微塵娘憚 |
――この小説には暴言的なシーンやグロテスク(キモイ)な表現が多数含まれています。ご注意ください。―― 01 小学生の頃、教師から受けた訓話だが…… ――誰か好きな人の顔を思い浮かべてご覧なさい。ほら、きっとその人は微笑を浮かべているでしょう? だからみなさんも人と接する時にはなるべく笑顔でいましょうね。 なんて、担任の女教師がニコリともせずに、いや、少しはしていたかもしれないが、そんな趣旨の話をしていたのを憶えている。 小学生に対する訓話としてはまぁいかにもな感じの話だ。 いかにもで、ありがちで、言われてみれば確かにそうかもしれないというような、もしかすると、今風に言えばコールドリーディングとでも言われてしまいそうな、そんな話だ。 今となっては、その女教師の顔自体が思い出せない。ということは好きな人ではなかった、嫌いな先生だったという可能性も高いが、それよりはあまりにも遠い記憶であるという理由の方が大きいからなのだと、この女教師の名誉のためにもつけ加えておいた方がいいのかもしれない。 そう考えればそんなものは記憶の取捨選択、そして記憶していられる期間としての限界、その範疇の問題だろう。 実際人の顔などは好むと好まざるとに係わらず記憶せざるを得ないものであり、しょっちゅう顔を合わせている人や、人生において大きな関わりを持った人の顔などは憶えていて然るべきものだし、生活上必要不可欠なものだ。 家族、友人、恩師、上司、お得意さん、等々、憶えておくべき顔は数多い、確かに記憶に留められているのは間違いないが、その中で何人が笑っているか、笑顔を浮かべた顔として脳裏に浮かんでくるか、それを考えるとその数はさして多いとは言えない。圧倒的に少ない。どう考えても。 それがとても残念なことなのか、憂慮すべきことなのかは分からないが、その中には、かつては飽きるほど思いだしてはにやつき、思い浮かべるだけで疲れが吹き飛ぶような、そんな顔もあったことぐらいは憶えている。 しかしそれはあくまで期間限定、もはや意味のない行為でしかない。かつては記憶の最上層、最高のプライオリティーを誇ったはずのそれも、いつしか記憶の底に沈めることになる、好むと好まざるとに拘わらず……。 結局その憶えている顔ランキングの上位に返り咲くのはやはり家族や旧友、今現在のところ係わりを持っている同僚や上司の顔となるのだ。 それは、残念と言うよりは仕方のないこと、と言うよりも思い出さない自由、あるいは権利であって欲しいとさえ思う。 ある意味、栄枯盛衰の理とでもしておく方が良いのだろう。 まあ、そんなことはどうでもいいのだが……つまるところその憶えておくべき顔ランキングに確実にリアルタイムで在籍していながら、妙に思い出せない、思い浮かべにくい顔というのも存在する、それが言いたいだけなのだ。 西本さん。 同僚……なのだが、 毎日顔を合わせているのだが、 特に嫌いと言うわけでもな、 迷惑を被っているわけでもなく、 それでも、やはり、彼女の顔は思い出しにくく、頭に描きにくく、描写しにくい、そういう類の人なのだ。 まさか、小学校の女教師の訓話が呪詛のごとく思考を呪縛しているわけもあるまいが……それでもやはり一理はあったということかもしれない。彼女の笑顔を思い浮かべることが困難なのは、好きとか嫌いとかそういった感情のせいではなく、彼女が単に無表情なだけなのだ。 そう…… 西本さんは無表情、それが言いたかっただけだ。 とは言っても、彼女が笑ったところを見たことがないのかと問われれば、それはある。 なんじゃそりゃ、と突っ込まれそうだが。 あるのだ。確かに。 しかしそれがどんなものだったか、それを思い出すのは難しい。と言うより記憶にない。確かに笑った顔を何度か見ていることに間違いはなく、そのこと自体の記憶はあるのだが、さあ、それがどんな顔だったのかを思い浮かべてご覧なさいと言われても、それは無理、浮かんでこない、さっぱりである。 健忘症だろうか? 歳なのだろうか? その疑いはある、完全に否定はできない。もう若くはないのだから、俺も……。 今年、本年をもって、はたと気が付いてみれば四十歳を迎えていた。特に不思議なことでもなければ、大変な事態というわけでもない。人間誰でも歳をとる。 太陽系第三惑星地球上に生を受け、その公転軌道を四十回巡るあいだ心臓が動いていれば、人間に限らずどんな生物でも四十歳ということになるのだ。 四十年も生きていられるほ乳類というのは長命な部類だと思う。 ここはひとつ、人類として生を受けたこと、一応平和な日本国に生まれ着いたこと、ここまで長命を勝ち得たことを素直に喜ぶべきなのかもしれない。 などと……日々ミクロな雑事をやっとかっとこなして糊口をしのいでいる人間がするべきではない抱負を口にしている時点で、あまり旗色の良くない人生を送っていることを否定できないところではあるのだが。 もしかすると四十路にしてこの状態というのは結構憂慮すべき事態なのかもしれないが、それでも今時珍しくもない人種だとは思う。 まあ、俺のことはどうでもいいので話を先に進めよう。 02 というわけで、ここで少々記憶をたどって、彼女、西本さんと出会ったそのきっかけから話を進めていこうと思う。 仕事の紹介を受けた。 古い仕事仲間からだった。 久しぶりに会った中村君は変わっていなかった。 態度も口調も穏和ではあるが、眼鏡越しに相手を見据える眼光には営業マンとしての狡猾さにも磨きが掛かっているように見えた。 中村君は俺よりも若干年下であるにもかかわらず、いろんな意味で俺とはタイプの違う人間だ。和を重んじ、環を尊び、我を抑えて堅実に人生を送ってきている。 それぐらいは俺にも分かる。そして二児の父親でもある。立派である。日本の少子化に拍車を掛けているだけのこんなぐうたらな俺に生きる道筋を与えてくれるなぞとは、まさに人格者と言うものだ。とりあえずの利害関係はあるにしても……。 そんな中村君にとっての俺の存在とは何なのだろう? 友達……ではないにしても、旧知の仲間、それぐらいには思ってもらえているのだろうか? だとしたら、自分も社会生活を送る上では最低限のツボは押さえてきたということなのか。社会生活のどの辺がツボなのかは説明できるわけもないが、おこがましいことを承知で言わせてもらえれば、なんだかんだと言いながらこんな俺でも平均的な社会性は保持してきた、ということなのかもしれない。 まあ、いくばくかのプライドと引き換えにした感もあるが、それは生きていくには仕方のないことだ。 さて、少人数ではあるが手堅い産業機器の設計事務所、そのグループ室長であるそんな中村君がパーテーションで囲まれたミーティングルームの机の上に資料を広げながら説明を始める。 淡々と業務の内容を説明しながらも、机を挟んで相対する中村君はやや苦笑混じりだった。 「単価は下がる一方ですわ……最近はどこも……」 説明資料によると、よくある業務機器の試作評価作業、設計補佐、その他軽作業、らしい。 「まあ、崎川さんなら、特に問題なくこなせる業務だと思いますよ」 「そうだといいんですがね」 一応神妙な感じを出しつつ応答する俺だった。 実際、単価から察するに業務の難易度自体は問題ないレベルに思えた。言ってみれば、いつものヤツって感じだ。 とは言え、実際に現場入りして仕事に掛かってみれば楽な仕事というのは滅多にあるものではない。特に今回のようにすぐにでも来てくださいという部類の部門はおよそ尻に火が付いた状態であるのがほとんどだ。それはつまり即戦力が欲しいという意味に他ならないのだから。 「ああ、それと……」 と、中村君が切り出す。 「今回はうちの社員と二人でチーム組んでもらいたいんですわ」 そう告げた中村君の語尾には気のせいか含み笑いが混じっているように見えた。いや、もともと彼はこんな感じのところがあるのだ、特に意味はないのかもしれない。 チーム、つまり相棒、相方というところか。それはこちらとしても悪い話ではない。多勢に無勢ということもある。見知らぬ現場に入り、見知らぬ人の中で慣れない仕事を遂行する。そんな環境の中、まったくの一人きりに比べれば二人でいるというのは、なにより心強い。それが偽らざる正直な気持ちであった。 「実は崎川さんの補助という役目もあるんだけど、ちょとスキル的にまだまだな面があるんですわ」 「え? ああ、なるほど」 ふむ、そういうわけか。仕事の少ないご時世である。言ってみれば抱き合わせ商法と、ついでに社員のスキルアップのもくろみもあるというわけなのだろう。 さすがは中村君である、なかなか抜かりのない根回しである。 中村君が続けて言う。 「まあ、女の子なんで」 言って、俺の顔を伺うように見る中村君の口角が少し上がったかのように見えた。 「え、ああ、そうですか」 俺は抑揚無く返事を返しつつも、若干意表を突かれた思いであった。意外と言えば意外。一般的に女子社員、それも事務職ではない女子社員は比率的にに極めて少ないのがこの職種の中小企業では常である。それでもまあ、この世の中、男と女しかいないわけで、特に今の時代、驚くほどのことではないのだろう。 それにしても、女の子……。 俺と中村君のつき合いの長さというか、ある意味フランクな関係を鑑みればここで単に女性という言葉を使うよりはワンクッション置いた、くだけた言い回しだったのかもしれない。しかしながら社会において、この女の子という言葉が指し示す人物像がどういったものかは注意する必要があるのはもはや常識と言ってもいいだろう。 ぶっちゃけ字面どおり、額面どおりに受けとるのは危険だということだ。 まあ、ここで浮かれるなよ。俺。ってことだ。 女の子、あるいは女子という言葉の持つ魅惑性と、それと同時に生まれる可能性のある様々な見解の齟齬は、時として無用な悲喜劇を生み出すことも承知している。体験してきている。 そういうわけで、ここは中村君に対して俺は無表情を貫き通した。 そして俺は、それがいたって正解であったことをすぐさま確認することになる。 女の子、というのが国語辞典に載っているような、ある範囲の年齢層を指し示す名詞でないことを。 「西本さん」 中村君がパーテーション越しに事務所に向かって呼びかけた。 「はい」 と返事がし、こちらに向かってくる足音が聞こえた。 小走りに、パタパタパタっと。 そして西元さんがパーテーションの陰から姿を見せた。 03 あなたは初対面の誰かと出会った時に運命を感じたことがあるだろうか。 幾分少女趣味的で大げさな言い方かもしれないが、誰しも一度や二度は経験があるのではないだろうか。 そしてその多くは異性であって、年齢も近しい間柄であるほどその確率は高いはずだ。 それは、多くは単なる勘違い、思いこみである場合も少なくはないのだろうが、それこそ運命の本質だと言う人もいる。第一印象、直感がその後の人間関係に大きく後を引くことは珍しいことではないのだから。それは裏を返せば希望、期待ということなのかもしれないが。 そして俺はこの時、確かにそれを感じた。運命的なものを。 ああ、この人とは何もないな、という運命と、ありえないはずだ、という希望までを。 客観的に見ても彼女は男に縁がない女性特有の不潔感を全身から発散させていた。近寄りたくもない負のオーラという奴だろうか。 しかしまぁ人は見かけによらないということもしばしばある。特に自分に人を見る目がある、俺自身が人の資質や性格を見抜く力に秀でていると思ってもいないが、印象ということに関して言えばそこに個人の主観が入ってしまうのは仕方のないところであろう。 なのでここではできる限り客観的に彼女の外見を描写することを試みようと思う。 背丈は……普通である、百五十五センチというところだろうか。太っているわけでも痩せているわけでもない。中肉中背といったところだ。もしかすると中肉中背というのは女子に対してはあまり使われない形容であるのかもしれないが、そうだとすると彼女に対しては非常に的を射た形容であるような気がする。つまるところ中性的なのだ。 もう少々付け加えるとすれば太っているわけではないながらなんとなく全体的にたるんだ印象を受けるのだ。それは身長の割には短い手足とやたらとでかい臀部、その割には平坦に見える胸部といった具合で、とにかく締まったところがない、無束縛な体型とでも言うべきか。 出るべきところは出ず、締まるべきところは締まらない、埴輪、いや、豊穣の女神信仰的な土偶という表現の方がふさわしいシルエットと言うべきか、まあこれはこれで個性的とは言えるのだが。 服装的に言えばもともとこの会社には社服などというものは存在しないため、私服そのままの服装であるのだが、その服装というのが、上は縦縞の入っただぼだぼの白いワイシャツ(ブラウスではない)と、下は真っ黒な綿のストレッチパンツといういでたちで、変、とまでは言えないまでも、ちょっと変わった感じだなという印象は誰でも持つのではないだろうか。 実のところ、この時は服装に関してそれほど驚愕したわけではない。服装などその日その日で変わるものであり、たまたま今日はこういうコーディネイトであったということであればそれほど驚くほどのことではなかっただろう。 そう、これ以外のコーディネイトをその後まったく見る機会に至っていない今から思えばの話なのだ。つまりはこの部分だけは、服装においてだけはその前提での所見だと思ってもらっていい。 彼女を地味か派手かに分類するとしたら地味としか言いようがないのかもしれないが、それでも地味というカテゴリーに分類されるためには必要な要件が存在する。木を隠すには森の中という格言があるが、目立たないことが地味であることの必須要件であるというならば、彼女の地味さはその要件には当てはまらない。つまりは驚くほどの地味なのだ。 そもそも体型に締まりがないと感じるのも多分にこの服装のせいもあるかもしれない。体の線をまったく伺わせることのない逆ボディコン、パンツと言うよりはモンペと言う方がふさわしいのではないかとさえ思える。 どうにもたるんだライン。 女工さんなのか? 女工哀史を体言化したいのか? ところでなぜモンペチックに見えるかと問われれば、それはすなわちベルトラインだと答えざるをえない。昨今、と言うよりもこの十年くらい前から男女を問わずベルトラインは腰骨の下、いわゆるローライズが世の標準と化した感がある。だがしかし、この西本さんのパンツは、今時どこに売ってるんだ? と聞いてみたくなるようなハイライズ、それもウルトラハイライズなのだ。そしてベルトはガンベルトのようなメタル穴の付いた革ベルト。 なぜ? と問いつめたくなる人もおそらくは少なからぬ数に上るのではないかと想像してしまう。まあ、想像はするが、決してそれが常軌を逸しているわけでもなく、誰に責められ、指摘される程のものでもないのも確かであり、そしておそらくはそのような批判を受けた経験もないのであろう。 従って問題なしである。前述した通り、安心して彼女、西本さんはこのコーディネイトを貫き通すことだろう。 おそらくこの先何年間も。 毎日。 04 髪型は、まあ、三つ編みなのだった。それも編み込み風などという小じゃれたヘアメイクと呼べるようなものではなく、ひっつめた髪を正確に後ろで一本にギリギリにまとめただけのシンプルな三つ編み。それ以外に何の特徴もない三つ編みなのだった。いや、特徴がないとは言えないのだが、特筆すべきはその長さだろうか、それは腰のラインを超えて足の付け根辺りまで長く伸びている。 長いのだ、度を超して。 三つ編みというものに妙な幻想を抱いている人間がいるとすれば、この西本さんの三つ編みはひょっとすると冒涜と言ってもいいかもしれない。もちろん俺はそんな幻想や憧れめいたものは持っていないが、髪型という物にはその人物の人と成り、雰囲気に絶大な影響力を持つ。そのことには誰しもが異論を唱える余地のないところだし、特に女性においてはその傾向が強いことだろう。 しかしこの西本さんの三つ編みはどうだろう……、端的に言えば剃りの入っていない辮髪風三つ編みとでも言うべきか。そしてその編み方もよく見ると非常におざなりなのだ。おそらくは髪の長さ自体が不揃いな上に枝毛の処理がほとんどされていないためなのだろう。例えて言うならば、あざなえる縄、すり切れた荒縄のような風体に見える。 そして蛇足ではあるかもしれないが、付け加えるならば白髪交じり。一見年齢不詳の彼女ではあるが、そのあたりからもおおよその年齢の判別は付いてしまうわけである。 という感じで、三つ編みという髪型に不可欠な清潔感、初々しさ、そんなものが欠片もない。不快、とまでは言い切れないが、見るだけならまだしも間違っても触れたくない、とまで思う人もひょっとするといるかもしれない。 俺の場合は潔癖性とはほど遠い性格だと自負しているので、まあ間違って手が当たるくらいなら我慢できる自信はある。鳥肌くらいは軽く立ってしまう恐れはあるが、そんな機会はまず訪れるものではないとないと思って安心しておこう。 それにしてもおそらくは、なかなかお目にかかれない部類の希有な髪型であるのだと思う。そしてど真ん中できっちりと分けられた頭頂部が白い、白い頭皮がかなりの自己主張をなしている。