伝説の剣と魔王の運命、その行方は |
どこまでも深く続く闇の中に彼女はいた。 一点の光すら届かない闇に抱かれ、ながら、彼女は安らぎを覚える。 母の温もりのような安堵。そう、まるで産まれる前の胎児が感じているような安堵だ。 彼女は闇を受け入れ、闇が彼女を受け入れる。 永遠に続くと思われるその世界を、声が打ち壊した。 『……よ』 この世界とは異なる理を持つ声。 『……めよ』 その声は徐々に闇の中に届き、彼女の世界を壊していく。 『目覚めよ』 壊れた世界の割れ目から光が降り注ぐ。 『目覚めよ、勇者よ』 『誰が勇者よ!』 彼女の投げた文庫本は見事にその声の主に命中し、それと同時に彼女の世界は光に包まれてしまった。 気がつくと、ベッドの上で彼女は座っていた。何か変な夢を見たような気がする。 どんな夢だったかは覚えていないが、とりあえず目覚めは最悪だった。 『我が相棒、美香よ、我の上に乗るこの本をどけてくれないか?』 ベッドの脇で文庫本が……いや、本の下でそれが騒いでいた。 「……なんで起こしたの?」 『ふむ、相棒が言ったではないか。毎朝七時に起こしてくれと』 「それは平日の場合でしょ。今日は土曜日でしょ」 『それは我には関係の無いことだ。そもそも、伝説の剣、エクスカリバーである我を目覚まし時計代わりに使うなど本来あってはならぬ。だが、我の寛容な心で……ん?』 美香は文庫本をどけ、その下にあるエクスカリバーを取り出した。 「で、なんだって?」 『わ……我をつまんで振り回すのはやめてくれ……やめてください』 そういい、美香はエクスカリバーを振り回すのをやめた。ベッド脇の棚の上に乗せられたエクスカリバーは息を整えて…… 『そ……そんなに振り回して、危ないではないか!』 などという。まぁ、確かに剣を振り回したら危ない。下手をしたらベッドや家具が壊れてしまうだろう。だが、幸いというか不幸というか、このエクスカリバーは剣ではない。 「これ以上騒ぐと、本気でもう一本と交換するわよ」 「一本あたり」 そう描かれた木の棒。 通称・アイスの当たり棒。 美香の親友、絵梨命名・エクス棒。 それが、現世に蘇ったエクスカリバーの姿だった。 希望小売価格六十円(税込み六十三円)として生まれ変わってしまったエクス棒を手にした美香はコンビニですぐにもう一本と交換したかったのだが、エクス棒が泣いて許しを請うため、結局交換できずにいた。 「あの時、絵梨に結局アイスもう一本奢るはめになったのよ、六十三円」 『金額で呼ばれると我は悲しくなる』 「こんなエクス棒に相棒って言われる私が悲しくなるわ」 アーサー王伝説に出てきた岩にささった伝説の剣、エクスカリバー。それを抜いた少年はイギリスかどこかの王になったと聞いたことがあるが、エクス棒を手にしたところで、欠陥機能のある目覚まし時計にしかならない。 「あぁ、せっかく起きたし、散歩でもいくかな」 そういって、美香はパジャマの袖に手をかけた。 『…………』 「…………」 『……我はただのアイスの棒だ。気にするな』 美香は床に落ちていた文庫本をエクス棒の上に叩きつけた。 「……ねぇ、美香ちゃん。私ね、気づいたの!」 散歩をしてると公園の砂場で見馴れたツインテールを見つけて声をかけたら、彼女――絵梨は挨拶抜きにそんなことを言ってきた。 「何に気づいたの?」 美香が訊くと、絵梨は砂の山を作ってふふんと自慢げに言う。 「真理」 絵梨は砂をすくって言った。 「へぇ……それはすごいわね」 「もう、あれだよ。悟りを開くよ」 「ブッタの苦労を舐めるな」 美香が怒りながら砂の山をすくう。 「え? ぶってないよ」 「あぁ、もういいから、何に気付いたの?」 「真理。もう、あれだよ! 悟りを開くよ!」 大発見とばかりに絵梨が砂の山をすくう。 「無限ループは要らない!」 美香が起こりながら砂の山をすくう。 『それより、我を棒倒しの棒にするのはやめてもらいたいのだが』 エクス棒が訴えかけると同時に、砂の山が崩れ、エクス棒も横に倒れた。 「あ、六十三円がしゃべるから倒れたじゃない!」 『……しくしく』 「で、真理って?」 「つまり、エクス棒ちゃんについてだよ」 『お、ついに我に話題の焦点が』 「私ね、調べたの。エクスカリバーについて」 何か、絵梨がいつもと違う。 本当に調べてきたのかもしれない。 「それでわかったの。