心を覗いたら |
部屋に入って制服のリボンを解くと、私はそのままベッドに倒れ込んだ。自分でも分かるくらい頬が赤くなっている。今日、たまたまだけれど初めて二人だけで下校した。 「桐谷君……」 彼の名前を呼んで、ぱたぱたと足をばたつかせる。たくさん、話せた。それが嬉しくて、会話の一つ一つを思い返す。 「知りたい……」 ごろりと仰向けになって、天井を見つめる。知りたい。枕を顔に押し当てて、呟く。知りたい、知りたい、知りたい、知りたい。彼の気持ち。私のことをどう思っているのか。私を見て、何を感じているのか。 「覗いちゃ、ダメなんだよね。やっぱり」 私は、ゴロゴロとベッドの上で転がる。家訓で、人の心を覗くことは固く禁じられている。 「ちょっとだけ、はダメなのかなぁ」 ぼそりと漏れた声は、静かな部屋の壁に吸い込まれていった。 昔から、私たちの一家は人の心が読める。そういう家系らしい。勿論、このことは一家以外は誰も知らない。所謂、超能力の一種なんだろう。小さい頃から訓練して、人の心を読まないようにしている。何より厳しいお祖父ちゃんが、それこそ洗脳するかのように家訓を言い聞かせてきたから私も他人の心を読んだことはない。古い家だし、しきたり、というものがあるのだろうと勝手に解釈している。普通に生活する分には、別に心なんて読まなくても良いのだから問題はない。そう、今までは。 下校の時間になって、私は昇降口で外靴に履き替える。今日はあんまり、声かけられなかったな。少し憂鬱な気分で顔を上げると、彼がそこにいた。 「おっ、藤崎さん。今、帰り?」 「っうん」 きゅうぅっという痛みに耐えかねて、声が上擦る。無意味に何度も鞄を持つ手を、入れ替えてしまう。 「途中まで方向一緒、だったよね」 桐谷君に尋ねられ、私はこくりと頷いた。昨日とおんなじなんだけど、と心が少し騒ぐ。 「って、昨日も一緒だったか」 彼は、そう言ってにこりと笑んだ。ああ、こういうところだ。そう思って、私は火照った頬を彼に見られないように先に歩き出す。他愛もない会話、だけど私には大事な会話をしながら、ゆっくりと帰っていく。 「そういえば桐谷君、放課後、先生に呼ばれてなかった?」 ふと思い返して尋ねると、彼は罰が悪そうに頭を掻いた。 「あれ、そうだっけ」 「あとですごく怒られるよ〜」 苦笑しながら、注意する。胸の鼓動が一つ、大きく鳴った。何で、恐い先生の呼び出しを無視したの?何で、後で怒られるのが分かってて帰ってるの?誰と、一緒に?息が苦しくなる。横目で見た彼の表情は、とても照れているように見えた。堪えられない。心の奥が囁く、その行動を閉まっておけない。ごめん、お祖父ちゃん。ちょっとだけ、だから。 「桐谷君」 いつもより少しはっきりと、彼の名前を呼ぶ。目が合った瞬間に、私は意識を集中した。 部屋に入って制服のリボンを解くと、私はそのままベッドに倒れ込んだ。ぎゅっと自分の足を腕で抱え込む。息が、荒い。彼を置いて、走って帰ってきたから。肩が、震えた。瞳から、熱いものが零れる。口から、情けない嗚咽が漏れた。 自分の望む答え、だったのに。どうして、どうして、どうしてこんなに悲しいんだろう。何で、こんなに胸が苦しいのだろう? こんこん、ドアが優しく叩かれる。慌てて、ぐしぐしと手で涙を拭う。返事をしようとして、声が震え、何も言えなくなった。少し間を置いて、ドアが開く。 お祖父ちゃん、だった。 怒られる、と思った。厳しい罰を言いにきたのか、と思った。お祖父ちゃんは、そっとベッドの端に腰をおろす。そして、口を開いた。 「読んでしまったんじゃね」 私は、素直に頷いた。帰ってきた時に、すれ違っただけなのに。お祖父ちゃんは、凄い。 「悪い答えじゃった、のかい?」 私は、首を横に振る。 「良い答え、じゃったわけか」 「なのにどうして、悲しいの?」 言葉にならない、ひどく掠れた声が出た。お祖父ちゃんは、今まで見たことのない穏やかな顔をしていた。 「心、を覗いたからじゃよ」 泣きながら、私は首を捻る。 「その人に一つだけしかない、ほんとは誰も見ることのできない心。世界で一番綺麗で、世界で一番汚い存在。かけがえのない心。