネミーは、建物の中に入って来ないの?」 不安がる風奏の疑問は最も。 だが、心配することはない。建物の中には、エントラントの生存を把握するための電波は届いておらず、エネミーが自分から家の中に入ってくることは無いことになっている。が、それは、家から出た時に、外にエネミーが居なければの話。そこで自分の姿が見つかってしまった場合には、話が別になる。 その場合に、建物の中に戻れたとしても、エネミーは家に入る権利を得てしまうのだ。 対処の仕方とすれば、ドアを開く前に、辺りのエネミーの動きは、入念的に調べることだろう。窓から覗き見るくらいなら、エネミーに気付かれることはないが、死角になっている部分にエネミーが居た場合はどうすることもできない。 まとめれば、建物の中は非常に安全でもあるし、一度入れば出ることができなくなってしまう閉鎖空間でもあるということだ。 「大丈夫だ。少し準備をするから、風奏は先に入っていてくれ。エネミーが来たら、すぐに知らせるから」 玲也の頼みに、いつまでも不安な顔をしているわけにはいかないと頷く風奏。小屋の中に入っていくのを見届け、玲也は鞄の中から数十枚の、手の平サイズの大きめな鏡を取り出した。 出した鏡を、持ってきた針金に一周に渡って巻きつけ、小屋の窓から見える距離で木にくくりつけていく。全十枚の鏡は、小屋を取り囲むようにして取り付けられた。 本来は、このような防御体制を敷くために持ってきたものではない。狭くて、物が密集した場所でエネミーと遭遇した時、死角になる場所に他のエネミーが居たらまずいだろうからと、周囲の様子を調べるために持ってきたものだ。いや、現実に、自分たちの身を守ってくれる物なのだから、ここで使うのは、間違いでは無いのだ。 して、全ての準備は整った。できれば、鈴も設置したいのだが、持ってきていない。万が一に持ってきていたとしたら、設置するよりも前に、鈴の音につられて来たエネミーに狙われる。 エネミーは、五感全てを使ってエントラントを捕まえろと、ストランでは規定されている。多少の物音でも、聞こえたのなら見つかることは必死。但し、流れた音がエントラントを介しているものではないと判断できれば、狙われることもない。物の設置作業も同様。姿を見られなければ、防衛手段は豊富にすることができるが、姿を見られれば、どんなに設置しようとも、意味がない。 かなりシビアな世界だとは思うが、ストランのルールを再現した世界は、シビア以前に、生きるか死ぬかの二択なのが現状だった。一枚の鏡を設置する動作でも、周囲に気を巡らせて、いつでも逃げられるようにしておかなければならない。 次第に、夜が明けてくる。眠気もピークに達している玲也は、体をさっさと休めたかった。 それにきっと、体を震わせながら待っている風奏も、一人で待つのは、我慢の限界のはずだ。 降ろしていた鞄を拾い上げて、小屋に向かって歩く。なんとか見つからずに済んだと、ふと、一枚の鏡を見たときだった。 物事は、全て上手くいかないことを、玲也はここで思い知るのだ。 (……エネミーが、来ている?) 鏡に、明らかに人では無い者が湖から小屋へと登ってくる様子が写されていた。湖で釣りをしていた人たちは、どこに行ったのだろうか。鏡を見る限りは、姿がどこにもない。 下から登ってくるエネミーは、先に追われていたエネミーと違い、形状に違和感があった。 赤色の煙状のようなものに纏われている外面、体の大きさは玲也と変わらない。一般人と同じくらいのサイズだった。靄がかかっているように揺れる手には、槍のような、赤い煙に包まれた長い棒が握られている。 黒いエネミーは、体の大きさと桁違いの力はあるが、何も考えていないようだった。加えて、月明かりが首元に当たっても、目や口と呼べるものは見えなかった。一方で、赤いエネミーは人間の形を再現しているように見える。 鏡に写る赤いエネミーの目。あろうことか、玲也の設置していた鏡を見ていたのだ。つまり、玲也と赤いエネミーは、出会ってしまったことになる。 これは、小屋に戻っても間に合わない距離。風奏に出てこないようにと伝え、自分は走って逃げるしか生きる道がない。 走り出し、小屋の裏に回って、横開き式の窓を叩く。 すると、中でぱたぱたと駆ける音が聞こえてきた。窓の鍵を開ける音が聞こえ、風奏がゆっくりと顔を出す。 「ど、どうしたの」 小声で話す風奏に感謝したいと思うが、時間がない。 カードとチップ一枚だけを取り出した鞄を風奏に渡し、こう話した。 「エネミーが近付いてきている。多分、もう勘付かれているはずだ。今から風奏が出てきたら、風奏まで捕まってしまうかもしれない。渡した鞄の中の食料は全て食っていい。後、窓から見えるように回りに設置した鏡があれば、エネミーの様子を探りつつ、食料的に、六日は凌げるはずだ。生き延びてくれよ……また会おう」 ちょっと待って、と言いかけた風奏は、強く口を結んだ。玲也の覚悟を知り、自分を信じてくれているのだ。弱い姿を見せてはいけない。 右手の親指を上げて、泣きそうな顔で頷いた風奏。すぐに窓を閉めて、小屋の中に戻る。玲也は一つ、すまないと、風に流されて消えてしまいそうになる声量で口にし、小屋から離れていく。 赤いエネミーが登りきった。やはり、玲也の方に向かってきているようだ。足が遅いのは助かるが、色によって性能が変わるのかどうかが気になる。 (赤いエネミーには、チップが通用するのか? 風奏に一枚渡したから、これを使えば手持ちのチップは尽きる) 手の中にあるチップを握り締めて、木々をかわし、前へと進む玲也。時々、後ろを向いては、赤いエネミーの動きを確認している。 さて、どうしたものか。ひたすらに逃げても、生存を確認出来ないエリアに入るまでは、エネミーは継続して追い続けてくる。後は、天命を待つのみか。 走っていると、ぬかるみに足を取られ、転倒してしまった。どうして、こんなジャングルにぬかるみがあるのかと思えば、そこは、日が当たらない場所だからだと推測する玲也。以前にも雨が降り、土が濡れていたのか。たとえ晴れていたとしても、高い木によって、水気が飛ばなかったのだろう。 足が完全にはまってしまい、どんなに動かしても、一向に動けない。更に追いついてきた赤いエネミーが、玲也から数十メートルの距離に達し、じわりじわりと間隔を狭めてきていた。 「仕方ない……」 また、チップを消費する。もうこれ以上は使えない。 しかし、チップに触れたはずのエネミーは、石にならずに姿を変えた。見覚えのある黒い影に包まれていき、多少ではあるが、全身の大きさと持っている棒が剣に変わった。遅かった足も、素早くなり、玲也に向かって剣を構える。いつでもお前は切れるとでも言いたげな様子で、剣先を玲也の頭上に合わせて振り上げるエネミー。 死ぬ寸前は、走馬灯と呼ばれる症状に見舞われると言われるが、玲也はまだ、自分の死を認めようとはしていない。頭の中で巡るのは、過去の記憶では無く、否定の二文字だ。 (死ぬのか? こんなところで? 何もできずに? 嫌だ? 嫌だ! 嫌だ!?) 狂ったように、心が乱れる。目も血走り、冷静に物事が考えられなくなる。 すると、不思議なことが起きた。 突如、ポケットの中から、光の粒のようなものが放出される。『ゼロ』のカードが原因しているのか、取り出してみる玲也。 『ゼロ』を見た途端にケースが割れて、粒子を放出し続けるカードは、光に包まれて、形を変えた。 「これは……剣か?」 光が薄れていき、やがて消えた。手に残ったのは、重量感のある、一本の黒い剣。さっきまで持っていた『ゼロ』は、どこに消えたのだろうか。剣幅が狭く、刀にも見える剣以外に、手に持っている物が無い。 まさか、『ゼロ』が剣になったとでも言うのだろうか、いや、そんなことはない。などと、頭の中で争いをするよりも前に、混紡を振り下ろしてきたエネミーの対処が先だ。 鞘から剣を引き抜き、抜剣。勢いを維持したまま、横に振る。足に力が入らないせいか、勢いが無い。腕の力だけでは流石に、限界がある。 もっと力があればと高望みした。すると、どうだろうか。剣を振る動作をした瞬間から、衝撃波のようなものが飛び出て、数十メートル先にある木と共に、エネミーを一閃したのだ。 切り口を見る気は無かったが、目に入ったのだからしょうがない。エネミーの腹部と思われる場所には、何も入っておらず、見えているのは黒々しい闇だけだった。 「倒せ、た? エネミーって、倒して良かったのか?」 剣がもたらした斬撃の破壊力にも驚いているが、エネミーを倒してしまったことに、不安を感じている。 もしかしたら、倒されたことを察知して、他のエネミーが襲ってくるのでは無いだろうか。 そう、予測は外れてくれなかった。玲也の思う通りに、エネミーが集まってくる。赤と黒のエネミーが、視界いっぱいに広がる。 一体、どこから湧いてきた。疑問が尽きないエネミーの存在。それを探ろうにも、答えを教えてくれる誰かはここには、いない。 一個小隊はありそうなエネミーの物量に、再び剣を振ろうとする玲也。一回振るう度に、軋む腕は、あと何回振れるだろうか。 剣先をエネミーに向ける。振り上げた腕は振動してしまい、思うように振り下ろせない。 まぐれにも、斬撃の攻撃範囲が広いため、当たることは当たる。最初に迫ってきた十対のエネミーは倒した。はずなのに、数が増えているのか、何度振ろうと視界に映るエネミーの数に変化が見られない。数回振った時点、腕が悲鳴を上げて、剣を持つ手が地面に落ちる。腕が重さに耐えられなくなったのだ。希望が見えたと思ったのに、もう絶望が来るのか。いっそのこと、ここで終わった方が楽なのかもしれない。 ――その時だった。 「持ちこたえてください玲也!!」 暖かくて、優しい声。まさか、最後に聞いた声が妹の声ではなくて、アリスの声だとは思わなかった。 声は、上から聞こえてきた。天国へと連れて行ってくれるのか。見上げると、一気に意識が戻ってくる。 空に、白銀の髪をなびかせて、黒と赤のドレスを優雅に舞わせるアリスが居たからだ。精一杯に叫んで、声を玲也に届けているのが分かる。 木の枝に立ち、心配そうにこちらを見ているアリスの元へと行きたいが、衰えを知らないエネミーの進行に、状況は絶望的。とは言え、アリスの無事が分かったことに安心したのか、もう一閃ぐらいの力は出た。ぬかるみに沈んでいく、剣を掴んだままの右腕を握った。空いた左手に力を込めて、手を力いっぱいに引き上げる。 手と一緒に上へと振り上げられた剣は、ゆっくりと前へ、振られた――。 意識が朦朧とする。 今までの出来事は全て夢で、明日になれば、心地よい朝が待っている。そんな風に思っていたこともあった。 溜まっていた疲労と、動こうにも動けない体に降り注ぐ朝日は、紛れもない事実で。明日は既に来ていた。 木製のベッドに今は体を寝かされて、看病を受けている今の状況が掴めていない玲也。側に立つ二人を見て、息を飲む。 「こりゃ、覚醒しているな」 いつ抜き出したのか、持っていたはずの『ゼロ』のカードが見える。二人は、『ゼロ』を指して会話をしているみたいで、話している内容を理解することは難しそうだった。 「覚醒……」 病室と似たり寄ったりのそこには、レターケースに詰め込まれた薬剤や包帯の類が見えていた。玲也の体にも、包帯がぐるぐる巻いてあり、正直に言えば、これで治るのかと聞いて頷ける人は少ないと思う。それぐらいに、やり方が下手だった。ただ、体を案じて介抱してくれたことには感謝したい。 聞き覚えのある声。聞こえてきた声の一つは、アリスのものに違いない。もう一つは、医師の方だろうか。声を聞く限り、かなり年老いているみたいだ。 体は動きそうに無いが、声は出るみたいだ。アリス、と久しぶりの発声。二人は、玲也の方を見て、起きていることに気が付いた。 「起きたか。もう少し調べたかったが、アリスの方が先かのう?」 「うん、ちょっと席を外して」 茶化すように聞いたはずなのに、照れもせずに頷くアリス。つまらないのうと一言を残して去る医師の言葉を、理解できなかったと首を傾げた。 さすがの玲也でも理解できていたが、気になっているアリスに説明して、納得したとする。 結果的に矛先が自分に向けられてしまうのではないかと思ったが、このまま謎めかしたままにしておくのも気にかかるため、一応、説明してみる。 「医師が言いたかったのは、二人きりになれる空間を作ってあげたって、ことだ」 「なるほ……え?」 納得しかけたアリスは、いや、待ってくださいと口に出しながら、慌てふためいている。しばらく眺めているのも面白いかもしれないが、それよりも聞きたいことが山積みだった。 「質問したい。どの程度答えられる?」 「それは、内容を聞いてから考えることにする」 アリスの言葉を答えと受け取った玲也は、一つ一つ。質疑応答を繰り返す。 まずは、船の中で眠らされてからどうしてこのような場所に来ているのかについてだ。それは、異様な力が働いたから、らしい。何も知らなければ、意味が分からない理由にしかならない。つまり、チップがもたらした事象。『ゼロ』のカードが剣になったり、剣から物凄い力が出たり。色々あったから、アリスの言いたいことが分かった。 次に、ストランは現在も通常通りに進められているのかについてだ。生き残っても、賞金が手に入らないのでは、これ以上の参加は無意味である。それについては、アリスも分かり兼ねているようだ。スポンサーがどこにいるのかも分からず、この世界の広さと規模も正確ではない。 最後は、自分を助けてくれたここはどういう場所なのかについてだ。意識して見ていなかったからかもしれない。見回してみると、玲也の寝ているベッドのすぐ近くに、他のベッドが患者用に数席あるのが分かる。アリスも一緒に玲也の目と同じ動きをすると、納得したように、職員が使っているのか、教科書やノートが置かれている席を見た。 「そうですね。覚醒しているのであれば、戦力になるかもしれません。付いてきてもらった方が早いです。立てますか?」 「ああ、松葉杖があるから、動けそうだ」 ベッドから降りて、ふらついてしまう体。支えるように側に来たアリスに、大丈夫だ、と首を横に振って制した。花瓶が置かれた台に立てかけてある松葉杖を手に取り、玲也は立つ。 ぎこちない足取りの玲也をアリスが先導して歩いた。 病室の外に出てみて分かる。窓から見える一帯の森。大きな建物が幾つかあるここは、学校であった。 電気は微量ではあるが、流れているみたいで、蛍光灯がほのかに点灯している。校舎内はぼろぼろで、いつ崩れてもおかしくない作りになっているみたいだが、壁のヒビや割れ目を見る限り、長年つかってきたことによる老朽化と言った方が正しいのかもしれない。 景色に気を取られていたから、目の前を歩くアリスが立ち止まっているのに気付くのが遅れた。 「玲也、すいませんでした」 「ど、どうした、急に?」 アリスが謝った理由が分からない。真意を聞こうにも、答えてくれなかった。 なんだよ、と悪態をついて、一向に動こうとしないアリスの前にある、教室らしき場所に入るための扉を見る。同時に、目的地に着いたことを悟った。それからアリスは扉を三回ノックして、開けた。 眼前にした風景に唖然とする。部屋の作りは確かに教室そのものだ。なのに、あるはずの机や椅子はどこにも無い。どうやら今は撤去され、怪我人や、女子供を救助するための避難所として使われているようだ。 避難所の中に入ったアリスは、窓際にいた、車椅子に座って空を眺める人に声をかける。入口で、入っていいものかと戸惑っている玲也に、車椅子に座る人は視点を空から玲也に移して、手招きをした。 「入ればいい。ここは、そういう場所だからね」 その人の呼びかけに、健康体である自分の場違いな感じが否めない。しかし、中に入らなければ、会話ができない。玲也は中に入り、窓際に近寄った。 近くまで来て分かったが、どうやら、その人は足を無くしているようで、リモコン操作で動く車椅子に乗っているようだ。大人しそうな様子で、玲也のつま先から頭のてっぺんまでをじっくりと見て一言、「体は丈夫そうだね」と、アリスに告げて、アリスは深く頭を下げた。 「これは、どういうことだ?」 これ。その言葉が、他の人たちを指していることにいち早く気付いたその人。いや、少年と呼んでも良いのかもしれない。そのくらいに、少年の見た目は幼かった。 しばらくの空白があった。何から話せば良いのか迷っているようにも見えるし、いつでも話せることだから、という余裕も感じられる。 「この人たちは、エネミーに襲われてしまったエントラントだよ。ここでは、逃げ延びてきた人たちの収容を行っている。この教室以外の教室にも、数百名のエントラントが治療を受けている」 「安全地帯なのか、この学校は?」 生存を確認できなくさせる錯乱エリア。エントラントたちにはオアシスのような場所で、特定しようにも、目では分からない。どうやって判断するかについては、専用端末を見れば分か ることなのだが、今回は支給が無しにゲームが始められているため、確認をする術がない。 少年は、人差し指を一本上げて、なぞなぞを出す子供のように、玲也に尋ねた。 「専用端末もない。スタッフも、この建物にはアリス以外に誰もいないし、アリスは詳しいことを何も知らない。知っているのは、僕だけだ。かなり、重要なヒントを与えたつもりだよ。後は考えてみるだけだ」 薄々感じていた。声も、体の大きさも全く違うし、足も無い。だけど、こんなにもストランの事情を知っていて、何より、アリスが頭を下げる程に慕っているのだ。 玲也は、初めから用意されていた解答通りに答えを言わなければならない。 にこっと、少年は微笑み。