エクスカリバーはね!」 『そう、我は』 「アイスの当たり棒なんかじゃないの!」 『そう、我はアイスの当たり棒に収まる器ではない』 「というわけで、このエクス棒はエクスカリバーの偽者なんだよ!」 『そう、我はエクスカリバーの偽者……ってなんだとっ!?』 エクス棒が王道の乗りツッコミを入れた。 「だって、エクスカリバーは剣だもん。なら、アイス棒なわけないじゃん……ね。このエクスカリバーが本物なら当たり棒をコンビニに持っていったら、新しいエクスカリバーと交換してくれるんでしょ。今度はきっと剣に交換してもらえるよ!」 自信満々に言う絵梨。交換してもらっても新しいアイスになるだけと思うけど。 「まぁ、いまさらだけどね」 美香はため息をついた。 最初から美香はエクスカリバーのことを本物だとは信じていなかった。そもそも、このエクス棒、ヤフ○クで売られていたものを、絵梨が三十円(送料・手数料別)で落札したのだ。それだけでも偽者くさい。 だが、たとえ本物でも、偽者でも、現在はただの喋る棒である。しかも、見世物小屋に売ろうとしても泣いて止められて売り物にもならない。本当に中途半端で、箸にも棒にもかからない。あ、当たり棒だから棒なんだけど。 「ねぇ、エクス棒。あんたが本物って証拠はあるの?」 『せめて、魔王がいれば……魔王が我のことを認めてくれるはず。あぁ、魔王さえいれば』 「なるほど、魔王さんですかぁ」 絵梨が何かを真剣に変える。これは嫌な予感がする。 私はこの状態の絵梨をこう呼ぶ。 エクスカリバーのような異物がこの世界に存在するのも、もしかしたら絵梨のこの力のせいかもしれない。 ある日、伝説の魔法を習得したいと言い出した絵梨は、下手をすれば世界を滅ぼしかねない魔法を生み出し、それをとめるために美香が奔走する破目になった。 ある日、伝説の財宝の地図を見つけたと言った絵梨は、魔法の財宝の力を使って人類滅亡をたくらむ魔人と戦う破目になった。 ある日、日本にも恐竜の化石があるって聞いて、それを掘りに行こうといったら竜の卵を見つけて、早苗が孵化させて育てる羽目になった。 ある日、伝説の剣を見つけたといった絵梨は、あたりのアイス棒を取り出した。 「しょぼいわね、あんた」 『我の名は他のものに匹敵していると思うが』 「とにかく、魔王探しはだめよ! もしも本当に魔王がいたら、こんなあたり棒なんてなんの役にもたたない」 「というわけで、この警察犬も真っ青の名探偵犬、チワワ二十三号に任せよう」 いつの間にか、絵梨がチワワを抱きかかえていた。本当にいつの間に? と思うほどの早業。 それにしても、チワワ一号から二十二号はどうなったのだろうか。 「でも、絵梨。警察犬って匂いをついせきするんでしょ。なら、魔王の匂いが必要じゃないの?」 「大丈夫。だって、エクス棒と魔王って因縁があるんでしょ」 『うむ、我と魔王との戦いは――』 「勇者と魔王の戦いの間違いでしょ」 『――それは、まさに死闘と呼ぶにふさわしい――って我を埋めないで……砂をかけないで』 「六十三円のくせに、私を無視するとはいい度胸じゃない」 「美香ちゃん、ちょっとひどいよ。それより、魔王とエクス棒の関係って、くさい仲って言うんじゃない?」 「うん、もう何も言わないから、さっさと済ませなさい」 「うん。じゃあ、チワワ二十三号。お願い」 絵梨がチワワと放し、その鼻にアイス棒を近づけた。チワワはエクス棒の匂いを何度もかぐと、大きく口をあけて食べた。 『ぎゃぁぁぁぁ』 「あぁ、アイスの匂いが残ってたのかな」 『ち、違う! 駄目だ! こいつは魔王の眷属の魔獣だ』 「は?」 チワワはエクス棒を食べたまま首をかしげている。 「……あんた、チワワが怖いの?」 『違う。相棒! 我の言う呪文を唱えよ!『見えざる言霊を映し出す真実の光よ! 今こそ現れたまえ』だ! さぁ、それでこの魔獣の言葉が聞こえるようになる』 「中二病ぽいからイヤ」 『その必要はない。この駄剣の言うとおり、私は魔獣ベヒモス』 「うん、可愛い!」 「違うよ、美香ちゃん! ここは、なんでアイス棒をくわえたまま喋ってるのかツッコムところだよ」 『どちらも違う! いいから我を助けろ』 「……あんた、魔王どころか魔獣にも勝てないの?」 そういいながら、美香は仕方なくチワワからエクス棒をとる。チワワは素直にエクス棒を渡してくれた。 