泣き虫な神様と幸せな呪文
 その日は眩しいくらいの秋空で、いつもは私の着ているボロボロの着物で農作業をしていると肌寒かったのにとても暖かかったのを今でも覚えている。
 長老様は、晴れは神様からのお恵みだと言っていた。でもそれが続くと皆飢饉になってしまうから、村から一人女の子を選んで神様にお供えをする人身御供という風習があった。
「楓。今日は早めに帰ってくるのよ、木の実集めは少しでいいからね。」
「分かった! じゃあ、行ってきまぁーす」
 ボロボロの籠を持って、森に走り木の実を集めるのが日課だった。家は貧しくて農作業じゃ生きていけないから、木の実を集めて売ったりしていた。
 少し奥まで行くと村の神様の祠があって、傍には澄んだ水が輝く小さな湖があった。木の実集めはそこでやっていた。
 今日はたくさんとれるかな、なんて考えながらそこに行くと、いつもは人なんていないのにそこには男の子がいた。
 多分同い年か、それより上の子。私は15歳だけど、同年代どころか近い歳の子がいなくて嬉しくなった。もしかしたら新しく村に来た子なのかな、なんて考えていた。
「ね、ねぇ! 貴方の名前、なんて言うの? 私は楓だよ!」
「えっ、お、俺!? 俺の名前……聞いてんの?」
「そうだよ。ここら辺に住んでるの? 何歳?」
「俺は……名前はないよ。ここら辺に住んでると言われれば、そうかもな」
 男の子は名前がないと言った。あまりにも悲しそうに、寂しそうな瞳をしていたから私は胸が痛くなった。
 私は気づけばこう言っていた。
「じゃあ、……はじめ君。一君って、呼んでもいい?」
「……別に、いいけど。」
「やった! じゃあ私の事は、楓って呼んでね。」
 一君は振り向いたとき、ポロポロと涙をこぼして泣いていた。何となく聞いてはいけない気がして、ワケは聞けなかった。その日は一君と話しながら木の実を集めて、夕日が沈む前に別れた。一君は頑なに私のことを、楓と呼ぼうとしなかった。

 それからずっと日照りが続いて、村は飢饉に襲われた。長老様は神様のお怒りと言って、人身御供の準備を進めているらしい。私は相変わらず一君の元に毎日訪れていた。一君はいつも、あそこにいた。時折微笑んで話を聞いてくれたけど、やっぱり名前は呼んでくれなかった。会った時、一君はいつも泣いていた。やっぱりワケは聞けなかった。
 生贄になる娘には直接、村長が伝えに来る。私が10の時、唯一同い年で親友だった舞子は生贄になってしまった。
 今村にいる娘で10歳以上の子は、私だけ。結婚はしていないし、両親も老いが見えてきている。誰が選ばれるのかなんて明白だった。
「楓。……やってくれるか?」
 何を、なんて聞かなくとも理解できる。床に泣き崩れる両親、重苦しい顔をしたまだ年若い村長を見ればそんなの分かってしまう。
「……前は舞子が、立派にお役を果たしました。今度は私の番ですね」
 次の日から村中は、喜びと安堵に包まれていた。

 儀式がおこなわれる日まで、私は毎日一君の元にいた。泣き虫なのは治っていなくて、私が話している途中に急に泣いたりするからよく驚いてしまう。
 泣き虫だね、って言ったらうるせぇよ、って軽く怒られた。楽しかった。
「ねぇ、幸せになれる呪文って知ってる?」
「……なんだそれ、胡散臭い」
「あはっ、言うと思ったー。教えてあげる! 耳貸して?」
「いらねぇよ……」
 私は一君の耳に顔を近づけて、そっと呟いた。一君はやっぱり、胡散臭いと文句を言った。

 儀式の日、一君はいつも通りそこにいた。いつもと違う服装の私に気付いてハッとしたような顔になったけど、いつも喋っていた場所と湖は少し遠くて急いで立ち上がっていた。
 私は少し微笑んで、小声でつぶやく。あの日教えた、幸せの呪文。一君に届きますように。
 ゆっくりと、息を吸う。そして視界の端に映った一君が、私が生きていたうちに見た最後の人だった。
 最後に聞こえた一君の叫び声は、確かに私の名前だった。楓って呼んでくれたのが嬉しくて、水の中でまたあの呪文を呟いた。
 意識は次の瞬間に、消えた。