それを覗くことは、盗みと一緒じゃよ。いや、その人の心を足で踏み付けるのと一緒、かもしれん」 私は、呻きながら俯く。その頭を、お祖父ちゃんは優しく撫でた。 「愛理は、そのことにきちんと気付いたんじゃ。だから、心が痛いんじゃ。人の心を読んでも、何も良いことはない。かえって自分の心を痛めつけるだけじゃ。」 涙が溢れる。 「ごぉえんな、さぁいぃぃぃ」 私は、赤ちゃんみたいにお祖父ちゃんにすがって泣いた。 「愛理に、こんな思いはさせたくなかった。そのための、家訓じゃったのに」 顔を上げる私に、お祖父ちゃんは微笑む。 「お祖父ちゃんも、お婆ちゃんも、お父さんも、お母さんもみんな経験済みなんじゃよ」 悪い、一家だ。涙で一杯の顔を、少し綻ばせて私は笑った。 「好き、です。もし良かったら、付き合ってくれませんか?」 頬を染める桐谷君の前で、私は深々と頭を下げる。 「ごめんなさい」 大切なあなたの心を覗きました。あなたは何も知らないけれど。だから、ごめんなさい。 傷ついた顔をする彼の表情が、私の心を刺す。でも、私がしたことは。 一人で帰る道は、やっぱり寂しかった。うん寂しい、寂しいけれど。軽く、その場で背伸びをしてみる。 ちょっとだけ楽になって、ちょっとだけ大人になった気がした――。 |
白星奏夜
2012年02月22日(水) 18時30分46秒 公開 ■この作品の著作権は白星奏夜さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.10 白星奏夜 評価:0点 ■2012-03-06 23:34 ID:07GNpZyB5Uc | |||||
HAL様 お久しぶりです、御感想感謝致します。 ときめいて頂ければ、それでもう私的には成功です。書きながら、私もときめいていました(笑) 心を読んだ瞬間はばっさりカットだったので、確かにどういう様子だったのか、どういう感覚だったのかを加えた方がもっと主人公が可愛くなるような気がします。御指摘、ありがとうございます!! つたない感想なんて、そんなことは全然ありませんよっ。コメントはとても嬉しいですし、楽しみです。これは私の個人的な欲ですが、また、機会があればよろしくお願いしますっ!! 今回もありがとうございましたっ。ではではっ〜。 |
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No.9 HAL 評価:30点 ■2012-03-06 23:18 ID:iSVWlwRIbBs | |||||
ご無沙汰しております。少々出遅れましたが、拝読しました。 主人公のかわいらしさと純粋さに思わずときめきました。ほろ苦い結末ではありますが、さわやかでいいなあと思いました。 これは指摘というよりも、単純に個人的な欲なのですが、主人公が能力を使った瞬間の描写、好きな人の心をのぞいた瞬間のようすというか、そのときの主人公の感覚や心の動きを、読んでみたかった気がしました。 楽しく読ませていただきました。つたない感想、どうかご容赦くださいますよう。 |
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No.8 白星奏夜 評価:0点 ■2012-03-06 20:27 ID:07GNpZyB5Uc | |||||
陣家様 御感想、感謝致します。筒井康隆氏のものを読んでいないので、かぶったりしていたらごめんなさいです。書いている時には、すこぶるシリアスな気持ちで書いていました(笑) 気を悪くはしません、むしろコメントを頂けて嬉しいです。これは、シリアス調ですけど確かに視点を変えたらおもしろいギャグやパロディになりそうです。もっといえば、かな〜り大人なジョークも言えるわけで。ただ、そんな下心を見られたら内心穏やかじゃいられませんね。 ギャグ脳、私も手に入れたいです。どちらかといえば、笑いと感動をきちんと書けるようになりたいものです。 今回も、ありがとうございましたぁ!ではではっ〜。 |
