一線を越えて
 冬。とある高校、二年生の教室。下校前。俺は隣の席の、ちょっと控え目な同級生の女の子と定期試験のことについて話している。相変わらず、小さい声の持ち主だ。でも、俺の意識は彼女の隣の席の女子に向けられていた。
 白城奈々、運動神経抜群で成績優秀、おまけに明るい。加えて、良いところのお嬢様では無いのにどこか上品で清楚な雰囲気がある。ちら見したところで、目が合った。白城奈々は、軽く笑って手を振る。隣の席の女の子の声が霞んだ。出た。出ましたよ、その笑顔。通称、キリング・スマイル。別名、デストロイ・ボーイズ。数多の男子学生を、恋路に誘った必殺の一撃。かくいう俺も、見事に殺された一人だ。必○仕事人ばりの、鮮やかな殺心(さつじん)劇だった。俺は、白城奈々が好きだ。
 ちょっと良い気分になっていると、いきなり後ろからヘッドロックをかけられた。
「貴様、奈々様から手を振られたな。羨ましいぞ、こら」
「ぐぅ、石田ぁ!!」
 友人の石田隆也。俺より酷く、白城奈々に殺された一人。無謀としか言えないアプローチで猛アタックした結果、白城奈々から避けられるようになった哀れな奴だ。本人曰く、避けられるほど萌える、いや燃える。犯罪者にだけはなってもらいたくない。あー、苦しくなってきた。
「ちょっと……」
 隣の席の女の子が引くほど、強く締められているようだ。意識が、遠くなってきた。視界が狭くなる。それでも、最後に心配そうにこちらを見つめる白城奈々が見えた。そこで、記憶が途絶えた。

「いつまで、寝ている」
 頬に硬いものをグリグリとされ、俺は目覚めた。
「銃!?」
 頬に触れる銃口を目にして、一気に意識が覚醒する。目の前に、旧独軍の将校のような軍服を着た金髪少女がいた。その手には小銃が握られ、銃口が俺に向いている。何、この状況。
「起きたか、さあ、早く決めてくれ」
 少女は、銃を肩に担ぐと面倒臭そうに言った。
「へ?」
 俺は、少女と周囲を交互に眺める。周りはただっ広い草原で、俺と少女はそこを流れる小川に沿った砂利道にいた。どう考えても、保健室では無い。
「もしかして、これが三途の川?」
「勝手に死ぬな、ここは死後の世界ではない」
 少女は、俺を睨みながら答えた。
「じゃあ、どこなんだよここは」
「心世界だ。お前の心の中だな。友人に首を締められて、落ちる時にたまたまお前の意識が入り込んでしまったようだ」
 半信半疑で俺は、また辺りを見回す。わりと綺麗な心の中かもしれない。おっとそれは置いとくとして、この少女、俺が気を失う前を知っているぞ。
「で、あんたは何者なんだ? いろいろ知っているみたいだけど」
「私か?私は、越境審査官だ。名前は、まだ無い」
「どっ、どこに突っ込んでいいか分かりづらいな」
 俺は、立ち上がりながら得体の知れない少女に言った。少女は、澄ました顔をしている。
「とりあえず、越境審査官ってのは何なんだ?」
「言葉の通りだ。線を越えたか、越えてないかを審査する者だ。そこにも、線がある。私は、お前がそれを越えるか越えないかを見に来たのだ」
 少女が銃で示したところに確かに線があった。砂利道に不釣合な、ピンク色の線が引いてある。俺は、その線に近づいてまじまじと見つめた。
「で、これを俺が越えるとどうなるんだ?」
「質問ばかりだな、まあ良い。それは、恋愛線だ。よって、越えればお前は本当の恋をすることになる」
 俺は、全力で後ろに下がった。
「すっごい、大事な線じゃねえか!! 危うく興味本位で越えるところだったわ!!!!!!!」
 少女は抗議も聞かず銃床で、俺の背中を小突いた。
「大事ではない線があるか。人間が一日に何回、線を越えていくと思っている。どの線も、自分が選んだ大事な道だ。お前も、生まれてきてから何千、何万という線を越えてきたのだ」
 そう言われれば、そうなのかも知れない。俺は、ピンクの線を見つめる。これを越えれば、恋をする。確かに、俺の白城奈々が好きは憧れに近いものがあった。思えば、自分の気持ちをぶつけていった石田がとても羨ましかった。それに比べて、自分は。
「越えるか、越えないかよく考えろ。しかし、できるだけ早くしろ」
「よく考えて欲しいのか、早くして欲しいのかどっちだよ」
 俺は、呆れ顔で少女に尋ねる。
「どっちもだ。言っておくが、越えたら戻れないからな」
「どう見ても、簡単に戻れそうだけど……」
 俺が呟くと、少女は冷たい顔で銃を構えた。
「越えたのに、戻ってきたら私がこれで撃つ」
「まさかの殺人ショーかよ、越境審査ってそういうことか」
「そうだ。自分で越えた線を逆行するなど、狂気の沙汰だぞ。それを許せば、死線が急に現れ、生命を落とす。その前に、我々審査官が撃って止める。それでも、心世界は大きく歪む。心を病むとはそういうことだ」
 大変な話しに、なっている気がする。しかし。
「ようは、戻らなきゃいいんだろ。よっ、よし決めた」
 俺は、一歩を踏み出した。
「越えるつもりか」
「ああ、越える。越えて、本当の恋を手に入れる」
 振り返って、にこっと笑う。少女は、厳しい顔つきだったが出会って初めて表情を和らげた。
「時に越えた線は思いがけない道へと続く。それもお前の道だ、好きにしろ」
「分かった、じゃあな」
 手を振って、ゆっくりと歩く。そして、確かめるようにピンクの線を越えた。後ろは振り返らなかった。変な、越境審査官だったな。あんなのが、心の中にいるのか。そう思って、少し笑った時、意識が途絶えた。