『違う、我の力はこんなものではない!』 『なにが違う? ただのアイス棒に成り下がった貴様の力など、私に通じるわけがないだろう』 アイス棒とチワワの争い。 なんというか、本当にどうでもいい。 「……美香ちゃん、すごいこと思いついた」 「ん?」 「犬も歩けば棒にあたり! だよ」 「そうだね」 『うるさい駄犬! 保健所に行ってしまえ』 『私は由緒正しい血統ゆえ、保健所にいってもすぐに飼い主が見つかる。貴様こそとっととアイスと交換してもらえ、駄剣。そのほうが有意義な生き方というものだ』 『ふん、主など一人でコンビニに入ったらすぐに追い出されるであろう。無駄毛の処理をしてから出直せ』 『お前は一人では歩けないではないか! と、それは元からか』 そんなこんなで争いは続き、 『こうなったら、魔王様に直接貴様を裁いてもらおう』 『なに? 魔王だと!?』 『ああ、魔王様はすでに現世に転生なされておる』 チワワが突如そんなことを言い出した。 「うん、めんどくさい」 美香は待ったをかけ、チワワの口をふさいだ。 「このチワワ、見世物小屋に売って一儲けしたほうがいいと思わない?」 「え、それはちょっとひどいと思うよ」 『うむ。我もひどいと思う』 美香も、ちょっとひどいかと思ったが、このまま魔王なんかに出てこられたら迷惑するのはいつも彼女なため、遠慮をしないと決めた。 が、チワワは美香の手から抜け出して言った。 『なにをなさいます、魔王様』 「え?」 『だから、あなたさまが魔王様の生まれ変わりです』 その瞬間、エクス棒と絵梨は二人声をそろえていった。 『納得』 次の瞬間、エクス棒は放物線を描いて五メートル先のゴミ箱へと吸い込まれていった。 全てが終わった。 そう思った彼女だったが、これらの出来事は、全ての序章に過ぎなかった。 そして、前世と現在の二つの歯車が合わさった今、物語は幕を開ける。 まるで、それが宿命と言わんばかりの物語が。 そして、宿命に翻弄される彼女の敵こそが、その宿命であることを知るのはまだ少し先の話。 闇が彼女を受け入れ、彼女が闇を受け入れる。 いつもの夢が始まった。 いつも見て、いつも忘れていた夢の中。 そして、その闇を打ち破る光は今日も訪れる。 頭にもやのかかった状態が続き、しばらくして美香はようやくベッドから起き上がる。 最近、役目を放棄させられつつあった目覚まし時計の短針は十一を指していた。 『目を覚ましたか』 エクス棒が静かに声をかけてくる。 彼は昨日からこうだった。何かを考えているらしいが、静かなのはいいことなので、美香は放っておいた。 美香はそっと文庫本をエクス棒の上に乗せて無言で着替えを始める。 『美香よ。主は魔王なのか?』 普段着に着替えたところで、エクス棒は突如そんなことを言ってきた。 「知らないわよ、そんなことより――」 『我は魔王を倒すために存在する』 エクス棒が言う。 「私がアイス棒に負けるわけな――」 『我はかつて魔王を倒してきた。魔王と呼ばれる人間を必ずこの手で殺してきた』 あんたに手なんてないでしょ! といおうとしたが、エクス棒の台詞は冗談でもなければ過去の栄光の自慢でもない。 「……なにを言いたいの?」 『勇者と会ったら逃げろ。我がいえるのはそれだけだ』 魔王の次は勇者か。本当に存在するかどうかもわからないし、そもそも自分は悪いことをしていないのだから倒される謂れもないと美香は思ったが、どうやらエクス棒は美香のことを心配しているらしい。 「ん、気をつけておく」 着替え終わった美香は、そっと文庫本をはずし、エクス棒を首からぶらさげた巾着袋に入れた。 昨日も行った近所の公園で美香は、あるものと待ち合わせをしていた。 待ち合わせ時刻にはまだ猶予があるので、美香はベンチに座ってその待ち合わせ相手を待つことにした。 「かわいい! そうだ、ねぇ、これ食べる?」 向こうのほうで日曜出勤をしているOL風の女性の声が聞こえ、美香はエクス棒を巾着の奥へと押し込める。 そして、しばらくしてフライドチキン(骨なし)を口にくわえて待ち人が現れた。 『お待たせしました、魔王様』 チワワ二十三号。またの名を、魔獣ベヒモス。前世の魔王の眷属であり、忠実な僕らしいが、前世の記憶など持ち合わせていない美香にとってはただの喋る犬程度の認識だ。 「あぁ、あまり喋らないで」 『大丈夫でございます、魔王様。