アリスは玲也を見つめている。 早く言えば楽になると言いたげな少年と、心配そうな表情がうかがえるアリスに、答えを、言ってみた。 「お前、スポンサーなのか?」 「正解。だけど、満点では無いね。僕は、スポンサーの記憶から作られたクローン。と言って、クローンと味気なく呼ぶのは止めてくれよ。名前は、漣(さざなみ)ってことにしておこう。僕に、スポンサーの記憶が宿っているのなら、本体は、心を失くしたロボットってところかな」 玲也の解答に拍手で答え、ついでに自己紹介を済ませる漣。ここで、患者服ではあるが胸倉を掴んで、勢いに任せて殴っても良かった。ただ、そうしたところで、アリスが止めるだろうし、何も解決しないことも分かっているのに、やるせない思いをどこにぶつけたらいいのか分からない玲也。 「君たちにしてもらいたいのは、本体を止めて、ストランパートを終わらせることさ。前の挑戦者も失敗して、エネミーになってさまよっているから。君たちの前に立ちはだかると思うよ。きっと」 「自分で開催しておいて、ストランを止めてくれ、だと? エントラントがエネミーになってさまよう? あれは、化け物じゃないのか? テレビで見たストランとは随分と印象が違うよな、エネミーだけじゃなくて、ストランそのものが」 何故、自分で開催したはずなのに、玲也たちエントラントにストランを止めてくれと頼んでいるのか。エントラントがどうしてエネミーになってさまようのか。分からないことだらけのストランについて、漣に問い詰めているはずなのに、至って楽しそうに返事を返すのだ。とても気味が悪いし、エネミーになってしまった人は報われない。 「百回目のストランの時から、スポンサーの様子が変だと思っていたのが、ストランを終わらせる計画が始められたのは。このストランには、スポンサーが三人居る。初代スポンサーのことは知らないけれど、とにかく長く続いている。その一人のスポンサーのクローンが僕だ」 一度、息継ぎ。すぐに会話を再開される漣に無理をするなと言いたい玲也であるが、答えを知るために、頑張ってもらわなくてはならない。 「で、他の二人は普通にサバイバルゲームとしてのルールに則り、ゲームを進めていた。でも、僕の本体は、新しいことがしたいと二人に投げかけていたのに、二人は、このままで良いと頑なに否定した。聞き入れてもらえなかったってことね。僕の本体は狂ってしまったのか、二人を倒して、忠実なコピーを二体作り。倒された二人は、僕を作った。最初から、保険を用意していたのかも……ごほっ、ごほっ!!」 話し終わり際、咳き込む漣。長時間、言葉を話すことはできないのか、呼吸が荒い。大丈夫かと尋ねて、大丈夫と手を前に出しながら、すぐに持ち直した。 「ふぅ。それで、二人は僕に本体を止めてくれと頼んだ。ストランを終わらせてくれ、ともね。参加したエントラントを無作為にエネミーと変えて、一生さまよわせる屍にさせないようにと。さて、次の説明は……エネミーか。エネミーはね。元々はエントラントで構築されているのさ。配られたカード――スペルカードによって、存在を支配されてね。使い方を間違えれば、誰でもエネミーになる。エネミーにカードを奪われたときも同様だ。ストランは、敗北した者の生死は問わない。となれば、人件費の削減をするべきだよね?」 辛そうに話している漣には申し訳ないが、人をモルモットみたいに扱っている物言いには、人としての何かが欠けていると思った。 当然だ。先の説明から、漣には心が無いと知っている。あるのは、スポンサーの記憶と弱々しい体だけだ。 「じゃあ、色の違うエネミーの意味は? 赤は人と同じくらいの大きさで、黒は化け物のようにでかいよな?」 「レッドとブラックで位分けをしているエネミーのことだね。ストランは、エネミーへと変えられた人は、変えられた時間によって色分けされる。朝にエネミーに変えられれば、レッド。レッドは人並みの大きさで、力は大して無いけれど、頭を使うエネミー。夜にエネミーに変えられたのなら、ブラック。ブラックは、頭は使えないが、力はあるエネミー。朝と夜で色分ける理由はね。エントラントに、一切の油断を与えないためだよ」 油断を与えない。徹底的にエントラントを追い詰めたいのだろうか。玲也にしてみれば、森の中で安心して眠れるやつの方が少ないと思う。もちろん、風奏は除く。 「スペルカードはね。エントラントの恐怖心によって作用するカード。だから、二種類のエネミーで、恐怖心を煽るのさ」 下衆の笑み。しかし、下衆のように見えているのは玲也だけで、漣にはそのつもりが無いのだから、これまた辛い。 質問するたびに、胸糞悪い内容になっていくストランの事実を知って、こんなゲームに参加しなければ良かったと、後悔している。 アリスに、一発で良いから、こいつを殴ってもいいかなと目配せをしてみる。が、案の定、アリスは駄目ですと口を動かした。 「テレビでのストランは、表の姿さ。本来は、スペルカードに耐えられる人間かどうかを品定めするためのゲーム。いや、実験。だね」 人に対して、不等な扱いを続ける漣の言葉に、歯を食いしばることで受け止めている玲也。 「スペルカードって、これのことだよな」 廊下で歩いていた途中に、アリスに返してもらった『ゼロ』のカードを見る。漣は頷いて、こちらの切り札が『ゼロ』なのだと続けた。 「オリジナルナンバー『ゼロ』。これには、ストランパートを止めるための鍵が備わっている」 鍵と言われて、腕を組んで考える玲也。手に持つ『ゼロ』には、鍵の代わりをする何かがあるということらしいが、どこにあるのか見当もつかない。 「鍵の形は分からないけれど、玲也君の場合は、剣になったのではないかね?」 漣の言葉に、あれのことかと、納得して頷いた。 「あの剣のことか。今は、何をやっても剣にならないけど」 カードを持つ腕に力を込める玲也。廊下で歩いているときも試していた。が、挑戦しても、何も起きないし、虚しくなるだけだった。 「では、私がしてみましょう」 漣の隣に居たアリスが、手に持ったポーチから、『ワン』のカードを取り出した。目を閉じると、『ワン』のカードから、眩い光の粒が溢れ出した。 こんなところで、と漣は溜め息をつく。他の人に迷惑がかからないのか不思議だったが、回りを見ても、気に止めようとするエントラントは皆無である。 眩い程の光。この輝きが見えるのは、ここにいる玲也と漣とアリスの三人だけだった。 光が次第に減っていき、輝きがアリスの手の中で消えた。目を隠していた腕を退けて、アリスの手に握られていた物を見る。一枚のコイン。ストランで使っているチップとは違い、表には太陽、裏には月と思われる絵が描かれていた。 てっきり、刃物か鈍器が出てくるものかと思って、驚く用意をしていた玲也。予想打にしていなかったコインの出現に何も言えなくなる。 「そう。玲也の場合は剣でしたね。全てのエントラントが持つスペルカードが、覚醒できるものである訳ではありません。覚醒できるかどうかについては、確率の問題らしいのです。して、私の場合はコイン。見た目は、普通のコインですが、もちろん、普通のコインではありません。証明するためには、玲也に協力して頂かなければならないのですが、宜しいですか?」 「え? ああ、俺にできることなら何でも……これは?」 アリスが、一つの手鏡を渡してきた。渡されてから、どうすればいいのか。とりあえず覗いてみろと言わんばかりに玲也を見つめるアリスと漣。二人の威圧に耐え切れなくなった玲也は、仕方無しに鏡を覗いてみて、あることに気付いた。太字のペンを用いたのか、玲也の額に漢数字の一が書かれていたのだ。 嘘だと言って欲しかったのに、意地が悪いのか、回りのエントラントも含めて、玲也をちらっと見ては笑っていた。いつの間に書かれたのかと、額に手を当てるようにして隠す玲也に、アリスは嘲笑する。 「ですから、廊下で言ったではありませんか。『すいません』、と」 ここまでの伏線だったのか。用意周到に練られたアリスの悪戯に、してやられたと仕返しの準備をする。だが、鞄は風奏に渡していたから、何も持っていない。仕返しをするなら、次回にしようと決意する玲也。 「ってか、これ寝ているときに書いたよな? コインと何も関係ないじゃないか」 「そうですね。じゃあ、私がコイントスをしますので、した後にもう一度鏡で自分の額を見てください」 コイントス。宙に上がったコインが、アリスの手の甲に落ちる。開いてみると、月の絵が。 アリスのコインであれば、裏を指した。次は鏡を見ればいいはずだと、玲也は自分の顔を鏡で見る。 驚くべきことが、額の上で起きていた。 始めは漢数字で一と書かれていたのに、鏡に写る玲也の額には、英数字で一と書かれているのだ。横棒が縦棒になったと言った方が簡単なのかもしれない。ではなくて、どうして額で数字が動いているのかについて言及しなければいけないのだ。 「別に、『額に描かれた数字を動かす能力』。などではありませんよ? これは、タイムスリップと呼ばれるものです」 「なに!? テストの答えや入試の答えが丸分かりになるのか!」 「どうして学校にちなんだ物ばかりなのかは、追及しません。他にも、天気から、株価の変動まで丸分かりです」 素晴らしい能力だと思った玲也。先の先まで干渉が出来るなら、ボードゲームだって、連戦連勝のはずだ。 どうやって悪用しようかと空想を膨らます玲也に、アリスは咳払い。漣は二人のやり取りを楽しそうに眺めている。 「ですが、『前後一分の過去と未来にしか跳べません』。また、使ったら、再び一分経つまで使えません。」 すぐに思考回路を切り替える。回路の切り替えと言っても、単純にオンとオフの切り替えである。 「短いし、デメリットもあるのか。おい」 「天気も株価も、一分が重要なのですよ?」 「アリス君。スペルカードの能力は、ストランパートが用意した会場でしか使えないってことを先に言わないとまずいよ」 付け加えられた漣の言葉に、玲也はオフから一生動かないことを何かに誓った。とすれば、玲也の持つ『ゼロ』の、剣になる力もこの世界だけのものなのかと関連付けられる。 次々に育っていく我が家の周辺に伸びる邪魔な木を切るのに重宝すると思っていたのに、持ち帰れないのかと呟きながら、ショックを隠せないでいる玲也に、漣はやれやれと手を動かした。 「いや、持ち帰られたら困るよ。なにせ、能力を発動するための機材を壊してもらわなくちゃならないのだから」 「なにそれ」 何を言われても、疑問符しか飛び出さない玲也。話を進める漣は、無知な玲也を哀れんでいるのか、困っている姿を見て喜んでいるのか、不思議な表情をしていた。 喜怒哀楽が一つの顔で現されている。と言えば良いのか。とにかく、漣の表情は上手く読み取れない。 「本体であるスポンサーの待つ――ネバースリープ。眠ることを忘れてしまった楽園に咲く、『一輪の花』が、能力を発動するための機材だ。一輪の花を壊してさえくれれば、ストランは終わる。これ以上に、苦しむエントラントもいなくなる。君だって、苦しみに溺れる人を見るのは、嫌だろう?」 ストランはいつも、生き延びたエントラントに褒美を渡すシーンを映して、次回の予告をして終わるのが定番であった。その褒美を渡す場所が、ネバースリープなのだ。 苦しむエントラントがいなくなる。辺りの苦しむ人々を見て、苦しみが無くなるというのは、とても素敵な言葉だと思うし、正しいこと、とは思う。ストランを終わらせたいと望む漣の祈願も達成されるわけだ。 しかし、ストランを終わらせたら、妹の命はどうなる。 「俺は、妹を救うためにストランに参加している。妹の体を治すためには金が必要だ。ストランに生き残らなくちゃ、金は出ない」 他のエントラントたちも、何か目的があってストランに参加しているはずだ。まさか、本当に命をかけたサバイバルゲームだとは思ってもみなかったはずだ。 自分の考えを言った玲也。漣の表情に、曇りが見えた。 「知らないのか、君は」 「そりゃ、知らないことだらけだと思うぞ。見たものとは全く別物のゲームに参加させられているからな」 そうじゃないよ。小声で言った漣の言葉に、玲也は思わず聞き返した。 「え? なんだって?」 「そうじゃないって言ったのさ。君の妹君は、今頃、『君』に大事にされていると思う」 漣の声が震える。何を言っているのだろう。確かに、玲也は妹をとてつもなく大事にしている。この世の誰よりも、と言っても過言では無いくらいに。 ただ、今頃という表現は間違っていると思う。今、玲也はここに居るわけで、妹に会いにいくことができるのは玲也自身だけだ。 「僕は、スポンサーのクローンだってことは何度も言っているね? つまり、他のクローンも作ることが可能で、君が居た場所には、君の……」 「俺のクローンを作ったって!? そう言いたいわけかよ!」 教室の外にも響く怒号。両の手で漣の肩を掴む玲也。慌てたアリスが止めに入るが、抑えられるはずも、止められるはずも無い。突き飛ばしたアリスのことなど気にも止めず、何度も、何度も漣の体を揺らして、暴言に近い言葉を投げる。 隣の教室から他のエントラントたちが、何が起きたのかと急いで駆けつける。体の痛みを堪えて立ち上がるアリスとエントラントたち。共闘し、いつ暴れてもおかしくない玲也の体を取り押さえて、苦しそうな様子で玲也を見つめる漣から離れさせた。 「君は何をしている! 彼が、私たちをここに連れて来てくれた命の恩人なのだ!」 「命の恩人に怪我を負わす気なのか? ふざけるなよ、小僧」 動こうにも動けない玲也の目に写るのは、玲也に対しての嫌悪感だけであった。 自分は、何か間違っているのか。そもそもの元凶がここにいて、自分たちのクローンが自分たちの居場所に居着いてのうのうと暮らしていることに何も思わないやつが居て、何も言いたいことは無いのか。 だが、他のエントラントたちから見たら、真の悪は玲也の方らしい。 (そうか、分かった。もう何もしない。どこへでも連れて行ってくれ。俺の代わりをしていてくれるやつが居るのなら、そいつに任せた方が楽だ) 力を抜いた玲也。再び暴れださぬとは限らない、玲也を連行していくエントラントたち。絶望しきっている玲也の顔。アリスは何と声をかけたらいいのか分からずに、連れて行かれる玲也を黙って見ていることしか出来なかった。 芝生のように、グラウンド一面に生えた草は、比較的に健康なエントラントたちによって綺麗に刈られている。あれは、紛れ込んできたエネミーの偵察も兼ねているようだ。腰にある双眼鏡が目に入る。 外へと連れ出された玲也は、グラウンドに置かれている体育倉庫に閉じ込められた。暴れだした要注意人物を監視しておくのが目的らしい。 収監された日から、玲也は何もしなくなっていた。 エネミーに気を張って、一時も休めない生活をしていたからか、外に人が通るたびに体が反射的に動く。気にしすぎているのかもしれない。漣の話を聞いた限りでは、ここは、安全地帯であることが分かっている。気を緩めても大丈夫ではないか。誰に問いかける訳もなく、自問自答を行う日々に飽き飽きする。 衣類は、床に転がっていたものを使わせてもらう。シラミでも湧いてきそうな程に汚くもなく、一応は、洗濯されたものを置いてくれたみたいだ。 食料は、裏口にいつも置かれていた。形が悪いおにぎりだ。包帯と似たように、不器用で、苦手なのにきっと頑張って握ってくれていたのだ。 数日が経った頃の月夜の晩。玲也は久しぶりに他人に声をかけた。 「アリスだろ? 外に居るのは」 朝昼晩と聞こえる足音と気配。わざわざ、体育倉庫を一周回って校舎に戻っていく必要が無いのに、そのような面倒なことをするのは、自分のために、おにぎりを作ってくれているアリスくらいだ。 去ろうとした足音が止まり、再び裏口へと近付いてきた。足が止まると同時に、声が返ってくる。 「気付いていたのですか」 壁越しの会話。聞こえづらいが、話は出来る。腰を降ろして、背を扉に付ける玲也。 「当たり前だ。包帯のときからそうだ。アリスは不器用すぎるぞ」 「な、慣れないことをするのは、苦手なのです!」 多分、扉の向こう側での頬を膨らましているアリスを想像してみて、微笑ましく思えた玲也。 医者や炊事をしている人に、無理を言って、やらせて欲しいと頼みこむ姿も思い浮かべられる。分からないのは、なぜ、玲也に尽くしてくれているのか、だ。 「俺のために、慣れないことまでする理由はなんだ?」 「……放っておけないから、でしょうか。そう言う玲也は、裏口から出て行こうとしないのはなぜですか? 裏口なら、中から鍵の開閉ができますから、抜け出すチャンスなら、いくらでもあったはずですよね?」 「……放っておけないから、だろうな。ここにいる人たちが」 自分がこれから何をして、どうすれば良いのかは分かっていた。自分が頑張ることで、みんなのためになるのであれば、なおさらだ。 初めて感じる気持ちに困惑していた。妹のために。玲也が生きていく上で、大前提であった言葉が、今では薄くなっている気がする。クローン風情に、妹を託すのは死ぬほど嫌だが、悪い様にするわけではない。ストランを終わらせて戻ったら、クローンを殴って自分がそこに割り込めば良い。というか、本来は、玲也の居場所なのだから、割り込むのではなく、追い出してやるのだ。 結果的に、妹の病気は治らないことになる。しかし、一生を尽くして働いて、それで妹が治るのなら、すぐでなくても良い。時間がかかっても良いから、自分の力で助けてあげたいと思えた。 少しずつだけど、前へと進めている。狭い倉庫で、新たに出来た目標を果たすことに決心した玲也は立ち上がり、「頑張るぞー!」と、大声で叫んでいた。 表に回り。