招く手
 地下鉄の駅、人混みの中にいる。
 駅の構内を埋め尽くす蒼白い蛍光灯の光明(あかり)。まばゆいばかりに煌々と、地上より彼方、地中深くにある不安を打ち消すようにとうとうと灯る。蒼白く照らし出される大勢の人、人、人。取り囲む壁のような人の群がりの向こうにまだ人がいて、その先もっとずっと先まで人がいて、人、人、人で埋め尽くされて、無尽蔵な誰とも分からない有象無象が、わらわら、うねうね、どよどよと。
 僕は、
 そのただ中に、
 ぽつんと一人で立ち尽くす。
 蔓延する人いきれ。汗と息から放たれる熱と湿り気が集い積もり充ち充ちてむぅぅと詰まって押し寄せる。意味をなさない話し声の集積された雑音。ごみごみと、うねうねと、蠢く黒い球体の無造作な羅列が巨大な蟲の腹を思わせ吐き気をもよおす。
 圧倒され、埋没する自我。
 僕は――、
 消沈してかすれていくのは、僕の中のどの部分だったろう……。輪郭を無くす意識。同化し補完される人格だったものの残滓、あるいは記憶を伴わない自我。
 目の前にぽっかり空いた、列車の滑り込むのを待つ線路(チューブ)。そこにいたって雑踏は静寂に、それは静寂よりも鎮かな静謐、あるいは、予感。予感の先にあるのは静謐を呑み込む闇がり、底のない闇。光からはみ出て視界より閉ざされたその先に潜む、未知。
 闇は、怖い。分からないから、怖い。光の消失したその向こうがここと同じ、人が統べる、確固たる物の輪郭を持つ物質から成る世界が今この瞬間も続いているなんてことを、誰がどうやって証明し得ようか。見えない、聞こえない、触れられない、その先に何があるのか、何がいるのか、何が蠢くものか。
 今、この瞬間にも、闇の向こうから、
 じっと見ている。見られている。
 何かが――、ほら、聞こえる。音が。
 ひた――、ひた――、
 取り巻く雑踏の向こう、この世の騒音を突き通して、静かに、ねっとりと、滴るように、
 ひた――、ひた――、
 あぁ、来るな。何かが、正体の分からない、正体のない、何ものでもない何かが、ゆっくり、じっとり、たくさんの人のいる中を、たくさんの笑顔、仏頂面、そんなものを嘲笑い、怯える僕を嘲笑い、
 ひた――、ひた――、
 闇があるべきところから漏れ出し、霧の押し寄せるように、冷たく、じっとりと、脂のにじみ出すように、ねっとりと、光を打ち消し、呑み込み、じわじわと、急速に、溢れ出す。
 そこから――、
 にゅぅぅーと伸びる、白い、蒼い、腕。しなやかで骨張った、女性のものと思しき、腕。闇から生える、ただそれだけの、腕。持ち主のない腕が、僕の方へ伸びて、ゆらゆらと、闇を連れて、人混みを掻い潜って、僕の元へ、おいで、おいで、と、僕を、求めて、招いて、僕は、あの腕が、白くて細くて滑らかで指のすらりと僕を招くあの腕を、僕は、
 僕は――、