この声は魔王様やその駄剣にしか聞こえないように魔力調整しておりますゆえ、他のものが聞いても犬の鳴き声にしか聞こえない仕組みとなっております』 「それだと、私が犬相手に独り言を言う痛い娘みたいじゃない。それと、絵梨はどうしたの?」 『ご主人様ならば今日はペットに餌をあげると朝から出かけておいでです。私は昨日ご主人にペットショップで買っていただいたばかりなので詳しいことは存じませんが、ご主人は山で鳥を育てているとか。あ、ご主人様というのはあくまでも犬としての私の飼い主という言葉の綾でして、決して魔王様への忠義が揺らいだとかそういうわけではございません』 二十三号は前足をふって何かをとりつくろう。遠くで美香と同じ年代と思われる女性が携帯電話を構えてムービーをとっているみたいだが。 「あぁ、とりあえずフライドチキン食べてから話を聞くわ」 『かしこまりました……ところで』 「なに?」 『魔王様もフライドチキン召し上がりになりますか?』 「……食べるわけないでしょ」 二十三号は彼女のことを気遣って言っているので怒ることはできないが、彼には魔獣としてのプライドはないのかと疑問に思う。 『むぅ、これ以上食べると主人に怒られてしまう』 二十三号はそういうと、チキンを持って近くの茂みに埋めようとする。 『くそっ、勇者の喉笛を切り裂く私の爪をもってもこの大地を切り裂くことができないというのか……む、魔王様、私のチキンをどうなさい……な、なぜゴミ箱に私のチキンを』 「いや、公園に埋めたら迷惑だし」 『ぐっ、魔王様。私は今まで忠義を持って、全ての身を捧げ仕えてきたと自負しております。それが、それがこの仕打ちですか』 二十三号がつぶらな瞳で美香を見つめる。 「……これ」 『そ……それは』 「トップブリーダー推奨の愛犬まっしぐらドッグフード」 チラシに描かれた宣伝文句を言う。 『…………』 二十三号が静かに尻尾を振る。 「これを一週間分、昨日のうちに絵梨に渡したわ」 それを聴いた瞬間、二十三号の尻尾が大きく振る。 「今日の晩御飯が楽しみになるかどうかはわからないけど、えっと、私がどんな仕打ちをしたの?」 『魔王様、私は一生ついていきます』 二十三号が腹を見せ、完全な服従の意を示す。 『ドッグフードにつられるとは、伝説の魔獣と呼ばれたベヒモスが情けない』 勝ち誇ったといわんばかりに、巾着袋の中のエクス棒が言う。 『ふ、口のない駄剣にはわからないだろう。このドッグフードの味、まさに至高。天を舞う竜ですらこの香りをかぐと地を這う蜥蜴となり、この味を知れば永遠の従属を誓わざるをえない味だぞ。かつて私も主人から少しだけわけてもらったことがあるが、あの味がいまだに忘れられずにいる』 『……絵梨殿にわけてもらったといったが、彼女はドッグフードを主食にしているのか?』 「あぁ、ややこしいからその話は終わり。で、今日の話だけど」 美香がここに来て二十三号やエクス棒と話しているのはなにもトリオ漫才をするためではない。 「で、教えてくれる? 勇者と魔王について」 それが今日、ここに来た理由。 「魔王は勇者に倒されるって朝エクス棒が言ってたんだけど」 『それが前の世までのこと。今回こそは勇者を亡き者にし、私達魔軍に勝利の美酒を!』 「そもそも、魔王と勇者ってなに?」 美香の質問にエクス棒が答える。だが、その言葉には覇気が感じられない。 『……魔王は闇を従え、闇に従う人間だ。そして、勇者が光を従え、光に従う人間』 「それって、勇者が正義で魔王が悪ってこと?」 まぁ、それは予想できたことだ。魔王というのは人類を征服したり世界を破滅に導いたりするイメージが強い。 『それは違います、魔王様!』 二十三号が二本足で立ち上がり(俗に言うチンチン)、大きな声で言う。 『そもそも、闇が悪ではありません。光と闇は表裏一体。光がないと影ができないように、太陽の光も夜の闇も、この世界になくてはならない存在なのです』 「そういうものなの?」 『光が善、闇が悪というイメージは、初代からの魔王様を倒した勇者たちの情報操作によるものです』 「……勝てば官軍ってこと。本当なの? エクス棒」 美香の質問に、エクス棒は静かに語りだす。 『本当だ。勇者は魔王を倒すことにより、魔王の闇を操る力をすいとり、光と闇の双方を操ることで莫大な力を手に入れ、それを次代の勇者に送る。