裏に馬鹿がいると、お腹を抱えて笑うアリスは、扉の背から立ち上がる。 「私は先に戻ります。玲也も、外の空気は吸うようにしてくださいね」 「分かったよ。アリスは、あまり肩に力入れすぎるな。後、おにぎりの中身。俺の生活が平凡以下だったとしても、毎日昆布じゃ飽きるぞ」 おにぎりの中身を確かめながらの批評に、「うるさいです」と、扉の向こうから聞こえたアリスの声。せっかく良い雰囲気だったのに、怒らせてしまったのか。急ぐことも無いのに、ぱたぱたと走り去ってしまう。 「俺、馬鹿だなぁ」 自分がどういう人間なのかを改めて理解したところで、空腹が満たされる。 アリスの忠告通り、扉を開けて外に出た。木々が無いためか、久しぶりに見た満月に、胸が高鳴るのを感じた。 月夜は、置いていってしまった風奏のことを思い出させる。ここに来てから、六日ほど経過している。渡した鞄の中に入れられた食料が、底を尽きる頃のはずだ。 まさか、エネミーに見つかってはいないかと、心配してみる。が、今はどこにいるのか分からない。一緒に行動してみて、風奏の運動能力は高かったし、体力もずば抜けていたことは認めている。認めているからこそ、生きていて欲しい。 「風奏……」 名を呟いても、風に流されて消えてしまう。 心地いい風から一転。強い風が玲也を抜けた。急に来た突風に目を背けて、遠くから見えるエネミーの軍勢を視界に捉えるのが遅れた。 「見つけたぁー!!」 背後からの飛び膝蹴り。玲也は蹴られた部分から背を分断し、くの字に曲がる体を維持して、地面に転がった。 月明かりに反射して煌くエナメル質の服。薄暗い闇の中でも一際目立っているライトブルーの髪。述べられた特徴に唯一該当しているやつを一人だけ、玲也は知っている。 「風奏!」 「いぇーい! 風奏参上!!」 ダブルピースで答える風奏のテンションは、はっきり言わせてもらうと、今の月夜に合わない。けれど、玲也には言葉では言い表せない程の喜びを隠せずにはいられなかった。 思わず、すかすかになってしまった鞄ごと、風奏を抱きしめる。 「よく、生きていてくれた」 「ぼく、強いから。玲也のくれた食料もあったし。さっき、終わっちゃったけど」 抱きしめられても、至って平然として、動じない風奏。グラウンドを進み続けるエネミーを見て、がっちりとホールドした玲也から、まるで風になるかのようにすり抜けて、側に立った。 「見て欲しいことがあるの!」 嬉しそうにはしゃぐ風奏は、胸ポケットから『ツー』のカードを取り出し、玲也に見せて、輝かせ始める。 光が消えると、カギ爪が備えられたグローブが、風奏の両手に装着されているのが分かった。 この時点で分かる。風奏も、覚醒していたのだ。 「ま、見えたとしたらの話だけどね」 音が轟いた。 風奏の姿は目の前から無くなり、代わって、形を持った風が、巨大なエネミー数体を宙に舞わせていたのだ。ドリルのように回転して進む風によって、次々と吹き飛ばされていくエネミー。玲也も、剣を出そうと念じても、出る気配がない。 もはや、グラウンドは風奏の独壇場になっている。地面をえぐりとるように駆ける風は、エネミーをもばらばらにしてしまう程、勢いを増していた。 数が半分以下になった頃、突如として風は納まり、玲也の前で停止した。風が解かれるように消え、中から出てきた風奏は、深く息を吸っている。 「ど、どうした? もう少しだろ?」 「だ、駄目なの。使用していられる時間があるみたいで、風になれるのは、二分くらいが限界だった。カギ爪は、そのまま出しておけるけどね」 アリスと同様に、時間制限がある能力。とても使いにくそうだけど、威力は凄まじいものだ。 能力は、『二分間の身体能力向上と音速を超える移動が可能』だろうか。 玲也も、早く剣を出して加勢したいのに、握った『ゼロ』のカードはうんともすんとも言わない。 風奏は、どうして玲也は使えないのかなと小首を傾げている。非常にギャフンと言わしてやりたい顔だったが、動かない『ゼロ』のカード。 「もっと、心を高めるの! 絶対に力を使ってやるぞって! ぼくも、逃げている途中に転んじゃって、怖い思いをしたら能力が使えたの!」 学校で先生に褒められたときの子供のように話す風奏。気付いていないかもしれないが、風奏の話したことは、凄いヒントだ。 以前に、玲也も剣を呼び出した時、死への恐怖心で『ゼロ』は答えた。それなら同じように、死に怖がれば、あのエネミーたちのことを恐れれば、能力は使えるはずだ。 恐怖。 強い恐怖。 まだ、足りない。 もっともっと、怖がれ。 エネミーのことを。 死ぬことを。 何かがこみ上げてくるのが分かった。自己嫌悪にも似た衝動。吐きたくなるような感覚。全てを受け止めて、玲也は迫るエネミーに、完全に恐怖する。 「来た!」 輝きだした『ゼロ』。光が消えて、黒い剣が目の前に現れる。前回は暗かったし、慌てていたから、剣の全貌をよく見ていなかった。じっと剣を見てみると、塚や刃の表面に、『ゼロ』のカードに刻まれていた鳥の羽を、模様として描いていることが分かる。 何が作用しているのか、浮かんでいる剣の柄を掴むと、忘れていた事のように、重力がかかる。ずっしりとした重みがある剣を、鞘から抜き放った。 状況は、非常に良い。視界を遮るものが無いこともその一つだが、力任せに剣を振ることができる腕に、支えるための足もある。 後は、剣を振るだけだ。 「うぉりやぁああ!」 声を荒上げて、エネミーが迫る方向へと剣を振る。何度も何度も、姿が見えなくなるまで。 振られる度に飛び出される衝撃波は、エネミーたちを貫いて突き進む。風奏は、何が起きているのか分からないまま、倒されていくエネミーを呆然と眺めた。 幾度に渡って、剣を振り続けたのか分からない。ただ、以前に追いかけ回されたことを思い出すと、手が止まらないのだ。喜びにも近い衝動。満たすために振られる刃。 突然、肩に手を置かれて、我に返る。振り向くと、悲しげな表情をした風奏が、首を横に振って前を指している。 前を向く玲也。風奏の表情の意味が分かった。動くものが、いなくなっていたのだ。これ以上、剣を振る必要はない。 安全だと確信したためか、気を抜く玲也。恐怖心を感じなくなったためか、剣も光と共に消えていき、『ゼロ』のカードが地面に落ちた。 カードを拾うと、懐中電灯に照らされるのが分かった。風奏と一緒に、光の方を向くと、校舎の方から数名のエントラントを引き連れてきたアリスが、歩いてきていた。 とても不機嫌そうに。 「アリス、さん? これはですね? エネミーが入ってきたために仕方なくやったことでして」 「……グラウンドを滅茶苦茶にしなければいけないほどに、手強い相手だったと? それにしては、軽快な笑い声が聞こえ、あまつさえ、ハグを交わす男女が見えたのですか。それは玲也ではないと?」 そう言えば、このグラウンドの芝生は、丁寧に整備されていたのを覚えている。アリスの目も、遠くからでは見えにくいが、絶対に笑っていない。 なのに、風奏は目をキラキラさせて、アリスを見ていた。 「あ、あの娘。なに!?」 玲也の腕を引っ張りながら、こめかみを妙に動かしているアリスの方を指す風奏。紹介しておくかと思い、スタッフと呼ばれるエントラントとはまた違ったポジションで、ストランに参加している人物であることを説明した。 「名前は、アリスって呼んでいる。ちなみに、今はこれみたいだから、近付かない方が良い」 「玲也。聞こえていますよ?」 両手の人差し指を上げて、頭の上に持っていった玲也の行動に、アリスの中で何かが切れた音がする。 頬を膨らまして、もう許しませんよと物語るアリスの気迫。対して玲也は、真っ向に立ち向かわずに、逃走を図るのだった。 逃げ出した玲也。アリスは完全に、頭に血が上った様子で、玲也を追いかける。 「ま、待ちなさい!」 「待てと言われて待つやつはいないぞ!」 「アリスちゃん待ってー!」 グラウンドの全面を使った鬼ごっこに、追う対象は違うが、風奏も参加。他のエントラントたちはおいてけぼりをくらい、どうすればいいのか分からずに、取り残されていた。 校庭から、うるさいくらいの馬鹿騒ぎと、笑い声が聞こえてくる。久方ぶりだった。こんなにも明るい景色を見ることができるのは。 校庭にいる三人の、微笑ましい(?)様子を屋上から眺める漣。 彼らなら大丈夫と。今度こそ大丈夫と。一人で、何かに願っていた。 「時間が、無いね。うっく……」 吐血。青白くて清潔にしていた患者服も、次第に赤く染められていく。それが、クローンで居られる時間が残り僅かであることを示していた。 最後の時は、ストランが終わる時。そう決めていたのに。先に自分が終わろうとは、考えもしない。 無理を言って、動かなくなったからと、切断した足の跡を撫でる。痛みは無かった。クローンだからかもしれないし、感覚が麻痺していたのかもしれない。 手も、ついに動かなくなっていた。ここへは、エントラントたちに運んできてもらった。 最後に、星空を見たいって欲を言っても良いじゃないか。空には、満天の星空。これも、スポンサーが作り出した空想の世界で無ければ、感動できたのかもしれない。 「彼らに、全てを託そう」 止めどない涙。感情。思い。何もかもが愛おしく感じた。 記憶だけだと思っていたこの体にも、少しだけではあるが、『心』が、入っていたらしい。 死ぬのは、怖い。何が待っているのか、分からない。だけど、分からないが怖いなら、人は、明日へと歩んではいけないと思う。 先が見えない、先が読めない明日があるから、新しいことができる。これからすることが全て分かってしまう世界に、関心は持てない。 「後は、頼むよ」 闇の中で、一際輝く満月。自分は死ぬのだ、漣は満月に話しかけようとした―― ――一人の少年の物語が、幕を閉じた。 校舎の裏にある、日が良く当たるスペース。数名のエントラントと玲也で、深い穴を掘っていた。 漣の死。鬼ごっこに夢中で、見届けられなかった死。アリスは悔しさに泣きじゃくり、風奏も、知らない人ではあったが、手を合わせてくれた。 スコップを持ち、漣の小さな体を穴へと埋める玲也。埋め切る寸前、漣が笑ったような気がした。いや、もともと漣はずっと笑っている。玲也も、長く一緒に居たわけではないが、漣の、人を馬鹿にした物言いは嫌いだったし、真面目な話をしているのに、笑っているところも嫌いだった。これでは、嫌いなところばかりでは無いだろうかと、埋められる最期まで思っていたが、死ぬほど嫌いではない。 木で作られた十字架を地面に挿している時に、ふと思い出した。漣の好きなところ。嘘偽りが無くて、豪快では無い笑い方にしろ、アリスが慕うのも、なんとなく分かる信頼感。惜しい人を亡くした、この言葉の意味が、やっと分かった瞬間だった。 悲しみに包まれる校舎。漣を埋め終えた玲也は、放送室を借りた。一つ咳払いをし、全ての教室に繋がれたスピーカーをオンにする。 『皆様も、既にご存知でしょうが、漣様は、早朝に亡くなられました。つきましては、皆様に、漣様へ、黙祷を捧げていただきたいのです。では……黙祷』 目を瞑る玲也。 他の教室の様子は分からない。全員による黙祷は、玲也の思いつきの行動であったし、怪我人は心の中で祈ってくれればいい。とにかく、漣がここまで生きていた事実を、みんなに覚えていて欲しかった。 『ありがとう、ございました』 マイクをオフにし、スピーカーへの接続を切った。誰も、玲也の行動に異を唱える者はいなかった。廊下を歩いていると、玲也に向けての感謝の声を良く耳にした。 玲也はその度に、複雑な思いに駆られる。あの放送は、感謝されるためにしたのではない。 漣のためだ。クローンという存在になってまでも、自分が犯した罪の意識を抱えて生きてきた可哀想な少年のためだ。 外に出て、玄関前で突っ立っているアリスに気付く。 晴れ渡る空を見上げて、何かに浸っているような気がした。横に立ち、こちらを見たアリスの、愁いに満ちた顔に自分がイメージする最高の笑顔で返す。 「ぷふっ、玲也には、敵いません」 よっぽど面白かったのか、玲也の顔を見るなり吹き出した。失礼な。と思いながらも、アリスを元気づけるためにしたのだから、間違いでは無いはずだ。 少しだけ、聞いてもらえますか。アリスは口を開いた。 「スポンサー、いえ、漣さんは、孤児だった私を拾ってくれた親だったのです。ですから、スペルカードのことや、玲也が『ゼロ』のカードを持っていることまで、知らされていたのです。それなのに、玲也を騙して、何も知らないスタッフのふりをして……船のことも、謝ります。あの手口は、毎度のことだったのです。参加したエントラントをああして、無理矢理に寝かした後に、開催地である、ここに連行する。逃げられなくさせるのが目的でした。エネミーになるか、ストランに勝利するかを確かめるために……」 気にするな、と返した玲也。万が一、船の中でスペルカードやらエネミーの正体やらを話されたらと考える。すぐに答えは出て、そんな訳のわからないものには、絶対に参加していなかったと思う玲也。だけど、今はちゃんとした目的を見つけて、ストランに参加している。 「漣さんに出会った頃は、泣いてばかりで、怖い人に連れて行かれると思っていたのですよ。今思えば、申し訳ない気持ちでいっぱいです。親孝行も、まともにしてあげられなかった」 よっぽど、悔しかったのだろう。子供が親を慕うのは当然のことだからだ。玲也も、自分の家族を思い出して、涙を飲み、またすぐに会えるさ、と口にした。 自分に対して告げた言葉のはずだった。勘違いではあったが、アリスにも響いたみたいで、何かを決心したかのように、うなずいた。 隣に居る玲也に向き直り、手を差し出したアリス。小さな手を見て、玲也はその手に、自分の手を重ねた。 「玲也。お願いがあります」 「いいぞ。何でも聞いてやる」 照れながら頭を掻いている玲也も、真剣な眼差しを向け、頬を赤らめているアリスも、分かっていたのだ。漣を本当に救うためには、ストランを終わらせるしかないことを。 「二人とも! 何やっているの!!」 元気な声。悲しみに包まれても、風奏はいつものように、笑顔のままだ。 ずっと外に居たのだろうか。グラウンドから走ってきた風奏は飛び上がり、玲也とアリスを抱きしめた。 「お、俺で良いのか? 初めてなのに?」 「玲也でなければ、頼めません。で、できれば、優しく……お願いします」 「どきどき」 柄にもなく、緊張している玲也。女の子の、初めて触る部分に、体の汗が絶えず流れる。 アリスは身構えて、いつでもできます、と目を瞑って待つ。風奏は、そんな二人を、手の指で顔を隠すようにしているが、わざと空けた指の隙間から、恥ずかしそうに眺めていた。 「どのくらいが、良い?」 「肩くらいで」 ハサミを、アリスのさらさらとした白色の髪に通し、切っていく。女の子の髪など、触った経験もないし、ましてや、散髪などもってのほかだ。 グラウンドのど真ん中で作業をする玲也と、作業されているアリスを、他のエントラントたちは仲睦まじそうに見ている。ギャラリーが一定量に達すると、アリスは急に立ち上がり「夕飯は抜きにしますよ、皆さん」と、人払いに使える魔法の呪文を唱えていた。 「どういう心境の変化だ?」 アリスのお願いとは、このとおり、髪を切って欲しいというものだった。自然であったため、気にはしていなかったが、まじまじと見る。腰まで伸びている髪は、切ったほうが良いと指摘できるくらい伸びていた。しかし、それは一つの個性であり、自分から変えていいものなのかと疑問に思う。 目を瞑りながら、アリスはこう話した。 「自分を変えるための変化は、心の変化だけでは無いと、示したいのかもしれません」 玲也は、アリスの心意気を察したのか、黙々と髪を切る。グラウンドに、白い髪がいくつも落ちていった。 ハサミを持つ手を変えては、左右のバランスを合わせ、綺麗に整っているだろうかと風奏にもチェックしてもらう。 「うん! 可愛いよ、アリス!」 数十回のチェックの末、親指を上げて、これなら大丈夫と風奏。ようやく、アリスの散髪が終わった。 椅子から立ち上がるアリス。持ってきた鏡を見て、少なくなってしまった髪に、違和感を抱いているようだが、すぐに首を横に振る。 「玲也、ありがとうございました。」 「おう。このくらい夕飯前だ」 ハサミから、箒とちりとりに持ち替えた玲也を見たアリスは、私がやりましょうと箒を玲也から取る。後始末は自分でつけたいのか、うなずいた玲也は、ちりとりを髪の毛の側に寄せると、既に髪の毛は無くなっていた。 風に飛ばされたのか、回りを見ても白髪の毛が飛んでいる様子が無いけれど。いや、犯人は分かっている。風奏がアリスの髪の毛の採取をしていたのだ。 アリスの汚らしいものを見るような目線が、風奏に突き刺さる。あれを食らったときは、玲也自身、身の危険を感じたものだと懐かしく思う。 「え、何? アリスの髪の毛を抱いて寝たら、よく眠れるかと思って」 とぼける風奏。アリスの手鏡を借りた玲也は、風奏の顔に向け、にやにやしている顔を写してあげた。同時に、アリスは持っていた箒で風奏を掃き始めた。 「ゴミはあなたの方ですね。早く掃除されてください」 「アリスさん! もっと、もっと強くお願いします!」 膝を地べたにつき、いざと構える風奏。いつから、このような変態になってしまったのだろう。時の流れとは恐ろしいものだとしみじみ思う玲也。 困った顔で助けを求めるアリスは、箒を投げ捨て、体育倉庫へと避難した。 「ダメダメ、足の速さでぼくに追いつけるわけないよ!」 光の放出。カギ爪を閉じたグローブを装着し、疾走。『ツー』の能力を使ってまでアリスを追う風奏の本気さはうかがえるが、アリスの方が一枚上手だ。 