マイクロ・バン -Micro Bang-
 ヒュンッ。

 また一つ僕の青春の一ページが暗黒の淵に呑み込まれて逝った。
 そして僕はそいつをあまり刺激しないようにそうっと広口のガラスビンのフタをする。
 このビンは台所の片隅で埃を被っていた、以前はハチミツが入っていた大振りなビンだ。
 こいつはここが気にいっているのか、中に封じ込めておけば以前の様な乱暴狼藉を働く事もなくおとなしくしている――。
 そして時々、僕が消し去りたいと思っている過去と現在と未来をこの世からキレイサッパリと消し去ってくれるのだ。

 はぁ。
 そのガラスビンの中で安定して浮揚している黒い小さな点を見て、僕は深いため息をついた。
 針の先にも満たない小さな黒い点がどうしてこうもはっきりと見えるのは、他でもないその周りが酷く歪んで見えるからだ。勿論それはガラスビンの歪みのせいだけじゃない。

 一週間前に突然現われたこいつは、初めのうちは少々粗暴な動きもしたけど、今はすっかり落ち着いて殆ど眠っているようでもある。
 いやむしろ何もかも諦めて不貞寝しているという表現がぴったり来る気がする。
 この、とても生き物のようには見えないこの点にこんな気持ちを抱くのは、コイツが元々僕の身体から飛び出したモノだからだろう。
 あの日、家に走って帰ってきた僕は、僕の絶望の凝縮された分身としてこの黒い点を生み出した。
 あの時の僕は全身が絶望で満たされていたので、もしかするとこの黒い点こそが僕そのもので、僕が僕だと思っているこの身体は本当は単なる抜け殻なのかも知れない――。

 そうあの日――。
 僕は思いきって綾香に告白をした。
「ねぇ綾香。いや、綾香さん。ボクと個、個人的につきあってもらえませんかっ!」
 実は、その時まで僕は七割方はオーケーしてもらえるんじゃないかと思っていた。

 中学二年になって同じクラスになった連中。
 不思議なものでクラス替えがあると、すぐに幾つかのグループが出来る。
 中学二年ともなると始めから男女混合のグループなんかが出来たりして、僕もそんな混合グループの一つに繰り入れられる事になった。

「一緒に帰ろうぜ!」
 声を掛けてきた太一は小学校の同級生で一年の時は別のクラスだった。
 僕はと言えば、一年の時に仲の良かった連中は他のクラスで固まっていて、その固まった連中に新しいクラスの仲間が混ざっているものだから、何だか僕はそこに入ってゆくのがためらわれた。僕の部活の剣道部の練習日が彼らのバスケ部と合わないというのも一因かもしれなかった。
 そんな訳で数日間は一人で帰宅していたところで、部活の無い日の帰り道で太一は声を掛けてきたのだ。
 太一はその時、綾香を含む男女二人づつ、四人の仲間と歩いていた。
 僕はその組み合わせを訝しんで、彼らを見回して言った。
「いいけど、邪魔なんじゃないの」
「……。ばーか、俺達はそういんじゃねーから」
 一瞬の沈黙の後、太一は可笑しそうにそう言った。
 綾香とは小学校の一・二年が同じクラスで、その頃はヤセ方の色黒でショートカットで、男みたいなヤツだと思っていたのだけど、そんな縁も有ってお互いに気安く話しをしていたけど、小学生じゃ気が付かないようないろんな面が見えてきて、それがいちいち僕のツボにペチペチとはまって行く様になる。

 それから僕達は海に、山に、遊園地にと、微妙にメンバーを増減させながら楽しく過ごした。そして僕は綾香への思いを少しずつ溜め込んで行き、とうとう成長過程にある僕の胸の内には収まり切れなくなってしまった。
 そして週末の放課後に綾香を呼びだしたのである。
「なーに、こんな所に呼びだして。みんなはもう帰っちゃったよ。まさかあたしに告白しようとか?」
 そんな先制パンチに怯むことなく、僕は流れるように件の台詞を伝えたのである。

