夏が来る |
「今日も4匹のカラスアゲは死んでしまった」 水色の薄い布団に体を半分くらい埋めながら、日記に記す。死にたくないと思う。日記を枕もとにおいて、布団を頭まで被って眠ろうとした。頭の上に生えている茶色くて核をしっかりともったトナカイのそれに似ている角(私たちはこれを豆と呼んでいる)が布団からはみ出ているのを感じ、寒さに震えた。カラスアゲが1匹死ぬと同時に私たちメリロイスが1匹ずつ、死んでいく。死にたくない、私はまだ死にたくないと、いつでも念じている。 鳥のさえずりと天窓からの太陽光で目が覚めた。私は布団から出てパジャマを脱ぎ、クローゼットから薄緑色のしっかりとした素材のワンピースと、白く花の刺繍が縫われたレースのベストを取り出し身につける。茶色いバスケットを、部屋から出てすぐにある玄関に置いて、洗面所に向かった。洗面所の鏡の前に立ち、豆の大きさを測る。私の叔母にあたる人から貰ったメジャーの、ぐるぐるまきをピンと伸ばして、私の豆にあててみると、昨日から約0.25mmだけ成長していたので、少しココアを飲みすぎたなあと反省している。もっと大きくならないと。適切な量のココアを飲み、カラスアゲを守らなければ。守ることは生きることに繋がる。メジャーをワンピースのポケットにしまい、蛇口をひねり、夏の生ぬるい水で顔を洗った。髪の毛も随分伸びて、肩に届くようになった。白いコップに立てかけてある白い歯ブラシをぬらし、歯も磨いた。コップの横にある、髪ゴムやらピンやらバレッタやらが入っている、手に納まるくらいの大きさの木箱から、ブタの毛で作られた櫛と、茶色のゴムを取り出す。丁寧に髪を梳いてからシンメトリーになるように二つ結びをきっちり結ぶ。そこで、二階のキッチンから焼きたてのケイクの香りがしたので、母さんが作ったものだろうとキッチンへ向かった。やはり私よりも一回り大きい豆を持ったエプロンを着こなしたお母さんがいて、無表情にケイクとフォークを白い皿の上に乗せ、パイン材で出来た机の上に乗せた。私はただ一連の動作を見つめていた。 「カラスアゲあと何匹残っているの」 おはようよりも先に聞いてしまった。今日ばっかりは何故か先に聞いてしまったみたいで、わたしはそのあとに、おはよう、と付け足した。お母さんは表情をぴくりともせずに、私に337と言った。確実に毎日減っている。私たちメリロイスは、残り1348しか残っていない、ということを暗示していた。計算は単純で、毎日4匹ずつ減っているから、337×4。そして、私たちはあと1年ももたないということも理解した。机と同じパイン材でできた椅子に腰かけ、皿の上のフォークをとっていただきますと言い、ケイクを食べた。生クリームはふわふわしていた。喉を通るそれはなんとなく気管にへばりついている感覚がして、喉が渇く。 「おかあさん、コーヒーはないの」 「忘れてた、つくってくるわ」 ケイクを食べる手を休ませ、足をふらふらと遊ばせる。今日は森へ行き、なにがあってもおかしくないように、ベリーを沢山手に入れておこう。計画を立てていると、お母さんはコン、と音を立てて白いコップを皿の横に置いた。芳ばしい香りが鼻を掠める。クリーム色の湯気と、私の顔が映るくらいの真っ黒で苦そうな液体。一口すすると、とても熱かった。今日は暑い日なのだろうか。暑ければ暑いほど、豆は大きくなる。暑いといいなあ。朝食を終えた私はごちそうさまを言った。 私とお母さんの2人暮らしのこの家には、窓が1つしかなかった。私の部屋にある天窓のみで、夜の星は家の中から見ることが出来なかった。しかし、大きな庭を持っていたので、庭に出れば夜空の星たちはとてもくっきりと見えたし、庭を出て右を曲がってすぐのところに、大きな森があった。自然に恵まれた場所でないと、私たちは長く生きていくことが出来ない。この家は、お父さんが建てたものだったが、お父さんは何年か前にカラスアゲと共に死んでしまった。確かわたしが8歳のときだったとおもうので、8年くらい前だと思う。お父さんの豆は、メリロイスの中でも特に大きいものだったのを良く覚えている。それでも死んでしまう。他のメリロイスよりも比較的小さい豆の私なんて、すぐに死んでしまうだろうなあ。 「お母さん、森から、蛇いちごとラズベリー、とってくるね」 「今夜は新月だから、なるべく19時には森を出てなさいよ」 「はい、行ってきます」 お母さん挨拶をして、階段をゆっくり下りる。裸足で玄関まで行き、玄関に置いたバスケットをとり、白いサンダルを履いて、私は家から出た。 庭にはアデッサ、キキョウ、ゼラニウムなどの花が顔を出していた。空を見上げると、やっぱり私の予想は正しく、よく日が照っていた。今夜はゲッカビジンも咲いてくれるはずだろう。私は足を進め、森へ向かった。 森に入ると、空の光が木々の合間からこぼれて、幻想的な空気が生まれていた。私には幻想的なものがどういうものなのか具体例をあげることはできないだが、この景色を写真に写したらとても綺麗だろうから、私はこの景色を幻想的だと感じた。豆が呼吸を始めたようで、私は足を早く進めた。豆に運動をさせなければ。前へ進むと蛇いちごがあり、私はバスケットの中から白い軍手を取り出して手にはめ、蛇いちごの収穫をする。