体育倉庫に入った風奏は、どこにも姿が見えないアリスを探しているはず。でも、アリスは箒を片手に握ったまま、玲也の隣に立っていた。 もう片方の手には、コインを持って。 「能力って、そう簡単に使っていいものなのか?」 「時と場合によるのです」 今がその時で、場合なのか。 体育倉庫の扉が力強く開けられる。トリックを見破ったのか、野生の勘なのか、風奏は玲也の背後で身を隠そうとするアリスを、視界に捉えた。 助けてと、服の裾を握られ、もう付き合いきれないと、持ってきた道具を片付けて、校舎の中に玲也は戻っていった。 体育館に、保護されている全てのエントラントたちを集めた。総勢百七名。携帯で残りの人数を調べようとしたが、通信機能が遮断されていた。スポンサーの手回しか、落ち着いて携帯を使える時が無かったから、電波の確認ができなかった。 エントラントたちを集めたのは、ばらばらに治療するよりも、一箇所に集めて行った方が、効率が良いとのアリスの判断だ。 漣がいなくなった現在。全責任と選択は、スタッフであるアリスに委ねられていた。 教壇を用意し、マイクもセットした。玲也と風奏、能力が使える数名のエントラントは、教壇に立つアリスの後ろに並んでいる。 情けない様子で、台に乗るアリス。台が無いと、マイクに背が届かないのだから、諦めて欲しい。心の中で我慢してくれと念じる玲也。 マイクのスイッチを入れ、アリスは、これからの計画を話し始める。 「漣さんが亡くなり、皆様は辛い思いをしていることでしょう。ですが、いつまでも、悲しみに浸っている余裕はありません。刻一刻と、エネミーに成り代わるエントラントは増えているはずです。漣さんは、私たちに頼みました。ストランを、止めてくれと。ならば、私たちはその意思に答えなければなりません。明日の早朝三時に、ここを出発。スポンサーの待つネバースリープへと奇襲をかけます。怪我を負われている、治療ができる皆様は、ここに残り、私たちの帰還を待っていてください。以上ですが、質問は?」 引き込まれるようなアリスの語り。ここにいるエントラント全員が、アリスの言葉に賛同した。 ついに、全面戦争をしかけようとしていることに、武者震いを起こす玲也。教官たちも、戦闘の前は、遠足前の小学生のようにわくわくして眠れなかったと、言っていた記憶がある。 自分も同じ経験をしました。カードに秘められた能力を使い、悪の根源であるスポンサーを倒したのですよ。と、教官に話している自分を思い浮かべて、後悔する。 語れない、無理だ。絶対に。語ってしまった場合は、笑われるか、酒のつまみにされるかの二択になるはずと断言できた玲也。 「玲也、大丈夫ですか?」 頭を抱えている玲也の前に、アリスが立つ。いつの間にか集会は終わり、エントラントたちは、各自の持ち場に戻っていった。 教壇に置かれていたコップ一杯の水。アリスは飲まずに、玲也へと渡した。ありがとうと伝え、飲み干した。 「悪いな。アリスも疲れているのに」 「私こそ、大丈夫です」 照れたように、外方を向いたアリス。どうしてそこで照れるのかは分からないが、真相を追及したら、余計に怒られそうだから控えたい。 水を飲んだら、安心したのか、眠気に見舞われる。手で欠伸を隠した玲也は、外に置いてある体育倉庫へと移動する。 「どこに行くのです?」 首を傾げるアリスに、玲也は逆に首を傾げたい。 「体育倉庫だろ? まだ俺、監禁例解かれていないし」 「担当者が新しくなれば、契約は無効です。玲也も、ここで一緒に休息をとってください」 アリスの命令。心配して言ってくれているのだろうなと、勝手に勘違いしてみる。 監禁が解かれたのなら、体育倉庫に行く意味も無くなる。とは言え、あの場所は、玲也にとって心が休まる場所になりかけていたためか、離れるのが寂しかった。 寂しい以外にも、理由はある。外を通る生き物の足音もよく聞こえ、気配もすぐに察知できる体育倉庫であれば、突然のエネミーの侵入にも対抗できる。つまり、番兵の役割だ。 そのことを伝えると、アリスは顎に手を当てて考え、とんでもないことを言い出した。 「私も、一緒に寝ましょう。玲也一人では心配です」 「一緒!?」 すっとんきょうな声。もちろん玲也も驚いているし、アリスは自分の言葉がどのような時に使われるのかを理解していないのは明確だ。 ただ、今の異様なまでの驚きと声は、風奏のものであった。 「い、一緒に寝るのなら、ぼくも良いですか」 いつの間にか、体育倉庫で寝ることが立候補制によって決められようとしている。とんでもない、危ないから、一人で良いと言葉を残して、玲也は足早に体育倉庫へと向かおうとした。 言い争う二人は、玲也が先に行ってしまっていることに気付いて、急いで後を追うと、後ろについた。 「風奏は外で寝ていてください。私は中で寝るので」 「それなら、アリスが外に出てくれればいいよ。んで、ぼくと二人で寝てくれればいいよ!」 決して譲ろうとしない風奏とアリス。どうでも良いと、前を歩く玲也。 しかし、まとまらないだろうこれじゃ、と自分でも何か納得のいく意見が無いかと模索してみる。そこで、一つの妙案を出してみた。 「俺がマットの上で寝る。アリスは更衣室で寝る。風奏は外で寝る。三人とも側には居ないが、体育倉庫で寝ているだろ? これでオッケーだよな?」 「腑に落ちませんが、そうしましょう」 「一番腑に落ちないのはぼくだよね!?」 一人だけで外に寝る。不遇な扱いに、風奏は猛抗議。どうしても無理かと同じ問いを玲也は繰り返す。そして同じように、無理と風奏は返す。 気が付けば外に居て、体育倉庫の前で騒いでいた三人。体育倉庫を開けて、置いてあった鞄から、ノートとペンを取り出す。 「嫌なら運に任せろ。あみだくらいは、さすがに知っているよな?」 もちろんと返事の代わりに、ペンとノートを奪い去り、三本の縦線を引いてから、一番上に名前。下には眠る場所を記して、破ったノートの切れ端で覆い隠す。 これなら公平であろう。アリスも参加する気満々であるから、心得ているのだと思う。 「まずは、俺から書かせてもらうぞ」 横棒を一本追加。アリスと風奏も同様に行い、くじ引きを始める。して、結果が出た。 玲也がマットの上で寝る。 アリスは更衣室で寝る。 風奏は外で寝る。 「神様ぁ!」 理不尽な運命に、風奏は抗っているようだ。そんな風奏に「運命も必然だ」と告げると、肩を落として、外に出て行った。 風奏の後ろ姿を、扉が閉まり切る時まで見つめるアリス。可哀想だという目を向けているに違いない。 確かに、か弱いかどうかはいざ知らず、これから先も、女の子を一人で外に寝かした男とレッテルを張られるのは、困る。 生きていく上では何も支障は無いはずなのに、心に残る虚しさは計り知れない。 「待て、風奏」 言い切るのとほぼ同着。待ちに待っていた、と反射的に扉が開き、中に戻った風奏はアリスの手を持ち、騎士のようにしゃがむ。 後は、流れ作業だった。アリスの手を引き寄せて、自分の腕の中に落とす。その腕を上げて、お姫様抱っこの姿勢を取り、更衣室に向かう風奏。 別れ際。玲也の方を見るアリスの目が、泣きそうであったのは言うまでもない。 「ま、エネミーに捕まるよりはマシだと思え」 絶望し切った顔。きっと、もう誰も信じないだろうなと思いながら、玲也は眠りに落ちたのだった――。 Act.2 2度と戻らない日々 ~Parallel logic~ ――太陽は、まだ登らない。 早朝三時を迎える前に、全エントラントがグラウンドに集合している。ネバースリープへと向かう部隊が列を作って並んでいたのだ。緊張に包まれる中、列に交じる玲也と風奏。 アリスは部隊の前に立つと、立てられたマイクを掴み、作戦説明を始めた。 「いよいよ、作戦決行の日となりました。時間も惜しいですので、ブリーフィングに入らせてもらいます。まず、ここ。第一拠点から、北西にある病院と思われる廃墟を押さえます。学校とほぼ似た環境で、視界も悪くない場所だと偵察部隊から報告がありました」 トランシーバーを見せながら、得意気に話すアリス。まさか、学校にトランシーバーが置かれているとは玲也自身、思いもしないことだった。しかも、箱は綺麗なままで、使っていたとしても数回。買われたままの状態で保管されていたと推測する。 「そこを第二拠点とし、北に進んだ地点が、スポンサーの待つ砦。ネバースリープになります。そこに実際に行ったことがあるのは、私を含めたスタッフのみ。ネバースリープがある地上には、シェルターのような入口があり、地下へと降りるためのエレベーターに乗ってもらいます。中には、無数のエネミーが潜み、且つ、スタッフもいます。同じ人間だからといって、攻撃してくるのであれば、容赦をしてはなりません。自分が危険な目に遭うだけです。私は、漣さんだけを信用しているので、スポンサーの手に落ちることはありません。いえ、ストランを終わらせなければなりません。また、これ以降の指揮をとりません。最前線に立ち、貴方々の回復に努めましょう」 マイクを置き、後ろに下がるアリス。 アリスは、一分前後に起きた、起きる事象を自在に変更できる能力を持つ。それは、自分だけではなく、他人にも及ぼすことが可能である。たとえ、大怪我をしたとしても、一分前であれば、その時点に戻すことができるのだ。但し、対象は一つのみで、使用した後は一分のタイムラグがある。 予告も無しに、指揮権を放棄したアリスに、動揺を隠せなくなる部隊。アリスは咳払いし、しばしの沈黙を促した。 いや、促す必要もない。自分たちよりも幼く、前に出てきた少年の姿に、沈黙するしかないのだから。 「……で、これから諸君らの指揮を取る――杉宮玲也だ」 軍人のように足を肩まで開き、手は後ろに組んで、胸を張った。その堂々とした姿。誰も、玲也では嫌だと言う者がいなかった。 ――二時間程前の話。 出発の準備のため、体育館で手伝いをしていた玲也。背後に気配を感じて振り向くと、手を肩に置こうとしていたアリスが、恥ずかしそうな目でこちらを見ていた。 「頼みごとか?」 「え? 何故分かったのです?」 驚いたアリス。超能力者ですかと続けたときに、俺もだしお前もだと告げた。 「アリスが俺を呼ぼうとするときは、決まって頼みごとだからな」 悪態に聞こえてしまったのか、面目ないとうつむくアリス。別に気にすることもないのにと、決まり文句を言い始める玲也も、頼まれることが嫌な人間では無かった。むしろ、願いを叶えることで、人が喜ぶ顔を見ることが好きなのだ。 アリスの頼みを聞くのも、これで何度目だろうか。あまりにも聞きすぎていたからなのか、最初の頼みが何だったのかさえ、思い出せなかった。 連れられるままに、玲也は寒空の下に出る。 二時間後には、この生活から脱するために、命を賭けて戦うのだ。戦争で散っていった過去の英雄たちも、こんな気持ちだったのか。 不安よりも、勝る期待。死に最も近い場所にいるのに、どうして興奮を覚えているのか分からない。 危ない思考を巡らしている玲也に、グラウンドの真ん中に来るまで口を開かなかったアリスは、振り向き様に言うのだった。 「指揮は、玲也に任せようかと思います」 いつものように、あれをしろ、これをしろと、似たり寄ったりの内容。ただ、難易度が高いし、突然すぎた。 返す言葉を思いつけない。とにかく、何故自分なのかは、聞いておかなければならない。 「どうして俺に? 適任なら、他の人たちがいるだろ?」 「私が玲也に頼んでいる意味を考えてください。漣さんは言っていました。玲也の持つ『ゼロ』は鍵である、と。詳しい話も聞けぬまま、漣さんは去ってしまいましたが……そうなると、玲也をネバースリープに送り届けることこそ。勝利に繋がるのだと、私は思うのです」 深紅の目が、玲也を捉えて離さない。そこまで信用して、頼ってくれているのなら、答えなければならない。 全力で。 「俺に任せろ」 自分に何ができるのかは、正直に言えば分からない。だけど、自分にしかできないと言ってくれているのだ。 人が生きていく上で、最高の褒め言葉ではないか。 頼りにしていますよと、微笑むアリスに背を向けて、心配するなと、玲也は手をひらひらと振ってみせた。 森の中に入る。 全方向から迫るエネミーに対応するため、米印と同じ形で隊列を組み、森を進む。 隊列の真ん中の地点。守られるようにして囲われる玲也は、ひたすらに周囲へ気を配っている。他の仕事として、物量戦になったときに、迫ってくるエネミーの相手をする。単純かもしれないが、一人でも欠ければ、この布陣をとる意味が無くなってしまうのだ。各個人の力を信用しているからこそ、この布陣を築けたと言える。 玲也のすぐ側には、アリスと風奏がいた。 風奏の機動力は、この部隊にいるエントラントで、郡を抜いていることは先の戦闘で分かりきっている。陣営が乱れれば、すぐに足りない人員のバックアップを。怪我をしたエントラントがいたなら、アリスも連れて移動し、回復に専念できるように守るのが風奏の役目だ。実際は、スタッフはエネミーには狙われないとルールが規定されていたのに、アリスの裏切りによって、ルール規定外のスタッフとして認識されてしまったのだ。 回りを囲むエントラントは、六名しかいないが、他のエントラントたちだって、個人の力はとても強い。更に能力の発動ができる者もいるため、心配はしていなかった。 隊の歩みが止まる。 ここから、エネミーに存在を識別されるエリアになる。注意しろ、との合図であった。 地図は、アリスが人数分にと作ってくれたものがある。 描かれていた、分かりやすさを追究して書いたと思われる絵。感想を言わせてもらおう。見るに絶えないものであった。と、言えるはずも無く。とりあえず、道が分かれば良いのだと、他のエントラント共々、暗黙の了解でうなずいた。風奏だけは、会議が終わる最後まで、絵の素晴らしさを称えていたようだが。 安全地帯を抜けた途端、森がざわめき始めるのが分かった。 ブラックとレッドが、木々の隙間から垣間見える。久しぶりに見たエネミーに、奇妙な懐かしさを覚える。 ただ、すぐに恐怖心が込み上げ、『ゼロ』のカードが輝きを見せた。 「戦闘開始! 列を乱さず、前進しながらエネミーに対処! 味方をフォローすることを忘れずに戦え!」 森に広がる玲也の命令。各地点で光の放出が始まり、戦闘を始めた。玲也も、黒い剣を手に取り、鞘から抜き放った。 列を乱すな。とは言ったが、難しい。戦いながら、自分の目指す方向を覚えるのは至難だ。とにかく、全員で辿り着くことを考え、各自に方位磁針を渡していた。これも、学校から拝借したものだ。 一体。また一体と。エネミーを切っては進む。 前に意識を集中しすぎた。左右からのレッドの突撃。二体とも、持っている武器は違っているみたいだ。何を持っているのかを確認する前に、風に飲まれた。 風奏の爆進。木をも削り取りながら進む風奏に、レッドであろうとブラックであろうと、止められない。 但し、風を纏える時間制限は二分。使ってからのタイムラグも二分。使い時を違えれば、自爆になりかねない。戦っているときは、我を忘れるものである。そのため、風奏には、十秒毎にアラームが鳴る時計を渡している。これは、玲也が買った懐中時計に付いていた機能で、時間の間隔を設定すれば、十秒であれば、十秒毎にアラームが鳴る優れ物だ。本来なら、妹にプレゼントするための土産の品にするつもりだった。しかし、今は、風奏に渡すのが適切だと思っていた。 時間が来たのか、能力を解除し、玲也の後ろについて走る。 「何回アラームは鳴った?」 「さっきので、五回目が鳴ったよ」 「め、目が回ります……うっぷ」 アラーム機能を一時的に止める風奏と風奏の背中で吐きそうにしているアリス。五回目なら、あと七回目でタイムアウトになるのか。アリスには、しばらくは風奏の背中で休んでもらうしかない。なら、玲也の出番になる。 アリスや風奏。他のエントラントと別離の能力を持つ『ゼロ』。時間制限が設けられておらず、いつでも能力が使える。 どうして『ゼロ』だけが、何の代償も失わずに能力を使えるのか。 風奏にも、アリスにさえも、話していないことがある――。 ――体育倉庫に監禁されていたとき。いや、あれは監禁では無かったことを知らされたのは、閉じ込められてからのことだ。 ある医者と共に、漣は玲也のいる体育倉庫に訪ねてきた。 「君の『ゼロ』を調べさせてもらった」 ハードケースが、体育座りで悲観的になっている玲也の前に投げられた。そう言えば、取られていたかなと、些細なことだと思いながら、再びうつむく。 こりゃ駄目だ、と医者は諦めた様子で、校舎に戻ってしまった。 漣は残り、玲也をじっと見て。頭に「独り言だから、聞かなくて良いよ」と告げて、語り始めた。 「ストランにはね。『ゼロ』というカードは存在していないとされてきた。しかし、最初から『ゼロ』は存在していた。ただ、エントラントではなくて、スタッフが所有できるカードとしてね」 黙り込む玲也。少なからず、自分には関係のある話であると分かっていた。体が微かに動き、反応してしまうのは、しょうがないことだ。 「今回は、異例だよ。エントラントが『ゼロ』を持つなんて。前は、どんなに強いエントラントでネバースリープへ攻め入ろうと、敵側の『ゼロ』で、エネミーに変えられて終わりだからね。だから、味方に『ゼロ』がいることが、とても心強い」 嬉しそうだった。よほど、これまで『ゼロ』に辛い目にあったのだろう。玲也を勇者のように崇めそうな勢いで褒め称える漣は、更に続けた。 「『ゼロ』は、時間制限を持たないスペルカード。じゃあ、『ゼロ』は何のためにあるのか? 他のカードはタイムリミットが付いているのに、『ゼロ』の力は何を支払っているのか、と思うよね?」 