アナクスナムンの浜歌手帳 |
夏休みだから、と言うわけでもないけど、そういう時でもないと海でキャンプなんて出来ない僕たちは、泊まりがけで海に遊びに来ていた。海はくすんだ青い色をしていて、少し緩(ぬる)かった。別にそれが大して面白い訳でもないけど、僕らは友達を砂浜に埋めたり、イカ焼きを食べたり、足ヒレを着けて意味もなく速く泳いで小魚を追いかけ回したりして遊んだ。スイカ割りや花火は後片付けが面倒くさいからやらなかったが、まあ、海でやるだいたいのイベントはやったような気がする。 日が沈んで真っ暗になるまで遊んでいたのに、テントの中でも僕らは元気いっぱいだった。このエネルギーを社会のために有効利用できれば少しは意味のある人生が送れるような気がするが、何をして良いのか解らなかった。しかしそれは無理もない事だと思う。自分の年齢に甘えるわけではないが、僕らはまだ11歳なのだ。僕らがテレビゲームをやめれば節電になるのだろうか? 僕らがエアコンを使うのを止めれば北極の氷が解けなくなるのか? 免許を取ったらハイブリットカーにでも乗ればいいのだろうか? それによって誰が救われるのだろうか? 僕が死ねば一人分の食料や燃料が浮き、他の誰かがそれにありつくことが出来るかもしれない。でも、僕はまだ死にたくないし、知らない誰かを助けたいともあんまり思わなかった。 それは人間として正しいことじゃないのかも知れない。でも僕はもう知っていた。世の中は僕のような人間が大多数を占めていると。そして、それは決して変えることが出来ないと。キング牧師でも、ジョン・レノンでも無理だったのだ。 僕は、この世界と、なによりも自分自身を嫌悪していた。 疑いようもなく世界は腐っていた。そしてそこに内包されている僕も腐っていて、腐った僕が触ると世界はますます腐って僕の腐敗も進んでいく。そんなどうしようもない世の中ならいっそのこと爆発して消えてしまえばいい。僕は地球上の全員を抹殺したかったけどそれは無理だし、世界(人間を)を変えることも出来ないと解っていた。ただ息を吸って吐いて、一つも役に立たないヘドロのように堆積しているだけだった。 しかし、そんな風に思っていることは、誰に言わなかった。親や友人達が嫌いなわけではなかったし、そんな事を言っても、空気を悪くするだけだと知っていたから。だから今もこうやって楽しく大富豪をしている。クソ砂浜に立てたクソテントの中で。 「おい、また革命かよ。ジョンヌ(なんでこんなあだ名がついたのか、僕にも解らない)ふざけんな」 と中原が大袈裟に倒れた。 「ふっ、すまんな」 と僕。 これで6連勝だった。自分で言うのもおこがましいが、僕はこの手のゲームの天才だった。わざと負けなければどこまでも、死ぬまで連勝できる。 「ジョンヌくん、つよーい」 中原の従姉妹で僕らより1つ年下の舞ちゃんが甘えた声で言って僕の腕に絡みついてきた。膨らみかけの胸が僕の肘に押しつけられる。舞ちゃんとは通っている学校が違うが、このキャンプの以前から僕らとよく遊んでいた。彼女は明らかに僕に惚れていた。やたらにくっついてくるし。一つしか違わないのに「6年生ってどんな感じ?」 などと言って僕のクラスの女子のことを訊いてくる。別にいいのだが、僕は誰かとつきあおうと思ったことがない。腐っている僕とつきあったら相手も腐ってしまう。女の子も大抵はみんな最初から腐っているのだけど、舞ちゃんはまだけっこう純心なので僕みたいなクズと仲良くしてはいけない。悪いけど。 「ジョンヌが強すぎてつまんねえからそろそろ麻雀でもしようぜ」 と眼鏡を拭きながら康太が言った。 「あたし麻雀わかんない」 「ドンジャラと一緒だよ」 それ以上異議のあるものはいなかったのでゲームが始まった。 僕は一局目をツモノミで軽く流すと親番が回ってきた二局目で8連続和了して全員をトバしてしまった。わざとじゃないんだけど。いつもこうなのだ。 「マジつまんねえ、もうやめようぜ」 と中原が敗北宣言して麻雀は終わった。 「やめるのはいいけど、これからどうする? 寝るか?」 と僕。 「いや、それはもっとつまんねえからダメだ。