「ねぇ綾香。いや、綾香さん。ボクと個、個人的につきあってもらえませんかっ! お願いします!」
 僕は何故か右手をつき出し、お辞儀をするようなポーズで、綾香の返事を待った。僕はどこで憶えたか知らないけど、そのポーズが告白のポーズだと思っていた。その手が優しく握り返されればオーケー。ごめんなさい、と言われたらゲームセットだ。
 僕はそのポーズが筋力的にも精神的にも以外と辛いものだと思いながら答えを待った。
「ごめんなさい。さっきは冗談で言ったけど、急にそんな事を言われても困るよ」
 僕は跳び箱の踏切を誤って頭から跳び箱にぶつかった様な衝撃を覚えながら顔を上げると、綾香は言葉どおりに困った様な表情を浮かべて僕を見下ろしていた。
 でも……。みんな……。友達仲良く……。少し考えさせて……。とか、そんな言葉の断片を聞いた気がするけど、僕はもう何も見えず、何も聞こえなかった。
「わかった、ごめん!」
 それだけ言って僕はその場から走って逃げ出したのだ。

 家に帰るとゼイゼイを呼吸が乱れてとても苦しかった。
 水を飲もうにもうまく飲み込めずにゲホゲホと吐き出してしまう。
 そして一度始まった咳はなかなか収まらず。
 自分の部屋に戻ったところでもう死ぬかと思うほどの咳が出た瞬間。
 口から赤っぽい肉の塊の様なものが飛びだしたのだ。
 野球ボールより少し小さいソレはトクントクンと小さく脈打っていて、最初は心臓が飛び出したのかと思ったけど、ソイツは見る間に縮んで行き最後には小さな黒い点になるとスゥーッと空中に飛び上がった。
 針の先くらいの小さな点がいつまでも見失う事無く目で追えたのはその周りがまるでレンズが飛んでいる様に歪んで見えたからだ。
 そしてソイツは部屋の中をメチャクチャに飛び始めた。
 しかも、ただ飛ぶだけじゃなく、それが何かにぶつかるとそのモノが消えてしまうのだ。
 最初に消えたのは枕元に置いてあった文庫本だった。しかもそれは数日前に綾香が面白いから読んでみてと貸してくれたものだった。
 しかも、普段マンガしか読まない僕はまだ一ページも読んでなくて、笑っちゃう事にタイトルもよく憶えていなかった。
 次に消えたのは机の上に置いてあったラジカセだ。本が消えたのを目の当たりにして『えっ!?』と声を出した瞬間、ソイツは僕の顔を掠めるように飛んで机の上に置いてあった古いCDラジカセにぶつかって行き、一瞬先にラジカセは消失していた。
 その他には壁に貼ってあった校外学習の時にクラスで撮った写真や、小さい頃に自分の誕生会で貰ったこまごまとした置物などが消えていった。
 何が起こったのか理解できないでいた僕がそれを解ったのは、次に犠牲になったのがベッドの上でくしゃくしゃになっていたタオルケットだったからだ。
 何を思ったのかその点がベッドに向かうと、タオルケットの一端がつまみ上げられたように立ちあがって、そこを先頭にしてシュルルと黒い点に呑み込まれて行ったのだ。

 ブラックホール……。

 僕の頭に浮かんだのはその名前だった。
 巨大な重力のせいで自らを底なしの淵に落し込み、近づくものを片っ端から呑み込んでゆく。光さえも捉えて離さないからあたかも黒い穴の様に見え、周りの光線さえも歪めてしまう。
 部屋の中をゆらゆらと漂う黒い点は、そんなブラックホールのイメージにぴたりと合致した。

 これはきっとマイクロ・ブラックホールだ。
 僕の身体から飛びだしたソレを、僕は感動にも似た心持ちで飽くことなく見つめ続けた。

 当然の事ながら、土日が終わって月曜になっても僕は学校へは行かなかった。
 金曜日の夕方から月曜日の朝まで。僕は二回の夕食時を除いてはずっと部屋に閉じこもり、家族とも話しをしなかった。
 でも、苦しいとか悲しいとかいう感情でそういう行動に出た訳ではなかった。僕の心は不思議な空虚感に満たされていて、とにかく外に出てゆくチカラが涌いてこなかっただけなのだ。
 その間行った事といえば、例の部屋の中をふらふら飛び周る黒い点を台所から持ってきたハチミツのビンに閉じ込めただけだった。
 何故そうしたのかと問われれば、危なそうに見えたから、としか言い様は無い。何しろ相手は小さいとはいえブラックホールなのだ。少なくとも僕にはそれがブラックホールに見えた。
 最初、埃だらけだったビンを軽く雑巾で拭ったもので捕らえようとした時、ブラックホールはそれを嫌悪するようにするりするりと逃げていた。だけど、なんとなく埃っぽいのが嫌なのだと気付いてビンをきれいに洗ってあげると今度は逃げる事も無くその中に納まってくれたのだ。
 