長い独り言だ。玲也の刺のある呟きは、さらりと流される。玲也自身にも、こんな冷たい言葉が出るとは思っていない。 「『ゼロ』は、力に溺れたエントラントを斬るためにあるのさ」 その先はこうだった。 『ゼロ』は、強大になったエントラントを倒すためにある、と。エントラントの中にも、エネミーになってしまうタイプと、ならないタイプに分けられている。スタッフは、そうならなかった者たちで構成されている者たちだと言った漣。 以前に、アリスに聞いたときは、バイトや、適当に募った人員だと説明された。それも、嘘だったのか。しかし、聞いている限り、漣はアリスに隠し事をしているようであった。つまり、スタッフの構成は、アリスも知らないことなのだ。 『ゼロ』の放つ衝撃波についても説明された。剣を動かした振動を数倍に膨れ上がらせて放つ衝撃波。エネミーを斬るために特化した武器かと思っていたのだが、実際はかなり違う。 他のエントラント、スタッフを含めて。『ゼロ』には、スペルカードを持つ者を斬ることによって、能力を永久的に停止させることができると漣。但し、エネミーになることは回避できないし、応急処置ではなくて、安楽死を告げる医者のようなものが、『ゼロ』になる。 「次は、『ゼロ』が何を支払っているのかについてだね」 ここまでは、普通に話せていたのに、急に話しにくそうにしてしまう漣。別に聞いていないと素振りを見せる玲也だが、漣の話を聞いていることを見抜かれていることに、全く気付いていない。 咳払い。話してもいいかなと尋ねてきた漣に、思わずうなずいてしまったから、後悔するしかない。 良いから早く話せと、小声ではあるが、やけを起こしたかのように聞いた玲也に、漣は話す。 「玲也君。昔のことは、どのくらい思い出せる?」 また、なぞなぞか。答えなければ教えてくれないだろうなと思った玲也は、妹の病気のこと。家族との思い出。教官、同僚のこと。何もかもを思い出そうとしてみる。 ところが、奇妙なことに名前や顔、したことされたことを思い出せないのだ。 「言い方が難しいな。些細なことなら割と思い出せるけど、自分が行ったことやされたこと。具体的なものが思い出せない」 漣はうなずいた。正解だと言わんばかりに。 「分かったかもしれないけど、『ゼロ』の力の源は、記憶や、思い出だよ」 そうだったのか。衝撃的な事実のはずなのに、玲也はあっさりと受け止めていた。妹を思って、ストランに参加していた思いが薄れてきたのは、『ゼロ』の仕業だったのか。 そこから、『ゼロ』のカードを破ってやろうとか、燃やしてやろうとか。野蛮な考えは起きない。自分がカードに選ばれた時から、決まっていたことなのだと、運命的に受け止めていた。 一つ、聞きたいことがあった。 「俺には、何ができる? この力で、何ができる?」 「ストランを、止めてくれ」 ずっと言われ続けてきたことを、再び告げられる。車椅子に背を預けながら、深々と頭を下げる漣。必死さは、痛いほどに伝わってきた。 ならば、もう一つ、聞かなければならないことがある。 「俺の記憶が完全に無くなるのは、『ゼロ』をどのくらい発動したときだ?」 「ごめん……調べられなかった。詳しい『ゼロ』の情報は、今のスポンサーが知っている。僕の知識は以前のスポンサーの物しか持っていないから」 では、ネバースリープに行かなければいけない。どうしようかと悩む玲也。この組織も、ネバースリープに行くことを目的としているのだから、その時に調べれば良いのか、と答えを出した。 能力さえ使わなければ。頭の片隅に置かれた言葉が甘く感じる。それは、怪我に苦しみ、エネミーに怯えているエントラントたちを見て、もう一度言えるのかと自分に聞くが、絶対に無理だ。 思考錯誤しているうちに、自分が頭を上げて、漣の話しに聞き入っていることに恥を覚えた。 漣は、玲也のことを茶化すことはせず、何かに納得がいってないような、しかめた顔をしていた。 「どうして、僕を怒らない? 記憶を時間と共に奪っている『ゼロ』を送ったのは、僕の本体であるスポンサーなのに」 確かに。玲也も二、三日前までは、ここを出たら漣のことを殴ってやるのだと意気込んでいた。けれど、殴ったとして、一時の快楽はあるかもしれないが、後には、傷跡以外に何も残らない。憎しみだけが膨れ上がっていくのだ。 玲也は首を横に振って、真っ直ぐに。漣を見返した。 「怒ってもいいなら怒る。けど、怒ったとして、何も変わらないよな? 妹の病気だって、治らない。ならさ、今救える命を救わなくてどうするのって、思った。あの人たちの命を救えるのは、とりあえず、俺しかいないだろ? だから、俺が救ってやろうと思った。こんな馬鹿みたいな理由じゃあ、不服かもしれないけどな」 照れ隠しで外方を向いた玲也。この男なら、大丈夫だと確信した漣。ありがとうと言い残して、体育倉庫を去ったのだった。 無心に剣を振り続けていると、エネミーの数が減ったことに気付く。 地図を見て、廃墟の周囲にも、安全地帯が備えられていることが記載されている。 しばらく走って、病院の前に着いた。日の登りはまだ浅い。移動時間があまり無かったためか、数時間で目的地に着いていた。 整列した六名のエントラントとアリスと風奏の安否を確認。全員の生存を自分の目で確かめて、偵察部隊の到着を待った。 数分後。トランシーバーでの応答があった。この先に、スタッフとエネミーが共同して、道を塞いでいる施設があると情報が入る。そこが、ネバースリープですと答えたアリス。偵察部隊を廃墟に戻し、屋根があって、外からは見えない死角になる場所で、会議を始めた。 「偵察部隊はご苦労だった。ここを第二拠点として、テントの設営を手伝って欲しい。すぐに残りの十名が食料を持って来るから、しばらくは待機。手の空いている者は、近付いてきたエネミーの駆除を頼む」 玲也以外の全員はうなずいて、各自で行動を始める。一息つくために、石でできた椅子に座る。教官の話も、今ではほとんど思い出せなくなっていたが、ある程度の知識は、体に染み付いていてくれたらしい。さすがの『ゼロ』も、体に刻まれた記憶には、干渉できないのだろう。 ふらふらになっているアリス。風奏に抱きとめられて、すぐに離れた。 「早いのですよ、風奏は! もっとゆっくり走れないのですか!?」 珍しく、言葉にして怒りを表している。一方、風奏は怒られているはずなのに、うろたえるどころか、喜び悶えていた。 ツッコミとボケが確立されてきた二人を見て、良いコンビができたな、と人ごとのように見つめる。いや、人ごとであった。忘れてはいけない。 「アリスが嬉しそうに叫んでいたからさ。自己ベストの更新ができるかと思って」 「叫んでいたのは、嬉しそうではなくて、辛いからです!」 再びふらついたアリス。立ち上がり、玲也が受け止めた。 突如として、何も言わなくなる。風奏の場合は、触れた瞬間に、獣のように吠えていたのに。 もしかして、無言の怒りの最中なのだろうか。だとすれば、涙ながらに、羨ましそうに見ている風奏は何なのだろう。 「玲也、アリスをぼくに下さい」 「勘違いするな。アリスは俺のものじゃないし。誰のものでもないだろ?」 ありえないほどの正論に、力尽きたかのように倒れた風奏。戦いの定かにいるのに、何を呑気にしているのだと。自分の顔に手を当てて、深いため息をついた。 それはそれとして、アリスが離れない理由が分からない。 「アリス、もう離れてもいいだろ?」 待つ。だけど、返事が無い。 「聞いているのか?」 返ってこない。なら、自分から離れるかと離れようとして、アリスも一緒に動いていることはすぐに分かった。 やはり分からないのは、離れない理由だ。 仕方がない。女性に最も効果的で、たった一言で常人から変人へとギアチェンジできる一言を言ってみることにしよう。 「揉むぞ」 「!!?」 信じられない、玲也がそんなこと言うはずが無い。だけど言っている。言った言葉は変えられないのが現実だ。単純に、アリスを自分から遠ざけるための言葉であって、本心ではないことを覚えておいて欲しい。 いや、現実を変えようとしているやつなら、いる。 手の平にコインを出したアリスは、直ぐさま、コイントスを始める。手が震え、慌てたせいもあるのか。真上には飛んで行かず、玲也の手にキャッチされた。 「返してください。玲也の言葉を訂正し、もっと綺麗な言葉に言い換えさせますので」 「他にどう言い換える? 触らせてください、か?」 考えてみて、言い換える言葉が思いつけなかったらしい。やっぱり駄目だと。能力を使おうとも、何も変えられないのだと。諭されたアリスも、崩れていくように倒れた。 タイミングが悪かったのか、二人が倒れた状態で、補給部隊が到着したことを知らせに来たのもだから、玲也が二人を倒したのだと誤解されてしまった。 「二人とも、現実が受け止めきれていないだけだから。テント張りの方を手伝ってもらえるか?」 慌てふためくエントラントは、玲也の指示に、「あ、いつものことですか」と返して、外に出て行った。 「いい加減に起きろー。俺たちも手伝わないと、皆さんが大変だぞ?」 手を叩き、目を覚まさせ、ゆっくりと起き上がる二人。肩を落とした姿勢を維持し、補給部隊の方に向かっていった。 玲也も、後に続こうとした。 その刹那。突然、感じた殺気。いきなり現れたとも言えるが、違う。最初からそこにいて、誰もいなくなったから、現れたのだ。 口を開こうとして、首筋に鋭い刃物が触れていることに気付く。武器の形状は、振り向いてみないと分からないが、短剣のような小さいサイズではない。 沈黙が解かれる。殺気の主が口を開いて、玲也に話しかけた。 「死ね」 たった一言。しかも二文字。誰なのかを探る必要もない。エネミーは口を開かず、味方には最大の信頼を置いていた玲也。であれば、相手はただ一人。 「お前が、な」 敵側のスタッフが、自ら現れたのだ。捕虜にして話を聞きたいところである。 とは言え、簡単に口を割るとも思えない。ならば、無力化してしまうのが一番てっとり早い。 剣は、カードに戻さずに持ち歩いていた玲也。使用時間は蓄積されるが、このような奇襲があることも想定範囲内。 声の主は、刃物を勢いよく玲也に刺す。それは、剣を防御手段として使わないことが前提であったから、驚いていたようだ。 刃幅が広い剣は、攻撃よりも身を守る盾として使う方が有効だった。刺されようとした瞬間、剣を背後から振り上げるように持ち上げて、背を覆った。重さに手が震え、振動と金属音が背を伝わり耳に入る。相手側の武器が弾かれたのだろう。次はこちらの番だと、振り向く動作と斬る動作を合わせ、剣を横にスイングし、相手の体を二つに斬ろうとした。 とした、と表現されているのだから、相手は斬れなかった。後ろに飛び退いて、「勝負は預ける」と捨て台詞を吐き、病院から出て行った。 後を追おうか迷う。ただ、深追いは禁物という言葉もある。自分たちも後々、敵が逃げた場所へと行かなければならないのだから、今すぐに行く必要はない。 「な、何事ですか?」 アリスと風奏が引き返してくる。金属音のせいだろう。何でもないと明るく話す玲也に、二人は信じていないかのような目を、玲也に向ける。 「ほ、本当に大丈夫だから。ちょっと素振りをしていたら、石に当たっただけだから、たまに素振りしたくなるときって、あるよね? そ、そういうことだからさ!」 慌てる玲也。嘘をついていることがバレバレだ。自分の失態に、追及するなら来いと身構えるが、二人は『素振りじゃあ、しょうがない』と、声を揃えて棒読みで言った。 あれは、絶対に信用していないことを意味しているのだ。 指揮に関わりそうな状況に、玲也は外に出て、用意されたテント。炊き上がるご飯。用意された数々の保存食を見た。エントラントたちも玲也に気付いた。 「はい! 手を揃えてーいただきます!!」 いただきますと叫んだのは、玲也ただ一人。敵に襲われたことを隠して焦ることよりも、現在の状況の方が辛い。これなら、殺気の主と死闘を繰り広げた方がまだ良かった。今なら、そう遠くへは行ってないかなと去っていった方を見ても、後の祭り。 強引にもう一度、「いただきます!」と、言い直した玲也は、他のエントラントを凝視する。 『いただきます!』 無理矢理に言わせてしまった感覚。いや、間違いなく強いさせたのだ。 声が揃ったけど、なんだろう。この敗北感は。指揮官とは、こんなにも精神的に追い詰められる役職だったのか。ストランを終わらせて、先の人生を歩む時は、絶対に指揮官はやらないと誓った玲也。 「ほら、二人も座って食べよう」 何事も無かったように、自分の隣に並べられた石製の椅子を指す。呆然としているが、玲也の恥ずべき行動を笑わないように、必死に堪えているのが見え見えだ。我慢するくらいなら、思い切り笑ってくれた方が良い。笑い話にしてくれた方が良いと、嫌気が差している。 「そうですね、いただきます。ご飯は、いただきますと言って食べることにしましょう、いただきます」 「うん! ぼくもいただきます! アリスの隣に座ってと、いただきます!」 語尾が『いただきます』になっているアリスと風奏。嫌がらせだ。部下が上司に嫌がらせをしている。こんな職場にいたくない。 「アリス、どうだろう? 指揮官にならないか? アリスなら適任だと思うけど」 「私、同じ椅子には興味が無いので」 よく分からない理由だけど、なんとなく意味は分かるから、反論ができない。これは、同じ役職には関心が抱けないとイコールで良いのだろうか。 次の指揮官を任命しようとして、名前が一瞬出たが、言いとどまった。 「じゃ、じゃあ風……いただきます」 「この上司、かなり陰湿じゃないかな!?」 ぎゃあぎゃあと喚く風奏。月明かりを見ながらの食事に、玲也は良いムードだと、風奏のことを無視して食事に入る。 ご飯は、炊きたての白米。おかずは、さんま缶であった。飲み物はポッドにお茶が用意され、一口飲むたびに体の芯から温まった。 食事が済むと、他のエントラントたちに次の指示を言い渡す。 ここには、補給部隊と偵察部隊。最初から居たエントラントを含めて、二十人。玲也とアリスと風奏を入れれば、二十三人になる。 一個小隊にも満たない人員。一人も欠けることなく、スポンサーの元に到達できるのか、悩ませられる。いや、人が欠けることを考えている時点で、駄目なのだ。失敗を恐れていては何もできない。やらなければ、成功もない。 「これから、休息をとってもらう。補給部隊は、睡眠はバッチリだよな? 最初の六名と偵察部隊の四名はテントに入って休息をとれ。補給部隊は、回りに警戒し、近付いたエネミーを倒す。その後に、補給部隊が休息をとり、最初の六名と偵察部隊の四名が見回りを行う。体力が回復次第、補給部隊を残して、残った隊員はネバースリープの入口で待機してくれ。俺とアリスと風奏は、単独で中に入る」 単独という言葉。聞き逃さなかったエントラントたちは、自分たちもついていきますよ、と手を上げて玲也たちに抗議。 それに答えたのは、アリスだった。 「ネバースリープは、地下に広がる都市。住人のほとんどはスタッフで構成されていて、多人数で入っては気付かれます。三人でも気付かれないとは言い切れませんが、確率を下げることはできます。皆様には、森に潜むスタッフと戦いながら、エネミーを一掃して欲しいのです」 少し、戸惑いの色を見せたエントラントたちであったが、すぐに理解してくれた。 すると、もう一人。手を上げた人が居るのが目に入る。 風奏だった。 「どうした?」 「ぼくも、表で戦う」 てっきり、アリスに付いて行くことを選ぶものかと思った。風奏の意見に、玲也は考え、理由を聞いた。 「他のみんなが心配ってこともある。信頼はしているけど、二人が戻ってきた時に、もし誰も待っていなかったら、ストランを終わらせたとしても、無意味だと思うの。だから、ぼく。みんなを守るために戦いたい」 強かった。誰よりも風奏は強い。ここにいる全員が、そう思った瞬間だ。 風奏も風奏で、いろんなことを考えていたのだ。みんなを守るために。風奏も、ストランに巻き込まれた側の人であったのに、頑張ってくれると言っているのだ。ならば、その意見を尊重してやらないでどうする。 玲也はうなずいて、頼むと一言。風奏もうなずいて、頼まれたと一言。 無言での、食事の片付けを終えた。 そして、整列。風奏が敬礼すると、後ろに並んだエントラントたちも一斉に敬礼した。玲也とアリスを見送る風奏を含めた全二十一名。とても良い顔をしていた。 「頼むぞ。みんな! 絶対に生き残れよ!」 「行って参ります! ストランを終わらせて、戻ってきます!」 日はまだ高い。太陽にも見送られるように、玲也とアリスは――出発した。 北に向かって、数分歩く。森を抜けると、広大な平原が広がっているのだ。牛や羊を思い浮かべて、平原に放ってみる。違和感が皆無な景色。その先には、海があり、太陽の光に反射して輝く水平線しか無かった。 地殻変動が起きたのか、平原には、地面から突き出た岩の跡が目立つ。一体、この場所のどこに、地下へと通じる門があるのか。 アリスは、どこか懐かしそうに歩いていく。後ろに続いて、尋ねた玲也。 「ネバースリープには、どこから入る?」 「あの尖った岩が見えますか? あれの前に回れば分かります」 指が示した先に、空を目指して伸びる槍のような岩がある。アリスはそちらに向かっているようだった。 まさか、秘密基地のようになっているのか。確か、まだ足が使えていた頃の妹を連れて、秘密基地を作っていたような。少年時代の思い出を探ってみる。 しかし、何も思い出せない。記憶の侵食が進んでいるのを、身に染みて理解する。 岩が目前に迫った。