これも推測だが、おそらくはここ何年か、いやことによると二十年くらいは分け目を変えていないのではないだろうか。髪の分け目は時々変えてくださいね、などというのは近所の理容師のおっさんでさえ口にするほどの常套句であり定石だ。なぜなら毎日同じところで分け目を作っていると次第に分け目が広がって地肌が目立つようになってしまう。 俺自身は幸いと言うか、髪の毛が多い体質なのであまり気にすることもないのだが、それでもずっと同じ場所で分け目を作るのは気が咎めて一週間おきに変えてみるくらいのことはする。 だがこの西本さんの場合はそんなことにはお構いなしなのだろう。しかもはっきり言って髪の量自体はどう見ても少ない部類と思えるのでそこはもう、モーセの十戒の奇跡のシーンのごとく、見事に地肌をさらしてしまっている。 そのおかげで見る気はなくとも、見たくもないのにどうしても目に付いてしまう。うっかり頭頂部だけを限定して視界に入れてしまうとフランシスコザビエルを彷彿としてしまう程だ。 顔をくどくどと説明するのは野暮な行為である。それも女性の顔を。そんなものは見る人の主観であり、たで食う虫も好きずきであり、捨てる神あれば拾う神ありで一概に美醜を断言できるわけもないのだ。 それでもあえて形容するとすれば…… まあ、ぱっと見、丁寧に書いたへのへのもへじという形容が自分的にはしっくりくる。特に口だ。人間の口がここまでへの字にできるのかとカルチャーショックを受けるくらいへの字なのだ。実は後日、鏡に向かって西本さんの口角の下向き角度の真似をしてみたことがあるのだが、とても無理だった。彼女のへの字口は本物だ、一子相伝なのかもしれない。耳は普通の薄い耳たぶ、鼻はコンパクトに折りたたまれたかのかのような鷲鼻と言ったところなのだが、その他は特に指摘するような変わった特徴があるわけではない。しかし彼女の目には覇気というものが感じられない、強いて言うなら山羊だろうか、死んだ山羊のような目、三白眼バージョンといったところか。 一重まぶたを奥二重だと言い張る女性は多いが、彼女の場合はそんな言い訳に固執する必要は全くないほどの潔い、プレーンな一重まぶたなのだ。 それにしてもノーメイク、どうだろう、俺としても、いや世間一般としても簡単に是非を出せるような問題ではないが、人によってはルール違反、社会人としての作法を失しているとまで断言する人もいるにはいる。 ファンデーションはお化粧のうちには入らないわよ、なんて……。高飛車に。 しかも彼女はまつげに対してなんの希少価値も持っていないようだった。ことあるごとに自分でまつげをぶちぶちと引き抜くこと行う、来れ見よがしに。 それは、その女性が偏執狂的なまでにまつげの長さ、濃さ、ボリュームのに執心することが分かっていてそんな行動をわざと見せつけていると言うふうにも取れる、ある意味反骨精神の表れなのかもしれない。 まあ、女性が化粧を落としたのを見た経験のある男性であれば(この場合多くの女性は化粧をするものだという偏見の上での話だが)、その変容ぶり、別人ぶりに驚きを禁じ得なかったことを体験したことはあると思う。それくらい女性は変わる、変身する、イメージが一変する。 つまりこの西本さんの場合でも、少々の化粧を施すだけでもイメージは一新し、スタイリストレベルのメイクアップ技術を有するプロの手に掛かればそれこそ大変身することも可能性としては大ありだろう。 いや、こののっぺりとした特徴のない目鼻立ちはその筋の人たちにとっては逆に素材としてはやる気を起こさせる部類の、純白のキャンバスにもなりえるのではないだろうか。 それを考えれば西本さんのご尊顔はそれ自身が決定的に救いようがないと言い切れるものではないのだろう。 まあ、保証はないし、分からないが、なにせノーメイクなわけで……。 いや、これ以上彼女の外見について長々と描写するのはやめておこう。先は長いのだ、これから短くない期間、俺は彼女と仕事をしていくことになるのだから。 どんな部類の顔であれ、慣れも飽きもする。 そして彼女は同僚なのだ。仕事上の相棒となるのだから。 05 過日、無機質なオフィスビルのエントランスロビー、その大理石風の柱にもたれて俺は西本さんを待っていた。 彼女が姿を現したのは待ち合わせ時間三分前、現場入り初日という事を考えてもそれは殊勝というわけでもなく、さりとて遅刻したわけでもないわけで、彼女を非難する理由はない。 しかし、そうは言っても今日は現場入りの初日である。 何か不測の事態が起こる可能性はあるし、それ以上に待ち合わせている人間がいるならば少しぐらい早めに集合場所に到着しておく方が無難だろう。礼儀と言ってもいいかもしれない。実際俺は待ち合わせ二十分前にはここに到着していた。 到着時刻の目測を誤ったのか、いや、それはないだろう。電車の乗り継ぎアプリケーションの一つぐらいは携帯電話に入っているはずだ。先日、会社で携帯電話の番号とメールアドレスを交換した時に彼女の携帯電話は目にしているが、さすがにその手のアプリか使えないほど規格外に古いタイプだったという印象はない。 彼女は基本挙動不審な動きの人である。おどおどしているというか、こそこそしているというか、とにかく他人に接近することを徹底的に回避しようとする節がある。 こうしてぎりぎりの時間に合わせて登場した理由もそこだろう。つまりはとにかく他人と接する時間を最小限にしたい、一人でいる時間を最大に保ちたい、そんなところだろう。 そうは言っても、素直な意見を述べさせてもらえれば、はっきり言って強心臓の持ち主としか思えなかった。 その彼女が近づいてきて俺の目前二メートルほどの場所で立ち止まる。服装はカーキ色のジャケット、それはやたらポケットの多い、フィッシャーマンズベストの長袖バージョンといった具合の物だったが、その下のコーディネイトは先日とまったく同じなのであった。 そして先日と同じように俺の右斜め前の床を意味もなく見つめながら低いトーンで言った。 「おはようございます」と。 そして笑った。不自然に。 多分愛想笑いだったのだろうが、それはなんとも形容のしがたい、コメントもしにくい、なんの感慨も与えない種類の表情だった。 例えて言えば、くしゃみがでそうなる数秒前の顔、そのいびつにひきつった面持ち、そんな感じだ。 あるいは人間に訓練されたオランウータンがなんとか地力で言葉を発っそうとする時の苦労にゆがんだ表情、そんなイメージも与える。 まあ、一言で言うならば……そう、 凄絶に? 06 住めば都とも言うが、そこは人間の順応性とでも言うべきか、仕事自体は始まってしまえばいつものごとく、いつも以上に新鮮味もなく、淡々とこなす業務へと形を落ち着けていく。 そして西本さんに対しても何ができて何が無理かといった効率、能率的な仕事の配分も彼女の能力を理解してしまえば、さほど難儀なことでもなかった。 彼女の仕事ぶりは一言で言えばまじめで几帳面。その理解が及ぶ範囲においては、信頼するに足るものであったが、それはあくまで彼女の理解が及ぶ範囲、地力を超えない範囲でのことだ。 一応、彼女のスキルアップに助力することを期待されている身としては何か仕事を頼むたびごとに彼女の反応、理解度を確認することを試みるのだが、彼女はぶっちゃけ指示待ち人間としか言いようがなかった。 一を聞いて十を知る、など望むべくもなく、一を理解させるのに十の説明を要する人だった。 だがまあ、それは仕方のないことだ、誰しも適正のある仕事に就いているわけでもなく、実際業務の範囲が広範な種類に及ぶこの職種においては日々が勉強と言っても過言ではないのだから。 しかし彼女の仕事のやり方は非効率的だった、下手な考え休むに似たりという格言もあるだろうが、彼女の仕事ぶりはまるで時間が無限に用意されていると思っているとしか思えないようなやり方なのだ。 彼女は特にルーチンワークを苦にしなかった。それ自体は悪いことではない。単純な作業を繰り返し、それこそ機械的に遂行することはまま存在する。そこに耐性があることは悪いことではない。だがしかし彼女のその仕事ぶりを目にすることはかなりの苦痛を伴うことだった。 例えばエクセルに何かデータをまとめる類の仕事を任せたとする。そして彼女のその編集作業を横目で見るだけでうんざりしてしまう。何というか、彼女は基本的にショートカットを使わないのだ。コピーにしろ、貼り付けにしろ、必ず右クリックのコンテキストメニューからそれを選び、また右クリックして貼り付けする、といった具合で、いわゆるスマートな操作、エクセルの小技とも呼べないような効率の良い操作は一切使わないのだ。 延々と右クリックでコピーし、右クリックし貼り付ける。何の疑問もなく、何の苦痛も感じることなく。単純作業を延々と繰り返す。彼女、西本さんにとっては操作のバリエーション、よりよい操作を試す事などそれこそ時間の無駄だと体現するかのように。 変化は常にリスクを伴う、うまくいかなかった時には実際今まで行ってきた方法よりも時間が掛かってしまうことも時には起こりうるだろう。 彼女のやり方はある意味合理的と言えるのかもしれない。彼女にとっては最も確実な方法であり、自分自身が作業量を把握できる、彼女にとっての無駄のない作業なのだ。 しかもその作業自体は正確無比なのだ。狂いなく、漏れなく、飽きることなく、堅実に、真摯に。 見ているこっちは辟易してしまうのだが……。 そうは言っても、二十分の時間を費やしても許される仕事を十分で終わらせ、残りの十分でたばこを吸うような俺の仕事のやり方とどちらがいいのかと言われれば、それは評価の分かれるところだろう。 どっちにしたってケースバイケース、いやことによれば時給単位で人を使っている、使役させている側の目線に立ってみれば、西本さんのやり方に分があるとも言える。 とにもかくにも、エクセルというのはスプレッドシート、表計算ソフトである。使う人間の数学的センスが要求される。しかし彼女にはどうにもこうにもその辺のセンス、というか基礎的な数学力そのものがなかった。 ある時、レンズの画角を割り出すために被写体の距離と被写体の長さから画角を割り出す関数を使ったシートの作成を頼んだのだが、彼女には無理だった。と言うよりもパニックに陥っていた。まあ、俺としてもエクセルの関数には精通している方でもないので、依頼するときに、三角関数、多分アークタンジェントあたりを使えばいいのではないかくらいのことは言ったと思うのだが、彼女は半日掛けてヘルプを調べたりインターネットで検索を掛けたりしたあげく、結局お手上げ状態で、最終的には俺がそのものズバリのマクロを入力してやる羽目になった。 彼女の卒業した大学、多分女子短大だと聞いた覚えはあるが、英数理に関してあまり必要とされない学科であったのだろうということは想像できた。というのも彼女は数学的素養がないのに加えて横文字に対してまったくもって知識に乏しかった。電気的な専門用語はもとより、ごく一般的なカタカナ英語でさえ知らないことが多かったのだ。 こんなことでよく今までこの仕事をやってこれたものだ、というか生活できていたことが疑問に思えるのだが、まあそんなことは大きなお世話というものだろう。 07 さてまたまた話が少々前後するが現場入りのその初日、午前中の仕事を終えた俺たちは食堂に案内された。 食堂と言っても中型の休憩室を昼の間だけ開放してそこで昼食をとってもらおうという純粋な食堂ではないのだが、一応冷蔵庫や電子レンジの類、お茶のディスペンサーなどのような設備はひと通りそろっている。 そういうわけでランチタイムである、現場入り初日のランチタイム、何事も初めが肝心だ。女性は初めて男性に会った時七秒間で最初の品定めを終了すると言うが、現場入りしてから彼女としても相応の俺に対するなにがしかのイメージは持っているはずだ。気のいいヤツなのか、悪い奴なのか自分の味方になるのか敵になるのかぼんやりとした感慨は持っているはずだ。彼女と会話が成立するかどうか、正直定かではないが、今後の業務の円滑な遂行のためにもよりよいコミュニケーションを持つことは大事なことだ。 昼食用の休憩室に行ってみると、すでに彼女はそこにいた。部屋の中は四人掛けのテーブルが四つと、壁に向かってしつけられたカウンター席が五席設けられていたのだが、西本さんはそのカウンター席の一番奥、その隅っこに嵌り込むようにして腰掛けていた。今のところ彼女の隣には誰も座っていない。俺はコンビニで買ってきた弁当の袋をテーブルの上に置いて椅子を引きゆっくりと腰掛けた。 彼女は背筋をぴんと伸ばし、正面の壁を向いたままではあるが緊張の色を露わにしたことが見て取れる。そして俺が隣に腰掛けると、なぜか意を決したようにこちらに向き直り、たった今気が付きましたと言わんばかりの風情で声を発した。 「ぅをっ、お疲れさまです」 この“ぅをっ”は、彼女がよく発する効果音である。 自分の驚いた状態を表す効果音。セルフ効果音なのだ。 この場合彼女は大抵鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。いつもの三白眼、目玉の存在を確認することなど不可能な状態の目が一変して見開かれる。そうは言ってもそれは彼女の数少ない表情のバリエーションなわけで、これはこれで尊重すべきものである。 俺の方は、まあなるべく気を使わせないようにと特段椅子をずらして彼女の方に席を近づけることもなく、且つ避ける風でもなく、絶妙な距離にポジショニングし、弁当を広げた。 俺としては席に着くなり藪から棒に話題を振るのも無粋に思えたので、しばらくは食事の準備に集中する風体で沈黙を保った。 しかし彼女としてもこういったシチュエーションでおし黙っているのもさすがに不自然とという気配りぐらいはあったようで、俺の買ってきた、シャケ弁当を見て、シャケですね、と言った。 「西元さんのはお母さんのお手製?」 「いぇっ、自分で作ってます」 鼻息を荒げながら彼女がそう言った。 彼女が実家通いなのは聞いていたのでそんな感じで問いかけたのだが、それにしても息が荒い。彼女が何かしゃべる時、呼吸はかなり優先度の低い行為となってしまうようで、長く話を続けると息も絶え絶えになるのだ。 そしてなぜか相対しているこっちまで酸素不足が感染したかのように息苦しくなる。分かるだろうか? この感じ…… それにも増してこの鼻息……。 基本、彼女は鼻息が荒い。 当然ではあるが、鼻息の荒い人などは特に珍しくもない。まあここは女性には珍しくというべきだろうか。 そうは言っても、例えば仕事中、スースーと鼻を通る空気の鳴る音が耳に付くとそれは当然自分の鼻から発せられる音ではないのかというのは真っ先に嫌疑されるものであり、どうしても自分の鼻をこすってみたり、もごもごと動かしてみたりする衝動に駆られてしまう。だがそれは実際には隣に座っている西本さんの鼻息なのである。 当初、最初の頃はまあ、鼻づまりか何かでそういう日もあるのだろうと思いはしたのだが、実際のところ毎日なのだ。残念ながら毎日。 フーン、すぴー、フーン、すぴー、と、終日。 それが自分の鼻から発せられる音ではなく、隣人の鼻から発生しているものだと分かってはいても、この音が耳に付いてしまうとどうしても、やはり自分の鼻をこすってしまう、気になってしまう。 おいおい、大の男がそんなもの気にしなければいいだけのことではないか、という意見はもっともである。まったくもってその通りである。 だがしかし一度気になり出すとどうしても気になるものでつい耳をそば立ててしまうのだ。 ついでに言うと、そうして聴覚に神経が集中したところで狙いすましたように彼女はくしゃみを発する。それもかなりでかいくしゃみなのである。分かってはいてもこれが心臓に悪いのだ。 偏見かもしれないが、と言うか、ここまでの西本さんに対する描写その物が偏見に満ちた意見だと言われればそれを否定することはできないのだが、とりあえずまあ女性のするくしゃみというものは一般的にはかわいらしい音量と仕草を伴うものだという思い込みがあった。申し訳ないとは思うが、そういう先入観が自分には植え付けられていた。 音量に関しては男に比べて体躯の小さいことが多い女性であるならば、それはやはり男に比べて小さくなることが理屈なのだろうが、それにしてもその体格に対しての音量の比は男に比べて控えめなことが多いのではないだろうか。 しかし西本さんのくしゃみは容赦がなかった。その体格から発せられる最大音量で気持ちよくその生理的欲求を満たすスカッとしたくしゃみなのであった。もう本当にくしゃみの後にコンチクショウが付かないことが不思議なくらいの潔いくしゃみなのだ。 そしてその間隔というか、大音量くしゃみが発せられるタイミングは実に絶妙なのだ。例えばこれが、数分に一回、まだ前回のショックが記憶に鮮明なうちにその記憶を更新する程度の時間間隔で訪れるとすれば、それはさして驚異とはならなかっただろう。だがしかしその願いも虚しく彼女は忘れた頃に、もう、注意がそこを離れようとする頃に、的確に、狙い澄ましたように鼓膜に衝撃を与えてくれるのだ。手にした書類がビリビリと振動するほどの衝撃波で。 せめて、口に手を当てて欲しいと思うのは横暴というものだろうか。 08 話を戻そう。 