オイディプスの再来
 目を開けば、那由他の先が視界にあった。
 耳をすませば、万象の渦が鼓膜を犯した。
 両者が何物かは皆目見当がつかなかったが……しかしそれがこの世のものであること、未だ果たされぬ事象であること、どうやら僕にしか見えていないことだけは分かっていた。

 僕は特別だった。
 別段何かに優れていたわけではない。頭脳も体術も中の中。持て囃されるような技能などほぼ皆無に等しかったが、それでも僕にしか見えない特別は確かにそこにあった。僕がテストで満点以外を取ることはなかった。運動で誰かに負けることもなかった。芸術の手ほどきを受けて習得できないものはなかった。
 僕は特別だと皆が言った。
 だが、同時に僕は凡夫でもあった。
 何故なら、以上の現象は何も特別なことではないからだ。僕の能力は平均も平均。何度も言うようにそれが事実。僕が奇跡を具現に出来たのは、僕だけが持つ特別ゆえだった。
 常に答えは僕の視界と感覚にある。行動を起こす前に結末を理解している。問われれば、これからキミがどう人生を歩みどう生きどう死ぬのか、一挙一投足に至るまでを当てて見せよう。
 見えていたのは予知という範疇にすら収まらない、全知そのものだった。

 僕がそれを悟ったのはいつだったか。
 気がつけば、僕に自由意志はなかった。
 背後に鎮座する何者かの可能性を考えなかったわけではない。もしかしたら自分は何者かに操られていて、彼の都合のいいように動かされているのかもしれない。
 だがその思考が追求に至ることはあり得なかった。当然だ。仮にその通りだとすれば彼は僕に思考を許さぬだろうし、そうでなくともこの問いに答えはない。見飽きた答えが目の前で仁王立ちをしたまま。
 オイディプス王の気分だった。予言に蝕まれ個を殺した悲劇の英雄が、僕に然りあれよと圧力をかけている。余を見習え余に倣え。怪物を見つけて破壊せよと。

 敗北こそが嘲弄の対象だ。何故なら視線の先には常に成功している自身しか映らない。生まれてこの方失敗など、文字通り目にしたことすらない。視界以外の選択肢を選ぼうにも、他の選択肢は目前で消え失せていく。まるで自殺志願者のように、あらゆる汚れ役を請け負っては裏切られる毎日。抗うことすら許されぬ成功の嵐。
 その精神は凡夫のままに、僕は聖人の道を歩んだ。
 常に全力で破滅を求め、常に単調な勝利を手にし続けた。万象悉くが僕の敵だった。にじり寄る光を疎んで、僕を避ける奈落を追い続けた。
 そうして幾度の季節を越えたか。全知という普遍が僕を蝕んで、幾度の叫喚を上げたことか。

 オイディプス。僕はキミのようにはなりたくない。キミも普遍の被害者だろう。僕の気持ちを誰よりも理解できるだろう。だが哀しいかな、僕はキミのような英雄の器ではないのだよ。今この瞬間も、僕自身の救いを求める声で思考が停止しているのだ。
 僕はこの刹那を最期にしたい。もうこれ以上の全知を見ていたくない。
 唯一、先の見えぬ未来というものを、今この手に掴みかけているのだ。きっとそれが僕の原点。この呪いの終着点。オイディプスとスフィンクスの生誕日。
 これに総てを賭けたい。

 応えてくれよ僕の怪物。そこにいるなら猛って見せよ。その牙で僕の喉笛を切り裂けよ、失血の果てに答えはあるに違いない。
 なあ、聞こえているのなら。僕を救い殺してはくれないか。
レタス皆守
2012年08月02日(木) 01時53分06秒 公開
■この作品の著作権はレタス皆守さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
Twitterから

この作品の感想をお寄せください。
No.1  陣家  評価:20点  ■2012-08-10 20:18  ID:B1I4uPckPEk
PASS 編集 削除
拝読しました。

この作品を読んでふと思いました。
もし自分が小説家botを作るとしたらどんなスクリプトを書くだろうと。
まずは適当にメジャーな単語を選び出し、次にその反対語を決める。
そしてそれを適当な文章で繋ぐように埋めていけば、なんとなく哲学的な文章ができあがるんじゃないだろうか、
なんて、
もちろん、本作は人力で書かれたものであるのは間違いないでしょうが、
自分が何か物を書こうとするときに、文献やwikiなどを利用するたびに思うのです。
記憶や知識のズルはどこまで許されるのだろうと。
お金を出して、本を買って読んで得た知識と、適当にネットでキーワード検索して得た知識、
どちらも傍目には区別なんて付かないわけですから。
でもなにか違いが感じられるとすれば、そこに血が通っているかどうかでしょうか。
それこそ曖昧な基準だと思いますけど、
そんなことを思いました。

という感じで、
作者レスがつかなそうな作品を見ると、好き勝手なことを書き込みたくなるお調子者の戯れ言でした。
失礼しました。
総レス数 1  合計 20

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除