見れば見るほど、自然の力は凄いと思わせる岩。長い年月をかけて築きあげられたのかは分からないが、異様なまでに表面が綺麗だった。 「開け、ゴマ!」 体がびくっとなった。岩の素晴らしさに酔いしれていた玲也は、アリスの奇怪な行動に度肝を抜かれている。 本当に秘密基地なのかと確信めいてきた。でも、呪文が『開け、ゴマ!』とは、時代錯誤も良いところだ。 ふと、地面が揺れていることに気付いた。このタイミングでの地震は、地殻変動かと疑うわけもなく。岩の一部にヒビが入ると、そこから扉が現れたのだ。 扉の奥は、光が少なくて見えないが、一本の通路になっているのは分かる。 感動。秘密基地を本気で作るとこうなるのか。スポンサーに対しては、憎しみだけであったが、微かに尊敬の念が沸いた。 目をキラキラさせている玲也を、アリスは心配そうに見ている。 「はっ! 大丈夫だ。うん。そ、それで、中に入ってもいいのか?」 「下手に怪しい動きをすると勘付かれるので、堂々と入りましょう」 意気揚々に入ろうとしたアリスの肩を掴み、玲也は前に進むのを止めさせる。 急に止められたことが不服なのか、頬を膨らまして睨むアリス。 「なぜです? いつまでも門を開けたままにしてはおけません」 「少しで良いから、後ろ見てやれよ」 玲也は自分の後ろを親指で指した。そこには、人数を割いたのか、風奏と数名のエントラントたちが手を振っていた。別れを済ませたはずなのに、と思ったアリス。けれど、嬉しそうに手を振り返していた。 「さ、行こうぜ」 扉を越えて、通路に足を踏み入れる。別れを惜しんでいるアリスは、門が閉まるときまで、手を振っていた。 きっと、風奏も同じことをしているのだと思うと、微笑ましい。 そして、これからが本番だ。 金属質の通路。船に乗ってきたときの日を思い出す。あの空間と同じ技法が、通路にも施されていた。 歩きながら、アリスに先はどうなっているのか聞いてみる。情報が得られるのであれば、吸収しなければならない。 「はい。このまま進むと、螺旋階段があり、スポンサーの住む居住区は、地下十階にあります」 急に足が重くなってきた。地下十回とアリスは言った、聞き間違いなく正確に。 ネバースリープの内部構造は知らないが、階段の長さ、一階一階の規模。考えるに、物凄い時間がかかりそうだ。 一方のアリスは、玲也の気分の浮き沈みに、別種の楽しさを覚えていた。 「地下三回に行ければ、エレベーターがあります。それに乗っていけば、あっという間です」 あっという間とは。素晴らしい言葉である。地下三階まで行けば何とかなると知った途端に、足が軽くなった。 選択肢に、イエスかノーしかない玲也であるが、警戒心は人一倍強い。先から聞こえた不自然な金属音を聞き逃しはしなかった。 聞き覚えのある音叉。鉄の鞘を壁つたいに擦り合わせて、姿を現した。白い軍服。黒い長髪の髪。優しそうなのに、手に持つ刀のせいで恐ろしく見えるその人は、船の中で案内役をしていた女だった。 「アリス様。どうしてかだけ、教えて下さい」 知り合いらしき女が、アリスに話しかける。抜刀しているわけでもなく、怖いと思えるものは何もないのに、殺気が空間を包み込むような、身震いさえ覚える感覚に駆られる。今思えば、奇襲を仕掛けてきた殺気を放つ主は、彼女であった。 代わって、戸惑いも臆することもしないアリス。コインの現出を行えているのに、臆しないとは矛盾ではないかと言える。彼女に対しての恐怖心では無い恐怖心を呼び起こしていると言い直した方がいい。 コインを握りしめ、アリスは彼女に言うのだ。 「漣さんの思いを遂げようと思うのです。『ゼロ』がエントラントに現れるまで、私は嫌々ながらにスポンサーの指示に従っていました。ですが、ノーヴェ。ついに、反乱のときは来たのです」 足を引いて、横向きに立ち、手の甲を前に出す。して、戦闘スタイルを整えた。武術については知識に乏しい玲也であるが、技術的な面であれば、アリスの方が自分を勝るのではないかと思わせた。 華奢な体のアリスに、彼女――ノーヴェと呼ばれる女と互角に戦えるのかは予想もつかない。 剣を持ち、前に出ようとする玲也。横から出たアリスの手に遮られた。自分に任せて欲しいとアリスの目が言っている。 任せると小さく囁いて、玲也は後ろに下がった。 「アリス様。私は、あなたを切れまません。あなたを慕い、あなたに付き添うと決めていたのです。だから、私は……」 「悩むのであれば、下がりなさい!!」 アリスよりも強そうな物腰であるのに、戦いを頑なに拒むノーヴェ。戦う意思を示さない情けないノーヴェを、アリスは叱った。 漣のためにという強い覚悟を持っている今のアリスと、目的を持たずにただ刀を振るノーヴェでは、戦う前から勝敗が決まっていたのだ。 「わ、私は、あぁ……」 恐怖心が光の泡のように溢れ出ている。ノーヴェから輝きだした光は、手に握られた『ナイン』から出たものだった。 あの腰にかけられた刀こそ。スペルカードが具現化した姿かと思っていたから、『ナイン』が何に変化するのかは分からなかった。光が消えると、もう一本。ほぼ形状が類似した刀が握られていた。 「切らせて、もらいます」 突撃。風奏程ではないが、速い。しかし、アリスに刃が到達する事は無い。容赦なく振られたノーヴェの刀は、空を切っていた。 消えたアリスの姿を探す。どうやら、視界に入ったとしても、玲也のことは眼中に無いらしい。背後に気配を感じて、振り向いたノーヴェ。回し蹴りをするアリスの足をかわせず、壁に体を思い切り叩きつけられていた。 アリスの能力。一分前後の過去と未来に干渉できる力。一分とは短いかもしれないが、戦いの場で使うとなれば話は別。一分で生死が決まるのが戦いなのだ。 但し、アリスの能力はタイムラグが一分ある。 ノーヴェの方は、どのような能力なのかは分からないが、スペルカードが『ナイン』であるのを読み取るに、九分の発動可能時間と九分のタイムラグがあるはずだ。 体をふらつかせても刀は落とさない。ノーヴェは刀の鞘を解き放つ。音を立てて、地面に転がった鞘。地に刀を叩きつけると、鞘から青白い火花が散り、飛んだ。 火花を上げた鞘が空中で回転している。広くない通路に、攻撃範囲の広い武器が四つ。ノーヴェは手に持たれた二本の刀をアリスに向けて、原理は分からないが、回転している鞘が前進を始めた。 表面が金属製になっている鞘は、ヘリコプターのプロペラを模しているかのように回り続ける。当たれば、ひとたまりも無いはずだ。 「私は、『九分間。自分が所有している物を自由自在に動かせる』能力を持っています」 鞘に戦闘は任せて、説明を始めるノーヴェ。ということは、手に持っている刀でさえも、空中に浮かばせられることになる。 一つだけ気になったのは、自分が所有している物でなければ、能力の対象にはならない点についてだ。避けるのに精一杯であるアリスは、気付いているのだろうか。 空中を舞う鞘の一つを指したアリス。すると、鞘は姿を消して、もう一本の鞘に激突し、跳ね返る。繰り返しながら、壁の一点だけを狙う鞘を見て、金属製の壁にめり込んでいくのが分かる。 最終的に、壁に突き刺さった鞘。呆然とするノーヴェは、思い描いていたイメージと、かけ離れていたアリスの行為に返せる言葉が無い。 「やはり、あなたがアリス様を変えたのか。こんなに野蛮な戦い方は、していなかった。もっと華麗で、優雅で……許さない」 玲也を見据えるノーヴェ。矛先が変わった。やっと出番が来たのかと、壁に立てかけておいた剣を取り、両手で柄を握る。再び能力を使ってしまったアリスは、再び一分待たなければ、何もできない。攻撃手段も防御手段も用意していないため、ノーヴェと戦い合うのは難しい。 最後まで、自分で戦いたいと願っていたアリスだが、聞き入れない玲也。 「アリスのことを、お前がちゃんと分かっていなかったってことだろ?」 「何を言っている! 私が、スポンサー様の次に、アリス様の側に居た人間だぞ!」 挑発。まんまと乗せられるノーヴェの素直さに、少しだけ罪悪感を覚えるが、振り払う。 罪悪感を持って戦うことこそ、相手に失礼だ。切るのを後悔するくらいなら、切るな。上官の言葉がふと、飛び出した。まだ、覚えていることがあるじゃないかと、玲也は安堵している。 お喋りは終わりだと言わんばかりに、迫るノーヴェと振られる刀。応えるように、剣を振り返す。刀をクロスさせ、剣を受け止めたノーヴェ。振りやすいように、刃の部分を短くしているのか、リーチの差がはっきりと分かる。 「俺が、『ゼロ』の所有者であることは知っているよな?」 「もちろん」 分かっていながら、構えを一切解かない。本気なのだろう。自分の能力を失ってまで、挑んでくる姿勢に、玲也も答えなければならない。 衝撃波。短時間決戦とはいかなくても、苦しまずに楽にしてやることはできる。剣から放たれた斬撃は、金属製の地面をえぐり取りながら、ノーヴェを目指した。 空間は狭い。相手がその特徴を利用できるのであれば、玲也も尚さらだ。次々に斬撃を繰り出し、衝撃波を相手に浴びせかける。滅多打ちだった。 剣を振るのみに意識を集中していたため、左右に突き刺さっている鞘が再び回転して玲也に向かってきているのに気付かず、更に、壁を伝ってスライドしながら飛んでくる刀の存在にも目を向けられなかった。 浴びせられる鞘の回転打撃。踊るように体を切り裂く刀。無鉄砲の玲也に対し、力と技の全てを使って戦うノーヴェ。スタッフとエントラントの差がここまで開いているとは思いもしなかった。 強い。アリスと戦う前は、情けない姿を晒していたのに。戦いとなるとエネミーよりも化物だ。 ならば、スタッフであるアリスもまた、化け物なのだ。 「アリ、ス様?」 短剣が、ノーヴェの腹部に刺さる。自分で刺したわけではない。いつの間にか、目の前にアリスが居て、刺されていたのだ。 武器が全て玲也に集中する時が、最大のチャンスであった。玲也の衝撃波も、打ち出す方向さえ間違えなければ、ある程度の方向転換は可能だ。走りながら、アリスに衝撃波をまとわせるように放ち、ノーヴェの視界をかく乱。きっと、ノーヴェは衝撃波を避けることに専念しているはずだ。なら、手に持つ二本の刀も、鞘と同様に飛ばしてくるはずだ。 万が一に賭けに負けていたのなら、アリスが切られていたかもしれない。正に、イチかバチかの賭けであった。 「ノーヴェ、休みなさい。私の腕の中で。あなたは忠義のために、尽くしていました。せめて、私に最後の瞬間を見届けさせてください……」 軍服が赤に染まる。戦死は、兵士にとって名誉と言うが、これからも生きられないのであれば、名誉にもならないと思った玲也。名誉とは、生きて帰って。功績を認められて、初めて名誉と呼べるのだ。 古き時代の価値観は分からない。だけど、ノーヴェの朗らかな表情を見れば、これ以上の言葉はいらない。 ――安らかに、眠ってくれ。 玲也は、姿がエネミーに変えられる瞬間。闇の放出と共に、ノーヴェを切った。 螺旋階段をどれだけ回ったのだろう。 ノーヴェの死を見届けて、階段への入口を見つけた玲也とアリスは、ひたすらに下降していた。螺旋階段の中央を、風が突き抜ける。地下に風が吹いているのか疑問であったが、何かしらの設備があるのだろう。深くは考えなかった。 階段から身を乗り出して、下を見る。とにかく深い。延々と続く闇が先には広がっている。 「アリス、大丈夫か? 疲れたのなら休むぞ」 口数が多い方では無いにしろ、アリスの気分が暗くなっている気がした。 いや、無神経な玲也であっても、今回は分かる。親も、一番の仲間も、死んでしまったのだ。ノーヴェは、玲也が倒してしまったわけなのだが。ノーヴェを倒さなければ、先へは進めなかったわけで、アリスも覚悟は決めていたはずだ。 「少し、考え事をしていたのです」 「言ってみろよ。いつでも話を聞いていただろ?」 気さくに話しかける玲也に、ためらいがちなアリス。もうちょっと、空気を読んだ方が良かったのかもしれない。 すると、決心がついたのか、アリスは話し始めた。 「漣さんもノーヴェも。私にはかけがえのない大切な人でした。風奏も、他のエントラントたちも、そして玲也も。私には大事な人なのです」 「……アリス、照れさせるのが上手くなったよな」 顔が熱くなる。それを言うなら、玲也としても。アリスも風奏も他のエントラントたちも、かけがえのない仲間だ。 茶化したはずなのに、気にも止めず、アリスは言うのだ。 「私は、もう何も無くしたくないのです。玲也は、側に居てくれますよね?」 もちろんだ。そう言えない自分が、憎らしかった。 着実に、玲也は記憶を失っている。家族がいたことは覚えているのに、話し声しか頭に残っていない。教官も、教えてもらったことはいくつか覚えているけど、何をしていた時に教えられたのか思い出せない。 このまま進めば、最近の記憶までも無くなってしまうような。断言はできないが、アリスに悟られてはいけない。 「側に居られるその時まで、一緒に居てやる」 卑怯な言い回しだ。自分が先にいなくなったら、どう責任を取ればいい。いや、死者が責任を取れるはずもない。言葉の意味を考えようとしているアリス。 ――休む暇も無く、仕掛けは動いた。 『!?』 二人の驚きの声が合わさる。階段の段が突如として消えたからだ。滑り台の要領で、下へ下へと滑っていく二人。加速が止まらない。このまま下に行ければ楽かもしれないが、たどり着いたら、無数のエネミーとスタッフに取り囲まれたら、ひとたまりもない。 滑っていく中、横に入ることが出来る通路を見つけた。あそこに飛び込むかと、玲也はアリスの手を掴み、中央側の壁を蹴って、空間の入口に手を伸ばす。 掴んだ。アリスを掴んでいることによる遠心力と加速との合力が片手にかかった。痛いなんてものじゃない。 とっさであったが、アリスも理解してくれたらしい。壁を押しながら、玲也が入口に入るための手助けをしてくれる。勢いがつけば、痛む手であろうと無理して使う。かろうじて、空間に入った。 アリスも登り、先を見る。扉があり、そこには地下二階と記されている。地下一階の通路が見えなかった気がしたが、滑り台が作動したせいで、通り過ぎたのだろうか。 「言い忘れていました。ネバースリープは、侵入者を迎撃するための防御機構があることを」 「忘れるなよ!?」 扉の前で言い争う二人。防護扉のような作りにはなっているが、中に声が聞いていないはずが無い。 扉が徐々に音を立てて開いていくと、シルクハットと手品師のような服装、顔にはピエロの仮面をつけた人物が現れた。 「ようこそ。チップはお持ちでしょうか?」 ストランとは、サバイバル要素のみを楽しむゲームでは無い。もう一つの、楽しむポイントがあるのだ。持っているチップを賭けて、サバイバルを有利に進める裏技とも言えるゲーム。 サバイバルが目的のはずのエントラントから、賭け事を楽しませるエンターテイナーへと移り変えさせる張本人。 ディーラーだった。 「チップは、ここに四枚あります」 手に輝く四枚のコイン。玲也は自分の服のポケットに入っているはずのチップを探す。だけど、無い。アリスの手に持たれているあれが、玲也のチップだ。 「では、お入りください」 ディーラーとの賭け事をする場所――カジノの雰囲気はどこかで見たギャンブルを行うための施設と同じ。陽気なジャズが響き渡り、ディーラーたちがボードの前でトランプを並べ、各々の得意なゲームで争っていた。 ボードだけではなく、ダーツやビリヤード。賭けができるのであれば、何でも置かれていた。 本物のストランは、命を奪う気満々のエネミーや武器に変化したり、能力を使えたりするスペルカードといった、わけのわからないものだらけであった。だから、本当にディーラーが存在していたとは夢にも思っていなかったし、敵の本拠地でトランプに勤しもうとしているアリスには驚愕していた玲也。 「ちょっと待ってくれ。こんなところでトランプなんてしていたら、スタッフが来て捕まえられるだろ?」 「いえ、この空間では、能力の発動は愚か、『一輪の花』の使者であるディーラーの権限により、賭け事以外での争いは禁じられています。破れば、即刻退場です。また、彼らは賭け事以外に興味は抱かないので、スタッフに報告がいくことはありません」 ディーラーから渡されたトランプの中身を見ながら話すアリス。確かに、能力云々の話は無かったが、カジノでの人間同士の争いはストランの規約違反とされ、厳しく罰せられる。 話に何度か上がっている『一輪の花』。正体も分からないまま、倒せと言われている破壊目標。 以前に話を聞こうとしたら、「見たときの楽しみにしておいて下さい」と言われていた。 シャッフルが終わり、ディーラーが自分を見ていることに気付いた。トランプを掲げ、お前はやらないのか、と聞いているようだった。 すると、アリスが二枚。玲也にチップを渡す。 「玲也も参加しましょう」 「わ、分かった」 椅子に座ると、カードが既に配られていた。持ち札は五枚のみ。行うのは、ポーカーらしい。 正直に言うと、玲也はポーカーのルールを殆ど知らない。分かっているのは、同じ絵が揃えばペアが組め、数が増えるごとに強くなっていくことだけだ。 「チェンジは?」 無機質なディーラーの声。もっと人間らしい爽やかな声色だと思っていたから、意外であった。横目でアリスを見て、指を一本上げた。 「賭け枚数は?」 指を再び一本上げて、これ以降は賭け枚数を一に固定と、よく分からないことを喋っていた。 うなずいたディーラー。さっと、アリスとディーラーは手札を見て、素早くチェンジしていく。出遅れた玲也は、慌ててカードをさばいた。 ◇ 一戦目。ディーラーはツーペア。アリスはフルハウス。玲也はハイカード。 