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No.7 陣家 評価:40点 ■2012-03-06 01:08 ID:1fwNzkM.QkM | |||||
拝読しました。 今作を読ませていただいて、震撼しました。 もしかすると筆者様はまったく意識していないかもしれませんが、このお話、とてつもないハイブローなギャグに大化けする可能性が見え隠れしています。 おそらく筆者様は筒井康隆氏の同じくテレパス少女物の作を読まれていないかと思いますが、そういう潜在的なイメージを持った人間がこのお話を読むと…… 彼女が透視した彼のイメージがどんな物だったのか、そこに想像が向いてしまうと…… むむ、それ以降の彼女の切ない思いが、切なければ切ないほど……とてつもなく、うーん。 そして彼女の心を読んだ祖父の胸にしまいこまれた、彼氏への男の共感がなんとも愛おしく、胸に迫ってきます。 お気を悪くされたら申し訳ありません、が、もしこれが計算ずくであったとしたならば、ちゃんと読みとった読者がここに一人いることをお伝えしておきます。 そんな意図が全然無かったならば、平謝りいたします。 怒らないでくださいまし。 いえ、ほんと。ギャグ脳でごめんなさい。 失礼いたしました。 |
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No.6 白星奏夜 評価:0点 ■2012-02-26 21:39 ID:W/CC629vRyw | |||||
zooey様 こんばんは、御感想感謝致します!作品の温度感というか、雰囲気、そうですね〜全く意図してません(笑) なんか、こんな感じになってしまいました。 確かに、全然悩んでいないというか、葛藤がないのは私もう〜んと思っています。急いて仕上げてしまいました。ごめんなさい。 読んでいて、気持ちがいい。これに優る嬉しい言葉があるでしょうか!!!ほんっとにありがとうございます。とても励みになります。また、よろしくお願いいたします。ではではぁ〜! ゆうすけ様 今回も、御感想感謝致します!一輪の可憐な花、に例えていただけるなんてなんて光栄なことでしょう!書いてて、良かったと泣けてきます。ゆうすけ様の手は、まったく汚れていません。こんな、拙い作品にずっとコメントを残して下さる方の手が汚いなど! 感性まで褒められてしまいました。驕らずに、頑張っていきたいです。私も、その他大勢(失礼)というかひよっこの一人です。これからも、御指摘等々、よろしくお願いします。ではでは、今回もありがとうございましたぁ〜!! |
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No.5 白星奏夜 評価:0点 ■2012-02-26 21:27 ID:W/CC629vRyw | |||||
STAYFREE様 こんばんは、御感想感謝致します。ファンタジー板、覗いて頂いて、コメントを残して下さり嬉しい限りです。自分がこんな宿命を背負ったら、耐えられないと思います。そんな、切ない感じを書いてみました!気に入って頂ければ幸いです。今回は、ありがとうございました。ではではぁ〜。 Phys様 こんばんは、御感想感謝致します。超能力もの、確かにありがちですがやはり私もおもしろいテーマだと感じています。 いえいえ、全然先は行っていませんよぉ!自分のを読み返すと、いつも分かりにくい表現や描写があるなと落ち込んでしまいます。 無性に恋愛の描写が書きたくて、書き上げたので、そこらへんの一部でも気に入って頂ければ嬉しさ百倍です(笑) 第一人者なんて、そんなそんな!むしろ、最近急に現れて好き勝手に投稿しているので申し訳なく感じています。 Phys様の温かいコメント、いつも嬉しく思っています。また、気が向かれましたらコメントして上げて下さい。今回も、ありがとうございました。ではではぁ! |
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No.4 ゆうすけ 評価:30点 ■2012-02-26 10:47 ID:m0hMR5bWYIY | |||||