 う、うひゃひゃひゃあ

 嗤ったのは、僕だった。
 頸筋を襲うくすぐったさに、思わず身悶えする。ぞわぞわぁと背筋を駆け上がる、嫌悪感とも違う、快感にも似た震え。お腹の底がむず痒くなって、思わず声が出た。それも、けっこうな声量で。
 周囲の視線が冷たく突き刺さる。
 恥ずかしい。
 何ごとが起こったのか瞬時には理解できず、思考が真っ白になって、かぁと頭が熱くなる。それでいて、鼻孔をくすぐる甘い香りに意識は引き寄せられ、取り込まれ、その香りにいつまでも包まれていたいという思いに囚われる。
 気が付けば、闇はあるべき場所に収まり、明るすぎる蛍光灯の明かりの中、人々の気楽な話し言葉が雑然と聞こえる、いつもどおりの地下鉄の駅に呆然と突っ立っていた。
 あれは、何だったのだろう。
 今でははっきり思い出すことすらできない。闇が間近に迫り、その闇の中から……、あれは……たしかに腕だった。白くて細くて艶やかな、女の人の腕。それが、僕を招いて……
「なかなか面白いモノを連れて歩いてるじゃないか」
 耳元に囁きかける声に、ぶるっと身を震わせる。別の所へ行きかける意識を引き戻すのは、芳しい甘い香り。温かく、どこか切なくなるような。その香りの主は、僕のすぐ側に立ち、興味深げに僕を見上げる。
「君は誰――」
 と言いかけて、僕は眼を見張った。
 自然に流れる黒い髪は背中くるりと跳ね、ほっそりとした小さな顔立ち、少し切れ長の眼に収まる瞳のわずかに翠掛かった澄んだ眼差し。小さいめの鼻、薄い唇の化粧もしないのに艶めかしく光る紅。僕はもう、片時も彼女から目が離せない。
「なんて、綺麗な人――」
 慌てて口を塞ぐ。
 彼女の表情が一瞬だけきょとんとして、それからくすくすと顔を背けて咲い始めた。
 途端にかぁーと頭に血が上り、耳の先まで熱くなって全身から汗が噴き出す。
 うぅ、やってしまった。
 呆れられるか、怒られるかと思っていたら、彼女はひとしきりまで咲い続け、そのうち、くすくす咲いを通り越して、大口を開けて笑いだして、どうにも止まらなくなって、大きく右手を振りかぶって僕の背中をばしばし叩きながら、それでも笑い続けて、
「君、良いわ。とっても良い」
 となぜか僕を褒めた。いや、この場合はやっぱり褒められてはいないのか? 
「ごめん、ごめん。あんまり君が素直だから、つい、ね」
 彼女は目に涙を溜め、まだ頬をひくつかせながら、僕の肩を撫でる。
 温かい、柔らかな手。
「ともかく、君、少し下がった方が良いな。いつまでもそんなところにいると、列車が来たときに巻き込まれてしまう。よもや、自殺志願者というわけではないんだろう?」
 いつの間にか、ホームの線路際ぎりぎりに立っていた。え? と思ってホーム下の線路に目を遣ると、奈落の底でも覗き込むような気になって、危うくバランスを崩しそうになる。僕は慌ててたたらを踏み、足をもつれさせながら二三歩ホームの内へ逃げ込んだ。
「なんで、こんなところに立ってるんだろう」
 記憶にある限り、確かに僕は列に並んで列車を待っていた――はず。
「憶えてないのかい。では、アレも見ていないのかな」
 記憶に幾ばくかの空白がある。
 空白――いや、闇、か。
 闇の中に何か……、あぁ、あれは……、
「あの、白い手」
 暗がりから、にゅぅぅーと伸びる……
「あれは、一体、誰の?」
 僕を招く。白く美しい腕。いつか、どこかで、見たような気もしなくはない。いつ、どこで……。
「もっともな問いだろうけど、その答えは君しか知り得ないだろうね」
 彼女がそっと咲う。どこか不敵さをも思わせる笑みで。その小悪魔的な瞳の燦めきが、なおのこと彼女を魅力的に見せる。
「君は多分、待っているんじゃないかな。その誰かを」
「待ってる……、僕が?」
 むしろ僕は招かれていた。闇の中からおいでおいでと僕を招く白い指。僕はその招きに応じた方が良かったのだろうか。そうしたら、僕は一体、どこへ連れて行かれるのだろう。光一筋も届かない深い深い闇の中を通って。それにしても、それを阻止したのは他ならぬ彼女ではなかったか。
「まぁ、人の考えることなんて分からないけどね」
 そんな気がしたんだよと彼女は僕の瞳の奥を覗き込んで言った。
「さて、君に教えて欲しいことがあるんだが、東西線に乗り換えて醍醐駅に行くにはどうしたら良いものかね」
 聞きたいことはまだある。けども、それで彼女を引き止めることにはためらいがあった。それもこれも、あくまで僕のことなのだから。
「それなら、あの階段を上がってぐるりと回り込んでまた階段を降りないと」
「そうだったのか。ボクはてっきりこのホームから直接降りれるものだと思っていたよ」
「それは反対側のホームのことだよ」
「そうだったか、どうやらボクは勘違いをしていたようだね」
 じゃあと言って、彼女は僕が示した階段の方へ歩いていく。
 じゃあと言って、僕は列車を待つ列の最後尾に並ぶ。
 携帯番号を聞く勇気はないけども、せめて名前くらい聞いておけば良かったと後悔したその時、地下鉄の列車が滑り込んできた。
 僕はその列車に乗って北山駅へ向かう。
 列車の中はさほど混雑していなかった。座れないこともなかったが、せいぜい十分くらいのことだからとドアの横に立つ。程なく出発する列車の、ほどよい振動。車窓に流れるのは暗がりの壁。
 ごとんごとん――、ごとんごとん……
 心地よさにうとうととする。
 彼女はほんとうに綺麗だった。あれだけの美人を見たのは、田舎から京都の街に出てきて初めてだろう。京美人という言葉はあるけど大学は寄せ集めだから必ずしも京女ばかりが集まってるわけじゃなし、そうそう可愛い女子ばかりじゃないのはまぁ当たり前のこと。それに、彼女の美しさは学生の可愛いとはまるで一線を画していて、人であることが信じられないくらいに。あれは夢だったんじゃないかと、今になればそう思えてしまう。
 田舎にいた時には姉がいた。姉は、美しい。彼女の美しさとはまた性質の違う美しさだが、本当に、身内びいきとかじゃなくて、本当に綺麗だ。彼女に勝るとも劣らぬくらいに。優しくて、強くて、美しい姉。僕の(、、)、姉。
 ごとん、ごとん――、列車は揺れる。丸太町を過ぎ、今出川の駅を出る。あと、北大路駅の次には北山駅に着く。さっきより少し人が増えた気がする。良く分からないけど。騒めきが遠くに聞こえる。
 窓の外には地下トンネルの闇がり。
 列車の明かりが漏れ、流れゆく。
 ごとんごとん、ごとんごとん、
 列車が揺れて、車窓も揺れる。
 僕も、揺れる。
 闇がりが、闇が揺れる。
 そして――、
 濃縮された闇が車窓からにじみ出る。
 じわり、と。
 ぬめり、と。
 ぬちゃり、と。
 粘り着く冥い霧のように。熱帯夜にまとわるぬるい風がどこからともなく吹いて、むぅとした熱気を湧き上げる。頭がくらくらとして、意識がぼんやりと、けれども視界ははっきりとして、そこを、溢れ出る闇の一点を見詰める。
 そこから伸びるのは――、
 あぁ、
 僕は待っていた。
 確かにそうかもしれない。
 僕は、待っていた。
 この時が来るのを。ずっと、以前から。僕を連れて行ってくれる誰かを。この世ではない、どこか別の世界。この世の価値観に縛られない、どこか遠く、誰も知らない、そんなところへ。