 そうして幾日ほど呆けて過ごした後、僕はようやく何かをしなければ、と思ってのろのろと動き出した。
 まずやっておこうと思ったのは書きかけの手紙の処分だ。綾香へ手紙を出そうと思って書き始めたけど、なかなかうまく書けないし、書き損じも多い。挙句の果てには読み返すと赤面ものの文章だったので出さずに全部を鍵の掛かる机の引きだしに入れて置いたのだ。
 それを細かく切り裂いて捨てれば良いのだけど、書いたときの自分の気持ちを考えるとそんな事はできなかった。
 そして考えた末にそれを例のブラックホールに呑み込ませることにした。

 本棚の上に置いてあったビンを取ってフタを開けると、黒い点が周りの空間を歪めながらふわりと出てきた。そして久し振りのビンの外の空気を楽しむようにふらふらとその辺を飛びまわる。
 僕は数枚の便箋を端を持ってブラックホールに近づけた。
 するとアイツはするりと近寄ってきて便箋の反対側の端に触れるか触れないかの内に「シュルルッ!」と勢いのある音をたてて便箋を吸い込んだ。

 続いて僕は引き出しの奥から写真屋でくれるタイプのミニアルバムを取り出した。ポケットの半分くらいが埋まったそれを開くとそこにはいろんな表情の綾香がいた。
 殆どが太一や何人かが一緒に写った写真で、そこには普段は剽軽な表情を見せる事が多い綾香の真剣な目や、楽しげな笑顔、あまり見た事が無いつまらなそうな表情までいろんなものが入っている。
 一番気に入っている写真は、白黒で正面から無表情な綾香の顔だけが写っているものだった。
 校外学習の時に写真部の同級生が撮ったものを見せてもらった時に自分や太一や他の友人の写真と一緒に貰い受けたもので、諸般の事情で本人たちにその写真は渡たしていない。
 僕はそれらの写真を一枚づつ抜き取って頭より少し高く掲げる。
 するとブラックホールのやつは嬉々として近寄ってきてはヒュルヒュルと美味しそうに呑み込んでいった。

 そのころ僕は既に気がついていた。
 このブラックホールは何でもかんでも無節操に呑み込む訳けじゃ無い。何かしら綾香に関係がありそうなものを好むみたいなのだ。
 中には関係無いものも含まれているけど、なにしろそれはぼくの口から吐き出されたものなので、かなりの勘違いや間違いがあるのはしかたがない。
 そうして僕は最後に一番気に入っている写真を持ち上げた。

 ヒュンッ。

 少しだけチカラを込めて持っていた写真も表側の光沢面に少しの抵抗を残しただけであっけなく黒い小さな点の中に、底無しの深い穴の中に落ち込んで行った。

 はぁ……。
 僕は深いため息を吐いてベッドの掛け布団の上にゴロンと横になった。
 生みの親とも言える僕の過去と現在と未来を呑み込んだブラックホールのやつは食欲を満たしたのか、僕の顔の上の天井付近を物憂げに漂っている。
 いつのまにかあの日から一週間が経っていた。太陽は大分傾いていて中学校だったら放課後の部活で薄っすらと汗をかき始める頃だった。