ていうか全然眠くねえし」 「わたしもー」 「うーん、どうすっかな」 僕は灰の中になにか黒くて濃いガスが漂っているような息苦しさと吐き気を覚える。僕らは日中散々遊んでおいて、日が沈んでからもまだ享楽を求めている。中国の工場では僕らとそう変わらない年頃の女の子が時給20円くらいで徹夜で働いているのに。そしてその子らが作ったスニーカーやらジーンズやらを僕らはなんの感謝も罪悪感もなく消費していく。本当に死ねばいいのに。 「あっ、いいこと思いついた。怖い話しよう。怪談」 と中原が提案した。 「ええー、あたし、怖い話イヤー」 そういって舞ちゃんはまた僕にひっついてきた。うなじの辺りから漂う女の子特有の匂いがした。 「じゃ、寝てろよ」 「ええー、先に寝たらイヤらしいことされそうで怖いし」 「するかよ」 「ジョンヌくんは怖い話好き?」 「うん。大好き。まったく怖くない」 僕は舞ちゃんのちょっと自意識過剰でブリッ子なところが鼻についたからキッパリと言い放った。 「是非やろう。朝まで語り明かそう」 「えぇ……。マジで?」 「マジに決まってんじゃん」 意識して冷たく言った僕だったが、まだ何の話もしていないのにすでに少し泣きそうになっている上目遣いの舞ちゃんと目が合って胸がキュンキュンとなった。ちょっとだけ心が痛んだ。僕のようなゴミクズがこんないたいけな少女を傷つけるのは人道に悖る……と思ったけどこれも舞ちゃん計算の内なのかも知れない。女の子は本能的に演技をするところがあるとテレビで言っていた。 「誰から始める?」 中原が言うと、 「じゃあ、俺から……」 と、妙に神妙な顔した康太が座り直して言った。「フインキが出ない」 という理由で中原が吊してあった照明を照明を消すと、舞ちゃんに抱かれている僕の腕がぎゅっ締めつけられる。夜とはいえ暑いし、うざったかったので離れてもらおうかと思ったがそのままにした。そのくらいの優しさはある。 「短いから、すぐ終わると思う」 そう前置きして、缶チューハイを飲みつつ康太が話し始めた。 あれは去年のことなんだけど、俺は健一とか斉藤とかと釣りに行ったんだ。空登川の堤防にね。あの川は汚いけど魚がいることはいる。まあ流石に食ったりはしないけど。 しばらくはみんなして普通に糸を垂らしてたんだけど、前日の雨のせいか、増水した川の流れが速くて全然釣れなくてね。30分くらいで健一はミミズ全部川にぶん投げてジャンプ読みだしたし、斉藤たちもキャッチボールとかしたりしてたんだけど、俺はせっかくだから一人でまだ竿を握ってだんだ。でもクソも釣れねえ。針を上げると、何故かエサのミミズはいなくなってんだけどな。 「あー今日は無理かなー、これでダメだったら俺もやめよー」 なんて思いながら、針にエサを付けて川に投げたんだよ。俺は、魚よ来い、来てください! って念じながらアタリを待ってた。 そしたら、さ。 上流の方から、なんか人っぽいのが流れてきたんだよ。 その時は眼鏡してなかったから、よく見えなかったんだけど、顔っていうか頭、まあ首から上だよね。パッと見て、俺たちとタメか、一っこか二こ下くらいに見えた。 でも、まさか人じゃないだろと思ったんだよ。ゴミかなんかがそのように見えて流れてるんだろうと思ってさ。スーッと流れてくるのを俺は黙って見てたんだ。 そしたら、さ。 目が合ったんだよ。流れてるそいつが俺のちょうど正面に来たときに。 そこまで来たら眼鏡掛けてない俺でもけっこうよく見えてさ、手をバタバタさせて、何か叫んでるんだ。川の真ん中の、一番深い辺りで。 凍り付いたね。俺は。 いや、全然声は聞こえなかったけど。増水した川の音のせいなのか、水飲んだせいなのか解らないけど、全然聞こえなかった。 ここからは本当は、あんまり話したくないんだけど、 俺、目ぇ逸らして無視したんだよね。なんか目の前で人が死んでるってのが、信じられなかったし、それよりなにより、絶対に救出は無理だと思ったんだよ。川の真ん中まで泳ぐなんて絶対無理だったし、釣り上げるのも不可能だからね。だから後ろで遊んでる健一達にも何も言わなかったんだよ。気付いてなかったし。