お弁当の話である。 人様のお弁当、家庭の味、その趣味趣向に意見などするものではない。当たり前のことである。その前提をを踏まえた上でも、自分に言い聞かせながらでも、西元さんのお弁当を見ると、やはり少々残念な気持ちになってしまう。 女性としては大きめのタッパーに詰められたその中身を見ると、ごはん六、おかず四といったところなのだが、そのおかず部分の大部分が焼きそばで占められているのだ。その焼きそばの上に申し訳程度に乗せられたウインナーとゆで卵二分の一の縦切り。実に男らしい献立である。と言うか炭水化物と肉と卵、栄養バランスなど完全に無視した献立である。 「焼きそば、好きなの?」 「ええっ、だいっっっ好きなんで」 腹の底から響くトーンで思いっきり主張する彼女だった。 おそらく…… もうあらかた……推量はできるだろうと思われるが、いちいち言うまでもないことかもしれないが……。 一応付け加えておくと、毎日である。 毎日この献立。焼きそば、ウインナー、ゆで卵。 たまにウインナーが何かかまぼこ的な練り物に変化することがあったり、ごはんの上に掛かっているふりかけがのり玉から鰹に変わることはあっても、焼きそばだけは不変なのである。 西本さんの弁当のおかずとしての鉄板メニュー。 焼きそばだけに……。 とにかく好きなものを毎日、好きなだけ食べること、これこそ彼女の正義なのだ。 「そば玉、安いんで」 「え? ああ、だね……」 彼女的には安さも魅力らしい。それはまあそうだろうが。 焼きそばも彼女のお手製であるわけだが、聞くところによると、彼女は休みの日に焼きそばを大量生産するのだという。そしてそれを小分けにしてタッパーに入れ、冷蔵庫に保存し、それを一週間かけて消費する。 一週間、飽きることなく、毎日焼きそばを食べる。 ルーチンワークのように。 伊賀野カバ丸のように……。 なんて、通じないであろうマンガネタが頭をよぎるが口にのぼすのはやめた。 「野菜、嫌いなの?」 「いや、そんなことないです、ちゃんとキャベツも入れてるんで」 ふむ、なるほど、焼きそばの中には申し訳程度にキャベツとおぼしき欠片が入っているように見受けられる。 「キャベツが高い時はもやしでもいいんで」 確かに、冬の間はキャベツが高騰することがままある。 そうするとこの西本さんの弁当の中で最も高級食材なのはキャベツなのかもしれない。 それにしても彼女の語り口は独特だ。 日本語と言うのは主語を省略しても意味の通じる便利な言語だが、彼女はさらにもう一歩進めて述語までもが省略されることが多い。 “何々”なんで―― この語尾が、“で”で終わる確立が非常に高いのだ。 彼女にとっては少し長めの、情報量の多いセリフとなる場合にはその短いセリフの中に“で”が二回登場することもまれではない。 まあ、自分もたまには使ってしまう言葉であり、その便利さには異論を唱える気は毛頭ないのだが、正直言われた相手はあまり気持ちのいい言葉ではないのだろうということは想像できる。なにしろ、語尾が“で”である。 もうこれ以上は聞かないでね、そういうことでこの話は打ち切りですからね、なんて感じがひしひしと伝わる言いぐさである。そしてさらに目上の人に対してもギリギリ許される程度の言い回しでもあり、同僚に対しても問題なく使える言い回しということが、自然とこのしゃべり方を西本さんの標準にさせている遠因であろう。ちなみに、西本さんに部下ができたことはないらしい。新人さんとかも含めて。それは幸いだと言うべきだろうか。 そういえば西本さんのメールの書き出しも一風変わっている。 必ずこうだ。 ――平素はお世話になっております―― あまり見ない例である。彼女的には最上級の丁寧感と、かしこまった感じが出せてたいそう気に入って使っているようなのだが、どうにも違和感を拭いきれない字面である。 いつもお世話になっております。の代わりにこれを使っているのだろうが、平素は、と来られるとどこか改まった、前回までと状況が変わったことをお知らせする場合に使う書き出しに使われることが多いと思うのだが、それでもまったくの誤用だとも言い切れない上に、一応悪気もないのも分かるので、あえて指摘する人もいなかったのだろう。もちろん俺もする気はない。 せめて、 ――“平素から”お世話になっております―― ぐらいにすれば違和感は多少改善されるのだが、まあ同じようなものか。 とにかく彼女はふざけているわけでもなく、ひねているわけでもなく、本当にただひたすら丁寧だと信じて疑わず、こうした書き出しを使っているのだ。そこは疑う余地はない。 なぜなら彼女の電話応対一つ見てみるだけでも充分に伝わってくるからだ。 電話でお客さんと会話する際にはまあ、大抵ありがとうございました、すいません、などの系統の言葉を使用することは多いが、その際彼女はお辞儀する。 ありがとうございました、ぺこり、と。 すいません、ぺこり、と。 それは首を傾ける、あるいはちょっと頭を下げる、なんてレベルのものではない。腰からである。良い角度で腰が入っている。四十五度近い角度を伴ってきちんとお辞儀をする。電話先の相手に向かってである。しかも電話の内容がお詫びを入れるような内容になると自然、この系統の言葉が続くわけで、その時の西本さんの動きはまるで水飲み鳥の動きのごとく、上体がせわしなく前後するのだ。 しかしながらそれは人目を意識したポーズや、ましてやギャグなどではないのは保証できる。 西本さんにとって人目などは関係ないのだ。 それは良い悪い、あるいは相手には見えもしないのに意味がないなどは問題ではなく、単純に裏表がない、本音も建前もない、ただそれだけのことなのだ。 09 話を戻そう。 お弁当の話である。 もう少し話を広げるべく俺は言う。 「お好み焼きとかも好き?」 「好きですねえ、たまにしかしませんけど」 相変わらず鼻息は荒いが、心なしか反応は良好である。 やはり粉もの好きなのだ。関西人の鏡のような人だ。 しかしお好み焼きは焼きそばほど頻繁には食卓に上らないそうである、どうやらこれについては聞くところによれば、たまのごちそう、休みの日の一大イベントであるらしい。 つまり、 焼きそば=メインのおかず お好み焼き=たまの贅沢品 といったカテゴライズがなされているようであった。 どちらにしてもコストパフォーマンスは高いのだが。 粉物に限ったことではないが、同じものを食べるにしても、それをどこで食べるか、どんな店で購入するかで大きな価格の違いが発生するのは当然だ。それは外食で食べるという条件に限ったとしても、特に粉物系は価格の開きが大きい。取りも直さずそれは自作することによって最高のコストパフォーマンスを発揮することの証である。 つまりはお得感が最高に満たされる種類の料理なのだ。 同じ物を、出来合の完成品で購入する場合の数十分の一で再現することができる。これほど合理的かつ満足感の得られる食材はなかなか無いのではないだろうか。 粉ものと言えば、いやさ関西人と言えば大事なものが抜けているのを思い出した。 「タコ焼きは?」 「あ、家にありますね、タコ焼き機」 やはりあるらしい。そこははずせないところというわけか。 「タコはあんまり入れないですけど」 「え? それって、タコ焼きなわけ?」 「タコ、高いんで」 なるほど、確かに高い。粉ものは安い材料で大量の食品が捻出できるところに最大の利点があることを最重要視している西本さんからすれば、そこにタコなどという場違いに高級な食材を使うなどというのは、まったくもって不合理の極み、神をも恐れぬ豪遊なのだろう。 ちなみに代わりに投入されるネタは、天かすが多いそうである。まあ、もともと入っていることが多いのだが。 「お好み焼き屋さんとかよく行くの?」 倹約家の西本さんなのは分かってはいるが、どうだろう、お店の味はなかなか家庭では再現できない種類のものである。特に粉物は。 「外では食べないですね」 「あ、やっぱり?」 「外食とかしないんで」 「全然?」 「マクドナルドくらいですね、一年に一回ぐらい」 にわかには信じがたいが……。 うそ偽りでないのは間違いない。 「うちの近所にはなにもないんで」 それは関係ないと思うが……。 外食なんだし。 という感じで、なんとか会話は成り立っている感じだ。 まずまずではないだろうか、ファーストコンタクトとしては。やはり女性に食べ物の話題というのは鉄板である、無難にして安パイである。まあ、さして中身のない会話ではあるが、ランチタイムの話題としては最適だろう。 しかしながら、話題が一段落し、会話が中断すると次に話しかけるタイミングは難しい。 なぜかと言えばそれは彼女の食べ方、その方式に起因している。 彼女が箸を動かす時、それはマシンガンのごとく連続的に行われる。当然だがその動作中咀嚼は一時停止する。そうして口の中に食物がいっぱいになり、頬がぱんぱんに限界まで膨らんだその後、おもむうに咀嚼が始まるという方式を採用しているのだ。 なんと言えばいいのか、つまり、いわゆる猿の餌袋方式とでも言うべきか。 まあ、クチャラーよりはましなのは確かなのだが。 おそらくだが、これは兄弟姉妹の多い家庭、その食卓での競争原理に基づく習慣なのではないだろうか。そう予想した俺は彼女に対してそれ的な話題に切り替えることを試みた。 つまり兄姉のことを訊いてみた。 で、 三人姉妹だそうだ。 三人姉妹の真ん中、次女だそうだ。 やや、食べ物の話題から切り替えるには唐突な感も与えたかもしれないが、彼女自身は自分の食事方式に端を発した質問だとは想像だにしないはずである。その点においては憂慮すべき必要がないのはありがたい。しかしまあそこはなるべく自然に、なんとなく訊いてみた的な空気を醸し出しつつではあったわけだが。 とにかく彼女の淡々とした様子に調子に乗ったわけでもないが、この時俺はもう少々突っ込んだところまで質問の幅を広げてしまった。 突っ込んでしまった。 「へえ、三人姉妹って、やっぱり似てる感じ? 顔とか」 「そっくりですね」 そっくりですか……。 ふむ、やはりあまり広げるべき話ではなかったようだ。 余計な質問であった。 白状しよう。 この時の俺の心中を。偽らざる感想を。 なぜか思った。思ってしまった。 それは残念なお知らせだな、と。 我ながら驚きである。 残念と思ってしまうような、何か妙な期待感が僅かばかりも自分の中に存在していたことが。 どうかしていた、ごめんなさい、である。 それにしても三人姉妹。 それにつけても女系家族である。この辺からも彼女の男性に対する免疫の少なさが想像できる。そして三人そろって独身であるらしい。それについては納得、想定内のことではあるのだが。 そっくりらしいし。 聞くところによると、西本さんは冠婚葬祭と呼ばれるものに出席した経験がないのだという。 この年齢で……。 正直、驚きは禁じ得ないが、葬式はともかく結婚式、披露宴、二次会、三次会、そうしたパーティー的なものに類する催しに参加した経験が一度もないと言うのだ。 つまり友人、知人、親戚に至るまでその手のイベントに縁がない、そういうことらしい。もっと言えば親せき付き合いが少ない、友人が少ない、その証左ということになってしまうのだろうが、別に友人が一人もいない、はぶられている、ということではないようなので、そこはまあ、類は友を呼ぶの原理でそれについてもやはりそういうことなのだろう。 とりあえず、会話の継続がどうにも難しい、つまるところ、突っ込みどころがあまりにも多いため、どこから手を付けたものか戸惑ってしまう。 なんとか自制心を保てる話題に思考を巡らせるが、元来突っ込み好きの自分が顔を覗かせてしまい、当たり障りのない会話の継続が難しいのだ。 どうしたものか…… いや、そんな悩む必要もないのではあるが、もっと軽く行くべきか……。 そういえば西本さんの下の名前、ファーストネームって何だっけ? と、訊いてみる。 黙って首から掛けているIDカードを提示された。 ――雅子。 西本さんが言う。 「見た目通りです」 見た目通りの名前らしい。自分的には……彼女的には。 んー、勘弁して欲しい。突っ込みたい、うずうずしてしまう。フラストレーション爆発である。 なんだか全国の雅子さんにこの件について意見を求めて回りたいくらいだ。 しかし雅子と言えばやはりあの若くして逝去した伝説の名女優のイメージが強すぎる俺の問題なのかもしれないが。 いや、ちょうど夏目雅子がブレイクした時期と彼女、西本さんの生年がほぼ一致しているのを考えると親御さんもファンだった可能性もあるだろう。 うーむ、もうここは自分の話に無理矢理切り替えてみよう。発想の転換、パラダイムシフトだ。 「ところで俺ってよく変わった人ですね、とか言われるんだけど、西本さんから見てどう?」 少々自虐的方面ではあるが、ここは西本さん的に親近感を生みそうなところに話を持って行くのも悪い選択ではないだろう。 俺の質問に、西本さんは少し考えてからこう言った。 「普通、ですね」 何を考えどう結論に導いたのか見当も付かないし、そもそも本当に何か考えていたのか、それすらも怪しい回答なのだが。 普通だそうだ。 それはまあ、この時点では今日は一緒に仕事を始めた初日である。いくら女性が第一印象を重視する傾向にあるからと言っても、とりあえずは無難にして妥当な評価なのだろう。そもそも、比較する基準が彼女自身、自分自身だとすれば……。 ここは俺としても普通の反応には普通の返答を返すしかない。 「へえ、そっか」 「そうですね、あたしから見てなんで」 なるほど、評価基準はやはりそういうことでいいらしい。しかもなにがしかの自覚、客観的自己評価の持ち合わせがあるらしいことも判明した。これは僥倖だと言える。 「西本さんは、なんか言われる?」 この勢いに乗って流れで訊いてしまおう、ここは一発。 「ああ、友達には“ずれてる”って言われますね、雅子は」 ずれている…… 遠回しな言い方だが、それはやはり一般的に言えば、空気を読まない奴、その辺のニュアンスが強く感じ取れる。それを差し引いて考えても、まあ、いい人達なのだろう、彼女の友人達は。やさしい人達、善良な人達、としか思えない。持つべきものは友人じゃないか。 世の中、渡る世間に鬼は無しと言う。とりわけ真面目にルールを守り、他人の批判をせず、大人しくしている分にはあらぬ迫害を受けることは少ないのかもしれない。 いや、当然理不尽な迫害や、嫌がらせを受ける人は少なからず存在する。いじめ問題でリアルに苦しんでいる人や、虐待を受けている子どもはニュース上で絶えることはない。もとより西本さんが過去に人間関係に苦しんだことがないとは言い切れるわけもない。 しかしこうして真っ当に働き、真っ当に生活している彼女はおおむね真っ当な人達に囲まれて生きて来られたのだろう。それは当たり前のようでいて、実に幸運なことだったんじゃないのだろうか。本人がそう納得できる限りにおいては。 10 初日としては思いの外なほどにハードな仕事がやっと終了し、とりあえず解放された俺と西本さんは、ビルのエレベータを降り、すっかり暮れたオフィス街の歩道を駅に向かって歩いていた。 「疲れたなあ」 「疲れました」 「鞄、重たそうだね」 「重いです」 そう言いながら西本さんは肩に掛けた鞄の紐を引っ張りあげてずれを直す。 西本さんの鞄はでかい、どういうわけか。 女性は割合、大きな鞄、バッグを通勤に使うことは多い。それくらいのイメージはあったが、彼女の鞄は規格外に大きかった。キャンバス地のそのショルダーバッグは大きめのボストンバッグに肩ひもが付いたような風体で、しかも内容物でパンパンに膨れあがっている。 「何が入ってんの? それ」 思わず訊ねてしまう俺。 「いろいろです」 いろいろ…… 女性というものは男にはあまり必要のないアイテムがいろいろ必要なのは知っているし、心得ているつもりだが、それにしてもでかい。ちょっとした小旅行なら事足りてしまうほどの容量に思える。 「遊びに行くのもこの鞄なんで」 なるほど、服だけに留まらず鞄もそのバリエーションは極小のようである。いや、さすがに普段着がこの格好とは思わないが。 まあ、実際重そうに見えて、大部分は軽めではあってもかさばるタイプの品物で占められているのだろう。 ちょっと彼女の鞄の紐を片側だけ持ち上げてみる。 「重たっ!」 予想に反してその鞄は見た目通り、いや見た目以上の重量を誇っていた。 「本とか入れてるんで」 「ああ、なるほどね」 本とくれば、そりゃ軽くはないだろうが、しかしこの重量に達するためには何冊ぐらいの蔵書量だというのか、この鞄。 「時刻表とか、辞書とかなんで」 それは……重たいわけだ。しかしなんでまた今時紙の辞書が必携なのだろう。 「携帯とか使うと料金掛かるじゃないですか」 だ、そうだ。 「電池もすぐ切れるんで」 と、付け加える西本さん。 そう、一昔前…… それも比較的年かさの人にはよく目にすることが多いタイプだったと思うが、自分の携帯電話の稼働時間が短いことを公言して憚らない人というのは珍しくなかった。 僕の携帯電話、すぐ電池切れるんで繋がらないですよ、なかなか……なんて。 こういう人、まだまだいるものである。実際ここにも健在だった。 