チップが入れ替わり、アリスのチップが二枚増えた。そのうちの一枚は、玲也のものであることをアリスは気にしていない。 ◇ 二戦目。ディーラーはストレート。アリスはツーペア。玲也はハイカード。 ディーラーにチップが二人のチップが一枚ずつ渡る。ここで、玲也のチップが無くなった。 「何も言いませんでしたが、何故、ワンペアも出せないのです?」 「な、何かごめん」 とぼとぼと、席を離れる玲也。ショックで謝罪の言葉しか飛び出さない。今度は観客としてアリスを応援することにしよう。 ◇ 三戦目。ディーラーはワンペア。アリスはツーペア。 チップが回り、カットがスムーズに行われ、再配布。そこで、アリスは指を四本上げた。 「次から賭け金をこれで」 勝負に出た。アリスの持つチップは四枚。負ければ即終了だ。 ディーラーはうなずいた。 ◇ 四戦目。ディーラーはストレートフラッシュ。負けた、確信した瞬間であった。 アリスが札をテーブルに出した。エースを四枚の、ジョーカーが一枚。 「これは、ファイブ・オブ・ア・カインド……!!」 仮面のせいで裏の顔は分からないが、何やら感動しているようだ。 チップがアリスに四枚移る。今の勝負の行方さえ分からない玲也。でも、チップがアリスに渡ったのであれば、アリスが勝ったのだろう。 波に乗ったのか、これからの勝負は全て、アリスが勝った。 「計百枚。これで、スポンサーの前まで連れて行きなさい」 カットする手が止まり、トランプを床に落としていくディーラー。ストラン史上、快挙だった。テレビ放送の方で、取得したチップで最も多かったのは五十枚のはず。アリスの運がここまで強いとは思わなかった。 「分かりました。こちらの通路をお使い下さい」 何も感じていないかのように案内をしているが、声が震えている。 チップを回収するディーラー。背後の何もない壁の一部分が、上へと動いた。 去り際に、ディーラーたちによる歓声が沸き起こる。アリスは会釈し、玲也は次こそ頑張れよと、余計な世話である台詞を吐いて、奥へと走る。 急に、心地良い風が吹き抜けた。 見えてくる光。巨大なドーム状の、広い場所に出る。地には、木々や花々。人が住むための家や建物。しっかりとした生活基盤が築かれていた。 目の前に広がる光景に目を瞬かせて、アリスに尋ねた。見渡すと、一般人もここで生活しているみたいであった。 「これは、どういうことだ? スタッフじゃないだろうし、どうして普通の人がいる? あの人たちは、一体……」 「ネバースリープと呼ばれる由縁が、これです」 アリスが言うには、チップを全て失い、且つエントラントに戻れない程にギャンブルへと没頭してしまった人たちを収容している施設がここ――。ある意味、更生施設に近いものなのかもしれない。 しかし、顔色を見ても、賭け事に集中していた者の顔には見えないし、至って普通に見えた。 「もしもだ。更生できなかったら、どうなる?」 「この回りは、海になっています。最悪のケースであれば、魚の餌でしょう」 魚の餌。海に人を放すという意味か。となれば、更生するのに躍起になる人の気持ちも分からなくは無い。 そもそもが、ギャンブルなどに手を付けなければ、に通じている。しかし、一度やれば止まらなくなるのがギャンブルだ。つまり、引き際を見極められる人間が、更生できるのだろう。 「しっかし、人が多いな。一つの都市みたいだ」 更生施設であるはずなのに、ショッピングモールであったり、飲食店であったり、華やかな建物が目立つ。但し、娯楽に通じるような建物は、見える範囲では皆無であった。確かに、更生目的であれば、何も支障が無い環境である。 「スポンサーは、何がしたいのか分からないな」 「真相を確かめて、次第では、ストランを終わらせるのが私たちの目的です」 自分から始めたゲームで、被害者を自分で助けるなど、意味が分からない。だから、アリスの言ったことは最も。もしかしたら、話し合いだけで解決できる未来があるかもしれない。 大きなガラスが割れるような音。急に、体に衝撃が走る。腹部に飛び込んできた何かと共に。 「うげぇっ!!?」 初めて出した奇声だと、自分の中で断定した。 気絶しそうになる意識の中、物凄い勢いで水の流れ落ちる音が聞こえる。腹部でも、「うにゅう」と、奇声が発せられていた。 「うにゅう?」 明らかに人の声だ。「うにゅう」と発声する生き物を、未だかつて見たことがない。いや、似たような声を出す生き物なら、いたかもしれない。けれど、名前も姿も、もう出てこない。 温もりを感じる腹部を、体を起こしながら見た。 「い、いぇーい。風奏参上……!」 ダブルピースをする体が濡れて、びしょびしょの生き物。記憶が無くなったとしても、この生き物のことは、覚えている気がする。 数時間前、しばしの別れをしたはずなのに、どうしてまた出会っているのか。 上を見ると、ドーム状の外壁が割れており、水が中に浸入してきていた。人の悲鳴が辺りから聞こえる。 「見つけた! 素早いエントラントが居たぞ!」 悲鳴以外の声。向けられた先に居た風奏。もちろん、素早いエントラントの時点で風奏だとは分かっていた。ならば、今もカードを光らせて、凶器を向けてきているのは、スタッフしかいない。 「こちらです!」 遠くで、エレベーターを示しているアリス。玲也は、濡れる風奏を抱えて、アリスの元へ移動した。 させてたまるかと、数人のスタッフが走るが、先には進んでいない。アリスの力で、スタッフがいる空間の時間を一分間巻き戻し続けているのだ。他のスタッフが見たのなら、異常だと見える姿も、能力を受けているスタッフにとっては、何もおかしいことではない。 前に進もうとする動作を、延々と繰り返しているのだから。 「ここから、スポンサーの元へ、か」 エレベーターに乗り、地下十回を指した。同時に能力を解除して、迫ろうとしたスタッフだが、もう遅い。扉は閉まり、地下に向けて下降した。 アリスは、腰が抜けたかのようにしゃがみ込み。玲也は、濡れている風奏を床に寝かせた。 何故こんなにも濡れているのか気になるが、アリスに一つ頼まなければならないことがある。 「アリス。悪いけど、タオルがあるから、それで風奏の体を拭いてやって欲しい。事情を聞きたいけど、寒さで身を震わせているし、話せないと思う。体を温めるための道具も無いし、応急処置だ。頼む」 玲也は、エレベーターの角ギリギリに迫り、体育座りで背を向ける。流石に、現状を理解できない程に、無神経では無い。何より、風奏の身が心配であった。 何も言わずにうなずいたアリス。風奏の服を脱がせ始めた。 水の弾ける音が聞こえてきている。濡れた服が床に置かれたためだろうか。いや、分析してはいけない。 何か一つでも、欲を制御できなくなるような、関連付けられる事態を考えたら、理性が崩壊してしまう。玲也とて、年相応の男である。女性が、半径三十センチも無い場所で、眠った状態で脱がされていると考えると……いやいやいけない。何を考えている。妄想禁止令を発動する。 ごしごしと体を擦る音が聞こえてきている。アリスが、風奏の体を拭いているのだろうか。 まずい。非常にまずい。脳内にアラート音が響き渡る。不謹慎だ。風奏は寒そうに体を震わせているのに。自分で風奏の体を拭いてもらうように頼んでおいて何を考えているのだ。風奏の裸を……そうじゃない! 考えるのを止めるのだ。そうだ、そうすれば万事解決だ。 いや、待て。今まで女の子と何も無く、一生独身で居ることを誓ったのを思い出した。どうして、大事なことは思い出せないのに、非常にどうでも良いことを思い出せるのは何故だ。忘れろ、全部忘れろ。 人としての何かを失い欠けた、そんな時だった。 「いやぁああ!?」 アリスの悲鳴。必死に全てを忘れようとしていた玲也は、今の状況がどうなっているのか、現場を見るまでは把握しきれなかった。 まとめるとすればこうだ。 突如として起き上がった風奏は、息を荒くしてアリスに抱きついた。して、アリスのドレス脱がそうとしている。脱がされそうになったアリスは悲鳴をあげる。それに玲也が振り向く。三人が顔を見合わせて『あっ』と声を揃わせて、玲也が二人に気絶させられる程に強い打撃を浴びせられる。 これは、玲也が起き上がった時に聞かされた話で、二人に殴られたことだけが、思い出せないのだ。 「ところで、風奏はどうしてここに居る? 上でエネミーやらスタッフと戦う手発じゃ無かったのか?」 自分が何を聞きたいのかは思い出せた。バスタオルに身を包み、頬を赤らめて「見られた、全部見られた……」と、ぼやくように囁いている風奏は話を聞いてくれない。 しかも、アリスが「大丈夫です。私が将来、変態を駆逐する法律を制定しますから」と、風奏をあやしているのだから、居た堪れない玲也。 「に、にしても、まだ七階なのか、凄く時間がかかるなー」 エレベーターという閉鎖空間。動く音だけが静かに流れているから、まだ良い方なのか。 すると、急に泣き出した風奏は、アリスに抱きついていた。よしよし、と頭を撫でているアリス。その目は玲也を一心に睨んでいた。 「本当にごめんなさい! 許してください!!」 土下座する玲也。生きてきて、ここまで本気で謝ったことがあるのか。記憶が無くなりつつある今でも分かる。これ以上も以前も、絶対に超えることをありえないと。 急に泣き止む風奏。必死さが伝わったのか、安心して顔を上げると、二枚の濡れたチケットを渡してきた。 「ライブのチケット。そのうち、ファーストライブを開くの」 『風奏のライブ』と手で書かれた、日付も何も入っていないチケット。確か、過去に風奏は自分のことを売れないアイドルだと言っていた覚えがある。 「ストランを終わらせたら、ぼくのライブを聞きに来て欲しいの。路上で思い切り熱唱するから! あと、さっきはごめんね。玲也……」 受け取ったアリスと玲也は、絶対に行くとうなずいた。風奏は照れたように笑い、拗ねてしまったことを玲也に謝る。 慌てて、玲也は風奏の言葉に訂正を加えた。 「悪いのは俺の方だ! 風奏は、上でみんなの手助けをしてくれていたのだろ?」 「うん。でも、スタッフって人たちが来て、エネミーなら抵抗は無いけど、やっぱり、同じ人だからさ。手出しできなかった。で、避け続けるのも無理かと思ったから、海に飛び込んでみたの。そしたら、海の中に大きなボールが浮かんでいて……能力使って中に入ったら、こんなことに」 寂しそうに、辛そうに話す風奏の言葉で把握できた。根が優しい風奏に、人を倒す命令は酷過ぎた。風奏無しでは、戦いはきついかもしれないが、他のエントラントたちが無事に生き残ってくれることを祈るしかない。 背を向けたままの状態で話す玲也。裸でいるのも、さすがに風を引くだろう。風奏にジャージを渡した。 「使っても良いの?」 「ああ、別にいいさ」 自分が数週間前にお世話になったものだ。きちんと洗濯してあるし、臭いも気にならないはずだ。本当は、部屋着として使おうと思っていたけれど。困っているのなら、風奏に渡した方が良い。 服を着る音。しかし、間違いは繰り返さないと決めていた玲也。着替え終わった合図なのか、頭にバスタオルがかけられた。風奏の甘い匂いがする。 「それ、あげる」 「い、いらんわ!」 「着きましたよ」 動揺を隠せない玲也をからかっている風奏に、アリスはつまらなそうにエレベーターの数字を指した。階層が十に到達している。 ついに到着したのだ。手に握られた『ゼロ』を見つめて、剣に変える。アリスも風奏も、覚醒していった。何が出てくるのか分からない。けれど、ここまで来たからには、最後まで頑張らないといけない。 エレベーターの扉が開いた。 三階で見た物もそうだ。水の中で築かれている命。なのに、どうしてこんなにも――綺麗なのだろう。 研究室のような、全面が白く染められている広い場所。中央に土を敷いておくスペースがあり、そこに一輪の花が咲いている。真上からの太陽光に当てられて、すくすくと育っているみたいだ。 その花を、手入れしている人がいる。黒いマントに、体を支えるための杖。 スポンサーだった。 「よくぞ来た」 立ち上がり、仮面を外す。 漣と同じ顔。 予想はしていた。けれど、倒すとすれば、辛い。アリスも同様に、懐かしさと後ろめたい思いが交差しているみたいであった。 「『一輪の花』の意向で、エントラントにも『ゼロ』を配布せよ、ってお達しが来たけれど、簡単にたどり着けてしまっているじゃないか」 溜め息をついて、品定めでもするかのように、三人を見るスポンサー。 「その花に、何の力がある? スペルカードって一体何だ?」 玲也の質問。頭に、「ここまで来たのなら、全てを知る権利があるか」と付けて、すぐに答えを教えた。 「これは、『一輪の花』と呼ばれている。一定の時期になると、スペルカードを作るための光を産む神秘の花だ。その光を集めて、こちらの時間でスペルカードを構成して、向こうの時間に送るのだ」 光を集めて、カードを構成する。意味が分からないが、何か特殊な技術が使われていることは何となく分かった。 他に、スポンサーの話には、気になる点があった。 「『一輪の花』が無ければ、スペルカードが作れないのは分かった。気になったのは、こちらの時間と向こうの時間って単語だ。どういう意味だ?」 「もう全て忘れたのか? ここは、君が過去に住んでいた町だろう?」 淡々と話しているスポンサーの話は七割以上が理解できない。これもその一つだ。 玲也は、このような森一色の場所に来た記憶は無い。もしかして、時間を超えて、この場所に来たとでも言い始めるつもりではないだろうか。答えがサイエンスフィクションのようなものであれば、納得はできない。 「分からないのか、この地球は、人類が絶滅してから千年後の地球だ」 スポンサーは時間を超えてきたわけではない。地球そのものが既に滅んでいた。 玲也と風奏は半信半疑で聞いている。 だが、アリスは違う。 「そして、住む場所が次々に滅んでいく宇宙から来た私たちは、この世界で新たな生活をすることになりました。玲也たちが乗ってきた船。姿は違いますが、あれは、タイムスリップするための船なのです」 乗ってきた豪華客船を思い出す。あれで、住めそうな星を探しているうちに、千年後の地球に辿りついた。言ってみると、本当に嘘のような話だ。 スポンサーを含め、アリスも宇宙人だという事実。最初から、現実離れした話しかしていなかったが、まさか、ここまで理解し難い内容になるとは夢にも思わない。 「『一輪の花』は、スペルカードを生み出すためだけにあるのではない。人々の生活を豊かにする象徴だ」 「何で、ストランを始めようと思ったのか教えろ」 話を聞いている限り、『一輪の花』さえあれば、他に何かする必要が無いように聞こえる。人の命を使って行われるゲーム。負ければ、エネミーに変えられるだけで、勝ちが存在しないゲーム。 ストランパートを行う理由は、どこにある。 「『一輪の花』は、娯楽を好む花だ。能力を持つ光もディーラーも、全て花が生み出し、我々にストランパートを強いているのだ」 花がサバイバルゲームを強制している。玲也は、そんなの理由にならない、と食ってかかった。 花に生き方を左右されてたまるか、こんなのはおかしい。けれど、玲也の考えは全人類の考えではない。ストランパートに賛成している者も、少なからずいるのだ。 「なら、花なんていらないだろ!」 「花から光を取らないと、光が意思を持ち、エネミーになって人を襲う。と言って、野原に光を放すと、また新たな花が咲く。その光は花の種子であり、見つけてしまった我々の責任は、花が命を終えるまで、花の意向に従うことだ。花には、大地を潤す力がある。天候や時期、全てを操れるのだ」 光が形を作る。確かに、スペルカードから出る光は、新たな武器や物を作り出していた。エネミーも同じ原理で生み出されているのなら、合点はいく。木々が妙に多いのも、花の能力だと分かれば、頷けた。 「君は自分から望んで、ストランに参加しているはずだぞ」 スポンサーの確信を突いている意見。玲也の反論は一時的に途絶える。そうだ。ストランには、自分から望んで参加している。 しかし実際は、ストランの内容がテレビとの内容と違っていたから悪いのだ。明らかに、詐欺と同様の手口ではないだろうか。 「詐欺だ。こんなの」 「騙される方が悪い」 再びの正論。ストランはテレビ放送をしているが、テレビで見たものだけが真実とは限らない。実態も分からない物に自ら飛び込んでいき、それで詐欺だと言っている玲也は、果敢ではなく、愚か者だった。 うなだれる玲也は、これ以上に何かを聞く気も起きない。ただ、一つだけ知りたいことがあった。 「俺たちは帰れるのか?」 顔を上げて、願う玲也。家族の元へ。まだ記憶がある内に、家族の元へ帰りたい。 「帰りたければ――」 先を、スポンサーは言わなかった。研究室内に、通信が入ったからだ。 『スポンサー様。更生民、並びにスタッフの避難が完了致しました。いつでも開始できます』 「分かった。始めてくれ」 研究室の天井が開いた。左右前後に開く壁に水が割れていき、研究室の広さと同じ地点で壁が止まる。 眩しい。空に輝く太陽を、久しぶりに拝んだ。 すると、太陽の光を受けた花が、太陽に光を返していた。 「あれは、何をしている?」 花を指して、スポンサーに話しかける玲也。 神秘的。その言葉が一番似合う光景。花の輝きが更に膨れ上がり、世界に包まれているような。けれど、あれが正しいとは到底思えなかった。 「種子を、全宇宙に撒いているのだ」 種子。さっき説明された記憶が正しければ、種子はエネミーを生む素とされているはずだ。 そんな物を宇宙にばらまかれたら、あるか分からないが、他の惑星に生きている者、生まれてくる命。