 僕は一歩、足を踏み出す。
 列車のドアが開いた。
 途端に嵐のように吹き込む暗闇が空間を圧倒し、圧迫して息が止まる。列車の中の明かりが一瞬にして掻き消され、弱々しくほのかな光を残して沈黙する。
 列車は走り続ける。闇に呑まれながらも。
 僕は吹き出る闇のただ中に立って、茫然と、あるいは決然としてそれを待っている。あの、白く艶やかで美しい腕を。その持ち主を。
 指先が見える。
 掌が、ひらり、ひらりと。僕を招いている。
 僕は――、
 そこへ行けば、僕は――、僕たちは――、何ものに煩わされることなく一つに……。
 闇が、融け込んでくる。
 どこに?――僕の頭の中に、僕の心の奥底に、触れることを許さない深淵へ、闇がぞとりと、融け込んで……
「アホか君は」
 声が聞こえた気がした。挑発的で自信過剰でどこか拗ねたようにも聞こえるボクっ子的な可愛らしい声。と同時に、頭骨の中を直接殴りつけられたような衝撃。はっとした途端、くらくらと立ちくらみする。
 闇が、元ある車窓の向こうへ減退する。ドアが閉まっている。幻覚――? でも、あれはあまりにも……。
 気配すら忘れていた乗客の声の騒がしさに何ごとかと周囲を見渡すと、列車の奥から人影を掻き分けて、いや、どちらかというと踏みつけるようにして、誰かが来る。
 のしのしと。ずかずかと。
 一斉に非難の声が湧き上がるが、彼女は一向に気にするふうもない。
「まったく君は驚くべき愚か者だな」
「どうして、君が?」
 また会えるとは思っていなかった。彼女は確か、東西線に乗って醍醐へ向かったはず。
「君の様子が気になってね。正解だった。まさか君が、こんな見え透いた安っぽい幻想に乗せられるとは思わなかったよ」
 彼女のしかめ面は、笑顔にも負けないくらい綺麗で魅力的だった。見惚れそうになる僕を彼女がキッと睨め付ける。
「あの腕のことかい?」
 じゃあ、あれは幻覚じゃなかったのか。でも、他の乗客は誰も見ていない。見ていた人がいたら、大騒ぎになっていただろう。でも、彼女には見えたらしい。これはいったい……。
「幻覚でも幻想でもそんなことはどうでもいいことだよ。問題は、君が愚かにも招きに応じて闇に落ちそうになっていたことだ」
「でも、君が、僕は待っていたんだろうって。だから……」
「だろうね、そういう誤解をしていると思ったよ。そもそも――」
 彼女は僕の胸をしなやかな指先で小突き、
「君は土地の信仰を奉じる旧家の生まれなんじゃないのかい」
 その通りだ。でも――
「なぜ、それを?」
 彼女は、それには応えず、
「得体の知れないモノの誘うに乗るなんて、最も戒められてきたことじゃないのかい」
 そう、まさしくそのとおりだった。祖母の言うことには、一にも二にも、見知らぬモノに付いていってはならぬ。この世ならざるモノに連れて行かれたら、もうこの世には戻って来れない。普段は優しい祖母だったが、僕がそういったモノに触れようとすると、人が変わったかのように怒り叱咤した。僕はその祖母の表情が怖くてよく泣いたものだ。その度に祖母は、もうしてはダメだと困ったようにたしなめていた。
「闇の向こうに理想郷なんかあるものか。あるとすれば、永遠の虚無くらいのものだろう。生命を投げ出すほどの価値はないと思うがね」
 彼女の表情をじっと見詰める。彼女はいったい、僕の何をどこまで知っているのだろう。
「何も知らないよ、君のことなんて。これっぽちも知りはしない」
「でも……」
「顔に書いてあることを読みたどっていけば、おおよそ今思ってることくらいは察しが付くからね」
「顔に……って、そんなに?」
「なにせ君は、昨今には珍しいくらいの純情な人みたいだからね」
 くくっと声を潜めて咲う彼女。
 純情と言われた照れくささにかぁっと熱くなる。田舎育ちだし、都会のように人や物が溢れてるわけでも、子供だったから複雑な人間関係に悩まされることもなかった。少なくとも僕は。山に囲まれた村。小さな田畑が段々に続き、川が流れ、無邪気に駆け回ったくらいしが思い出せない。なにかにつけ物事は単純だったように思う。姉や祖母はそうでもなかったかも知れないけど……。
 結局、僕がいつまでも子供で、どうしようもなく甘えたで、何も知らず、なにも感じず、祖母と姉の庇護のもとのうのうと過ごしてきただけなのだろう。僕は、薄っぺらでちゃちな、なんの取り柄もない、単純で、短絡で……
「やれやれ。君は、僕以上に君のことを分かっていないようだね」
 僕は、僕のことを厭になるほどよくよく承知しているつもりだ。だからこそ感情に流されてすぐに凹んでしまう。
「まぁ、君がそう思いたいならそれでもかまわないがね。まだ、今のところは。でもじき、そうもいかなくなる。僕の勘だけどね」
 彼女の勘が何を示唆するのかまったく見当も付かないけども、なんとなく彼女をがっかりさせてしまうのはとても残念な気がして、そんな気持ちになる自分が少し意外だった。
 何か返事をと思いながら巧く言葉が見つからずもごもごうする僕を、彼女が苦笑を浮かべて見詰める。
「あの腕――、また来るんだろうか」
「来るだろうね、君が待っている限り」
「僕が、待っている……。本当に、僕が、待ってる? どうして? 誰かも知れないのに」
「知っているさ、少なくとも意識の深層の部分では。君が意識できないでいるのか、それとも目を背けているのかは、君にしか分からないことだけどね」
 彼女は軽く肩をすぼめてみせる。その仕草はとてもキュートでドギマギしてしまうが、根本的な解決には程遠い。
「とこでいったい君は……」
「そういえば、まだ名前も名乗っていなかったね」
 あはは、と闊達に咲う。
「君はとても――その、魅力的で、不思議な人だ。君はいったい……?」
「さて、なんだろうねぇ。ひょっとした君を悪の道へ誘う陰魔の使いかも知れないよ」
 くすくすとおかしそうに咲う彼女を見ていると、なんとなく気分が落ちついてくる。なんとなく、大丈夫のような気がしてくる。本当に、不思議な人だ。
 自信に充ちた彼女の仕草は、どこか田舎の姉を思わせる。似てるわけじゃない。むしろタイプ的には正反対と言っても良いと思う。姉は美人だ。けど、彼女のような人の気を惹き付けるような類の美しさではなく、控え目で清楚な美しさ。でも決して儚げなだけではなくて、芯が強くて頼もしくもあり、誰よりも僕のことを愛して守ってくれた。
 僕はそんな姉に育てられたようなものだ。
 姉の手。透き通るほどに白くて美しい。あの腕に包まれ、撫でられ、僕は……、姉のことを……。
 視界に黒い点が浮かび上がる。
 ぼつ、ぼつ、と黒点が穿たれ、徐々に広がっていく。写真を焦がした穴が広がるように現実を侵食する闇。じりと、じりじりと。ずぶと、ずぶずぶと、鼻孔の奥をくすぐる焦げ臭さ。
「闇が……」
 迫ってくる。いや、そうじゃなく。湧き上がってくる、僕の中から。
 暗がりから、にゅうぅうと伸びてくるそれは……、
「よく見たまえ、あれは本当に君の望んでるものか」
「僕の――、望む……」
「泣きじゃくる君を優しくあやした手は、本当にそんなだったかい」
「違う――」
「頑張る君を励まし勇気づけてくれたのはそんな手だったかい」