 何も考えずにただ黒い点を眺めていると、玄関チャイムの鳴る音が僅かに聞こえた。
 すぐに母の「はーい」という声が聞こえ、続いてドアの開く音がした。
「こんにちは、先生に頼まれてプリントを持って来ました」
 多少気取っている様にも思えたけど、聞き憶えのある声はやはり綾香の声だった。
 わざわざ先生に頼まれて、というあたりが迷惑そうに聞こえて僕は身体が更にベッドにめり込んでゆく様な気になった。
「あら、あなた綾香ちゃんじゃない?」
「あ、はい。ごぶさたしてます」
「あらぁ、すっかり女の子になっちゃったわねぇ。挨拶もちゃんとできてウチのドラ息子が恥ずかしいわ」
「いえいえ、母には弟よりがさつだって言われるんですよ」
 玄関先の声は良く響いて、二階の僕の部屋まで鮮明に聞こえてくる。
「あらそうなの、でもお母さんにそっくりね。そういえば――」
「あの、すみません。風邪だって聞いたけど、今は起きてますか? プリント、説明しないと解らないからって――」
 綾香は母さんの長話しに付き合わされるのは危険だと察知したのか、見事なまでに話しの腰を折ったみたいだ。
 僕は許されるならそのコツを教えて貰いたいと思った。
「あ、そうね。ってゆーかあれ仮病なのよ。調子悪いとか言ってるけど、ごはんはちゃんと食べてるし、あたしがお使いに出ると冷蔵庫とか漁ってるみたいだしね。綾香ちゃんからもガツンと何か言ってやってね」
 まったくかあちゃんは恥ずかしい。ああやっていつも僕に恥をかかせるのだ。
 と考えている間に、階段を登ってくる音が聞こえてきた。と思ったら、ノックもせずに部屋のドアが開いた。
 僕は慌てて起き上がる。
「起きてるんでしょ。ほら綾香ちゃんが来てくれたわよ。憶えてるでしょ? 小学校一年の時……」
「あのねぇお母さん、今同じクラスだから来たんだろ。何言ってんだよ。余計な事言わないでよ」
「あらそうなの。知らなかったわ」
「良いから行ってよ」
 僕は心の底から嫌そうに母さんを追い払った。
「わかったわよ。じゃあお茶でも持ってくるわね。ジュースか何か有ったかしらね」
「いえ、お構いなく」
 部屋の外、母さんの後ろから綾香の声が聞こえた。
 じゃお茶でいいわね、と言って母が去って行ったが、行きしなに「綾香ちゃん、危ないからドアは開けておいてね。親としては一応信用してるけど」と言い残した。
 まったくよけいなことばかり言う。

「大丈夫なの」
 母さんの気配が完全に消えてから。言われた通りにドアを開けたままにして綾香が部屋に入ってきた。ぐるりと部屋を見渡す。
「ふーん。この部屋あんまり変ってないんだね。プリントは机の上に置くからちゃんと見といてね――。ねぇ座って良い?」
 そう言い終わる頃にはドアの少し前に正座した。学校の帰りなのか制服のスカートの裾が少しだけふわりと拡がった。
「あの、あんまりって、この部屋にきた事あったっけ?」
 僕は意外なせりふに声が裏返ってしまった。
「憶えてないの? 小学校一年の時、お誕生日会に呼んでくれたじゃない」
 綾香は不満そうな顔をするが、僕の記憶の中では僕の誕生日会に女子を呼んだことは無い。
「ああ、あたしってあの頃は本当に男の子みたいだったからね。もしかしてあたしを男子だと思ってた?」
「そうそう、綾香ちゃんはお誕生日会に来てくれたのよね。小学校に入って最初の誕生日だったからあたしもよく憶えてるわ」
 いつの間にかお茶を載せたお盆を持った母さんが部屋の入り口に立っていた。ちょうどお茶でも飲もうかしらって用意してたトコだったの。と、まったく油断できない。
 あの時頂いたプレゼントで壊れないのは――、と言いかけて。あら変ね、本棚の上に置いてあったのに……とぶつくさ言いながら母さんは階段を下りて行った。