しかも購入三年目を迎えた彼女の携帯電話は最近バイブレーション機能が故障したそうである。当然金の掛かる修理や、買い換えなどは検討の俎上に載せられることもあり得ない。 「電話さえできればいいんで」 どうりで…… 本社からの連絡が俺の電話にばかり掛かってくるわけだ。その謎が解けた。 「メールとか来ても、三日くらい気が付かなかったりするんで」 「へえ…… そう……」 彼女にとっては好都合のリミッター、制限装置なのだそうだ。 電話は一日一回まで。 メールは最大四件まで。 これで電池終了。 ゲームは一日一時間! の高橋名人も出る幕はない。 通じない冗談は口にしないが……。 11 こうして何日かが過ぎ、新しい仕事にも慣れ、緊張感も程良く薄れてくると、余裕が生まれる。 そうなるとつい西本さんを見てしまう、余計な観察を行ってしまう。 いらぬお世話だとは分かっていても。 基本的に独り言や貧乏揺すりの多い彼女なのだが、ときたま理解不可能な動きをしていることがあるのだ。 キーボードを打つ手を止め、中空を見ている西本さん。 何もない虚空に向かって焦点を合わせ、いや焦点の定まらない目で、口を半開きにして首をカクカクと左右に振っている。 いらぬお世話どころか…… そんな時は、見るべきではないもの、見てはいけないものを見てしまった気分に陥らざるを得ない。 まあ、落ち着いて冷静に考えれば、多分彼女はなんらかの考え事をしているに違いない。あるいはテンパっていると見るべきか、いや単に思い出し笑いという線もないではない。 とにかく……これはちょっと怖い。早く終わってくれ、と、速やかにおさまってくれと願う他に術はない。 それにしても、半笑いで壊れた人形のように首をカクカクしている様はハロウィンのお化けカボチャさながらで、どこか現実の風景ではないかのような、あるいは目の錯覚なのではないかとさえ思えてしまう。 と言ってもそれはただそれだけのことで、実際にはその状態はせいぜい数十秒間といったところなのだ。次に気が付いた時にはすでにいつもの無表情に戻っている。 つまり……それほど…… 驚異ではない。気にしなければ。 というわけで、さらりと忘れていつものランチタイム。 コンビニ弁当の俺と、お手製焼きそば弁当の西本さん。 いつもの風景である。 相変わらず俺は彼女の餌袋の中身が嚥下を終え、箸が再始動する直前のタイミングをとらえては、ぽつりぽつりと話題を振ってみる。 「そういえば今日、服装……なんだっけ、もっとラフで構いませんよ、みたいなこと言われてなかったっけ?」 なんとなく、先方と言うか、クライアントの女性スタッフが、毎日寸分違わず同じ服装の西本さんに気を遣ったのか、そんなことを言っていたのだ。 もちろん俺としては西本さんが何も不本意ながら毎日同じ格好をしているわけでないことは承知しいているので、ここはまあネタ振りに近い話だったのだが。 「ぅをっ」 と、いつものように会話モードに入ったことを示す合図を発声した後、彼女は言う。 「同じって楽なんで」 「ああ、まあね、大きなお世話です、って言ってみたら?」 「いやいやいや! そんなこと言えるわけないです」 めっそうもない、といった感じで彼女は否定した。 冗談が過ぎたか……。彼女に対しては。 冗談も通じなければ腹芸も伝わらない。 その辺は充分心得ていたはずなのだが、油断するとついやってしまう。若干の反省を憶えていると、西本さんはさらに付け加える。 「こんなとこの人に比べたら、あたしなんてミジンコなんで」 「ああ…… ミジンコ、ね」 ありがちな言い回し、と言うかベタでマンガチックなセリフではあるが、それにしても彼女の負け犬根性は気合いが入っている。 筋金入りだ。不甲斐ないほどに。 しかし、ミジンコ。 この動物性プランクトン、彼女的にかなり気に入っているようで、何かの折につけ自分の形容にこの生物を持ち出す。 ミジンコレベルの仕事、ミジンコ並の存在、ミジンコみたいな見た目。 俺としてはミジンコに謝ってほしいと思うこともままあるのだが。それはさすがに口が裂けても言うまい。 とりあえず服装の話だった。 西本さんの服装、不変のコーディネイトだが、毎日同じ服に見えて、実は違ってるのだろうか? あるいは……。 「おんなじ服、複数持ってるわけ?」 「そうですね、いっぱいあります」 ほほう…… それはまあ…… しかし―― オバQですか? 一瞬彼女の部屋のクローゼットにずらりと並んだ黒いモンペパンツが目に浮かんでしまった。 「ユニクロとかよく行く?」 俺としてはユニクロと言いつつも実際にどこで売ってるのかということの方に興味があっただけなのだが、ここは一枚オブラートに包む。 「いぇっ、ブランド品には興味がないんで」 狙っているのだろうか…… 彼女なりの気の利いたジョークなのだろうか……。 いや、やはりそうではなさそうだ。 天然思考だ、無印良品なのだ。 「ユニクロ、高いじゃないですか」 まあ、ユニクロは確かに一ブランドだが、いわゆる高級ブランド品を欲する嗜好を満たしてくれるブランドとは言い難い。だがしかし西本さんにとってユニクロはまごうことなき高級ブランドの範疇であるようだった。 「へえ…… じゃダイエーとか?」 「まあ、そんなとこですね」 安さこそが正義、分かり易いポリシーだ。 「スカートとか買わないの?」 「最後に着たのは高校の時ですね」 それは制服なんじゃないのか、とは予想できたが、まあ彼女の返答も予想通りではあった。 スカートなどという、肌を露出することを強制される服装を彼女が善としないことは当然だろう、彼女はどんなに暑い日でも長袖のジャケットを着てくる。一見すると変化はないのだが、よく見るとそのやたらにポケットの多いカーキ色のジャケットは初夏になると生地の厚みが変化していた。色や形は同じに見えて、その実ちゃんと衣替えされているのだ。 よくそんなもの見つけてくるものだとは思うのだが。 そしてその下のワイシャツも何があろうと袖をまくることはない、腕まくりしているところなどは見たこともない。男女七歳にして席を同じとせず。敬虔な儒教信者なのか、あるいはムスリムなのか、とにかく肌色率が極小となる服装しかしないのだ。 女性の肌というのはそれ自体がおしゃれであり、コーディネイトである。おしゃれ筋肉、おしゃれ脂肪、おしゃれスキン、西本さんにはすべてが皆無である。それらを徹底的に廃した結果がこのコスチュームなのだ。 それはある意味西本さん的なサービス精神なのかもしれない。見たくもないものを見せられる心配のないコスチューム、安心して無視でき、注目させられないで済ましてくれること、それは西本さんがこの年齢までを費やして体得した最終回答なのかもしれない。 無駄毛の処理も必要ないだろうし……。 しかしこうして至近距離で西本さんを見ると、あることに気が付く。これは正直あまり触れたくはないし、語りたくもないのだが、西本さんの主義主張を論じる上で大きなポイントである可能性が大なのでどうしても避けては通れないことだと思えるのだ。 なので、あえて言及するし考察を試みる。 まず、彼女は人並み以上の胸肉を持っている。胸肉というのは余計な歪曲表現だろうか、胸囲と言うべきか……いや違う、それはやはり女性に特有の第二次性徴期を境に顕著となる肉体的特徴だ。 まあ、バストだ。 一見平坦に見える彼女のバストだがそこに本来あるべきはずのラインが見当たらない、主張することがないのは、もともとそこに何もない、ツルペタであるからというわけではないのだ。 それは彼女の上半身のラインをよくよく観察してみれば実は看破することにさほどの観察眼を要求されるほどのことではない。ただ、それは彼女がだぼだぼのワイシャツを着用していることと、ブラジャーを着用していない、この二点に起因する。 急いで補足しよう。なぜ彼女がブラジャーを着用していないと分かるのか、断言できるのかという点についてだが、それは分かる、シャツの上からでもそれくらいは認識できるのだ。 彼女のワイシャツは縦縞模様とは言え基本白である。肩紐の存在くらいは確認できる。そこに肩紐がないことぐらいは見て取れるのだ。 かと言って、彼女がシャラポアやパリコレモデルの具現化をしているというわけではない、体現して見せているわけではない、断じて違う。そんな逆セクハラをしているわけではない。透けて見えるという意味ではないのだ。 彼女はブラを着けない代わりに、その代換えとして厚めのアンダーシャツを着用しているだけのことなのだ。いや別に肩紐のないタイプのブラジャー、あるいはヌーブラの類を着用してるんじゃないんですか、と言う意見もあろう。それは確かにそうだ、しかしその可能性はないんですかと問われれば、それは無い、無いと断言できる。そこはもう、推理も探偵もする必要もなく、状況証拠から明白である。 着けていたとしていわゆるスポーツブラ、キッズブラの類だろう。 世の男性、特に若年の男性のイメージからすれば、世の女性、それも妙齢の女性はすべからくおしゃれなブラジャーを着用しているという思い込みがあるのではないだろうか。 しかしそれは勝手な思い込みである、偏見である。ブラジャー、特にワイヤーや樹脂成形ライナー入りの、矯正ブラの類を生まれてこの方付けたことがないという女性は結構いる。実在する。 つまり所持していない、購入したこともないということである。 女性はブラジャーという下着を着用している。そんなものは男の勝手な幻想であって、そんな一方的な枠にとらまれない、期待に応える気もないという女性は少なからずいるのだ。 そうは言ってもその中でもそうした矯正ブラを着けない女性というのはそもそもがAカップ以下の人、もともと矯正するべきものがない、支えるべき脂肪がないというタイプの女性が大半を占める。 それはつまるところ、着けていても着けていなくても大勢に影響がない、いわゆる人前で下着姿をさらす心配のない範囲において必要性がないための選択とされることが多い。 だがしかし、彼女の場合、西本さんの場合はこれには当てはまらない。彼女の胸は人並みに、あるいは人並み以上に豊かなのだ。それは彼女の全体の体型、ヒップの巨大さを基準に考えれば容易に行き当たる洞察であり、よくよく見れば、胸と腰を繋ぐラインがやけに出っ張っていることに気づけばそれは確実な目測だろう。 西本さんのこの基本スペックであれば、当世当たり前の最新型高性能矯正ブラを着用するだけで見目麗しい、二つの膨らみに早変わりする可能性もないわけではない。 それでもやはり、彼女はそんな物は着用しないし購入するはずもない。 なぜか? ここからはやや推測が入ってしまうのだが、おそらくは彼女の服装の趣向、さらには潔癖性、そして合理性、この三つを前提にふまえた後、ブラジャーという下着の特殊性、非合理性を考慮に入れれば自ずとその答えは導き出せる。 まず彼女は締め付けられるのが大嫌いなのだ。単純な理由である。それは彼女の不変のコスチューム、だぼだぼのワイシャツとたるんだストレッチパンツというその組み合わせを見るだけでも納得できる。 ところで世の中には男性用ブラジャー、メンズブラというものが存在する。もちろん俺はそんな物所持していないし購入しようとも思わないが、その存在理由、宣伝文句は次のようなものだったと記憶している。 女性の気持ちを解ってあげよう、苦労を体験してみよう。などというものだ。 そう、窮屈なのである、ただひたすら。だがそれを圧しても着用する動機、着用するべきだという強迫観念、それはひたすら形良く見せたい、形を崩したくないという女性としての願い、そしてその価値を本能的に理解しているがゆえの心理に他ならない。 だが同時にブラジャーというのは特殊な着衣である。 下着という肌に直接触れている部類の着衣であるにもかかわらず、洗濯機で丸洗いという真似ができない、手洗いや、ネット挿入とという手間が掛かるやっかいな代物なのだ。それはひとえに、ブラジャーその物が割高であるということと、ワイヤーが傷むと寿命を終えてしまうという懸念が付いて回るが故である。 だがやはりそれでも女性はブラジャーを着用する。 そんな面倒くさいメンテナンスやコスト、手間暇を掛ける必要があるのは分かってはいても、ブラを着用することはそれを補って余りあるほどのメリットがそこに存在しているのをそれこそ骨の髄まで思い知っているからだ。 トレードオフである。 日ごろのメンテナンスがどれほど面倒で不経済であろうと、いざという時のことを考えた場合、それはやはり着用せざるを得ないのだ。 いざという時がどういうシチュエーションなのかと言えばそれは各人の年齢や学生であるか、社会人であるかによって様々だとは思うが、相手が同姓異性の隔たり無く、やむなく下着姿をさらす必要に迫られた時と言うしかない。 そして言うまでもないが、いわゆる勝負を掛けた正念場、それこそが最大にして最高の見せ所であるのは確かだ。 時にそれは男性の劣情の的、いや永遠の憧れとも言えるだろう。 いわゆる女性にとってのチャームポイント、最大の武器、最高の商品価値としてのバスト、それだからこそ細心の注意と日頃のメンテナンスが不可欠であり、女性はそこに惜しみない心血を注ぎ込むのだ。 ではそんなものを気にしなければどうなるんですかと問われれば、それが西本さんだと回答できる。 彼女の双乳はおそらく膨らみ始めた当初からなんの庇護も受けることなく、たわわに実ったその直後から、重力と振動にさらされ続け、乳腺組織、脂肪組織、クーパー靭帯は伸びるに任せ、垂れるに任せた結果がこれなのだ。 見てきたことを言うようだが、解ってしまうものは仕方がない、想像したくもないが理解できてしまう、彼女の合理性はそんなことには執心しないことが、そんな些細な事情で揺らぐものではないことが。 だがそれは一般的な価値観とはかけ離れたものであることは間違いない。男性はもちろん、いや女性であればなおさら、そんなもったいないことをするもんじゃないと思わないだろうか? 否、思うに違いない。 しかし、西本さんにとってはそんなものはまったく価値のないもの、後生大事に守ることなど考えも付かないもの、それだけのことなのだ。彼女にとっては邪魔なだけの脂肪のかたまり、無用の長物なのだ。 しかも彼女にとっては万に一つも訪れることがない、いや想像もできない事態のために手間を掛け、暇を掛け、コストを割くなどもっての他、理不尽きわまりない行動としか思えないのだ。 いや、それはさすがに言い過ぎだろうか。そこは縁、巡り合わせの要素を排除して考えるべきものではないのかもしれない。言ってみれば卵が先か鶏が先かといった議論に通じるものがある。 それでも彼女の持って生まれた資質、持たされなかった資質を上回る要因でないという気もする。 それほど彼女、西本さんの乳房に対する扱いの低さ、ぞんざいな処遇、情け容赦の無さには恐るべきものを感じてしまうのだ。 と、なんだが、語りたくないと前置きしつつ、一体いつまでこの件に関する談義が続くんですか、という気もしてきたのでこの辺にしておこう。 話題を変えよう。 無理矢理。 後ろ髪を引かれる思いだが。 そう、髪の毛だ。 「しかし、髪の毛大変だね、毎日三つ編みって」 俺はノリ弁を突きながらどうでもいい風に訊いてみる。 「慣れてるんで」 「へえ…… そんなもんかね、でも時間掛かりそう」 「いぇっ、五分も掛からないです、適当なんで」 確かに、適当には見える、悪いが……。 「でも風呂上がりに乾かすの大変なんじゃない?」 「いぇっ、自然乾燥なんで」 「へえ…… 時間掛かりそう」 「いぇっ、寝る時に広げるんです、パアッと畳の上に」 「マジで……?」 あんまり想像したくない光景である。布団から畳の上に八方に広げられたもしゃもしゃの濡れた髪の毛、それもこの長さである。そもそもどんな部屋なのか、布団派だということは判明したが。 「部屋が広いってことね、それなりに」 「あぁ、狭くはないですけど」 「家具が多いの?」 「本棚が三つもあるんで」 「へえ…… 本好きなんだ」 「まぁ、好きですね、本棚がいっぱいで入りきらないくらいなんで」 「床積み?」 「そうですね、布団の上にも、ずらっと積んでます」 布団の上……って、敷き布団の上か? 「それって、つまり万年床ってこと?」 はっ! しまった! という分かり易い顔をした後、彼女が慌てた様子で言う。こんな分かり易い表情を見たのは初めてかもしれない。 「いえっ、ちゃんと干してます、お天気の日は」 「ああ、そうだね、干すとふかふかになって気持ちいいよね」 悪いことをした、無神経な突っ込みだった、なんだろう脊髄反射かもしれない。 そう反省した俺は一応、フォローのセリフを並べる。 まあ、万年床では無いにしてもデフォで敷きっぱなしなことには違いないのだが。 そしてこれ以上部屋の話は突っ込まない方が良さそうだ。 はっきり言って怖い、布団の上まで本の山が迫ってるとか……。 「髪の毛長いと邪魔な時ない?」 髪の毛の話に無理矢理戻す。 「時々自分で踏んづけてこけそうになりますね」 「はは…… そっか」 「これでも最近切ったんですよ、五センチくらい」 「五センチとか、誤差範囲だわな」 「いぇっ、トイレの時、邪魔にならなくなりました」 ふーむ…… 女性観を徹底的に変えてくれる人だ、西本さんは。 