力を失った魔王は次代にもその力のほとんどを送ることができない』 それが、魔王が勇者に勝てない宿命なのだとエクス棒は語った。 『かつて魔女裁判と呼ばれた欧州の悪行も、勇者が魔王を倒す、ただそれだけのために行われた。ちなみに、そのときの魔王は……』 エクス棒は一瞬躊躇した後、言った。 『まだ三歳の子供だった』 それに二十三号も首を横にそむける。 「そんな、そんなの許されるわけないでしょ」 『それを許すために行われたのが魔女裁判だった。魔女ならば三歳でも合法的に殺せる。我は今でも覚えている。我がさした子供の血を……子供の声を。その子だけではない。かつて魔王と呼ばれたものは全て普通の人間だった』 『そして、魔王様をいつも勇者と、その駄剣、エクスカリバーが殺してきた。なぜなら、闇の力を吸い取るのに、エクスカリバーの力が必要だから』 二十三号がエクス棒をにらみつける。そして、ふっと笑った。 『まぁ、アイスの棒に成り下がったエクス棒では魔王様を殺すことはできまい。今回こそは魔王様の勝利で間違いない』 「そう簡単にことは運ばないよ」 突如聞こえた声と同時に美香の身体に痛みが走った。 「たしかにエクスカリバーがアイスの棒になっちゃったせいで探すのに苦労はしたけどね。唯一の護衛ともいえるヘビモスがチワワになったそっちのほうが痛手なんじゃないの?」 そういい、なぞの声の男が二十三号を蹴り上げた。 「じゃ、行こうか。魔王様」 美香が意識を失う瞬間に見たのは、スタンガンを持ている男の手だった。 そして、彼女はまた闇に包まれる。だが、彼女を包む闇は大きくなっていく光のせいで形を保つことはできそうになかった。 気がつくと、美香は荒縄で縛られて転がされていた。 周囲の木々が倒れたこの場所は彼女の家の近所の山の中腹にある場所である。 なぜここにいるのか気になっていると、あの声が聞こえた。 「おや、目が覚めたのか」 二十歳前後の銀髪美形の優男がいた。初めて会うはずなのに、知っている感じがする。 なぜだろうと自問するまでもない。 全ての状況が美香に唯一無二の事実を伝えていた。 彼が、勇者だ。 「ん、自己紹介するまでもないか。一応言っておくけど、僕は勇者ね。じゃあ、死ぬ?」 「言っておくけど、日本じゃ人殺しは重罪よ」 「罪はね、見つからなければ罰せられないんだよ。この山は特別でね。普通の人間は近づきたくないようにできているらしいんだ。だから、ここに死体を捨てたら、まぁ見つからないだろうね。別に死体が見つかっても、勇者ならば罰せられないけどね」 罰せられない。かつての魔女裁判と同じような何かしらの権力を、ただの二十歳前後の男が持っているとは思えない。だが、それが勇者だと、男は態度で表していた。 そういい、勇者は当たりのアイス棒、エクス棒を構える。 「……そんなアイスの棒で人を殺せると思ってるの?」 「できるよ。こうすれば」 突如、エクス棒から光が発せられ、そして剣の形をとる。 「エクスカリバーっていうのはね、いわゆる勇者の魔力を形作って魔王の力を取る道具なんだ。だから、形が剣だろうと関係が……」 光が消えた。 「もう、いい加減に諦めてよ。エクスカリバー。僕の力を抑えるのは」 『……や、やめてくれ。彼女は我の相棒だ』 「知らないよ。もう、魔王が目覚める前に終わらせたかったのに」 『我はもう、誰も殺したくない。だから、神に願った。もう剣として殺したくない。誰もが羨ましがり、自分の意見が言える、喋れるようになりたいと』 「よかったじゃん、願いがかなって。でもさ、関係なかったね。無駄なあがき。だからさ、諦めてよ。じゃないと……」 勇者が力を入れる。同時にエクス棒がうめき声をもらした。 『ぐっ』 「だめだよね。君は僕の力を抑えている。僕は君に抑えている。つまり、君は空気だけたまってこれ以上ふくらまない風船と同じだ。君に僕の力をこれ以上抑えることはできない……よね」 「エクス棒! やめて!」 美香が叫んだ。 『いや、大丈夫だ、相棒。主は死なせぬ』 そうエクス棒が言った瞬間、再びエクス棒は剣の形を作った。しかも、先ほどよりも大きな、巨大な。 「なにをした! エクスカリバー」 『力を抑えられないのなら、たまった力を全て解放する! 勇者におさえられないほど大きな力を』 「バカな、僕はそんなに力を入れていないし、そもそも勇者の力が勇者に通じるわけが……貴様、まさか」 『我がためてきたのは勇者の力ではない。