 いただきます。と言って綾香はふうふうと吹いてお茶を飲んだ。お構いなく、とは言っていたけど、実は喉が渇いていたらしい。僕はジュース頼めば良かったと少し後悔した。

「ねえ、もしかしてあの事で学校を休んじゃってる?」
 綾香はごく小さい声で、困ったように聞いてくる。
「ごめんね。あたしってそういうのよくわかんなくて――。でも、少し考えさせてって言ってるのに走って帰っちゃうんだもん。あたしびっくりしたよ。もしかして一杯食わされたか、って暫くあそこで固まった」
 綾香はそこでまたズズズとお茶を啜った。
「返事ね。あたし、つきあってもいいよ」
「へ?」
「だからいいよ、って。でも、つきあうって何するの? あんまりすごいのはムリだよ。お母さんも心配してるし……」
 綾香は階段の下の方を見て言った。
「何って言っても…… とりあえずは今までどおりで、だんだん考えて……」
 実を言うと僕もどうしたいとかは考えていなかった。あの時はただ、好きだという事を伝えたかったのだ。今ではそれさえもあの黒い点に呑み込まれて、何が何だかわからなくなっている。
 必然的に天井のあたりを見る僕の視線を追いかけて綾香は何かに気がついたみたいだ。
「え、あれ何? あの、黒い点――。なんかすごい存在感なんだけど……」
 母さんはまったく気が付かなかったのに、綾香にはあれがはっきりと見えるみたいだった。
「あ、あれ? あれはなんて言うか」
 僕があらためてそれを見ると、なんとそれは少し膨らんでいて、しかも細かく振動しているように見えた。
 ブーーーン。
 言葉で表現するならそんな感じだ。

「え、なに何? なんか膨らんだみたいだよ」
 綾香は目を丸くしてブラックホールを見つめている。
「でも、今までと同じなら良かった。あたし、つきあったら今までと変らなきゃいけないのかなって、ちょっとビビってたよ。それにしても、あれ絶対すごいよ。世紀の大発見かも」
「でもさ、とにかく他の人とはつきあわない事にするよ。そのくらいで良いでしょ」
 そう言って綾香はウインクをした。いまどきの中学生は絶対に行わないけど、僕は綾香のそういうところも好きだった。
 その時、ブラックホールのやつはブルンブルン大きく震えて何かを吐き出した。

 ベッドの上にボトンと落ちたのは、古いCDラジカセだった。乾電池も入れてある古いラジカセには、母さんが若い頃聞いていたというオールデイズのCDが入っていて、スウィッチも入れていないのに勝手に音が鳴りだした。
 曲は「Stylistics」の「Can't give you anything, but my love」だった。
「あ、これ聞いた事ある」
 ラジカセが飛びだした事に驚いた綾香は音楽に聞き入る仕草をした。
「でも曲名は知らないけどね」
 それを聞いて僕は少しほっとした。日本で流行った頃のタイトルは「愛がすべて」だなんてとても言えない。
 ブラックホールまだブルブルと震えていてなんだか怪しげな雰囲気だけど、綾香は気付いていないらしい。
 そしてポンッといって次にヤツが吐き出したのは本棚の上に置いてあった古い指人形だった。それは正座をした綾香の膝の上に五つそろって落ちてきた。
「あ、これ持っててくれたんだ。実はこれ誕生日プレゼントにしてから自分でも欲しくなってお母さんに買ってもらったんだ」
 え、そうなの? と思いながら僕は不穏に振動するヤツの動きを見ていた。
 そして次々と僕が隠しておきたい品々を綾香の前に披露してくれた。
「あ、あたしの写真。手紙もあたし宛て?」
 部屋中に散らばる恥ずかしい品を集める僕を横目に綾香は一番見られたくない手紙を抱えて背中を向けてチラチラと読んでいる。
 僕が返せよ、と言っても。あたしの名前が書いて有るからあたしのだよ、と言って抱え込んでしまった。
 肩を掴んでこちらを向かせようとすると「やだー、なにすんのー」と大きな声を出した。
「どうしたのーっ」とすかさず一階から声が掛かる。
 僕が半ばパニックに陥っていると、ブラックホールのヤツはいよいよ耐えられなくなったらしく――。