女性はいわゆる小用を催した場合でも決してトイレと自分から口にしないとはよく言われる話である。 女性は男性に対してトイレという言葉を使った瞬間、もう自分がトイレでしゃがむその姿を見られたのと同義であると考える、なんて……。 別に想像もしたくないのだが、する気もないのだが、まあ、多分彼女の髪の長さを決めるその基準、それが和式便器に水没するかどうかを喫水線にしているということなのだ。 そのおかげで彼女が歩く姿を後ろから見る時、長い三つ編みの穂先が、まるで虫を払う牛のしっぽのごとく、巨大なお尻の左右を行ったり来たりする光景を目にすることになるわけだが。まあそれは余計な形容だとは思うが。 さて、気が付けば、ぱたりと会話が途絶える。 話が広がらない。 コミュニケーション力とは最近巷でよく耳にする言葉だが、実際自分的にはそこそこのコミュニケーション力があるものと自負していた。公式検定があるわけではないが、人並み以上の会話力は持っているものと安心していたが、その自信めいたものがどうにも揺らぐ。かつては会話のストーカーとまで異名を授かるほどの、話題の引き出しに事欠かない男と言われたこともある俺の常套手段、短時間で相手の興味関心を引くトピックスを見つけ出し、あたかも隠された水脈を掘り当てるように話題の水源を無限に汲み出すことに快感を覚えたものだが、どうやらそれも今となっては燃料切れ、かつてのようなパワーは望むべくもなく、自分でも気づかないうちに、枯れてしまったのかもしれない。 驕れる者も久しからずという奴である。 ところで、話題が尽きた場合の最後の牙城、有名なものとしては三つある。 天気の話、血液型の話、昔飼ってたハムスターの話。 これらを持ち出すのはすなわち敗北を意味する。 だが、まだだ、まだそこまでの事態は迎えていない。 「休みの日とかどこ遊びに行くの?」 彼女がインドア派であるのは何となく予想はしていたが趣味はカウチポテトです、なんてレベルの引きこもりというわけではないようなので俺はそっち方面の話を振ってみる。 「大体土日のどっちかは出かけますね」 ほう、意外にアウトドアライフな人じゃないか、やや拍子抜けである。 「ウインドウショッピングとか?」 知ってるだろうか、ウインドウショッピング、死語? まあ、今時ショッピングという趣味に関してはネットが主流となって久しいのは間違いないだろうから、商品を眺めるためだけにショッピング街に出向く人は少ないだろうが。 「そういうのは、ないですね」 ああ、そりゃそうだろう。 「やっぱネットでお買い物する方が多い?」 「いえっ、ネットで買ったこととかないですね」 「へえ…… めずらしいよね、今時」 「クレジットカードとか持ってないんで」 「あ、ああ、そうなの?」 「えぇ、そういうの怖いんで、目に見えないお金は」 「へえ…… でも分割払いと同じようなもんだと思うけど?」 「分割払いで物買ったこともないんで」 なるほど、こういうタイプの人、よくいる。珍しくはない。 別にブラックリストに登録させられているわけでもなく、ただ単に借金をしたくない、というポリシーの人。 それは単に利子が発生するから損とか、そういうレベルの感覚ではなく、自分の手持ち以上のお金、今現在どこにもないお金で商品が手に入る、そのことに強烈に拒否反応を憶えるタイプの人なのだ。ある意味、堅実であり、堅実であるが故の自分に対してのルール付け、それが壊される感触に嫌悪感が伴うのだろう。 こういう人は今の日本の国債がいかほどで、国民一人当たりの借金に換算すればどれほどの額になるのかということは考えたこともないのだろうか。 「ATMの手数料とかも、絶対払いたくないんで」 「あ、そう……」 何がなんでも自分の契約銀行で、なおかつ手数料の発生しない時間帯にお金を卸す。とのことだった。 利子の発生も大事な要素のようだ。 「で、お出かけって、どこ行くの?」 彼女は少し考えた後こう言った。 「まあ、古墳ですね」 「へえ……」 聞けば彼女は神社仏閣、古拙旧跡巡りがマイブームなのだという。特に古墳、いわゆる前方後円墳とかだ。 いや、これは…… 存外に朗報だ。 なんとなれば、その方面については人並み以上に知識は持っている。ぶっちゃけ俺も嫌いではない。話を合わせるにやぶさかではない。 「俺の家の近所にも古墳多いよ、場所柄かな?」 俺は最近、近所で試掘調査が行われ、一般公開された古墳を見学に行った時のことを話した。まあ、暇だったからちょっと歩いて見に行っただけのことなのだが。 「ぅをっ、いいですねっ、そこあたしも行ってみたいんですっ」 俄然食いつきが良い。 しかもあんなマイナーな古墳の発掘調査のニュースをチェックしているとなると、かなりのマニアである。 「ああ、トレンチの断面を学芸員が説明してるの見たよ」 「いいですねぇ、学芸員」 目が輝いた……か? トレンチとは、一般的には細長い溝、塹壕という意味だが。考古学用語としては試掘用の細長い発掘溝のことを指す。 しかし…… トレンチってかなりマニアックな用語だとは思うのだが。 彼女自身は古墳好きということであれば、そこは意味は通じて当然だろう。そうは言っても、この用語、自分の趣味にジャストミートする専門用語が、普通に他人の口から出てくれば、多少は感じ入るところがあっても然るべきなのではないかと思うのだが、彼女はそこには何も言及しない、何も驚かない。 会社という仕事のためにだけ集まっている人間が、同僚として無作為に関係を持っただけの隣人が、そんな話が通じる人だったことに少なからぬ驚きを憶えても不思議ではないはずなのだが。 例えば、このフロアで働くすべての人に訊いて回ったとして考古学的なトレンチの意味を知る人が何人いるだろうか? まずいないだろうと予測できる。 彼女はその点、意外な人に意外な話が通じたということについては何の感動も感銘も受けることはない。 そんな様子は見られない。 自分が知っていることは相手も知っていて当然と思う。 それは自分が知らないことを相手が知っているんじゃないかと思う気持ち、他人に対する期待感が無い、ともとれる。 他人に対して関心が無い、人間に興味が無い、そこに行き着く。 それが彼女、西本さんなのだ。 「しかし、よくそんなニュースをチェックしてるよね」 「ええ、その関係の新聞記事は切り抜いてファイルに入れてるんで」 むう、かなりの情熱だ。 なんだか大昔の切手コレクション全盛期を彷彿させられる。ここは素直に褒め称えておこう。 「スクラップブック作ってるなんてすごいね」 「なんですか? すぷらっくぶっくって?」 なんだろう? 日本語に訳すと……。 うーん…… 難しいんですけど! たまにはスルーさせてもらおう。 「その古墳も、もう埋め戻しちゃったけどね」 「それでも、行ってみたいです、絶対今度行きますっ」 うーむ、なんだろう…… これ……。 まさかの誘い受け、なのか? いや、彼女がこの少女漫画用語を知っているとは思えないが…… 少女漫画など読むようには見えないし。 しかし、もしかすると彼女の本棚三個からあふれ出る蔵書の中には少女漫画から派生した、今ではすっかり定着した感のある英文字二文字で略される分野の、いわゆるその手の本が……無いとは限らない。 まあ、可能性は高いかもしれないが、そこはやはり、とてもではないが尋問できるレベルの話ではない。間違いなく。 しかし彼女のこのセリフは、一般的には誘ってる風に取られても不思議ではない部類のはずだ。 その古墳がうちの近所だと伝えた。そうなると一度訪れた経験のある俺はその場所をよく知っていることも伝わったわけだ。そうなるともし良かったら案内を…… なんて期待があるのか? いや、それは特に違和感のない流れではある。よくあるきっかけとも言える、渡りに船の大義名分には持ってこいだ。 意外なプレッシャーだ。どう話を繋ぐべきなのか。 ここは軽いジャブ的な返しで、探りを入れるべきところか? 「古墳って、どの辺に行くの? いつも」 「奈良が多いですね。レンタサイクルで」 「ああ、多いよね、あの辺」 「レンタル屋さんに顔憶えられてるかもしれないです」 「へえ…… そんなに行ってるんだ。友達と?」 うむ、この辺が肝心なところだ。 訊いておくべきところだ。 行動パターンとして。 「いや、友達と行くと効率悪いんで」 「あ、そう?」 「ええ、“たいっがい”途中でいやな顔されるんで」 相当いやな顔されてるようだ。 「もしかして付いて来れないとか?」 「そうですね、すぐお腹減ったとか、疲れたとか言い出すんで」 「そりゃまあ、ねえ」 「時間がもったいないんで」 つまり、大概単独行ということらしい。 彼女は古墳巡りをするにあたっては事前に綿密なスケジュールを立てるのだという。 「ごはんとか食べる時間は?」 「おにぎりかマクドナルドですね、古墳眺めながら」 なるほど……純粋無雑である。動機は単純目移りなし。 これではなかなか一緒に行こうと名乗りを上げる友達はいないだろう、そりゃ。 そもそも、なんだかんだ言っても観光地なわけで、目的地は古墳巡りだと言いつつも、結局女性ならば土産物屋であったり、ファンシー雑貨屋であったり、ちょっとおしゃれなカフェであったりに食指が向くものだ。そちらに費やす時間の方が長くなることも多かろう。 しかし西元さんはそんな余計なものにお金も時間も費やす気はさらさらないのだ。 見ると決めた場所に律儀にタイムテーブル通りスケジュールを消化していく。そこに譲歩や妥協は許されないのであろう。たとえ友達の要求であろうと。 そう考えれば、さっきの西本さんの言は特に深い意味はなかったと考えて正解なようだ。余計な心配だった。 「そんなに好きなんだ、古墳」 「そうですね、できるだけ時間を有効に使いたいんで」 なんだか、西本さんの心はすでに古墳に飛んでしまったようでやけにテンションが高い。 「へえ…… パワーあるね」 「はいっ、シュタタって行って、ガサガサって登って、オーって眺めるんですよ」 「はは、よく分かるよ……」 彼女の語彙は基本的に繰り返し言葉というか、ワンニャン語というか、とにかくマンガチックな効果音が多い。 自分の動作にはとりあえずセルフ効果音が欠かせないのだ。それは話に興が乗っているのを示すバロメータでもあるのだが。 「もう死ぬ時は、古墳の中で死にたいですね」 いや、そんなことはしない方がいいと思うが……。 人柱じゃあるまいし。 あるいは殉死者の生まれ変わりなのか。 いくら体型が埴輪っぽいとはいえ……。 しかし、軽く死ぬ時の話とか口にするのもどうかと思うが、ここは西本さんにも冗句を口にできる機知があったという事を称えるべきか。 しかしこの西本さんの場合は冗談で言っているというよりも、思いついた事、考えている事を、そのまま口にしているだけに思える。話す相手の親密度などはあまり考えていないのだろう、自分と他人との距離感、その微妙な関係によって、こんなことを言えば相手がどう思うか、どう思われるか、そんなことには頓着しないのだ。 本当に彼女には本音も建前もない。本音と建前を使い分ける以前にその建前自体が存在しないのだ。 ひょっとすると、自分と他人との境界さえも曖昧なのかもしれない。 12 その日の業務が終了……なのだが、西本さんはまたまた何か書類作成に嵌っているようでまだ終わる気配がない。 彼女はデータの中身よりもその見た目にこだわる傾向があった。表にしても色にしても綺麗に順序だって並んでいないと気が済まない、少しのずれも許せないのだ。 そのために費やされるロスタイムはなかなか馬鹿にできないものがあるが、彼女のこだわりは絶対的に譲れないものなのである。 一応年上でもあり、まだ業務について間もないこともあって自分だけ先に帰るのも気が咎めた俺は、特に急ぎでもない書類に目を通しながら彼女が仕事を片づけるのを待っていた。 ようやく彼女が仕事を終え、連絡メール、例の平素は――で始まるメールを送信し終わるのを見計らって、俺も帰り支度を始める。 エレベータホールまで二人で到着したところで西本さんがトイレで手を洗ってきますから先に帰っててもらっていいですと言う。 まあ、彼女なりに気を遣っているのだろうが、せっかく一緒にフロアを出てきたのだから、普通は駅まではつるむものだと思わないのだろうか。 まあ、思わない。西本さんは。 俺の方にしてみても、それほど仲良しになりたいと思ってるわけではないのだが……。 一応、エレベータホールで待つ。 彼女は廊下の小さなテーブルの上に設置してあるアルコール消毒剤を手にまぶし、手の平ををこすり合わせながら戻ってきた。いつもながら、かなりの潔癖ぶりである。 エレベータを二人で降りる。 無言だった。 西本さんの鼻息だけがリズミカルに響き渡る。 暗黒卿リスペクトなのかもしれない。 西本さんとの間を持たせる軽い話題のネタもそろそろ尽きてきそうだ。天気の話ぐらいから妥協するべきか……。 そういえば今日は昼から小雨模様だったようだが、ビルの奥の部屋にいると外の様子がよく分からない。夜ともなるとなおさらだ。俺は何気なく西本さんに言うでもなく独り言っぽく、 「雨やんでるかなあ……」と口にした。 そして彼女はこう言った。 「さあ? あたしにきかれても、天気予報士じゃないんで」 こんな答え……。 悪気はないのだろうが。 なんの他意もないのも理解できるのだが。 正直、いい気はしない。 彼女は別に機嫌が悪いわけでもなく、怒ってるわけでもなく、ただ単に俺の問いかけに思った事を口にしただけなのだ。 彼女は耳から入った言葉を言葉通りに受け取る人なのだ。 歪曲無く。 ストレートに。 西本さんには行間も言外の意も伝わらない。 それは、充分分かってはいるつもりだが。 それでも、やはり彼女は損をすることも多い人なのだろう。彼女の特質は良好な人間関係を築くのには向いてはいない。この調子じゃ誤解される事も多いはずだ。 普通の人間からは……。 俺のように一周回って360度を超えてプラス180度したようなファイブフォーティひねくれ者には理解できるのだが。 とは言え、俺も疲れているのもあって、これ以上無理に話題を振るのも億劫になっていた。西本さんも別におしゃべりしたいわけもないだろうし。 しばらく黙って並んで歩く。 西本さんを見ると、やはり緊張感が高まっているのが分かる。歩き方が普段にも増してロボットチックだ。 彼女の歩き方は肩をいからせて歩いているように見えてしまう。もう少ししなやかに動けないものなのだろうか。 まあ、いつも俺の方が話題を振っているところに、あえてこうやって押し黙っているのも、何かプレッシャーを与えている気分になってきたので、適当に仕事の話でもしようかと思っていたところに、そこで彼女が口を開いた。 歩きつつ、前を向いたまま、唐突に。 「あ、あたし、遺言状書こう、と、思ってるんですよ」 と。 へ? 遺言状……って、死ぬの? 馬鹿なの? 一体何を言い出すんだ、この人は……。 返答に窮する。 いや、俺、弁護士じゃないんで。と言うわけにもいかないが……。 しかしまあ、ここは動揺はおくびにも出さず俺は言う。 「何それ? 遺産相続?」 「そうです、あたしの貯金、全部お母さんに行くようにしたいんで」 「へえ…… そう…… なんかそんなに貯め込んでるわけ?」 「いぇっ、そんなことないですけど」 「ふーん、でも倹約家だしね」 「とにかくお父さんには、一銭も渡したくないんで」 お父さん……。 そういえば、お父さんの話は話題に上った記憶がない。 その辺はあまり、こちらから直截的に訊ける話でもないわけだが。 それにしても遺産相続……。 普通は自分に配偶者がいない場合にのみ次点で親に相続権が移る物だが、父親にビタ一文渡したくないとか、よほど父親が嫌いなのか……。 それにも増して、自分が結婚する可能性というものをまったく考慮に入れていない、想定していないところがすごい。 それはまあ、よく自分の事が分かっているというべきなのかもしれないが。 なぜ彼女が父親の事を口にしたのか意図はつかめないが、それは単なる流れで口走っただけのことなのだろう。 とにかく彼女は遺言状を書こうと思っている。まずはそれありきの話なのだ。思っていたから口にした、それ以上でもそれ以下でもないのだ。 しかし父親と良好な関係を築けなかった女性は、えてして男性に対する反応が極端になるという。 まったく男性に対する興味を失うか、あるいは憎むか。 反対に次々に男性遍歴を重ねることに執着を燃やすケースもある。 父親のことが大嫌いだという彼女……。 彼女の場合、男性を恋愛対象として見ることができない、もっと言えば、自分を女性としても自覚することができないのではないか、そう思える。 それはしかし、おそらくは父親だけの問題だったとは思えない。虐待やネグレクト、無かったとは言い切れないし、そんな突っ込んだことを訊けるはずもないのだが。 それでも一軒家に住み、家族を養い、娘三人を大学まで通わせたことを考えれば、それほど非道い父親だったとは思えない。少なくとも物質的には平均以上の甲斐性は持ち合わせている父親だったはずだ。 それに男である俺が、もし自分の娘が西本さんだったならと考え、そこに思いを巡らせてみれば、父親の苦労は相当なものだったのではなかろうかと想像できる。 