我が作られたときから奪い続けた魔王達の力。我の中にもまだ眠っている。それを勇者の力と混ぜたらどうなると思う? いままでそれを行い続けてきたお主ならわかるだろ』 「はは、そんなことをしたら君はどうなる? もう転生する力すら無くなるんだぞ」 『いみじくもお主が言っただろ。我は道具』 それがなにを意味するのか? 美香には理解したくなかった。 「エクス棒? 何言ってるの?。わたし、散々あんたを六十三円とかバカにしてきたじゃない」 『我は道具ならばすることは一つ』 「エクス棒、ちょっと待って!」 『相棒を守ることだ』 瞬間、光が、闇が、勇者を飲み込んだ。 残されたのは、アイスの棒のかけらと、倒れた勇者だけだった。 「いやぁぁぁぁぁ!」 絶叫が響いた。 「……終わった」 勇者が言う。彼は死んでいない。エクス棒は誰も殺したくない。だから自分だけ死んで勇者は殺さなかった。 「終わった。エクスカリバーがなければ、僕は魔王の力を取り込めない」 「えぇ。エクス棒が全ての因縁を断ち切ってくれた。命をかけて」 「もう、君に用はない」 勇者は立ち上がる。勇者と魔王の宿命を、エクス棒は壊した。 だが―― 「もういい、君を殺す。僕は勇者だからね」 勇者の狂気をエクス棒は壊すことができなかった。 ここで、美香が死ねば、彼の死は無駄になる。 たとえ、魔王と勇者の宿命が終わっても、美香が死ねば全てが終わる。 それは駄目だ。 美香は目を見開き、彼女は考えた。 「ふふ……」 ナイフを持つ勇者を見て、美香が笑った。 「いいね、笑って死ねるなんて幸せだよ」 「私は死なないわ」 そう、絶対に死なない。 もう、道筋はできている。 美香の答えが正しければ、誰も死なせない答えが見つかる。 「そう思えるのも幸せだ」 勇者は表情を変えずにナイフを振り上げた。 「あなたは何もわかっていない。どうしてここが魔力に満ちていて人が近づかないのかも。どうして――」 勇者は何も言わない。言うことができなかった。なぜなら、たとえ勇者でも、魔王を倒す勇者でも見たことのない生物がそこにいた。 「どうしてあなたの頭上に、巨大な竜がいるのかもあなたは知らないから」 勇者の頭上に、巨大な竜がいた。 山に住む竜はその身を隠すため、山に結界を張る。その結界が先ほど勇者の言っていた人が近づかないなぞの山の答え。どうやら結界に気付いた勇者も、竜の存在は知らなかったらしい。 この竜のDちゃんは美香が孵化をさせ、絵梨と二人で世話をしている。主食はドッグフード。意外と小食で、普通の犬と変わらないが、トップブリーダー推奨のドッグフードしか食べないというグルメさん。 そして、たぶん勇者よりも強い。 『ヘビモス、ただいまはせ参じました』 「美香ちゃん、大丈夫?」 公園に放置された二十三号が絵梨に知らせてくれたらしい。 「どうする?」 勇者があっけにとられて美香と勇者の間に竜が降りたった。 もう彼に美香を殺すことはできない。 「殺せ。僕は勇者としてできそこないだったらしい」 そういい、勇者がナイフを捨てる。 「殺すわけないでしょ。それじゃ、エクス棒は救われない」 Dちゃんの爪で縄を切ってもらい自由になった美香は静かにあたりと書かれたアイスの棒を手に取った。 「勇者、あんたは生きなさい。私を殺しきても、何度でも返り討ちにして、誰も死なせないんだから」 そういい、美香は竜の背にまたがった。 その姿は魔王というよりかは、まるで物語に登場する勇者のようだった。 だけど、まだ終われない。 美香の見つけた道筋は、誰も死なせない答えへの道筋。 このままだと終われない。 後日。 勇者との戦いを繰り広げた山に美香達はいた。 『ふむ、伝説の竜が加われば、私達魔王軍は安泰です』 二十三号は竜のDちゃんと一緒にドッグフードを食べている。 その二匹を眺めながら、絵梨はパソコン片手におにぎりを食べていた。結界の効果としてワイファイ機能があるのでインターネットにもつながっている。 「おいしいね、美香ちゃん」 そういい、絵里は先日、絵梨にエクスカリバーを売ったハンドルネーム「GOD」さんとメールをしていた。 「そうね」 どこか上の空の美香は、静かに巾着袋を握る。だが、そこにはもう何も入っていない。 「美香ちゃん、どうしたの?」 「ん? いや、私、いつかエクス棒をアイスと交換しよう交換しようと思ってたの。