拝読させていただきました。 読んで感じたことを、そのまま素直に書いてみます。 空気すら煤けた雑踏をくたびれて歩いていたら、ふと見知らぬ空き地に出た。そこには一輪の可憐な花が咲いていて、なんの気なしに手を伸ばすと、自分の手が汚くて花を汚してしまいそうな気がした。 この感性、いいですね。このままどんどん書いていって欲しいです。 Physさんがハッピーエンドの第三人者だったら、私はその他大勢ですよ。まあ私は元々TCの「枯れ木も山の賑わい要員」ですから。 |
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No.3 zooey 評価:30点 ■2012-02-26 01:36 ID:1SHiiT1PETY | |||||
こんばんは。読ませていただきました。 今回も、作品の持つ素朴感というか、そういうものがいいなあと思いました。 話としてはありそうな感じはしますが、 それでもありふれたものという印象は私は受けませんでした。 きちんと独特の温度感があるというか、そんな感じで、 恐らく意図してそうなっているわけではないのだろうなと思うのですが(スイマセン)、白星さんの味だなあと思います。 ただ、ちょっとストンと落ち着きすぎる感じがしました。 なんとなく、物足りない感じ。 あまりにも聞き分け良すぎてしまうというか。 もっと迷ったり、悩んだり、すると思うし、 そういう苦悩があるからこそ、ラストの決断がより心に来るんだと思います。 でも、やはり、白星さんの作品は読んでいて気持ちがいいなあと改めて思いました。 また読ませてください。 |
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No.2 Phys 評価:40点 ■2012-02-24 21:34 ID:nv9wuwYC7r6 | |||||
拝読しました。 恩田陸さんの「光の帝国」という連作短編を思い出しました。超能力もの、と いうのは使い古されたテーマかもしれませんが、とても書きがいがあるというか、 味付け次第でとても読みごたえのあるお話になるものだと思います。 白星さんに、私が「こういうの書けたらいいなぁ」と思っているお話をさらりと 書かれてしまうので、私からすると、数段先を行かれているというか、遅れを とっているという焦りがあります。悔しいなぁ。 >きゅうぅっという痛みに耐えかねて、声が上擦る。無意味に何度も鞄を持つ手を、入れ替えてしまう >自分の望む答え、だったのに。どうして、どうして、どうしてこんなに悲しいんだろう。何で、こんなに胸が苦しいのだろう? 切なさいっぱいで、甘酸っぱくて、素敵な描写でした。こういうのが書きたい って思っているのに、なんだか、なんだかです。 >大切なあなたの心を覗きました。あなたは何も知らないけれど。だから、ごめんなさい 素直ないい子だぁー。と感動しました。正面から告白した主人公さんは偉い! きっとまた素敵な恋がやってくるはずだからね、と読んでいるこちらが語りかけ たくなるラスト、というのがまたよかったです。 白星さんもTCにおけるハッピーエンドの第一人者ですね。ダメだ、このまま では私は第三人者になってしまう……。 また、読ませて下さい。 |
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No.1 STAYFREE 評価:30点 ■2012-02-24 20:25 ID:eM8nTjX2ERc | |||||
拝読させていただきました。普段、ファンタジーの投稿版には顔を出さないので、白星さんの作品を読ませていただくのは初めてになります。 僕も好きですよ、こういう雰囲気の作品。最後は切ないですね。本当にこんな宿命を背負ってしまったら、とても辛いでしょうね。特に物語の主人公の年頃の女の子には。 他の作品も読ませていただきたいと思います。では、失礼します。 |
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