 見慣れたベッドとカーテンだった。
「ああ、目を覚ましたのね。大丈夫?」
 保健の先生に声をかけられ、俺は頷いた。保健室――。戻ってきたようだ。
「石田君、呼んでくるわ。もう反省したころでしょう」
 監獄と名高い、特別指導室でこってりとしぼられたらしい。哀れ、石田よ。部屋を出ていきかけて、思い出したように先生が口を開いた。
「そう言えば、女の子があなたのこと心配してずっと保健室にいてくれたわよ。たぶんすぐに戻ってくるから、ちゃんとお礼しときなさい」
「えっ、誰ですか」
 俺の声を遮るように、先生は微笑しつつ戸を閉めた。
 顔が赤くなる。線を越えるってこういうことか。それにしても、戻ってきてすぐとは。確かに思いがけないことだ。意識をなくす前の、心配そうな白城奈々の顔が浮かぶ。
 とんとんとん、がたっ。
 軽い足音がして、控えめに戸がスライドする。
 入ってきたのは、白城奈々――。
 ではなく。
「ひっ、ぁ……ぅ」
 ばっちり目が合って、控えめなその子は頬を染め、派手に狼狽する。まだ、寝ていると思っていた様子だ。隣の席の、あの子だった。確かにあの場にもいた。視線をさまよわせながら、おっかなびっくりで近付いてくる。
「ぁ、えと、だ、大丈夫?」
 いつも通り小さい声だ。
「あ、ああ。その、なんだ、ありがとう。三嶋、さん」
「ぅん」
 三嶋さんは、恥ずかしそうに小さく頷く。
 可愛い、と思ってしまった。
 時に越えた線は思いがけない道へと続く。それもお前の道だ、好きにしろ。
「あの野郎」
 俺は、笑いながら自分の胸を一度どんっと叩いた。
 不思議そうに首を傾げる、三嶋さん。
 石田が申し訳なさそうに入ってきて、二人を見つけ、また申し訳なさそうな情けない顔をした。それを見て、保健の先生が堪えられずに笑い出した――。
 

 
 
白星奏夜
2012年01月24日(火) 17時41分23秒 公開
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けしてイヤらしくはありません。規約は守ります。ほんの遊び心です。

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No.6  白星奏夜  評価:0点  ■2012-02-09 00:50  ID:3onKz9sLr9I
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エンガワ様
御感想、感謝致します。ラスト、読めちゃいますよね。まだまだヒヨッコですみません。石田エンドは、考えのうちにはありましたよ〜(笑)でも、それをやると意外感は抜群でも、私の気持ち的に気分が悪いので(笑)せっかく越えたのに、みたいな。決してそういう方を馬鹿にする気はありませんが。
私もなかなか越えられない口です。でも、頑張っていきたいです。
感想、いただけるだけで励みになります。また、よろしくお願いします。
ではでは、今回もありがとうございましたぁ!
No.5  エンガワ  評価:30点  ■2012-02-07 19:28  ID:SED/FC6RMzg
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うへー。
途中、驚きました。
学園モノと思っていたのに、突然の銃。主人公の戸惑う姿に、自分を重ねて読めました。
ただ、何ていうのだろう。他の方と同じく、オチはかなり早い段階で察してしまいました。
いや、伏線も入れて、凄くフェアな書き方をしているのだけど。
途中、驚いただけに、収まるところに収まってしまった感が。それはそれで微笑ましいのですが。
あー、これなら石田君に恋するとかの方が予想外で。ああ、ダメか。