髪の毛が陽を感じる。まだ、暑いというわけでもないので、まだ10時にはなっていないのだろう。今日起きたのは何時だったっけ。そんな浮かんでは消えていくどうでもいいことを考えながら、収穫を進めた。これはケイクには使えないベリーで、主に解毒薬に使われる。ノーザーさんのところへもって行けば、5分もしないうちに解毒薬になる。明日はノーザーさんのところへ、この蛇いちごを持っていこう。収穫した蛇いちごは全てバスケットに入れてあったので、そこから駄目になっている奴が1粒も入っていないか確認し、蛇いちごの収穫を終えた。 「メリロイス、いきるの、たのしい?」 声がした。あまりにも唐突だったので私は驚き、バスケットを落としてしまった。落ちたほうを見たが、蛇いちごは1つもこぼれていなかった。 「メリロイス、いきるの、たのしい?」 繰り返される同じ単語に、なにも理解できなかったが、それは私の2つ結びの右のほうから聞こえたと感じた。そっと右の肩に触れてみると、そこには小さいものが居た。右手の人差し指と親指でそれをつまんで顔の前に持ってくると、それはメリロイスから、豆が消え、羽が生えたようなものだということがわかった。 「おまえ、誰なの?」 それに聞いてみた。それはニコニコしていて、でもそれは怖い笑みでも、優しい笑みでも、含みがある笑みでも、純粋な笑みでもなくて、本当にただただニコニコしているだけであった。 「わたし、ニルクリニ。ヒト、と、いきている」 「ヒト、ってなに? 化け物?」 「ちがう、ヒト、すてき。ヒト、めつぼう、しない」 メリロイス、と、ちがって。そう付け足したニルクリニは、つままれたまま動かない。私はヒトに興味を持った。ヒト。私たちのメリロイスのように滅亡しない。カラスアゲが消えたとしても、ヒトは生き残るのだろうか。 「カラスアゲが死んでも、ヒトは生き残るの?」 「うん、ヒト、いきる、こと、が、つよい」 森からの薄い光を浴びて、私は、ちょっと、ほんのちょっとだけ、ヒトに憧れた。私は生まれ変わったらヒトになりたいと思う。生まれ変わって、魂の選択権が与えられたら、絶対、ヒトになりたい。何故か、分からないけど、その思いは強くなっていった。 「ねえ、ヒト、なりたい?」 「……私たちは、メリロイスだから、ヒトにはなれないんじゃあないの」 「ううん、なれる。ヒト、のぞめ、ば、なれる」 「本当に? お母さんも? みんな?」 ニルクリニは、先ほどから口のみを動かしていたが、同様に、口のみを動かして、うん。と言った。 「私、ヒトになりたい」 「なろう、しあわせ」 ニルクリニはふわふわっと私の指から抜けて、私を誘導した。こっち、きて。そういった。 ニルクリニのふわふわと飛ぶ様を追いかけて、追いかけて。絶対何時間も歩いているはずは無いのに、森から光が入ってこなくなった。私は何も考えずにニルクルニを追いかけた。 「ゲッカビジン、さいている、ここ、で、ヒト、なれるよ」 ニルクリニの止まった先には、今まで見たことの無いほどのゲッカビジンがあった。それはゲッカビジンの生きる場所のようだった。いや、ゲッカビジンの生まれる場所、と言ったほうが正しいかもしれない。 「ここに、ねるの」 ニルクリニは小さな人差し指でそこを差した。ゲッカビジンがすっぽりと抜けた場所があって、私はそこに寝ろと指示された。自分の曖昧な意思に反して、体はどんどんニルクリニに従う。私はそこへ寝た。本当に、寝た。一瞬だった。 「おはよう、ヒト。マメ、きえたね」 理解が追いつかなかった。私は立っていた。記憶、というものがすっぽり抜けたようだった。下を見つめると、白い甘い香りのゲッカビジンと、トナカイのような角が生えた私のようなものが寝ていた。私の、脱け殻という方がいいかも知れない。 「あれは、カラスアゲ……」 何も意識しないうちに、私はカラスアゲと言っていた。確かにこの口で言ったのに、私は何も理解が出来ない。しかし、目の前にいる小人がニルクリニだということだけはしっかりと覚えていた。 「おはよう、おはよう、ヒト」 ニルクリニはそういってニコニコし、ふわりと飛び出したので、私は眠っている私の脱け殻を置いて、ニルクリニの後を追いかけた。 |
無花果
2013年07月05日(金) 21時03分24秒 公開 ■この作品の著作権は無花果さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.1 お 評価:20点 ■2013-07-07 10:24 ID:wxwaeJFv2JA | |||||
不思議なお話しで、少しばかりアヤシいお話しですね。 雰囲気は好きな感じでした。 少しまぁ、説明が足りないのか、状況が良く飲み込めませんでした。 そして、やっぱり、気になるのは、主人公さんの今後、また、種族の今後、ですよね。 雰囲気は良かったのですが、そこ止まりという感じでもありました。 評価は 普通 ということで。 |
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総レス数 1 合計 20点 |
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