しかし……かといって、こうなったのは西本さんの責任では無いのも確かだ。 本人の責任でもなければ、親の育て方が悪かったわけでも無い。そもそも何が悪いのかと問われても何も悪くは無いのだ。 ただ、彼女は彼女であり、彼女らしく生き、誰に迷惑を掛けているわけでもないのだから。 そして、こんな重い話をまだよく知りもしない会社の同僚に告知する、俺なんぞにしゃべってしまう、彼女の他人との距離感の蒙昧さは本物だ。 将来非道い詐欺にでも遭わなければいいのだが……。 それとも、貯金いっぱいありますから、お買い得ですよアピールとか? それこそあり得ない。 し、妄想以外の何物でもない。自分を軽蔑してしまいそうだ。 そんなことを考えているうちに、ほどなく駅に到着。 「お疲れ様でした」 あっけらかんと彼女が言い。何事もなかったようにいつものように別れる。謎は謎のままに……。 13 日は変わって、今日もいつものランチタイム。 さて、今日は何を話そうか。 んー、さすがにちょっとは面白味が出てきたような気もする。そろりそろりと突っ込んだ話をしても流れ的には自然な感じもするのだが、彼女の場合、基本似たようなことを訊くとほぼ前回と同じところから話が始まるので、なかなか話が進まないという欠点がある。 些細な欠点でもあるが。 とりあえず巻きで進めると……。 西本さんの部屋が狭いという話が出たところで、本棚の話になり、三つ本棚があります。と、ここまでたどり着いた。 ここからが本題だ。 新作の話題だ。 「いらない本売りに行ったりしないの? ブックオフとか」 「いやっ、もう売ってない本ばっかりなんで、売れないです」 「へえ…… 大事なお宝なのか」 「そうですね、手放す気にはならないんで」 ふうむ、初版本とかだろうか……。 「じゃ、とりあえず、マンガだけでも処分するとかは?」 「えっ!?」 西本さんにとって、それは強烈な豆鉄砲だったようで…… 数秒間びっくり顔のハト状態でパラライズした後、こう言った。 「そんなことしたら、本棚空っぽになります」 まあ…… 白状すると、俺の提案、アドバイスに悪心が無かったとは言わない。 実際のところ半分くらいは予想していた。 いや九割方か……。 彼女の言うところの本、それがイコール漫画本なのだろうということぐらいは。 「はは…… マンガ好きなんだ」 「マンガ以外だと五十冊もないですね」 もう開き直ったかのように言う西本さんだった。 「他は? 小説とか?」 「いえ、博物館の目録が多いですね」 そう、 彼女は博物館好きなのだった。 毎年秋に開催される奈良の正倉院展には必ず出かけるのだという。もちろん一人で。 「ああ、俺も昔はよく行ったよ」 一人では行ったことないけど……。 「いいですよねえ、落ち着きます、時間忘れて見入っちゃうんで」 彼女が俺の意見に言葉を繋ぐことはほぼ無い。俺が自分のことを話したとしても、そこはまるで聞こえなかったかのように華麗にスルーされる。いわゆる会話のキャッチボールなどという物は成立しないのだ。常に俺の方が彼女に話題を振り、機械的に返答が返ってくるだけだ。 それにしても彼女は一人で行動することに何の抵抗も感じない。それはまあいつでもどこでもどんな場所でもというわけではないのだろうが、いわゆる普通のカップルがデートコースとして選択するような場所、意味もなく光あふれるような場所に一人で突入するようなことはさすがにないようである。 一人で行動していてもことさら不自然ではないような場所、いわゆる歴女がひたすら自分の趣味のためだけに訪れるような場所、一人でいても不自然さを感じさせない場所、そうした場所をちゃんとチョイスしている風ではある。 しかし漫画についてはおよそそうした趣味に関係した物ではないのは確かだろう。 彼女が古墳に目覚めたのは、どうやら最近のことであるようだし、長の年月を費やして蒐集されたであろう蔵書は古典日本史関係のジャンルのみであるとは考えにくい。 しかし彼女は本棚三つを埋め尽くす蔵書をお宝と豪語している。意外に本当に価値のある収集物なのかもしれない。 もうちょっと訊いてみよう。 「貴重な漫画というと、キャンディキャンディとか?」 うむ、半分以上自分の趣味の暴露である。 「いえ、そういうのはないですね」 無いのか…… もし全巻揃っていれば、結構なお宝だと思うのだが。いや、もともと少女漫画を嗜む人だとは思っていなかったのも正直なところだが。 「じゃ、ガラかめとか?」 「なんですか、それ」 「ガラスの仮面……」 「聞いたこと無いです」 うーむ、知らないのか。 少女漫画としては近年まで最大の累計発行部数を誇っていたあの有名作を……。 お、おそろしい子……と言う程でもないが。 おそらく、彼女が所有するマニアックなマンガタイトルに関しては子細を聞き出すのは無理なように思える。そこは個人情報、プライバシーの侵害に抵触する問題なのだろう。 ま、恥ずかしいだろうし……。 聞いたところで俺の方が知らないかもしれないし。 ならば、マンガ以外の本のことを訊いてみよう。 「ラノベとかあったりする?」 「え? ああ、ありますね、少ないですけど」 「へえ…… 十国記とか?」 「十二国記です」 眉一つ動かさずに西本さんが言う。 ちなみにそれは所有していないそうである。 「キノの旅とか好きですね」 「う、それは知らないな」 知らないが、まあタイトルからして好きと公言しても憚らない、当たり障りのない良作なのだろう。 ちょっと携帯端末で検索してみる。 「きのってカタカナ?」 そうです、と言いつつ西本さんも自分が好きな作品なだけあって興味が沸いたのか、検索結果が表示された俺の端末機をのぞき込む。 俺の目にとまったのは検索結果の二番目に表示されたタイトルだった。 「『キノのケツがエロい件について』だって」 「ぅをっ、そうなんですか!?」 大方アニメ版の話題を扱ったBBSまとめサイト的な物だろうが、ここは彼女にとっては興味も関心も抱かせないサイトであることは間違いない。 まあ、わざと口にしてみただけだ。 西本さんのリアクションにちょっとだけ興味があっただけのことだ。軽いセクハラ行為である。 「そんなこと思ったこと無いですけど」 そうだろうが…… というか……ん? 「これ、アニメ版の話だよね?」 「あ、ああ、あたし、アニメしか見てないんで」 「あれ? 小説版は?」 「一応持ってますけど、積ん読状態ですね」 「へえ…… そっか」 ツンドク…… 敷き布団の上にだろうか……。 しかし彼女にとっては小説版などはある種のコレクターズアイテムなのかもしれない。 「でもゲーム版はやりました」 「ゲーム版もあるんだ……」 ノベルゲーという奴だろう。 そう言えばアニメか……。 やっぱり好きなんだろうか、アニメ。 「アニメとか、よく見るんだ」 「そうですね、ハードディスクレコーダーが一杯でやばいです」 「へえ…… やるなあ、結構」 「ブルーレイに書き出す時間が無くて」 「へえ…… すごいね、ハードディスク増設すればいいんじゃないの?」 「いや、レコーダー二台あるんで」 「二台…… それって……」 「全部アニメです」 ここは珍しく先回りして、機先を制して言う西本さんだった。しかもなぜか自慢げだ。 しかし、二台のハードディスクレコーダーを満タンにしているのはすべてアニメとは。 まあ、録画したすべてをディスクに保存しているわけでもなさそうだが。 「で? どんなの見てるの?」 ここはやはり個人的趣向の範疇だが流れ的には自然な質問のはずだ。 だがしかし…… 考えている。 俺の質問に対して。 長考している。 西本さんが。 そしてようやく意を決したように一つのタイトルを開示する。 「銀魂とかですね」 おそらく、彼女的には最もポピュラーかつ無難なタイトルとして選ばれたのがこの作品であったのだろう。 さすがにそれは俺でも知っている作品タイトルであった。 「ギャグだけどシリアスなところもあって好きなんで」 シリアスだっけ? あのアニメって……。 最近見てないので憶えていないが。 しかし、まあ……なんというか、西本さんの趣味も取り立てて変わっていると言うほどでもないようだ。 西本さんのようなタイプの女性としては十分連想できるステレオタイプな趣味、平凡な趣向じゃないか。 「まあ、おもしろいよね、銀魂」 無理矢理話を合わせる俺。 「だいっすきなんで」 仏頂面のままで思い切り主張する西本さん。 「はは…… たしか映画化もされてるよね」 「映画は行ってないです」 「あ、そう、一回も?」 「いえっ、銀魂はまだ一回しか映画化されてないんで」 ……なんでそこでドヤ顔? 「あ、そう……」 なんだかんだ言ってもよく知ってるじゃないか。 と、ここで急にはたと思い出したといった風に西本さんが言う。 「あ、そう言えば、見に行きました。映画」 「あれ?」 「上映期間終了間際にやってるところ探し出して」 はぁ? それを忘れてたと言うのか? 不可思議だが、まあ、西本さんならしょうがないというところか……。 「映画館とかよく行くの?」 「いえっ、めったに行かないですね」 ああ、やっぱり、そうだろうが。 「でも必ず見に行くのはあります」 「へえ、なんかシリーズもの?」 「まあ、ポケモンですね」 「……一人で行くの?」 「はいっ」 ふむ…… ポケモン…… いやいや、これは、 勉強不足なのかもしれない、 俺自身が。 ひょっとして、俺の知らないうちにポケモンは大人でも楽しめる奥深いドラマ展開に発展しちゃってるのだろうか? うーん、見ておくべきなのだろうか、ポケモン。 社会人の嗜みとして。 あんまり気乗りはしないが……。 それにしてもポケモンの上映待ちを家族連れや子どもに混じって一人列に並ぶというのはかなりの羞恥プレイなのでは? いや、それは偏見か。他人の趣味趣向を揶揄する権利など、欠片も有りはしない。 それよりなにより、そこは逆にハードルが高いほど成し遂げた時のカタルシスが大きな物となりえるのではなかろうか。 例えば、そうだ、ネットで拾ったそのものズバリの扇情的欲情動画よりも、道端に落ちている薄汚れた水着グラビアの方がなぜか淫靡な香りを漂わせているような気がするのは誰しも体験することじゃないか。 いや、しないか……ちょっと意味も違う気もするし。 とにかく西本さんがそんな、被虐的、自虐的快感のために映画館に足を運んでいるなどということはないだろう。 純粋に好きなだけなのだ。 ポケモンが、 ポケットモンスターが。 「ところで、コミケとか行く?」 コミケ、コミックマーケットの略だがそんなことは西本さんに説明するまでのことはないだろう。 説得力はないかもしれないが俺は行ったことはない。 残念ながら。 「毎年行ってます」 「あ、そうなんだ」 「大好きな絵師さんがいるんで」 「えし?」 「絵描きさんです」 浮世絵でも描いてる人なのか? なんて言うのはさすがにわざとらしいか……。 14 さて、珍しく今日は仕事が早く片づいた。 定時で社屋ビルを出るのは久しぶりのことである。 「おお、空がまだ明るいぞ」 「こんな時間に帰れるのは久しぶりです」 西本さんも上機嫌のようだ。 一般人には分かりにくいだろうが声も弾んでいる。 しばらく立て込んでいた仕事が一段落し、なんとなく一山超えた開放感に浸りながらの帰路だった。 西本さんは相変わらず前傾姿勢でロボットチックな歩き方だが心持ち足取りも軽やかに見える。 長い一本締めの三つ編みが逆さまにしたメトロノームのように左右に振れている。 「お腹空きましたー」 「ああ、腹減ったなあ」 「お腹空きましたー」 繰り返す西本さん。 ノリノリか? 「この時間は腹減るよね、なんか」 「お腹空きましたー」 「じゃその辺でなんか食べてく?」 …… …… …… …… あの…… ちょっと……? リアクションがないんだが。 真っ直ぐに前を向いたまま一心不乱に歩を進める西本さんだった。 聞こえなかったのか? 「駅ビルの中でお好み焼きでも食べる?」 「え、あ、いえ、家に帰ったらごはんは食べれるんで」 そりゃそうだろうが……。 まあ、とりあえず聞こえてはいたようだ。 って言うか…… おかしなこと言っただろうか、俺。 久しぶりの定時退社、お腹減ったと連呼する年下の女子社員、それに対しての年上の先輩である俺の提案。 割と自然だと思うが。 「お金ないんで」 「いや、お好み焼きくらいおごるよ?」 「いやっ、いいです、そういうの、後々めんどくさいんで」 ふむ、 なるほど。 ははっ、 すげえ、 よく言った! 後々めんどくさいって……。 とりあえずそんなこと言う方がめんどくさいことになるとは思わないのか? 後々の人間関係的に。 いや、思わない。思わないのが西本さんなのだ。 それでこそ西本さんだ。 別に驚くほどのことではない。 驚かないが、多少なりとは意外だったかもしれない。 実際、そこそこの時間仕事上とは言えつき合いもし、お昼時には軽口な会話もするくらいの関係なわけで、俺のほうにしたって特に口説こうとか、そんな下心は無いのも分かり切っているはずだ。と言うよりもそんなことを思われる方が心外の極みだ。ここはいわゆる社交辞令的な意味でのセリフだったことは強く主張しておきたい。 一応年上の同僚として……。 幸いその辺の雰囲気が伝わったのか、あるいはさすがに自分が言葉足らずと感じたのか、彼女は取り繕うように言を繋いだ。 「いえ、お返しとか、そういうのめんどくさいじゃないですか、それに……」 「それに?」 「お腹減ってるんで」 早く帰ってメシ食いたい、と。 なるほど、一理ある。 たとえごはんにありつけるのが一時間後になるとしても、真っ直ぐ帰宅、お母さんの作った夕ご飯、というルーチンワークからはずれた行動を取ることは彼女にとっては食欲に対しての冒涜なのかもしれない。少なくとも神聖にして犯すべからざる大事な夕ご飯を、くそめんどくさい他人に供じてもらうなど考えるだけでもしちめんどくさいことなのだろう。 いや、あるいはジェネレーションギャップという線もある。 ごはん代は男が奢って当たり前? なあんて、前時代の価値観、死滅した常識だったのか? はたまた逆に女性が夕食に誘われる際の基本ルール違反、当日に誘われて即OKするなどという、女子としての商品価値を自ら下げるような真似はあるまじき行為という奴か? まあ、それだけはあり得ないのは分かっている。 そう、つまりは……。 そもそも男に奢ってもらうというシチュエーションそのものに理解が及んでいないだけなのだ。 それより何より、異性にごはんに誘われるという事態を経験するのが初めてなのかもしれない。 彼女にとって三十五年の人生、その歴史の中で体験したことのない未知のシチュエーション、それを無理矢理経験済みの出来事に押し込めようとした、その結論がこれなのだ。 つまりはこのシチュエーションに一番近いシチュエーション、友達とごはんを食べるというシチュエーションに咄嗟に当てはめて考えた結果の回答なのだろう。 だから奢ってもらうということ自体が想像すらできない、彼女の思考回路にとって言わば埒外のケースなのだ。 もしも今回俺がメシ代を支払ったとしても当然これはお返しに代価を支払うべき物、対等に負担するべき物という前提から外れることはないわけだ。 それは、対等な友人関係ならば当然のことだろう。 彼女にとっての当たり前の認識、そこが彼女の想像が及ぶ地平の限界なのだ。 だから彼女が言っためんどくさいと言う意味は純粋に金銭のやりとりが面倒だという意味なのだ。 今回の場合は損失を被るのはこちら側であるわけだが、彼女にとってそれは単なる借金であり、そしてそれは彼女が最も忌み嫌う物の一つなのだ。 そして彼女にとって金額の多寡に換えられない、交換することの出来ない人の気持ちなどは到底推し量ることなどできないものなのだ。 お金より大事な物なんていっぱいある? なにそれ? おいしいの? 彼女にとってこれほど空虚なセリフは他に無いのだろう。 目に見えない物に何の価値があろうか。 エビでタイを釣ることはできないし、わらしべはどこまで行ってもわらしべ以外の何物でもない。 歴史は何も教えてくれはしないし、失敗はただの失敗でしかない。それだけのことなのだ。 とは言え…… まあ、フラれたという事実には違いはないのだが……。 そこは素直に認めるべきところだ。 別に自分に言い訳をしようとしているわけではない。 そもそも西本さんの顔を見ながらメシ食うのはお昼だけで充分だというのも正直なところなのだが、それは彼女にしても同じかもしれない。 なんであんたの顔見ながらごはん食べなきゃいけないのよ、と。もしそうだとすると、それは想像するだに業腹なことだが、まあ、そこは考えすぎというものだろう。 ただ俺が忘れていただけなのだ、 西本さんは箱入り娘だということを、 それも、ただの箱ではなく、 箱根名物、秘密箱クラスの。 15 業務に入って二ヶ月あまりが経過した。 気が付けば二月も半ば近くとなっている。 今日は珍しいことにパン食の西本さんだった。 「あれ? パンって珍しいね」 「あ、はい」 それきり黙ってパンをパク付く西本さん。 特にコメントはないらしい。 俺も特にないが……。 なにしろ西本さんの食べているパン、実に普通の菓子パンなのだ。おいしそうだねと言うことさえ抵抗を感じる普通のパン。