帰る場所
 季節は春、時刻は夕方。とある小学校の校庭。校舎の側に植えられた、立派な桜の木の上に二つの人影がある。正確に言えば、人が座れそうな大きな枝に並んで腰掛けている者がいる。一人は、黒い髪の小柄な少年。もう一人は、ピンクの髪の美しい女性だった。

「吉乃さんってほんとに、その、きっ綺麗ですよね」
 僕は、少し緊張しながら隣に座る女性に話かけた。吉乃、と呼ばれた桃色の髪の女性は照れたように笑う。
「あら、少し前までまだ子供だったくせに。なかなか、言うようになったのねぇ〜」
 子供、と言われて僕は少しむっとする。
「かっ、からかわないで下さいよ。褒めてるのに!」
 吉乃は口に手を添えてくすくす、と笑う。
「私、あなたが思っているよりずうっとおばあちゃんなのよ」
「そうは見え……ませんけど」
「あらあら、お世辞も上手になったのね」
 好意を軽くあしらわれて、僕はまたむっと頬を膨らます。そんな僕を見て、微笑む彼女は最初に見た時と同じく魅力的だった。そう、あれは初めての遠出。空を羽ばたいている途中で、桃色の髪を揺らす彼女を見つけた。それは、巣の周り以外は知らなかった僕にとっての衝撃。引き寄せられれるように、枝に止まり、おずおずと話かけた。それが全ての始まり。
 ツバメの子供の僕と、桜の木のお姉さんの出会い。
「私、あなたと話すの好きだわ」
 突然、そう言われ僕は頬を染めてうっと呻く。ずるい。女の人は急に優しくしてきたりするから。
「でも、それもあと少しね」
 寂しげな顔をして、吉乃は空を見上げた。
「ツバメですからね、みんなそろって帰らなきゃならないんです」
 僕は、寂しさを隠すように明るく答えた。心地よい風が吹いて、二人の髪を揺らす。吉乃は、髪をそっとかきあげながら呟いた。
「たまに、あなたが羨ましくなるわ」
 僕は、不思議に思って首を傾げる。吉乃は切なそうに笑った。
「私はここから動けないもの。たまに思うわ、あなたみたいに空を飛びたいって。広くて、高くて、どこまでも自由な空を思いっきり」
 僕の見ている前で、彼女は空を見上げ、両手を広げた。彼女が、そんな風に自分の思いを口にするのは初めてだった。だから、僕も自分の思いで答える。
「空は、とても広くて、自由で、気持ち良いです」
 そうよね、と吉乃は相槌をうつ。
「でも、空には休むところがありません。留まるところも」
 彼女の視線が僕に向けられる。
「地面に降りてきて初めて休めます。飛び続けるなんて、無理です。だから、僕たち飛べるんです。安心して、休む場所、帰る場所があるから」
 あなたのような、という言葉は飲み込む。
「そう……」
 落胆したわけではない、穏やかな顔で彼女は微笑んだ。
「この前、ここで卒業式があってね」
 突然、話しが切り替わる。まあ、この人にはよくあることだけれど。
「たくさんのさよならと、涙を見たわ。それでね、すぐその後に入学式。今度は、たくさんのはじめましてと笑顔を見たわ」
 少し涙目で、寂しさを隠すように彼女はこちらを見つめる。
「私、思うわ。この世界ってきっとたくさんのさよならとはじめまして、で出来ているのね」
「そう……ですね」
 僕も、穏やかに笑いかける。そして気付く。ああ、そうか。この人も、寂しかったんだ。
「次に会えるのは、一年後ね」
「まだ、旅立つのに時間があります。それまで、会いに来ますよ。それに」
「それに?」
「もう二度と会えないってわけじゃ、ありません」
 吉乃はしばらく思案する顔をして、それもそうねと笑む。しばらく話して、僕は羽を広げ、家路に着いた。