全てがエネミーになってしまうのではないか。 「こんなに素晴らしいものを、皆に分けなくてどうする? 我々だけで楽しむのは勿体無いだろう? 未知なる力。欲する者もいるはずだ。 なら、広めればいいのだ。『一輪の花』による、新たな意向の始まりだ」 花から出た光が、スポンサーを包む。次第に光は闇へと転換され、赤と黒が入り交じった巨大な蛇の姿をしたエネミーが現れた。 「結局、戦うしかないのですか。漣さんの記憶を思い出して、元に戻ってくれると願った。けれど、駄目でしたか……」 コイントスを始めたアリス。コインは、太陽を示した。対象は、風奏。 「もう誰も、死なせたくないの!!」 風になり、大蛇を蹴る。アリスの能力により、風奏は倍速で攻撃を繰り出した。玲也は、衝撃波を打ち出す。 「何が正解なのか分からない。だけど、お前は間違っているだろ!!」 弱体化していっている。風奏の一撃を受けても、傷口は治る大蛇であるが、玲也の一撃は『ゼロ』によるものだ。傷口は閉じない。 風を切る音。風奏のものではない。 大蛇の尾による振り上げ。舞うように動いていた風奏に直撃し、空へと打ち出された。 「風奏!?」 重い一撃。あれをまともに食らっては、ひとたまりもない。 すると、空に上がったはずの風奏の姿が、空に消えた。 いや、消えたのではない。空にいる何かに飲み込まれたのだ。 透明になっていた何かは姿を現していく。 ボディは白く、豪華客船をよりスマートにし、対照比を維持したまま巨大にした、太陽を覆い隠してしまうほど大きい飛空船。先には、見覚えのある剣先のような角がある。 腹部に空いた穴が閉じていく。あの穴に風奏が入ったのだろうか。 大蛇の尾を難なく避けるアリス。玲也の側に来て、飛空船について、説明してくれた。 「ネバースリープの入口に、似たような岩がありましたね。この施設は、飛空船を囲むようにして作られた。あの入口は、私たちが乗ってきた飛空船の入口でもあるのです」 「そうなのか。飛空船なんて、初めて見たな。じゃあ、あれを使えば、元の時代に帰れるのか」 スポンサーが言いそびれた言葉の意味を理解する玲也。ただし、帰るためには、目の前にいる大蛇を倒さなければならない。 玲也の剣は大蛇に対しては小さく、当たったとしても非力だ。致命傷にはなりえない。 アリスの能力も、万能ではあるが、戦い向きではない。 「……帰ることを諦めれば、なんとかなるかもしれないな」 何かを覚悟した玲也。剣を両手で掴み、前に向けた。 がら空き。大蛇は食らいつくように、玲也に飛び込んだ。思わず、目を塞いだアリス。目を開けると、信じられないことが起きていた。 噛まれる寸前に振られた剣は、黒く染まり、大蛇の体を二つに切り裂いていた。 花が大蛇の修復に回る。 「アリス……多分、俺、もう限界な、みんな連れて、生きてくれ……」 いつの間にそこにいたのだろう。黒いエネミーが、剣を持って大蛇のエネミーに斬りかかっている。 分かっている。玲也が、自分のスペルカードを破り裂いて、エネミーになったことを。 だから、アリスは研究室の緊急スイッチを押して、ゲートを閉じたのだ。 「アリス!!」 飛空船が空を旋回して、突撃してきた。研究室の通信用のモニターに、風奏の顔が映る。すぐ後ろでは、困り果てているスタッフがいるところを見ると、強引に機械を借りたのだろう。 「スポンサーが命令できない今、スタッフの皆様に、命令を下します。生きてください。避難所にいるエントラントを連れて、逃げてください。私と玲也で、スポンサーと花を駆除しますから」 「嘘だよ! アリスは、嘘が下手なのに! ぼくのライブだって、まだ……」 これまで、長い時を一緒に過ごした。苦しかったり、笑ったり、初対面同士なのに、息があって楽しかった。これからも、一緒に生きたかった。 モニターの前で泣きじゃくる風奏。気持ちは痛いほどに分かる。嫌な素振りをしていても、アリスは風奏のことが好きで、玲也も好きだ。 「ごめんなさい、でも、いつか、応援しに行きますから。玲也と一緒に」 通信が途絶えた。ゲートは完全に閉められた。けれど、飛空船は未だに青い空を漂っていた。 時間が、巻き戻されたのだ。 避難者を救助するために戻っていく飛空船には、風奏の泣き声しか聞こえていなかった――。 通信モニターが二つに割れて、水が流れ込んでくる。 素が玲也であったエネミーは、大蛇を切り裂くと、暴れることしかしなかった。 「玲也、ここです。こちらを切ってください」 走っているアリスが花の前で止まる。すると、花が光り出した。スポンサーが駄目であれば、次はアリスを狙うのは必然だ。 しかし、アリスがエネミーになる前に、玲也が倒してくれる。そう思えば、安心できた。最後に見たのが、恐ろしい化け物の顔でも、後悔は無い。 闇に包まれた。視界が黒一色に染まり、何も考えられなくなる。 或るのは、破壊衝動と一時の幸福。 ――満足です。何もかもに。 『……そうじゃ、無いよな?』 闇の中から、玲也の声が聞こえる。幻聴か。でも、最後に聞く声だとしたら、良いかもしれない。 『漣の望みは、ストランを終わらせて、生きることだろ』 ――そうです。けど、玲也はエネミーになり、私も、もうじきエネミーになる。花は再び別の場所で花を咲かせて、また新たな悲しみを育むのです。ストランは終わりません。また、花の虜になり、娯楽のための殺戮が始まるのです。 『だったら、俺が終わらせればいい』 ――どうやって? 『俺の持つ『ゼロ』に、どうして、アリスや風奏のように時間に影響を及ぼす能力が無いのか。理由を教えてやる』 『ゼロ』の名の通り。 物事を一度、『ゼロ』に戻し、維持するか、再構築するかを判断する力。 漣が玲也に残した手紙。ストランを終わらせるための鍵。実態も分からないまま、ここまで来てしまったが、ようやく分かった。 ストランを終わらせるためには、世界を一度終わらせるしかない。と記された一枚の手紙。 ただし、風奏たちには、生きてもらわなければならない。世界を終わらせることなど、してはならない。 だから、花があったという事実だけを、『ゼロ』にするのだ。 ――玲也は、どうなるのですか? 『消えないし、死なない。証拠として、アリスに会いにいくよ。絶対に。風奏のライブも聞かなくちゃいけないし。妹に……あ、風奏に土産を渡したままだな。じゃあ、それも返してもらわないと』 ――いつまでも、笑わせてくれる方です。玲也は。 泣きながら、笑うアリス。すぐに涙は拭って、笑顔だけになった。 顔は見えないが、玲也はうなずいていると思う。 『涙より笑顔。……また、会おうな』 闇の中で、玲也はアリスの手を取り、光の方へと引いた。 コード=ゼロ。 ある事実は、嘘のように消えて。 一羽の黒い鳥と一頭の白い蝶は、失われた時間を求めて、翼と羽を揺らした――。 まだ、この顔を覚えていますか ~Your phase My face~ 一人部屋の病室。ベッドには、体が弱そうな一人の少女。 窓際には、気が強そうな女が一人。 季節は、夏と秋の間。まだ少し蒸し暑く、たまに吹く風が心地いい。 缶の蓋を開けて、ジュースを飲む女。 呆然とジュースを飲む女を見ていた少女は、さっきの話の続きを聞かせて欲しいと言った。 女はうなずいて、出しておいた椅子に座る。 「兄は、そのストランというゲームは、悪いものだと気付きました。ストランは、人の命を弄ぶゲームだったのです」 興味津々に自分を見つめる目。女は、饒舌混じりに話を進める。 「ゲームを通じて、兄は記憶を徐々に失っていきました。ストランという悪いゲームから得た力ですから、悪い力だったのかもしれない。もしかしたら、良い力だったのかもしれない。けれど、兄は目的だけは忘れません。怪我に苦しみ、エネミーに苦しむ人々を救うことを」 少女は一言も聞き漏らそうとはせず、食いつくように女の話を聞いている。 ジュースを一口飲んで、合間を入れる。どんなに悠長に喋ろうと、呼吸が長く続くことはないのだ。 「いよいよ、最終決戦。さぁ、兄が勝つか。悪者が勝つか。どっちだと思う?」 急にクイズ形式になる。 どきっとしてあたふたとしている少女を見て、意地悪そうな笑みを浮かべた女。 考えた末、やっぱり兄だと少女は言った。 「でも、最後を見届けた人はいませんでした。女の子も、兄と一緒に居たから、兄が最後にどうなったのか、誰にも分かりませんでした」 なーんだ、と少女は、結末が分からなかったためか、しょんぼりしている。女は、笑いながら、少女の頭を撫でた。 そして、すぐに機嫌を直したが、まだ足りていないような顔を見せる少女。 その頭を撫でながら、女は言うのだった。 「……それから、人が生まれて死ぬよりも、長い時間が経ち、兄は女の子を連れて、妹の元へと戻り、「ただいま」、と言いました――」 病室の扉が開かれて、足音が聞こえる。 笑って、手を振る女。 そして少女は、満面の笑みで二人に、「おかえり」、と言うのだった。 |
前沢遥斗
http://www17.atpages.jp/yomehakudo0612/ 2013年07月25日(木) 16時56分03秒 公開 ■この作品の著作権は前沢遥斗さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
この作品の感想をお寄せください。 | |||||
---|---|---|---|---|---|
No.2 前沢遥斗 評価:0点 ■2013-07-27 14:19 ID:KRks/.JPHNk | |||||
評価をして頂きありがとうございます。 陣家様の評価を見て、顔を真っ赤にしている自分が居ます。 確かに、友人たちにも見せてみて、 >コンクリートの床にキスさせる という表現で笑わせたことがありました……。 表現の仕方というのか、言い回しというのか、気にかけてみようと思います。 ありがとうございました。 また、気になる点がありましたら教えて下さい。 お願いします。 |
|||||
No.1 陣家 評価:10点 ■2013-07-27 14:17 ID:0hloaAbaykQ | |||||
前沢遥斗さん、初めまして 1つ気になることがありまして、この作品なんですけど、前沢遥斗さんのお友達や、お知り合いには見せましたでしょうか。 もしも見せていたとしたら、その結果どんな反応でしたでしょうか。 これはあくまで想像なのですが、割合に好評だったのではないでしょうか。 世の中、人によっていろいろと趣味嗜好は違いますが、単なる好みだけでは説明のつかない、いわゆるジェネレーションギャップと呼ばれる、世代的な較差が存在しているような気がします。 いまや押しも押されぬベストセラー作家である山田悠介氏の出現は、この事実を目の当たりにしてくれた象徴でした。 多分、漫画文化、携帯小説の流行などの、文芸というもの歴史的変遷や流れというものは、無視できないにしても、おおよそ、それに触れて生きてきた自分が、それを享受できないのは、どことなく理不尽な思いを禁じ得ません。 ぶっちゃけ、うらやましいわけです。 なんで自分は素直に楽しめないのか。 そこで、いささか浅薄な行為かもしれませんが、ここで山田祐介作品群の良き読者(リアル鬼ごっこだけで100万部売れたわけですから、少なからぬ人数だと思われます)となった自分を想像しながら、その楽しみ方を仮想体験することで、自分への啓蒙をこめて読ませていただきました。 そうすることで、自分の中の何が邪魔で、無駄で、冗長な部分なのかが、見えてくるようにも思います。 では、順を追って、、、 > ~My phase Your face~ のっけから、見たことのない英語が出てきます。 もしかして自動翻訳で適当に作ったんじゃ…… なんてことは良き読者は思いません。 ただ自分が知らないだけで、深い意味があるはずです。 ここでは、インパクトを感じ取ればいいわけですから。 >兄に車椅子を引いてもらっていた。 車いすを引く、 既成概念に縛られた人間としては、リキシャ文化が医療器具にまで浸透したインド文化圏に席巻された未来世界? などとくだらないことを考えますが、良き読者は車椅子なんて触ったこともない人が大多数なわけで、なんの問題もないわけです。 >妹が旅行先で倒れた。 車椅子が倒れたんなら兄の過失なんじゃねえの? なんてくだらないツッコミは、良き読者はするはずもないでしょう。 >妹の安楽死を医師から勧められた。 日本を含む、多くの国では刑事犯罪として扱われる行為ですが、良き読者としては、ここではあくまでも妹の悲劇的な運命を端的に表現する、分かりやすさの方が重要でしょうから気にするのは間違いです。 >臓器売買の瞬間だった。 いや、まだしてないし、 なんて思わずに、臓器売買という言葉のインパクトのみに重きを置くのが良き読者なのは言わずもがなです。 >ストランパート略してストラン いや、ストラン自体がすでになんかの略語っぽいんじゃ…… なんて、面倒なことは考えません。語感、フィーリングが良ければいいんです。 >凶暴そうに見えて、殺し等とは程遠い大きさの犬などが選ばれていた(もちろんしつけられている)。 頭はドーベルマン、体はチワワ、みたいな品種でしょうか。 ある種、端倪すべからざる画期的な表現にも思えます。 しかし、良き読者は、凶暴、殺し、というキーワードの後に、しつけられている!とたたみかけられれば、震え上がるのが礼儀というものでしょう。 >『おめでとう! キミはストランパートに選ばれた使者だ!』 ゲーム参加者は、逃げる側だったはずなのに、使者ってことは、いきなりここでどんでん返し? なんて思うのは、古くさいシナリオオタクだけが考えることなのでしょう。 >『ゼロ』という数字は、初めてみる数字だったからだ。 さっき一番格下だと言ってたんじゃ…… おそらく、良き読者は、三行以上前のことは気にしないのが案外のコツなのでしょう。 >ふと情けないことを言ってしまっている、肌寒いようで、と言っても厚着をする程の寒さでもない中途半端な朝。ストランパートへの招待状が届いてから、一週間が過ぎたことを指した。 ここで良き読者でない者が学ぶべきなのは、長い文章の後では、主語がないほうが、脳に掛ける負担が少ないということなのかもしれません。 >レッドレイで番組を録画 青色レーザーが発売される以前には、赤色レーザーのピックアップしかなかったことなんて、良き読者(若い)は知るよしもありません。素直にブルーレイよりもずっと進化した録画方式なんだろうなと思うのです。 そして、デスゲームに参加するわが子を、嬉々として録画する両親のメンタルは、事故現場を携帯カメラで写しまくる現代人の正常進化系なのかもしれません。 >就職活動など陸にせず、 妹の治療費…… 一攫千金の唯一無二の秘策もあるし、体験入隊で仕入れたアメリカンジョークで妹を笑わせる方が賢明なのです。 >港がある場所は一箇所しか無いのだから、迷うことは滅多に無い。 迷ったことがあるのに、この謎の自信…… そもそも地図があっても迷うのが方向音痴なんじゃないの? とは思いますが、ここはロードムービー的な出発の期待と不安を示したいだけなので的はずれな指摘なのです。 >『相手』を傷つける行為は禁ずるという項目が一番強調されていた。 >〜くれぐれも注意しようと自分に言い聞かせる玲也 事前情報によれば、ルール違反は日常的に行われているし、実際主人公も、こう思った数分後には暴力行為に訴えるわけですが、命を賭けたサバイバルゲームが暴力行為なしに成立するシステムとは、どんなルールなのだろう。 と、考えるのは、ここまで読み進めた人間としては、あまりにも学習効果を持ちあわせていないとしか言いようがないでしょう。 >ディーラーと無謀と呼べる賭け勝負をしようとする人は、狂人かエンターテイナーで無い限りは、ほとんど見られなかった。 ここでは、アカギとカイジの末裔がテーブルに着いている光景を思い浮かべるのが正しい礼儀なのでしょう。 そして、唐突に毒舌少女登場。 セリフがまた、良いです。 >「……見れば分かります。貴方は知能以前に、眼科に行かれて治療に失敗すれば良いのだと思います」 いや、見る目を疑われたのは自分の方だと分かってるのになんでそう繋がるの…… なんて、無粋なことは思わずに、瀕死レベルの萌えを甘受するのが正解なのでしょう。 その後も、黒服ならぬアロハシャツの運営スタッフにレイをかけてもらいたい誘惑と戦ったり、瀕死のはずの妹に渡すおみやげに悩んだりと、牧歌的な展開が続くところで、いったん中断しました。 とにかく、冒頭だけでこの密度ですから、完読にはどれほどの時間が必要なのか、予想も付きません。 というか、面白すぎます。もったいないので、じっくりと読み進めていこうと思います。 ところで、くどいようですが、決して嫌味で言っているわけではありません。 なにしろリアル鬼ごっこも、プロの編集の目に止まって世にでたわけではなく、自費出版であれほどの支持を得たわけですから、いかに文章のプロと呼ばれる人間に見る目が無かったのかということが露呈したわけです。 なので、筆者さんも、細かい誤字などに気を回すよりも、とにかく奇抜で胸躍る超展開だけに砕身してください。 この作劇スキルは、自分などでは到底真似の出来ることでもありませんし、筆者さんの発展のためには、そのほうが絶対意義があると思います。 それでは、いったんここでお別れします。 点数はまだ、途中までなので刻んでたりします。 |
|||||
総レス数 2 合計 10点 |
E-Mail(任意) | |
メッセージ | |
評価(必須) | 削除用パス Cookie |