そしたらうるさいあいつとはおさらばできて、平穏な毎日が訪れるってさ」 「へぇ」 絵梨は相槌をうち、再び二匹のほうに視線を移す。 「ま、あのあたり棒のかけらで交換してくれたコンビニに感謝もしたけどさ」 そういい、鬱陶しそうに視線を二匹と一本のほうに向けた。 『何? この駄犬が十七万だと!?』 『ふふ、まいったか、六十三円。いや、いまは〇円か』 はずれ棒として生まれ変わったエクス棒がそこにいた。 さすがは【幻想世界生産工場】の力。 先日、エクス棒が本物のエクスカリバーなら、コンビニに持っていったら新しいエクスカリバーに交換してくれると言った。 それを覚えていた美香は一か八か交換し、アイスを食べて残った棒に話しかけた。 『またアイスの棒か……』 エクス棒は少し残念そうにつぶやいていた。さすがに絵梨の力でもコンビニで剣に交換してもらうまではいかなかった。 そうまでして取り戻した世界の光景を見て、美香はため息をついた。 「あぁ、私の日常がまたおかしなことに」 そういいながらも、彼女は思う。 今日もまた平和な日が続いていく。 少なくとも、伝説の剣が必要ないくらいには。 |
ウィル
2012年04月28日(土) 02時18分00秒 公開 ■この作品の著作権はウィルさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.8 ウィル 評価:0点 ■2012-07-17 23:27 ID:q.3hdNiiaHQ | |||||
マサチューサさん、こちらでも感想ありがとうございます。 確かに地の文が少ないですね。 テンポ重視か描写重視か、本当はどちらもうまければいいんですけれども、私の作品はテンポ重視っぽいです。 ちょっと描写のほうもなんとかしつつ、テンポを落とさない努力をしようと思います。 |
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No.7 マサチューサ 評価:40点 ■2012-07-13 09:03 ID:oCtkFZvppYg | |||||
こんにちは。 前作が良かったのでこっちも読ませていただきました。一見描写が少なく殺風景に見えるのですが、かえってテンポ良く読むことができたので、うまいなと思いました。 人物が活き活きとした感じでしゃべるので、勝手に映像が浮かんできて、小説の楽しみ方の原点に戻ったような気分がしました。僕がRPG的なファンタジーが好きだからと言うことを差し引いても、面白い作品でした。 ご馳走様でした。これからもがんばってください。 |
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No.6 ウィル 評価:--点 ■2012-05-08 01:27 ID:q.3hdNiiaHQ | |||||
HALさん、お久しぶりです。 三語のときは本当にお世話になりました。 自分の拙い作品を読んで笑ってくださり、まことにありがたいです。 また、誤字の指摘、ありがとうございます。 おかげさまで、修正を加えることができました。 確かに、Dちゃんの登場は唐突という意見が多いですね。伏線をもっと増やすべきだったかと後悔しています。 |
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No.5 HAL 評価:30点 ■2012-05-03 18:07 ID:Ox4C2eApmPI | |||||
お久しぶりです! 前作と続けて拝読しました。 やー、面白かったです。ツッコミどころ満載で、途中、声を出して笑ってしまいました。軽快でユーモラス、途中からシリアスな胸熱展開もあり、ちょっとしんみりして、最後は笑顔でほっとして読み終われる。軽いけど、軽いだけじゃないっていうのは、武器だなと思います。自分がコメディを書くのが下手なのもあって、とても見習いたいです。 『――それは、まさに死闘と呼ぶにふさわしい――って我を埋めないで……砂をかけないで』のところとか、『なにをなさいます、魔王様』のところとか、ベタなんですけど、かなりツボでした。大好きです。勇者が無駄に銀髪美形なところも、シチュエーションがシチュエーションだけに妙におかしみがありました。 