なんかやべーって思ったし。 で、もう一回そいつ見たらさ、やっぱり溺れながら俺を見てるんだよ。「あいつは俺に気付いた」って、明らかに解ってるから、必死でね。その頃にはもう流されて距離がずっと離れて米粒位にしか見えないんだけど、やっぱりこっちに助けを求めてるのが解るんだよね。川の音に混じって僅かに声も聞こえるんだよ。「わー」とか「あー」 みたいな、そういうのが。 それで結局、そいつが見えなくなった頃には釣りやめてさ。遊ぶ気にもならないから先に帰ったんだよ。 次の日の新聞見たら、俺たちと同じ学校の3年生が川に落ちて行方不明だって載ってた。 あれはね……、ちょっと後悔してる。 「おまえそれ、怪談じゃねえじゃん」 中原が、どうリアクションしていいか解らない時に見せる苦笑いで言った。 たしかに康太の話は怪談というか告白に近かった。 康太は落ち込んでいるようだった。少し間を置いて再び口を開く。 「今でもさ、たまに夢に出るんだよ。釣りも出来なくなっちまったし。あんとき、誰か呼ぶとか、全員で力を合わしてれば、なんとか助けられたかも知れない」 康太の声は少し震えていた。 「すまん、暗くなっちまった。どうしてこんな話をしたんだろう」 「状況は知らねえけど、しょうがなかったんだよ。無理したらお前らもみんな死んじまってたよ」 中原は僕らが聞いたこともない真剣さと優しさのこもった口調で言った。 「お前のせいじゃない」 「うん。解ってるけど……」 みんな何も言わなくなった。静かな波の音が聞こえる。 多分、康太は誰かに今まで秘密にしていたことを話すことによって精神の安定を取り戻そうとしているな、と僕は分析した。教会で懺悔するのと同じだ。缶チュウハイを少し飲んだから抑制が少しばかり緩くなってのも影響しているだろう。それにしてもまったく頭の軽いやつだ。いまさらそんな「知らないガキを見殺しました、心が痛いです」 なんて言って僕らにどうしろと言うんだろうか。康太のストレス解消に付き合わされたおかげで僕らの楽しいキャンプが台無しだ。 「人殺し」 舞ちゃんがポツンと言ったその言葉は、まるで大きな鉄の塊みたいに真っ暗なテントの中にどっしりと腰を据えて動かなかった。 「あたし、朝になったら警察に通報するから」 舞ちゃんは軽蔑しきった眼差しで康太を見なながら言った。 「康太は人殺しじゃねえっ」 そう中原が怒鳴ってライトを点けた。激怒以外の何物でものない表情。対照的に康太は泣いていた。 「康太は人を殺してなんかいないよ」 僕は舞ちゃんに言ったが、舞ちゃんはキッとなって、 「なんで庇うの? 見殺しにしたんでしょ。そんなの殺したも同然じゃない。その子は助けて欲しかったのに、釣りなんかやって見殺しにしたんじゃない。そんなの人間のクズよ」 「まあ、そういう見方も出来る」 「おい、黙らねえと海に捨てるぞ」 中原は顔を真っ赤にして言うが、 「やれるもんならやったんさいよ! 川で溺れた可哀想な子みたいにっ」 「黙れよっ」 「あんたが黙りなさいよ! クズ! 人殺し!」 中原は狭いテントの中で立ち上がって、舞ちゃんの顔面に前蹴りを食らわせた。ベチン! と大きな音がして舞ちゃんは僕の腕から離れて後ろにぶっ飛んだ。 「いてえな、クズがっ!」 鼻血を押さえながら普段とはかけ離れた形相で怒鳴り散らす舞ちゃんは沖縄のシーサーにそっくりだった。 「おめえが黙らねえからだろが」 「誰が黙るか、クズ野郎が」 バン! バシン! 中原が倒れている舞ちゃんの太もも、次に腕を蹴った。康太は「やめろよ」 とかなんとか言って中原を止めているが、舞ちゃんは「そんなんで人が殺せるかボケ」 となんだかよく解らない事を言って火に油を注ぐ。中原は腰にしがみついていた康太の顔面に眼鏡のレンズがめり込むくらい強烈な肘撃ちを食らわして振りほどくと、雀卓を乗り越えて舞ちゃんの上にのし掛かった。「オラオラァッ!」 顔を真っ赤にしてパンチの連打を振り下ろした。唇が切れたりして既に舞ちゃん顔も赤く染まっていたが、アドレナリンが分泌しているのだろう。舞ちゃんは俄然強気だった。 「殺すんだろうが! 