「違う、違う、違う――っ!」
「そうだろうとも、よく見たまえ。それが、君が愛しい姉君のものだと思いこんでいた腕だよ」
「そんな――、まさか……」
 あの艶やかに白く清らかで美しい、温かく僕を包み込む、僕を優しく招くあの――、あぁ、今こうして見るとまるで違う、土気色に肌色悪く、がさがさと潤いなく、筋張り、骨張って、青い血管の浮き出た、それは老いだけでは語れないほどの醜悪さ。見た目だけじゃない、まとった雰囲気が、なにかどんよりと重く瞑く、そして、どうしてか生臭い。
「それが、人を棄てたモノの手だよ」
「人を――、棄てた……?」
 それっていうのは、どういう……
「なに、太古の昔、それこそ人の世に恋と~が生じた頃から繰り返されてきたことだよ。なにも珍しいことじゃない」
「それって、魔術とか、詛いとかって……」
「まぁ、そのように呼ばれる技術と考えて障りないね」
 平然と彼女は応える。まさかそんなことが……、
「詛いなんて――、今時そんなもの……」
「何を言っているんだい」
 片方の口の端を持ち上げる、人の悪い嗤み。美しい彼女の表情に蔭が、得体の知れない闇が差し込む気がして、僕はぶると身を震わせた。
「君の家は、何代にもわたってそういうことを生業にしてきたんじゃないのかい」
 鋭い瞳に込められたのは、ただ疑問ばかりではなかったろう。束の間、僕はたじろいでしまう。が、でも――、
「違う」
 飛び出した、意図したよりも遙かに強い否定に自分で驚く。
「確かにうちは鎌倉時代から続く古い家で、家の中に屋敷神様のお社があって姉が巫女としてお祀りしてる。けど、だからって呪いなんて。そりゃ、郷の人に頼まれて占いをしたりはするけど、人を詛ったりなんて断じてありえない。絶対にだ」
 肩で息を吐く。こんなに興奮してしゃべったのは久しぶりかもしれない。息を吐くと気恥ずかしさが湧き上がる。でも、姉のことを誤解されるのは我慢ならない。耐えられない。
「ほう。で、君はどうなんだい」
「え?」
「君はその祭事に関わるのかね」
 興奮する僕を軽くいなすように彼女は微笑んで問う。さっきの蔭はすでに消えて跡形もない。
「僕は――、そういうことには……」
「なるほど、それが一つの後ろめたさに繋がっているのか」
 彼女が声を潜めたので、僕はよく聞き取ることができなかった。
「なんのことだい」
「いや、いい」
 彼女はやや大げさめに手を振って、それ以上の言葉を否定する。
「ともかく、君のお姉さん大好きさ加減はよく分かったよ」
「な、そんなこと」
「で、アレなんだかね」
 彼女が指すのは――、
 列車内のドア辺り、立ち込める闇。そこから、ぬぅぅうぅと伸びる、それは――、
 白い手が、干からび精彩を失い節くれ立った手が、僕を、おいでおいでと招いている。
 不覚にも僕はその薄気味悪さに腰を抜かしそうになる。その手の甲に這う数匹もの蛆虫が、さらなる恐ろしさを増す。
「あ、あ、あ」
 情けないことに、声にならない喘ぎばかりが漏れる。
「少し、怖いかもだよ。覚悟して」
 ふふっと嗤う彼女の瞳にあの蔭が再び宿る。
 彼女がぱちんと指を鳴らす。
 と、枷が外れたかのようにアレが――あの死者の腕が、僕らに向かって迫り来る。
「う、うわぁぁ」
 闇が、背後にある夜よりも瞑い闇が大口を開けて、のぉぅぉ――、冥府の底から亡者が藻掻き喘ぐ声をぶちまけ、腹の底の臓腑をえぐり背筋を氷点下が駆け上がり脳髄を締め付け、見る間に広がり、視界を、視界を越える世界という時空間をあまねく包み――、五感を超越してのし掛かる恐怖という圧倒的な情動、身体の内からにじみ出るような冷たさ、熱さ、圧迫感、闇よりもなお瞑いところをさ迷う不安と焦燥、口腔が灼熱のごとく渇ききり、汗が噴き出て、身体が震えだし、視界が、世界がぶれて、揺れて、あぁ、僕はもう……
 僕の両頬を撫でる、愛おしげに、恨めしげに、ひらひらと蝶の羽を揺らすように、手が、僕の頬を撫でている。
 ぞぞぉぉ――と背筋に冷たい怖気が走り抜け、全身が硬直して、思考が弛緩する。
「や、やめろ、止めてくれ」
「肝心なのは、君が、君が望んでるものとソレが別物だと認識することなんだ。一縷の望みも残すことなく、完膚無きまでにね」
 彼女の声が遠く、光の速度をもってしてもたどり着けない別宇宙で響き、同時に耳孔の奥の岩窟と鼻孔の間で鳴り響く。
「違う、絶対に、こんなのは姉様の手じゃない」
「招かれた先、闇の向こうに何がある」
「何もない、何も、僕はそんなところに生きたいわけじゃない!」
「分かったよ。ゆっくり、眼を開きたまえ」
 知らぬ間に閉じていた瞼を、今ようやくそれと知り、恐る恐る、ゆっくりと開く。それは、簡単なようでとても勇気と自制のいることだと気付く。息を整え、覚悟を決める。
 薄闇の向こうに、形容の存在しない闇があり、そこから伸びる腕が、僕の顔を撫でる。その光景が厭でも目に入る。顔を背けたいのを必死で堪え、
「どうすれば良い?」
「簡単なことさ、言葉に出せばいい」
「言葉に?」
「僕は姉様のことが好きだ! 他の女のことなんかに目もくれるものか! 僕は姉様一筋だ! ――てね」
「な、そ、そんなこと……、分かったよ」
 彼女のきっと睨める瞳に気圧されて僕はつい了承してしまう。
「僕は姉様のことが好きだ! 他の女のことなんかに目もくれるものか! 僕は姉様一筋だ!」
 は、は、恥ずかしい。こんなのは二度と願い下げだ。
「よくそんな恥ずかしいことが言えたものだね」
 しれっとした表情で彼女が言う。まるで変態を見る眼だ。
「君が言わせたんだろう!」
 喚く僕を、はははと笑い飛ばし、
「変態であることに間違いはあるまい」などと宣う。
「いいから、早くなんとかしてくれよ」
 と言う間にも、僕の頬をつかむ掌の力が緩んでいることに気付く。効果はあったということか。
 彼女はその及ぼす作用を見越してか余裕の表情で、
「ふむ。待ちたまえよ」
 ふぅと大きく息を吐くと、少し自嘲的な笑みを浮かべてから眼を閉じ、喉の奥から、臓腑の奥底から、野太く、甲高く、びりびりと空間を振るわせる声を――、
 ※咒言※
 彼女のその声は、平素の彼女からは想像もできない、瞑く重く、空気をより時空間を揺さぶり動じさせ、ここから、いやあそこから、多重に、積層に、音階が重なり、深く深く重く重く、地を這い、宙を揺るがし、聞く者の胃の腑の底を鷲づかみにするほどに、それは陰陰と滅滅と、時空における感情というフィールドを塗りつぶす。
 頸筋に絡む力が、力を込める気配が霞む。
 金縛りのように動かなかった身体から緊張が解け、僕は身悶えをして抗う意思を示す。
 ※咒言※
 彼女の咒言が続く。
「僕にはこの世に大切な人がある。だから、絶対に死んだりなんかするものか」
 言葉に出して一語一噛み締めるように宣言する。そうすることが僕にできるせめてもの抵抗だと思えた。
 と、彼女の顔がすぐ側にあった。相変わらず咒言を唱えながら、その手をそっと死者の手に添え、ゆっくり引きはがす。
 僕の頬から、頸筋から離れた途端、それは、夢であったかのように霧散した。
 それは、やはり、夢だったのだろうか。
「終わった?」
 僕は安堵の息を肩で吐きながら聞いた。