Dちゃんはたしかに、ちょっと唐突かなと思いました。このお話の前段に、また別にDちゃんにまつわる掌編があって、その上で読んだのだったら、印象も違ったかもです。 あと、誤字脱字らしきところがいくつかありましたので、気付いたところだけ、いちおう報告しておきますね。 > 日本にも恐竜の化石を掘りに行こうといったら竜の卵を見つけて、 > 美香は待ったをかけ、チワワの口をふさいだ。。 > 決して魔王様への忠義が揺らいだとかそういうわけではございません』」 > 全ての状況が美香に唯一無二の事実を。 楽しく読ませていただきました。拙い感想、どうかお許しいただきますよう。 |
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No.4 ウィル 評価:0点 ■2012-04-29 01:30 ID:yqFASJqAhJQ | |||||
白星奏夜さん、感想ありがとうございます。 勇者には勝てない ですか タイトルだけで興味がそそられる名前ですね。 私も魔王勇者は好きなんですよ。一番うしろの大魔王はタイトル買いしてますし。 小説創るぜ! の中にある、あしたの大魔王 も大好きです。 ひねくれた性格のせいか、魔王≠悪という感じで書きたいですね。 会話のテンポがいいというよりかは、描写が少ないだけなのかも、とちょっと考察してます。 |
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No.3 白星奏夜 評価:30点 ■2012-04-29 00:11 ID:8eZ32nCHAgE | |||||
こんばんは、白星です。拝読、しました。 個人的に、魔王と勇者ものが好きなのでとても楽しめました。僭越ながら、一度この板で私も魔王・勇者ものにトライしたので、もっと増えれば良いなぁなんて思ってしまいました。 これも余計なことかもしれませんが、先日購入したラノベで『勇者には勝てない』というのも、魔王、勇者に巻き込まれるお話しでして、興味をもたれたらぜひぜひ。 会話のテンポがとても素晴らしくて、刺激を受けました。こんな風に、書いてみたいです。 拙い感想、失礼致しました。ではでは〜。 |
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No.2 ウィル 評価:--点 ■2012-04-28 21:33 ID:yqFASJqAhJQ | |||||
山本鈴音さん、感想書き込みありがとうございます。 少々修正を加えました。 Dちゃんの登場は本当に突然ですね。一応、伏線はいくつか用意したのですが。 あと、いらない部分だいぶ削りました、まだまだ調整していかないといけないみたいですね。 |
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No.1 山本鈴音 評価:30点 ■2012-04-28 20:19 ID:xTynl89qwNE | |||||
前作に引き続き、僭越ながら感想を述べさせて貰います。 真面目なシーンで笑わせるセンスが、素晴らしいです。 エクス棒VSチワワや「そんなアイスの棒で人を殺せると……」の件など。 起承転結が纏まっているのも良かったです。 前作よりシリアス傾向になったのも、そんなに悪い事とは思いませんでした。 ギャグとのメリハリ付けは難しいものの、ちゃんと結末まで行き着いているので気になりません。 ただ、「うん、めんどくさい」からフライドチキンの話まで少し流れが分かりにくいし、長々と冗長している感がありました。 魔王とDちゃんの登場は、唐突すぎるかも……。 クライマックスに盛り上がりがあれば、そこは勢いで流せるのかもしれませんが。 エクス棒が自爆して欠片になってから、美香の立ち直りが早いのも気になります。もともと薄情なキャラではありますが。 中だるみを防ぐために、思い切って台詞を少々カットしてはどうでしょうか。 その方がすっきり読み易くなると思います。 |
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総レス数 8 合計 130点 |
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