調理パンでさえない、ひたすら甘そうな菓子パン。子どもなら喜んで食べる種類の大量生産品の菓子パンなのだ。 「菓子パン、好きなの?」 「いえっ、別に」 「へえ……」 じゃ、なんでそんなに大量に食べてんの? と、疑問が沸いたところで、西本さんがその疑問に答えるべく種明かしをしてくれた。 「おまけのカードを集めてるんで」 「カード?」 今でもそんなのあるんだ。 で、そのカードとは…… 「ポケモンです」 「へえ……」 「もう、箱一杯貯まってます」 「す、すごいね、コレクターだね」 「かさばらないし、安いんで」 まあ、そうだろう、おまけだし。 「ポケモングッズ、他にもあるの?」 「いえっ、カードだけですね、あとゲームと」 「ああ、そうなんだ」 なんでも十個集めればコレクションだと言うが、彼女のおまけカードコレクションは数百枚に達する立派なコレクションらしい。あまり値打ちも感じられないし、特に興味も沸かないが。 「そういえば、もうじきバレンタインデーか」 申し訳ないが興味がないので別の話題に切り替える。 まあ、俺としては別に催促する意図があったわけではないが他に話題が浮かばないのでついそんなことを口にのぼしてしまっただけだ。 しかし意外や意外、西本さんは嬉々とした様子で言う。 「たのしみです」 「え? そうなの?」 「ええ、チョコレート好きなんで」 「手作りチョコとか作るの?」 「いえっ、この時期だけ限定で発売するチョコが買えるんで」 「ふーん、自分が食べる分も買うわけね」 「いえっ、自分が食べる分しか買わないっです」 「はは、人にあげるのはチロルチョコ?」 「いえっ、人にあげたことはないっですね」 「ああ、そうなの」 「うちの会社男ばっかりじゃないですか、損するんで」 うーん…… ん? それはおかしな理屈だ。 通常お返し額の相場は二から三倍辺りが目安だろう。 ばらまけばばらまくほど投資額を遙かに超える収穫が期待できるはずだが。 まあ、無理か、そんなジェンダーを盾に取ったお得話など想像もできないことなのだろう。西本さんには縁のない話なのだ。 相も変わらずレディースなにがしと命名される種類のサービスは数多いが、基本的に外食をしない西本さんにとって、それを享受することはめったに無いのだろう。マクドナルドにレディースデーは無いだろうし。 いや、そういえばレディースデーとくれば、映画館なら利用価値は十分にある。 ポケモンが千円で見られるじゃないか! と、言っても、 まあ、タイトル的に平日の会社帰りでは最終上映時間に間に合わないだろうが……。 あるいは女性専用車両に乗れるのも少なからぬメリットではないか。 「それは乗らないですね」 「あら……」 「階段から遠いんで」 なるほど。 まあ、痴漢に遭ったことなど無いのだろうということは想像に難くない。 西本さんに対してそんな行為に及ぼうとするドレッドノート超クラスのマニアックな変態はさすがに希有であろう。 女性は二十歳まで痴漢に遭った経験が無ければ一生涯痴漢に遭うことは無いとも言う。まあ、幽霊を見るか見ないかも同じようなことを言うらしいが。 「ところで幽霊見たことある?」 思考の流れのままに口にしてみる。俺も西本さん流儀が伝染しているのかもしれない。 「ないです」 真っ昼間からする話でもないな。 だいぶ無理矢理感がある。 「まあ、俺も見たことないけどね」 「死んだら終わりです」 ふむ、 さすがの唯物論っぷりだ。 「死んでまで生きたくないんで」 「へえ…… なるほど」 「死んだらパッと消えたいですね」 「パッと?」 「ええ、死んでも終わらないとか、うんざりなんで」 「でも死後の世界があったらどうすんの?」 「最悪です、自分のお墓とかも絶対いらないんで」 そう来るか……。 「自分が生きてた痕跡を欠片も残したくないんで」 うーん、鳥葬にでもして欲しいのか? 「骨はどっか海にでもばらまいて欲しいです」 「え? それって法律的に問題あるんじゃ……」 「いえっ、ちゃんと手続きすればできるそうなんで」 おいおい、そこまで具体的に調べてるのかよ……。 「それも、遺言状に書いておこうと思ってます」 めちゃくちゃ現実的に考えてるぞ、この人。 言うまでもないが、西本さんが冗談でこんなことを言っているとは思えない。 恐ろしいことかもしれないが、彼女は本気で言っている。 決して受けねらいで言っているわけではない。 彼女は冗談でこんなことを言う人ではないのだ。 そもそも冗談自体が言える人ではないのだから。 まあ、確かに人生なんてクソみたいなもんだ。俺もそれには賛同する、首肯する。だけどそんな人生でも、価値のない世の中でも、何かを残したい、生きていた証を残したいと思うのが人情というものだろう。 人は縛られているもんじゃないか、 未練や煩悩や心残り、どうしたって考える、やり残したことを、やりたかったことを、できないままでいることを。 いろいろと抱えて生きている、捨てきれない願いを……。 だけど彼女には何も無い。 そして彼女の主張にはやり場のない怒りが感じられる。 人生許すまじとでも言わんばかりの。 だけど…… 正論かもしれない。 人間がクソなら、自分もクソで当然じゃないか。 自分だけはクソじゃない、なんて思ってる奴こそクソだろう。 クソだらけの世界。 ライフ・イズ・ビッチだ。 ビッチとサノバビッチしかいない世の中なのだ。 だから…… 何の未練もない、 綺麗サッパリ消え去りたいという彼女、 何の痕跡も残したくないと言う彼女、 そうだ…… つまるところ…… 彼女は理解しているのだ。 悟っているのかもしれない。 人の世に、人生に、この世に、平等なぞというものがどこにも無いことを。 あり得ないことを。 世界なぞ、 不平等そのものだ。 理不尽の一言に尽きる。 決定的すぎる不平等、致命的に偏った機会の配分、努力で埋めることなど出来ようはずもない、取り付くしまもない圧倒的な急流に、そんな絶対的な格差に、逆らう術なぞ皆無だということを。 そんな理不尽に抵抗するなど、抗うことなど、傷口をただただ広げるだけの行為だ。 生まれ変われたとして好転することなぞ望むべくもない。 大体今生きている人生だって、日本に生まれてきたことが最高とは言えないにしても、全世界的に見れば恵まれている方だと思えるのなら、なおさら来世は悲観的に考えて正解だろう、確率的に考えても。 実に理性的な考えじゃないか、 殊勝な心意気じゃないか、 人生なんて一回で充分。 そうでなけりゃ死に甲斐が無いというものだ。 そうだ、 同意する、西本さん、激しく。 16 「あ、あたし今日は早めに上がらせてもらいます」 「あ、ああ、はいはい」 「病院行くんで」 「あ、そうなの」 「三週間に一回行かないといけないんで」 三週間……か。 医者の処方する薬は三週間分が限度なのが普通だ。そういうことなんだろうが。 しかし何科の病院なんだろう。どうでもいいことだし、訊くのも憚れる内容だが少々気にはなる。 レディースクリニックでないのは間違いないだろうが。 ひょっとするとひょっとするのか? いわゆるメンタル系? いやしかし……もしそうだとすると少し認識を改める必要もあるのかもしれない。彼女の存在というか、彼女の特質はもっとしっかりと認識し、庇護すべきもの、フォローするべき物だったのかもしれない。それは一応業務上のフォローを任じられている俺の責任の範疇と言えなくもない。 それならば、仕方がない。 気乗りはしないが、それとなく誘導尋問してみるか。 「俺もさ、時々病院行くんだけど」 ここは、自分のことに絡める常套手段で糸口を作る。 やや、ワンパターンなきらいもあるが、それは致し方ない。 「ぅをっ、そうなんですか」 「うん、睡眠導入剤もらいに、不眠症だから」 まあ、嘘ではない。軽いカミングアウトだ。 「西本さんは寝付き良い方?」 「あたしは、早いですね、瞬殺です」 「そりゃあいいことだ、うらやましいね」 「寝るのは得意なんで」 「でも、最近多いよ、神経症の不眠の人って」 「そうなんですか」 「大人でも自閉症が増えてるしね」 「えっ、そんなにひきこもりの人が多いんですか」 ん? なんだ? どういう意味だ? 「ひきこもり? って自閉症のこと言ってる?」 「あれ? 違うんですか?」 「うん、違う……多分」 そう…… どうやら…… 誤解があったようだ、 俺の認識に。 それもかなり大きな。 自閉症という医学用語の意味を知らない人、 そりゃいるだろう、 現にここにいる、この西本さんのように。 俺は精神科医ではないし、心理学者でもなければ、カウンセラーでもない。 それでも彼女が一般人とずれていることぐらいは分かる。 どちらかと言えば内向的で自閉的な方向に。 だけど、彼女はそんなことを思いもしていない。 疑念も抱いていない。 どころか、自閉症がひきこもりと同義語だと思う程度の知識しか持っていない。 なんてこった、 彼女は本当に何も知らないのだ。 何も知らされず、 何も自覚することも出来ない。 だから…… 疑問はつのるだけなのだろう、 真面目に生きてるつもりなのに、 何も間違っていないはずなのに、 親に教えられた通りに、 先生に諭された通りに、 素直に受け取って来ただけなのに、 曲解無く守り通してきただけなのに、 なのに…… なぜ? どうしてこの世界は生きにくい? なぜ他人は意味も分からないことで笑い、必要もなく悲しむ? それは彼女から見れば何の得にもならない、細々とした、煩わしいやりとり以外の何物でもないだろうに。 なのに人は見えもしない物を見、意味のないことをそわそわと考え、時に不合理を唯々諾々と受け入れる。 その意味をまったく理解できない、認識することなど彼女には出来ようはずもないのに。 いや、 それでいいんだろう。 誰がどこからどう見ても間違っているとしか思えない自明の理だとしても、本人にその自覚がなければそれは無罪だ、無原罪なのだ。 うまい方法や物事を要領良く切り抜ける手練手管、それを知ってしまったら……狡猾に生きる術を学んでしまったら、人は必ず罪を負う。 知らなかったでは済まされなくなる。過失では通らなくなり、未必の故意とさえ認められず、確信犯に成り下がる。 だから、 良いじゃないか、知らないままで、間違ったままで。 清く無様に生きて何が悪い? 少なくとも彼女は潔い、彼女は尊い、効率悪く時間を薄め、搾取されようがどうしようが、真面目に働き、税金を納め、ルサンチマンを貯め込むこともなく、ただ粛々と生きている。誰に非難される筋合いもない。 少なくとも俺なんぞには……。 17 バレンタインデーのその日、昼飯を取る俺と西本さんのテーブルの上には缶入りの粒チョコレートが入った包みが並んでいた。 二人仲良く頂戴したのだ。 業務先の女子社員、宮村さんとか言ったか。 「おいしそうです」 満足げに言いながら包みをのぞき込む西本さん。 嬉しそうだ。バレンタインデー様々である。 で、当然のことながら西本さんからは何も出てこない。 チロルチョコレートさえ。 有言実行だ。 別に何も期待していたわけではないし、予想通りなことなのだが。 欲しいとも思わないし、チロルチョコとか。 「結構高そうなチョコだな」 「そうですね、あたしの給料じゃ買えないです」 いや、そこまでじゃないだろう……。 「宮村さん、いい人です」 「義理チョコでこれなら、本命チョコはもっとすごいんだろうな」 「そうですね」 「そういえば婚約者がいるとか言ってたかな」 そしてなぜか、ここで押し黙る西本さん。 沈黙が長い。 いつにも増して尺が長い。 あんまり楽しい話でもなかったか? 「あんなに仕事できる人でもお嫁さんになったら辞めちゃうのかね」 ちょっと面白いのでもう少しこの話題で広げてみる。 その時、 ドカッ!! と、大きな音が休憩室に鳴り響いた。 近くから。 ん? なんだ? だれかカウンターテーブルに椅子でもぶつけたのか? 見回してみるがその気配はない。 そうこうしているうちに、 ドカッ!! っと。 再度、カウンターテーブルが大きく振動し、お茶が零れそうになる。 「そうですねー」 西本さんがうつろな声で言う。 心ここにあらずといった風情で。 そして二度目のこの時俺は見た。このテーブルの激震の元、震源地が西本さんの右手であることを。 真っ直ぐ前を向き、何もない壁を見つめながら発せられる言葉。その何の抑揚もない西本さんの言葉と共に彼女の右手がテーブルの端に横から打ち付けられるのを。 ドカッ!! っと。 掌底だ。 力のこもった打撃が繰り出されていた。 おい、 ちょっと…… なんなんだ? むかついたのか? 切れたのか? 俺のセリフ、 お嫁さん……? これが悪かったのだろうか。琴線に触れたのだろうか。いや逆鱗に触れたのだろうか。 再度、 ドカッ!! っと。 無表情のまま三回目の掌底が繰り出される。 カウンターテーブルの上に置いてある弁当ガラが吹っ飛びそうになる。 なんだ……この状況。 何かの発作なのか? どうすればいいんだ? どう対応するべきなのか、 いや、 とにかく…… ここはもう、 気づかないふりをするしかない。 見なかったことにするしかない。 わざとらしすぎるが、 あり得ないとも思うが、 しかしここはそうするしかない。 そう…… 彼女がたまに見せるあの思い出し笑い? の時と同じように。 とりあえず彼女の表情を見る限り、激高しているようには見えない。 特に代わり映えのない、いつもの仏頂面である。 とは言え、それが抑えた怒りを露わにした表情と言えなくもないのだが、基本的にいつもの西本さんがこういう表情なので変化は見て取れない。 しかし、それだからこそ俺は恐怖を感じていた。 底知れない恐怖を……。 西本さんの何の感情も読みとれない無表情なへの字口と、その右腕から繰り出されるカタパルト掌底。 まったくかみ合わない西本さんの二つの所作。 もしかして、 やばいのか? かなり…… おさまるのか? このまま何事もなく…… この爆音も三回程度なら人が少ない今の状態の休憩室なら事を荒立てずに済む、やり過ごせる。 しかし、これ以上繰り返されれば嫌でも周りの注目を浴びることになるだろう。 いや、もうすでに何人かは気づいていても不思議ではない。気づいていても、多分俺と同じように、気づかない振りで平静を装っているだけなのかもしれない。 だからせめてここまで終わってくれれば、まだ大丈夫だ。 セーフだ。 なんとかやり過ごせれば、事なきを得られる。 そうして……どうしようもなくうろたえながらも俺は次に掛けるべきセリフに思考を巡らせる。 そしてかろうじて俺が口にしたセリフは、 「ふう、腹一杯」 と、白々しくも、そんな独白めいたつぶやきだった。 とにかく今はひたすら嵐が通り過ぎるのを平身低頭して待つしかない、 異変はどこにも無いと押し通すしかない、 平常運転に見せるしかない、 無理矢理だろうと、 なんだろうと、 なぜなら、 西本さん自身が自覚しているとも思えないから、 自分の振る舞いを、 この暴挙を、 だから俺は西本さん自身に、西本さんが何をしているのかを気づかせなければいいのだ、何も起きていない、と。 そしてやや置いた後、西本さんがこれ以上ないほどお座なりな口調で言う。 「おいしかったです、焼きそば」と。 どうやら、西本さんの右手の動きは止まり、弁当箱の片づけにその用途を推移してくれた。 それこそ何事もなかったかのように。 実際、錯覚だったのかとさえ思える。 あまりにも非現実的過ぎて。 だけど…… 当然夢ではない。 彼女は意識か無意識かあるいはトランス状態かは定かではないが彼女の中のデトックスを済ませたのだ。 理屈では処分できない感情を、処理能力を超えた深層に眠る苦悩を。 むしゃくしゃしてやった、 でも…… 今はもう憶えていない。きっとそんなところだろう。 西本さんが何を考え、何に激高したのか、正確には分からない。どういう心理状況だったのかは定かではない。 しかし、おそらくは彼女の理性、彼女の正義、彼女の合理性で解決できない問題、つまりは本能に根ざした欲求との板挟みに直面したのかもしれない。 生物としての本能、 人間の三大欲求、 DNAに刻まれた至上命題、 逃れようのないカルマ、 そう、 あるのだ、 葛藤が、 西本さんにも、 西本さんであっても、 誰であっても、 俺だって。 彼女は誰が見ても、どう考えてもこの先男には縁がないだろう。いや、生まれてこの方と言う方が正しいのだろうが。 と言うよりも、彼女自身がそれを望むことはない、それだけは確実だ。 ABCから始まる恋のステップ。 そんな物は彼女にはどこにも見えない、認識不可能だ。 たとえ自分の周りにサンプルケースが嫌と言うほど存在しようと、情報は山のように閲覧可能であろうと、目もくれない、見ようともしない。 彼女にとってそれは酸っぱいブドウでさえない、意味の分からない無駄な資源の浪費としてしか認識できないのだから。 だから彼女は純潔を貫くだろう。 生涯に渡って……精神的にも、肉体的にも……。 彼女の唇は焼きそば以外の物に愛情を持って接することはなく、彼女の肌は誰の目にも晒されることもなく、彼女の髪は理容師以外が触れることもなく、優しく撫でられることもない。 彼女の垂れパイは本来の用途にさえ使用されることもなく、誰の目にも触れることなく、その役目を終えることだろう。 