 そこは、元いた烏丸御池駅のホームだった。

 僕は地下鉄の列車に乗りさえしていなかった。
「どうやら戻ったね」
 やはり傍らにいる彼女が苦々しげに言った。
「これは――」
「よほど君を列車事故で死なせたい者がいるみたいだね」
 僕はまたもホームすれすれに立っていることに気付く。足が硬くしびれたように硬直しているのを無理矢理動かして避難する。黄色い線の内側に……というアナウンスが流れている。列車の到着が近い。このタイミングで飛び込んでいたかと思うと……、ぞっとする。
「呪い……」
 幻覚の中の彼女が言っていた。まさかと思っていた。呪い、呪術、そんなものが現代の世の中に。
「君は、僕を救ってくれた、あの君なのかい」
 僕は自分がひどく間抜けなことを聞いているなと自覚しながら、それでも聞かずにはいられない。
「ま、そうでもあるだろうし、違うと言えば、少し違うかも知れない」
 彼女の言葉は謎めいて、僕には理解できない。彼女もそれを分かってか、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「いずれにしても、君が僕を助けてくれたことにかわりないんだよね、本当にありがとう」
 僕はホーム下の暗がりから目を背けながら、彼女に礼を言う。何が起こって、何が起こっていないのか、今の僕にはよく分からない。どこまでが現実で、どこまでがそうではなかったのか。あれが幻覚なのだとしたら、幻覚の中の僕は、彼女は、どこまで僕自身、彼女自身だったのか。そして――、あの手は……。
「礼を言うのはまだ早いかもしれないよ」
 深長な意味を含んだ彼女の視線を受けて、僕はどきまぎしながら言葉の先を待つ。
「君はこの駅へ来るまでの経緯を覚えているかい?」
 経緯? それはもちろん……、そう言われれば――、僕はどうして――、どうやって、ここへ……? 何の目的で、どこへ向かおうというのか。そもそもなぜ僕は地下鉄なんかに乗ろうとしているのか。普段、地下鉄なんかそうそう使うこともないのに。普段通学にはバスを使っている。そうでなくともバスでないと行けないところが多い。早くバイクの免許を取ろうと思ってはいるのだけど。
「もしかして、僕らはまだ幻覚の中にいる――」
「さて、どうだろうね。ボクが醍醐に用があるのは、明日のはずなんだがね」
 その途端――、彼女の言葉を言い終えるかどうかというその瞬間、駅構内を照らしていた蛍光灯が次々に消え、瞬く間に視界の全てが闇に呑まれる。
「そんな馬鹿な、あり得ない」
 地震や巨大台風などの多いな自然災害にでもあわなければこんなことは……。
 目の前の一ミリ先すら視界が利かない。さっき体験した幻覚の中の闇の侵食とは違う。これは物理的な闇、少なくとも感覚はそのように捉えている。
 誰の姿も見えない。誰もが動揺し、悲鳴を上げ、子供が泣きじゃくり、大人の怒声が響く。だからといって、どうなるものではない。どうにもならない情況に、僕らは今晒されている。怖い。怖くて、声も出ない。闇が、完全な闇に呑まれることがこんなにも怖ろしいとは。それはただ瞑いというだけではなくて、闇が質量をともなってのし掛かってくる。重い荷物を背負うように肩が重く、頭が締め付けられ、内蔵が圧迫されて息ができず、胃の中の物が逆流してきそうだ。傍に彼女がいるという実感がなければ叫びだしていただろう。
「見えると念じるんだよ。見えなくとも、見えるとね。そうすれば眼では見えなくても、ちゃんと見えるようになる」
 肘に触れる柔らかく温かな感触。彼女がそこにいる。それにしても、むちゃくちゃな理論のようにも聞こえるが、彼女が言うとそういうものなのだという気がしてくる。
「今この場こそがむちゃくちゃなんだ、なにせ幻想の只中にいるのだからね。逆に言えば、こちら側にもむちゃが利く。つまりは念いの強い方の勝つ。いよいよ向こうも本気のようだからね、君、覚悟して掛かりたまえよ」
 幻想……、幻覚とは違うのか。良く分からない。なにもかも分からないことだらけだ。
 彼女の言うのに従い心を落ち着け念じる。眼が慣れるのとは違う不可思議な感覚。いくら目が慣れても、真の暗闇の中では視力を発揮することはできない。それは視覚の仕組みがそうなっているからだ。それでも見えるとしたら、それは視力のなせる業じゃない。では、なんだ。そもそも、これはなんなんだ。
 今は考えるのをよそう。僕は思考を停止させる。彼女を信じるしかない。見えなくとも、見るんだ。
 暗視カメラの映像を見たことがある。それに似ていると言えば似ている。他に喩えようがない。徐々にだが、朧気に、物の輪郭が浮かび上がるように見え始める。色はない。ただ、おおよその形は分かる。
 そして、気付いた。
「誰も――、いない?」
 いや、それどころじゃない――、
「ここは――、どこだ」
 森の中かと思った。足元は砂利だった。交差する広い砂利道。月に映えて白く連なる築地塀。塀の狭間にある巨大な門は寺社を思わせるが、本堂にあたるような建物は見えない。広大な屋敷、築地塀の向こうに見える庭木、砂利道を挟んだ別のブロックには鬱蒼と茂る森のごとき茂み。これは……、
「どうやら、御苑のようだね」
 なんでもないように彼女が言う。
「御苑って――、今の今まで僕らは地下鉄の駅にいたんだ」
「「いた」という定義にもよるがね」
 それっていうのは、いったいどういう理屈の成り立つ余地があるのだろう。
「ま、些細なことさ」
 ぜんっぜん、些細なんかじゃない。
 天皇陛下の御座所である京都御所のある御苑は、烏丸御池からは一ブロック隔てた、丸太町通りと今出川通りの間に広がる。距離的に遠いわけではないが、むろん、一瞬で意識もせず移動できるはずもない。
 月の照る宵闇の中、彼女はすくっと仁王立ちに腕を組む。
 この異常な状況下にあって、彼女だけが確かな存在であり、僕自身の存在を確かめさせてくれる。その姿のあまりの凛々しさに、僕はうっとりと見惚れてしまう。
「弛緩してる場合じゃないよ、君。いかにボクが美しくてその魅力に逆らいがたいといえども、もう少し緊張感を持ってもらいたいものだね」
 自画自賛もここまで言い切ればいっそ清々しい。僕はわざとらしい咳払いで誤魔化しながら、表情を引き締める。
 これからいったい何が起こるのか。
「何か武器が欲しいな」
 そう言うと彼女は、星空に手を延ばす。まさか星をつかみ取ろうというわけではないだろうと思っていたら、きらりと流れる流星が
一筋、それを彼女は、その尻尾を彼女は鷲づかみにして、漆黒の空から引き寄せる。白く発光する細長いそれに、彼女は息吹を吹きかけ、形の無い何かに変異させたそれを、小さな形の良い可憐な口の内に呑み込んだ。
 声もなく愕いていると、彼女の口から漏れる咒言の響き。
 空を見上げる彼女の口から涌き出るのは、月の燦めきを白刃に跳ねる一振りの太刀。
 彼女はにやりと不敵に嗤い、
「まぁ、こんなところか」
 柄の装飾も見事な抜き身の太刀を一振り、手に馴染むのを満足げに呟く。
「本物――、なのかい」
「面白いことを言うね、君は。この場に本物なんてものは何一つないよ」
 対する返答はさらに不可解で、結局、謎は増すばかりで何一つ晴れることはない。さらなる説明を求めようとする僕を手振りで諫め、彼女は、
「伏せたまえ」
 言うが早いか――いや、確実に言葉が遅れ、行動がずっと早かった――、僕の頭上すれすれを銀の閃光がひらめく。
 きぃいいぃぃん
 金属の擦れる悲鳴のような音が響く耳をつんざく。
 何が――と思う間に、目の前に突き刺さる小刀。ものの見事に切っ先を床にめり込ませ、鋭い刃を、伏せた僕の目の前に煌めかせる。こんなものが下手なところに刺さりでもしたら間違いなく即死だ。
「なんだってこんな物が」
 ヒステリックに叫ぶ僕に、
「そんなことはあちらさんに聞いてみることだね」
 と、指す。
 そして僕は唖然とする。
 巨大な雛人形――、かと思った。
 そんなわけはない。
 人――、多分なら女性。いわゆる十二単という平安時代風の衣装をまとっている。現代ではちょっと考えがたい服飾センスだ――、などというレベルの話しではない。
 これは、幾ら何でも異常だ。
 黒々と天をも突かんとするような五本の角、燃えさかる三本の松明を頭に付け、真っ赤な顔、口には両端に火の点いた松明を咥え、血走った眼にはあからさまな狂気が宿る。
「やれやれ、君はよほど好かれ、恨まれているらしい」
「僕が……? なぜ? いったい誰に」
 少なくとも京都の街に来てから、特別に好かれたり恨まれたりするほどの関係を築いた相手はいないはず。まるで思い当たるところがない。
「丑の刻参り――いや、あれはすでに鬼そのものと化している。生成りなんて生易しいものじゃないな。一度修羅道に落ちたのちに恨みだけを頼りにこの世に還ったモノ。まぁ、人は知らず怨みを買うものだからね。特に君は鈍感そうだし、色恋沙汰となるとまるで朴念仁なのだろうからね」
 うぅ、否定できない。それでもしかし、これだけの怨みを買うことなんて、僕でなくてもざらにあることじゃないだろう。
「ま、相手が誰であれ、現状で正体を詮索する手立てがない以上、ここは力ずくで追い払うしかないだろうね」
 彼女が太刀をぎゅっと握り直す。
「君はどうして僕にそこまでしてくれるんだい」
 僕はいたたまれなくなって聞く。
「迷惑かね」
「とんでもない。でも、僕のためにこんな危険なこと」
「そうだね。今日会ったばかりの君を助けようというのだから、ボクもまったくとんだ甘ちゃんのお節介焼きだ。しかしまぁ、乗りかかった船だし。出来る限りのことはやってみるさ」
 覚悟を決めた表情で、それでも笑顔ばかりは清々しく彼女は咲った。
「君は一体……?」
 僕はそんな彼女を眩しく見詰める。
「なんだと思う? 生き残れたら、お茶でも飲みながら自己紹介でもしようじゃないか」
「僕のお小遣いの許す範囲でだけど、できるだけ豪華なディナーを」
「ふふ、期待してしまうよ」
 じりと彼女が間合いをはかる。
 鬼女の手に短刀が光る。見れば、さっき床に突き刺さった短刀が消えている。
「いつの間に……」
「単純に武器としてはこちらが有利だけど、ただ、情況が向こうに味方している。こちらはやや能力に制限が掛けられているようだ。思うようには事が運ぶまい」
 まったく君の幻想の中だというのにね――、彼女の呟きが虚ろに僕の内に響く。
「僕の、幻想……?」
「そう、君の幻想。いわば君の頭の中で起こっている出来事。仮想現実、あるいは仮想の臨場感世界と言っても良い」
「どういう……、こと?」
「くどくどと説明している場合じゃないと思うがね」
「でも、そんな、僕の空想の産物なら僕の自由になるはずなんじゃ」
「空想とは違う。夢の方が近いがやはり違う。白昼夢といえばより近いのだろうが、それも少し違うだろうね。とにかく、そういったものが必ずしも君の意思の自由になるとは限るまい。それにね、ことここに至るまでに、事前にそういう仕込みがしてあったんだ。暗示とでも洗脳とでも呼べる代物、まあ、ぶっちゃけてしまえば詛いとか呪詛ってヤツだね。こういう技術は名を変え手法を変えつつも延々と受け継がれ絶えることがない。それも個人の素養によっては、常人が思わぬほどに簡単に使いこなせてしまう。まさしく厄介なことにね」
 だから、君が気に病むことはない。そう彼女は優しい笑みを浮かべた。
「さて。ちんたら斬り合うのはボクの趣味じゃない。一気にケリを付けるよ。長引けば不利ってこともあるけどね」
 ぐうぅるるぅぐるるうう
 獣のような唸り声が鬼女の喉から発せられる。威嚇し、怖れさせ怯ませ、怯えさせるために、血走った眼で睨め付ける。
 彼女は涼風でも受けるようにやり過ごす。大胆なほど剛胆に、そして優雅に。
 されど、緊迫する距離感。
 逼迫するのは僕の息づかい。
 勝負は一瞬で決すると素人の僕でさえそう感じ取れる。それほどに、両者の殺気は張り詰め昂ぶっていた。
 いつか凪いでいた風が一吹き、微かに木の葉を揺らし小さな砂塵を散らす。
 ぐらり――と傾いたのはどちらが先だったか。
 彼女の白刃が横薙ぎに閃き、
 宙を舞う鬼女の袿や袴がばざばさと狂鳥の羽ばたきのごとくはためく。
 刹那に交差する二つの影。
 瞬間は永遠にも引き延ばされ、神速の所作は鈍重なるものの歩みにももとる。それはそう、錯覚。しかし、この、神妙なる美しさ、結晶する二者の神々しさは……。鬼と美姫。古の、王朝時代の幻想と浪漫をも彷彿とさせる。僕は、こんな時にも関わらず、陶然と見惚れてしまっていた。
 刻の凍結を解いたのは、鬼女の哄笑――でなければ雄叫び。
 やられた――と思った瞬間、鬼女の脇を擦り抜け彼女が身をひるがえし、そして――、
 銀光、一閃――