 旋回して、彼女の上空に辿り着く。眼下で、彼女がひらひらと手を振るのが見えた。僕は、羽を振ってそれに答える。
 飛び上がった空は、もう暗くなってきたけれどどこまでも続いている。あと、少しでこの空を駆ける長い長い旅が始まる。行ったこともない土地、飛んだこともない場所を何日もかけて移動していく。それは、とても怖くて、不安だけれど。でも。

 僕は、飛べる。帰る場所があるから――。
白星奏夜
2012年02月09日(木) 00時20分05秒 公開
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■作者からのメッセージ
ちょっとシリアス?らしくないかも。でも、こういうのも好きです。

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No.10  白星奏夜  評価:0点  ■2012-02-20 20:05  ID:DK/rsx4MCFw
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陣家様
はじめまして、御感想感謝致します。童話的なお話しなら、漢字を減らした方が確かに良かったように思います。とても勉強になります。ありがとうございます。
ツバメもソメイヨシノも短命のようですね〜(泣 特にツバメは生後一年でかなり生命を落とすようです。願わくば、この二人に幸せな再会を、と思わずにはいられません。また、ソメイヨシノという軽い言葉遊びに気付いて頂いた陣家様に感謝です。細かい設定を見抜いて貫く、その御視点は私は嫌なものだとはおもいません。
あっ、アンデルセンはそんな晩年だったのですね。う〜ん、切ない。私も細々と頑張っていきたいです。
陣家様の大作、時間差でコメントを残させて頂きます。今回は、ありがとうございました。ではではぁ〜!!
No.9  陣家  評価:30点  ■2012-02-20 02:52  ID:1fwNzkM.QkM
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拝読しました。

読みやすく柔らかで素直な文体はとても好感度が高くて良いと思いました。
いっそもう少し漢字を減らせば似合うのではないかなとも思います。

お話は、とてもメルヘンチックで、かわいいイラストの付いたキャラクター主体の御本に合いそうです。

でも自分が素直にこれを楽しめないのがつくづく嫌になります。
ツバメの平均寿命は1.5年らしいです。ということはこれは永遠の別れに近いものなのかもしれませんね。
そして、ソメイヨシノでさえ、寿命は70年ほどで、イメージよりも儚い植物なのだということも知ってしまった自分のような人間には……。

白星さんはいつまでも瑞々しい感性を失わないように、すばらしい物をできる限り書いてください。
アンデルセンでさえ、晩年は説教くさい、厭世的な寓話ばかりになってしましましたからね。

失礼しました。
No.8  白星奏夜  評価:0点  ■2012-02-17 21:40  ID:eKs5WnurmLw
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ハギノ様
はじめまして、御感想感謝致します。気に入って頂けたなら、本当に嬉しい限りです。
出だしの状況説明のような部分が、一人称でもうちょっと説明文っぽくない感じで描写できていれば、との御指摘。そうですね、ちょっと急いで出だしを書き上げてしまいました。反省です。最初と最後が大事と言いますしねぇ〜!
次回も頑張らせて頂きます。ではでは、ありがとうございました〜!
No.7  ハギノ  評価:30点  ■2012-02-17 20:34  ID:kj4gSt0llWw
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初めまして、ハギノと申します。

さわやかで素敵な話ですね。とても好みでした。
桜とツバメの恋のお話なんて、ロマンチックで大好きですv
出だしの状況説明のような部分が、一人称でもうちょっと説明文っぽくない感じで描写できていればもっと良かったのではないかなと思います。

次回作も、頑張ってください!
No.6  白星奏夜  評価:0点  ■2012-02-17 00:39  ID:5kkOFJ.2VNU
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zooey様
こんばんは、御感想感謝致します。zooey様とゆうすけ様にはいつもお世話になっており、本当にありがとうございます。可愛い、と言って頂き一人でニヤニヤしております(笑)
他にはない吉乃さんだけの感情、ぼくだけの思い、そんなものが感じられたら、良かったかなとの御指摘。確かに、ちょっと淡白な流れになってしまったので、あぁそうだなあと考えさせられました。やっぱり、他の方の視点はとても勉強になります!
読んで下さった方の心に一つでも響けば、それが一番嬉しいことです。
ではでは、今回もありがとうございましたぁ〜。
No.5  zooey  評価:30点  ■2012-02-16 23:05  ID:1SHiiT1PETY
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読ませていただきました。