 バンッ! と大きな音をたてて爆発した。

 まだ読んでもいない借り物の本や、書き損じの手紙。何枚もの写真やその他もろもろが天井から降ってきて、最後には大きく広がったタオルケットが僕と綾香をふわりと包み込む。
 僕と綾香はタオルケットを被ったままで見つめ合う。その一瞬、宇宙の時間が止まった気がした。
 母さんが階段を上がって来る音がする。
「いやーっ、やめてー」
「何やってんのあんたたち!」
 勘違いした二人の声。そしてタオルケットから逃れた綾香の平手打ちが僕の頬に炸裂。反動で横を向いた部屋の入り口には母さんの驚愕の顔。
 そして綾香は立ち上がると、おばさん違うのよ、と一応弁解の言葉を残しながら「さようなら」と言って帰ってしまった。
 その後、母さんに全てを白状させられ、悪い事をした訳でもないのに叱られ、また同情もされて散々だった。
 次の月曜日。今度はどんなに体調が悪いと言っても信じてもらえず。僕は重い心で学校に行った。

 あれから一ヶ月。
 もうすぐ冬がやって来るけど、以外と僕の心は温かな気分で一杯だった。
 あれが不可抗力であった事を理解している綾香は、返してくれそうに無い手紙を少しだけ気に入ってくれたみたいで、以前の様に皆で行動する時にも前とは少しだけ立ち位置が違っている気がする。
 つまり僕の近くに居る事が多くなった。
 今となってはあのマイクロ・ブラックホールが消えてしまったのが少し残念な気がするけど、きっと無い方が良いのだろうと僕は思っている。


 おわり
G3
2011年12月14日(水) 23時19分01秒 公開
■この作品の著作権はG3さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
よろしくおねがいいたします。
m(__)m

この作品の感想をお寄せください。
No.7  G3  評価:0点  ■2012-06-13 22:50  ID:v1oYWlDv7GQ
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 みなさま、ご批評ありがとうございました。いつの間にやら書き込みが増えていて嬉しいやら恥ずかしいやらで困ったものです。
楠山歳幸様
 とっくに少年の頃を過ぎてしまったので、感覚にズレが無いか(きっとズレてる)心配でしたが、厳しい指摘も無くよかったです。とにかく作者に勢いが無いのでなかなか元気なものは書けません。なんとかリハビリして湯k体と思います。

ハギノ様
 綾香さん。やっぱり喰われた方がよかったでしょうか? 作者としては彼女には不幸が訪れて欲しくないので、まあこんな感じで手を打ってしまいました。

陣家様
 少年の思考に違和感が無くてホッとしています。(いい大人としてはどうなんだろう?)本当はもっとドタバタな展開にすべきなのかなと思ってますが、諸般の事情でここへです。星新一。良いですね。「おーい出てこい」かなぁ。ブラックホール。。。 ビンの内側にバターって。どこのネタなのでしょうw

 という事で、皆様ありがとうございました。新作も載せたのでよろしくお願いいたします。
No.6  陣家  評価:30点  ■2012-02-19 23:11  ID:1fwNzkM.QkM
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拝読しました。

いいですね、少年の視点、思考がとてもリアリティがあって。
主人公が思いを寄せる綾香がイメージが特に丁寧に描写されていて、こうなるとどうしても読み手は主人公に思い入れを高まらせてくれますね。
うまいと思います。

やっぱりでもブラックホールがもう少し前に出てきて欲しかったですね。
僕はおっしゃられている小松左京氏の作品は思い当たりませんでしたが、ちょっと星新一の穴にいろいろ捨てるSSを思い出しました。
あと、ブラックホールを捕まえる小瓶の内側にはバターが塗ってあれば完璧だったのになあ、と思ってしまいました。

しょうもない感想ですいませんでした。
No.5  ハギノ  評価:30点  ■2012-02-17 22:55  ID:kj4gSt0llWw
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はじめまして、ハギノと申します。
自分が書いたのと同じくらいの長さだな、と思い読ませていただきました。

みなさんと同じような感想で恐縮ですが、ブラックホールのネタが面白かったです。
私も綾香ちゃんがブラックホールに食われちゃうんじゃないかと思ったのですが、なんだか平和な最後でよかったです。
ただ、せっかくのブラックホールだったので、やっぱもうちょっと前に出てきてもよかったんじゃないかなと思いました。
すらすら読めて面白かったですが、主人公がヤマで受け身すぎなのもどうなのかな、なんて思ってみたり。
結局、彼女が「付き合ってもいいよ」って言ってくれなかったら、主人公は不登校から立ち直れな(?)かったのかな、と思うと微妙な気がするのでした。
彼女の容姿や雰囲気が好みだったので、なんかうれしかったですv
No.4  楠山歳幸  評価:30点  ■2012-01-03 23:20  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。