異性への憧れと、恋って、微妙に違う。
その点を突いた作品だと思うのですが、二つの間にその違いが今一つ感じられませんでした。もちっと描写が濃くてもと。

丁寧に書けていると思います。軽快なテンポと掛け合いが、いい味だしてます。
人生、見えていないだけで、沢山の線を知らぬままに超えているのかも。
そこを可視化させた発想の柔らかさが面白かったです。
自分は線の手前でうじうじしているのかなぁと、思いましたです。
No.4  白星奏夜  評価:0点  ■2012-01-28 18:52  ID:eAu/M4urIKk
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ゆうすけ様
乙女かどうかはご想像にお任せしま〜す(汗 と、御感想頂き、感謝します。ラノベ好きなので、こんな感じになってしまいました。
線を越える、選択するというのはおもしろいテーマだなぁと思ってかかせて頂きました。大きい決断以外にも、あの娘に話しかけようかやめとこうか、ごはんにしようか、パンにしようか。そう考えると、人間っていろいろ決めてるんですよね〜!
はい、調べないでヘッドロックと書きました。白状します、ごめんなさい。指摘、ありがとうございます。次から気を付けます。
ラストが読めすぎるかな、と思い、序盤の三嶋さんをぼかしましたがやっぱり読めちゃうなら開き直って描写した方が良かったですね。
今回も、ありがとうございました!
No.3  ゆうすけ  評価:30点  ■2012-01-28 18:16  ID:YcX9U6OXQFE
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拝読させていただきました。

文章からなにやら可愛い雰囲気を感じました。ぁとかぅとかの小さい文字を使ったり、!の連打があったり、すっかりおじさん化した私ですが、ほんわかした雰囲気を感じます。作者さんはうら若き乙女かな? ラノベは読まないのでよく分かりませんけど、きっとこういう雰囲気なのかな。自分の好きなジャンル以外を読む機会を得るのが、こういった投稿サイトの醍醐味ですからいろいろ読むわけです。

一線を越える……一歩を踏み出すか否か、人生は選択の連続です。このテーマは実に興味深く、いろいろな想起させてくれますね。恋に落ちる決断、そして意外な相手、私も読めちゃいましたけど、落ちるべき場所に落ちた安心感を楽しめました。でもラストはもっと感情描写を入れて、主人公が悶えたほうが面白くなるように感じます。

ヘッドロックは頭蓋骨を締め上げて痛みを与える技、意識を喪失させるのはスリーパーホールドですよ。後ろから左腕を相手の首にまきつけて右上腕に乗せて、右掌を相手後頭部に押し当てさらに顔面をそえ、腹筋を使って丸めこむように絞める危険な技。すいません、私格闘技観戦マニアでしてね。

控えめな三嶋さんの描写がもっと欲しかった気もします。淡い恋心を抱かれつつもまったく相手にしていない、序盤にそんな描写があった方がラストが生きるかな。
No.2  白星奏夜  評価:0点  ■2012-01-26 20:39  ID:TxDmwU8kgmA
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zooey様
こんばんは〜。御感想、感謝致します。会話のかけ合いはとても好き、なので楽しんで頂ければ嬉しいです。
文章作法については、指摘して下さった皆様のおかげです。これからも、お手柔らかによろしくお願いします。
確かに、終始ユーモラスに運ぶと単調だなあと反省しました。バランスの取り方も難しいですが、今後の課題にします。
ラストは……読めちゃいますよね〜。
まだまだ、未熟ですかね〜。
まあ、でもラストこうなるんじゃ?みたいな感じで考えて、推測して頂けてるだけですごい嬉しいんですが。より楽しんでもらえるよう、励んでいきまっす。
今回もありがとうございましたぁ!! 
No.1  zooey  評価:30点  ■2012-01-26 02:00  ID:1SHiiT1PETY
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こんばんは、読ませていただきました。

私には到底浮かばないアイディアで、なるほどなあ、こういうお話もできるんだなあと感心してしまいました。
あと、会話のユーモアもなんだかいいですね。

>すっごい、大事な線じゃねえか!! 危うく興味本位で越えるところだったわ!!!!!!!

とか、漫画っぽいなと思いつつ、こういうの嫌いじゃないです。

それと、以前他の方からの指摘であった文章作法について、きちんと改善されていて、素晴らしいなと思いました。
私も書き始めたころはどうするのが正しいか全くわかりませんでした^_^;

気になったところは
まず、ファンタジー以外の部分のリアリティが薄いところでしょうか。
非現実の要素のある作品ほど、その「非現実」に至るまでの間のリアリティで、受け手を惹きつけなくてはならないと思います。
そうしないと、「非現実」を受け入れてもらうことは難しいのではないのかなあと。
それとなく、日常を思わせる様子を描いてみると良いかもしれません。
あと、友人がふざけ半分で気を失うまでプロレス技をかけるのは、ちょっとありえないかなと思います。
その辺の「ありえなさ」がリアリティを邪魔している気がします。
軽快でユーモラスな部分は残しつつ、もう少し日常的な様子にしたら、バランスもとれより面白くなると思います。

あとは、途中段階でラストが読めてしまうことですね。
読めてなかったら、きゅんきゅんしたかもしれませんが、少なくとも私はラストがはっきりわかっちゃってたので、しませんでした。

いろいろ書きましたが、楽しめました。
ありがとうございました。





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