 俺は人間が崇める神と言う存在だった。俺が怒ったから日照りが続く、なら人間を捧げてしまえと言う理由で俺の住処の湖には人間が放り込まれて死んでいった。辛くて苦しくて、俺は水の中に住むのをやめた。
 いつものように泣いていると、楓が現れた。俺に名前を与え、一方的に喋りかけ、一方的にさよならを告げ帰って行った。
 幸せになる呪文、教えてあげるね。そう言った楓は、笑っていた。

 日照りが続いた。嫌な予感はあった。でも楓は変わらず俺に会いに来てくれてすっかり、安心していた。
 いつものように定位置に座っていたら、見覚えのある服に身を包んだ楓がいて思わず息がとまった。
 楓が最後に言ったであろう言葉は、俺に教えたあの呪文だろう。馬鹿な奴だったと思う。

 同時に、好きだった。そんな思いが体中を駆け巡り、気付けば今まで情が移るからと呼んでいなかった名前を叫んでいた。
 楓は水の中に消えた。
 また泣いて泣いて泣き叫んで。俺は苦しくて悲しくて、楓のあの声で名前を呼んでほしくてあの日の楓と同じように、水に飛び込んだ。
 住処の水で死ねるわけがないのに。俺は奥深くに潜り込み、膝を抱えてまた涙を零した。


 一君が、幸せでありますように。

 それが楓が俺に教えた呪文で、最後につぶやいた言葉だった。
 また今日も、俺は君の言葉を思い出す。

 いつか、君に会えることを信じて、また今日も涙を流す。
藤堂ナヅキ
2012年08月28日(火) 18時08分13秒 公開
■この作品の著作権は藤堂ナヅキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
人身御供とかの話を聞いて、こんな感じのことがあればいいなと思いました

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No.3  ゆう  評価:40点  ■2013-10-05 17:33  ID:tdcznn8fgt2
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9行目の「いなくて」は口語なので変えたほうがいいと思いますよ
一君が湖から出てきた神様なんですねって勝手に解釈しました
途中にもう少し一君と楓の楽しいエピソードがあるともっと最後が
際立つかなと思います
楓が運命を受け入れてるあたりから切なさが伝わってきました
No.2  イケ  評価:20点  ■2012-09-04 01:17  ID:FVNkHzi1xs2
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読ませていただきました。話の大筋は面白かったです。
しかし、ところどころ分からないところがありました。楓の心情がいまいち読み取れませんでした。
なぜ一君は怒ったのでしょう?そして日照りを続かせたのでしょう?そこら辺が、僕には分らなかったです。
No.1  お  評価:30点  ■2012-08-29 01:22  ID:.kbB.DhU4/c
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どうもです。
自分のがどえりゃひどい出来だというのを烈しく棚上げした上で、感想など。
えーと、なんとなくしっくりこないかんじでした。
彼は自分のことをなぜ神だと思ったのだろう? 少なくとも、天候を左右する力はなさそうだし。竜とかそういう水神様的なモノと言うよりは、せいぜい沼のヌシの鯰くらいの感じ? なのかな? ちょっとランクの違う感じかなぁ。悪意のなさげな彼は、なぜ自分のことを神と思ったのか? 気になります!ちょっと違和感を感じて、うーん、と思ってる間に終わっちゃった。ふむ。
きっと子供には姿が見えるのだろう。でも触れない。そういうもの。気象にも人間にも影響を与えることができない。夢枕に立つことさえできない。哀しい存在。てか、幽霊以下じゃんw 神さまはちょっとねーかなぁ。
あと、おまじないは前振り付けとくと説得力増したかも。舞ちゃんとの思い出として語るとかね。今の状態だと、ちょっと取って付けた感じもしなくもなく。
あと、背景設定というか、時代設定が良くわかんなかったので、ちょっと風景を思い浮かべにくかった。フランクな言葉を使っているわりに生贄とか古風な感じ。
もう少し膨らませると良い感じになるのだろうになぁという感じっすかねぇ。
物語りのアウトラインはすげ良かったけどディテールが詰め切れてない感じで30点てことで。

……と思ったら、むかしむかしの話しと合った。とすると、ちょっと昔らしさは感じなくて、やっぱりちょっとすっきりしないかな。
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