だがそれでいいのだろう。 ええ? そりゃだめだろう…… なんて言うのはお門違いだ。 無責任な第三者の意見だ。 もちろん俺も第三者の一人には違いないが、 それでも分かる。 それは彼女にとって死ぬほどの苦痛なのだということは。 万死に匹敵するほどの苦行なのだということぐらいは。 だから、 気安く勧めることなどできない、進言することなどできない、それはもう西本さんに対しては殺人的行為だ。 殺人的な恋だ。 人は、恋で死ねる。 恋で焼身自殺ができる。 断言できる。およそろくでもないことにしかならない。そこは才能が必要なのだ、少なくとも今の世の中においては。 経験者は語る、だ。 わざわざこっちに来る必要はない。 やらずにする後悔とやってする後悔、どちらがダメージがでかいかなど考えるまでもない。 俺が生き証人だ。 生きた屍だ。 やってしまった後悔の破壊力は絶大な上に、未知数なのだ。 だけどやらずにする後悔なら想定できる、そもそもそれは後悔でさえないのだから。 だからそんな未知の大海にこぎ出す必要はない、そんな義務はない。 まあ、俺なんぞにそんなことを言われるのは西本さんにしてみれば憤懣やるかたないことだろう。 そんなこと言われるまでもなく、誰に指摘されるまでもなく、彼女はよく分かっているのだから。 とっくの昔に……いや、生まれながらに。 だから、白状しよう、 西本さん、 素直に認めよう、 雅子さん、 俺とあなたは仲間だ、 同類だ、 スタートラインはまったく違っているけれど、紆余曲折に相似形はまったく認められないけれど……。 矢尽き刀折れたのが俺ならば最初から非武装中立、丸腰なのが西本さんなのだ。経緯は違えど結果は似たり寄ったり、同じ場所に流れ付いて今ここにいるのだ。 同じ職場で働き、 同じ空気を吸い、 毎日顔を合わせて話をしている。 同じ釜のメシを喰い、 釜の底ではいずり回って生きている。 俺にしたってこの先、生涯家庭を持つこともなければ子どもに恵まれることもないだろう。 それは確実だ、ほぼ。 そして俺はあなたに何もしてあげられない、もちろんあなたも何もしてくれる気も無いだろうが……。 俺はあなたを今より幸福にすることは出来ないし、救うことも出来ない。手を差し伸べることさえもできない。 だけどあなたはそんなことを望んでいないだろう。 そんなアプローチは俺からだろうと誰からだろうと、彼女にとってはただひたすらにめんどくさい、ありがたくもない、迷惑そのものだろうから。 どんな誠意を持って挑もうが彼女にとっては同じ、詐欺師まがいの甘言にしかならない。絶対に伝わらない。 だけど、 だけど、 それでも、 やっぱり、 あなたは仲間だ、 どうしたって仲間だ、 あなたと寄り添うことは不可能だけど、あなたと心を通わせることなど出来ないけれど、それでも自分は一人ではないと思わせてくれる人を……安心感を共有できる人を仲間と呼ばずになんと呼べばいい? それより何より、彼女は自分を不幸だなんて思っちゃいない。幸せ一杯だと思ってはいないだろうが、それでも絶望しているわけじゃない。ささやかな楽しみをたくさん持っている。それで充分じゃないか、 だから俺は支持する、 信奉する、 あなたの生き方を、 あなたの存在を、 毎日同じ服を着ることを、 毎日焼きそばを食べることを、 肯定する、全力で。 休みの日には一人でポケモンの映画を見に行こうじゃないか、 それから、 シュタタって行って、ガサガサって登って、オーっと古墳を眺めようじゃないか、 共に歩みたいとは思わないけれど、 一定以上に近づくことはしないけれど、 二人三脚ではなく、 お互い独立した人間として、 マラソン仲間程度の距離で、 応援しよう、 時には励ます程度のことなら出来るかもしれない、 人間なんて所詮一人だ、 孤独なランナーなのだ、 人生なんぞ、一等になったからといって賞金が出るわけじゃない、 健康マラソンだ、 死ぬほど頑張って他者に先んじて、ほんの少し注目を浴びたからといって、それがなんだと言うんだ。 そもそも幸せの絶頂で死ぬのは最高の不幸なんじゃないか? 最初から持っていなければ、失うことにおびえることもない。 だけど……まあ、そこは頑張る人を否定するほどのことでもない。 頑張れる人は頑張ればいい。 頑張る才能と資質を持ち合わせてしまったなら、嫌でも頑張るしかないのだから。 だから、頑張る力を持たされなかった人はあやからせてもらおう、先達に、能力者に、そのスリップストリームで少しだけ楽をさせてもらおう。生き長らえさせてもらおうじゃないか。 頼ったっていいんだよ、 少しぐらいなら、 優しい人だって一杯いるんだよ、 この世の中、 偽善者だって、そこそこいるんだよ、 ほほう…… ラッキーじゃないか、 人生最大の失敗は死ぬことなんだとさ。 ならば生きてやろうじゃないか。 ぼんくらに、でくの坊に、見苦しく。 美人薄命なんだとさ、 ならば早死にしてもらおう、美人には、ついでに美女多しの近眼にも、 鋭眼で何が悪い? 神秘な人はそのままお隠れになってもらおう、 凛とした人は貧乏神にでも取り憑かれてもらおう、 リア充には爆発してもらおう、 淘汰などされてやる義理はない、少なくとも命あるうちは……。 だから、 疎まれながら生きてやろうじゃないか、 蔑まれながら、のさばってやろうじゃないか、 最後まで自分の足で立ちつくしてやろうじゃないか、 悪いけど生きて行こう、 申し訳ないけど生きてやろう、 どこまでも生き汚く、 死ぬまでは。 18 バレンタインデーが過ぎて一ヶ月、 それは三月十四日、いわゆるクッキーデーと呼ばれる日のことだった。 ん? ホワイトデーか、今の日本の標準的な呼称で行けば。 でもまあ、いいのだ、クッキーデーということで。 感謝を込めてそういうことにしておこう。 ランチタイム、休憩室に行くとそこにいた西本さんが俺の方に向き直る。 そして驚くべきことが起きた。 彼女は手にしていた包みを俺に手渡したのだ。 それは…… センスは感じられないものの、精一杯綺麗に、ビニール袋に小分けされラッピングされた色とりどりのアルミ紙。 中身は……クッキーの詰め合わせだった。 「いつもお世話になってるんで」 西本さんが言う。 ホワイトデーにクッキーのプレゼント……。 彼女らしい…… とてつもなく……。 お返しをしたくても出来ないシステムらしい。 「……ありがとう」 素直にお礼を言おう、ここは……。 俺の言葉に西本さんは上機嫌だ。 一般人には分からないだろうが、 ルンルン気分だ。 多分……。 「今週も行くの? 古墳?」 気候も春らしくなってきた、予報によれば週末の天気も良好らしい。 「行きます、奈良」 「そっか……」 「はいっ、シュタタっと行って……」 西本さんが言う。 すかさず俺が、 「ガサガサって登って?」 と、後を繋いであげた。 こくりと彼女が首を縦に振る。 「“オーっ”て眺めるんですよ」 俺の声と西本さんの声がハモった、 “オーっ”のところで。 ふっと鼻で笑ってしまう俺。 そして彼女も笑い顔を見せた。 いつかのように、 そう…… 相変わらず、 以前にも増して、 凄絶に。 (了) |
陣家
2012年08月07日(火) 02時45分20秒 公開 ■この作品の著作権は陣家さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.8 陣家 評価:--点 ■2012-09-05 23:30 ID:98YScwpXzig | |||||
返信遅くなりました。 感想ありがとうございます。 この作品、あくまでヒロインありきの話なので主人公がヤナ奴だと思ってもらえたならしめたものです。 あくまでヒロインの引き立て役ですから。 しかし、まあ人物紹介で終わっちゃって、ストーリーになるところまで展開らしい展開がないですね。 プロット段階ではこの後、プログラマーでIT達人の普通の腐女子、大山さんと、学生時代はネカマでオヤジをネットでからかうのと、廃墟探訪が趣味という大山さんの後輩でイケメンの中本君なんてのを絡めていくはずだったんですが、またまた長くなりそうだったので、適当なところで打ち切りとしました。 まあ、続編としても書けるのかもしれないですが、需要ないだろうなあ……。 とにもかくにも、単調なお話で最後まで読み通すのはかなりの苦痛だったと思います。 あらためてありがとうございました。 |
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No.7 お 評価:30点 ■2012-09-04 03:17 ID:.kbB.DhU4/c | |||||
どもども。 よくこれだけ一人の人物の説明を書き連ねられるものだと感心しました。 まぁ、要は、主人公氏の自己愛ですな。 相手を通じて自分を見てる。 わりと独りよがりで身勝手なヤツです。多分。 だいたいこういう妄想的人物推理は当たってたり当たってなかったりで人物丸ごとまるっと計り知れるものではないだろうという気がするので、最後あたり、なにか大きなどんでん返しがあるのかと思えばそうでもなかったので、おや? と思いましたが、最後まで身勝手を通すのもひとつの皮肉的手段かと思いなるほどなぁと思いました。僕の独りよがりな妄想ですが。 でわでわ。 |
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No.6 陣家 評価:0点 ■2012-08-17 00:39 ID:dXzzff1No6A | |||||
ゆうすけさん 返信遅くなり申し訳ありません。 こんなコメント付けにくい作に感想いただきありがとうございます。 タイトルはめちゃくちゃな当て字でさすがにわかりにくかったですね。 もうちょっと考えてつけた方がよかったなあと思いました。 少しでも哲学的と受け取っていただけたのであれば幸いでした。 後半はほとんどノリで書き綴ったもので、無茶苦茶な理論と毒吐きレベルなのは自覚しておりますので。 今作は人物設定をリアル志向で行ってみようという目論見があり、ある程度は達成したつもりだったのですが、それでも構想の七割ぐらいしか書き込めませんでした。 でもなんと言いますか、正直言って書くのは辛かったです。 感情の無い人物を客観的に描写するというのは想像以上に難易度が高くて、なかなか筆が進まず、途中で何度も挫折しそうになりました。 作者が感情移入せずに、キャラを構築するというのはこれほど困難なことだとは思いませんでした。 その分鍛錬にはなったのかも? と思っております。 >マニア知識を暴走させたSF萌え下ネタギャグ小説で感動的なラスト これは、、、 そうですね、いつかは自分でも納得できる作を書いてみたいという野心だけは抱いております。500枚以上の作にしないと無理ですかねえ、、 死ぬまでにはなんとか書き上げてみたいものだと、あらためて感じました。 今回も、ありがとうございました。 |
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No.5 ゆうすけ 評価:40点 ■2012-08-12 16:06 ID:dZDA6s9Jnbw | |||||
拝読させていただきました。 な〜るほど、このタイトルの読み方は本文を読むと分かるんですね。 どんなグロテスクな内容かと思ってみれば、生き様を語る哲学的ないい話じゃないですか。一人の女性を分析していく過程、男視点なので女性が読んだら引きそうな描写はありますが、私としては、あ〜わかる〜と賛同してしまいました。 主人公と西本さんのキャラの作り込みがいいですね。圧倒的な存在感を放つヒロイン、噛めば噛むほど味が出る素晴らしいキャラだと思います。そしてその生き様に触れて、勝手に共感したり感動したり悟ったりする主人公、後半の語りの迫力がいいですね。それぞれの場所で、それぞれの人生を歩む。 キャラを作るときって、やっぱりちゃんとに細かい設定まで考えないといけないんだなって思いました。生きた個性を作るには、ストーリーに関係ないところまでしっかりと設定しないと薄っぺらなキャラになってしまいますからね。 マニア知識を暴走させたSF萌え下ネタギャグ小説で感動的なラスト……陣屋さんならこんなジャンルの作品をも書きこなせるんじゃなかなって思っておりまして、勝手に期待して待っていたりして。 投稿も感想も少ないさみしいサイトですが、おっさんが気長に楽しむにはいい場所なんじゃないかな……とか思ってみたり。私も忙しくてなかなか執筆できませんが、やめる気はないですし、入魂の作品を読めば感想を書きたくなりますしね。 楽しい文芸ライフを満喫したいものですね。 |
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No.4 陣家 評価:--点 ■2012-08-11 01:08 ID:B1I4uPckPEk | |||||
ん? あれ? 誤字の指摘(つまりこの漫画のタイトル名のことです)として 伊賀のカバ丸× 伊賀野カバ丸○ だと気づき、さすがは楠山さんだなあと思ったのですが、そういう意味では無かったのですね。 なんだかお互い混乱しているようです(笑) |
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No.3 楠山歳幸 評価:0点 ■2012-08-10 22:48 ID:3.rK8dssdKA | |||||
えっと、追伸です。 勘違いかも知れませんが。 すみません。なにか指摘したかなあ、と思っていたのですが。 僕ではないですか、という所は指摘や比喩とかではなく、そのまま言葉通り西本氏と僕が共通する所が多くすごく似ているという意味でした。 誤解させてしまって申し訳ありません。 僕は汚物なんて思っていません。本当に良い作品でした。 失礼しました。 |
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No.2 陣家 評価:--点 ■2012-08-09 19:13 ID:B1I4uPckPEk | |||||
楠山さん、感想頂きありがとうございます。 今作は、まあ、よくある他者との非共約性を世の中のせいにしてぶちあげただけの汚物です。 でも、もし彼女に共感いただけたと言うならば、それはそのまま主人公の心境と同じなのかもしれません。 主人公の男は最初から分かっていながらとぼけているんですよね。 そこが、自分で読んでも気持ち悪い所以なのですが。 要は余計なことに首を突っ込まずにはいられない、いじりたがり、いちびりの性みたいなもんです。 いわゆる、目くそ鼻くそを笑うお話なんですが、最終的には割れ鍋に綴じ蓋で良いコンビみたいな雰囲気を出したかったんですが、まだまだ書き込みが足りなかったようですね。 誤字(誤タイトル)の指摘ありがとうございます。修正させて頂きます。 と言うか、さすがは楠山さんというしかありません。 ところで、本作のタイトルは楠山さんのスズたんの前から決定していたのですが、なんかシンクロってますね。 楠山さんがスズたんならば、こちらはミジンコたんというわけす。 今回も結構タイトルには悩んだのですが奇譚などにに使うごんべんの譚ではなくこちらを当てたのは、ちょっとひねりを与えたかったからです。 憚と言う字は不思議な漢字です。気兼ねする、遠慮する、という意味と幅をきかす、のさばる、と言う意味の両方を兼ね備えているのが面白いです。 ミジンコたんにはこちらの方がふさわしいのではないかと思ったのです。 ありがとうございました。 |
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No.1 楠山歳幸 評価:40点 ■2012-08-08 23:17 ID:3.rK8dssdKA | |||||
読ませていただきました。 ミステリアスで興味深い冒頭、凄まじい描写、「ぅをっ」なキャラ、おもしろいだけでは言い尽くせませんでした。前回と同じく少しづつ攻めるつもりが、あっと言う間に読んでしまいました。陣家さんの人を惹きつける力というか、力強い文章というか、思わず作品に引き込まれました。 というか、西本氏、男女の違いや最近のアニメを除いてほとんど僕ではないですか。 驚きと共にすっごく共感しました。 なので、主人公さん、すっごくいい人に見えました。仕事で苦労されているからとも感じましたが、相手があまりに濃いキャラだと普通休み時間でもあまり目を合わせないという想像をしてしまいます。 少し違和感を感じたのは、主人公さんが西本氏に共感を持ったのが唐突みたいな所でした。主人公さんにも歪さというか、西本氏にもっと近い部分というか、うまく言えない何かがあればと思いますが、作者様がそれに触れるには何かしらの閾値を越えてしまうかも知れず、僕のわがままかも知れません。なにぶん僕もぅをっな奴なので読解不足でしたらすみません。 伊賀のカバ丸。 失礼しました。 |
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