「これで本当に終わりなのか……」
 意識が遠退く。
 ……
   *
 ……
 鴨川のほとりにいる。
 真昼の陽光を跳ねてきらきらと輝く川面。三条大橋をすぐそこに見上げ、僕はぼんやり立ち尽くす。
 そういえば随分長く、ずっと長い時間こうしていたような気もする。あるいは、でも、ほんのわずかな間だったような気もする。浅い眠りから覚めたばかりであるかのようにぼんやりとして、時間の感覚どころか今置かれている状況すらまともに認識し切れていない。
 僕はそう、呼び出されてここにいる。連絡をしてきたのは知らない名前の知らない人。会ったこともなければ、名前すら聞いたこともない。しかも、聞いたはずのその名前を、僕はどうしても思い出せない。比較的記憶力は良い方だと自認していただけに、奇妙な感じを受ける。何かが微妙にずれているような違和感。けれど、まぁ、そんなこともあるかと気にしにしなかった。今は、やっぱり少し気になる。あの綺麗な声の持ち主の名前はなんていったろう。
 僕がこうしてほいほい誘いに乗って来たのは、ただ声に魅了されたからというわけではない。完全には否定しないけど。彼女の話す言葉の中に、知っている娘の名前が出てきたからだ。
 北里里奈
 先週事故でなくなったバイト先の先輩。高校生で年下なのにとてもしっかりした可愛らしい娘だった。それが突然の事故で……。
 そういえば彼女は――電話の彼女はいったい、どこに……。
「初心な顔をして君は結構失礼なヤツなのだな」
 後ろから声を掛けられて、驚いて振り向いた。人がいるなんてまったく思ってもみなかった。それもこんな間近に。
 思わず息を呑む。
 京都の街に出てきてから美人だなと思う娘はよく見かける。けど、こんなに綺麗な人は、田舎の姉以外には、テレビの中にも見たことがない。
「君は……」
「実際会ったのはほんの小一時間ばかりなのに、随分長く親しくしていたような気がするものだね」
「あれはじゃあ、夢じゃない――」
「まぁ、夢といえば夢だがね。ただ、少しばかり君の記憶の中に他人の意思が紛れ込んではいたけどね」
 他人の、意思――。
「それっていうのは……」
 あの手や鬼女のことなのだろうか。他人の……それはいったい誰の……?
「不作為だったのだよ、だから許してやって欲しい」
 真摯な眼で見詰められて、言葉の中身より何より僕はどきまぎしてしまって返事をするための言葉を見失う。
 不作為――、
「誰だか、知ってるの?」
「頼まれたのだよ、北里里奈にね」
 えっ――、まさか彼女がそんなこと。
「不作為だと言ったろう。彼女は神道家の娘でね、もともと精神的な修行を積んでいて、心の強い娘だった。一方の君は、生まれながらの霊媒体質だ。気付いていたかい、自分の体質に」
 そう言われれば、小さい頃からよく熱を出して寝込むことがあった。その度、夢現に誰かの激しい気持ちに心を掻き乱された。そういうものが心の中になだれ込んできて、僕を悩ませた。
「君は他人よりもはるかに他者の感情に感化されやすい。感応力が高すぎるんだ。だから無意識に他人の秘した激情に触れてしまい、それを自分の中に取り込んでしまう。今度の場合もそうだ。君は北里里奈の心の奥底に隠していた感情に感応してしまった」
 川面を撫でる風がそっと吹いて、彼女の髪をまきあげる。
「彼女はね、嫉妬していたんだよ。君の姉君にね」
 姉のことを――、そういえば彼女には田舎のことも随分話したような気がする。姉のことも。彼女には他の人には恥ずかしくて言えないことも、なんだか素直に話すことができた。でも、なぜ彼女が、嫉妬なんて……
「あの娘はね、君のことが好きだったのだよ」
「そんなこと、彼女は一言も……」
「君が無邪気に懐くものだから、かえって言いにくくなったと言っていたよ」
 くくっと彼女が笑みを浮かべると、なんだか恥ずかしくていたたまれない気持ちになってしまう。それにしても懐くなんて人を子犬みたいに。しかも相手は年下だったのに。
「君に会ってみて良く分かったよ。君は母性本能をくすぐるタイプのようだ」
「それって子供っぽいってこと?」
「まぁ、そうとも言えるね」
「結果的に、あの娘は君に呪いを掛けてしまったと随分後悔していた。呪いという言葉が嫌いなら洗脳とかマインドコントロールとかって言葉を使っても良いけどね。ようは同じことだから」
「それで――」
「そう、病院に搬送された彼女から、直接頼まれた。君に掛けてしまった呪いを解いてくれと」
「それじゃ――」
「ああ。おそらくもう大丈夫だと思う。君の姉君を思う気持ちに憑いたあの娘の妬心を君の願望から切り離し祓ったわけだからね」
「そっか」
 なんだか少し寂しい気もした。呪いを抱えて良いことはないのだろうけども、二度と会えない彼女との繋がりだったと思うと、なんだか、ちょっと、失って寂しい、のかもしれいない。
「君は優しい良い奴なのだな」
 けれど――、彼女はずいと僕の方に顔を寄せ、
「純真すぎて無防備で危うくもある。ほんとうに危なっかしくて見ていられないという気にさせる」
 ある意味、天性に女たらしの素養を持っているともいえるだろうね――冗談めかして言う彼女の表情はけっして穏やかに笑っているという風ではなかった。
「さておきまぁ、そんな少女がいたということを忘れないでいてやってくれないか。少なくとも、あの娘の君を思う気持ちは確かだったのだから」
 僕は、僕にしては珍しく相手の瞳を見てしっかりと頷いた。
「ところで、君の名前、教えてくれるって」
 夢の中でのことではあったけど、確かに約束をしたはずだった。
 彼女はにやりと笑って、
「夢の中のボクは現のボクとは同じであって同じじゃない。アレには君の願望も大いに反映している。幾分かでも、姉君に似ていたんじゃないかね、今君の目の前にいるボクよりも」
 そう言われれば……
「あるいは、また会うこともあるかも知れない。その時まで、まぁ、お預けだよ」
 そう言い残して、彼女は、颯爽と去っていた。現れた時と同じく、風をその身にまとって、謎めきつつ、愛らしく、僕の記憶に、北里里奈と共に永遠に残るだろう。
 またいつかディナーに誘う機会はある。そんな確信めいた予感を僕は抱いていた。
2011年10月01日(土) 15時52分45秒 公開
■この作品の著作権はおさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ご当地企画に出そうと思ったけどあまりご当地らしさがなかったのでこっちに。続きそうだけど続きません。この語りのスタンスは難しいわあ。書いててちょっときつかった。進まない進まない。しかしまぁ、これだけの話しに50枚ってどうなんだろう。30枚以内でさくっと書いてしまうつもりだったのに。けどまぁ、人物設定はそこそこ気に入っているのでカタチを変えてなんとかしたいなぁという気もしなくはなく。

この作品の感想をお寄せください。
No.11  お  評価:--点  ■2011-11-08 16:22  ID:E6J2.hBM/gE
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お返事の続き。たいへん遅くなりました。

>らとりーさん
丁寧な解説、さんくすです。
まるで文庫本の末尾の解説のようだ!
じつに参考になりました。
「幻覚型無能主人公」……関口先生ですね。
そこと比較して貰えるのは実に嬉しいことです。
まぁ、あそこまで極端なことはしないつもりではいますが。
しかしまぁ、こいうの根本が定まってない感じは自分でもあるので、もっと詰めないとですね。
「時間が停止したような美少女ヒロイン」……今回の改稿でそれ、ちょっとだけ裏切ってみました。
本質的には同じことなんですけども。
ちょっとした遊びですね。


>貴音さん
どうもです。おおきにどす。ありがとうさんどす。
あーまーなんというか、設定、詰め切れてないなーとラトリーさんの解説を見て痛感しました。
飽きずに読めたというのはたいへんな誉め言葉です。ありがたいかぎりです。
No.10  お  評価:--点  ■2011-10-22 14:09  ID:E6J2.hBM/gE
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ふむむ。
ひとり足りない。いや、ふたりか。ふたり足りない。
思い当たる方は、至急、よろしく。
そんなことで、いつまでも待っていてもしかたがないので、順次お返事を。

>陣屋さん
丁寧な感想と批評ありがとうございます!
ハイファンタジーの設定を構築するほど僕は頭が良くないので、てきとーなところで、もぞもぞとやっております。
文態については、他にこんなてきとーなことする人がいないだけに特別に見えるだろうという姑息なところを狙って書いてますが、まぁ、結局は、僕自身のリズムに従っているだけという感じですねぇ。その辺で共感して貰える分があるならとても嬉しいです!
設定とか、流れとかは、かなりてきとーな感じになってしまいました。本当はもっと簡単にさららんと書くつもりだったのに、なんか余計なシーンが増えていって制御しきれなくなってしまいました。大いに反省ですね。まぁ、しかし、ストーリー練るの下手だなぁ、僕は。
タイプミスは、一応、読み返してはいるんですが、やはり思い込みで気付かないのがずいぶんあるのかも知れません。撲滅っていうのは、難しいですよねぇ。
語りについては、今回は、一人称でいこうと決めていたので、方針としては変える気はないのですが、まぁ、実際難しかったです。会話文のままのテンションで語り文を書くことはできないし、かといって堅すぎるとキャラのイメージが崩れる。
「」抜けはわざとやってる箇所はあると思います。
、、はそうですね、一太郎ではルビとして設定してあるのが、テキストとして貼り付けると()書きになるみたいです。消しておいた方が良かったかもしません。
参考になりました。ありがとうさまでした。


