月食のはなし |
煙草をね、こう、くゆらすんですが、紫煙を吸って吐き出す時に、分かりますか?、一度こうやって口の中に溜めて、ゆっくりと、細く細く吐き出していくのです。 ――と、彼は自慢の口髭を揺らしながら実践してみせる。 細い糸のような煙が、ゆらゆらとたゆたい登っていく。 ゆらゆら…… ゆらゆら…… 月の夜。田舎に設えた粗末な別荘の、夜空ばかりが贅沢なバルコニー。 ほら、小さな星々の瞬く夜を遠景に、白い煙が登っていきます。まるで、宇宙の旅行者のようじゃないですか。 ――などとセンチなことを言ってみせる彼は、普段は厳格に数字を追う超の付くほどの現実主義者だ。 あぁ、ほら、見てください。 ――彼が空の彼方上空を指して感慨深げに、 月が釣れそうですよ。 ――などという。およそ月などと言うものは釣ろうとて釣れるものでなし、そもそも釣ろうとするようなものではない……のだが、あぁ、確かに、月が、半円に少し足りないぽってりした月が、ぶるりと身悶えした。 あれは美味そうな月ですな。 ――と彼はそんなことを言う。月を見て美味そうなどと評するのはどのような心境なのだろうか。理解に苦しむ。どだい月などは喰えるものではなかろうに。 おや、知りませんか。月はね、美味いんですよ。 ――と彼は真面目な顔で言う。おいおい、冗談はよせよと言ってみたが、彼は相変わらず薄く嗤うばかりでこちらのことなど気にも掛けない様子で空を見ている。 おっ、釣れた。 ――彼は自分が吐き出した煙を手繰って、それを引き寄せた。 「それ」とは、あぁ、こんなことがあるものか。 彼の白い皿の上に皓々と輝くぽってりとした半円に少し足りない――月があった。 では、いただきます。 ――彼は一言、美味いと言って、それを全部平らげた。 月食の話しなそうな。 |
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2011年11月14日(月) 01時43分00秒 公開 ■この作品の著作権はおさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.3 えんがわ 評価:30点 ■2013-01-19 17:19 ID:43Qbmf87t4Y | |||||
自分はおさんの作品とはフィーリングが合わないのかなーと思っていました。 何というかサービス精神が有りすぎて引いてしまうというか、ちょっと身構えてしまう設定の詰め方みたいな感じを受けてたんです。 うーん、文章やテクは本当に凄いと思うんですが、感覚的なところでどうもシックリしないような。 でも、この「月食のはなし」は、かなり印象に残っていて、今、改めて読み直してみると、凄く心地よく楽しかったです。 大好きな漫画の「美食王の帰還」を彷彿とさせる不思議さがあって、おさん独特の空気感もあって。 >月はね、美味いんですよ。 月を食べる、月食。 月ってどんな味がするんでしょう? お菓子のように甘いのかな、オムレツのように卵っぽいのかな、とか。 こういうキーポイントを読者に委ねるのは、凄く味があって、上手いなー、旨いなーって思います。 三語小説とは思えないほど、しっくりと文章が胸の中に入っていきました。 所々の表現も詩的な感じがあって、行間を感じさせる話な気がします。 実際に改行のスペースを多くとっていて、横書きなのが味があって、とてもネット小説向きな作品だなーと思いました。 文章のベストな展示法をしているというか。 あー、藤村さんと同じく(かな?)、とても力が抜けていて、でも手抜きじゃなくて、広がりがあって、憧れてしまいます。 |
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No.2 昼野 評価:30点 ■2011-11-19 02:37 ID:FJpJfPCO70s | |||||
読ませていただきました。 面白いといえば面白いんですけど、ありがちといえばありがちかなとも思いました。 さらっと書いててなおかつばしっと決まってる感じは格好いいなと思いました。 |
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No.1 藤村 評価:40点 ■2011-11-17 22:15 ID:a.wIe4au8.Y | |||||
ずいぶんのあいだ、軽さ、みたいなことを考えているのですが、こういう作品みたいな軽さはいまだにどうやったら体得できるのが皆目見当もつきません。 ので、こういうのを書いてみたいなあとどうも強くおもってしまったのでした。 いらないものがなにもなくまたたりておらないものもない。のではないでしょうか。ぬん。眼福です。 |
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総レス数 3 合計 100点 |
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