可愛いですねえ。
しかも、今回は、童話的な可愛さで、個人的にとても好みでした。
展開も、素直というか、奇をてらっていないところが、読んでいて心地いいなあと思いました。

ぜいたくを言えば、読み手が想像すること以上のものに切り込んでいないので、
もう少し、他にはない吉乃さんだけの感情、ぼくだけの思い、そんなものが感じられたら、良かったかなと思いました。

ともあれ、とても読んでいて気持ちのいい作品でした。
また読ませてください。
No.4  白星奏夜  評価:0点  ■2012-02-13 19:12  ID:k1NP6DkvMac
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Phys様
はじめまして、御感想感謝致します。温かいコメント、本当に嬉しい限りです。ありがとうございます。このコメントでどれだけ励まされるか……。
文中のセリフやラストで、何かを感じて頂けただけでこれを書いている意味があると思います。セリフやラストが書きたくて、物語を作っているといっても過言ではありませんし(汗
私も現代板の方、覗かせて頂きたいと思います。これからもよろしくお願いします。ありがとうございました。
No.3  Phys  評価:40点  ■2012-02-12 15:04  ID:bNm1u5c8Re.
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拝読しました。

白星さんの作品に感想を書かせて頂くのは初めてかもしれません。いつもは
現代板に生息しているのですが、ふらりとファンタジー板に立ち寄ったので、
作品をいくつか読ませて頂きました。

とても印象に残ったので、コメントを残させてください。

すっと心に染みてくる柔らかい文章です。心地よいまどろみを誘う文体だなあ
と思いました。まるでお母さんの子守唄みたいに優しいお話ですね。

>私、思うわ。この世界ってきっとたくさんのさよならとはじめまして、で出来ているのね
この一文に一撃でやられちゃいました。私もこんな素敵なお話を書いてみたい
です。ゆうすけさんではないですが、ひねくれたりねじくれたお話ばっかりを
書いている自分としては、こういった素直さを見習わなければ、と思います。

>僕は、飛べる。帰る場所があるから――。
終わり方もお上手です。どうやったらこういった雰囲気を出せるのでしょうか。
真似したいですけど、難しそうですね。

とても良い作品を読ませて頂きました。午後の陽だまりのような、素敵な掌編
でした。

また、読ませてください。
No.2  白星奏夜  評価:--点  ■2012-02-10 00:11  ID:3onKz9sLr9I
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ゆうすけ様
今回も、御感想感謝致します。いつも丁寧に書いてくださり、本当にありがたいです。励みになります!あっさりしてるなぁというのは、私も感じます。これはこれでいいかなぁと投稿しちゃいました。ひねくれたり、ねじくれた話しも書いてみたいです。書けるかは別問題ですが(汗
擬人化大好き人間なので、好き勝手に書いてますがどうか飽きるまで付き合ってあげて下さい(笑)
ではでは、今回もありがとうございました〜!
No.1  ゆうすけ  評価:30点  ■2012-02-09 16:45  ID:VZsMIYT6zbw
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拝読させていただきました。

むう、投稿するたびに上手くなっているように感じます。擬人化はよくある手法であり(私も好んで使いますしね)よっぽど意外性があるか丁寧に描かないと「またか」と思われてしまうんですよね。
今作は爽やかな読後感であり、旅立つ者と見送る者の感情がいい味を出していると思います。
心の裏側がこそばゆくなりそうなセリフまわしに若い感性を感じました。私みたいな、いい歳したおっさんじゃ出せないなあ。
ひねくれたりねじくれたりした話ばっかりを考えておりますと、こういった素直なお話を読んでいてなんだか心が洗われるような気がします。ただ、素直すぎて読後感があっさりしすぎな気もしますけど。
擬人化シリーズ……どこまでいくか楽しみです。私だったら絶対ネタに走っちゃうな。
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