殺せよ! 早く殺してみろよ!」 「テメー、マジ死ねや!」 ゴンゴン!バチンバチン! 「オラッ、もっと気合い入れてこいやっ」 「オラオラッ」 僕は転がるようにしてテントから脱出した。はあーあ、って気分だった。怪談よりこいつらの方がよっぽど怖い。止めに入って怪我するのも馬鹿馬鹿しいので波打ち際まで歩いていった。昼はぬるかった海水が、今は冷たい。夜空を見上げると沢山の星がきらめいている。本当に美しい。醜い争いを見た後だけに。 「ああーっ」 という中原の悲鳴が後ろから聞こえたのでテントの中を覗いてみると頭から血を流してぐったりしている中原の上で、舞ちゃんは小さな子供がクレヨンでゴリゴリ絵を描くみたいに割れたファンタメロンの瓶で顔の中心辺りを重点的に切り刻んでいた。康太はそのすぐ横で顔を押さえて倒れたままだった。気絶した振りなのかも知れない。しかし今はそれが正しいと僕も思った。しばらくグサグサやっていた舞ちゃんは切り刻むところが無くなって立ち上がると中原の胸を踏みつけてガッツポーズを決め、顔に唾を吐きかけた。 舞ちゃんはそれからついでという感じで康太の頭を蹴っ飛ばしてからテントの外に出てきた。僕と目が合うと、 「クソ共ぶっ殺してやった」 と言ってにっこり笑う。唇が切れ、目の上はぽっこり腫れていた。 僕は、「ジュース買ってくるね」 と言って自販機でアクエリアス・レモンを買って、そのまま20q歩いて家に帰って夕方まで眠った。 |
602
2011年08月17日(水) 06時32分30秒 公開 ■この作品の著作権は602さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.3 鮎鹿ほたる 評価:20点 ■2011-12-01 20:45 ID:O7X3g8TBQcs | |||||
はじめましてこんにちは。 倦怠感のようなものがうまく醸しだされていると思いました。 |
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No.2 山田さん 評価:30点 ■2011-08-18 22:29 ID:BeGG75ajtu2 | |||||
拝読しました。 これ、ファンタジーじゃなくて、現代板の方が良かったのでは? 作品の内容からして「面白かった」って表現は不謹慎かも知れないけど、結構面白かったです。 ただ不満があるとすれば、なぜ舞ちゃんの顔に割れたファンタメロンの瓶をゴリゴリと絵を描くみたいに押し付けなかったのか。 一番年下だし、女の子だから、そのほうがインパクトは強かったかと思います。 まぁ、そこまでやっちゃうとねぇ……って感じもありますが。 失礼しました。 |
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No.1 陣家 評価:20点 ■2011-08-17 23:26 ID:1fwNzkM.QkM | |||||
拝読させていただきました。 陣家と申します。 いいですね、勢いがあって。前半までの丁寧なお話作りをあざ笑うかのような後半部の破天荒な展開。 でもファンタジーとして読者を楽しませるにはもう少し設定に納得性を持たせるほうが良かったと思います。 具体的には舞ちゃんの存在がいったいなんだったのかという仕掛けみたいな所ですかね。 大暴れするエネルギーの源泉が欲しかったです。 どうもこの舞ちゃん、主人公の思考の延長というか実戦担当みたいな感じに思えるので、月並みな例えで 言えば主人公のスタンドみたいな存在だったとか。 あるいはベタですが主人公は川でおぼれた少年の怨霊の変装だったとか。 ま、どっちもあんまり面白く無さそうですけど。とりあえずもう一ひねりあっても良かったかと。 それでは失礼いたします。 |
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総レス数 3 合計 70点 |
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