>とーそんさん
ふむ。ほんぽーと来たか!
まぁ、そんな意識はないんですけどねぇ。
むしろ、綿密に計算し尽くされている……はずもなく、やっぱり感覚先行なので、ほんぽーなのかもしれません。
京都の町はどこにでも幻想が似合いそうなのが良いところであります。


>ゆーすけさん
美女です! ヒロインは美女でなければ。
たまに、映画のヒロインが美女設定でありながら、ぜんぜん美女じゃないときとか、ひとりで怒りまくってます。
最近、剣劇は一撃必殺的なのが好みですね。別に打ち合いが面倒なわけじゃないですよ、けっしてそんなことはない……はず、ですがまぁ、こう、一撃で決まる緊張感が書いてて良い感じかなぁと思うわけです。
クトゥルーは詳しくないです。全集1巻で止まってます。読みたいとは思いながら……。


>楠山さん
ボクっ娘萌ですね! わかります!
なるほど、ねっちょりしーんと戦闘シーンの落差ですねぇ。
うーん、確かに。
ボクっ娘はあくまで凛とした雰囲気にしたい。でも、敵や、周囲の状況までそれにつられるのは考えもの。
ふむ、ひとつ覚りました。


とりあえず、今回はこれくらい。
ラトリーさんの解説はさすがだなと思いつ読ませて貰いました。
次回に。
No.9  貴音  評価:40点  ■2011-10-13 01:02  ID:A/5hq4I6CAE
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はじめまして。読ませて頂きました。
設定が非常に細かくてすごいなあと思います。
舞台が移り変わるのに読んでいてわかりにくくない
ということが描写が素晴らしいのだと思いました。
最後まで、飽きずに読めました。
ありがとうございました。
No.8  ラトリー  評価:40点  ■2011-10-12 01:40  ID:x1xfMMn8lDg
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 最近こちらに戻ってきて、読みごたえのある作品と出会うたびに知識不足を痛感する日が続いています。読んでいる最中は圧倒される一方ですが、後になってみずからの励みとせねばという思いもわいてくる。ともあれ、感想など書いてみます。

 古風な言葉遣い(「咲う」など)と現代的な表現(「ボクっ子」その他)の共存、人と妖が織りなす静かな戦い、おおよそ無力な男主人公に余裕綽々のパートナー、といった趣きから、あまりたくさん読んではいないのですが京極夏彦作品を連想しました。ただ、意味の明確な短文を連ねていく京極作品と異なり、文章そのものに魔物が潜むような得体の知れなさを漂わせているところがこのお話の強力な武器だと思います。読む側がつっかえながら進んでいくことをはなから意図したもので、主人公と一緒に作品世界をさまよっているような、そんな気分にさせるものがありますね。

 ときに、こういった物語に関わりがありそうなものとして、どこかで聞いた表現が印象深くてPCにメモしてあったのを見つけ出してきました。

・「幻覚型無能主人公」(=現実か幻か判然としない場面を、主人公自身が視点となる地の文においてひんぱんに登場させる。彼の行動は物語を迷走させ、多くの場合において読者を混乱させる)
・「時間が停止したような美少女ヒロイン」(=過去・現在・未来のいずれにおいても、その外見や思考形態が変化せず、一つの様式として完成している。それゆえ、主人公からの一方的な愛をいつまでも一身に受け続ける)

 たぶん京極作品についての言及であったかと思うのですが、このお話についてもあてはまるものがあるように感じます。
 その上で思うこととしては、まず「幻覚型〜」を強化するものとして、より作品世界に入りこめるよう、主人公の思考をさらに身近に感じられたらよかったかな、と。姉への深く果てない思慕であるとか、雑踏に対する何らかのトラウマ、北里里奈の秘めたる思いといったものが、量の差こそあれ主人公の脳内に流れこんできているとわかるような、ちょっとした表現が最初のほうで出ていたりすると個人的にはいっそう楽しめたように思います。作品の外から見ている感じじゃなくて、中へ入りこみ、彼の心の内部にまで落ちてともに闇を泳ぐような酩酊感、たいへん難しいと思うのですが味わいたくなります。

 また「時間が停止〜」をより引き立たせるものとしては、彼女の見た目を視覚的に想起できるような描写がもっとほしいなと感じました。非常に大人びた、超然とした語り口で主人公を導きつつも、彼女を描く文章からは小柄で愛らしい印象を受けるんですね。個人的に、そこにイメージのずれを感じたような気がします。
 もっとも、この場合は自分のほうがステレオタイプの深みにはまっていて、「無力で頼りない僕を助けてくれるのは、背の高いすらりとした姐御肌のロングヘアな大人の女性!」な短絡思考によって彼女の姿を勝手に思い描いているのが原因かもしれません。うーん、この辺は自分でもはっきりしないですね。申し訳ないです。

 あれこれ書きましたが、この物語、 お さんの作品特有の雰囲気を存分にかもし出しながらどこかライトな風も入りこんできている、古今折衷、硬軟織り交ぜられたとても興味ぶかい構成になっていたと思います。楽しませていただきました。自分からは以上です。
No.7  楠山歳幸  評価:40点  ■2011-10-11 22:18  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。

 前半、良かったです。
 得体のしれない世界への描写の粘着質、これでもかこれでもかと言う描写、まるで見てきたかのような文章に引き込まれました。こちら側、冒頭の地下鉄の風景のねちょねちょ感も闇とつながっているみたいで、かっこよかったです。僕は以前、「何かに引き込まれそうになる」物を書きたいとか思っていたのですが自信が無くなってしまいました(そうだ、パクればいいんだ。……失礼しました)。
 その中のキャラの対比、雰囲気がありました。毅然としたボクっ娘。良かったです。
 戦闘シーンあたりでやや雰囲気が変わったかな、と思いました。でもねちょねちょな戦闘となると、僕みたいな活字初心者にはもしかしたら混乱するかもしれず、何と言っていいやら分からないです。聞き流してやってください。

 拙い感想、失礼しました。
No.6  ゆうすけ  評価:40点  ■2011-10-07 09:10  ID:1SHiiT1PETY
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拝読させていただきました。仕事中になんとなく読み始めて読破したゆうすけです。

ねっとりとした粘着質の、丹念に積み重ねたような、甘美にして優雅な、団子にかかるタレのようでもあり大学芋にかかる蜜のようでもある、独特の描写、それはとても味わい深く、心にじわじわと沁みてきて、作品世界の雰囲気、和風の異世界、その雰囲気を存分に醸し出していると思いました。お茶づけのようにさらさらと入って行き、一陣の風のように去って行ってしまう、他愛のない作品しか書けない私には、到底マネのできようはずもなく、おさんテイストを存分に味わいましたよ。
ミステリアスなヒロイン、面白いキャラですね。いつも美男美女ですな〜。やっぱりヒロインは美しくあるべきなんでしょうかね。とぼけた感じの主人公との対比がいい感じですね。結構戦闘シーン、好きですね。
おさんが描く、アクションとかクトゥルーとか読みたいな。勝手な要望ですね。自分で書けと怒られそうな。
ラストの種明かし、面白いです。余韻も味わえました。

ではまた。
No.5  藤村  評価:30点  ■2011-10-06 02:53  ID:a.wIe4au8.Y
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こんばんは。拝読しました。
奔放である、というのはむつかしいのだなあ、これは奔放な文章であるなあ、とおもいました。アウトしていく感じがスタイリッシュだとおもいます。かっこういい。
いつも読んでいておもうのは、そういう(おもに描写における)文章の奔放さにある魅力的なしつこさと、キャラクターのもっている(なんといっていいかわからないのですが、仮に)ライトさとが、うまくぼくのなかで接続しない感覚があるということです。そんなことは読者のぼくがふがいないだけであるという話なんですが、今回読んだ感じでは、ちょっとお姉さんが親切に語りすぎているのじゃないかなという印象です。さらに説明から引いて引いていけばさらにあやしくなるのかなあ、と。まあ妄想なんですが。しかしそうするとまた狙われているところとはちがってきてしまうのかなあとも。門外漢の妄言ですがそんなふうなことをおもいました。失礼しました。
地下鉄とか醍醐駅とかその辺りのチョイスが、説明できないですけど白昼夢(?)のあやしさに貢献していたような気がします。そういうところもおもしろかったです。
No.4  陣家  評価:40点  ■2011-10-12 01:45  ID:1fwNzkM.QkM
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拝読いたしました。