 少年の描写が自然に等身大と言う感じで良かったです。僕もあの頃を思いながら感情移入させていただきました。お母さんも「家政婦は見た」風でいい味が出ていて、よけいな心配をする所が楽しかったです。そのためラストの出来事も主人公の衝撃ぶりに共感しました。欲を言えばもう少し慌てる所が見たかったです。上のご指摘のようにちょっとブラックホールの活躍が薄いかなと感じましたが、テーマとほんわかした雰囲気に合っているかな、とも思いました。
 
 失礼しました。
 
No.3  G3  評価:--点  ■2011-12-18 14:50  ID:E.rSGHVegM6
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・ゆうすけ様
 ご批評ありがとうございます。いつまで経っても大人になり切れない情けないヤツであります。
 近頃はハッピーなものを書きたいと切に想っておりますので、こんな感じのものになってます。ただ、普通に思考するとバッドエンドにしか行かず、おまえのハッピーってこんなもの? と問われるとがっくりと肩を落すしかありません。ちなみにこの作品はタイトルが示すようにこの結末有りきで書きました。ビッグ・バンからこの宇宙が成長を始めたように、パチンとはじけた後に何かが生まれ育って行ったら良いなって思ったのですが、そこまで想像してもらうには至っていないかもですね。

・相馬様
 いつも暖かい目で見て頂きありがたい限りです。ゆうすけ様にも書きましたが、近頃はハッピーエンド志向です。 実は私も6月から仕事が変って日々忙殺の毎日です。(忙殺:心が亡くなってさらに殺されてって随分ですが)
 ブラックな試作品の山からそうでないものを取り出して仕上げてみる(仕上がってないかも知れませんが)という事をやってます。実際には悲しい結末の方が書き易いし受けも良いかなぁとは思うのですが今はちょっとこちら寄りです。
 彼女がブラックホールに吸い込まれるとか、記憶だけって、面白いですね。キーワードを得た瞬間に、彼女への歪んだ愛情が渦を巻いて呑みこんで行く様を想い浮かべてしまいました。

 ちなみにこの作品は故:小松左京氏へのオマージュとして書きました。どの作品へかは恥ずかしくてここでは言えませんけど。
 引き続きよろしくお願いいたします。m(__)m
No.2  相馬  評価:40点  ■2011-12-17 16:36  ID:JoChj8QtJww
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 拝読しました。

 G3さんのTC作品はほとんど拝読しましたが、一番緩やかな(いい意味で)作品だったのではないでしょうか。
 私も彼女がブラックホールに吸い込まれるんじゃないかと思ってました。それじゃありきたりかなとも。
 ブラックホールに彼女に関する記憶だけを消し去ってもらって……みたいな展開を期待しちゃいました。
 軽めのブラックエンドが好みだと思っていましたが、前作から雰囲気が変わったんでしょうか。変化をつけられるのは私には中々出来ないので羨ましい限りです。
 
 今年は九月から一気に忙しくなって、物を書く暇もなかったのですが、来年は投稿に挑戦しようかと思います。
 
No.1  ゆうすけ  評価:30点  ■2011-12-16 10:37  ID:oTFI4ZinOLw
PASS 編集 削除
拝読させていただきました。

ネタばれあり。本文を読んでない人は読まないで下さいね。

少年の心が感情移入できていいですね。グループに入りにくい煩わしさとか、学生時代を思い出しました。G3さんは、たしか私より年上だったはずですよね。少年の心を持ち続けているのかな。
特定の対象に関するものを選択的に吸収するブラックホール、面白いなとまず思いました。さて彼女が部屋に来て、もしかして彼女も吸いこまれちゃうんじゃないかとか、彼女に対する感情を喪失した主人公に冷たくあしらわれるんじゃないだろうかとか、バッドエンドになりそうだと思っておりましたら、安全な場所に無難に着陸したような感じになってしまってちょっと拍子抜けしました。微笑ましいエンディングではありますけど、ブラックホールが活躍しきれていない気もします。ブラックホールが爆発した瞬間に、好きだという感情も爆発的に高まるとかもありかな。
総レス数 7  合計 160

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