おさまには珍しい、ローファンタジー系(死語的分類名かも)の物語ですかね。
舞台背景の説明に字数を割かれるハイファンタジー系よりも、短編にはこっちのほうが相性良いのかも知れないですね。
それにしてもこの文章はすごいですね。おさんはTCが誇る文体のスタイリストなんだなあとつくづく思いました。

ストーリーは優柔不断っぽい主人公からして、とばっちり的な災難っぽい展開なんだろうなという気はしましたが、地下鉄という、日常のなかでも異世界を感じさせる舞台設定と、おどろおどろした雰囲気の文章で十分に引き込まれるものがありました。

ラストの鴨川のほとりのシーンでようやく現実へ→種明かしの流れは見事だなあと思いました。
ただ、
>「実際会ったのはほんの小一時間ばかりなのに、随分長く親しくしていたような気がするものだね」
この一言を見ず知らずの人に言われてすべてを思い出すというところがちょっと変かなと感じました。

気になったところとしては、ヒロインの魅力が主人公の主観的な好みというか外見の賛美に偏りすぎているために読者的にすんなり首肯できない部分があったことでしょうか。まあ、ここはビジュアル描写が豊富であるがゆえの両刃の剣的な部分でしょうかね。
あと主人公のセリフや性格からくるイメージと地の文の一人称での語り口にギャップが感じられてしまうんですが、これは三人称だと解決、ってわけにもいかないのかな?

それと時折ミスタイプなのかわざとなのか分からない部分が散見してしまうのがちょっと気になりました。
私、普段は誤字脱字をさして気に留めない方で、五文字以上の単語は頭と最後が合ってれば真ん中がアナグラムになっていようと気にしないたちなんですが、おさんの文章のように、味わうことにウエイトが高い文章ではやや目についてしまいました。”僕”の表記ミスを含め十カ所近くあった気がします。

ともあれ非常にレベルの高い力作であったと思います。
すばらしい作品、ありがとうございました。

10/6 追記
読み返してみると最初読んだときに括弧抜けとか有ったみたいな気がしたんですが、気のせいだったのかな?
はてなと、思ったのは下記くらいでした。
しかし、もう五回以上通しで読んでる気がします。

背中くるりと跳ね
僕の(、、)、姉。=>これって傍点の代換え表記なのかな?
もごもごうする僕を
流星が(改行ミス)

それでは
No.3  お  評価:--点  ■2011-10-05 01:50  ID:E6J2.hBM/gE
PASS 編集 削除
さてと。

ぞいさん。
むふふ。褒めて褒めて、もっと褒めてー。
ということでありがとうさまです。
しかしあれです。褒められすぎると勘違いをして自爆してしまいそうなので、舞い上がるのもほどほどにしておかないと。と自制したり。
描写のしつこさについて。
これは僕の勝手な考えなんですが、あんまりさらさら流されるのも本意でないので、ちょっとくどいと思われるくらい、ちょっと心にひっかかるくらいでちょうど良いかなぁと思ったりします。読みやすさなんてくそ喰らえです。ただまあ始終ひっかかってるようだとさすがに読み物として成立しないのでその辺はやはりバランスを見ていかないといけませんね。その辺が今回はどうかというと、部分的に少しやり過ぎかなと言うところも、言われて読み返すと散見されますね。ふむ。
説明不足について。
基本、一人称語りでは極力説明というのは避けています。御所のところでちょっとしますが。これという説明がないぶん、地の文をきっちり追っていかないと現状を見失うという、これだけ進行が遅いのに一文を見落とせないという、読者に厳しい文章になっています。そしてまぁ、かなり読者の読解力に寄っているのも事実で、あまりさらさら読むとそれこそ迷子になってしまうという、ほんと不親切極まりないですね。
あぁ、ちなみに、この文章で現実なのは、最後の鴨川のシーンだけだということ、わかりました?


Physさん。
誉め言葉、大好物です! ごちになりました!
分かりにくいのは、まぁ、分かりにくいだろうなぁと思いながら書いていました。回想とか場面展開とか、これでちゃんと伝わるだろうかとか。ただ、一人称語りって、なんかあんまり説明とか不自然な感じがしてやだったんで、あまりそこに言葉を使わなかったんですが、うーん、どうでしょう?
お祓いお姉さんについて。
「彼女」と田舎の実姉が混同されてなければいいな。
僕、ボクについて。
二カ所見つけました。とりあえずPC上で修正しました。もう少しいろいろいじってから、こっちにも反映しますね。
文章について。
体言止めは多いです。人によっては多すぎると感じるようですが、まぁ、この辺は僕の好みで使ってます。
あと、気をつけているのは、短い文章と長い文章、不自然なほど長い文章を意識して使ってます。うまくいってるかどうかは別にして。基本的には、体言止めと文章の長短でリズムを作っているつもりです。
次回も。
こちらこそ、よろしくです。Physさんの作品では勉強させて貰いました!


お二人様、拙作を読んでいただき感想まで頂戴して、感謝感謝です!
No.2  Phys  評価:30点  ■2011-10-02 20:16  ID:tNbVO9ZGUVA
PASS 編集 削除
拝読しました。

投げ出さないです、これだけ面白ければ。

ものすごい想像力、というのが一読目の印象でした。場面の移り変わりが若干
分かりにくい部分もありましたが、迫力と臨場感のある小説だと感じました。
現代小説かな? という予想を裏切る、妖しい展開も良かったです。

ファンタジーだとか妖怪ものはほとんど読まないので、由緒正しい家柄や呪い
といった設定が新鮮でした。私のような初心者でも楽しく読めるお話だったと
思います。

お祓いお姉さんがいかに主人公さんにとって理想的な女性なのか、言葉を尽く
して丁寧に描写されていたので、キャラ読みできる作品でもあると思います。
『危なっかしくて見ていられない』主人公さんも、よく噛み合っていました。

個人的には、最後の戦闘シーンがわくわくのピークでした。やっぱり刀で一閃
する場面だとか、ひりつく緊張感を演出するのがお上手ですね。そのシーンは
2、3回読み返して味わいました。これからもこういう作品を読ませてもらい
たいなぁ、というのが一読者の期待です。

一つ気になったのは、主人公さんと美人のお祓いお姉さんが、二人とも一人称を
『僕』としていたので、最初のうち台詞の区別がつかなくて混乱したという
点です。(でも、後半はお姉さんだけ『ボク』に変わっていましたね。汗)

後は作品に関係ないことですが……。
おさんの描写力を取り入れたくて、つぶさに文章を観察していると、なんだか
体言止めと倒置文が多いことに気付きました。それが文章のキレを生んでいる
んだ! と分かった気になりました。
(でも自分で書いてみたら、全然格好がつかなくてダメダメでした。笑)

次回作も楽しみにしています。また、読ませてください。
No.1  zooey  評価:40点  ■2011-10-02 12:52  ID:1SHiiT1PETY
PASS 編集 削除
読ませていただきました。

面白かったです。
ネット小説を読んでいるという感覚ではなく、
表現が適切ではないと思うのですが、こう、「普通に面白い」という感じで、長めですが、するする読めました。
やはり、おさんの描写力や、キャラクターの構成力は、こういったサイトでは突出しているのだなと、改めて感じました。

描写も、読んでいるうちに、じわりじわりと、イメージが湧いてくるものが多く、臨場感がありました。
私もこういう風に書けたらなと、正直、思ってしまいました。

ただ、チャットで他の方も仰っていたきもしますが、たぶん描写に関しては、やりすぎ感があるのかなとも。
読んでいて、しつこさを感じるところが、なくもないというか、そんな感じがしました。
その反面、説明不足感が、こちらも何となくなんですがありました。
が、描写が豊富な分、雰囲気で納得した気持ちになって読めてしまったので、
逆にその辺はおさんの力量の表れかなとも。

なので、描写がしつこいと言いつつ、描写が豊富なのがいいという、
取り留めもない感想になってしまいましたが、
少しセーブしたほうが良いのかな、という、そんな感じです。
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